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こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編   地霊殿編 第11話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第8章 地霊殿編

公開日:2017年11月18日 / 最終更新日:2017年11月18日

地霊殿編 第11話
―31―


「ねえ蓮子、さとりさんが八坂様から計画を聞かされてたことが、何か問題なの?」
 私が歩きながらそう問うと、蓮子は帽子の庇をしきりに弄りながら「大問題よ」とだけ答えて、何やら唸り続ける。これは、しばらくは何を聞いても碌な返事はあるまい。私はため息をついて、相棒が何を考えているのかを想像してみる。
 神奈子さんは、さとりさんの許可を得てペットの地獄鴉のおくうさんに八咫烏の力を与えた。おくうさんはそれで調子に乗って地上侵略を企みだし、危機感を覚えたお燐さんが怨霊を地上に解き放ってSOSを発信した。――さとりさんが神奈子さんの計画を知っていたか否かが、この因果関係に果たして関係するか? 私の考える限りは無関係ではないかと思う。お燐さんがご主人様に知られるのを恐れていたのは『おくうさんが地上侵略を企んでいること』で、『八咫烏の力を手に入れたこと』ではないはずだ。
 さて、そうすると相棒はいったい何に引っ掛かっているのか。お燐さんがさとりさんを過剰に恐れていることだろうか? 八咫烏の力を与えることを許可していたなら、そう簡単におくうさんを処分しようとはしないだろう――みたいなことを考えているのか。
 解らない。この相棒の脳内で展開する誇大妄想を理解しようなどというのがそもそも不可能事だ。ワトソン役は大人しく記録係に務めるに限る。
 そう思いながら、私は顔を上げた。目の前には、神奈子さんの大きな注連縄が揺れている。私たちがどこへ向かっているかというと――神奈子さんの案内で、件の地獄鴉のおくうさんに会えることになったのである。そのために、神奈子さんに抱えられて守矢神社へ飛び、そこから諏訪子さんが掘ったという灼熱地獄奥へ直通する縦穴へと向かっているのだった。
 そんなわけで、曲がりくねった雪の山道を徒歩で下ること一時間。神奈子さんは安全なルートを選んで歩いてくれたようだが、それいしてもちょっとした雪山下山である。
「ここだよ」
 回りくどいルートを通ったのは、どうやらこの縦穴の場所を秘密にしておきたいかららしいが、正直徒歩では二度と来たくない。白く息を切らせた私の傍らで、蓮子は「おお、雪がない」と視線を彷徨わせて感嘆の声をあげた。確かにこの一帯は雪が積もっていない。灼熱地獄の熱が地表まで伝わっているのか――いや、おそらくここも間欠泉が出ているのだろう。
 縦穴は、私たちが落ちた風穴よりはだいぶ小さく、大きめの井戸程度に見えた。まあ、地下に侵入するだけならそんなに大きな穴を掘る必要もないだろう。
「さて、それじゃ下りるとするかい」
「え、しゃ、灼熱地獄までですか?」
 神奈子さんに腰を抱えられ、私は慌てて声をあげる。焼け死ぬのはできれば避けたい。
「いやいや、さすがにお前さんたちはあの熱には耐えられないだろうから、その手前までね。そこから例の地獄鴉を呼んであげるよ。それでいいだろう?」
 是非もない。私と蓮子が同時に頷き、「それじゃあ行くよ!」と神奈子さんは私と蓮子を抱えて、穴へ飛び降りる。悲鳴をあげる間もなく、二日連続二度目の自由落下。もうやめて。
 神奈子さんにしがみつく私の頬を、地の底から噴き上げてくる熱風がなぶる。これが灼熱地獄の風か。その熱気は既にサウナのようで、真冬の防寒装備の背中にじっとり汗が滲んでくる。ちょっと落ちただけでこれなのだ、底まで行ったら焼け死ぬのは確定である。
「このあたりまでかね」
 熱そうな私と蓮子の様子を見てか、神奈子さんが落下をストップし、その場にふわりと浮いた。それから岩壁に突き出た足場を見つけ、そこに飛び移る。三人ぶんの体重が乗ったら崩れてしまいそうな足場だったが、下りるしかない。私と蓮子がおそるおそるその足場に立つと、神奈子さんは「じゃあ、例の鴉を呼んでくるからね」と言って地の底へ下りていった。
 狭い岩場に取り残された私は、自然に蓮子にしがみつく。ちょっとバランスを崩せば灼熱地獄まで真っ逆さまである。ここではヤマメさんの網も期待できない。
「あらメリー、こんなところで積極的ね」
「そういう問題じゃないでしょ! ねえ蓮子、貴方って恐怖心が根本的に欠如してない? この世界に来る前からよく生きてこられたわね」
「異能生存体と呼んで頂戴」
 熱風がまた足元から吹き付け、炎のにおいが染みついてむせる。来週も蓮子と地獄に付き合ってもらうと言われても、私は平凡で脆弱な人間なのである。
 ぱらりと足元が小さく崩れて小石となった破片が落ちていく。私の運命もあの小石程度に脆く儚いものに違いない。どうせ落ちるなら蓮子を道連れだと、私はさらにぎゅっと蓮子にしがみつき、
「待たせたね。……大丈夫かい?」
 気が付くと、目の前に神奈子さんが戻ってきていた。「もー、メリー、八坂様に見せつける気だったの? 私は構わないけど」と馬鹿なことを言う相棒の頬を、私は思いきりつねる。
「いひゃいいひゃい」
「夫婦漫才かい。それより、ほら、例の鴉を連れてきたよ」
 神奈子さんがそう言って振り返った先――ばさり、と黒い翼をはためかせ、私たちの目の前に現れる影がひとつ。その姿に、私は息を飲んだ。
 鴉の濡れ羽色――という形容がそのまま相応しい、長く艶やかな黒髪に、緑のリボンを結んだ、背の高い少女だった。黙って立っていれば相当の美少女で通るだろうが、その姿には背中の翼を除いても三つの異形がある。
 ひとつ、胸元に赤く光る、宝石のような、あるいは瞳のような丸い物体。
 ふたつ、その右腕にはめこまれた六角形の棒――これが制御棒か。
 そしてみっつ、鉄のようなもので覆われた右足。
「はじめまして。貴方が、地獄鴉のおくうちゃん?」
 蓮子がそう声をかけると、少女は不思議そうに首を傾げて、
「うにゅ?」
 見た目とはひどく不釣り合いな、そんな声をあげた。




―32―


「私たちは地上の人間。私が蓮子、こっちがメリー。お燐ちゃんから話を聞いてきたの。貴方がとても強い力を手に入れたって」
「あ、お燐の知り合い? えーと、どこかで会ったっけ」
「いや、だからはじめましてよ。初対面」
「え? 知らない人間が私に何の用なの?」
「えーと、だから、貴方が手に入れた八咫烏の力について……」
「あ、そう八咫烏様の力! すごいでしょ! 核融合、核融合、貴方もフュージョンする?」
 かっくゆーごー、と歌うような調子で言い、右腕の制御棒をぶんぶん振り回すおくうさん。危ないからやめてほしい。というか話が噛み合ってない。
「いや、フュージョンはしないけど」
「しないの? 元気な水素がいっぱい融合してるのに。誰も敵わない究極のエネルギーよ! あ、ところで貴方誰だっけ?」
「さっき名乗ったんだけど……」
「うにゅ?」
「……私は宇佐見蓮子、こっちは相棒のメリー。地上から来た人間」
「人間? 人間が灼熱地獄に何の用なの? あ、死体になって燃やされに来たんだ! お燐が喜ぶよ! 燃料、燃料」
「そうじゃなくて! ええと、貴方のお名前は? お燐ちゃんから、おくうちゃんと聞いてるけど」
「うつほだよ!」
「うつほ? ……ああ、『空』って書いて『うつほ』だから『おくう』ちゃんなの?」
「うにゅ?」
「いや、だから……」
「そんなことより、お燐を呼んでくるよ! 新鮮な死体ふたつ来たって」
「だから燃やされに来たんじゃないしお燐ちゃんから話を聞いてきたんだってば!」
「あれ? そうだっけ? お燐の知り合いなの?」
 会話の進行に重大なエラーが発生している。相棒の得意の舌先三寸口八丁が通用しないどころか、逆に蓮子の方が彼女に振り回されている。たいへん珍しい構図を見た。
 というか会話のループからして、ひょっとしなくてもこの子、記憶力に重大な欠陥があるのではないか。前向性健忘は言いすぎにしても、短期記憶の容量が著しく少ないように見える。
 相棒もそれを察したようで、ひとつ大げさにため息をつくと、少女に向き直り、
「――もう単刀直入に訊くけど。おくうちゃん、貴方、地上侵略を考えてるって本当?」
 核心に切り込んだ。おくうさんはきょとんと目をしばたたかせ、
「うん!」
 あっけらかんと、そう頷いた。
「八咫烏様の力で灼熱地獄が蘇ったから、これで地上も火の海にしちゃうよ。そうして地上もおっきな灼熱地獄にするの!」
 まるで今日の晩御飯の話でもするように、おくうさんはそう言い放つ。
「いや、地上の人間としましては、地上を火の海にされるとちょっと困るんだけど」
「うにゅ?」
「おくうちゃん、いったいどうして、地上を侵略しようなんて考えたの?」
「地上を灼熱地獄にするためだよ!」
「いやだから、その目的というか、どうしてそうしようと思ったのか、何のために地上を灼熱地獄にしたいのか、それを訊きたいんだけど――」
「う? んんー?」
 蓮子の問いに、おくうさんは腕を組んでまた首を捻り、
「なんでだっけ?」
 思わずずっこけるようなことを言った。
「……自分でもわからないの?」
「んー、思いだせないから何でもいいや。とにかく地上を侵略すればハッピーなの!」
 なんだかチルノちゃんを相手にしている気分になってきた。蓮子は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら、「はあ」と息を吐く。
「――解ったわ。ありがとう、おくうちゃん。だけどね、ひとつ忠告しておくわ」
「なに?」
「近いうちに、貴方のその計画を止めるために、すごく強い人間が貴方のところに行くわよ」
「強い人間?」
「そう、貴方の核融合のエネルギーを持ってしても勝てないかもしれない相手」
 蓮子はそう言うけれど、はたして霊夢さんと魔理沙さんは太陽の核融合エネルギーなんていう反則的な力に勝てるのだろうか? 灼熱地獄で骨まで灰になる二人はできれば見たくない。
「誰も私を止められないよ! 核融合の力でフュージョンし尽くすがいい!」
 おくうさんが右手の制御棒を高く掲げる。何か危険な気配を感じて、私は蓮子の背後に隠れるように身を竦めた。――と、そこへ割り込んでくるのは頼れる神奈子さん。
「ほれ、そこまでだ。灼熱地獄に戻りな」
「あ、えーとなんだっけ、神様!」
「そう、地上の神様だ。もう用は済んだから、その力を使うなら灼熱地獄にしておきな」
「えー」
「灼熱地獄で友達の火車が待ってるんだろう?」
「あ、お燐! そうだった、お燐のところに戻る!」
 ばさりと翼をはためかせ、おくうさんは地底へと向かって飛び去って行く。その姿が穴の底へ消えていくのを見送って、蓮子は大きく脱力するように息を吐いた。
「いやあ……さとりちゃんにも驚いたけれど、会話が思い通りに通じない相手はそれ以上にやりにくいわ」
「あの鴉は鳥頭だからね。私の顔ももう忘れてるようだったよ」
 神奈子さんは腰に手を当ててやれやれと首を振り、それから私たちの身体を抱え上げる。
「これでいいだろう? 地上に戻るよ」
「はーい」
 不安定な足場からふわりと足が離れ、底から噴き上げる熱風に乗って私たちは地上へ向かって飛んでいく。――しかし結局、私たちは何をしにここに来たのだろう。改めて考えてみたけれど、帽子の庇を弄る相棒が何を考えているのかは、私にはやっぱり解らないのだった。




―33―


「あれ、おふたりともいらしてたんですか?」
 神奈子さんと守矢神社へ戻ると、早苗さんが目を丸くして私たちを出迎えた。
「ええ、ちょっと八坂様と秘密のお話があって」
「そうなんですか? 神奈子様」
「まあ、そんなところだ。ところで諏訪子を見なかったかい?」
「諏訪子様でしたら湖の方じゃないですか?」
「さっきは居なかったがね。まあ、見に行ってくるよ」
 そう言って神奈子さんは姿を消す。早苗さんは私たちに向き直り、「おふたりとも、神奈子様と何のお話を?」と首を傾げた。
「早苗ちゃん、今八坂様が進めてる計画について詳しいこと聞いてる?」
「エネルギー資源の件ですか? いえ、詳しいことはまだ。神奈子様、わりと秘密主義なので」
「ははあ。じゃあ八坂様が喋る前に私たちが喋るのは問題かしら」
「おふたりも関わってるんですか? えー、私気になります!」
 千反田えるみたいなことを言って詰め寄る早苗さんに、蓮子は苦笑して両手を挙げる。
「まあまあ早苗ちゃん。それはさておいて、ちょっと相談があるんだけど」
「なんですか?」
「前に、山に住んでいる仙人がこの神社に来たことがあったじゃない」
「ああ、あのひとですか? 右腕に包帯巻いてる――」
 言われて、私も思い出す。いつだったか守矢神社で、確かにそんな仙人に出会った。名前は何と言ったっけか。
「あの仙人さんがどこに住んでいるか、早苗ちゃん、知らない?」
 蓮子の問いに、早苗さんはきょとんと目をしばたたかせた。

「あの仙人さん、大鷲に乗って飛んでる姿はよく見るんですが、そういえばお屋敷はまだ行ったことないです。確か山の西側の七合目って言ってたような……」
 そんなことを言う早苗さんに抱えられて、私たちは守矢神社から妖怪の山上空へ飛び立っていた。地獄鴉に会いに地底に下りたと思えば、今度は仙人に会いに山の上だ。忙しいことこの上ない。ついでにさっきまでの縦穴と違って、冬の高空は寒い。
「……それらしき建物は見当たらないわね」
「ですねえ」
 眼下には、雪に覆われた森林が続くばかりだ。森の中に隠れるぐらい小さな家だとすれば、上空から見つけるのは困難だろうが――。
 そんなことを考えながら視線を巡らせていると、不意に視界に異物が過ぎった。
「あら?」
 私は顔を上げる。私たちと同じように、山の上空を飛んでいる影があった。天狗だろうかと思ったが、どうもシルエットが天狗らしくない。というか、あの影は――。
「ねえ蓮子、あれ――小町さんじゃない?」
「え? あら、どうもそれっぽいわね」
 私が指さした先に蓮子が目を細め、頷く。――私たちの視界の先、妖怪の山上空を飛んでいる影は、大きな鎌を担いだ赤髪の人影だ。私たちの知っている相手だとすれば、あんな大きな鎌を携えているのは、死神の小野塚小町さん以外にない。
「お知り合いですか?」
「ええ、たぶん――あ、向こうも気付いたみたいね。おーい」
 蓮子が手を振ると、ぼんやり西へと飛んでいた人影は、方向転換してこちらに向かってくる。間違いなく小野塚小町さんだった。小町さんは早苗さんにしがみついて飛ぶ私たちを見やって、不思議そうに眉を寄せる。
「おや、お前さんたち、いつぞやの――」
「覚えておいででしたか、光栄ですわ。人間の宇佐見蓮子です」
「自殺志願者でもないのに無縁塚に来る人間は珍しいからねえ。どうしてまた山の神社の巫女さんとこんなところを飛んでるんだい。空から妖怪の山を見下ろすには寒い季節じゃないか」
「いやあ、大した用ではないんですが、ちょっと知り合いの家を探していまして」
「あの、蓮子さん、こちらは?」
「ああ、早苗ちゃんは初対面? 小野塚小町さん、三途の川の船頭の死神さんよ」
「あ、その鎌、やっぱり死神でしたか! デスノートって持ってます?」
「なんだいそりゃ?」
「ないんですか……じゃあ、人間の寿命が見える目は?」
「おお、それなら持ってるよ。寿命の半分と引き換えにあげようか?」
「うわあ、目の取引って本当にできるんですね! あれ、でもデスノートがないと取引するメリットがあんまりないような……?」
「……死神の目の話をしてこんなに喜ばれたの初めてなんだが、どういうことだい?」
「色々とあるのですわ。ところで――」
 蓮子は苦笑しつつ、小町さんに向き直り、
「小町さんはどうしてこんなところに? 船頭の仕事はまたサボりですか」
 そう問うと、小町さんは「あー」と困ったように頭を掻いた。
「いや、サボってるわけじゃあないんだけどね……。ん? ひょっとしてお前さんたち、あの仙人を探してるのかい?」
「あら、小町さん、ご存じなんですか?」
「ああ、っていうかあたいもあいつの様子を見にここに来たんだがね――どうやら仙界に引きこもってるみたいだねえ。気持ちは解るけどさ。あたいも帰って暖まりたいよ」
「仙界?」
「仙人が仙術で作る異空間さ。屋敷ごと仙界に隠れてるんじゃ、あたいも見つけるのは骨だよ。わざわざ探すのも面倒だし、寒いから帰ろうと思ってたところさ」
 異空間というのは強力な結界でも張っているということなのか、それとも鈴仙さんのように高次元にでも干渉しているのか。いずれにせよ、仙人というのはなかなか強い力を持っているらしい。
「小町さん、あの仙人さんに何の用です? お迎えですか?」
「いや、あたいはお迎え担当じゃない、ただの船頭だけどね。ちょっとうちのボスがあの仙人のことを気にしてるんでね。たまに様子を見に来てるのさ」
「ボスというと、閻魔様が?」
「ああ――って、やべ。この話、内緒にしといてよ。あんまり口外する話じゃないんだった」
 片手を立てて小町さんはそう言い、それから「そっちこそ――」と目を細める。
「あの仙人に何の用だい? 弟子入りはオススメしないよ」
「いえいえ、ちょっと確認したいことがあっただけですわ。でも、隠れているんじゃ仕方ないですねえ。メリー、仙界とやらの境界、見えたりしない?」
「……少なくとも、ここからは見えないわ」
「メリーの結界探知機にも引っ掛からないとなると、相当高度なステルス機能ねえ。それじゃ仕方ないか。このまま寒い中うろうろしてても風邪引きそうだし……」
 蓮子は白い息を吐いて、それから「ああ、そうだ、ちょうどいいわ」とぽんと手を叩いた。
「小町さん、閻魔様のところに案内してもらえません?」
「うん? 四季様のところに?」
「ええ――ちょっと、閻魔様にもお話を伺いたいことがあるんです」
 蓮子の言葉に、小町さんは不思議そうに首を捻った。

「死神さん、今も私たちの寿命が見えてるんですか?」
「見えてるけど教えないよ」
「うーん、気になりますけど知りたくないような気も……。ところでお迎え担当じゃないならその鎌って何に使うんです? 死者の魂を狩るわけじゃないんですよね」
「これかい? こういうの持ってた方が死神っぽいだろう?」
「ただのファッションですか!」
「ファッションは大事だよ。ボロを着てれば心もボロってね」
 早苗さんと小町さんがそんなことを言い合いながら、私たちは無縁塚の方角へ飛んでいた。魔法の森を越えた先、再思の道も今は雪に埋もれて、さすがに彼岸花は咲いていない。この先が三途の川で、閻魔様のいる是非曲直庁という裁判所は三途の川の向こうにあるらしい。
「しかし、四季様に会わせるにも、生者に三途の川を渡らせるのはちょっとねえ」
 三途の川のほど近くに降り立って、こちらを振り向いて小町さんは首を傾げる。
「不可能ですか?」
「できないわけじゃないけど、さて、四季様になんて言われるか……」
「蓮子さん、閻魔様ってどんな人なんですか?」
「ありがたーいお説教をしてくださる方よ。早苗ちゃんなんか説教のしがいがあるわね絶対」
「ええー。お説教は勘弁してほしいです。この東風谷早苗、身に恥じるところはありませんよ!」
 まあ、早苗さんの場合、蓮子並みに反省とか自己嫌悪という言葉からは遠そうだけども。
「――そう、東風谷早苗。貴方は少し自分勝手すぎる」
 と、そこへ割り込んだ声は、聞くのは久しぶりだけれども忘れるべくもない。
「四季様!」
 小町さんが声をあげ、私たちが振り返った先。三途の川の霧の中から姿を現したのは、是非曲直庁の閻魔様、四季映姫さんである。閻魔様は早苗さんを見つめながら、
「自由奔放と言えば聞こえはいいですが、貴方のそれは無思慮、身勝手、無神経と言われても仕方ありません。貴方の問題は、他者との距離感の計り方にあります。自分が自分が、と前のめりになることだけがコミュニケーションだと思い込んでいるようでは子供と変わりありません。他者との適切な距離感を計り、相手を尊重し、自分を抑え、まずは謙虚に――」
「え、このひとが閻魔様なんですか? やだ、かわいいー!」
 その閻魔様のお説教を遮るように、早苗さんが黄色い声をあげた。さすがの閻魔様も、虚を突かれたようにその目を見開く。早苗さんは小柄な閻魔様を見下ろすようにして、
「もー蓮子さん、閻魔様がこんなちっちゃくて可愛い子だなんて、先に言ってくださいよ! リアルベッキーって感じじゃないですか! 金髪じゃないけど! 気分は姫子かレナですよ、はうぅ、かぁいいよぉ、お持ち帰りぃ〜!」
「なっ、何をするんですか、離れなさい!」
 早苗さん、閻魔様に抱きついて頬ずりを始めてしまった。「マホー!」と意味の解らないことを言って「よしよーし」と閻魔様を撫でる早苗さんに、閻魔様は「だから離れなさい、東風谷早苗! 私を何だと思っているのですか! 閻魔ですよ!」と悲鳴めいた声をあげる。
「四季様が……押されている……!?」
 おそろしい子! とでも言いそうな顔でたじろぐ小町さん。――そういえば早苗さん、いつぞやフランドール嬢も手なずけていたけれど、ひょっとしてあのときもこんな調子だったのだろうか。つくづく早苗さんは自由すぎて我が相棒以上に手に負えない。
「はいはい早苗ちゃん、そのへんにしておいて。閻魔様が泣いちゃうから」
「泣きません! 東風谷早苗、貴方という人は、地獄送りになりたいのですか!」
「現人神ですから地獄なんか行きませんもん」
「〜〜〜〜〜っ」
 閻魔様が顔を真っ赤にして唸るが、早苗さんに揉みくちゃにされて帽子がずれたり髪が乱れたりしているので、いまいち威厳がない。小町さんが口元を押さえて顔を背けた。
「――解りました。それならこちらにも考えがあります。貴方とはいずれきっちり話をつけることにしましょう」
 こほんと咳払いしてずれた帽子を直し、気を取り直したように閻魔様はこちらに向き直る。
「ところで、宇佐見蓮子。貴方は相変わらず生活態度を改めていないようですね」
「いやあ、我が身を省みるに改めるべき点があるとは思えず」
「その傲慢さがいつか身を滅ぼすと――いえ、説教は後にしましょう」
 今のこの状況では説教をしても説得力がないという自覚は閻魔様にもあるらしい。また咳払いをして、閻魔様は「それで、私に用があるようですが?」と蓮子を見上げた。
「あら、ご存じでしたか。話が早くてありがたいですわ。地底の件です」
「――地底の旧地獄に行っていたようですね、貴方たちは」
「ええ、ひょんなことから。そこで、地霊殿の古明地さとりさんにもお会いしました」
 閻魔様がぴくりと眉を動かす。
「地獄が移転したあと、地底に残した怨霊の管理を、閻魔様が彼女に任命したと聞きましたが」
「ええ、その通りです。――地獄を移転する際、あの場所に地縛霊として残る怨霊をどうするかは重要な問題でした。彼女、古明地さとりを怨霊の管理者に任命したのは、その心を読む能力が怨霊に対する抑止力となるからです。怨霊は魂、思念の塊ですからね」
「実際のところ、怨霊の管理そのものは彼女のペットが行っているようでしたが?」
「灼熱地獄にいる火車ですね。あの火車は地獄の移転前から灼熱地獄に住んでいて、怨霊の扱いに長けているのです。それをペットとして使役して管理を任せているのは、適材適所と言うべきでしょう」
「怨霊を移転先に移すことはできなかったのですか?」
「地縛霊と化した怨霊を移すことは困難です。彼らは罰を受け続けるために地獄におり、あの灼熱地獄に縛られていること自体が彼らの罰なのです。あの場所から地縛霊と化した彼らを引きはがすことは、彼らの消滅に繋がりかねません」
「ははあ――。しかし危険な怨霊を封じている旧地獄跡に、鬼たちのような危険な妖怪が住み着くことは問題ではなかったのですか?」
「鬼たちが住み着く前に、既に古明地さとりに管理させていましたから」
「ああ、地霊殿の方が鬼より古株なんですか。なるほど――」
 ぽんと手を叩き、「では」と蓮子は閻魔様へ身を乗り出す。
「地霊殿の主に閻魔様が怨霊の管理を依頼した、そのときのことを伺いたいのですが」
「――なんですか?」
「確認したいことはシンプルです。――そのとき、古明地さとりさんには、古明地こいしという、同じサトリ妖怪の妹が存在しましたか?」

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この小説へのコメント

  1. 下手なミステリー的思考だが、お空、お前がある程度話せるやつであって、あのループ会話を繰り広げることで宇佐見達にバカだと印象つけてカムフラージュしているのではあるまいな?

    ・・・ないか、2次創作的に。

  2. こいしちゃんの存在が今回の謎にどう関わるのか。そこまでに至る経緯が気になりますね。
    夫婦漫才ももっと見たいです(笑)

  3. 話し方は似てても会話の進むチルノとループするお空では…ね
    改めてプロローグを読み返してみて、旧都の住人には目立った引っかかりがなく、お燐お空も表の異変の実行犯ってだけ、となると焦点は今回の最後同様古明地姉妹なのでしょうか。華扇がどう関わって来るかも含め今後が楽しみです。

  4. ここまででの話ですが、今回の謎は今までよりも難しい気がします。それぞれに関連が無さそうで、どう繋がるのか分からないんですよね…。
    ・蓮子がなぜ困惑したか
    ・勇儀の目的(パルスィに頼んだこととは、脱出の見張りならムラサたちの活動を手助けすることはないはず)華仙が何者かもここでしょうか
    ・メリーの目に映る3種類の見え方の違い
    ・さとりの目的と、こいしが「指図を受けない」と言っている理由
    etc
    うーん難しい

  5. 霊烏路空登場しましたね~やっぱり、会話がなりたたない設定ですか~。でも、今回は色々と捲き込んでますね~八坂神奈子と洩矢諏訪子は原作通りですが、茨木華扇・四季映姫と~やっぱりそこが拝読させていただいている上での楽しみの1つですわ

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