東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第5章 花映塚編   花映塚編 第6話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第5章 花映塚編

公開日:2016年10月08日 / 最終更新日:2016年10月08日

花映塚編 第6話


―16―


「や、どうも勝手にお邪魔してしまって。開いてたものですから」
「開いてたからって、人の家に勝手に入り込むのはあまり関心しないけれど」
「まあまあ、いいじゃない姉さん~。我が家にお客さんなんて久しぶりなんだし~」
 帽子を脱いで一礼し、調子のいいことを言う蓮子に、バイオリンの少女が呆れ顔をし、トランペットの少女が陽気な笑顔でそれをとりなす。キーボーディストの子はどこだろう? また出かけているのだろうか。
「ようこそ、騒霊楽団の本拠地、プリズムリバー邸へ~。私はメルラン、こっちはルナサ姉さん。貴方たち、確か白玉楼とか博麗神社の宴会にいたわよね~?」
「あらら、覚えられていましたか。騒霊楽団の演奏、いつも楽しませていただいてますわ」
「冥界に生身の人間がいたら目立つからね~」
「ああ、そうか。見覚えがあると思ったら、白玉楼のお嬢様の知り合いだったのね」
 ルナサさんがぽんと手を叩く。「宇佐見蓮子と申します。こっちは相棒のメリー」と蓮子が自己紹介し、握手を求めて右手を差し出した。メルランさんが「どうぞご贔屓に~」とその手を握り返す。蓮子はにこやかに「こちらこそ」と応えた。
「それで、我が家に何のご用? 宴会ライブの予約なら、今はちょっと忙しいから難しいかも」
「あ、いえいえ。実はですね――」
 ルナサさんの問いに、蓮子は軽く手を振って、それから頭上を漂う幽霊たちを見上げた。トランペットの音に誘われるように集まってきた幽霊たちは、まだこの場に留まっている。おかげでちょっと寒い。
「たまたま、この洋館に幽霊が集まってくるのが見えたもので、気になりまして」
 ぬけぬけともっともらしい嘘をつく相棒である。ルナサさんは「ふうん?」と目を細めた。
「冥界にいたり、幽霊を追ってきたり……人間らしくない人間ね」
「ただの人間ですよ。ところで、どうして幽霊を集めているんです?」
 ずばりと斬り込んだ蓮子に、ルナサさんはメルランさんと顔を見合わせる。
「別に~、集めてるわけじゃないのよ~。勝手に集まってきてるだけ~」
「幽霊は気質の具現だからね。私たちの音にはよく反応するの。冥界で見ているでしょう?」
「ははあ。陽気な音には陽気な幽霊、陰気な音には陰気な幽霊が集まるんでしたっけ」
「そうよ~。私の音は躁の音。だから陽気な幽霊が集まってくるわ~。逆に姉さんの音は鬱の音だから、くらーい幽霊が集まってきて~、気温が下がるんだっけ~?」
「気圧が下がるの。どっちにしても、人間が直接私たちの音を聴くのは、影響を受けすぎるから避けた方がいい。リリカがいるならともかく、だけど」
 そのあたりの話は、昨日リリカさんから聞いた内容と同じだった。リリカさんのキーボードが、このふたりの音を取り持って調整しているんだったか。
「そのリリカさんはどちらに?」
「下にいるんじゃない?」
「あ、じゃあせっかくだし居間でお茶にしましょう、ね、姉さん~」
 メルランさんが楽しげに手を合わせ、ルナサさんは「まあ、いいけど」と肩を竦めた。

 そんなわけで、図々しくも廃洋館の居間でお茶会である。不在なのかと思ったリリカさんは、ルナサさんに呼ばれてひょっこり居間に顔を出した。
「あれ、昨日の人間? なんでここにいるの?」
「こんにちは、リリカさん。音集めは終わったのかしら?」
「あらリリカ、知り合いだったの?」
「昨日、途中でちょっと出くわしただけだよ。ていうか、ルナ姉もメル姉も私のこと追っかけてたんじゃなかったっけ?」
「遠くから見てたからね~、そこまでは気づいてなかったわ~」
 メルランさんが紅茶とケーキを運んでくる。テーブルも椅子も食器も、幸いにして壊れてはいない。この館が廃墟然としているのはやはり見た目だけのことのようだ。
「白玉楼のお嬢様もそうですけど、騒霊も食事をするんですね」
 並べられる紅茶とケーキを見ながら、蓮子が言う。「そりゃ、ね」とルナサさんが紅茶を一口啜って、「白玉楼のお嬢様と私たちは違うけどね」と目を細める。
「貴方たち人間は、騒霊も幽霊も亡霊も、同じようなものだと考えているんじゃない?」
「あ、昨日もこの人間、そんなこと言ってたよ」
「まあ、そう思われても仕方ないけどね~」
「不勉強ですみません。どう違うんです?」
 相棒が頭を掻くと、リリカさんとメルランさんはルナサさんを見やる。
「説明はルナ姉に任せた」
「姉さんよろしく~」
「はいはい。――まず幽霊は、気質の具現。気質っていうのは、刺激に対して感情の方向性を決める器官みたいなもの。たとえば同じことを言われても、前向きに考えるタイプと、後ろ向きに考えるタイプとがいるでしょう。あるいは同じものを食べても、美味しいと幸せになるか、不味いと不機嫌になるか。それを左右するのが本人の気質ね。幽霊はそれが具現化したもの」
「魂、とは違うんです? 幽霊っていうのは人の魂そのもの、みたいに思えるんですけど」
「そう考えても間違いじゃないけど、完全に正しくもない。死者の魂は幽霊に宿るけれど、ひとりの死者から複数の幽霊が生まれることもあるから」
「というと?」
「魂というのは、要するにその存在の一番根幹の部分。気質だけじゃなく、記憶や犯した罪、そして自己認識まで含んだ本質の部分。たとえば――そう」
 とルナサさんは蓮子を見据えて、元々細い目をさらに細める。
「貴方は随分と好奇心旺盛な人間のようだから、貴方からは好奇心旺盛な幽霊が生まれるでしょうけど、貴方の本質の部分がもしそれとは別にあるなら、貴方の魂は本質に近い気質の幽霊に宿る」
「――――」
「二面性のある人間からは、その両面の幽霊が生まれる。魂の宿った幽霊の気質の方が、その人間の本質ということになる。威勢がいいけれど根は小心者の人間の魂は、臆病な幽霊の方に宿るし、人当たりが良くても冷酷な人間の魂は、冷酷な幽霊に宿る」
「……それは、怖い話ですね、人間としては」
「幽霊になってしまえば、人間の目から区別はつかないんだから、気にする必要はないけどね」
 私は蓮子を横目に見やる。――この相棒の本質の部分というのは、いったいどこにあるのだろう? その好奇心や無鉄砲さ、あるいは誇大妄想力――それとは別の本質があるのだろうか? そして、それなら私自身は――。
「魂の宿った幽霊の方は、三途の川を渡って閻魔様に裁かれて、転生したり成仏したり地獄に落ちたりする。魂の宿らない幽霊は、そのうち自然に消滅する」
「生まれ変わっても、人間の本質は変わらないってことですか」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。――まあ、そもそも幽霊は人間のものとは限らない。生けるものは皆、快不快の感情を持っているから、気質を持っているの。魚からも獣からも幽霊は生じるし、最初から幽霊として生まれるものだっている」
 最初から幽霊として生まれるもの?
「ひょっとして、場の空気、ってやつですか」
「さて、ね」
 ああ――なるほど。真面目な話をしているときと、馬鹿話をしているときとで、場の空気は異なる。真面目な話の最中に下手な軽口や冗談を飛ばせば場が白けるが、馬鹿話の最中に真面目なことを言い出すのも場を白けさせる。そういう《空気》は、空間の気質ということになるのかもしれない。
「ともかく、幽霊とはそういうもの。――白玉楼のお嬢様は、魂を持った幽霊が、強い未練の力で人の姿をとって現世に留まり続けている亡霊。要するに、力の強い幽霊。なんでだか、亡霊になるのは人間だけみたいね」
「自分の死を認めたくないと思うほど往生際の悪い生き物は、人間だけってことじゃん?」
 リリカさんがそう口を挟み、「私たちがそれを言うの~?」と隣でメルランさんが苦笑した。
「では、ルナサさんたち騒霊とは?」
 と、蓮子が本題に斬り込む。ルナサさんはケーキを切り崩しながら、「そうね」と頬杖をついて、ひとつ息を吐いた。
「――私たちは、死者の気質でも魂でもない。もちろん場の空気なんてものでもない。私たちは、ひとりの少女の願いによって産み出された存在だから。私たちはただ、あの子の望んだままに在る。それがたまたま、騒霊と名付けられただけ」
「……彼女、というのは?」
「今はもういない人間よ。――ほら、紅茶が冷めてしまう」
 そこで話は終わり、とばかりにルナサさんはケーキを口に運んだ。
 相棒は私と顔を見合わせ、それから紅茶に口をつけた。
「ルナ姉が喋ると、何喋っても辛気くさい感じになるよね」
「悪かったね」
「紅茶のおかわり、いるかしら~?」
 メルランさんの明るい口調が、場を華やがせた。
 ――彼女たちの喋る言葉の一言一言もまた、彼女たちの奏でる音なのかもしれない。





―17―


 相棒の聞きたかったことはだいたい聞き出せたらしく、その後は平和な歓談となった。場の盛り上げ役はメルランさんで、リリカさんがツッコミを入れ、合間にルナサさんが一言二言ぼそりと喋る――という調子は、まるきり彼女たちのライブと同じである。
 専ら相棒が騒霊楽団について質問を重ねていたが、その中で私たちの方にも話が回ってきた。
「探偵事務所~?」
「ええ、世界の秘密を探る名探偵ですわ。今はこの花の異変を調査中でして」
「冥界に居たり神社に居たり、人間のくせに無駄に行動的だなあ」
「……命知らずもほどほどにね。みんな浮かれて騒いでるから」
「ご忠告痛み入ります。――ところで、皆さんはこの異変の原因に心当たりは?」
 蓮子のその問いに、三人は顔を見合わせる。
「原因なんて気にしたこともなかったなあ」
「花も幽霊も、たまに季節や境界を忘れてはしゃぎたくなるのよ~」
 首を傾げるリリカさんに、どこまでも能天気な笑顔のメルランさん。
 その中で、ルナサさんが頬杖をついてぼそりと呟く。
「この異変について知りたいなら、無縁塚の方に行くといいわ。説教好きな誰かさんがまだそこにいれば、頼まなくても説明してくれるでしょう」
「無縁塚?」
「魔法の森を抜けて、再思の道を進んだ先」
 そう言われてもピンと来ない。そういえば、魔法の森の向こう側はまだ一度も行ったことがなかった。生身の人間に、魔法の森を抜けるのは大変なのである。
「あー、昨日の偉そうな奴?」
「そう」
 リリカさんがそう言い、ルナサさんが頷く。どうやら昨日、三人はそこで何かあったらしい。
「ああ、あそこに行けば他じゃ見られない花も見られるわね~。ちょっと不気味だけど~」
「説教つきの花見は楽しくないなあ」
「彼女がまだそこにいるかは知らないけどね」
「……その説教好きというひと、どこのどなたです?」
 蓮子がそう問うと、ルナサさんは目を細め、小さく笑った。
「閻魔様よ」

 この後、太陽の畑でライブをするというので、ほどなくお茶会はお開きになった。
「聞きに来ない~? 盛り上げるわよ~」
「ありがたいお誘いですが、先に教えていただいた無縁塚の方に行ってみますわ」
「そう~? まあ、数日はやってるから、また今度聞きにきてね~」
「お代は聞いてのお帰りよ」
「じゃあねー」
 廃洋館を出て、飛び去って行く三人を見送り、それから私は相棒の方を見やる。
「で、蓮子。本気で無縁塚とやらに行く気?」
「そりゃもう。閻魔様と聞いたら、この幽霊だらけの異変に何か関係があると見るのが普通でしょう。増殖して花を咲かせる幽霊が溢れ出した死者の魂なら、天国か地獄が定員オーバーで閻魔様がてんてこまいとか、そういう話なのかもしれないしね。結界を超えてきた死者は、外の世界じゃなく天国か地獄の結界を超えてきたと考えれば、外の世界の二〇〇五年問題も片付くでしょう?」
「天国と地獄が六十年に一度満員になるんじゃ大変ねえ。――でも蓮子、重大な問題がひとつあるわよ」
 私は肩を竦めて、西の方角に視線を向ける。この森の中からは直接は見えないが、魔法の森はこの先、山の麓から幻想郷の西側に広がっている。
「どうやって、魔法の森の向こうへ行く気?」
 何しろ魔法の森は、普通の人間には有害な胞子に満ちた危険な場所である。アリスさんのお宅にお邪魔したことはあるが、そのときも森の中ではマスクをつけることになった。対策もなしに安全に抜けられる森ではない。
「そこはそれよ、メリー。こういう時のために人脈を活用すべきだわ」
「人脈って、アリスさんでも頼るの?」
「見つかればそっちでもいいけど、もうひとりいるじゃない。魔法の森の住人は」
「――魔理沙さん? また箒に便乗する気?」
 いつぞや、魔理沙さんの箒の後ろに乗って紅魔館に乗り込んだことを思い出した。あれももう二年前か。月日の経つのは早い。
「どっちにしたって森に入らないとダメじゃない。魔理沙さんの家も森の中なんだから」
「だから、そういうときは魔理沙ちゃんの寄りそうな場所に網を張るのよ。私たちでも行ける場所にある、ね」
 相棒はどこまでも気楽に言ってウィンクしてみせる。
「魔理沙さんの寄りそうな場所って……博麗神社? 森とは反対側じゃない」
「さすがにそんな遠回りはしないわよ。もっと魔法の森の近くにあるでしょ」
 言われてちょっと考え――ああ、そうか、と私は頷いた。
「香霖堂ね」
「そゆこと。というわけで、次の目的地は香霖堂よ!」





―18―


 と、威勢よく出発したはいいものの。
 里から北にある霧の湖と、里から西にある香霖堂、そして里の中心部の三点を地図上で結ぶと、なんとなく直角三角形に近い形になる。三平方の定理で霧の湖から香霖堂の直線距離の二乗は、それぞれ里の中心部からの距離の二乗を足した数にそこはかとなく等しい。
 大雑把に里の中心部から霧の湖までの距離を1とする直角二等辺三角形とするなら、斜辺の長さすなわち霧の湖から香霖堂までの距離はだいたい1.4であり、何が言いたいかというと里を経由して香霖堂に向かう、ちゃんと道のあるルートでは直線距離の1.5倍ぐらいの距離を歩く羽目になるという話である。いくら幻想郷は狭いとはいっても、結構な距離だ。
「こういうとき、飛べる霊夢さんたちが羨ましいわ」
「なにメリー、もうバテたの? だらしないわね、これだから引きこもりは」
「悪かったわね」
 幻想郷で生活して二年、遊惰な大学生活を送っていた頃より体力はついたと思うのだが、やはり根が引きこもりの私には太陽の下で何時間も歩くのはいささかしんどい。
「この調子で歩いてたら、無縁塚に着けても夕方になるんじゃない? また夜に戻る羽目になって、慧音さんに怒られるわよ」
「そうならないために魔理沙ちゃんを探してるんじゃない。ほら、歩いた歩いた」
 ぐい、と蓮子が私の手を引っ張る。息を整えるついでにため息を漏らして、私は相棒に手を引かれるままに歩く。明日は筋肉痛かしらと思うと気が重い。
 ――ともかく、そうやってえっちらおっちら歩くことしばし。北の門から里に戻り、西の門からもう一度里を抜け出して道なりにまっすぐ進んでいくと、魔法の森の玄関口のような場所にその店は佇んでいる。香霖堂だ。
 信楽焼のタヌキやら道路標識やら、古タイヤだの壊れた自転車だの、雑多な品物(?)が積み上げられた店先は、古道具店というより粗大ごみ置き場にしか見えない。店主がどこかから拾ってきたものらしいが、もうちょっと拾うものを選べばいいのに。
 そんなことを思いながら歩いていると、香霖堂の前の古ぼけたベンチ(これも拾いものなのだろう)に、あまり見覚えのない影が座っているのが見えた。鳥のような羽根の生えた妖怪の少女だ。手にしているのはハードカバーの本。それを楽しそうに読んでいる。本好きの妖怪とは珍しい。ちょっと親近感を覚える。
 私たちが近付くと、少女は足音に気づいて顔を上げた。本を抱きしめるようにして、僅かに身を引いて私たちを警戒するように見上げてくる。妖怪に怯えられる覚えはないのだが。
「こんにちは。香霖堂のお客さん? 何を読んでるの?」
 蓮子が帽子を脱いでにこやかな笑みを向けるが、少女はぷいとそっぽを向いてしまう。大事そうに抱えた本は、そんなに大切なものなのだろうか。
「いや、別にその本取ったりしないから」
 蓮子がそう言いつのるが、少女はそっぽを向いたまま答えない。――と。
「!」
 不意に少女の目が大きく見開かれた。その視線の先を追うと、こちらに向かって飛んでくる影がひとつ。箒に乗ったあの姿は、まさしく私たちの探していた相手、霧雨魔理沙さんだ。
「あっ、どこ行くの?」
 途端、少女は本を抱えたまま脱兎の如く逃げだしてしまう。朱鷺色の翼をはためかせて、脇目もふらず遁走する妖怪の少女を呆気にとられて見送っていると、頭上から「なんだ、お前らまた異変に首突っ込んでるのか?」と魔理沙さんの声がし、私たちの前に降りたってくる。
「やや、魔理沙ちゃん、探したわよ」
「探される覚えはないぜ。パチュリーが私の首に賞金でもかけたのか?」
「賞金をかけられるほど本を盗んでるの?」
「死ぬまで借りてるだけだぜ。むしろ賞金をかけられてるのはお前らの方じゃないか?」
「あら、私たち? こんな善良な里の人間を捕まえて」
「霊夢の奴が怪しんでるぜ。お前らいつも異変のど真ん中に顔出してるからな」
 ああ、そういえば去年、永夜異変の後で霊夢さんが自ら釘を刺しに来たことがあった。そんなことを言われても、私たちが異変の首謀者のところにいるのはだいたいいつも偶然の産物なのだが――。
「そりゃあ、異変の謎を解く名探偵ですもの」
「お前らに解かれてちゃ異変解決の甲斐がないぜ。で、私に何の用だ?」
「そうそう。――無縁塚に行きたいんだけど、箒に乗せてもらえない?」
「ああ? 無縁塚?」
 魔理沙さんは眉を寄せて、目の前に広がる魔法の森を見やる。
「いやまあ、私もちょうどそっちに行ってみようかと思ってたところだけどな」
「あら、それは好都合」
「お前らが無縁塚に何の用だよ? あそこは結界が緩んでるから、普通の人間が近寄るのは危険だぜ。外来人もよくあそこに迷い込んでくるから、外来人目当ての野良妖怪もうろうろしてるしな」
 つまり、外来人は迷い込んだ途端待ち構えた野良妖怪に喰われてしまうこともあり得るということか。怖いことを言わないでほしい。紅魔館の図書館に迷い込んだ私たちは、あれでも随分幸運な方だったのかもしれない。
「何の用っていうか、この異変について調べてるのよ。魔理沙ちゃんもそうでしょ?」
「あー? 飛べない戦えない人間のくせに、相変わらず物好きで命知らずだな」
「好奇心と頭脳が最大の武器よ」
「好奇心は猫を殺すぜ」
「猫っぽいのは私たちより霊夢ちゃんじゃない?」
「あー、あいつは確かに猫だな。霊夢の奴は好奇心で動かないから死なないのか?」
 首を捻って考え込む魔理沙さん。そこは悩むところなのだろうか?
「ま、何でもいいか。いいぜ、どこも花だらけで私も気分がいいからな、乗ってけよ。でも三人乗りは定員オーバーだから、再思の道までだぜ」
「そうこなくっちゃ! あ、再思の道って?」
「魔法の森から無縁塚に通じる道だよ。ま、行きゃ解るさ。ほら、乗れ乗れ」
 そんなわけで、私たちは久々に魔理沙さんの箒にまたがった。
 ふわりと重力に逆らって浮き上がる感覚は、何回体験してもなかなか慣れない。人間が生身で空を飛ぶ幻想郷の物理法則を疑問にも思わなくなれば、あるいは私たちも自由に空を飛べるようになるのだろうか?
「で、お前らはこの異変について何か掴んでるのか?」
 魔法の森の上を飛びながら、魔理沙さんがそう問う。魔理沙さんにしがみついた蓮子は、帽子を押さえながら「真相を知っていると言えば知ってるけれど」と答えた。
「魔理沙ちゃんはどう考えてるの?」
「質問に質問で返すなよ」
「そっちの認識次第じゃネタバレになるでしょ?」
「なんだよネタバレって。まあいいか。花の異変だとばっかり思ってたが、幽霊の異変だよなこれ。冥界は何ともないらしいから、そうすると彼岸の方だろうなと思ってな」
「なるほどね」
「で、お前は何を掴んでるんだよ、蓮子」
「だいたい魔理沙ちゃんと同じようなことよ。ただ――」
「ただ?」
「その真相に疑問があるから調べてるのよ」
「なんだそりゃ?」
「詳しいことはまだ言えないわね」
「もったいぶるもんじゃないぜ」
「名探偵はもったいぶるのが仕事なのよ、ねえメリー」
「そこで私に振らないでよ。……そういえば、霊夢さんは?」
「霊夢か? あいつはあいつでこの異変を調べてるはずだけどな」
 霊夢さんもこの異変に対して動いているのか。ということは、この異変に対して阿求さんと情報が共有されていないということになるが――慧音さんもそうだったのだから、単に阿求さんがこの異変の情報を公開していなかっただけか。
 ――そういえば、阿求さんはどうしてこの異変の情報を公開していなかったのだろう?
 危険性はないとはいっても、里でも騒ぎになっていたのだ、今年はこういう異変が起こるということをあらかじめ、里の中ぐらいには告知しておくべきだったのではないか……?
 けれど阿求さんはそうせず、この異変の情報は里に語り継がれてさえいなかった。
 六十年も経てばみんな忘れてしまうというだけのことか? それとも何か他に――。
「お、見えて来たぜ。再思の道だ」
 と魔理沙さんが言って、私は顔を上げ――そして、息を飲んだ。

 眼下が、真っ赤に染まっている。
 森を抜けた先、季節外れの彼岸花が、あたり一面を埋め尽くしていた。
 それはまるで、血の海のような赤。
「これはこれは……お彼岸の首都高みたいね」
 蓮子がそう呟き、私も思い出した。以前、蓮子と卯酉東海道でお彼岸の東京に行ったとき、スカイツリーから見下ろした、彼岸花畑と化した首都高。魔都・東京という優雅な廃墟に流れる血のようだった、あの赤い川――。
 そして、その上を無数の幽霊が飛び交っている。
 その様はまるで、既に彼岸と此岸の境界を踏み越えてしまったかのようだった。

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

この小説へのコメント

  1. お疲れ様です
    秘封俱楽部の世界で魔都と化した未来の東京はどんなものか、凄く見てみたいです。

  2. 前コメさん
    秘封録シリーズに二人の東京観光の話が有りますよ(宣伝)

  3. 秘封と騒霊三姉妹との会話がかなり弾んでますね。楽しそうでなによりです。

一覧へ戻る