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こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編   風神録編 第3話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編

公開日:2016年12月31日 / 最終更新日:2016年12月31日

風神録編 第3話
―7―


 幻想郷の人妖は、わりと当たり前に空を飛ぶ。博麗霊夢さんしかり、霧雨魔理沙さんしかり、射命丸文さんなどは言わずもがな。もちろん、それは幻想郷でもやはり特別なことではあって、里の住人の大多数は空を飛べない。どうやら、空を飛べるということは、幻想郷においては妖怪と戦う力を持っていることと同義であるらしい。
 なぜ飛べるのか、という問題については、科学世紀の物理学では説明がつかないが、いちおうこの幻想郷においては、それぞれ固有の妖力やら魔力やらで飛んでいるという説明がつく。たとえば魔理沙さんの場合は空を飛ぶこと自体が箒を媒介にした魔法であるそうだ(だから箒がないと長時間は飛べないらしい)。慧音さんの場合はワーハクタクになってから飛べるようになったという。以前慧音さんに聞いたところによると、基本的には飛ぶというよりはジャンプしたまま空中を滑る感覚に近いらしい。方向転換したり、空中に停止するときは、妖力を集中させてスラスターのように使うのだそうだ。だから空中で停まっているときの方が、ただまっすぐ飛んでいるときより神経を使う、とのこと。
 私たちを抱えて飛んでくれたひとでは、八雲藍さんやアリスさんもおそらく同様の飛び方をしている。魔理沙さんの箒に乗った飛び方も、基本はスラスター方式だろう。霊夢さんはまたちょっと毛色が違うらしいのだが、細かい違いは私にはよくわからない。
 ――さて、なんでいきなりこんな話をしているかと言えば。
 東風谷早苗さんの飛び方が、私にも解るほど、はっきりと霊夢さんや魔理沙さんとは違っていたからだ。彼女は、明確に風に乗っている。まるで帆船のように、進行方向へ吹く追い風に乗って飛んでいた。いや、それだけでなく、彼女が方向転換すると風向きが変わるのである。だから、帆船のよう、というさっきの形容は正しくない。帆船が風に従属するのに対し、早苗さんは風を従属させているのだ。
 風祝、という彼女の神職名も、この力に関係があるのだろう。フィクションでいうところの風使いである。かまいたちを起こす攻撃とか、あるいは相手の周囲を真空状態にして窒息させるとか、そういう技も使えるのかもしれない。強そうだ。
「もうすぐですよ。そろそろ下りますね」
 そんな益体もないことを私がぼんやり考えているうちに、私たちは妖怪の山の中腹のあたりまで飛んできていた。強く吹いていた追い風が止み、下から巻き上げてくる風で落下速度を落としながら、私たちは森の中に降下していく。舞いあがるスカートを押さえながら、私と蓮子は早苗さんの手を離れて、地面に降り立った。
「この先です。少し急な坂を上るので、気を付けてくださいね」
 早苗さんが先頭に立って、野道を歩き出す。それならもっと神社の手前で下ろしてくれれば、と一瞬思ったが、文句を言う筋合いでもないので、黙って私たちはその後に続いた。
「ここ、妖怪の山の六合目ぐらい?」蓮子が早苗さんに問う。
「ええ、そのぐらいですね」
「こんなところに神社を? 人間は来られないんじゃ」
「それが悩みどころなんですよね。今日、博麗神社に行ったのもその関係でして」
 顎に指を当てて、早苗さんは小さく唸った。なるほど、こんな山奥に神社があるから、人間の信仰を集めるにはもっと麓の拠点が必要ということか。それで博麗神社に目を付け、乗っ取ろうとしているということらしい。
 しかし、在来の神社の乗っ取りを企むとは、なかなか剣呑な神様なのかもしれない。天狗が一ヵ月も対応を協議しているというのも、ひょっとしてすごい祟り神だったりするからなのだろうか。何が来ても驚かないように覚悟だけはしておこう、と私はひとつ深呼吸する。
 ともかく、えっちらおっちら急な坂道を上っていくと、やがて大きな鳥居が見えてくる。早苗さんが軽やかな足取りで鳥居をくぐり、観光ガイドのように手を広げた。
「ようこそ、守矢神社へ! 貴方たちが記念すべき、最初の人間の参拝者です!」
 それに従って私たちは鳥居をくぐり――そして、そこに鎮座する本殿を見上げた。
 博麗神社よりも、かなり立派な神社だ。奥に本殿なのか大きな社殿があり、その手前にもうひとつ社殿が鎮座している。何より目を惹くのは、手前の社殿に結ばれた巨大な注連縄だった。博麗神社にも同様に注連縄があるが、それよりも遙かに大きい。私の知る限り、外の世界でこんな大きな注連縄を結んでいる神社といえば――。
「出雲大社?」
「違うわメリー、結びの始まりが右側だから、諏訪大社よ」
 蓮子がほう、と息を吐きながらそう呟いた。そうだった。出雲大社と諏訪大社の注連縄は結びの始まりが右か左かで違うのだ。細くなっている方が結びの終わりである。
「ほほう、よく知っているね」
 と、そこへ別の声が割り込む。威厳ある女性の声だ。だが、その声の主の姿が見当たらない。私たちが視線を巡らすと、早苗さんが不意に中空に視線を向けて「神奈子様」と呼びかけた。
 次の瞬間、早苗さんの隣の空間が歪んで、そこにひとりの女性が姿を現した。――その一風変わった姿に、私たちは目を丸くする。
 その女性は、大きな注連縄を背負っていたのだ。
「これ、参拝客の前では八坂の名で呼びなと言っているだろう」
「す、すみません」
 その女性は、軽く早苗さんの頭を小突くと、不敵な笑みを浮かべて私たちに向き直る。
「外の世界じゃあこうはいかないが、今日ばかりは神が人の姿で顕現するこの幻想郷の流儀に従おう。この守矢神社の、初めての参拝客だしね。――名は?」
「宇佐見蓮子ですわ」
「……マエリベリー・ハーンです。メリーと呼んでください」
「蓮子にメリーか。私からも歓迎しよう。ようこそ、守矢神社へ。――我が名は八坂神奈子。この守矢神社の祭神だ」
 もう幻想郷生活も長いのだ、今更この程度で驚きはしないが、しかし神様自らお出迎えとは、これは予想以上の歓迎ムードと受け取っていいのだろうか。
 八坂と言われると、元京都住民としては八坂神社がまず真っ先に思い浮かぶが、八坂神社の祭神は確かスサノオと櫛稲田姫、その子供だったはずだから、そっちではないだろう。ということは――。
「ははあ、ひょっとして八坂刀売神ご本人ですか?」
 蓮子がそう問うと、神様――神奈子さんは軽く目を見開き、「ほう」と楽しげに笑った。
「我々と同じ外の世界の人間だったそうだが――諏訪の生まれかい?」
「いえいえ、京都の人間ですわ」
「そうかい。諏訪の人間なら覚えがあるはずだから、違うだろうとは思ったが――早苗」
「あっ、はい!」
「案内しておやり。それじゃあ、ゆっくりしていきなさい、幻想郷の人間よ」
 そう言い残し、神奈子さんはふっとまたその場から姿を消してしまう。今私たちの前に現れたのも、ひょっとしたら幻像か何かだったのかもしれない。少なくとも、萃香さんのように霧になっていたとか、鈴仙さんのように位相を操って隠れていたのではなさそうだ。それならば私の目には感知できたはずである。
「珍しいですね、神奈子様が普通の人間相手にフランクに話しかけるなんて……参拝客が来てご機嫌なんでしょうか。……あ、おふたりとも神社をご案内しますね!」
 早苗さんは少し不思議そうに首を傾げてから、私たちの方を振り返って歩き出す。私たちも顔を見合わせ、その後に従った。玉砂利を踏みしめながら、私は蓮子に小声で話しかける。
「ねえ蓮子、八坂刀売神って――」
「建御名方神の妻ね。二柱合わせて諏訪大社の表向きの祭神だけど……彼女が本当に八坂刀売神なら」
 蓮子は眉を寄せ、考え込むようにしながら、頭上の巨大な注連縄を見上げた。
「諏訪大社が幻想入りしたってことになるの……?」
 蓮子が何を疑問に思っているのか、私にも察しがついた。そう、この巨大な注連縄も、八坂の名も、神奈子さんが口に出した諏訪という地名も、全てが諏訪大社を示している。だから、素直に考えればこの守矢神社は、諏訪大社が幻想入りした姿だと考えるべきだ。だが――。
 私たちは知っているのだ。――諏訪大社は、私たちの暮らしていた二〇八〇年代にも、まだ諏訪にちゃんと存在しているということを。
 なにしろ私たちは、諏訪大社を実際に参拝したことがあるのだから。





―8―


 早苗さんの案内で、神社を参拝する。手前の注連縄を結んだ社殿が神楽殿、奥の建物が拝殿で、そこから奥の本殿にあるご神体を拝むのだという。蓮子が耳打ちしたところによると、この配置は諏訪大社の下社秋宮と全く同じだそうだ。
 普通に考えれば、やはりこの守矢神社は諏訪大社だということになる。だが、現実問題として私たちがかつて暮らしていた世界にも、諏訪大社はちゃんと存続していたのだ。諏訪大社が世界から消えていた時期なんてものが存在した、などという話も聞いたことがない。
 この幻想郷の外の世界が、私たちの過去の世界だとするならば、諏訪大社が幻想郷にあるはずがないのである。だとすれば、これをどう考えるべきなのか。
「推理するには、まだ材料が少ないわね」
 早苗さんの後を歩きながら、相棒は小声で耳打ちする。
「何にしても、謎が増えるのは大歓迎だわ。幻想郷に現れた諏訪大社の正体とは? 外の世界の諏訪大社はどうなってしまったのか? ますます楽しくなってきたわね」
 目を輝かせる相棒の横で、私は小さくため息。全く、この相棒ぐらい、この世界のあらゆることを楽しんでいる人間もいないだろう。
「ところで早苗さん、こちらの神社の御利益は?」
「何でもお望みのままに。神奈子様……いえ、八坂様はその名の通り、山そのものの神様ですから、山の司るもの全てに御利益があります」
 八坂、即ち坂がたくさんある、イコール山ということか。
 早苗さんは両手を広げ、踊るようにステップする。楽しそうだ。
「メインはやはり豊作祈願でしょうか。もちろん家内安全商売繁盛、病気平癒に安産祈願に厄払い、交通安全……は幻想郷では御利益になりませんか」
「何でもありねえ。在来の神様と信仰の取り合いにならないのかしら?」
「八百万の神様がいる日本の信仰は、奪い合うものではなく共存するものですよ。お盆には先祖を祀り、ハロウィンやクリスマスを楽しむのが日本人の正しい在り方というものです」
「その割には、博麗神社を乗っ取ろうとしてたようだけれど――」
「――信仰を集められない神様が消え去るのもまた、自然の摂理です。神社は神様がいなければただの小屋ですから」
 不意に声のトーンを落とし、それから早苗さんは私たちに背を向けた。
「それじゃあもう一箇所、お二人をとっておきの場所に案内して差し上げますね」
「とっておき?」
「ええ、こっちです」
 先ほどの、一瞬の翳りなどなかったかのような笑みを浮かべて、早苗さんは軽やかな足取りで歩き出す。私たちは顔を見合わせ、その後に続いた。

 ――何があったかといえば、湖だった。
「うわあ……」
 神社の奥まった場所から、獣道を上ることしばし。不意に視界が開け、目の前に広がった光景に、私も蓮子も息を飲んだ。神社の裏手、山の中腹に、大きな湖が広がっていたのだ。麓にある霧の湖よりも明らかに広い。流れ出している川は、おそらくあの滝を経て霧の湖に流れ込み、人間の里の用水路へと続いていくのだろう。
 そして、その湖それ自体よりも壮観なのが――湖へと続く道に並び立つ、幾本もの巨大な木柱だった。守矢神社が諏訪大社だとすれば、この柱は――。
「御柱?」
「よくご存じですね! その通り、うちの神社の自慢の御柱です」
 木柱に手を掛けて、早苗さんは笑う。御柱といえば、諏訪大社の境内に佇む巨大な樅の木の柱であり、七年に一度、それを切り出す御柱祭は二〇八〇年代の諏訪においても有名な一大イベントだ。これはますますもって、守矢神社は諏訪大社としか考えられない。
「そしてこの湖も、うちの神社の一部です。私たちがこの世界に来るときに、この湖も一緒にやって来たんですよ」
「湖が?」
 私たちは顔を見合わせる。それはまた、なんという豪快な話だろう。だが、蓮子はそれで何かを得心したように、帽子を被り直した。
「……なるほど、御神渡りね」
「はい、お察しの通りです」
 蓮子の言葉に、早苗さんが頷く。――ということは、この湖は諏訪湖なのか。もっとも、外の世界の諏訪湖に比べれば明らかに小さいけれども……。
 しかし、ここまで揃えば、もはや疑う余地は全くないだろう。この守矢神社は、諏訪大社が幻想入りした姿だ。間違いない。――だが、だとすれば……外の世界では、諏訪大社が消えてしまっているのだろうか? もしそんなことが起こっているとすれば――。
「…………」
 考え込みながら、私は御柱の一本に触れる。――途端、視界に歪みを感じて、私は思わず目元を押さえた。御柱に触れたことで、私の目が隠されていたものを感知したのだ。
 それは――結界だ。この並び立つ御柱は、それ自体が何らかの結界を為している。
 しかし、それはいったい何のための結界だろう。何かの侵入を防ぐためか、それとも中にいる何かを外に出さないためなのか――私の目には、そこまでは見通せない。
「メリー? どうかした?」
「あ、ううん……何でもないわ。ちょっとくたびれただけ」
 振り返った蓮子に、私は苦笑して首を振る。この結界のことは、あとでゆっくり話した方がいいだろう。早苗さんのいる場所では、大っぴらには話しにくい。
「お疲れです? じゃあ、神社に戻ってお茶にしましょうか」
 早苗さんがそう言って、また踵を返した。私たちはそれに従いながら、湖の方を振り返る。凪いだ水面は鏡のように静止して、陽光を反射して煌めいていた。

 ――あれが諏訪湖で、この神社が諏訪大社だとするならば。
 ひとつ、私たちにとっては恐るべき可能性が浮上することになる。何でもないような顔をしているけれど、おそらく蓮子も、そのことには気付いているはずだ。
 もし、外の世界から諏訪大社と諏訪湖が消えているならば。
 この幻想郷の外の世界は、私たちのいた二〇八五年とは繋がっていないのではないか――?





―9―


 博麗神社もそうだが、守矢神社も社務所の奥がそのまま住居になっている構造らしい。社務所から住居部分に上がり込み、居間らしき和室に通される。
「ティーバッグのお茶で、すみません」
 早苗さんが三つの湯飲みを持ってきた。受け取って啜ると、なんとなく懐かしい味がする。科学世紀の京都で飲んでいた、合成のお茶の味に近いのだ。
「立派な神社ですね」
 私が言うと、早苗さんは「いえいえ、それほどでも」とお茶を啜りながら笑う。
「それに、信仰が集まらなければ宝の持ち腐れですし」
「……幻想郷にいらしたのも、そのためですか?」
 そう問うてみると、「ええ、その通りです」と早苗さんは存外あっさり頷いた。
「私たちは、失った信仰を取り戻すためにこの世界に来ました」
「……早苗さん、ご家族は?」
 蓮子が問うと、早苗さんは困ったように笑って「人間の家族は、いません」と首を横に振る。まずいことを聞いてしまったか。押し黙った私たちに、早苗さんは「あ、お気になさらず」と首を振る。
「神奈子様たちが、私の家族です」
「――たち? というと、八坂刀売神の夫である建御名方神も?」
「え? あ、ああ……ええと、まあ、そんなところです」
 と、何か誤魔化すように早苗さんは言って、慌てたように立ち上がり、「すみません、お茶菓子を用意しますね」とその場を後にする。……場の取り繕い方が下手な人だなあ、と私は目を細めた。まあ、私も他人のことは言えたものではないが……。
「怪しいわねえ。この神社には、まだ秘密がありそうだわ」
「そりゃ、一見の参拝客に全てを開けっ広げにはしないでしょう」
 楽しげな蓮子に私は肩を竦め、それから「そうだ、蓮子」と先ほどの湖の御柱に感じた結界のことを耳打ちする。「ふうん?」と蓮子は興味深げに鼻を鳴らした。
「なるほど、御柱の結界ね。ははあ、そういうこと」
「蓮子、何納得してるの?」
「そりゃ、この神社が何を隠しているのか、よ。ここが諏訪大社なら、答えは一つだわ。まさかメリー、もう忘れたなんて言わないわよね? サナトリウムの帰りに諏訪大社を参拝したとき、いろいろ話をしたでしょ? 諏訪大社の表向きの祭神と、諏訪の本当の信仰対象のこと」
「……ああ、そうか、そういうことね」
 言われて思い出した。そうだ、諏訪大社に祀られている建御名方神と八坂刀売神は、あくまで表向きの祭神なのだ。諏訪の人たちが本当に信仰しているのは――。
「まあ、もちろんそれはここが幻想入りした諏訪大社だとした場合に蓋然性の高い可能性の話でしかないから、実地に確かめてみないことには確言できないけどね」
「……蓮子、早苗さんの目を盗んで探検しようって考えてるでしょ」
「メリー、あまり乙女の頭の中を覗くものじゃないわよ」
「こういうときだけ蓮子の思考はわかりやすすぎるのよ。――今度は吸血鬼にクリスティーを読み聞かせるだけじゃ済まないかもしれないのよ?」
 懐かしの紅霧異変のときの話である。私たちは紅魔館を探検して、地下に幽閉されていた吸血鬼の少女と出会い、たまたま手にしていたアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』を何時間も読み聞かせる羽目になったことがある。おかげでフランドール嬢とは現在も友好関係にあるが、できればあんな猛獣の檻の中での綱渡りは経験せずに済ませたい。
「あら、それじゃあメリーはこの神社の謎を放っておけるの? この神社が諏訪大社そのものなら、私たち自身にも関係があるかもしれないのよ?」
「……解ってるわよ、そんなことは」
「なら、調べるしかないじゃない。秘密を暴くもの、秘封倶楽部として!」
 高らかにそう宣言する相棒に、私はため息。――と。
「博学なのも、好奇心旺盛なのも、結構なことだけどね」
 ――突然、背後から威厳溢れる声が掛けられた。驚いて振り向くと、いつの間にかそこに、八坂神奈子さんが顕現している。いや、幻像かもしれない。神様の実体はどこにあるのだろう?
 ともかく、神奈子さんは半眼で私たちを見回し、「隠していることまでこそこそと嗅ぎ回ろうとするのは、あまり感心しないよ」と蓮子を睨んだ。蓮子は両手を挙げて「これは失敬」と首をすくめ、それから猫のような笑みを浮かべて神奈子さんににじり寄った。
「では、正々堂々と質問させていただくのは構いませんかしら?」
「――――」
 虚を突かれたように神奈子さんは目を見開き、「――面白い人間だね」と、莞爾と笑った。
「いいだろう、答えられることなら答えてあげようじゃないか」
「ありがたき幸せ。それじゃあまずは単刀直入に――この守矢神社は、幻想郷に遷宮してきた諏訪大社と見なしてもよろしいのですかね?」
「それは、そっちで答えは出ているんじゃないのかい?」
「――ははあ。しかし、諏訪大社の八坂刀売神が幻想郷に流れてきてしまうとは、外の世界ではそこまで信仰が失われているのですか」
「無論、まだ信仰は残っているよ。だが、それもいずれは失われゆく運命だ。どう足掻いても、人は神を信じなくなっていく。目減りし続ける信仰にすがり続けるよりは、新天地で新たな信仰を獲得した方が将来性が高いと踏んだのさ」
「成る程。――では、この神社の祭神は、八坂様と建御名方神ですか?」
「いいや、私だけだよ」
「おや。建御名方神は一緒に幻想入りしなかったのです?」
「それも違う。――私自身が建御名方神でもあるということさ」
 不敵な笑みを浮かべ、神奈子さんはそう答える。建御名方神と八坂刀売神が同一の神? 確か、八坂刀売神は記紀に見られない諏訪固有の神だったと聞いたが……。
「それは、なかなか興味深いお話ですね。建御名方神と八坂刀売神が同一の神だとは……。むしろ、建御名方神と同一視されるのは、この神社に隠されているもう一柱の神様のことなのではないですか?」
「何のことだい。うちの祭神は私だけだと言ったはずだがね?」
 蓮子が鎌を掛けるが、それに引っ掛かるような神様ではない。泰然と言い返した神奈子さんに、「おっと、これは失礼。ではそういうことにしておきましょう」と蓮子は唇の端を釣り上げ、神奈子さんは目を細めて鼻を鳴らした。
「では、八坂様は早苗さんを連れて、二人……いえ、一人と一柱だけで幻想郷に?」
「まあ、そんなところだね。――早苗には悪いことをしたとは思っているよ」
「神奈子様! そんなことはありませんって何度も言ったじゃないですか!」
 と、そこへ羊羹を手にした早苗さんが戻ってきて、怒った顔で神奈子さんに詰め寄った。
「私は全て承知の上でここに来たんですから、神奈子様はお気になさらないでください!」
「わ、わかってるよ早苗、わかってるからね」
 どうどう、と早苗さんの肩に手を置いてなだめ、神奈子さんは改めて私たちを見つめた。
「蓮子にメリーだったね。そうだ、早苗と世代も近そうだし……お前さんたち、早苗の友達になってやっちゃくれないかい?」
「え?」
「神奈子様?」
 私たちと早苗さんは、揃ってきょとんと神奈子さんを見つめた。神奈子さんは苦笑いを浮かべて、早苗さんの肩を叩く。
「こんな山の中だ、里からそう簡単に遊びに来られる場所でもないがね……。お前さんたち、外から来て幻想郷に住み着いたんだろう? 早苗も同じ立場だ。早苗が幻想郷に馴染めるように、手を貸してやっちゃくれないか」
「か、神奈子様……私は」
「いいから、早苗。お前も、ここでは人間でいていいんだよ」
「――――」
 神奈子さんの言葉に、早苗さんが押し黙る。私たちは顔を見合わせた。――早苗さんたちの事情はよく分からない部分も多いが、しかしいずれにしろ、幻想郷における新参者であるという彼女たちの立場は、私たちが通過してきたものでもある。
 蓮子は冷めかけたお茶を啜って、目を細めて微笑んだ。
「もちろん、こちらも最初からそのつもりでしたわ。――よろしく、早苗さん」
 早苗さんににじり寄り、蓮子はその手を掴んでまた顔を近づける。早苗さんがたじろいだように顔を引いた。この光景、さっき蓮子と影狼さんの間で見たような……。
「いえ、早苗ちゃんと呼んだ方がいいのかしら? 年下よね?」
「え、あ、ええと……え、あ、お、お好きなように……」
 顔を赤くして、早苗さんはもごもごとそう答える。「じゃあ、早苗ちゃん」と笑って、蓮子は早苗さんの手を握り直した。
「それじゃあ、お話を聞かせてもらいたいわ」
「お、お話ですか?」
「そう――早苗ちゃんがいた外の世界の話。特に、私たちの知らない時代の」
「あ――そ、そうですね!」
 早苗さんは目を見開き、それから、「ええと、どこから話しましょう?」と首を傾げた。
「おふたりがこっちに来たのはいつですか?」
「何年前だっけ、メリー」
「……第一一八季だから、もう四年前よ」
 嘘は言っていない。私たちが暮らしていたのは、この時点からだと七〇年以上先のはずである二〇八五年の京都だが、幻想郷にやって来たのは四年前なのだから。
「四年前ですか! それじゃあ種は見ていたけど種デスは見てないんですね」
「種?」
「あれ、ガンダム見てませんでしたか? じゃあハリケンジャーやアバレンジャーは」
 当時のアニメか何かの話だろうか。私たちは顔を見合わせる。さすがにそのあたりの歴史はあまり詳しくないのである。
「残念ながら、そのへんは守備範囲外ですわ」
「そうですか……残念です」
 露骨にしょんぼりした顔を見せる早苗さん。――そういえば、いつの間にか神奈子さんがまた姿を消している。文字通りの神出鬼没と言うべきなのか。
「別に、早苗ちゃん自身の話でもいいのよ?」
「え、私ですか? ――いや、話すほどのことは……」
 早苗さんは首を傾げ、「あ、それより!」とぽんと手を叩いた。
「この世界では私たちが新参者なんですから、幻想郷の話を聞かせてください。過去を振り返るより、そっちの方が建設的というものです!」
 目を輝かせ、今度は早苗さんが蓮子に詰め寄る。
 私たちは何度目か、また顔を見合わせ――そして同時に、息を吐いて頷き合った。

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この小説へのコメント

  1. 私も早苗に守矢神社を案内してもらいたいなあ…。
    それにしても神奈子様は威厳ありますね。平伏したくなる神々しさを感じました。

  2. 種デスw
    いきなりガンダムの話題に入るのはさすが早苗さんですね。
    さてはて、ケロちゃんは何処にいるのか……続きを楽しみにしてます。

  3. 蓮子のたらしスキルで
    はやくも堕とされた早苗さんw。
    そこそこ友好的になった神奈子様。

    守矢神社内で粗相をした蓮子とメリーが
    巫女服で御奉仕とか
    ありませんかね……ありませんかね!?
    |ョω・)ジィーッ
    イラストとか……どうでしょうか

  4. お疲れ様です~。仕事の合間をぬって浅木様のロング・ノヴェルを読ませて頂いてます。「ハリケンジャー」と「アバレンジャー」出てきた時は「お!?私の世代か?」ってなりました

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