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こちら秘封探偵事務所第4章 永夜抄編   永夜抄編 第7話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第4章 永夜抄編

公開日:2016年06月04日 / 最終更新日:2016年06月04日

永夜抄編 第7話
帝仰せたまふ、「造麻呂が家は、山もと近かなり。御狩りみゆきしたまはむやうにて、見てむや」とのたまはす。造麻呂が申すやう、「いとよきことなり。なにか、心もとなくてはべらむに、ふとみゆきして御覧ぜむに、御覧ぜられなむ」と奏すれば、帝にはかに日を定めて、御狩りに出で給うて、かぐや姫の家に入り給うて見給ふに、光みちて清らにてゐたり人あり。




―19―


 歪な月が、竹林の闇を照らしている。
 窓からそれをちらりと見やって、それから私は布団に横になった相棒を見やった。
 眠っているのだろう。アイマスクに隠された目元は見えないけれど、身じろぎもしないその姿に私は小さく息を吐いて、それから行灯の日を吹き消した。私も眠ろう。明日の夜はともかく、今日はまだ何事もないはずだ。永琳さんの企みに、私が協力できることはない。
 闇に包まれた部屋の中、私は蓮子の隣に敷かれた布団に潜り込む。そのまま目を閉じて、眠りに引きずり込まれるままに任せようと思っていたのだけれど――。
「……ねえ、メリー」
 眠っているとばかり思っていた相棒が、不意に私にそう呼びかけた。
「蓮子、起きてたの?」
「昼にも寝たから目が冴えてるのよ。見えないけど」
 目を隠すアイマスクに触れ、蓮子は息を吐く。私は軽く身を起こして、頬杖をついて相棒の横顔を見やった。
「眠れないなら、永琳さんに頼んで何か処方してもらう?」
「不眠症ってわけじゃないから別にいいわよ。それより――」
 と、相棒は私の方を向いて、潜めた声で、こう囁いた。
「八意先生たちは、何を企んで、そこにメリーを巻き込もうとしているのかしら?」
「――――――」
 咄嗟に、私は答える言葉をもたなかった。だが、考えてみればこの相棒が、その程度のことに気付いていないはずがない。視覚を奪われて、考える時間だけが膨大にあるこの状況で、相棒は密かに限られた情報の中から考えを巡らせていたのだろう。
 私はため息をつく。相棒に余計な心配はかけたくなかったし、目と頭を休ませろという永琳さんの診断があったから、何も言わずにいたのだけれど、この相棒に考えるなと言うのは、本人の言う通り、呼吸をするなと言うのと同じことだ。
「……頭を休ませろ、って先生に言われたでしょ?」
「聞いてるわよ。だから少ない情報から、なんとなくこういうことが起きてるらしい、という程度の推察を立てる程度に留めてるんじゃない。メリー、私にいろいろ隠し事してるでしょ」
「…………」
「別に怒ってるわけじゃないわよ。私に余計な心配かけたり、視力が戻らないうちから変なことに首を突っ込んだりしないようにっていう気遣いでしょ?」
「やっぱり首を突っ込む気満々なんじゃないの」
「目が見えればねえ。人間がいかに視覚情報に依存しているかを痛感するこの数日だわ」
 暗闇の中にため息を溶かして、相棒は後頭部で手を組んだ。
「私にわかることは、メリーよりずっと少ないわ。ただ、永琳さんたちがメリーを巻き込んで何かを企んでいるらしいこと、それはたぶん私の視力を奪ったあの歪な月に関係しているということ――本当にそれぐらいよ。私がここに入院させて貰えてるのは、そのせいなんでしょ?」
「――――」
 私はその問いに答える言葉を持たない。
 沈黙してしまった私に、蓮子はどこか困ったように唇の端を持ち上げた。
 ――私は息を吐いて、手を伸ばして相棒の頬を撫でる。
「大丈夫よ、蓮子」
「メリー」
「別にとって食われるわけじゃなさそうだし、嫌々やってるわけでもないわ。蓮子の目が治ったら全部話すわ。そしたらまた、この事態のとんでもない解釈を聞かせてくれるんでしょ?」
「……さて、それはメリーが十全な情報を入手してくれればだけどね」
 私の手に自分の手を重ねて、蓮子は頬をすり寄せる。こうやって触れあうことでしか、蓮子は私の存在を確かめられないのだ。私だって同じように視力を失ったら、こうやって蓮子の手に頬を寄せて――。
 いやいや、何を考えているのだ。私はため息を押し殺す。
「もう、寝るわよ蓮子」
「あら、この布団で一緒に寝る?」
「寝ないから!」
「寝るのか寝ないのかはっきりしてよ、メリー」
 からからと脳天気に笑う相棒に、私は口を尖らせて、その鼻をつまんでやった。

 ――たぶん、夢は見なかったと思う。
 熟睡したはずだ。寝不足を感じない、すっきりとした目覚めだった。早朝の気持ちいい空気の中で、私は目覚めるはずだった。
 それなのに、目を覚ましたとき、周囲はまだ闇に閉ざされていた。
「……え?」
 咄嗟に、私まで蓮子と同様に視力を失ったのかと慌てた。だが、しばらくすると目が慣れてきて、部屋の中が真夜中のように暗いだけだと気付く。いったい、今は何時なのだろう。寝不足な感じはしないし、しかしまさか丸一日寝過ごしたというわけも――。
 と、考えていた私のお腹の上に、不意にどすんと重みが乗っかった。蓮子が寝返りを打って足でも乗せてきたのかと思ったが、闇の中に目を凝らしてみるとそれは――。
「……兎さん?」
 この永遠亭の兎さんだった。ぼすんぼすんと、私の掛け布団の上で何かを伝えようと兎さんは飛び跳ねる。――何かが起きているらしい。
「なあに?」
 まだ寝ているらしい蓮子を起こさないようにそっと布団を抜け出すと、兎さんは私を導くように離れの外へと飛び跳ねていく。私はその後を追いかけて外へ出て――息を飲んだ。

 歪な月が、あんなにも大きく――。

「お、来たかい」
 そう呼びかけられて振り向くと、月明かりに照らされて、因幡てゐさんが兎たちとともに私を待ち構えていた。私は眉を寄せる。
「……何かあったの?」
「そいつは現在進行形だし、これからさらに何かあるのさ。もう朝になるはずなのに夜が明けないし、妙な連中がこっちに向かってきてるから、お前さんを呼んでこいってお師匠様がね」
「朝……なの?」
「どうも、幻想郷全体で時間経過が狂ってるみたいだねえ。誰の仕業だか知らないけど」
 なんだそれは。そんなことが出来る人は――。
 ひとり、思いっきり心当たりがあった。だが、彼女がなぜ――ああ、そうか、あの月か。お嬢様は吸血鬼だ。本物の月が隠されてしまっては何かと不都合もあろう。あの月の異変を解決しに、十六夜咲夜さんが動いているということは、おそらくは博麗霊夢さんや霧雨魔理沙さんも動いているのだろう。
 ――と、このときの私はそう考えていた。いや、間違ってはいなかったのだが、その動き方がこのときの私の想像と違っていたのは、以前の章に記した通りである。
 ともかく、それはそれとして、だ。
「とにかく、いいからこっち来なよ。お師匠様が待ってるからさ」
「え、あ――は、はい」
 咲夜さんたちが攻めてきているとして、私に何をしろというのだろう――と思いながら、私はてゐさんの後に従って歩き出し、それから自分が考え違いをしていることに気付いた。永琳さんはおそらく、霊夢さんや魔理沙さん、咲夜さんのことを知らないはずだ。ずっとこの屋敷に引きこもっていると言っていたから――てゐさんが教えている可能性はあるかもしれないが、それよりも彼女たちが恐れているのは、月の民の追っ手だから――。
 咲夜さんや霊夢さんが、月の民の追っ手と間違われている?
「……そういうこと」
 得心がいった。それならば、永琳さんの誤解を解かねばなるまい。誤解を解いたところで霊夢さんが異変の主を退治することを止められるかどうかは解らないが、勘違いをしたまま戦って不幸な結果が生じては目も当てられない。
 なるほど、永琳さんが私を手元に残した意味は、彼女の意図したものではなくても、ちゃんとあったということである。私は意を決して、永遠亭の本邸へ向かう足を速めた。





―20―


「こっちこっち」
 そう言って、てゐさんが私を案内したのは、永遠亭の玄関ではなく縁側の方だった。
「廊下は鈴仙が引き延ばしてるからさ。裏から回らないと無駄に歩く羽目になるよ」
「はあ」
 鈴仙さんは位相を操る(?)能力を持っているらしいし、咲夜さんのように空間を引き延ばすこともできるということらしい。月の兎の能力は咲夜さんの能力に近いのだろうか? まさか咲夜さんまで月生まれということもあるまいが――。
 そんなことをつらつらと考えながら、和室を通って屋敷の奧に進む。廊下の側の襖には強固な結界が張られているのが見えた。廊下から屋敷の奧に侵入させないためなのだろう。廊下を引き延ばして、侵入者を誘い込む袋小路にしてしまおうということだろうか。
 何部屋目かの和室を抜けたところで、まだ結界の張られていない廊下側の襖が見えた。てゐさんがそこをがらりと開けると、「おわあ」とちょうどそこにいた鈴仙さんが赤い目を見開く。
「なんだ、てゐか。――って、なんで地上人まで連れ込んでるのよ」
「お師匠様の命令だよ。お師匠様どこ?」
「師匠なら、姫様のところじゃないかと思うけど――」
「あら、来てくれたのね」
 鈴仙さんの背後に、ぬっと永琳さんが足音もなく現れる。「ひゃあ」とまた鈴仙さんが目を見開いて身を竦めた。永琳さんはそれに構わず、目を細めて私の方を見やる。
「てゐ、ご苦労様。侵入者に備えて廊下で待機していて頂戴」
「へーへー、仰せのままに。でも危なくなったら逃げるかんね」
「てゐ! もうちょっと真面目にやりなさいよ」
「生憎、鈴仙やお師匠様と違って、私にゃそいつらと戦う理由がないもんでねえ」
「だからって――」
「いいのよ鈴仙、これは私たちが勝手にやってることなんだから。それに、屋敷の中でイナバに死なれて穢れを撒き散らされても困るでしょう?」
「……それはそうですけど」
 不満げな鈴仙さんの肩を叩き、「ここはいいから、向こうの封印を」と永琳さんは指を差す。鈴仙さんは頷いてそちらに駆けていき、あとには私と永琳さんが残された。
「さて、貴方にも危険なことはお願いしないから、安心して頂戴」
「はあ……」
「月の兎が攻めてきたら、その波長操作を貴方の目で見破ってくれればいいの。鈴仙ひとりに全て任せるのは荷が重いからね」
 やはり永琳さんは、今攻めてきているのは月の民だと思っているらしい。しかし――。
「あの……今、何者かがこの屋敷に向かってきているんですよね?」
「ええ、そうよ。月の民はここには来られないはずだけど――念のためね」
「いや、たぶんそれ、私の知り合いです」
 私の言葉に、永琳さんが虚を突かれたように目をしばたたかせた。
「あらあら――あの蓬莱人? 半人半妖? 違うわよね」
「推測ですけど……時間を操るメイドさんと、異変を解決する妖怪退治の巫女さん、それと魔法使いさんが、こっちに来ているのではないかと」
「時間を操る?」
「十六夜咲夜さんといいまして、吸血鬼の館でメイドさんをしている人なんですが、たぶん永琳さんが満月を隠してしまったので、主のために満月を取り戻しに来るのだと――」
 なぜか、永琳さんの顔がひどく険しくなる。
「時間を操る、十六夜咲夜、ねえ」
「……永琳さん、心当たりでも?」
「いいえ、奇妙な一致もあるものね、と思っただけ。大したことではないわ」
 何の話だろう。首を捻る私の前で、永琳さんは顎に手を当てて「ふむ」と唸った。
「まあ、それならそれで貴方に利用価値はあるわね。もう術はほぼ完成しているし――」
 と、永琳さんがすっと私に歩み寄り――。
「――来たようね」
 私の肩を叩いて、私を廊下に連れ出すと、その襖を結界で閉ざした。
 そして、廊下の向こう側――玄関の方向へ視線を向ける。
「貴方には見えるでしょう? 侵入者の姿が」
 促され、私は目を細める。果てしなく長く延びた廊下。それは、鈴仙さんが生み出した位相の狂いだ。――私の目は、世界の境界を検知する。結界を見るように、位相の狂いを見る。
 引き延ばされた廊下の向こう側――入口に飛び込んでくる四つの影が、見える。
 遥か遠くに見えるはずの影を、しかし私の目は、ごく短い廊下の先のように見つけていた。
「…………」
 私は思わず目を見開く。来るとすれば、霊夢さん、魔理沙さん、咲夜さんの三人だとばかり思っていたのだけれど――霊夢さんがいない。代わりに、アリスさんとレミリア嬢がいる。お嬢様は退屈凌ぎに夜を止めて自ら出陣したのか。アリスさんは何のために? 満月を隠されたことはアリスさんにも何か影響があったのだろうか――。
 そして、異変を解決する博麗の巫女は、どうしてここに来ていないのだろう?
「お知り合いかしら?」
 永琳さんにそう問われ、私は我に返って彼女を見上げる。永琳さんの顔に浮かんでいるのは、得体の知れない笑み。何を企んでいるのか解らない――。
「……は、はい。四人とも、顔見知りです」
「全員が人間?」
「いえ、人間ふたりと、魔法使いと、吸血鬼ですけど……」
「ふうん。――妖怪だけじゃないなら、それで結構だわ。顔見知りならなおさらね」
「……?」
 永琳さんが何を言いたいのか、私には解らない。そんな私を、不意に哀れむように見つめ、
「――悪く思わないで頂戴ね」
 すっと、永琳さんの手が私の目元にかざされ、

 ――突然、意識がブラックアウトした。
 電源が急に切られたように、私はそこで、全ての知覚を失い、闇に沈んだ。





―21―


 もちろん、死んでいたらこの文章を書けていない。気絶させられただけである。
 だが、おかげでこの後、鈴仙さん及び永琳さんと、魔理沙さんら四人の間に繰り広げられた戦いを、私はその場にいながら、全く感知することができなかった。完全に蚊帳の外である。
 しかし、気絶していたので何が起こっていたのか解りませんでした、で話を終わらせてしまうわけにもいかない。
 ――というわけで以下は再び、魔理沙さんら当事者からの聞き書きに基づく三人称で記述させてもらう。〝永夜異変〟第一のクライマックスを。

      * * *

 兎たちを蹴散らしながら、四人は長い長い廊下を進む。
「うちの屋敷みたいに長い廊下ねえ。咲夜、どういうつもり?」
「私ではありませんわ。誰かがこの廊下を引き延ばしているようですが――」
 レミリアにそう問われ、前に向き直った咲夜の前に、その影は姿を現した。
 ブレザーを身に纏った、兎の耳の少女。
「遅かったわね。全ての扉は封印したわ。もう姫は連れ出せないでしょう?」
「おう、長くて暗い廊下だったな、アリスよ」
「とりあえず、相手にしてやったら? 目の前の奴」
 魔理沙とアリスがそんな戯言を言い合う脇で、咲夜はナイフを構えた。
 あの兎の目――、と咲夜は目を細める。あの赤さは異様だ。この廊下の長さも、あの目が何か作用しているに違いない。空間を操る能力者としての直感が、そう告げている。
「貴方の仕業かしら? この月の異変は」
「怪しい感じね。特にその挑戦的な見た目とか」
 レミリアも鼻を鳴らしてその兎を睨む。兎の少女は目をしばたたかせた。
「って、何? あんた達……地上の人じゃないの。こんな夜中に何の用?」
「こんだけ長ければ、いくら掃除の達人でも一日が雑巾掛けだけで終わるな」
「魔理沙の家の掃除よりは、時間も手間も少なくて済むと思うけど。って、いい加減相手にしてやったら?」
「もう、変なのが紛れ込んできたわね。うちは今忙しいの。こそ泥以外の用が無いならさっさと帰る」
「真夜中に忙しい奴なんてのは、まっとうな生き方してない奴だけだ。なぁ同業者よ」
 アリスが肩を竦める。このふたりの戯言に付き合っている暇はない。咲夜は口を開く。
「それはもう凄い用よ。この月の異変は、貴方近辺の仕業でしょう? 嫌な臭いは元から断て、ってね。私は掃除が得意なのよ」
「月の異変? ――うーん、この術によく気が付いたわね。地上に這いつくばって生きるだけの、穢き民のくせにね」
 兎の挑発を、レミリアはさらりと鼻で笑って受け流した。
「あいにく、空に月と星しか見たことが無い汚れた生き物なんでねぇ。月に変化があれば嫌でもわかるのよ」
「お嬢様は夜型ですものね」
「さぁ、大人しく元に戻すか、一悶着あった後に元に戻すか、どっちかを選びな!」
「美味しい所だけ持っていかないの」
 いいところで口を挟んできた魔理沙に、アリスがため息をつき、レミリアが睨む。
 ――と、そこへまた新たな影が割り込んだ。赤と青の二色の衣裳を身に纏った銀髪の女性。その手には弓を携え、兎の少女の元へと飛んでくる。
「あの月は、まだ戻すわけにはいかないわ」
「あら、どなた?」
「咲夜、悪いのはこいつよ。一発で判ったわ、この悪党面で」
 銀髪の女性を指さして、レミリアが傲然と言い放つ。
「酷い言われようね。確かに、この地上の密室は私が作ったんだけど。これも姫と、まあ一応、この子のため」
 兎の少女の肩に手を置いて、銀髪の女性は涼しい顔でそう言い放つ。なるほど、こいつが今回の首謀者というわけ。話が早くて助かるわ、と咲夜は笑みを浮かべた。
「そうと決まれば、倒さないわけにはいきませんわ」
「ふふ――まだ駄目よ。ウドンゲ、ここはお前に任せたわ」
「お任せください。閉ざされた扉はひとつも開かせません」
 兎の少女の肩を叩き、銀髪の女性は廊下の奧へと飛び去って行く。まずはこの兎を倒していかねばならないらしい。
「なんだぁ? ベラベラ喋るだけ喋って逃げるなんてな、後で倒しに来てくれ、って言ってる様なもんだぜ」
「そう言ってたのよ。でも、後で倒しに行くかどうかは、異変の犯人かどうかで決まるの。それを忘れちゃ朝になってしまうわ」
「どっちでもいいですわ。何事にも順路という物があるというわけです」
 ナイフを構え、咲夜は兎の少女を睨む。傍らのレミリアが肩を竦めた。
「面倒ね。いつもの咲夜みたいに道を外れてみない?」
「順路通りに進んで、なおかつ力で圧倒する。これが文句を言わせないコツですわ」
「なるほど、道理ね」
 レミリアも興が乗ったというように獰猛な笑みを浮かべた。兎の少女はしかし、その赤い目を輝かせて不敵に腕を組んだ。
「ふふふ。順路は貴方の後ろ方向。でも、引き返すことも出来ないわ」
「引き返さないわよ」
「月の兎の罠に嵌っているのに気が付いていないのかしら? 全ての方向が狂わされていることに――私の目を見て、もっと狂うが良いわ!」

      * * *

 何の兎だか知らないが、所詮は兎である。吸血鬼と時間を操る人間が束になって、兎一匹をぶちのめすのは、いささか戦力過剰だろうと魔理沙は思う。
「ううう……」
 ぶちのめされた兎を見下ろして、咲夜が手を払っていた。魔理沙としてみれば、手間が省けて何よりだぜ、というところなのだが――。
「で、月は元に戻ったのか?」
「いや、こいつじゃないわね。やっぱりさっきの……」
 アリスが険しい顔で廊下の奥を睨む。やっぱりあの赤青が主犯か。
「師匠は私なんか比べものにならないほど強いのよ……私に勝ったからって、師匠に敵うと思ってるの?」
 廊下に倒れた兎がそう声をあげる。負け惜しみもいいところだぜ、と魔理沙は肩を竦めた。
「圧倒的に思ってるわ」
「さあお嬢様、夜が明ける前には決着をつけましょう。順路通り進めば出口はもうすぐですよ」
 咲夜とレミリアが構わず飛び立っていく。兎はなおも負け惜しみの言葉を吐いていた。
「師匠は月面一の頭脳の持ち主。あんたらみたいな馬鹿どもなんか勝負になるはずがないわ」
「あー? 弾幕に頭脳? 馬鹿じゃないのか? 弾幕はパワーだぜ」
「そういうこと言うから馬鹿扱いされるのよ。弾幕はブレイン。常識よ」
 魔理沙とアリスもそう言い合いながら、レミリアたちの後を追う。
 ほどなく、あの二色の女の背中が見えて来た。彼女はこちらを振り向くと、「ふふ、無事ついて来てるようね」とほくそ笑み、また加速する。
「ちっ、待ちやがれ!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいないと言うけれど――」
 と、不意に二色の女は足を止め、魔理沙たちに向き直った。
「魔理沙、撃つのよ!」
「んなもん、言われなくても判ってるぜ」
 隙だらけだ。魔理沙は八卦炉を構え、魔力を集中させる。特大のマスタースパークってぶっ飛ばしてやるぜ――と、必殺の一撃を放とうとした、そのとき。
「こんなところで、これ以上危なっかしい真似は、よしてもらおうかしら」
 次の瞬間、その女の腕に、新たな影が抱きかかえられているのに気付いて、魔理沙は目を見開いた。八卦炉に集中させていた魔力が拡散していく。彼女の腕に抱えられてぐったりとした人間の姿は、見覚えのある――予想外の顔だったからだ。
「魔理沙、あれ――」
「だからんなもん、言われなくても判ってるっての。――メリーじゃないか」
 彼女の腕でぐったりと目を閉じているのは、見間違えようもない。これまでの異変でも何度か関わり合った変わり者の外来人二人組の片割れ、マエリベリー・ハーンだ。
「あら、咲夜。あれ、フランのお気に入りの人間じゃない?」
「そのようですわね。人質とはまた、月面一の頭脳にしては随分と古典的ですこと」
「別に、こんなものが貴方たちにいつまでも通用するとも思っていないから安心して頂戴。だけど貴方たちも、知り合いの人間を巻き込んで怪我をさせるのは本意ではないでしょう?」
「咲夜、気にせずやっておしまい。私が許すわ」
「そう仰られましても、妹様に私が壊されてしまいますわ」
「あいつら慧音が保護してるはずなのに、毎回慧音は何やってんだ?」
「結局、人質が効いてるじゃない」
 アリスがため息をつく。咲夜がナイフを構えたまま、「それで」と二色の女に問うた。
「人質をとってまで、私たちにどうしろと?」
「別に。できればこのまま回れ右して帰ってくれるのが一番だけれど、それじゃあ貴方たちも収まらないのでしょう? ちゃんと相手はしてあげるし、準備ができたら満月だって返してあげるわ。それまで、私に付き合ってもらうわよ。この子と引き換えにね」
 そうして、二色の女は再び、メリーを抱えて廊下の奧へと飛び去って行く。
 魔理沙はアリスと顔を見合わせた。
「どうするの、魔理沙」
「ふん、どっちにしたってあいつが主犯だろ。ぶちのめすだけだぜ」
「そういうことね。人質なんて全く、見た目以上の悪党で、ついでに小物だわ。咲夜、さっさと片付けて満月を取り戻すわよ」
「――仰せのままに」

      * * *

 かくして四人は、そのまま私を抱きかかえた永琳さんを追って廊下の奧へと進んだ。
 ――そう、私はあろうことか、永琳さんの人質に使われてしまったのである。
 正確には、咲夜さんはこれが罠だということに勘づいていたという。だが、お嬢様が永琳さんを主犯と決めつけていたので、あくまでそれに従っただけだということだった。
 いずれにせよ、そうして四人は果てしない廊下の先へと導かれ――。

      * * *

 そして、廊下の先で四人を出迎えたのは――。
「廊下は終わったみたいだけど、ここは一体……」
「魔理沙、周りを見て!」
「見てるって。何時の間にか外だな」
「そう、外よ。貴方たちは永い廊下に導かれてここまで来た。どう? 外の空気は」
 二色の女――八意永琳は、そう言ってその両手を広げた。
 その背後には、巨大な――歪な月。
「魔理沙! おかしいわよ。この月も星も……」
 アリスが歪な月を指さして声をあげた。
「さっきから、魔理沙魔理沙うるさいなぁ。結局人が居なきゃ何も出来ないのかよ」
 魔理沙が肩を竦めて、ずれた帽子を被り直した。
「しまった! 嵌められたわ、咲夜。アレは月じゃない!」
 レミリアが舌打ちして、顔をしかめた。
「確かに、ちょっと大き過ぎますわね――」
 そして咲夜は、その月を仰いで、ひとつ息を吐き出した――。

 月と地上を遮る、巨大な贋物の月。
 それを前に、月の賢者と、四人の地上の民が対峙する。
 地上の民は、満月を取り戻すために。
 月の民は、姫の存在を隠し通すために――。

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この小説へのコメント

  1. 永琳は四人をどうしてもあの6面に導きたいが為にメリーを人質にしたのだろうか?天才の考えることはわからないし予測もできない。
    余計に次の展開が楽しみになってきました。来週もお待ちしております。

  2. 永琳と咲夜の関係も触れるのだろうか
    ZUN氏曰く1冊かける内容らしいので考察し甲斐がありますね

  3. えーりんの心当たりがある咲夜さんって?
    何者…
    次回も首を飛ばして待ってます!
    EOさんも大変だと思いますが頑張ってください!

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