東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編   輝針城編 5話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編

公開日:2019年09月29日 / 最終更新日:2019年09月29日

―13―

 逆さまのお城に、見張りや警備は見当たらなかった。魔力でハイになっているらしい妖精を適当に妹紅さんが蹴散らしながら、私たちは九十九姉妹に見送られて逆さ城に潜入する。九十九姉妹は一緒に来ないのかと思ったが、妹紅さんの近くにいて燃やされるのが嫌らしい。
「元からこういうデザインのお城、ってわけじゃなさそうね。床が頭上にあるし」
 玄爺に乗ったまま、私たちは妹紅さんの後ろについて城の廊下を飛ぶ。外観同様、内装も明らかに日本のお城だ。逆さまなので、板張りの床が頭上にあり、梁の組まれた天井が足元にある。どう考えても、普通に重力に縛られた生き物が生活する空間ではない。
「私のトレンちゃんもなんだか騒がしいわね」
「少し黙らせてよ。顔に当たって痛いわ」
 私がしがみついた蓮子のトレンチコートが、ばさばさと勝手に羽ばたいている。
「飛びたがってるのをメリーが押さえつけてるからじゃないの?」
「放しましょうか? 良かったわね蓮子、ちゃんと床に落ちられるわよ」
「エッシャーの騙し絵じゃないんだから」
 実際、反転した光景の中を飛んでいると、エッシャーの騙し絵の中に迷い込んだような気分になる。逆さまになっているのは本当は私たちの方なのではないか? こういうのも空間識失調というのだろうか。
 嘆息しつつ蓮子にしがみつきながらそんなことを考えていると、先を行く妹紅さんが足を止めた。いや、飛んでるのだから「足を止めた」という表現はおかしいか。ともかく中空に静止し、私たちを乗せた玄爺もその後ろで止まる。
「誰だ?」
 妹紅さんが誰何すると、廊下に姿を現す小柄な影がひとつ。
「そっちこそ、何だお前たちは。ここはお前たちのような人間が来る場所ではない。即刻立ち去れい!」
 なぜかこちらに背を向けて、首だけ振り返ってそんな尊大な言葉を投げかけてくるのは、赤白黒の三色カラーが鮮やかな黒髪の少女だった。頭にふたつ、小さな角が生えているように見えるが、鬼だろうか。
「はいそうですか、と立ち去るならわざわざこんなところまで来ない。野良妖怪を凶暴化させたり、付喪神を生み出したりしているのはお前か? 何を企んでいるんだ」
「ほほう、聞きたいか?」
「ああ、聞きたいね」
「ならば教えてやるものか! 今すぐ回れ右させてやろう――おや?」
 天の邪鬼なことを言ったその少女は、不意に私たちの方に目を留めた。
「そこの後ろの人間……ははあ、その着物に導かれてきたか。こんなところにまで代償が及んでいるとはな」
「代償?」
「生まれたばかりの弱い妖怪を連れているなら話は別だ。我々の仲間にならないか?」
 露骨に裏がありそうな、邪悪な笑みを浮かべて少女は言う。妹紅さんが身構えた。
「仲間だと? 生憎、私はこの異変を解決しに来たんだ。首謀者の仲間になる気はないな」
「そう言われると仲間にしたくなるな。我が名は鬼人正邪。我々はひっくり返す者、レジスタンスだ。姫の秘宝を使って、この幻想郷の支配体制をひっくり返すのだ! 今までの弱者が、かつての強者を支配する世界を作るんだよ!」
 おお、まさか本当に支配体制の転覆を目的としたクーデターだったとは。どうやら。鬼人正邪と名乗った目の前の彼女はその参謀か幹部か何かで、最低でももうひとり仲間がいるらしい。姫と言われると、知り合いでは蓬莱山輝夜さんや小兎姫さん、わかさぎ姫あたりが思い浮かぶが……。まさかわかさぎ姫が黒幕でもあるまいし。
「姫だと?」
 妹紅さんの顔色が変わる。「おん?」と正邪さんが訝しげに眉を寄せた。
「なるほど、そうか、こいつはやっぱり輝夜の仕業か! そんなことだろうと思った! こいつはいい、今日こそ輝夜の奴と決着をつけてやろうじゃないか!」
「は? 貴様、何を言っている?」
「珍しく竹林を出たと思ったら、こんな空中に仰々しい城を建てて幻想郷を睥睨しようなんて、いかにも月の民らしい高慢ちきなやり口だな! いよいよ幻想郷を支配して本物の姫様とでも呼ばれたくなったか? 兎の姫程度で満足していればいいものを!」
 ――あ、妹紅さんの変なスイッチが入ってしまった。姫の秘宝という時点で、もう妹紅さんの中ではそれが宿敵の名前と完全に結びついてしまったらしい。妹紅さんの全身が炎に包まれる。背後にいる私たちにはその表情は見えないが、たぶんものすごく凶暴な笑みを浮かべているのだろう。笑うという行為は本来獣が牙を剥く云々。怖くて想像したくない。
「いやだから何言ってんだお前っていうか何なんだお前」
「まさか輝夜をブッ殺せば解決する異変だったとは、最高の巡り合わせだな! さあ輝夜、どこからでもかかってこい! 来ないならこっちから殺しに行くぞ! 死ねぇ!」
「ちょっ、まっ、こっち来んな!」
 妹紅さんが、全身に纏わせた炎を右拳に集めて、格闘ゲームの必殺技みたい勢い良く正邪さんへ向かって殴りかかる。
 ああ、正邪さんが何者なのか知らないが、ご愁傷様――と思った瞬間。

 ぐるん、と世界がひっくり返るような、強烈な違和感があった。
 ――いや、元々この城全体がひっくり返っているのだが、それ以上に。
 何か、世界を律するルールが反転したような、そんな違和感。

「――っ!?」
 次の瞬間、妹紅さんの炎の拳が、何もない空間を空振りして、妹紅さんはつんのめる。
 その場所にいたはずの正邪さんの姿はどこにもなく――いや。
「くけけけっ、そんな攻撃が当たるかよ!」
 背後から声。私たちが振り向くと――正邪さんの姿は、いつの間にか私たちの背後にあった。瞬間移動? いや、違う。ただの瞬間移動なら、さっきのあの強烈な違和感の説明がつかない。
「ちっ、蓮子、メリー、下がってろ!」
 妹紅さんが言う。言われるまでもなく、玄爺が「儂らの出る幕はなさそうですのう」と言って妹紅さんの背後に回って距離を取った。
「ねえ蓮子、今の、蓮子は感じた?」
「あ、やっぱりメリーも感じたのね。何かぐるんってきたわよね、今」
 蓮子でも感じるとすれば相当だ。認識操作系の能力だろうか?
 相棒は帽子の庇を弄りながら、また何事かを考え込んでいる。ちゃんと玄爺の甲羅を掴んでないと上に落ちるわよ、と私が咎めようとしたところで――。
「おおおおっ!?」
 妹紅さんが向き合う正邪さんの方向とは反対側、私たちの背後から弾幕が飛んできた。私たちの頭上を飛び越し、妹紅さんに背後から迫る弾幕を、妹紅さんが驚きながらも避けていく。
「新手か?」
 妹紅さんが咄嗟に背後を振り向くが、
「けけっ、騙されやがって!」
 そこへ、妹紅さんの背中へ正邪さんが跳び蹴りをかます。クリーンヒットして壁に叩きつけられた妹紅さんは、「やったな……!」と唇でも切れたのか口元を拭って顔をしかめた。
「輝夜の仲間らしい姑息な真似をしてくれるじゃないか。その腐った性根まで燃やしてやる!」
 妹紅さんが、身に纏った炎を不死鳥の形にして正邪さんへ放つ!
 しかし――その炎は、正邪さんの身体に届く寸前で、
 ぐるり、と反転した。
「なっ!?」
 反転して自分へと戻ってきた不死鳥を、妹紅さんは慌てて避ける。不死鳥は私たちの頭上に火の粉を散らして廊下の奥へ消えていった。――妹紅さんの炎を跳ね返した?
「くそっ、なんなんだこいつは――」
 苛立たしげに唸る妹紅さん。と、帽子を弄っていた蓮子が、顔を上げて声を張り上げた。
「妹紅、ちょっとちょっと!」
「あ? なんだよ」
 手招きする蓮子に、妹紅さんが近寄ってくる。蓮子が何事か耳打ちすると、妹紅さんは大きく目を見開き、「――だとして、どうするんだ?」と眉を寄せた。
「だから、そこはね……」
 蓮子が再び耳打ち。妹紅さんは目をしばたたかせ、そして愉しげに笑った。
「なるほど、そりゃいい。よし、蓮子たちはそのへんの部屋に隠れてろ」
「らーじゃー。玄爺、ちょっくら逃げるわよ」
「へえへえ、承知」
 妹紅さんと正邪さんを廊下に残して、私たちは近くの襖を開けてその奥に逃げ込んだ。蓮子が逆さまの襖を閉ざすと、頭上に畳のある逆さまの和室で私たちは息をひそめる。飾られた盆栽も飾り棚に載ったまま逆さまになっているのだが、あれは貼り付いているのか?
「ていうか蓮子、逃げるのはいいけど妹紅さんとなに話してたの?」
「ああ、必勝法よ、必勝法」
「必勝法って――」
 私が首を捻った、次の瞬間。
 ――ぎゃあああああああああああああ!
 襖の向こうから、そんな悲鳴が響き渡った。




―14―

 足元の梁に引っかかって、焦げた正邪さんからプスプスと煙があがっている。
 グロテスクな焼死体ではないので安心してほしい。漫画的に爆発のあとアフロヘアになってるようなアレである。妹紅さんが死なない程度に加減して燃やしたということだろう。人間なら全身火傷で命に関わるダメージも妖怪なら……いや痛いだろうけど。
「……何がどうなったんですか?」
「位置関係や攻撃の向きをひっくり返す能力だろうって蓮子が言うからな。ひっくり返しても関係ないように廊下全体を火事にならない程度に燃やしてやったんだ」
 反射・回避系の能力は範囲攻撃の前には無力というわけか。守矢神社で読んだ漫画にもそんな描写はよくあったっけ。桑原が戸愚呂兄を潰したようなやつだ。
 見回してみれば、頭上の床や周囲の壁のあちこちに焦げ目や煤がついている。よくもまあ火事にならなかったものだ。危うく放火犯になって大惨事である。
「攻撃さえ当たれば大して強くないぞ、こいつ。異変の黒幕にしちゃ小物だな」
「そりゃあ、弱い妖怪による幻想郷の力関係の転覆を狙ったレジスタンスなら、本人も弱い妖怪じゃなきゃおかしいわよね。革命を起こす貴族はいないわ、普通」
「なんだ、じゃあ黒幕は輝夜の奴じゃないのか?」
「たぶん違うと思うわよ。あの姫様にそんなことする動機はないと思うし」
「紛らわしいな。姫なんて言うからてっきりあいつだと」
 拍子抜けしたように妹紅さんは頭を掻く。と、その足元で正邪さんが呻いた。
「おっと、逃がさんぞ」
 妹紅さんが容赦なくその背中を踏みつけ、「ぐげっ」と蛙が踏み潰されたような声。
「ぐうう……こんなはずでは」
「さて、姫とやらの居所を教えてもらおうか。そいつがこの異変の犯人なんだろう?」
「くけけ、こちとら命令されると意地でも言いたくなくなる性分でね」
「――なるほど、お前、天の邪鬼か。小物がずいぶん大それた異変を企んだもんだな」
 妹紅さんが納得したように頷く。天の邪鬼なことを言う妖怪だと思ったら、本当に種族としての天の邪鬼だったのか。
 正邪さんは首だけで振り向いて妹紅さんを見上げ、歪んだ笑みを浮かべる。
「ふん、元からの強者に我ら弱者がいかに虐げられてきたかなど想像つくまい」
「弱者の権利のための革命か? 天の邪鬼がそんなご大層なお題目を掲げてるってことは、裏にもっと下衆い理由があるんだろうな。それなら私も心が痛まなくて済む」
「ぐふっ」
 妹紅さんが正邪さんを踏みつけた足に力を込める。なんだか妹紅さん、妙に嗜虐的というか、性格が好戦的になっているような……。普段はもっと厭世的なはずなんだけど。
「いいことを教えてやるよ、天の邪鬼。本当とは逆のことしか言わないってのは本当のことしか言わないってのと同じだ。つまりお前はとてつもなく素直な正直者ってことになるな。さあ正直者の鬼人正邪、絶対に答えるなよ。私は姫とやらの居所なんて知りたくないんだからな。姫とやらはどこにいる?」
「ぐうううう……」
 正邪さんが顔をしかめて唇を噛みしめる。何もそこまで物理的にも精神的にもいたぶらなくても……と私がちょっと心配になっていると。
「あーっ!」
 そこへ、新たな第三者の声が割り込んだ。
「正邪! やいお前たち、正邪に何をしてるんだ!」
「――姫!」
 廊下の向こうから現れた影に、正邪さんが声をあげる。大きな針と、金色の小槌を両手に携え、お椀に乗って飛んでくるのは、小柄な少女の姿。お椀のフタのような帽子を被り、赤い着物を身につけたその少女は、勇ましく手にした針を私たちへと向けた。
「正邪を放せ!」
「いけません、姫! こいつらは姫の力を狙っています!」
 踏みつけられた正邪さんがそう声をあげる。姫と呼ばれた少女は、きょとんと目をしばたたかせた。
「ええ? 赤いし白いけど、博麗の巫女……じゃないよね。まさか来るべき時が来る前に、この力を狙った悪党が? なんてこと、下剋上も一筋縄じゃいかないなあ。と、とにかく正邪を放せ! 誰だか知らないけど、私が相手になってやる!」
「ほう、お前がこの異変の首謀者か?」
 妹紅さんが目を眇める。少女は「そうだ!」と胸を張った。
「私の力を狙って来たなら、お生憎様。小槌の力は小人である私にしか使えないよ!」
 ――小人? 小槌? そしてあのお椀に針……ということはつまり。
「あら、貴方ひょっとして、かの有名な一寸法師さん?」
 ぽんと蓮子が手を叩いて言い、少女がこちらへ視線を向ける。
「その末裔だよ! 私は少名針妙丸。そっちの貴方は……亀に乗ってるし、ひょっとして浦島太郎の末裔? ここは竜宮城じゃないよ、輝針城だよ」
「あはは、生憎と平凡な人間ですわ。私は宇佐見蓮子、こっちは相棒のメリー、この亀は玄爺。で、正邪ちゃんを踏んづけてるのが藤原妹紅」
「自己紹介はいいから正邪を放せよ! それに、人間なら私たちの味方になるべきじゃないか。私たちは強い妖怪に支配された今の幻想郷をひっくり返すレジスタンスだよ! 被支配者の人間だって私たちと一緒に下剋上を成し遂げれば支配する側に回れるんだ!」
 小人(にしては普通の人間サイズだが)の少女――針妙丸さんの言葉に、蓮子は妹紅さんと顔を見合わせる。と、踏みつけられていた正邪さんが隙を見たように鋭く声をあげた。
「姫、小槌を!」
「あっ、そっか! 小槌よ、正邪に力を!」
 針妙丸さんが左手の小槌を振るう。妹紅さんの足元で正邪さんがニヤリと笑い、
 ――次の瞬間、ぐるんっ、と、妹紅さんの身体が上下逆さまにひっくり返った。
「うおおっ!?」
 重力をひっくり返されたように中空で逆さまになる妹紅さん。その下から正邪さんが抜け出して、針妙丸さんの背後に隠れる。ああ、逃げられた。
「正邪、大丈夫だったかい?」
「ええまあ、多少痛い目に遭いましたが」
「下がってていいよ。こいつらは私が相手する。人間みたいだし、正邪に勝つぐらいの相手なら仲間に引き込めれば心強いじゃない」
「姫の仰せのままに」
 正邪さんはそのまま廊下の奥に姿を消す。その場には針妙丸さんだけが残って、私たちと対峙した。上下反転が元に戻った妹紅さんが、頭を掻いて軽く針妙丸さんを睨む。
「ちっ、逃げられたか。――で、お前は一寸法師の末裔だって?」
「そうだ! 小人族はずっと虐げられてきた。今こそその歴史を幻想郷の強者どもに知らしめ、小人族の屈辱を晴らすとき! 私たちは弱者の味方だよ。貴方たちも人間なら、人間が妖怪に苦しめられるこの幻想郷の力関係をひっくり返してやりたいと思わない?」
「生憎だが、私はその伝で言えば体制側だな。幻想郷の秩序を守りたい奴のためにここに来たんでね。反体制にも言い分はあるだろうが、体制側は体制側で苦労してんだよ」
 ぼっ、と妹紅さんはその手に炎を纏わせる。針妙丸さんは顔をしかめた。
「私たちのレジスタンスに協力はできないってこと? そっちの人間ふたりは? その上着、小槌の力で付喪神になりかかってるじゃない。その子を守るためにも私たちの側につかない?」
 私たちを見やって針妙丸さんは言う。そんなこと言われても……。
 蓮子は「うーん」と帽子の庇を弄りながら、ひとつ息を吐く。
「それはそれで魅力的な提案ではあるし、私たち秘封倶楽部の根っこは世界の秩序なんか一顧だにしない反体制的不良オカルトサークルではあるんだけど」
「おい、蓮子」妹紅さんが顔を顰める。
「残念ながら、寺子屋の教師なんて公務員になっちゃって体制側に取り込まれてるのよね、今は。針妙丸ちゃん……だと呼びにくいから、少名ちゃんでいい? 少名ちゃんの志は立派だと思うけど、志だけじゃ革命は成功しないのよね。革命は失敗するから美しい夢でいられるのであって、成功した革命は現実の話になっちゃう」
「何が言いたいのさ」
 針妙丸さんが眉を寄せて蓮子を睨む。蓮子は苦笑して、言葉を続けた。
「少名ちゃん、その下剋上を成功させたあとの具体的なビジョンは何かある? 今の幻想郷の支配体制をひっくり返したあとに、どんな新しい支配体制を考えてるの?」




―15―

「……え?」
 蓮子の言葉に、針妙丸さんは意想外なことを問われたという顔で目を見開いた。
「そりゃ、だから、弱者が笑って暮らせる世界を……」
「だから理念じゃなくて現実の話よ。今の幻想郷は妖怪の賢者が定めたルールに従って、妖怪と人間が多少の緊張関係を保って住み分け、その秩序維持機構として博麗の巫女が存在するっていうシステムで動いているわけだけど、少名ちゃんの下剋上はそのシステムを破壊するわけでしょう? 破壊したあとにどんなシステムを構築するのか、その展望や構想を聞きたいわけ。それが現状より理に適ったシステムなら、協力するにもやぶさかでないけど」
「…………」
 針妙丸さんは押し黙ってしまう。蓮子は「ふむ」と唸って、帽子の庇を弄りながら何やら滔々と語り始めた。
「単純に考えて、人間と妖怪の力関係がそのままひっくり返ったら、人間の恐怖心に存在を依存している大半の妖怪は存在を維持できなくなっちゃうと思うのよね。外の世界がそうなったみたいに。――ああ、そうすると、今の強者の妖怪はそれこそ小傘ちゃんみたいに人間にわずかな恐怖心を恵んでもらう立場になるわけね。そうすると本格的に人間が多数の妖怪を従える世界になるわね。現在の少数の弱小妖怪をトップとして、その下に人間、さらにその下に数多の妖怪というピラミッドが形成されるわけか。そうなると幻想郷の社会機構が根本的に変わるわね。人間が一箇所の里に集まっている理由もなくなる。人間の版図は広がって散らばり、弱くなった妖怪を使役して繁栄する。すると、いずれ到来するのは散らばった人間の各集落同士の対立関係。妖怪を従える人間同士の争いが始まる。そうするとより強い力、つまり今の弱小妖怪の後ろ盾が必要になるから……おお、弱小妖怪が王様、人間が臣民、そして多数の妖怪が奴隷兵士となる群雄割拠の戦国時代が到来するわ。めざせ幻想郷統一! でも幻想郷の規模でそんなことやってたら共倒れになりそうだから、早めに統一政府作らないと」
 ああ、蓮子が何か勝手に脳内シミュレーションを始めてしまった。人間が妖怪を使役して覇権を争う戦国時代って、なんか守矢神社にある漫画にありそうな……。
「わ、わけわかんないこと言わないでよ! 私たちはただ、私たち小人族や正邪みたいな天の邪鬼とか、そういう弱者が虐げられない世界を創るの!」
「あら、訊き方が難しかった? じゃあ、もうちょっと単純に訊くわね。少名ちゃんたちは、自分が支配する側に回りたいの? それとも、力の差で格差がつかない全人妖が平等な社会を目指してるの?」
「えっ――ええと」
「ちなみに後者なら、人妖平等主義を掲げるお寺が里の近くにあるから紹介できるわよ」
 呆気にとられた顔で、針妙丸さんはぽかんと口を開く。――ああ、と私は理解した。彼女には、おそらく具体的な展望や確固たる思想は何もないのだ。ただ、現状の社会に対する不満と違和感はあり、おそらくそこにつけ込まれて、口当たりの良い言葉で扇動されただけなのだ。だとすれば、彼女につけ込んだ者の目当ては――。
 彼女が一寸法師の末裔で、あの手の小槌が伝説の打ち出の小槌であるならば。
「……妹紅さん、あの子たぶん……」
「ああ、ありゃ利用されてるだけだな。――本当の黒幕は、やっぱりさっきの奴か。ちっ」
 私が小声で耳打ちすると、妹紅さんも同じことを感じていたようで、逃がしてしまったことに舌打ちする。――そう、針妙丸さんが利用されているだけだとすれば、彼女の力に目を付けて利用しているのは、おそらくさっきの天の邪鬼、鬼人正邪さんだろう。
「わ、私はただ、私たちを虐げる強者に目に物見せてやりたくて……」
「つまり、ただの復讐ってこと?」
「ちっ、違うよ! 今の社会をひっくり返して、弱者が笑って暮らせる社会を作るんだ! とにかく、私たちの目的は今の幻想郷の弱者の救済であって、その後どんな社会を作るかはみんなで決めればいいんだよ! 幻想郷の賢者とか博麗の巫女とかが勝手に決めたルールに従ってやる必要なんかもうないんだ!」
「あら、なかなか民主的なことを仰る。つまり、少名ちゃんの目的は人妖がその力にかかわらず等しい発言力を持ち自らの権利を主張できる、民主主義社会ってことね。弱い妖怪に力を与えて強い妖怪との力の差が埋まれば、確かに民主主義社会へは一歩近付くわ。気ままな妖怪ばかりの幻想郷に民主主義が合うかどうかは、いささか議論の余地があると思うけど」
「……で、貴方は私たちに協力するの? しないの?」
「うーん、少名ちゃんたちの考え方は解ったわ。民主主義の思想からすると、草の根から革命を起こすのは正しいけど、少名ちゃんたちの理想や目的をちゃんと表明しないまま、無差別に妖怪や道具を扇動してとりあえず支配体制をぶっ壊そう、っていうやり方はあんまり民主的じゃないわねえ。革命には暴力が必要とは言っても、せめて革命に参加する側には理想と目的を共有しないと」
「だから弱者が虐げられない社会っていう理想は小槌の力と一緒に伝えてるよ!」
 ――そういえば、玄爺もあの魔力にアジテーション的なメッセージが含まれているって言っていたっけ。
「なるほど、その小槌はそんなこともできるわけね。――ところで少名ちゃん、その貴方たちのレジスタンスに協力しているのは、さっきの正邪ちゃんの他に誰がいるの? 小槌の魔力で力を与えた妖怪じゃなくて、貴方たちがこの異変を起こす前からその理想に共感して、貴方たちに協力しているひとのことだけど」
「…………」
「ひょっとして、貴方たち二人だけ?」
「悪かったなー!」
 針妙丸さんが吼える。
「正邪が言ったんだ! この小槌の力があれば、虐げられた者たちを解放できるって! 私は正邪を信じて、正邪と一緒に戦うって決めたんだ!」
「……お前、あの天の邪鬼の言ってることを本気で信じてるのか?」
 妹紅さんが呆れ顔で口を挟む。むっと口を尖らせて、針妙丸さんはこちらを睨んだ。
「そりゃ正邪は天の邪鬼だけど、天の邪鬼だからって嘘つきだって決めつけるなよ! 私は正邪を信じる! もし正邪が私を騙してるんだったら、私は騙されたままでいい! 正邪がついた嘘を、私が本当にしてやればいいだけなんだから!」
 ――夢の世界を現実に変えるのよ!
 いつか、まだ外の世界の、科学世紀の京都で暮らしていた頃。夢と現実の区別がつかなくなりかかっていた私に、蓮子が言った言葉が、ふっと頭をよぎった。
 それを言った相棒は「なるほどね――」と呟いて、帽子を目深に被り直す。
「少名ちゃんの覚悟は理解したわ。貴方がそれを正しいと信じてるなら、私が反論を試みても貴方を頑なにするだけでしょうね。社会の在り方に万人が納得する正解はないもの。だったら、少名ちゃん。私は貴方の正しさを尊重した上で、ひとつ提案したいのだけど」
「……なに?」
 怪訝そうに蓮子を見つめる針妙丸さんに、蓮子が笑顔で手を差し伸べる。
「貴方のその、幻想郷民主化計画――それに対する賛同者を募ってみない? 貴方と正邪ちゃんのふたりだけじゃなく、今の幻想郷で強者の側にいる人妖にも、その理想に賛同する人はいると思うの。命蓮寺の住職さんとかね。よりよい幻想郷の社会を目指すための一案として腹を割って話せば、体制側にも話を聞いてくれる人妖はいるはずだわ。たったふたりのクーデターより、賛同者を増やして根回ししてから仕掛ける方が合理的だと思わない?」
「お、おい蓮子、お前な」
 妹紅さんが慌てた様子で口を挟むが、蓮子は構わず、小人の少女へ猫のように笑った。
「私は宇佐見蓮子、幻想郷のネゴシエイター。少名ちゃん、貴方の理想とする民主的幻想郷の思想を、議論の俎上に載せるための交渉人として、私を雇わない?」

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この小説へのコメント

  1. 蓮子がネゴシエイターとしてトンでもないこと言いそうだなと思ったら本当に言っちゃった(笑)。
    プスプスする正邪を想像して笑いっぱなしでした。

  2. ……蓮子さん結局首謀者と何ら変わりない立ち位置になってるような……。
    (蓮子が帽子を被り直すって事はここら辺から何かしらヒントが出始めるって事でしょうから……)

  3. 猫蓮子になったら腹黒モードのスイッチが入った時だな。

    妹紅&秘封で輝針をクリアってちょっとやってみたい感じがあるな。

  4. 【おしらせ】
    今週10/5(土)の更新は作者の原稿の遅れによりお休みです。申し訳ありません。
    次回、第6話は10/12(土)更新予定になります。
    今後も秘封探偵をよろしくお願いします。

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