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こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編   輝針城編 10話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第13章 輝針城編

公開日:2019年11月16日 / 最終更新日:2019年11月17日

輝針城編 10話
―28―

「付喪神が自分自身を外の世界の道具に置き換えることで、外の世界の魔力を手に入れたと。ほうほう、そいつはなかなか面白い話じゃのう」
 命蓮寺裏手の墓地。九十九姉妹を堀川雷鼓さんに預けた翌日、私たちはそこで二ッ岩マミゾウさんと話をしていた。相談内容は第一に、雷鼓さんの言う「呪法」の正当性である。
 今回の異変の詳細を聞いたマミゾウさんは、興味深そうに頷いている。蓮子は腕を組んで、マミゾウさんに問いかける。
「話を聞いてもイマイチ釈然としないんですけど、どういうことだかわかります?」
「ふむ。それには、付喪神っちゅうもんのメカニズムから解説すべきじゃろうな」
 煙管の灰を落としながら、マミゾウさんはひとつ首を捻った。
「そもそも付喪神っちゅうのは、道具に宿った神霊じゃ。神っちゅうものの本質は、人間に信仰されることで、信仰する人間に何らかの利益をもたらす点にある。道具に宿る神霊は、その信仰と利益のギブアンドテイクの関係の、最も原始的な形なんじゃ」
「というと?」
「たとえば、そうじゃな。食事に使う箸。ありゃあ、箸として使わなければ、ただの木の棒以外の何物でもないじゃろう。しかし、人間がそれを箸として用いることで、箸は人間に利益をもたらす。そこに道具っちゅうものの本質があるわけじゃよ」
「ははあ。神様は信仰してくれる人間がいないと存在できない。道具は使用する人間がいないと道具としては存在できない。その意味で同種ということですね」
「正解じゃ。ドリルを買いに来る客が欲しがってるのはドリルではなく穴、っちゅう有名な商売の格言があるじゃろう。道具は、それを用いることで有益な結果をもたらすことを期待されることで道具として必要とされる。その期待こそが、道具の神霊が受ける信仰なんじゃよ」
 なるほど、そう説明されれば道具が単なる妖怪ではなく、付喪神という名の〈神〉になることも理解できる。
「そうして長く使われて力を蓄えた神霊は時として意志を持ち始める。しかし道具は古くなる。持ち主は古い道具を捨てて新しいものに替えたくなるが、長く使い込んだ道具じゃから何となく捨てるのが後ろめたい。そんな気持ちでしまい込んでおると、使用者のその後ろめたさの感情が神霊の性質を変化させるんじゃ。道具としての期待から、なんとなく捨てられない厄介物へ。あるいは、古くなったものを捨ててしまった後に残る、もっと大事にすれば良かったという後ろめたさ。それによって妖怪化するのが、本来の意味での付喪神じゃ。小傘が典型じゃな」
「利益への信仰が災難への畏れになって、神様が祟り神化するようなものですかね」
「その通りじゃ。まとめると、付喪神を妖怪化させるのは、持ち主がその道具に寄せた期待と後ろめたさの大きさということになる。その信仰の力が付喪神の元々の力じゃ。一度付喪神化してしまえば、持ち主がいなくなっても、妖怪としての畏れを得ることで延命できる。小傘がいつも腹を空かせて人間を驚かせようとしとるのは、小傘の持ち主がもうおらんからじゃな」
 小傘さんのあの空回りも、そういう風に説明されると同情の気持ちがわき上がってくる。本人からすれば大きなお世話かもしれないが。
 しかし、付喪神の力が使用者の力に依存するとすれば、秦こころさんの力は彼女の本来の持ち主であるあの秘神の力に拠っているのだろう。道理でこころさんは生まれたばかりの付喪神にしては妖怪としての力が強いわけである。
 ――ということは、堀川雷鼓さんの〈使用者〉とやらも、相当な力の持ち主なのか?
「さて、それで今回の異変の話じゃ。お前さんたちが助けた琵琶と琴の付喪神は、使用者の力じゃなく、打ち出の小槌の魔力で強制的に付喪神化されたわけじゃ。使用者とは無関係な付喪神じゃから、魔力が抜けると元の道具に戻ってしまう」
 九十九姉妹の命の危機は、なるほど、そういう理屈だったわけか。
「じゃから、ちゃんと使用者の魔力を得られる道具へ自らの依り代を移す、っちゅうんは、なるほど道理に沿った方法じゃと思うよ」
「でも、例えば小傘ちゃんは忘れ傘の付喪神でしょう? それが現在進行形で誰かに愛用されている傘に依り代を移してしまえば、付喪神としてのアイデンティティが変質してしまいません? たとえば、同じ人間だからって私の意識がメリーの肉体に移ったら、それはもう《宇佐見蓮子》でも《マエリベリー・ハーン》でもない別の何者かじゃないかと思いますけど」
「そのあたりはある程度、覚悟の上でやっとるんじゃないかね。そのドラムの付喪神とやらは元々は和太鼓の付喪神じゃと名乗ったんじゃろう? ドラムの付喪神になった時点でアイデンティティの変質を本人は受け入れとるわけじゃから、本人がそれでええならええんじゃないかと思うしかないんじゃないかね」
 蓮子とマミゾウさんがそんなことを言う中、私は右手を挙げる。今のマミゾウさんの話だと、私の疑問が解消されないのだ。
「あの、そもそも付喪神が自分の本体である道具と分離できるっていうのがよく……」
 私がピンとこないのはそこなのである。雷鼓さんは元々和太鼓の付喪神だったというが、雷鼓さんがある特定の和太鼓の付喪神として産まれたのであれば、肉体であるその和太鼓と宿った付喪神の精神は不可分と考えるのが妥当に思えるのだけれど……。
「ああ、言いたいことは解るわい。自分の肉体と精神は不可分っちゅう生物的な感覚じゃの。それはのう、道具というものの成り立ちを考えてみれば納得できるんじゃないかね」
「成り立ち、ですか?」
「そうじゃ。さっきの箸の例えに戻るがの、ただの木の棒が箸という道具になる瞬間というのは、いつじゃと思う?」
「……職人が、箸としての加工を終えた瞬間? それとも、箸として売られたとき?」
「さて、どこじゃろうな。しかし、ひとつ言えるのは、〈箸〉という道具と見なされた瞬間に、それは木の棒から〈箸〉という道具になるんじゃ。それ以前はただの木の棒であって、それ以外の何物でもないんじゃ。じゃから……」
「――物体が道具として見なされた瞬間に、道具としての神霊が宿る?」
「そういうことじゃ。つまり、道具の神霊は、道具が道具たり得た瞬間に外から宿るものなんじゃよ。知っての通り、人間の欲は神霊の一種じゃ。道具を作る職人の、いい道具を作りたいという欲が神霊を生み、その神霊が完成した道具に宿るっちゅうのが基本的なプロセスじゃな」
「じゃあ、もしまだ神霊が宿っていない空っぽの道具があれば……」
「道具に宿った神霊は、その道具に移動できるじゃろう。じゃからそのドラムの付喪神は、外の世界の道具を探せと言うたわけじゃ。外の世界ではもう神への信仰は限りなく力を失っておる。外の世界の道具には神霊が宿りにくいんじゃよ」
 ははあ。何事も理屈があり論理があるわけだ。
 私が納得する横で、蓮子が「でもですね」と口を挟む。
「それで外の世界の道具に宿り直したところで、どうして外の世界の魔力が手に入るんですかしら? だって幻想郷に流れ着いてきた外の世界の道具ってことは、外の世界で持ち主に忘れ去られたもののはずでしょう?」
「道具の場合はそうとも限らんよ。博麗大結界は認識の結界じゃから、認識する主観を持たない物体は自由に行き来可能じゃ。外の世界から道具を持ってくるのは存外容易いぞい。使えるかどうかは別としての。山の神社なんか現代の道具いろいろ持っとるんじゃないかね?」
 言われてみれば、守矢神社にはまだこの時代の外の世界で忘れ去られていなさそうな家電がいろいろある。テレビとかゲーム機とか。
「じゃから、その道具がまだ外の世界に使用者が存在しとるとしたら、道具はまだ使用者と繋がっておってもおかしくない。その使用者が魔力の持ち主じゃったら、結界を超えて外の世界の魔力が道具という器に流れ込んでくることも充分ありうるじゃろう」
「ああ、そうか。付喪神に力を与えるのは、その使用者の道具に対する思い入れですもんね」
 つまり、外の世界での道具の持ち主がまだその道具のことを覚えていて、思い入れを持ち続けていれば、その感情が博麗大結界を超えて使用者と道具を繋いで、使用者の魔力を送りこんでくるわけか。――ようやくある程度合点がいった。
「じゃあ、マミゾウさん。そうやって博麗大結界を挟んで外の世界の使用者と繋がっている道具には、外の世界の使用者のことは解るんですかしら?」
「さあのう。儂は付喪神じゃあないから、何もかもは解らんよ」
 煙管の煙を風に溶かしながら、マミゾウさんは目を細める。
「じゃが――使い込まれた道具と使用者は時に一体化するものじゃからの。使用者の力次第では、付喪神が外の世界とのチャンネルになることもあり得るかもしれんのう」




―29―

 何を確かめたかったかと言えば、要するに堀川雷鼓さんの言葉の真偽であるわけだ。
 彼女の提唱した九十九姉妹を救う方法――それが事実であるならば、彼女がその後に私たちに伝えたことも、事実である蓋然性が高い。少なくとも、彼女が救済する対象と私たちは関係ないわけだから、わざわざ雷鼓さんが嘘をつく理由もないはずではあるが……。
「で、蓮子。どう思うの?」
「どうって言われてもねえ」
 事務所で座布団にあぐらをかいて、蓮子は頭を掻く。
「少なくとも、堀川雷鼓さんが私にあんな嘘をつく理由は思い当たらないし、彼女の言ったことは事実と見なしていいんじゃないかと思うけど」
「つまり、彼女の外の世界の使用者は――宇佐見菫子さんと知り合いだと」
「私に似てる人ってだけで、大叔母さんとは限らないわよ。私、霊夢ちゃんに似てるって言われたことあるし」
「それは見た目じゃなくて気質の話でしょ」
 宇佐見菫子。その名前は、今の私たちにとって全ての始まりである名前だ。思えば随分と懐かしい話になってしまう。宇佐見蓮子の大叔母――超能力者であったと言われるその人の部屋で、虫入りの琥珀と《秘封倶楽部》の文字が書かれたノートを見つけた瞬間、私たちは結界の裂け目に飲みこまれ、この幻想郷にやってきたのだ。
 あれから随分経って、すっかりそのことも忘れかけていた。もう科学世紀の京都で暮らしていたこと自体、夢のようにしか思えない。それほど私たちは、幻想郷での暮らしに馴染んでしまっていた。蓮子とふたり、このまま幻想郷に骨を埋めるのだろうけど、まあそれもそんなに悪くないわよね――と自然に思える程度には、ここはもう私たちにとって現実だった。
 慧音さん、早苗さん、霊夢さん、魔理沙さん。幻想郷での暮らしの中で知り合った大勢の人妖に囲まれて、この不思議な世界を蓮子といつまでも駆けめぐっていられたら――。
 けれど、雷鼓さんのたった一言が、私たちを出発点へと引き戻す。
『外の世界にいる貴方のそっくりさんは、いったい何者なのかしら?』
 その言葉に、あのとき、蓮子は目を向いて身を乗り出した。
『雷鼓さん、その人のことを――』
『ああ、それ以上のことは訊かれても知らないわよ。私には外の世界が見えるだけだから、向こうには干渉できないし』
 だが、問い詰めようとした蓮子の言葉は、あえなくさらっといなされてしまった。
 がくっと肩を落とした蓮子に、雷鼓さんは『何か事情がありそうね』と首を傾げ。
『貴方たちも何かあったら、私のところへいらっしゃい。相談には乗ってあげる』
 ――イケメンな笑みを残して、雷鼓さんは九十九姉妹とともに去っていったわけである。
 雷鼓さんの手に入れた、外の世界のドラム。その使用者の目から見たという、蓮子のそっくりさんの少女。――それがもし、宇佐見菫子さんであるのなら。
「ねえ蓮子。菫子さんって確か……昏睡状態に陥ったまま亡くなったのよね?」
「うん、そう聞いてたけど」
「それって……幻想郷と、何か関係があったのかしら?」
「さあね。でも――もし、雷鼓さんの言ってるのが本当に大叔母さんだとしたら。それが、私たちがここにいることと、無関係とは思えないわよね」
 菫子さんの近くに、雷鼓さんのドラムの使用者という、幻想郷と繋がっている人物がいて。
 その菫子さんの部屋から、私たちは幻想郷に連れて来られたのだ。
 ――先日出会った秘神の摩多羅隠岐奈さんは、私たちを幻想郷に連れてきたのは、妖怪の賢者・八雲紫だと言っていたけれど……。
 いったい、私たちの神隠しの主犯はどちらなのだろう?
 宇佐見菫子さんが、私たちを幻想郷に導いたのか?
 それとも、未だに蓮子の前に現れない、妖怪の賢者・八雲紫の仕業なのか?
 そして――私たちはいったいなぜ、この世界に連れて来られたのか……?
 この前の秘神との出会いといい、今さらになってにわかに私たち自身の抱える謎にスポットが当たり始めている。それにしても今さらすぎやしないか。幻想郷に来てすぐの頃から勇んで科学世紀の京都に帰る術を探しただろうに、今となってはその熱意も浮かんでこないわけで。
 蓮子は、どう考えているのだろう?
「ねえ、蓮子」
「皆まで聞かなくていいわよ、メリー。――世界の謎を解くのが私たち《秘封探偵事務所》なのよ。私たちにとって最大の謎に挑まなかったら、探偵事務所の名折れってものだわ」
「――ま、そうよね」
 私は嘆息する。それがどういう結果をもたらすにせよ、相棒が謎を目の前にして放置しておける性分なら、私たちはこんなに毎回異変に首を突っ込んではいないわけだ。
「それに、今回の異変についてもまだ調べたいことがあるしね」
「正邪さんたちについて? これ以上何か調べることある?」
「いろいろあるのよ、蓮子さんの脳細胞に引っかかるものがね」
 今回の異変は、首謀者もその動機も明瞭だ。少なくとも正邪さんがやろうとしたことについては、これ以上疑問の余地はないように思うが……。雷鼓さん関連だろうか?
「とにかく、行きましょうか」
「行くって、どこへ?」
 立ち上がって、トレンチコートを羽織る蓮子を、私は見上げる。
 蓮子はにっと、いつもの猫のような笑みを浮かべた。
「そりゃもちろん、博麗神社よ!」




―30―

 そんなわけで、やって来たるはまたしても博麗神社。
 例によって、霊夢さんは縁側で茶をしばいている。その横では針妙丸さんが縁側に足をぶらぶらさせて、お猪口でお茶を啜っていた。かわいらしい。
「あら、またあんたたち? 今度は何を企んでるのよ」
 じろりと半眼でこちらを睨む霊夢さん。相変わらず信用されてない私たちである。
「何も企んでない――とは言えないわねえ、今日は」
 苦笑して答えた蓮子に、霊夢さんは肩を竦める。
「異変を起こす前に退治されに来た殊勝な心がけは認めてあげるわ」
「そんなひどい。予防拘禁は人権問題よ」
「知らないわよ。で、何を企んでるのよ?」
 呆れ顔の霊夢さんに、蓮子はにやりと笑って答えた。
「――外の世界に遊びに行きたいって言ったら、行かせてもらえる?」
「却下」
 一秒とかからず即答だった。「そんなあ」と蓮子は口を尖らせる。
「そこまで即答することないじゃない」
「考える余地なんかないわ。却下よ却下」
「どうしてよ。そもそも私たち外来人よ? 外来人を外の世界に送り返すのも立派な博麗神社の仕事のうちでしょ?」
「あんたたちは未来人でしょうが。何十年の前の外の世界に帰ってどうするのよ」
「そりゃそうだから、日帰りでいいから遊びに出たいんだけど」
「それも却下」
「なんで?」
 蓮子の問いに、霊夢さんは大げさにため息をついて首を振った。
「紫に言われてるのよ。あんたたちが何を言っても、外の世界に出すなって」
「――妖怪の賢者に?」
 私たちは顔を見合わせる。――どういうことだ?
 蓮子はともかく、私は過去に一度、八雲紫の手引きで外の世界に出たことがあるが……。
「というか、紫に言われなくたってあんたたちは外に出さないわよ。幻想郷の人間が、簡単に外の世界に出ちゃいけないのと同じ理由で」
「理由って?」
「いい? 幻想郷で生まれて幻想郷で育った人間は、外の世界にとっては存在しない人間なのよ。幽霊みたいなもの。ただ外の世界に行ったって、外の世界で人間としての存在を維持できなくなって、結局幻想郷に引き戻されるだけよ。外の世界にはその人間は最初から存在しないんだから。結果、余計な結界の出入りが行われて結界が緩んで、藍の仕事が増えて私が紫に怒られるの」
「――ははあ、その理屈なら未来人の私たちも一緒ってことね。外の世界では、私たちはまだ存在していない人間だから……」
「そう。あんたたちが迂闊に外に出たら、幻想郷に戻れるかどうかも保証できないわよ。ま、案外元の未来に飛ばされるかもしれないけど、どうなるかは一切保証できないから」
 怖いことを言わないでほしい。ということは、八雲紫の手引きで外に出たときの私もけっこう危険だったのでは……。いや、妖怪の賢者がそのへん何とかしてくれたのか。
「じゃあ、たとえば早苗ちゃんなら外に出ても大丈夫なの?」
「早苗が外で暮らしていた痕跡がまだ外に残ってるならね。残ってなければ一緒」
 ――それはつまり、外の世界で《東風谷早苗》という人物が存在した痕跡が綺麗さっぱり消えているかもしれないということか。おそろしい話だ。
「だからあんたたちは外に出せないの。どうなるか解ったもんじゃないんだから。――で、なんでいきなり外に出たいとか言い出したわけ?」
「いやあ、ちょっと探し人がね。というか、自分のご先祖様に会ってみたくなったのよ」
「やめときなさい、そんなこと。未来人の扱いなんて知らないけど、絶対ロクなことにならないわよ」
 私もそう思う。そう思うのだけれども――。
 ――もし、宇佐見菫子さんが幻想郷のことを知っていたら。
 いずれ……彼女は、この幻想郷に来て、蓮子と対面するのではないか?
 そんな可能性は、否定しようがないと思うのだ。
「どうしてもダメ?」
「ダメ。他の妖怪に頼んで出ようとしたらそいつごと退治するわよ」
「――そうね、それは私も霊夢に賛成」
 と、そこへ第三者の声が割り込む。振り向くと、茨華仙さんがそこにいた。
 以前の記録にもちらっと登場したが、妖怪の山で暮らしている、正体不明の仙人である。博麗神社や里にときどき姿を現すので、あれ以降も何度か挨拶をした程度の間柄ではあるが。
「あら、華仙さん。こんにちは」
「こんにちは。――霊夢の言う通り、外の世界に興味本位で出るのはオススメしないわ。特に貴方たちは妖怪に近すぎる。今の貴方たちが外に出ても、外の世界から異物として排除されるだけだわ。それでも出たいというなら、命がけになるけれど?」
「命まではさすがに躊躇うわねえ。というか華仙さん、博麗大結界についてお詳しい?」
「まあ、一応私も幻想郷の秩序を守りたいと考える者ですから」
 しれっと答える華仙さん。彼女もなんだかよくわからない人だ。何者なのだろう。
「で、今日は何しに来たのよ」
 霊夢さんが問うと、華仙さんは針妙丸さんをちらりと見やり、霊夢さんに向き直る。
「幻想郷の体制に対してクーデターを起こした反逆者を、貴方がちゃんと見張っているかどうか様子を見に来たの」
「ああ、こいつ? 大人しいもんよ」
「わっ、はーなーせー」
 帯を掴んで針妙丸さんをぶら下げる霊夢さん。じたばたともがく針妙丸さんに、華仙さんは息を吐く。
「天の邪鬼の方はまだ見つからないのかしら? というか捜索してるの、霊夢」
「小槌はこっちにあるんだし、放っておいても無害でしょ。天の邪鬼なんて所詮単体じゃ毘沙門天に踏みつけられてるのがお似合いの小物よ」
「また別の妖怪をそそのかして悪巧みをするかもしれないわよ」
「そのときはまた退治してやるだけよ」
 ぽいっと針妙丸さんを放りだして、霊夢さんは平然とお茶を啜る。べしゃっと縁側に落ちた針妙丸さんは「ううー」と唸ってその場に座り直した。
「異変を起こすか、里や神社に迷惑を掛けるか、私の行き先に現れるか、そのどれもしてない隠れてコソコソしてるだけの妖怪までわざわざ探して退治するほど暇じゃないのよ」
「暇そうに見えるけど」
「お茶を飲む時間は人生で食事と睡眠とお風呂の次ぐらいに大事な時間よ。ていうかあんただって暇そうじゃない。あんたが天の邪鬼探せば?」
 華仙さんはため息をつき、「霊夢、貴方はそんなだから――」と説教を始めた。お茶を飲みながら、霊夢さんはそれを涼しい顔で聞き流している。
 そんなやりとりはさておき、蓮子は唸る針妙丸さんにしゃがみ込む。
「ねえねえ少名ちゃん、何度も悪いんだけど、また訊きたいことがあるの」
「んー? なにさ」
「小人族のいた鬼の国って、土蜘蛛とか橋姫とかサトリとか居た?」
「ええ? そんなの居なかったと思うけど」
 ――ということは、輝針城が封印されていたのはやはり地底の旧地獄ではないらしい。まあ、あんなものが地底に埋まっていたら、私たちももう何度も地底に足を運んでいるのだから、噂ぐらいは耳にしたはずである。知人に黒谷ヤマメさんのような情報通もいるわけだし。
「でも、正邪ちゃんは鬼の国の住人だったわけよね」
「そりゃまあ、天の邪鬼だって鬼の仲間でしょ?」
 針妙丸さんが答える。――と。
「まさか。天の邪鬼はただの妖怪、鬼の仲間なんかじゃないわ」
 突然、横から華仙さんがムッとしたように口を挟んだ。私を含め、皆の視線が一気に華仙さんに集中する。はっと華仙さんは我に返ったようにひとつ咳払い。
「華仙さん?」
「……天の邪鬼を鬼に含めるのは、土蜘蛛や橋姫まで鬼と呼ぶようなものよ。そこまで範囲を広げたら、鬼は妖怪と同義になってしまうわ」
「はあ」
 どうして華仙さんが急に口を挟んできたのだろう。疑問に思っていると、華仙さんは「そんなことより霊夢」とまた霊夢さんに説教をし始める。蓮子はひとつ首を捻って、それからもう一度針妙丸さんに向き直った。
「じゃあ少名ちゃん。小人族がいた鬼の国にいた鬼って、どんな鬼だった?」
 蓮子のその問いに、針妙丸さんは「んー」と唸って。
「そうだなあ――」

 さて。
 このときの針妙丸さんの答えは、今回の異変の謎に対する最大のヒントだった。
 なので、ここで針妙丸さんの答えをそのまま書いてしまうと、今回の異変の全体像に対するあまりにも大きすぎるヒントになってしまう。
 なのでここでは――その答えを聞いた瞬間、蓮子の目の色が変わった、とだけ記しておきたい。相棒の頭脳はこの瞬間から猛烈に回転しだして、この異変の全体像という名の誇大妄想を組み立て始めたのである。

「蓮子? どったの?」
 黙りこんだ蓮子を見上げて、針妙丸さんがそう問いかける。
 蓮子はそれに答えず、何かをぶつぶつと呟きながら、しきりに帽子の庇を弄っていた。
「一寸法師……打ち出の小槌……鬼の道具……願いを叶える小槌の魔力……小人族しか扱えない……魔力の回収期……じゃあ、この異変の首謀者は、いやでも……逆さ城、鬼の国……封印、天の邪鬼……鬼……まさか!」
 顔を上げ、雷に打たれたように、蓮子は立ち尽くした。
「そういうことなの? そういうことだったの? ――確かにそれなら、筋は通るけど……」
 そして蓮子は、立ちくらみを覚えたように、額を押さえて軽くよろめいた。
 慌てて私はその肩を支えて、蓮子の顔を覗きこむ。
「どうしたの? ねえ蓮子」
「ああ、ごめんメリー。私の灰色の脳細胞がちょっとヒートアップしちゃったわ」
 そして蓮子は大きく息を吐き、呟くように言った。

「なるほど――確かに今回の異変は、天の邪鬼による叛逆だったんだわ」




【読者への挑戦状】


 というわけで、今回の【出題編】はここまでである。
 念のために書いておくが、今回の出題は、あくまで正邪さんと針妙丸さんが起こした異変についてのものだ。宇佐見菫子さん絡みの謎は、とりあえず考えなくて良い。

 とは言うものの、最大のヒントを記述しなかったので、読者諸賢が蓮子と同じ結論に至るのは、おそらくかなり難しいのではないかと思う。
 なので、その代わりと言ってはなんだが、記録者である私から言えるヒントを出しておこう。

 今回、〈異変の謎のまとめ〉が無いのには、理由がある。
 私自身が本文中で記しているように、今回の異変は表向きの物語で筋が通っている。
 主犯は天の邪鬼・鬼人正邪。従犯が小人・少名針妙丸。彼女たちは弱者の楽園を築くため、打ち出の小槌の魔力を用いて弱小妖怪に力を与え、幻想郷の支配体制をひっくり返そうとした。
 この異変の構図には一見、何の疑問の余地もない。犯人も動機もこの上なく明瞭だ。
 故に、今回の異変の何を謎と見なすかが、そのまま蓮子の築き上げた誇大妄想の全貌を解き明かす、大きなヒントになってしまうからだ。

 もうひとつヒントを出しておこう。
 針妙丸さんの語ったことには、うっかり見逃しそうな、しかし重大な矛盾がひとつある。
 その矛盾の中核となるキーワードを軸に、今回の異変の全体像を見直して見ると良い。
 おそらく、そこから思いがけない絵図が浮かんでくるはずだ。

 何が謎か、が最大のヒントになる以上、私から言えるのは、せいぜいそのぐらいである。
 よって、今回のこの挑戦状では、具体的に何を解き明かせばいいかを私から指定することもできない。問うこと自体が半ば答えになってしまうからだ。
 それでももし、この難問に挑む者があれば――。

 読者諸賢が導きだすべき答えはひとつである。
 ――今回の異変は、誰が、何のために起こしたものであったのか?

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この小説へのコメント

  1. ついに来た【出題編】。
    ああ、結界から出たら、「消える」じゃなく「戻される」か。

    毎度だがこの推理は難題(妄想)であるな!

  2. 今回の話で分かることは、大黒天と鬼と一寸法師に出てきた姫は、小人だったってことだな!
    だって元々鬼が持ってても使えなかったらただの木でできた小さいハンマーを宝としてたわけだから

  3. そういえば、鬼形獣では広義の地獄の一つとされる畜生界や人間の技術そのものを司る造形神が登場するそうだが。

  4. 俺は読者への挑戦状は、わけがわからないから考えるのを諦めるorz
    輝針城編終わったら…次で終わりですか…。
    輝針城編も次の話もどんな完結になるのか、気になるし…
    終わって欲しくないのが本音ではあるんですが…w

  5. 他に鬼といえば地獄くらいだけど…そう簡単ではないですよね。
    角のある妖怪を鬼だと思ってたとかな。

  6. 「小槌の力で城を作る」→「魔力が切れて城が逆転する(ペナルティで逆さ城になる)」→封印されるって流れなんだよね
    なんで魔力が切れたのに城そのものが存在するんだろう

  7. 個人的に原作をやってて疑問だったのは、小槌の力で「弱者が強者に、強者が弱者に」なった瞬間、「元弱者の強者がまた弱者に、元強者の弱者がまた強者に」戻らないのか?ってこと。これを解き明かそうとするとほぼ答えに…ならないか。
    華仙が語ったことも関係あるのかな?

  8.  鬼の国は月……ですかね。
     そこまで考えて脳がオーバーヒートしました。
     これまでの傾向から見て、天の邪鬼が月の住人(具体的には語らない)と関係あるっていう二次創作展開は有り得ますし、月の陰謀説と言うのも考えてみて良いでしょう。
     ナンバリング作品的には次がアレですし尖兵的な扱いで。
     実際小人族は高貴な種族という扱いですし月、もしくは月と同一視されることもある天界から来ている、という説を私は推していきたい。
     続きが気になりますね、凄く。

  9. 鬼の国の鬼とは要するに人間の事であり、
    天邪鬼が狙っていた逆転は人間↔妖怪、延いては幻想郷↔外の世界の逆転を狙っていた…とか。
    外の世界から魔力を取り出すのは、丁度冒頭の付喪神関連で言及されていますしね。

    まぁ、適当ですw

  10. 上で述べてた人ですが
    軽めな考察をば
    まず、鬼の国とは、まぁ天の邪鬼の国なのかなと。
    天の邪鬼は鬼の仲間というワードをたくさん聞くので。
    こうすると天の邪鬼は小人族を監視または、洗脳する立場であったのではないか。
    そうすると誰がなんのためにが何となくわかる気がする。
    今回の異変は天の邪鬼の代々が首謀者で叛逆であったのかな?
    また、矛盾点に関しては、やはり打ち出の小槌ではないかと。一寸法師の物語の中で最初は鬼が持っていた宝です。
    ここでなぜ打ち出の小槌が宝であるのか?
    それは九十九神の解説のところみたいに書くのであるならば、「打ち出の小槌自体にはあまり価値がなく、願いが叶えられることに宝としての価値がある」のかなと。そうすると小人にかつかえないものを鬼が持ってるのは無価値であり不自然で、また大きくなった時も、人間の姫が小槌を使った。ということは小人しか使えないって矛盾してない?のかなと感じられた。
    なぜ嘘をつかないといけないかは分かりません。
    まぁ天の邪鬼がリーダーより一寸法師の子孫がリーダーの方が良かったのかなw
    どうせ九十九神が誕生してクーデターが成功しても回収期でいなくなるし

  11. あっ天の邪鬼がどこから関与してるかは分かりません
    もしかしたら一寸法師の物語から異変の準備が始まっていた事も無きにしも非ず

  12. 鬼が小槌を持っていた矛盾を中核だとして推理。
    一寸法師が退治した鬼はペナルティで「鬼」の姿になってしまった元小人族だった。
    その鬼は小人族から種族変容した為、小槌の魔力を使うことが出来なくなってしまった。
    しかもそれは一寸法師が勘違いしてただけで種族的鬼ではなく、天邪鬼であり、「天邪鬼の姿になってしまった元小人族」だった。(ややこしい)
    つまりどういうことが起きたか。「一寸法師という小人族に小槌を一方的に奪われ、天邪鬼の姿になってしまった小人族は“元の姿に戻してくれ”という願いを叶えることが出来なくなってしまった」ということ。
    同族同士でやりあってしまったというわけだ。
    一寸法師筆頭に小人族は子孫を作り、変容した小人族である天邪鬼達も子孫を作った。
    何代目かで小人族が欲を出して、最終的に鬼の国に飛ばされた。
    やりあった子孫同士が同じ国に来たというわけだが、天邪鬼達は小人族達を受け入れた。
    そして鬼人正邪は復讐として、小人族の末裔である少名針妙丸と小槌を使ってみようと考えた。
    「元の小人族に戻してくれ」って少なに頼まなかったのか?
    変容したとはいえ今現在天邪鬼だから、そんなこと正直に頼むことが出来ない。

  13. まとめ
    ・一寸法師が戦った「鬼」とは「元小人族だった天邪鬼」
    ・例え元小人族でも、天邪鬼であるうちは小槌を使えない
    ・何代目かの小人族は小槌のペナルティで城ごと鬼の国(天邪鬼の国)へ飛ばされた
    ・つまりその時点で小槌の魔力が0。その時点で天邪鬼が小槌を取り返しても意味がないから、天邪鬼は小人族を受け入れた
    ・更に時が経ち、天邪鬼(元一寸法師に退治された小人族の末裔)は小人族を許し始めた。(或いは天邪鬼なので、憎んでても許すしかなかった)
    ・何代目かに正邪は少名を騙して異変を起こした
    ・真の目的は、小槌の魔力を使い切らせること=天邪鬼が小人族に戻る為の力を失わせること
    ・「天邪鬼から小人族に戻りたい」と少名に頼むことは出来ない。なぜなら種族的に天邪鬼だから
    ・少名針妙丸が真相に気付き、鬼人正邪が小人族に戻ることを受け入れないと、鬼人正邪は小人族に戻れない。つまり鬼人正邪はよっぽどのことがない限り小人族に戻れないが、生まれた時から天邪鬼である正邪は果たしてそれを望んでいるかは不明。

  14. 追加で推理するなら、こんなパターンも
    「鬼の国」というのは天邪鬼だけが住んでいるのではなくて、何らかのペナルティで人間から怪異に変容してしまった者達が集まって出来た国だったとも考えられる(ディズニーやピクサーの映画でたまにある「悪役だけが集まった町」みたいな)
    色々な事情で集まったから、小人族も鬼の国に受け入れられたのではないかと
    もしくは、小人族を「人間から小人に何らかの要因でされた者達」だと勘違いしているのかも(正邪は少名或いは別の小人族から話を聞く事で「先祖の敵」だというのを知っている)

  15. もっと残酷で単純なパターン

    ・一寸法師は、天邪鬼になってしまった鬼に「元の姿に戻してくれ! 今の状態では小槌が使えない!」と頼まれた

    ・小槌を渡されて人間の姿に戻った一寸法師は、天邪鬼の願いを叶えずに、小槌を奪って追い払った

    ・正邪に取っては先祖の敵。正邪は意趣返しに、少名を騙して小槌も奪おうとした

  16. 代償は恐らく願いは達成されるけど多少意志にそぐわないのかと。城は現れたけどひっくり返って出てきたしね。
    そして、代償は今回の異変でも起こらないと不自然で正邪自信が九十九神が出たことを代償って言ってるわけだから、道具は弱者として力が与えられた訳ではなく、代償で出現し、九十九神達が勝手に「道具は使われてきた」と言ったのではないかと

  17. 打ってる間に新話が出てるかもしれないが、動機の推察をさせて下さいお願いします。
    前述の付け足しですが、何代にも渡るヒエラルキーに対する反乱だったのではないかと。
    そして、リーダーを一寸法師にするがために鬼の国で何代も洗脳し、した手上げた。
    天邪鬼がリーダーだと強くなった妖怪に倒される可能性があったかもしれないしね。
    まあ、理想を現実に変えようとする種族ですからね。
    また、最後の華扇の言葉から鬼と天邪鬼は犬猿の仲っぽいので鬼へのという可能性も。
    一寸法師の作者が鬼と天邪鬼を間違えたかで真相は変わる。

  18. あとは魔力の回収の理由ぐらいかな?
    強くなった魔力を回収するためにするのか、
    どこかのルナ4面みたいな代償で現れた九十九神を消すためなのか。
    あと数分が楽しみです!

  19. というか打ち出の小槌の使用制限の考察をし損ねました。許してくださいお願いします。
    と言うよりかは小人だけでなく誰でも使えるのではないかと。人間にも大黒天にも使えた訳だから。
    あと動機の根拠は小人への復讐ならこんな大それたことしないかなという他愛もない根拠です。

  20. 電子機器に人の求める役割の期待は高い
    放置していては付喪神化する可能性があるので、リサイクルと称して道具を作り変えることで付喪神化するのを防止している

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