かぐや姫泣く泣く言ふ、「先々も申さむと思ひしかども、かならず心惑はし給はむものぞと思ひて、いままで過ごし侍りつるなり。さのみやはとて、うち出で侍りぬるぞ。おのが身はこの国の人にもあらず。月の都の人なり。それを昔の契りありけるによりてなむ、この世界にはまうで来たりける。いまは帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かのもとの国より、迎へに人々まうで来むず。さらずまかりぬべければ、思しなげかむが悲しきことを、この春より思ひなげき侍るなり」と言ひて、いみじく泣くを、……
―25―
「メリー、ほら、目を貸してってば!」
ぼんやりと立ち尽くしていた私の手を、蓮子が掴んで、その目に押し当てた。
「ああもう、妖怪の賢者は、メリーのそっくりさんはどこ行ったの?」
「……こっちの奧だけど」
「追うわよメリー!」
「ま、待って蓮子、追ってどうするの?」
「見届けるに決まってるじゃない! 今ここで何が起きてるのかを! それが秘封倶楽部の、世界の謎を解き明かす秘封探偵事務所の仕事というものよ!」
そういって、目元に私の手を押し当てたまま、蓮子は私の手を引いて走り出す。目がちゃんと見えているわけでもないのに、いくらなんでも危なすぎる。しかし、こうなってしまっては無理に止めても逆効果だし――。
「メリー、この歪んだ廊下どうにかならないの?」
「どうにかって言われても――」
「……うう、これ見てたら頭痛くなってきそう……メリー、よくこんなの耐えられるわね」
「私だって気分悪いわよ、乗り物酔いでもした気分だってば」
引き延ばされた廊下の歪みを視てしまう私の視覚は、慣れている私でさえ長く視ていると具合が悪くなりそうなものだった。耐性の無い蓮子には厳しいだろう。というか、これでまた蓮子の目の状態が悪化したら元も子もないではないか。
相棒の顔を振り向く。薄闇の中、相棒の横顔がひどく白く見える。私はため息をついて、相棒の顔から自分の手を無理矢理引きはがした。
「わっ、ちょ、メリー」
突然視界を奪われてよろめいた蓮子の身体を支える。顔を上げた蓮子が、見えない目で私を見上げた。見えないと解っていても、私はそれへ微笑みかけて、それから蓮子の頬に触れる。
「やっぱりダメよ、蓮子。無理はさせられないわ」
「でも――」
「この先で霊夢さんたちが弾幕ごっこしてたら、巻き込まれるかもしれないわよ。それで大怪我したり、二度と目が見えなくなったらどうするの? さすがに今ばかりは、何と言われようとこれ以上蓮子に無茶はさせないわ。相棒として」
「……メリー」
「この歳で蓮子の介護をする生活なんてごめんだからね」
私の足元に、イナバが一匹飛び跳ねてきた。私はそれを抱え上げて、蓮子の腕に押しつける。蓮子は突然押しつけられた兎の重さと温もりに、おっかなびっくりという顔で抱きかかえた。
「私が代わりに、蓮子の視たいものを視てくるわ。だからそれまで、その子を抱いてここで待ってて」
「え? ――メリー?」
「蓮子の代わりに私が無茶してくれば、蓮子だって文句ないでしょう?」
私は相棒の額を小突く。イナバを抱いたまま、蓮子は狼狽えたように首を振った。
「ちょ、ちょっと待ってよメリー。ひとりで妖怪の賢者追いかける気なの? 鈍くさいメリーが、弾幕ごっこに巻き込まれたらどうするのよ!」
「……散々人を引っ張り回して異変に巻き込んで、今更それを言うの?」
「う」
「私が普段、蓮子の無鉄砲にどれだけヒヤヒヤしてるか、少しは思い知るといいわ。――じゃあ、行ってくるから。蓮子をここから動かさないでね!」
最後の一言はイナバに向けて、私は蓮子の頭を一度ぽんと叩くと、くるりと踵を返した。相棒が何か言いかけた様子だったが、構わず私は歪んだ廊下の奥へ足を進める。――引き延ばされた廊下の向こうで、弾幕の光が輝いているのが視えた。おそらくは霊夢さんたちと、鈴仙さんがやりあっているのだろう。
蓮子にはああ啖呵を切ったけれど、正直に言って、できれば危険には近付きたくない。だけど、私自身、妖怪の賢者の後を追いたいという気持ちも確かにあった。――私によく似た彼女は、いったい私たちに何を求めているのか。どうして私たちはこの幻想郷に呼ばれたのか。答えなどないのかもしれない。だけど、それを求めずにはいられないから、私たちは世界の秘密を探るオカルトサークルなんてことをやってきたのだ。
ここで引いたら、秘封倶楽部ではない。秘密を暴く者として――。
ぎゅっと拳を握りしめて、私は廊下を進む足を速めた。
――そうして、私が彼女たちの姿を、はっきりと視界に収めたとき。
ちょうど、鈴仙さんとの戦いが終わったところのようだった。鈴仙さんがまたしても大の字で廊下に伸び、妖夢さんが何かふらふらしている。
「うう、目が廻る……。幽々子様、なんだか気分が悪くなってきました……」
「あらあら、廊下が歪んでるからそれに酔ったのね~」
「で、今回の首謀者はどこにいるのよ? 扉が多すぎてどれが正解だか――」
霊夢さんが腰に手を当てて周囲を見回し、そしてその目が、私を見つける。
「メリー? 何よあんた、追っかけてきたの? っていうか……」
霊夢さんが私と、隣にいる妖怪の賢者の顔を見比べて、目をしばたたかせる。
「……前から思ってたけど、あんたと紫、なんでそんなにそっくりなのよ?」
「他人のそら似ですわ。世界には似た人間が三人いるのよ」
「あんたは妖怪でしょうが」
飄然とそんなことを言う妖怪の賢者は、私と視線を合わせようとはしない。
「それよりも、霊夢」
と、妖怪の賢者はちらりと私を横目に見やり、扇子を私に向けた。
「正解は、そこのそら似が知っているわ」
「へ?」
「え?」
私は思わず霊夢さんと顔を見合わせる。突然そんなことを言われても――。
「貴方には視えるでしょう? 私たちが進むべき扉が」
それ以上は私の方を向くことなく、妖怪の賢者は言う。私は眉を寄せて周囲を見回し――。
「あ――」
その扉を見つけた。それは――私が先ほど、てゐさんに呼び出されて永琳さんと会ったときに開けた襖。そこの結界だけが、緩んでいる。完全に閉ざされていない――。
「あそこの扉?」
私の視線を追って、霊夢さんがその扉を見やる。大の字になっていた鈴仙さんが、「しまった、まだ封印が間に合ってない扉が……ああ、師匠に怒られるぅ」と呻く。
「あそこが正解のようね」
「私の勘がそこだって言ってるわ。行くわよ」
「じゃあ、私たちは扉の奥で休みましょうか~。ほら妖夢、おいでなさい」
「うう、はい~」
私をその場に置き去りにして、霊夢さんと妖怪の賢者、幽々子さんと妖夢さんの四人の姿は、その扉の向こうへ消えていく。私はそれを追おうとして――、
「待ちなさいよ」
呼び止められ、振り返る。鈴仙さんが起き上がり、頭を振りながら私をその赤い目で睨んだ。
「貴方、いったい何なのよ? あいつらを姫様のところに案内するなんて――」
そう言いかけて、私の目を見つめた鈴仙さんは――不意に、その目を覆って呻く。
「っ、な、何なのよ、貴方のその目!」
「え――」
「おかしい……おかしい。そんな目を持った地上の民なんて……」
ゆるゆると首を振り、鈴仙さんは問うた。
「貴方――本当に人間なの?」
その問いに、私は何と答えていいのか判らなかった。
私のこの目。世界の境界を視てしまう目。
私にとっては当たり前の、だけど世界にとっては異物でしかないこの目。
この目の能力を、相棒は気持ち悪いと冗談めかして言いながら、羨ましいとも言ってくれた。
世界の秘密を覗き見る目として、蓮子は私の目を、素敵なものだと言ってくれた。
だけど。
この、秘密が現実に顕現したような世界においてなお、私の目が異形であるなら。
私は――私はいったい、
「……まあいいわ。さっきのも今のも、月からの使者じゃなかったみたいだし……」
鈴仙さんは独り言のようにそう呟き、それから横目で私をまた睨んだ。
「わけのわからない人間はもうたくさんよ。これだから地上は……」
「…………」
「どっちにしろ、貴方まで姫様のところには行かせないから」
鈴仙さんはその右手を銃の形にして私に突きつけた。私は凍りつく。それがただの戯れでないことぐらい、この世界で暮らしていれば身に染みている。おそらく鈴仙さんは、その銃の形の右手から放つ光弾か何かで、私を殺そうと思えば殺せるのだから。
そうなれば私は、そろそろとホールドアップするしかない。
「……あとは、師匠と姫様がなんとかしてくれるはず。奴らが撃退されるまで、私とここで大人しくしててもらうわよ」
否応もない。両手を挙げた私は黙って首を縦に振った。
そのような次第だったので、私はこの〝永夜異変〟の最後の戦いを目撃していない。魔理沙さんたちが永琳さんとどう戦ったのかも、霊夢さんたちが輝夜さんとどんな会話を交わしたのかも。全ては密室の中で交わされた、隠された物語だ。
ともかく――そうして、どれだけの時間が過ぎたのか。
数時間も経ったような気がするし、数十分程度のことだったのかもしれない。いずれにせよ、時間の流れの狂っていたそのときの幻想郷で、正確な時間を計ることに意味はない。
ただ、明らかなことは。
ある瞬間、突然吹き払われるように、世界から闇が駆逐されていったということだ。
「え――?」
私も鈴仙さんも、突然周囲が明るくなったことに狼狽えて、視線を彷徨わせる。夜の仄暗さだった永遠亭の中まで、突然の陽の光が明るく照らしだしていた。
「夜が……明けた」
鈴仙さんがぼんやりとそう呟き、私はただ、唐突な明るさに目をしばたたかせていた。
――それが、〝永夜異変〟の唐突な終わりだった。
―26―
私たちが今回の異変の全貌を知るのは、異変が終わってしばらく経ってからのことだ。
異変の発端の、その懐の中にずっといたにも関わらず――いや、だからこそ、かもしれない。私たちに見えるものは限られていて、私たちだけでなく、誰もが自分の観測可能な範囲内でのみ物事を判断した結果、今回のややこしい異変が成立したのだろう。
誰も彼も、重要な情報が欠落していて、全体像が見えなくなっていたのだ。
もし、この異変の全体像を把握していた当事者がいたとしたら――いや、それは言っても詮無いことだろう。いち当事者の私には確定しようもないことだからだ。
ともかく――。
夜が明けて早々、どこからともなく現れた永琳さんによって、私は蓮子とともに、元の離れへと追い払われてしまった。
「全く、結局貴方のおかげで姫を見つけられてしまうとはね」
「……すみません」
「まあいいわ。地上の密室は完成したし、輝夜も良い気晴らしになったようだし――屋敷が随分と穢れだらけになってしまったのは困ったものだけれど、そろそろ潮時なのかしらね」
永琳さんはそんなことを言って、それから相棒に歩み寄った。
「で、こっちの病人は随分無茶をしてくれたようね?」
「うう……」
「目と頭を休めるように言っていたでしょう。――まあ、もうあの月の必要もなくなったし、そろそろいいでしょう。目を元に戻してあげるわ」
永琳さんはどこからか、薬の小瓶を取り出し、蓮子の目に手を当て、口を開かせた。
「はい、ちゃんと呑み込む」
「あー……んぐ」
「よろしい。――瞼をゆっくり開けてご覧なさい」
その手をどけて、永琳さんは言った。蓮子はおそるおそるといった様子で目を開け――その目がはっきりと、私の姿を捉えて、ぱちぱちと瞬きする。
「……見える! 見えるわ、メリー!」
「ちょ、ちょっと蓮子――」
「ああっ、約一週間ぶりのメリーの顔! もっとよく見せて」
「ち、近い近い、蓮子、顔近いってば――」
いきなり抱きついてきた相棒は、私の頬を手で挟み込むようにして、私の顔を覗きこんだ。その瞳には、はっきりと私自身の顔が映り込んでいる。視力が戻ったのだ――と、それはいいのだけれど、だから顔が近すぎるって――。
「仲が良いのね、本当に」
永琳さんが苦笑して、私は身を縮こまらせるしかなかった。
* * *
一方、時間を少し巻き戻し、以下は再び当事者からの聞き書きである。
「……で、ええと、これで異変は解決ってことでいいのかしら?」
夜が明けた空を見上げて、博麗霊夢はどこか釈然としない顔でそう呟いた。
「霊夢は夜が明けない異変を解決しに来たんでしょう?」
「そうよ。でもなんか、これは異変を解決したの私じゃなくてそこの――」
紫の言葉に、霊夢は眉を寄せて輝夜を見やる。輝夜は「あらあら」と首を傾げた。
「貴方たちが夜を止めていたのに、貴方は朝を取り戻しにきていたの? 変な人間」
「あーもう、何でもいいわよ。これで異変は解決! 私の勝ち!」
「はいはいご苦労様。じゃあ、私は帰って寝るわ。おやすみ」
「え、ちょっと紫、あんた――」
霊夢が止めようとした瞬間には、八雲紫の姿はスキマの向こう側に消えていた。あーもう、と頭を掻いた霊夢は、幽々子と妖夢の方を振り返る。
「で、結局あんたたちは何しに来たわけ?」
「さあ~? ただの暇潰しよ。まさか天敵に出くわすとは思わなかったけれど~」
幽々子はそう呟いて、それから妖夢を見やる。寝不足で充血でもしたのか、妖夢の目は兎のように真っ赤になっていた。「ゆゆほしゃまぁ」と酔っ払ったように呂律が回っていない。
「妖夢もこんなだし、私たちも帰るわね~」
「はいはい勝手に帰れ。――そういや、魔理沙たちはどこ行ったのかしら?」
* * *
「で、結局満月は元に戻ったのか?」
「だから、今夜が終われば返してあげる。そう何度も言ってるじゃない」
魔理沙の問いに、永琳は呆れたように答えた。五人は既に、永遠亭の廊下へと戻ってきている。戦いは魔理沙たちの勝利だったはずなのだが、魔理沙にしてみれば実際のところ勝ったのか負けたのか、なんとも釈然としない勝負だった。
というか、満月が戻らないなら戦った意味がないではないか。口を尖らせる魔理沙の横から、アリスが割って入る。
「結局、貴方は姫様とやらを月に連れ戻させないために、満月を隠したというわけ?」
「ええ、そうよ」
「月の民は、博麗大結界を超えて来られるのかしら?」
「あら――既に別の結界が張られていたの?」
「幻想郷は、博麗大結界に覆われているわ。地上の密室とやらはそれで十分なんじゃない?」
アリスの問いに永琳は目をしばたたかせ、「何しろ千年以上引きこもっていたからねえ。いつの間にかそんなことになっていたのね」と首を捻った。
「後で、その大結界とやらを確かめさせてもらうわ。もしその結界だけでも十分なようなら、そうね、満月は返してあげましょう」
「お嬢様、無事にお月見ができそうで何よりですね」
「それより咲夜、私どうやって館まで帰ればいいのよ?」
太陽の光が降りそそぐ外を見やってレミリアがぼやく。咲夜は「こんなこともあろうかと、用意してあります」とどこからともなく日傘を取りだした。「準備がいいこと」とレミリアは呆れ顔。
そんな紅魔館組には構わず、永琳は「姫は大丈夫かしら」と首を捻った。
「どうも貴方たちの半端な永遠の夜を破ったのは、姫の力だったようだけれど――さて、姫は大丈夫かしらね?」
永琳がそう言ったそのとき――不意に襖のひとつが開いて、そこから輝夜が姿を現した。
「あら、永琳」
「輝夜――」
「ああ、やっと外に出られたわ。たかだか数日とはいえ、廊下にさえ出してもらえないのはやっぱり退屈だわ。もう出歩いてもいいんでしょう?」
「え、ええ――」
輝夜の妙に明るい表情に、永琳は面食らったような顔をする。と、輝夜の背後から現れた博麗霊夢が「あら魔理沙、あんたたちどこで何やってたの?」と問うた。
「霊夢? 結局お前も来てたのかよ!」
「そうよ。ほら、あんたたちの起こした異変も解決したし」
「霊夢に解決された覚えはありませんけど」
咲夜が首を傾げる。「細かいことはいいのよ、夜は明けたんだから」と霊夢は口を尖らせた。
そんな面々を見回して、「あらあら、こんなにお客人が大勢なんて初めてね」と輝夜は相好を崩し、それから永琳を見上げた。
「そうだわ、永琳」
「……なに? 輝夜」
「今夜は、ここにいる全員でお月見をしない? せっかくこんなにお客さんが来てくれたのだもの、もてなさなければいけないと思うの」
輝夜のその言葉に、永琳は今度こそ、あんぐりと口を開けて絶句した。
―27―
長々と綴ってきたが、かくして終結した〝永夜異変〟の全体像をまとめれば、以下のようなことになる。
月の追っ手から逃れ、永遠亭に隠れ住んでいた永琳さんと輝夜さんの元に鈴仙さんが転がり込んできたのが数十年前。その鈴仙さんに、月から迎えが来るという連絡が入ったが、永琳さんと輝夜さんは自分たちが見つからないために鈴仙さんを月に帰さないことに決め、月の使者が地上に来られないように満月を隠し、贋の月を空に浮かべた、
この異変――贋の月の異変を解決するためにまず動き出したのが、魔理沙さんとアリスさん、レミリア嬢と咲夜さんの四人である。夜のうちに本物の月を取り戻すため、咲夜さんが幻想郷の時間の流れを弄り、夜を止めたのだ。
月が入れ替わっていることに気付いていなかった霊夢さんは、これを〝夜が明けない異変〟だと認識し、その首謀者である魔理沙さんたち四人と竹林で対決したが敗北。魔理沙さんたちは満月を取り戻すため、永遠亭へ突入し、永琳さんと戦った。
一方、妖怪の賢者・八雲紫と、幽々子さんと妖夢さんもまた本物の月を取り戻すために、少しばかり遅れて動いていた。そして竹林で霊夢さんと合流し、この四人も遅れて永遠亭に突入、輝夜さんと戦った。
――そうして、輝夜さんがその力で、歪められていた幻想郷の時間の流れを元に戻した。
つまり、この〝永夜異変〟を解決したのは、霊夢さんではなく、輝夜さんということになる。
ただし、それがそのまま幻想郷の正史として記録されるかは、別問題であるが――。
* * *
「さてメリー、色々と白状してもらうわよ」
私たちが離れにいる間に、霊夢さんや魔理沙さんら集まっていた面々は、三々五々帰宅していったらしい。
その中、また取り残される格好になった私たちは、離れで顔を突き合わせていた。
「白状って?」
「私がここに担ぎ込まれてから、今まで、ここで何が起きていたのか、をよ」
まあ、そうなる。もちろん私も話せるなら話したかったが、しかしこの時点で私は全く、何が起きていたのかを正確には把握していなかったのである。
「正直、私もよく解ってないのよ」
「それでもいいわよ。解釈するのは私だから、メリーの見聞きしたことを細大漏らさず報告してくれればいいわ。私が倒れたあのときから――」
「…………」
それは構わない。構わないのだけれど――頭に引っ掛かった言葉が、ひとつある。
『蓮子には、自然に耳に入るまで黙っておいてくれないか』
妹紅さんのあの言葉――私が知り得た全てを話すとなると、当然、妹紅さんの不老不死にも触れないわけにはいかない。私がここでそれを喋ってしまうのは、妹紅さんとの仁義に反するのではないか――。
黙り込んでしまった私に、蓮子は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの、メリー」
「……何でもないわ。ちょっと、何から話したものかと考えてただけ」
「時系列順でいいのよ。私が倒れたあと、何がどうなって私はここに担ぎ込まれたの?」
私に詰め寄る蓮子。――どうにか、妹紅さんの不老不死に触れずに説明できないものか、私が考えあぐねていると。
「もこたんが、貴方のためにわざわざ宿敵の私に頭を下げに来てくれたのよ」
突然、第三者の声が割り込んだ。――輝夜さんだ。
突然離れの入口に現れた絶世の美少女に、蓮子が目をぱちくりとさせる。
「……どちら様です?」
「あら――ああ、そういえばあのときは貴方は眠っていたし、その後は私が永琳に閉じ込めれてたから、貴方とは直接挨拶はしていなかったわね。これは失礼。蓬莱山輝夜、この永遠亭のお姫様よ。貴方の主治医の永琳は、私の従者。鈴仙はペット」
「かぐや? ……まさか、ひょっとして、かぐや姫ご本人です?」
「正解。察しの良い人間は嫌いじゃないわ」
優美に微笑んだ輝夜さんに、蓮子は息を飲んで身を乗り出す。
「幻想郷って本当に何でもアリね。因幡の素兎がいるんだから不思議はないけど――あ、これは長々とお世話になりました」
「いえいえ。何もないお屋敷でごめんなさいね」
「滅相もない。……ところで、もこたんって妹紅さんですよね? 彼女が宿敵って、どういうことです?」
蓮子がそう問う。「あら?」と輝夜さんは不思議そうに私の方を振り向いた。
「永琳から聞いていないの? 私と妹紅は、長年殺し合う仲なのよ。退屈しのぎに殺し殺され幾星霜――」
「そんな物騒な」
「平気よ、どうせ私も妹紅も死なない身の上だもの。永琳もだけどね」
「――――え?」
蓮子が目をしばたたかせ、私は思わず目元を覆った。――こればかりは、私が情報を管理しようとしたところで、どうなるものでもない。妹紅さんには後で謝るしかなかった。
「死なない?」
「それすら聞いてないの? 永琳も随分と秘密主義ねえ。というか、妹紅からも聞いてなかったの? 妹紅のお友達でしょう?」
「――――」
呆然とした顔の蓮子に、輝夜さんはその事実を告げる。
「妹紅が、不老不死の人間だっていうこと――」
―25―
「メリー、ほら、目を貸してってば!」
ぼんやりと立ち尽くしていた私の手を、蓮子が掴んで、その目に押し当てた。
「ああもう、妖怪の賢者は、メリーのそっくりさんはどこ行ったの?」
「……こっちの奧だけど」
「追うわよメリー!」
「ま、待って蓮子、追ってどうするの?」
「見届けるに決まってるじゃない! 今ここで何が起きてるのかを! それが秘封倶楽部の、世界の謎を解き明かす秘封探偵事務所の仕事というものよ!」
そういって、目元に私の手を押し当てたまま、蓮子は私の手を引いて走り出す。目がちゃんと見えているわけでもないのに、いくらなんでも危なすぎる。しかし、こうなってしまっては無理に止めても逆効果だし――。
「メリー、この歪んだ廊下どうにかならないの?」
「どうにかって言われても――」
「……うう、これ見てたら頭痛くなってきそう……メリー、よくこんなの耐えられるわね」
「私だって気分悪いわよ、乗り物酔いでもした気分だってば」
引き延ばされた廊下の歪みを視てしまう私の視覚は、慣れている私でさえ長く視ていると具合が悪くなりそうなものだった。耐性の無い蓮子には厳しいだろう。というか、これでまた蓮子の目の状態が悪化したら元も子もないではないか。
相棒の顔を振り向く。薄闇の中、相棒の横顔がひどく白く見える。私はため息をついて、相棒の顔から自分の手を無理矢理引きはがした。
「わっ、ちょ、メリー」
突然視界を奪われてよろめいた蓮子の身体を支える。顔を上げた蓮子が、見えない目で私を見上げた。見えないと解っていても、私はそれへ微笑みかけて、それから蓮子の頬に触れる。
「やっぱりダメよ、蓮子。無理はさせられないわ」
「でも――」
「この先で霊夢さんたちが弾幕ごっこしてたら、巻き込まれるかもしれないわよ。それで大怪我したり、二度と目が見えなくなったらどうするの? さすがに今ばかりは、何と言われようとこれ以上蓮子に無茶はさせないわ。相棒として」
「……メリー」
「この歳で蓮子の介護をする生活なんてごめんだからね」
私の足元に、イナバが一匹飛び跳ねてきた。私はそれを抱え上げて、蓮子の腕に押しつける。蓮子は突然押しつけられた兎の重さと温もりに、おっかなびっくりという顔で抱きかかえた。
「私が代わりに、蓮子の視たいものを視てくるわ。だからそれまで、その子を抱いてここで待ってて」
「え? ――メリー?」
「蓮子の代わりに私が無茶してくれば、蓮子だって文句ないでしょう?」
私は相棒の額を小突く。イナバを抱いたまま、蓮子は狼狽えたように首を振った。
「ちょ、ちょっと待ってよメリー。ひとりで妖怪の賢者追いかける気なの? 鈍くさいメリーが、弾幕ごっこに巻き込まれたらどうするのよ!」
「……散々人を引っ張り回して異変に巻き込んで、今更それを言うの?」
「う」
「私が普段、蓮子の無鉄砲にどれだけヒヤヒヤしてるか、少しは思い知るといいわ。――じゃあ、行ってくるから。蓮子をここから動かさないでね!」
最後の一言はイナバに向けて、私は蓮子の頭を一度ぽんと叩くと、くるりと踵を返した。相棒が何か言いかけた様子だったが、構わず私は歪んだ廊下の奥へ足を進める。――引き延ばされた廊下の向こうで、弾幕の光が輝いているのが視えた。おそらくは霊夢さんたちと、鈴仙さんがやりあっているのだろう。
蓮子にはああ啖呵を切ったけれど、正直に言って、できれば危険には近付きたくない。だけど、私自身、妖怪の賢者の後を追いたいという気持ちも確かにあった。――私によく似た彼女は、いったい私たちに何を求めているのか。どうして私たちはこの幻想郷に呼ばれたのか。答えなどないのかもしれない。だけど、それを求めずにはいられないから、私たちは世界の秘密を探るオカルトサークルなんてことをやってきたのだ。
ここで引いたら、秘封倶楽部ではない。秘密を暴く者として――。
ぎゅっと拳を握りしめて、私は廊下を進む足を速めた。
――そうして、私が彼女たちの姿を、はっきりと視界に収めたとき。
ちょうど、鈴仙さんとの戦いが終わったところのようだった。鈴仙さんがまたしても大の字で廊下に伸び、妖夢さんが何かふらふらしている。
「うう、目が廻る……。幽々子様、なんだか気分が悪くなってきました……」
「あらあら、廊下が歪んでるからそれに酔ったのね~」
「で、今回の首謀者はどこにいるのよ? 扉が多すぎてどれが正解だか――」
霊夢さんが腰に手を当てて周囲を見回し、そしてその目が、私を見つける。
「メリー? 何よあんた、追っかけてきたの? っていうか……」
霊夢さんが私と、隣にいる妖怪の賢者の顔を見比べて、目をしばたたかせる。
「……前から思ってたけど、あんたと紫、なんでそんなにそっくりなのよ?」
「他人のそら似ですわ。世界には似た人間が三人いるのよ」
「あんたは妖怪でしょうが」
飄然とそんなことを言う妖怪の賢者は、私と視線を合わせようとはしない。
「それよりも、霊夢」
と、妖怪の賢者はちらりと私を横目に見やり、扇子を私に向けた。
「正解は、そこのそら似が知っているわ」
「へ?」
「え?」
私は思わず霊夢さんと顔を見合わせる。突然そんなことを言われても――。
「貴方には視えるでしょう? 私たちが進むべき扉が」
それ以上は私の方を向くことなく、妖怪の賢者は言う。私は眉を寄せて周囲を見回し――。
「あ――」
その扉を見つけた。それは――私が先ほど、てゐさんに呼び出されて永琳さんと会ったときに開けた襖。そこの結界だけが、緩んでいる。完全に閉ざされていない――。
「あそこの扉?」
私の視線を追って、霊夢さんがその扉を見やる。大の字になっていた鈴仙さんが、「しまった、まだ封印が間に合ってない扉が……ああ、師匠に怒られるぅ」と呻く。
「あそこが正解のようね」
「私の勘がそこだって言ってるわ。行くわよ」
「じゃあ、私たちは扉の奥で休みましょうか~。ほら妖夢、おいでなさい」
「うう、はい~」
私をその場に置き去りにして、霊夢さんと妖怪の賢者、幽々子さんと妖夢さんの四人の姿は、その扉の向こうへ消えていく。私はそれを追おうとして――、
「待ちなさいよ」
呼び止められ、振り返る。鈴仙さんが起き上がり、頭を振りながら私をその赤い目で睨んだ。
「貴方、いったい何なのよ? あいつらを姫様のところに案内するなんて――」
そう言いかけて、私の目を見つめた鈴仙さんは――不意に、その目を覆って呻く。
「っ、な、何なのよ、貴方のその目!」
「え――」
「おかしい……おかしい。そんな目を持った地上の民なんて……」
ゆるゆると首を振り、鈴仙さんは問うた。
「貴方――本当に人間なの?」
その問いに、私は何と答えていいのか判らなかった。
私のこの目。世界の境界を視てしまう目。
私にとっては当たり前の、だけど世界にとっては異物でしかないこの目。
この目の能力を、相棒は気持ち悪いと冗談めかして言いながら、羨ましいとも言ってくれた。
世界の秘密を覗き見る目として、蓮子は私の目を、素敵なものだと言ってくれた。
だけど。
この、秘密が現実に顕現したような世界においてなお、私の目が異形であるなら。
私は――私はいったい、
「……まあいいわ。さっきのも今のも、月からの使者じゃなかったみたいだし……」
鈴仙さんは独り言のようにそう呟き、それから横目で私をまた睨んだ。
「わけのわからない人間はもうたくさんよ。これだから地上は……」
「…………」
「どっちにしろ、貴方まで姫様のところには行かせないから」
鈴仙さんはその右手を銃の形にして私に突きつけた。私は凍りつく。それがただの戯れでないことぐらい、この世界で暮らしていれば身に染みている。おそらく鈴仙さんは、その銃の形の右手から放つ光弾か何かで、私を殺そうと思えば殺せるのだから。
そうなれば私は、そろそろとホールドアップするしかない。
「……あとは、師匠と姫様がなんとかしてくれるはず。奴らが撃退されるまで、私とここで大人しくしててもらうわよ」
否応もない。両手を挙げた私は黙って首を縦に振った。
そのような次第だったので、私はこの〝永夜異変〟の最後の戦いを目撃していない。魔理沙さんたちが永琳さんとどう戦ったのかも、霊夢さんたちが輝夜さんとどんな会話を交わしたのかも。全ては密室の中で交わされた、隠された物語だ。
ともかく――そうして、どれだけの時間が過ぎたのか。
数時間も経ったような気がするし、数十分程度のことだったのかもしれない。いずれにせよ、時間の流れの狂っていたそのときの幻想郷で、正確な時間を計ることに意味はない。
ただ、明らかなことは。
ある瞬間、突然吹き払われるように、世界から闇が駆逐されていったということだ。
「え――?」
私も鈴仙さんも、突然周囲が明るくなったことに狼狽えて、視線を彷徨わせる。夜の仄暗さだった永遠亭の中まで、突然の陽の光が明るく照らしだしていた。
「夜が……明けた」
鈴仙さんがぼんやりとそう呟き、私はただ、唐突な明るさに目をしばたたかせていた。
――それが、〝永夜異変〟の唐突な終わりだった。
―26―
私たちが今回の異変の全貌を知るのは、異変が終わってしばらく経ってからのことだ。
異変の発端の、その懐の中にずっといたにも関わらず――いや、だからこそ、かもしれない。私たちに見えるものは限られていて、私たちだけでなく、誰もが自分の観測可能な範囲内でのみ物事を判断した結果、今回のややこしい異変が成立したのだろう。
誰も彼も、重要な情報が欠落していて、全体像が見えなくなっていたのだ。
もし、この異変の全体像を把握していた当事者がいたとしたら――いや、それは言っても詮無いことだろう。いち当事者の私には確定しようもないことだからだ。
ともかく――。
夜が明けて早々、どこからともなく現れた永琳さんによって、私は蓮子とともに、元の離れへと追い払われてしまった。
「全く、結局貴方のおかげで姫を見つけられてしまうとはね」
「……すみません」
「まあいいわ。地上の密室は完成したし、輝夜も良い気晴らしになったようだし――屋敷が随分と穢れだらけになってしまったのは困ったものだけれど、そろそろ潮時なのかしらね」
永琳さんはそんなことを言って、それから相棒に歩み寄った。
「で、こっちの病人は随分無茶をしてくれたようね?」
「うう……」
「目と頭を休めるように言っていたでしょう。――まあ、もうあの月の必要もなくなったし、そろそろいいでしょう。目を元に戻してあげるわ」
永琳さんはどこからか、薬の小瓶を取り出し、蓮子の目に手を当て、口を開かせた。
「はい、ちゃんと呑み込む」
「あー……んぐ」
「よろしい。――瞼をゆっくり開けてご覧なさい」
その手をどけて、永琳さんは言った。蓮子はおそるおそるといった様子で目を開け――その目がはっきりと、私の姿を捉えて、ぱちぱちと瞬きする。
「……見える! 見えるわ、メリー!」
「ちょ、ちょっと蓮子――」
「ああっ、約一週間ぶりのメリーの顔! もっとよく見せて」
「ち、近い近い、蓮子、顔近いってば――」
いきなり抱きついてきた相棒は、私の頬を手で挟み込むようにして、私の顔を覗きこんだ。その瞳には、はっきりと私自身の顔が映り込んでいる。視力が戻ったのだ――と、それはいいのだけれど、だから顔が近すぎるって――。
「仲が良いのね、本当に」
永琳さんが苦笑して、私は身を縮こまらせるしかなかった。
* * *
一方、時間を少し巻き戻し、以下は再び当事者からの聞き書きである。
「……で、ええと、これで異変は解決ってことでいいのかしら?」
夜が明けた空を見上げて、博麗霊夢はどこか釈然としない顔でそう呟いた。
「霊夢は夜が明けない異変を解決しに来たんでしょう?」
「そうよ。でもなんか、これは異変を解決したの私じゃなくてそこの――」
紫の言葉に、霊夢は眉を寄せて輝夜を見やる。輝夜は「あらあら」と首を傾げた。
「貴方たちが夜を止めていたのに、貴方は朝を取り戻しにきていたの? 変な人間」
「あーもう、何でもいいわよ。これで異変は解決! 私の勝ち!」
「はいはいご苦労様。じゃあ、私は帰って寝るわ。おやすみ」
「え、ちょっと紫、あんた――」
霊夢が止めようとした瞬間には、八雲紫の姿はスキマの向こう側に消えていた。あーもう、と頭を掻いた霊夢は、幽々子と妖夢の方を振り返る。
「で、結局あんたたちは何しに来たわけ?」
「さあ~? ただの暇潰しよ。まさか天敵に出くわすとは思わなかったけれど~」
幽々子はそう呟いて、それから妖夢を見やる。寝不足で充血でもしたのか、妖夢の目は兎のように真っ赤になっていた。「ゆゆほしゃまぁ」と酔っ払ったように呂律が回っていない。
「妖夢もこんなだし、私たちも帰るわね~」
「はいはい勝手に帰れ。――そういや、魔理沙たちはどこ行ったのかしら?」
* * *
「で、結局満月は元に戻ったのか?」
「だから、今夜が終われば返してあげる。そう何度も言ってるじゃない」
魔理沙の問いに、永琳は呆れたように答えた。五人は既に、永遠亭の廊下へと戻ってきている。戦いは魔理沙たちの勝利だったはずなのだが、魔理沙にしてみれば実際のところ勝ったのか負けたのか、なんとも釈然としない勝負だった。
というか、満月が戻らないなら戦った意味がないではないか。口を尖らせる魔理沙の横から、アリスが割って入る。
「結局、貴方は姫様とやらを月に連れ戻させないために、満月を隠したというわけ?」
「ええ、そうよ」
「月の民は、博麗大結界を超えて来られるのかしら?」
「あら――既に別の結界が張られていたの?」
「幻想郷は、博麗大結界に覆われているわ。地上の密室とやらはそれで十分なんじゃない?」
アリスの問いに永琳は目をしばたたかせ、「何しろ千年以上引きこもっていたからねえ。いつの間にかそんなことになっていたのね」と首を捻った。
「後で、その大結界とやらを確かめさせてもらうわ。もしその結界だけでも十分なようなら、そうね、満月は返してあげましょう」
「お嬢様、無事にお月見ができそうで何よりですね」
「それより咲夜、私どうやって館まで帰ればいいのよ?」
太陽の光が降りそそぐ外を見やってレミリアがぼやく。咲夜は「こんなこともあろうかと、用意してあります」とどこからともなく日傘を取りだした。「準備がいいこと」とレミリアは呆れ顔。
そんな紅魔館組には構わず、永琳は「姫は大丈夫かしら」と首を捻った。
「どうも貴方たちの半端な永遠の夜を破ったのは、姫の力だったようだけれど――さて、姫は大丈夫かしらね?」
永琳がそう言ったそのとき――不意に襖のひとつが開いて、そこから輝夜が姿を現した。
「あら、永琳」
「輝夜――」
「ああ、やっと外に出られたわ。たかだか数日とはいえ、廊下にさえ出してもらえないのはやっぱり退屈だわ。もう出歩いてもいいんでしょう?」
「え、ええ――」
輝夜の妙に明るい表情に、永琳は面食らったような顔をする。と、輝夜の背後から現れた博麗霊夢が「あら魔理沙、あんたたちどこで何やってたの?」と問うた。
「霊夢? 結局お前も来てたのかよ!」
「そうよ。ほら、あんたたちの起こした異変も解決したし」
「霊夢に解決された覚えはありませんけど」
咲夜が首を傾げる。「細かいことはいいのよ、夜は明けたんだから」と霊夢は口を尖らせた。
そんな面々を見回して、「あらあら、こんなにお客人が大勢なんて初めてね」と輝夜は相好を崩し、それから永琳を見上げた。
「そうだわ、永琳」
「……なに? 輝夜」
「今夜は、ここにいる全員でお月見をしない? せっかくこんなにお客さんが来てくれたのだもの、もてなさなければいけないと思うの」
輝夜のその言葉に、永琳は今度こそ、あんぐりと口を開けて絶句した。
―27―
長々と綴ってきたが、かくして終結した〝永夜異変〟の全体像をまとめれば、以下のようなことになる。
月の追っ手から逃れ、永遠亭に隠れ住んでいた永琳さんと輝夜さんの元に鈴仙さんが転がり込んできたのが数十年前。その鈴仙さんに、月から迎えが来るという連絡が入ったが、永琳さんと輝夜さんは自分たちが見つからないために鈴仙さんを月に帰さないことに決め、月の使者が地上に来られないように満月を隠し、贋の月を空に浮かべた、
この異変――贋の月の異変を解決するためにまず動き出したのが、魔理沙さんとアリスさん、レミリア嬢と咲夜さんの四人である。夜のうちに本物の月を取り戻すため、咲夜さんが幻想郷の時間の流れを弄り、夜を止めたのだ。
月が入れ替わっていることに気付いていなかった霊夢さんは、これを〝夜が明けない異変〟だと認識し、その首謀者である魔理沙さんたち四人と竹林で対決したが敗北。魔理沙さんたちは満月を取り戻すため、永遠亭へ突入し、永琳さんと戦った。
一方、妖怪の賢者・八雲紫と、幽々子さんと妖夢さんもまた本物の月を取り戻すために、少しばかり遅れて動いていた。そして竹林で霊夢さんと合流し、この四人も遅れて永遠亭に突入、輝夜さんと戦った。
――そうして、輝夜さんがその力で、歪められていた幻想郷の時間の流れを元に戻した。
つまり、この〝永夜異変〟を解決したのは、霊夢さんではなく、輝夜さんということになる。
ただし、それがそのまま幻想郷の正史として記録されるかは、別問題であるが――。
* * *
「さてメリー、色々と白状してもらうわよ」
私たちが離れにいる間に、霊夢さんや魔理沙さんら集まっていた面々は、三々五々帰宅していったらしい。
その中、また取り残される格好になった私たちは、離れで顔を突き合わせていた。
「白状って?」
「私がここに担ぎ込まれてから、今まで、ここで何が起きていたのか、をよ」
まあ、そうなる。もちろん私も話せるなら話したかったが、しかしこの時点で私は全く、何が起きていたのかを正確には把握していなかったのである。
「正直、私もよく解ってないのよ」
「それでもいいわよ。解釈するのは私だから、メリーの見聞きしたことを細大漏らさず報告してくれればいいわ。私が倒れたあのときから――」
「…………」
それは構わない。構わないのだけれど――頭に引っ掛かった言葉が、ひとつある。
『蓮子には、自然に耳に入るまで黙っておいてくれないか』
妹紅さんのあの言葉――私が知り得た全てを話すとなると、当然、妹紅さんの不老不死にも触れないわけにはいかない。私がここでそれを喋ってしまうのは、妹紅さんとの仁義に反するのではないか――。
黙り込んでしまった私に、蓮子は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの、メリー」
「……何でもないわ。ちょっと、何から話したものかと考えてただけ」
「時系列順でいいのよ。私が倒れたあと、何がどうなって私はここに担ぎ込まれたの?」
私に詰め寄る蓮子。――どうにか、妹紅さんの不老不死に触れずに説明できないものか、私が考えあぐねていると。
「もこたんが、貴方のためにわざわざ宿敵の私に頭を下げに来てくれたのよ」
突然、第三者の声が割り込んだ。――輝夜さんだ。
突然離れの入口に現れた絶世の美少女に、蓮子が目をぱちくりとさせる。
「……どちら様です?」
「あら――ああ、そういえばあのときは貴方は眠っていたし、その後は私が永琳に閉じ込めれてたから、貴方とは直接挨拶はしていなかったわね。これは失礼。蓬莱山輝夜、この永遠亭のお姫様よ。貴方の主治医の永琳は、私の従者。鈴仙はペット」
「かぐや? ……まさか、ひょっとして、かぐや姫ご本人です?」
「正解。察しの良い人間は嫌いじゃないわ」
優美に微笑んだ輝夜さんに、蓮子は息を飲んで身を乗り出す。
「幻想郷って本当に何でもアリね。因幡の素兎がいるんだから不思議はないけど――あ、これは長々とお世話になりました」
「いえいえ。何もないお屋敷でごめんなさいね」
「滅相もない。……ところで、もこたんって妹紅さんですよね? 彼女が宿敵って、どういうことです?」
蓮子がそう問う。「あら?」と輝夜さんは不思議そうに私の方を振り向いた。
「永琳から聞いていないの? 私と妹紅は、長年殺し合う仲なのよ。退屈しのぎに殺し殺され幾星霜――」
「そんな物騒な」
「平気よ、どうせ私も妹紅も死なない身の上だもの。永琳もだけどね」
「――――え?」
蓮子が目をしばたたかせ、私は思わず目元を覆った。――こればかりは、私が情報を管理しようとしたところで、どうなるものでもない。妹紅さんには後で謝るしかなかった。
「死なない?」
「それすら聞いてないの? 永琳も随分と秘密主義ねえ。というか、妹紅からも聞いてなかったの? 妹紅のお友達でしょう?」
「――――」
呆然とした顔の蓮子に、輝夜さんはその事実を告げる。
「妹紅が、不老不死の人間だっていうこと――」
第4章 永夜抄編 一覧
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姫様の変わりようにぽかんとする永琳の顔は見る価値があるけど、想像できないですねえ。
あと蓮子はメリー分が不足してますね(笑)。
永夜異変も終わり、次から蓮子の熟考タイムですかね。
次回も楽しみにしております。
蓮子の考察や不老不死を聞いてどういう反応をするか楽しみです。
蓮子がどう反応するか気になりますね。ハイテンションになりそう?
何だか不老不死の情報を得た蓮子が何を思うのか楽しみになってきたぞ
雲行きが怪しくなってきた