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こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編   風神録編 第8話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編

公開日:2017年02月04日 / 最終更新日:2017年02月04日



―22―


 ――というわけで、この守矢神社の騒動で私たちが目撃した戦いは、この霊夢さんと早苗さんの戦いだけである。この後、魔理沙さんと霊夢さんが神奈子さんとどんな戦いを繰り広げたのかは、社務所にいた私と蓮子にはあずかり知らぬ領域の話だ。
 私たちにとっては、それを見届けるより、ずっと大事なことがあったのである。

「あの、蓮子さんは本当に大丈夫です?」
「いいの。勝手に突っ走って勝手に自爆しただけなんだから。こっちこそごめんなさいね、うちの相棒が馬鹿なこと言い出して」
「え? ああ、神社の交換ですか。あれはちょっとびっくりしまして……」
「蓮子はああいうトンデモなことばっかり言ってるの。あんまり真に受けない方がいいわ」
「はあ」
「えーえー、どーせ私の言うことはトンデモですよーだ」
 社務所の一室で、私は早苗さんと膝を突き合わせていた。蓮子は部屋の隅で畳に〝の〟の字を書いていじけている。鬱陶しいからやめてほしい。
「それより、本当に怪我してない?」
「え、ああ、大丈夫ですよ。ちょっと服破けちゃいましたけど。あとで繕わないと」
 巫女服に開いた裂け目をつまんで、早苗さんは苦笑し――それから、不意に目を細めて、私の方を見つめた。どんな表情をするべきか迷ったような無表情で、早苗さんはぽつりと、呟くように口を開く。
「……変わらない、んですね」
「え?」
「私が、神の力を振るったのを見ても――」
 ――ああ、そうか。私もまた、どんな表情を浮かべるべきか迷って、そして曖昧な笑みを浮かべた。早苗さんが何を気に掛けていたのか、私が手を差し伸べたときの彼女の表情の意味、それが全部、それだけで私には判ってしまった。
 それはたぶん、私が自分の目の能力のことを、蓮子に打ち明けたときと同じだったから。
「だって、幻想郷ではあれぐらい、普通だもの」
「――普通、ですか」
「まあ、人間に限れば霊夢さんと真正面から戦えるのは特殊だけど……それでも、ああやって弾幕ごっこで戦う光景は、幻想郷の日常だから。今更、それで驚きはしないわ。早苗さんがそういう力を持ってるのは、空を飛べるだけで充分わかってるし」
「――――――」
「っていうか、最初に私と蓮子を連れて空を飛んでおいて、弾幕ごっこで私たちの見る目を気にするなんて、それこそ今更だと思うんだけど……」
 言いながら、これじゃまるで蓮子の台詞のようだ、と気付いて、私は口ごもる。相棒に悪い影響を受けてしまっている。本来、他人の内面にそんなにずけずけ足を踏み入れていいものではないはずなのだ。他者の主観認識を最大限尊重するのが相対性精神学的態度である以上は、こういう役回りは古臭い客観主義者の相棒の仕事であって――。
「そ、それは……あの、幻想郷の常識がよくわからないもので……」
 早苗さんは困ったように顔を伏せ、意味もなく両手を組み替えている。
 私も目を伏せ、次に言うべき言葉を探した。こういうとき、相棒ならすぐに、相手の懐にするりと入り込む言葉を見つけてしまうのだろうけど、私はそこまで人たらしではない。
 ただ、私には解る気がするのだ。早苗さんの恐れていたことが。
 自分が持っている特殊な力。それを晒すことで、他人の見る目が変わってしまうこと。
 一瞬前まで友達だったはずの相手から、異質なものとして遠ざけられることへの恐怖。
 それは――私も、かつて味わってきた感覚だったから。打ち明けても大丈夫だろう、と思っていても、実際に打ち明けてみないことには、相手がどんな反応をするかは決して解らない。だから怖いのだ。自分を無防備にさらけ出すことは――誰だって。
 そういうことを、うまく言葉にして、伝えられれば良いのだけれど。
「――本当のことを、言いますね」
「本当のこと?」
 私が言葉を探しているうちに、早苗さんが顔を上げ、意を決したようにそう口を開いた。私は目をしばたたかせる。早苗さんはひとつ息を吸い込み、そしておもむろに、言葉を続けた。
「私も、神様なんです」
「……え?」
「現人神なんです。外の世界では、私自身が神様として、信仰を集める存在でした――」

 ――以下は、早苗さんがそのとき語った話である。

     * * *

 私の家は、守矢の神に仕える、一子相伝の秘術を伝えてきた神職の家でした。
 ただ、その秘術は私の代で途絶えるはずでした。
 私が物心つく前に――両親が事故で他界してしまったからです。
 あ、どうかお気になさらず。私も両親のことはほとんど全く記憶にないので……。
 私は祖母の家に引き取られて育ちました。祖母はかつて、今の私と同じく守矢の風祝でしたが、本当は私に後を継がせる気は無かったのだそうです。親戚の間ではそのあたりを巡っていろいろ揉めたのだそうですが……だから私は本来なら、神に仕える立場を忘れ、普通の女の子として育てられるはずでした。
 ――そうならなかったのは、私には神様が見えたからです。

 そう、神奈子様と諏訪子様です。
 おふたりは私が両親を亡くしたときから、ずっと私のそばで私を見守ってくださっていたんです。そのためか、私は物心ついたときには、神奈子様と諏訪子様の姿が見え、その言葉が聞こえていました。私にとって神奈子様と諏訪子様は、祖母と同じように、当たり前にそこに存在する家族でした。神様と人間の間の区別なんて、私には意味がありませんでした。
 だから、私にとっての両親は、神奈子様と諏訪子様なんです。おふたりは、両親のぶんまで私にその愛情を注いで、慈しんでくださいましたから。
 祖母もかつて神奈子様と諏訪子様に仕えていましたから、その姿が見えていました。だから、我が家は私と祖母、神奈子様と諏訪子様の四人家族も同然でした。家の中にいる限りは。
 だけど、私と祖母以外の人には、神奈子様も諏訪子様も、目に見えませんし、声も聞こえません。私は最初、そのことがなかなか理解できませんでした。だって、神奈子様も諏訪子様も、はっきり目の前にいるのに――祖母にも見えているのに、それが家の外では通用しないなんて。
 祖母からは、神奈子様と諏訪子様のことは、家の外では誰にも内緒にしなさい、と釘を刺されていました。だけど、幼かった私に、それを完璧に隠しきることは不可能でした。小学校で、あっという間に私は孤立しました。嘘つき、目に見えない何かに話しかける変な子――と。ただでさえ、両親を亡くした子というだけで腫れ物扱いされるのに、常識から外れた奇矯な行動が加わったら、集団から排斥されるのは当然でした。
 そして、その立場はずっと変わりませんでした。
 私が、他の人たちと違う存在であることは、抗いようもなく事実でしたから……。

 だから私は、両親の跡を継いで、神職の道を目指すことにしました。他の人には見えない、声も聞こえない、神奈子様と諏訪子様。その姿が見え、声が聞こえ、触れあうことさえできる。そんな力を持って生まれた以上、神様に仕える道を選ぶしかないでしょう? 祖母には反対されましたが、結局私が押し切る形で、修行をすることになりました。
 そうして神奈子様と諏訪子様は、両親が私に伝えるはずだった守矢の秘術を授けてくださいました。風を操り、奇跡を起こす守矢の神の力。神奈子様と諏訪子様の力をこの身に宿し、私は奇跡を起こす風祝となりました。
 それは、神奈子様と諏訪子様への恩返しでもありました。私を見守り、私を愛してくださった、私を育ててくださった、親代わりのおふたりへの……。神様は、信仰が失われれば、消えてしまうしかありません。私は、神奈子様と諏訪子様への信仰を集めたかったんです。
 だけど、神様に祭り上げられたのは、私自身でした。

 私は生まれつき、祖母や両親よりもかなり強い力を持っていたようです。だからこそ祖母は、私に跡を継がせたくなかったのかもしれません。強い力を持った守矢の風祝は、いずれこういうことになると、祖母は知っていたのでしょう。
 始まりは私の不注意だったんです。風祝の力を行使しているところを、父方の親戚に目撃されたことでした。私の力を知ったその親戚のおじさんは、私を祭り上げて新興宗教ビジネスを始めようとしたんです。
 諏訪子様が止めてくださって、それ自体は回避されたんですけど、噂が広まってしまって。私が、奇跡を起こす力を持っていると……。奇跡にすがりたい人って、いくらでもいるんですね。本当に切羽詰まった人から、野次馬感覚の人まで、私のもとにたくさんの人が集まりました。私は、それは良くないと解っていたんですが、本当に同情すべき、救ってあげたいと思った人に対しては、つい力を使ってしまって……。それがまた噂を呼んで、結局親戚のおじさんが当初計画したのと、似たような状況になってしまいました。私を中心に、新興宗教のコミュニティみたいなものが出来てしまったんです。
 私は自由を失いました。私を信仰する人たちが、私を囲んで、奇跡を求めてくるんです。救ってあげたい人はいました。だけどもう、私自身の意志を越えて、救いを求める人たちはどんどん勝手に暴走を始めていました。もう、私の力でもこの流れは止められない。私が力を失うか、消えてしまうかしない限り、私に救いを求める人は集まり続けてしまう……。
 そんなとき、信者の人たちから私を守ってくれていた祖母が死にました。たぶん、心労だったのでしょう。朝、起きてこないので様子を見に行ったら、そのまま冷たくなっていて……。

 そうです。だから私たちは、幻想郷に来たんです。
 神奈子様と諏訪子様は、失われていく信仰を取り戻すため、と仰いますけれど……本当のところは、私を自由にするために、外の世界を捨ててくださったんです。
 後悔していないとは言いません。外の世界に捨ててきたものを惜しむ気持ちはあります。
 本当は、私は外の世界で神様になって、人を救うべきだったのかもしれないとも思います。
 だけど、私は……できたら、普通の人間になりたかったんです。
 ただ、友達と笑い合ったり、一緒に街を歩いたり、お泊まり会をして夜中まで喋り続けたり、そういう――普通の生活が、してみたかったんです。
 だから……だから、メリーさんと蓮子さんに会えて、嬉しかったんです。
 たくさん、たくさんお話しできて……お泊まり会して、里を案内してもらって……。
 そういうのが、ずっと夢だったから……。
 やっと……やっと、はじめて、普通の友達が出来たんだって……。




―23―


 すみません、と呟いて、早苗さんは俯いて何度も瞬きをしながら、ぎゅっと拳を握りしめた。
「私……たぶん、空気とか、距離感とか、読めてませんでしたよね。でも、メリーさんも蓮子さんも、そんな私に付き合ってくださって……私、嬉しくて、だから図々しく事務所に押しかけたりして……」
 ――ああ、そうか。早苗さんがずっとハイテンションだったのは、もともとそういう性格だったのではなくて、ただ舞いあがっていただけだったのか。確かに、私だけだったら早苗さんのあのテンションにはついていけなかったかもしれない。でも、私の隣には蓮子がいた。ある意味、早苗さんよりもっと空気が読めず、距離感を無視し、図々しく相手の懐に潜り込んでいってしまう相棒が。
 だから私は、目を細めて笑った。
「そんなの、蓮子よりずっとマシだから、気にしなくていいのに」
「……え?」
「ねえ、蓮子」
「メリーの言い分には反論があるけど、ま、そうね」
 私が顎をしゃくった先――早苗さんの後ろに、いつの間にかいじけモードから復活した蓮子がにじり寄っていた。そして、蓮子は早苗さんを、後ろからそっと抱きしめる。
「えっ、あっ、えっ、れ、蓮子さん?」
「むしろ、早苗ちゃんの方からどんどん自己主張してくれたから、気が楽だったわ。メリーはあんなこと言うけど、私だって気を遣ってるのよ、いろいろと。踏み込むべきところとそうでないところとの見極めとか」
「どうだか、ね」
「もう少し相棒の人間性を信用してくれてもいいじゃない、メリーってば」
「人の家の秘密を喜び勇んで嗅ぎ回る蓮子の人間性を信用しろと言われても困るわ」
「だからそこの見極めに気を遣ってるんだってば。……全く、早苗ちゃん、メリーってばひどいと思わない? 長年の相棒に対してこの言いぐさ。社会性のない引きこもり少女を外に連れ出してあげたのはどこの誰だったと思ってるの?」
「時空を超えた異世界にまで連れ出せとは言ってないわよ。もう、早苗さん、蓮子の言うことをあんまり真に受けちゃダメよ。好奇心で無数の猫を死に追いやる残虐無比なシュレーディンガーなんだから。箱の中でうたた寝してる猫を叩き起こして『ほら猫は起きていた』って無理矢理波動関数を収束させるような人間なのよ」
「多世界解釈派のくせに何言ってるのよもう。私は自分の主観認識の限界性を弁えた謙虚な名探偵よ。私の知力で確定しきれないことを断言するのは非科学的態度というもの。箱の中の猫の生死を確かめるには箱を開けるしかないっていう自明の理を実行しているだけだし、開けられない箱の中身は不確定として仮説を立てているだけだわ」
「いつかパンドラの箱を開けることになるわよ」
「そうしたら、パンドラの箱の中身が観測できるわね。パンドラの箱に入っていたものは物理的に観測可能なのか、興味深い命題だわ」
 肩越しに飛び交う言葉に、早苗さんはぽかんとした顔で蓮子と私の顔を交互に見つめる。
 蓮子はその顔に、にっといつもの猫のような笑みを浮かべ、早苗さんの頬に触れた。
「まあ、メリーの言い分はさておき――私たちだって、嬉しかったのよ。外の世界の話が通じる友達ができて。ねえメリー」
「……そうね」
「え――あ、ええと」
「だから、同じだってこと。私は早苗ちゃんや守矢神社のことが知りたいし、早苗ちゃんは私たちと幻想郷のことを知りたいんでしょう。だから、これからもっとお互い、色んなことを知り合っていけばいいと思うのよ。友達として」
「――――」
 早苗さんがぎゅっと目を瞑って、その肩を震わせた。蓮子が黙って、早苗さんの顔を胸に押し当てて、背中を叩く。私もそこに歩み寄って、早苗さんの肩に手を置いた。
 ――早苗さんが、これまで背負ってきたものを、私たちは知り得ないし、それを共有することもできない。だから安易な同情をしたって仕方ないし、早苗さんだって望まないだろう。
 私たちはただ、今目の前にいる、東風谷早苗さんという女の子と友達になればいい。
 神様だとか風祝だとか、そういうことは、この幻想郷では大した問題ではないのだから。
 今まで知り合ってきた幻想郷の人妖たちと、そうしてきたように――。

「……落ち着いた?」
「はい……すみませんでした」
 すんすんと鼻を鳴らして、蓮子の胸元から顔をあげた早苗さんは、目元を擦って首を振った。私たちは笑い合い――それから、視線で頷き合う。早苗さんが打ち明け話をしてくれたのだ、こちらも手持ちのカードを開く頃合いだろう。
「謝らなくていいってば。――というか、私たちの方こそ謝らないと。ねえメリー」
「そうね。私たちだって早苗さんに内緒にしてたことがあるし」
「内緒、ですか?」
 不思議そうに私たちを見つめた早苗さんに、蓮子がひとつ咳払いし、おもむろに口を開いた。
「実はね――私たち、早苗ちゃんと同じ外の世界の人間じゃないの」
「……はい? え、どういう意味ですか?」
「二〇八五年」
「へ?」
「私たちが、元々暮らしていた世界。――今は、外の世界だと二〇〇七年頃だっけ? その、八〇年ばかり未来の世界。私たちはそこから来た――未来人なのよ」
 蓮子のその言葉に――早苗さんは、ぽかんと口を開けて。

「――リアル朝比奈みくるですかっ!? 宇宙人と超能力者はどこにいるんですか!」

 やっぱり、二一世紀初頭のサブカルチャーの話をし始めるのだった。
 幸い、それは私にも通じる話だったのだけれども。
「超能力者は早苗ちゃんじゃないの? で、メリーが宇宙人。ほら、本の虫だし」
「誰が宇宙人よ。っていうか、蓮子がハルヒよね、どう考えても。はた迷惑なところが特に」
「八〇年後にも涼宮ハルヒは残ってるんですね!」
「相対性精神学におけるサブカルチャー史においてはわりと重要な作品だし……」
「秘封探偵事務所をSOS団に改名する? 世界を面白くするための早苗ちゃんの団」
「え、私がリーダーなんですか? というかそれならあと二人探さないと……あ、っていうか八〇年後の未来ってどうなってるんですか? ハルヒの原作って完結しました?」
「禁則事項です」
「ですよねー!」
 早苗さんが手を叩いて笑う。私たちも肩を震わせて笑い合った。

 ――たぶん、この瞬間に、私たちは本当の意味で、早苗さんと友達になったのだと思う。




―24―


「なんだい、楽しそうだね」
 ひとしきり私たちが笑い合っているところに、のっそりと神奈子さんが姿を現した。早苗さんは、今度は笑いすぎて滲んだ涙を拭って、「神奈子様、大丈夫でしたか?」と立ち上がる。
「ああ、なかなか楽しい神遊びだったよ」
「何余裕かましてんのよ、勝ったの私でしょうが」
「私もだぜ」
 と、神奈子さんの背後から現れたのは、霊夢さんと魔理沙さんだ。「げっ」と早苗さんが後じさり、霊夢さんがじろりと早苗さんを睨む。それから私たちの方を振り向いて、「ホント、あんたたちはどこにでも現れるわね」と肩を竦めた。
「もういい加減疑うのも疲れたから、そういうもんだと思うことにするわ」
「それはどうも、光栄ですわ」
「褒めてないわよ」
「まあまあ、座りなよ。これからお互いの問題について話し合うんだから」
 と、神奈子さんが促して、畳の上に座り込む。早苗さんが座布団を持って来て、霊夢さんと魔理沙さんに差し出した。
「神社の乗っ取りに関する話し合い? 魔理沙ちゃんはなんでいるの?」
「私は立会人みたいなもんだぜ」
「ただの野次馬でしょうが。――で? 私が勝ったんだから、ウチの神社からはすっぱり手を引いてもらえるんでしょうね。信仰心ぐらい自力で何とかするわよ」
 霊夢さんが神奈子さんに目を向ける。神奈子さんは「さて、それだ」と身を乗り出した。
「神社に信仰が集まらないのを何とかしないといけない、という危機感は持ってもらえたようで、まずは何よりというところだね」
「は?」
「信仰を失った神社はただの箱に過ぎない。神社を管理する巫女に、それに対する危機感がないようじゃあ話し合いにもなりはしない。まずはそこからさ」
「――何よ、つまり私に危機感を持たせるために、そこのをけしかけたってこと?」
 霊夢さんが横目で早苗さんを見やり、早苗さんが「え、え?」と首を傾げる。神奈子さんは肩を竦め、「いやいや、それはあくまで結果論だよ」と苦笑した。
「あくまで私らは、ただこの幻想郷で信仰を集めたいだけの新参者さ。だからこうして、在来の神に仕える巫女と話し合いの場を持っているわけだ」
「いいから要件を言いなさいよ」
「解った。それなら単刀直入に言おう。――博麗神社を乗っ取る気はない。その代わり、そちらの境内に、うちの分社を置かせてもらいたい。麓での信仰の拠点のひとつとして」
「分社?」
「私を祀る社さ。境内の隅っこ、小さなもので一向に構わないし、それだけを拠点にする気は無い。いずれはいくつも分社を作っていきたいが、まずは麓での信仰集めの足がかりとして、博麗神社の信仰のおこぼれに預かりたい、というところだ」
「……怪しいわねえ。それを拠点にウチを乗っ取る気じゃないでしょうね?」
「私らが信仰を集めれば、分社のある博麗神社に参拝客がやってくる」
「む」
「うちの分社を拝みに来た参拝客に、ついでに博麗神社の本殿を参拝させようと、私らは一向に構わないよ。逆に博麗神社の参拝客がウチも拝んでくれるなら、それに越したことはない。お互い、信仰を集めなきゃならないのは一緒だ。ならば足を引っ張り合うより、共同戦線を張った方が効率的だと思うが、どうかね? 博麗神社は博麗神社、守矢神社は守矢神社、その一線はきっちり引いた上で、少ない信仰を奪い合うのではなく、信仰を共有するのさ。神社は一度にいくつお参りしたって罰は当たらないからね」
「…………」
 霊夢さんは腕を組んで考え込む。
「まあ、すぐに結論を出せとは言わないさ。こちらからは以上の提案をするから、ゆっくり考えておいておくれ。私らもまずは、この妖怪の山で信仰の地盤を固めないといけないしね」
「天狗や河童を従えて悪巧みを考えてそうだな」
「従ってくれればいいんだがね。河童はともかく天狗はプライドが高そうだから、そう簡単にはいきそうもないよ。まあ、ゆっくりやるさ」
 魔理沙さんの言葉に、神奈子さんは肩を竦め、「――よし!」と手を叩いた。
「堅苦しい話はこのあたりにして、宴会といこうか。早苗、酒持っておいで」
「え? あ、は、はい!」
「って、ちょっと、人が考えてるところに勝手に話を進めないでよ」
「なに、酒を呑みながら考えればいいじゃないか。そう難しく考えることじゃない。それとも、宴会は嫌かい? 蓮子から、幻想郷の新参者は宴会で受け入れられると聞いたが」
「そうだそうだ、しかつめらしい顔してないで呑もうぜ、霊夢」
「あんたは酒呑みたいだけでしょ。――解ったわよ、もう」
 霊夢さんは大げさにため息をつき、魔理沙さんは霊夢さんの肩を抱いて笑う。
 そこへ酒瓶を持って戻ってきた早苗さんが、「え、全員呑まれるんですか?」と首を傾げた。
「何言ってんのよ。宴会は酒呑むものでしょ。そんな酒瓶一本じゃ全然足りないわよ」
「ええ? あ、そうか、幻想郷では外の世界の法律は通用しないんですね……蓮子さんとメリーさんも?」
「そりゃもちろん。美味しいお酒は大歓迎よ」
「……私はまあ、ほどほどに」
「と、とりあえずあるだけ持って来ます!」
「あ、じゃあ手伝うわ」
 私も立ち上がり、早苗さんの後を追った。「あ、すみません」と頭を下げた早苗さんは、「こっちです」と私を促して台所へと向かう。
「早苗さん、お酒飲めるの?」
「……未成年です」
「二一世紀初めだと飲酒可能年齢は二十歳以上だっけ」
「八〇年後だと違うんですか?」
「禁則事項です」
「はあ。っていうか、あの二人は……」
「……まあ、幻想郷では外の世界の常識は気にしない方がいいわよ」
 そう、だって――――――。
 ――――――――。
「メリーさん?」
「え? あ、ああ、なに?」
「どうしたんですか、急にぼーっとして」
「……そう? そんなことないと思うけど」
 私は目をしばたたかせる。早苗さんは不思議そうに首を傾げていた。
 はて、私はいったい何を考えていたんだっけ。ど忘れとは、脳の老化が始まったのだろうか。怖い話だ。あまり考えないようにしよう――。
 と、それよりお酒である。宴会が始まるのだから、たくさん用意しないと。
「あ、あっちの神様はまたのけ者にして怒らないかしら?」
「諏訪子様ですか? ……後で私が諏訪子様の大好物でも作ってお供えしておきます」
 早苗さんが身を竦めてそう答え、そういう方針なら仕方ないか、と私も頷く。
「おつまみは何かある?」
「確か柿ピーぐらいなら残ってたと思いますが……」
「材料があれば、何か作りましょうか」
「メリーさん、お料理得意なんです?」
「得意ってほどじゃないけど、こっちに来てから否応なくいろいろ覚えたわ」
「あ、じゃあ今度何か教えてください!」
「私が早苗さんから教わる方が多そうね、それ」
 早苗さんとそんなことを話しながら、台所の食糧を確かめて回る。いつもの博麗神社の宴会は咲夜さんや妖夢さんが給仕に回ってくれるけれど、今日は私がそれをやることになりそうだ。忙しくなるわね、と私はひとつ腕まくりした。

 そうして、夜遅くまで、守矢神社の一角で宴会が続いた。
 神奈子さんと、霊夢さんと、魔理沙さんと、私たちと――早苗さん。早苗さんはお酒自体を飲み慣れていないようで、あっさり酔い潰れて眠ってしまい、主に神奈子さんが上機嫌で霊夢さんと魔理沙さんに絡んで、根掘り葉掘り幻想郷について情報収集をしていた。蓮子がそこに混ざって話をややこしくしては、霊夢さんに睨まれたり魔理沙さんに呆れられたり。
 私は潰れた早苗さんに膝枕をしながら、そんな神と人の戯れを、静かに眺めていた。

 ――翌朝、早苗さんは二日酔いでダウンし、私たちは魔理沙さんの箒に乗って里に送ってもらったけれど、寺子屋に遅刻してしまい、かつ言い逃れようもない蓮子の酒臭さと外泊バレによって、授業後に慧音さんから盛大な説教と頭突きを頂戴した。

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この小説へのコメント

  1. 早苗のハイテンションにはそんな背景があったのですね。妹紅の時もそうですが、蓮子とメリーは本当に優しくて素敵なコンビだと思います。
    途中のメリーの度忘れは何かありそうですね、気になります。
    最後は笑わせて貰いました(笑)。

  2. 早苗はこの拒絶の壁を乗り越えてああいう風にはっちゃけていくんですね。幸せですねえ。
    メリーの度忘れそのものが禁則事項のような気がしますね。これも結界の力かな?
    次回も楽しみにしております。

  3. メリーの度忘れは、霊夢と魔理沙の年齢?つまり時間?タイムリープ?
    問題は、直後のメリーの反応から”『そのこと』について考えられないようにさせられている”可能性でしょうか。

  4. お疲れ様です、この創作小説を拝読させていただくにあたり、東方原作をプレイしている私にとっては知らない知識や小説で使われる見慣れない単語の意味等を知る機会なので、大変浅木様の、この小説は貴重です。早苗の過去の話を想像しながら拝読してましたらウルッと涙が零れました・・・。

  5. エピローグを読み終えたのでちょっと気になったところがあったのでまた読み返しました。
    自分が想像するにはメリーの度忘れは紫のある台詞に繋がりそう?だったのでもしかしたら進行化…など考えてしまいますね…。
    今後も展開を期待しています。

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