東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編   心綺楼編 10話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第12章 心綺楼編

公開日:2019年05月18日 / 最終更新日:2019年05月25日

―28―

「貴方が――犯人だったのですね」
 蓮子がそう言うと、その影は不敵な笑みを浮かべて、相棒を見やった。
「犯人とは、穏やかじゃないね。私が何かしたかい?」
「そうですね。貴方は何もしなかった。ただ、こいしちゃんから預かった希望の面を隠していただけ。それが必要となるときが来るまでのつもりだったのでしょう」
「必要となるとき?」
「そう。希望の面が失われた影響で、人間の里から全ての希望が失われ――宗教家たちの刹那的な争いも根本的な解決には至らず、里の希望の不足が深刻化し、いよいよ里全体の感情の暴走が始まろうとする、まさにそのとき。――そのときこそ、貴方たちは希望の面を手に、里へと降臨するつもりだったのでしょう。世界に希望を取り戻す、幻想郷の救世主として」
 蓮子の言葉に、その影は腕を組み、「仮にそうだとして」と言った。
「それが、何か罪に問われるようなことかい?」
「いいえ。貴方たちはただ、貴方たちだからこそいち早く知り得た状況と、たまたま転がり込んできた希望の面とを、最大限に活用する方法を選んだに過ぎない。だから別に、私はそれを糾弾しに来たわけではないんです。ただ、貴方たちがやろうとしたことは、これから無効になるだろうということをお伝えしに来ただけです」
「――あーあ、やっぱりそうなったのか。ま、予想はしてたけどね」
 その影は頭を掻いて、「後学のために聞きたいんだけどさ」と首を傾げた。
「なんで私らが希望の面を隠し持ってるって思ったんだい?」
「単純に、条件に当てはまるのが貴方たちだっただけですよ」
 帽子の庇を持ち上げ、蓮子は指を立てる。
「条件その一。希望の面を拾ったのが、他の誰でもなく、コミュニケーションが取れる相手が非常に限られる妖怪である、古明地こいしちゃんであること。つまり、誰かがこいしちゃんから希望の面を預かっているなら、その誰かは彼女とコミュニケーションが取れる相手であり、彼女と何らかの交友関係がある相手である」
「あの子が落としたのを別の誰かが拾っただけ、という可能性はないの?」
「私たちが希望の面の在処を訊いたところ、こいしちゃんは『内緒』と答えましたからね。なくしたなら『なくした』『知らない』と答えるでしょう。『内緒』と答えるということは、隠し場所を把握している、少なくとも隠したという自覚があるということです」
「だとしても、誰かに預けたとは限らないだろう。あの子が自宅に隠してるだけとは思わなかったの?」
「地霊殿には、こころちゃんを連れて行きましたからね。希望の面が近くにあれば気付く、というこころちゃんの言葉を疑う理由も特にありません。それに、無意識の彼女は過去の自分の行動をあまり記憶できないようですから、誰かに預けたのでなければ、隠し場所を忘れてしまうでしょう。彼女にとっては、希望の面は誰かに預けるのが最も安全です。もちろんそれは、彼女とコミュニケーションを取れる相手でなければならない。それも、希望の面の影響で彼女の存在感が強まる以前からの知り合いでなければ、彼女も宝物を預けはしないでしょう」
「なるほど。しかし、それでも私ら以外にも容疑者はいるだろうに。それこそ、メリーだってあの子と会話できるんだろう?」
「ええ。そこで犯人を絞り込むための条件その二が必要となります。それは、二ッ岩マミゾウさんの配下の狸、ナズーリンさんの配下の鼠がいずれも見つけられない場所に住んでいるということ。それだけなら、魔界、天界、冥界などいろいろ考えられますが……こいしちゃんと元々交友関係があった、という条件一を適用すると、だいぶ絞り込めます。もちろん私たちはこいしちゃんの交友関係の全てを知っているわけではありませんが、少なくともこいしちゃんと今回の件の以前から関わりがあった地上の存在を知っています。そして、その住処は、幻想郷でもなかなか立ち入りにくい場所にあります」
「…………」
「そして条件その三。希望の面の現在の持ち主は、今回の宗教戦争に参戦していない。なぜなら、希望の面が失われたことが現在の状況の原因なのですから、希望の面の現在の持ち主が、希望の面を持って宗教戦争に参戦していれば、その時点で勝利しているはずだからです」
「勝ち確なら、どうして参戦しないんだい?」
「ただ勝つだけ、ただ里に失われた希望を取り戻すだけでは意味がないからでしょう。ただ面霊気の元に希望の面が戻っただけでは、里は元に戻るだけ。一時的な人心の乱れとして、今回の騒動はすぐに忘れられるはずです。
 しかし、この状況が長く続いて、いよいよ危機という状況まで引っぱり、『これは一時的な人心の乱れなどではなく、立派な異変である』という認識が広まったところで、それを解決する希望そのものを携えて降臨すれば、貴方たちは伝説になれる。幻想郷を救った英雄として、博麗の巫女も顔負けの、異変解決の名声と大きな信仰とを得ることができるでしょう」
 三本の指を立てて、蓮子はひとつ息をつくと、四本目の小指を開く。
「最後の、第四の条件です。それは、誰よりも早く、丑三つ時の里で起きていた感情の暴走を客観的に知り得る立場にいたということ。今の幻想郷に何が起きているかを、最初に知り得た存在。つまり、里の外からいつでも里内部を監視できる立ち位置にいた存在ということです」
「………………」
「以上の四条件、いずれにも当てはまる心当たりが、私にはありました。
 条件一、こいしちゃんとコミュニケーションが取れ、今回の件以前からのこいしちゃんの知り合いである。怨霊異変のあと、こいしちゃんはメリーの提案でここに来て、貴方に会っていると、私は聞いています。
 条件二、地上の見つかりにくい場所にある。何しろこの場所は、非常に排他的な天狗の領域を超えた先、山の中にあるわけですから、狸も鼠もなかなか入りこめないでしょう。
 条件三、宗教戦争に参戦していない。そう――今回の宗教戦争になぜか参戦していない、幻想郷の宗教団体がひとつあります。
 そして、条件四――その宗教団体は、人間の里に分社を持っています。日本の神様は分霊で全ての分社に同時に存在できるわけですから、分社を通じて里の外から、里内部の状況を常に把握することができます。ならば、丑三つ時の異変に誰よりも早く気付きうるでしょう」
 そして蓮子は、帽子の庇を持ち上げ――その影を見つめた。
 目玉のついた奇妙な帽子を被った、幼い少女の姿をした神様を。

「以上のことから、希望の面の現在の持ち主は、貴方たち守矢神社である蓋然性が非常に高いと考えたわけです。ご理解いただけましたかしら? ――洩矢諏訪子様」




―29―

「全て状況証拠だね。裁判なら公判は維持できないと思うけど?」
 諏訪子さんは腕を組んで口を尖らせる。蓮子は苦笑した。
「ですから、敢えてこころちゃんは連れて来なかったんですよ。連れてきて確かな物証を掴んでも良かったのですけど、どうせ近いうちに太子様に新しい希望の面を作っていただくことになるのですから、取り戻す必要性ももう薄いわけです」
「……で、新しい希望の面ができれば、古い希望の面は力を失ってただの能面になると?」
「そうなるでしょうね」
 蓮子の答えに、諏訪子さんは大きくため息をついて、「あーあ」と天を仰いだ。
 ここは守矢神社の湖の畔。御柱に背中を預けて、諏訪子さんはその場に座り込む。
「だから言ったじゃん、神奈子。ホントにうまくいくの? って」
「うるさいねえ。失敗してもデメリットがないからこの策を採ったんじゃないか。失敗は最初から織り込み済みだよ」
 諏訪子さんの呼びかけに、その場に八坂神奈子さんが姿を現した。
「そーゆーのを負け惜しみって言うんじゃないの」
「負けちゃいないさ。勝ってもいないが、うちにはマイナスはない。他の宗教家が多少信者を増やしたところで、今の熱狂が冷めれば浮動票は自然と離れるさ」
「やっぱり負け惜しみじゃんか」
「なに、私らは状況が落ち着いたらこう言ってやればいいのさ。『人心を乱していたのは、不安を煽って人々を扇動した宗教家たちである』ってね。これだけ大騒ぎしてるんだ、命蓮寺も神霊廟も反論はしにくかろうさ。実際、寺と廟の信者同士の喧嘩も起きてるしね。そこで目の覚めた連中を、うちに取り込めば、最終的にはうちの一人勝ちだよ」
「まさに捕らぬ狸のなんとやらだなあ。神奈子はいつもそうじゃんか」
「深謀遠慮と言ってほしいね」
 神奈子さんはそう言って、私たちに向き直る。蓮子は肩を竦めた。
「八坂様。結局、八坂様たちはどの程度まで今回の件について把握されてたのです?」
「――丑三つ時に、里が妙な状況になっていることに私が気付いたのが最初だ。何かを探す面霊気の姿も見ていた。そこへ諏訪子が、地霊殿のさとりの妹からこんなものを預かったと言って、希望の面を見せてきて、なるほどこれか、と思ったわけだよ。あの面の影響で里の希望が失われているなら、これを利用して信仰を獲得できると思った」
「早苗ちゃんに伝えてなかったのは、私たちには隠せないだろうと踏んだからですか」
「ま、そういうことだ。お前さんたちは里に暮らしているんだし、あの状況に気付くには時間がかかるだろうと思ってたわけだが、ちょっと思ったより早かったね」
「だったら私たちが早苗ちゃんを誘って里の様子を見に行ったとき、どうして止めなかったんです? 私たちがそうしようとしていたことは把握されていたのでしょう、どうせ」
「私が止めて、はいそうですかと納得するかい?」
「しませんわね」
「だろう? 私らとしては、今回の件はたまたま転がり込んできた幸運だ、うまくいったら儲けものぐらいのつもりだったのさ。予想外だったのは、あの化け狸の暗躍だよ。あの狸のせいでだいぶ計画が狂っちまったね。面の製作者が例の太子だったのも予定外だったよ」
 つまり、話をまとめると、守矢神社の計画とは以下のようなものになる。
 いち早く里の異変を察知、ほぼ同時に幸運から希望の面を入手した守矢神社は、希望の面を使って信仰を獲得する策を練った。里から希望が失われ、危機の域に達するのにあわせて、希望の面を持って降臨し、異変を解決して救世主となる作戦だ。
 この作戦のキモは、里で起きている状況が「面霊気の面の紛失による希望の喪失」であるということを可能な限り悟られずにいるべきである、という点だ。異変の原因が周知されてしまうと、希望の面を持って降臨したとき、救世主ではなく黒幕と思われてしまう。早苗さんを蚊帳の外に置いたのも、情報管理の一環というわけだ。
 ただ、希望の面が守矢神社にある以上、こころさんを確保してしまうわけにはいかない。彼女が希望の面を取り戻せば異変は終わってしまうからだ。だから神奈子さんたちはこころさんを泳がせた。どうせ、彼女が守矢神社まで単身で来るのは困難である。来ても天狗に追い払われるだろう――ということも考え合わせた上で。
 そうして、守矢は里の混乱を傍観しつつ、自分たちが降臨するタイミングを見計らっていたが、その計画を狂わせたのが、マミゾウさんがこころさんを確保して解決に動き出したことと、そのタイミングで私たちが里の状況を知ったことだった。これにより、事態の正しい解決方法が提示され、共有されてしまった。「正しい解決方法」を封じて、自分たちに都合のいい解決をつけようとしていた守矢は出鼻を挫かれたわけである。
 そうして私たちが事態の解決に動き出した結果、太子様が新しい面を作れることが判明した段階で、希望の面を可能な限り封印しておくという守矢の作戦はほぼ無効になってしまった、というわけだ。
 これが、守矢神社が宗教団体でありながら、今回の宗教戦争に参加しなかった理由。そして早苗さんがあの晩以降、私たちの前に姿を現さなかった理由である。早苗さんは、神奈子さんたちの計画を知った上で私たちとともに希望の面探しに白々しく参加できるほど演技派ではないからして、神奈子さんたちが止めたのだろう。
 実際、マミゾウさんが解決に動かなければ、今回の件は守矢神社の思い通りに進んでいたかもしれない。宗教家の争いはいずれ勃発しただろうが、それがこころさんの発見に繋がったかどうかはわからないし、繋がらなかった可能性が高いだろう。霊夢さんなら勘でこころさんにたどり着いたかもしれないが、希望の面が守矢神社に隠されていることを霊夢さんが知る術はほぼ全くないわけである。宗教家の争いが根本的な解決に至らないまま泥沼化したところで、守矢が希望の面を手に降臨すれば、まさに守矢神社の完全勝利だっただろう。
 ――つまるところ、今回のMVPは間違いなくマミゾウさんだということだった。
「というわけで、うちはもう今回の件からは手を引くよ。あとは状況を見て、熱狂が冷めた頃に浮動票を取りに行くことになるだろうさ」
「了解ですわ。――今、希望の面はどちらに?」
「うちにあるけどね。別にもう返してしまってもいいんだが、どうする?」
「いえ――返すなら、こいしちゃんに返してあげてくださいな」
 蓮子の答えに、神奈子さんは「ほう?」と眉を寄せた。
 ――これは、私と蓮子とで話し合って出した結論である。

 太子様に新しい希望の面を作ってもらえるなら、古い希望の面は急いで取り返す必要はない。
 そして、こいしちゃんの気配の強化が希望の面の影響だったのだとすれば――。
 古い希望の面は、こいしちゃんに持たせてあげるべきだと思うのだ。
 いずれ希望の面の影響力が消えるとしても、誰にも気付かれない無意識の妖怪だった彼女が、希望の面の影響で他人から注目されることは、彼女に決して悪影響は与えないだろう。これをきっかけに、こいしちゃんの交友半径も広がるかもしれない。それこそ、こころさんと出会えば、存外仲良くなれたりするのではないだろうか。
 感情豊かなポーカーフェイスと、表情豊かな哲学的ゾンビ。芽生えたばかりの自意識と、閉ざして封じてしまった自意識。なかなか、相対性精神学的にも興味深い組み合わせだと思う。

「何か考えがあるようだね」
「大したことではありませんわ。希望の面の影響でこいしちゃんが里で注目を集めてますから、それはこいしちゃんにとって悪いことではないだろうと思った次第で」
「ふうん。まあ、構わないさ。諏訪子、あの子がまた来たら返しておやり」
「はいはい。んじゃ、私は早苗にバレちゃったって報告してくるよ」
 諏訪子さんがその場から姿を消す。それを待っていたように、「ところで」と蓮子は帽子の庇を持ち上げ、話を切り替えた。
「八坂様。私たち、実はもうひとつ追っている犯人がおりまして」
「犯人?」
「そう――この異変のそもそもの元凶。希望の面を地底に落とした犯人を」
「面霊気がたまたま紛失したって話じゃなかったのかい?」
「こころちゃんはお面の付喪神ですよ。付喪神が身体の一部を紛失すると思いますか?」
 神奈子さんは不敵に笑って、「なるほど、道理だ」と頷いた。
「確かに、唐傘お化けが傘をなくすようなもんだね」
「そういうことです。どう考えたって、自然に紛失するはずがない。とすれば、彼女から希望の面を奪って地底に捨てた犯人がいるはずなんです」
「何のためにだい?」
「ふたつ、考えられますわね」
 蓮子はそう言って、指を二本立てる。
「ひとつは、今幻想郷で起きているこの異変を起こすこと。幻想郷から希望が失われるという異変を。――もうひとつは、こころちゃんに自我を芽生えさせること。付喪神となりながら、感情が安定しすぎていて自我がなかったこころちゃんの、感情のバランスを崩すことで、彼女に感情の変化を与え、自我を芽生えさせることが、犯人の目的だった……」
 何故、何のために――という理由を問うときは、今目の前で起きていることこそが目的である、と考えるのが、ホワイダニット・ミステリの王道である。
「このふたつの目的は、もちろん両立しえます。こころちゃんに自我を芽生えさせつつ、幻想郷に異変を起こす。するとどうなるか。異変の元凶として、異変を解決しようとする者と、こころちゃんが接触することになり、異変の解決を通じて、生まれたての付喪神であるこころちゃんが、幻想郷に受け入れられることになるでしょう」
「なるほど。……そんなことを企むのは、その子の親代わりのような存在だろうね」
「まさしく。こころちゃんは太子様の作った面が付喪神化した妖怪ですが、首謀者が太子様というのはさすがに考えにくいですね。太子様は今回の宗教戦争にノリノリで参加されてますから、首謀者だったらもっと泰然自若と構えるでしょう。とすれば――首謀者はおそらく、太子様から面を授かった人物。こころちゃんと同じ、秦の姓をもつ人物。――秦河勝でしょう」
 蓮子は帽子の庇を持ち上げ、神奈子さんを見据える。
「そこで、八坂様に伺いたいわけです。ここに来る前に、稗田邸で調べてきましたが……秦河勝といえば能楽の祖。芸能の神として信仰される存在です。同じ神様同士、秦河勝の居場所に、心当たりはございませんかしら?」

 考えてみれば、この騒動の初めから、首謀者の属性は明らかだったのである。
 あの、自然発生にしては妙に節回しの完成されていた、ええじゃないか踊り――。
 あれが誰かの仕込みではないかと疑った、相棒の着眼点こそが、正鵠を射ていたわけだ。
 そう――ええじゃないか踊りを扇動していたのが、能楽の神様だったとすれば、辻褄は合う。
 これで、神奈子さんが居場所を知っていれば完璧だったが。
「残念だが、他の神の居所なんて、そうそう知らないね」
 世の中、そうそううまくはいかないものだ。神奈子さんの答えに、蓮子は「ですよねー」とがっくりうなだれる。
「特に、秦河勝だろう? 神様になったそいつの居所は、たぶんそいつ自身しか知らないよ」
「――というと?」
「私も名前を小耳に挟んだ程度だがね。――そいつは、秘神になってるからさ」




―30―

「秘神、ねえ」
 相棒は帽子の庇を弄りながら、そう呟いた。
 早苗さんから「すみません、神奈子様に口止めされて……」との謝罪を受け、笑って許してからの、守矢神社からの帰り道。玄爺の甲羅の上で、相棒は何やら唸っている。
「秘神ってことは、普段は隠れてるわけよね」
「まあ、そりゃそうよね」
「――そんな隠れ神様が、どうして幻想郷から希望を奪うような異変を起こすのかしら?」
「隠れすぎて存在感が薄くなってきたから、表に出てこようとしたとか?」
 だいたい、幻想郷で起きる異変というものは、犯人の自己主張の産物であることが多い。紅霧異変や地震騒動、神霊異変はその典型だし、怨霊異変も博麗の巫女に事態を知らしめることが犯人の目的だった。
「それにしてはやることが迂遠よねえ。こころちゃんから希望の面を取り上げて地底に捨てる、という行為から起きた異変を追いかけていっても、こころちゃんには辿り着けたとしても、その所有者である秦河勝まではなかなか辿り着かないでしょ。だいたい、こころちゃんに自分の主の記憶がないんだから」
「確かに、そうね。そこまで考えるのは蓮子みたいな物好きぐらいよね」
「私のような深遠な知性の持ち主だけと言ってほしいわ」
「はいはい」
 全く、ただの誇大妄想家の間違いだろう。
「でも、あのええじゃないか踊りを扇動していたのは能楽の神様だから、っていうのは筋が通ってると思うし、やっぱり秘神になった秦河勝が犯人なんじゃないの? こころちゃんに自我を与えるのが主目的で、希望が失われたことは副産物に過ぎなかったとか」
「うーん、解決できなかったときの影響が大きい異変だから、単なる愉快犯とも思いにくいんだけど……」
 確かに、人間の感情が全て消失してしまえば幻想郷の危機である。まあ、遊び感覚で幻想郷を壊滅させようとした天人も過去にいたが。
「何につけても、犯人と思われる秘神に関する情報が不足しているわ」
「でも秘神でしょう? そんな隠れた神様の情報なんてそうそう――」
 私が、蓮子の背中にそう言いかけたとき。

 ――ぐにゃりと、目の前の空間が歪んだ。
 世界の境界が揺らぐ気配。その強烈な違和感に、私は息を飲んで目元を押さえ、
「メリー?」
 蓮子が振り向いて声をあげた、その次の瞬間。

 私たちが玄爺の背中に乗って飛ぶ空に――扉が、開いた。

「扉……?」
「えっ、ちょっ、メリー、なにあれ! 空に扉が!」
「知らないわよ! っていうか開いてるしこのままじゃあの中に突っこんじゃう!」
「玄爺、ストップストップ!」
「申し訳ありませんのう、何やらあの扉に引きずり込まれそうですじゃ」
 甲羅を叩いた蓮子に、玄爺は無慈悲な返事。
 そんな――と私たちが悲鳴をあげる間もなく、私たちはその開いた扉に吸い込まれ。
 ばたん、と、空の扉は閉じられた。

 ……そこは、無数の扉が浮かぶ空間だった。
 玄爺の背中に乗って、どことも知れぬ場所に迷い込んだ私たちは、きょろきょろと周囲を見回す。ここは……どこだ? 少なくとも、一度も来た覚えが無い場所だが……。
「メリー、ここどこ?」
「知らないわよ。あの扉の向こう側なのは間違いないけど……」
「妙なところですのう。儂もはじめてですじゃ」
 玄爺までそう言う。ということは、霊夢さんですら来たことがない場所だったりするのかもしれない。ともかく、幻想郷に戻る手段を見つけないと……。
「あの扉のどれかが幻想郷に通じてないかしら?」
「当てずっぽうで飛びこむのは嫌よ。どこに通じてるんだか」
 宙に浮かんだ無数の扉を見上げながら、私たちがそう言い合っていると。
『あーあ、バレちゃったじゃない』
『僕たちのせいじゃないって。あとはお師匠様に任せようよ』
 どこかから、そんなふたりの少女の声が聞こえ。
 ――そして、私たちの目の前に、新たな扉が出現する。
 息を飲んだ私たちの前で、その扉はゆっくりと開き――。
 中から現れたのは、橙色の狩衣をまとった、不敵な笑みを浮かべた女性だった。

「ようこそ、人間よ。この後戸の国へ」
「……貴方は?」
 椅子に腰を下ろして、頬杖をついたその女性は、蓮子の問いに笑みを深くする。
「君たちが探していた、秘神だよ」
「――――」
「そう、私が能楽の神。あるいは後戸の神であり、障碍の神であり、宿神であり、星神であり、この幻想郷を創った賢者の一人でもある。――そして、君たちの推察通り、面霊気の秦こころは、もともとは私の所有物だ」
 あっけなくそう言い放ち、そしてその女性は、威厳あふれる声音で名乗る。
「私は摩多羅隠岐奈。私を知る者は、私を摩多羅神とも呼ぶね」

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この小説へのコメント

  1. ま た 守 矢 か (笑)
    そしてやっぱり貴女だったのですね隠岐奈様(平伏)
    ずっと本作読んできて、初めて犯人当てられたゾー。三妖精と鬱おじ? はて何のコトやら。。。
    メタ的な観点から言えば、今回の謎解きは「原作を深読み(もしくは斜め読み)した蓮子の誇大妄想」というよりは、「原作をよくよく考えれば導き出される疑問と答え」という感じがして、なんだか新鮮でした(だからこそ自分でも答えにたどり着けたのですが…)
    たしかに心綺楼プレイ当時から、早苗さんが出てこないのが不思議でした。巫女なのに、人気キャラなのに、何故出ない…と。
    こころも面を地割れの中に落とすって、どんな確率だよ…と。しかも本人、実は元に戻りたくないと思っている節もあったようななかったような…。
    神主の頭の中には、この頃から(幻想郷の自浄作用を試そうとする)隠岐奈の設定が実はあったんじゃないかと思ってしまいました。紅魔郷の頃には既に永夜抄まで想定していたというし、あり得ないことじゃない。。。なんてね。
    エピソード楽しみにしています。
    どうでもいいけど、上司に持つならやっぱり神奈子様やな! 社長:神奈子様、会長:諏訪子様、同僚:にとり、椛、早苗、広報:文…みたいな会社。妖怪の山株式会社。入りたくない?

  2. まさか隠岐奈のわけないよなーと思ってたら本当に出て来てしまうとは。斜め上の登場に度肝を抜かれました。すごいです。

  3. 登場はやない?登場はやない!?
    『いつから犯人と呼ばれる人物が一人と錯覚していた?』
    なん・・・だど・・・?

  4. やはり隠岐奈様でしたか。しかし対面までしてしまうとは…。
    今までは異変の首謀者たちの本当の思惑を推理する形だったのが、今回は犯人自体を当てる形だったので、なんだか新鮮でした。(花映塚編は最初に犯人を宣言していましたからね。)

  5. 「あなたが蜘蛛…もといカエルだったのですね」
    「見たまんまやね」

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