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こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編   風神録編 第7話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編

公開日:2017年01月28日 / 最終更新日:2017年01月28日

風神録編 第7話

―19―


 ――そう。私たちが幻想郷にやって来て、異変に巻き込まれること既に五回。
 その五回の異変で、私たちは基本的に傍観者であり、観察者に過ぎなかった。いや、紅霧異変の直接の引き金を引いたのは我が相棒だし、永夜異変で私は霊夢さんらを蓬莱山輝夜さんのところへ導いたりもしたのだが、仮に蓮子が何か言い出さなくてもいずれ退屈したレミリア嬢によって紅霧異変は起きただろうし、永夜異変だっておそらくは、私がいなくても妖怪の賢者が輝夜さんを見つけていたのではないか。
 それで言えば、今回の騒ぎも、発端の面から言えば、仮に私たちがいなかったとしても、霊夢さんはいずれ守矢神社に乗り込んで早苗さんたちと戦ったかもしれない――という意味では、これまでの異変と変わらないと言えば変わらない。
 だが、今回の騒ぎが今までと決定的に異なるのは――私たちが、正確には我が相棒が、自分の意志で、観察者ではなく解決者として、首を突っ込むことに決めたことである。
 それは、この時点で守矢神社に、相棒の興味を惹くほどの大きな謎が見当たらなかったから、かもしれない。相棒の興味は神社の謎を見つけ出して解くことより、目の前で進行しつつある博麗神社と守矢神社の宗教戦争に向いていた。
 ――おっと、では今回は相棒の妄想推理には期待できないのか? と訝しんでおられる向きには、ご安心いただきたい。この時点ではまだ、相棒がその妄想のとっかかりを掴んでいないだけのことである。――その原因は、外の世界での私たちが京都人であったことか……。
 いや、これ以上語ってしまってはネタバレというものだ。
 話を戻そう。紅葉に包まれた秋の幻想郷、夕刻の守矢神社へと。

 先行する魔理沙さんと、それを追う霊夢さんが、秋の神様姉妹を蹴散らし、厄神様の警告を受け、河童にちょっかいを出され、警備の白狼天狗と交戦し、そして射命丸文さんと対峙している頃(以上、全て後から聞いた話だが)――私たちが何をしていたかというと。
「これ、そろそろ賞味期限切れそうなので食べちゃっていただけると」
「いただきますわ」
「こんな時間にあんまり食べると夕飯入らなくなっちゃうわよ」
 早苗さんと、暢気にお茶菓子をつまんでいたのだった。
 時刻は十七時前。日没の早くなるこの時期には、そろそろ陽が暮れる頃だ。
「ところで、予め確認しておきたいんだけど、早苗ちゃん」
「はい?」
「結局、早苗ちゃんたちの目的は、この幻想郷で信仰を集めるってことでいいのよね?」
「ええ、もちろんです。唯一の神社があれほど寂れているようでは、いずれこの世界からも信仰が失われてしまうでしょう。私たちが信仰を集めることで、幻想郷の平穏も守られることになります。これぞWin-Winの関係というものです」
「幻想郷の平穏、ね。宗教の歴史は戦争の歴史だけど」
「それは否定しないがね」
 と、また唐突にその場に神奈子さんが現れた。いきなり背後から話しかけるのは心臓に悪いのでやめてほしい。
「あら、湖の方におられるのではなかったのですか、八坂様」
「神は祀られる社さえあればいくらでも自分自身を複製できるんだよ。だから私は、社のあるところにはどこにでもいるのさ」
「どこにでも現れる、ではなく、どこにでもいる、なんですか」
 私がそう問うと、「そうとも」と神奈子さんは得意げに頷いた。
「日本全国に、同じ神を祀る神社がいくつもあるだろう。神社ってのは神というホストコンピュータに接続された端末じゃなく、神社ひとつひとつが等しく神がいるホストコンピュータなのさ。そしてどんな社に祀られても、私はひとしく私だ。信仰さえ得られるならね。神はサービスを提供する側のサーバーにアクセスして遊ぶネットゲームじゃなく、個々のパソコンにインストールして遊ぶスタンドアローンなゲームだと考えればいい。別のパソコンにインストールされてもゲームの内容は一緒だ。だが、プレイしてもらえなければ意味がない」
「ははあ、分霊ってやつですね。大変わかりやすい例え、勉強になりますわ」
 蓮子が頷く。日本古来の神様のするたとえ話ではない気はするけれど、外の世界では神様もテクノロジーについていかなければ信仰も得られないのだろう。
「で、何の話だったかね?」
「八坂様たちが信仰を集めることで幻想郷の平穏を守ることになると」
「ああ、そうそう。――信仰とは、要するに規範なんだよ。人は己の信仰に基づいて己を律する。信仰心の薄い現代人には理解しにくい感覚かもしれないが」
 神奈子さんはそう言って目を細めて私たちを見つめる。――私たちは未来人なのだが。
「人間が社会性をもった生き物である以上、その行動を律する規範、ルールが必要になる。善悪の観念なくして社会は成立しない。現代――外の世界の現代においては、それは法律や道徳によって為される。だが、極言すれば法律なんてものは、紙に書かれた文字でしかないし、道徳に至ってはもっと不定形で怪しげなものだ。しかし、人間はそれに従うことで社会を成立させている。どうしてそんなことが可能なのか?」
「――それはつまり、信じているから、ですか」
 私がそう応えると、神奈子さんは我が意を得たりという顔をして頷いた。
「その通りさ。法は所詮ただの文字列だが、社会がそれを基準にシステムを構築しているがために力を持つ。なぜ法を基準にシステムが構築されるかといえば、『法を遵守する』ことを絶対の規律として皆が信仰しているからだ。宗教の役割も、本質的にはそこにある。人々に、己を律する規範を与えること。それによって、社会を安定させること。それこそが宗教の最も原始的な役割と言っていい。――故に、信仰が失われると、社会から規律が失われる。法の力を誰も信じなくなれば、法はただの無意味な文字列でしかないようにね。規律の失われた社会は混沌とし、混乱に陥るだろう。だからこそ、人間社会には信仰が必要なんだよ」
「メリー、耳が痛いんじゃないの。相対性精神学の徒、あらゆる概念への懐疑主義者として」
「相対性精神学の懐疑主義は懐疑であって否定じゃないわよ。何かを信じることを否定してるんじゃなく、自分はとりあえず疑ってかかるっていうスタンスの問題だってば」
 小声で言いながら脇腹を小突く相棒の頬を、私はつねる。「いひゃいいひゃい」と悲鳴をあげる相棒に、私はため息。
「うう、メリーってば乙女の柔肌をもっと大事にしてよ。――ところで八坂様、信仰の意味は了解しましたけれど、そのために違う宗派同士で争いが起きるのは本末転倒なのでは?」
「そりゃあ仕方ない。物事は常に二面性を持つ。異なる規範同士が相容れずに軋轢を起こすのは当然の理だ。そこをすりあわせるのが人間の理性ってもんじゃないのかい。そこまで神に責任を押しつけられちゃあたまらないね」
「なるほど、ごもっとも」
「まあ、私とて無用な争いはしたくない。だから幻想郷の信仰を一括でうちが引き受けるのが理想なんだが、麓の神社がそれを受け入れないなら、制圧か共存か」
「神奈子様たちの力をもってすれば容易いことですよ!」
 早苗さんがぐっと拳を握るが、「だといいがね」と神奈子さんは肩を竦めるばかり。
「まあ、とにかく話は麓の巫女がここに来てからだね」
 そう言い残し、神奈子さんは姿を消した。相棒は「ふむ」とひとつ唸り、お茶を啜る。
「で、どうするの名探偵さん。この異変を解決するって言ったって、私たちが弾幕ごっこで霊夢さんに勝てるわけないでしょ?」
「武力を行使しないために交渉というものがあるのよ、メリー。まあ、霊夢ちゃんのことだから、こっちの話を聞いてくれるかどうかは怪しいけど、やってみなきゃ始まらないわ」
 私たちは小声でそんなことを言い合っていると、早苗さんが小首を傾げた。
「内緒話ですか? 何か悪巧みでも?」
「乙女の秘密よ」
 蓮子がおどけてそう返す。早苗さんはころころと楽しげに笑い――それからふっと、その目を細めて、私たちを見つめた。その手が無意識にか、髪に飾られた蛇と蛙の飾りに触れる。
 その仕草に目を留めた蓮子が、「あ、そういえば早苗ちゃん」と声をあげた。
「その飾り――」
「あ、ああ。これはお守りみたいなものです。神奈子様と、諏訪子様の」
 蛇と蛙を指して早苗さんが困ったように笑いながら言う。蛇が神奈子さんで、蛙が諏訪子さんということらしい。そういえば諏訪子さんは蛙の歌が何とかとか言っていたような。
「八坂様が蛇で守矢様が蛙? そういえば建御名方神は竜神だったり蛇神だったりするわね。じゃあ、守矢様はそれに敗れた神様だから蛙なのかしら?」
「さあ……私も神話の時代を直接知っているわけじゃないので……あ、でも諏訪子様は蛙が大好きですよ。湖に蛙のお友達がたくさんいますから」
 諏訪子さんが蛙の大群を引き連れて湖を歩いている姿を思い描いてみる。可愛らしいような、微妙に気持ち悪いような。
「ええと、ともかく、これは神奈子様と諏訪子様のご加護の証なんです。おふたりの力がある限り、私は麓の信仰を失った神社なんかには負けません!」
 再び拳を握りしめ、早苗さんは高らかにそう宣言する。
 ――けれどその意気込みが不意にしぼむように、早苗さんは私たちの方をちらりと見て、不意に顔を俯けて「……負けません」ともう一度、小さく呟いた。
 その言葉の意味は、そのときの私には判らなかったのだけれど。

 霧雨魔理沙さんと博麗霊夢さんが守矢神社の境内に突入してきたのは、その十数分後。ほぼ陽が西の空に沈んだ頃だった。




―20―


 これも後から聞いた話だが、彼女たちをここに導いたのは射命丸文さんだったそうだ。
 霊夢さんと魔理沙さんが山に突入してきたという報告を受けた射命丸さんは、この神社のことを探らせるチャンスだと判断し、自ら霊夢さんたちを迎撃、わざと敗北して神社へと案内したという。天狗の里では守矢神社の扱いを決めかねていたところだったので、この機転を後に射命丸さんは高く評価されたのだとか何とか。
 ともかく――ほぼ陽の暮れた午後五時過ぎ。
「来たようです。――おふたりはどうか、ここで待っていてくださいね。お願いします」
 不意に早苗さんが緊張した顔で立ち上がり、ぱたぱたと居間を出て行った。私は蓮子と顔を見合わせ、「行くの?」と問う。答えは言うまでもなく「もちろんよ」だ。
「さあ、ネゴシエイターの出番だわ。宗教戦争という名の異変を解決するわよ!」
「危なくなったら逃げるからね、私だけで」
 ため息をつき、立ち上がった蓮子に私もついていく。蓮子がどんな交渉をする気だか知らないが、ひとりで待っているのはかえって心臓によくない。一緒に行った方が気が楽だ。
 社務所の建物を出て、薄闇に包まれた神社の境内を歩く。――ほどなく、声が聞こえてきた。
「貴方の方から来てくださるとは、うちの神様を勧請する決断を下していただけたのですか」
「ふうん、うち以外にも神社はあったのね。湖も見えたけど、湖なんてあったかしら?」
「ここは守矢神社。外の世界から神社と湖ごとこの世界に移ってきたんです」
「そりゃまた派手なことしたわね」
「この山はうちの神社がいただきます。そして貴方の神社をいただけば、幻想郷の信仰心は全て私たちのものとなり、幻想郷に平和が訪れるのです」
「そんなことしたら、幻想郷におわす八百万の神が黙ってないわよ」
「あ、お前が霊夢の言ってた、博麗神社を乗っ取りに来た巫女か?」
「私は風祝の東風谷早苗。まあ、巫女みたいなものです。そちらは霧雨魔理沙さんでしたね?」
「ん? なんで私の名前を……そうか、蓮子とメリーか。外来人同士、いったい何を企んでんだ? さっきから聞いてる限り、露骨に怪しいぜ。悪い神様は懲らしめないとな」
「そうよ、不穏なことを企んでる神様を懲らしめに来たの」
「これは幻想郷のためでもあるのですよ。信仰が失われれば、幻想郷は崩壊するでしょう」
「冗談じゃない。信仰心ぐらいこっちでなんとかするわよ」
「大げさなことを言い出す奴はだいたい悪い奴だぜ」
「話を聞いてはいただけないようですね。それなら――」
 その場の緊迫感がぐっと高まる。弾幕ごっこの始まる前の、張り詰めた糸のような静寂。
 それを破ったのは――。
「はいはいはいはい、お三方、いったんそこまで!」
 私の隣から、大きな声を張り上げて前に進み出た、我が相棒である。
「――蓮子さん?」
「は? ちょっと、またあんたたちなの?」
「蓮子? お前らなんでここにいるんだよ」
 場の空気が一気に弛緩し、三人が三人とも呆気にとられた顔で蓮子を振り向いた。
「どうもどうも、この秘封探偵事務所所長・宇佐見蓮子、幻想郷の宗教戦争を止めるべく参上しましたわ」
「宗教戦争?」
「そう。博麗神社と守矢神社、旧来の神社と新参の神社の信仰争奪戦。不毛な争いを回避し、平和裏に事を収めるため、不肖・宇佐見蓮子が交渉役の任にあたらせていただきますわ。言うなれば私はピースキーパー、幻想郷に愛と平和をもたらすタフ・ネゴシエイター。異変は会議室で起きているのではないのなら、異変の現場を会議室にしてしまえばいい」
「ここは幻想郷だ、日本語で話せよ」
 半眼で睨む魔理沙さんに、「おっと失礼」と蓮子は肩を竦め、ぽかんとした顔の早苗さんと霊夢さんを見渡す。
「さて、今回のこの宗教戦争は、この妖怪の山に外の世界からやって来た守矢神社の東風谷早苗さんが、博麗霊夢さんに対して神社の譲渡を要求したことに始まります。そうですね?」
「そ、そうよ。こいつがうちの神社を乗っ取りに来たから」
「信仰の失われた神社に、八坂様の威光をもたらし信仰を取り戻そうとしたまでです!」
「そう、早苗さんのその要求――信仰の回復と引き換えに、博麗神社の営業を停止し、守矢神社の祭神・八坂神奈子様へと神社を譲り渡すというその条件を、霊夢さんは呑まないと決断した。そうですね?」
「得体の知れない神様に乗っ取られるのも癪じゃない」
「あれだけ神社を寂れさせておいてどの口が言いますか!」
「早苗さん、博麗神社の乗っ取りは、そちらの目的の絶対条件ですか?」
「え? あ、いや、ええと……そりゃ、もちろん神社を丸ごと譲っていただけるなら、それに越したことはありませんが」
「早苗さんたち守矢神社の目的は、最終的には幻想郷の信仰心を守矢神社に一本化すること。そうですね?」
「は、はい」
「しかし、新参者である現段階ではまず、幻想郷で八坂様の認知度を高め、地道な布教をしていくところから始めないといけない。現実的にはそうですね?」
「……それは、その通りですけど」
「そして、そのための拠点として、麓の唯一の神社である博麗神社が必要であると」
「そう、です」
 完全に、蓮子がこの場を支配していた。ぬけぬけと議事を進行する蓮子に、三人ともツッコミを入れる暇もなく、ただその質問に答えている。――何ともはや。
「はい、これで両者の争点がはっきりしました。早苗さんは、博麗神社を信仰集めに利用させてもらいたい。しかし霊夢さんは、神社を乗っ取られるのは困る。博麗霊夢さん!」
「な、何よ」
「乗っ取りではなく、博麗神社の新たな祭神として八坂様を迎え入れるのも受け入れられませんか? あくまで神社は霊夢さんのもののまま、新しい神様を追加で祀る。その形なら?」
「だから、信仰心ぐらいこっちで何とかするっての。得体の知れない神様の力を借りるまでもないわよ」
「ということは、霊夢さんも、博麗神社に信仰心を取り戻したい。そうですね?」
「……そりゃ、参拝客が来るならそれに越したことはないけど」
「よろしい。――さあ、ここで交渉の余地が生まれました」
 帽子を脱いで高く掲げ、蓮子はそれで早苗さんと霊夢さんを指し示す。
「霊夢さんは、博麗神社の乗っ取りは不可だけど、信仰心は回復させたい。早苗さんは信仰集めのため、博麗神社の乗っ取りが理想ではあるけれど、現実的ではない。両者の主張は相容れませんが、お互いの求めるところははっきりしました。となれば、抜本的な解決で妥協点を見出すべきです」
「抜本的な解決ぅ? どこに妥協点があるんだよ」
 横で聞いていた魔理沙さんが声をあげる。蓮子はにっと猫のような笑みを浮かべ、帽子を被り直して、手を広げた。
「つまり、守矢神社による博麗神社の乗っ取りが不可ならば――逆にすればいいんです」
「逆?」
「そう、博麗神社が守矢神社を乗っ取ればいいんです」
 ――私を含め、その場で聞いていた全員が、あんぐりと口を開けた。

「より正確に言えば、神社の交換と言うべきでしょう。――つまり、この山の上の守矢神社を新たな博麗神社とし、麓の博麗神社を守矢神社とするんです!」




―21―


 皆が呆然とする中で、自称交渉人は滔々と、得意げに自説を開陳する。
 異変解決という名の、誇大妄想的提案を。
「こうすることで、まず守矢神社側の、麓の活動拠点が必要であるという条件が解決します。そして、山の神社が博麗神社となるので、霊夢さんも神社を乗っ取られたことにはなりません。さらに守矢神社は新参者であるために現在山の妖怪から距離を置かれていますが、博麗神社が妖怪の山に移転してきたとなれば、山の妖怪は博麗の巫女に敬意を払い、里の人々も博麗の巫女が妖怪の山に睨みを利かせているとなれば、霧の湖周辺の職漁師や麓の林業関係者の安全が保証され、里では今以上の信仰が集まるはずです。
 一方守矢神社は里で信仰を集めやすくなりますし、あくまで現在の博麗神社の場所から妖怪の山を拝謁するという形にすれば、山そのものが八坂様のご神体であることも無事説明がつきます。こんな山の中なので人間の参拝客が来られないという守矢神社の最大の問題が解決しますし、博麗神社は既に里で知られた神社なのですから、拠点が山に移っても現状の信仰は失われないでしょう。――そう、これこそまさに完璧な解決策! Win-Winとはまさにこのこと!」
 両手を広げ、ドヤ顔で胸を張る蓮子に、開いた口が塞がらないという顔の霊夢さんと早苗さんは、ほぼ同時に――叫んだ。
「却下!」
「却下です!」
 がくっ、と蓮子がつんのめる。ずり落ちた帽子を拾い上げ、「え、ダメ?」と蓮子は霊夢さんと早苗さんを見回した。霊夢さんは憤然と腰に手を当て、早苗さんは困ったように身を竦めてこちらに乗りだしながら、蓮子を睨む。
「全く、人が黙って聞いてれば、何を言い出すのよ。なんで私がこんな辺鄙な山奥に引っ越さないといけないのよ。こんな場所じゃますます参拝客が来なくなるじゃない」
「うちだってお断りです! せっかく神社ごと外から移ってきたのに、その神社をほいほい他人に渡すわけにはいきません!」
「あのね、それは私があんたたちに言いたいことなんだけど。人の神社乗っ取ろうとしておいてどの口が言うのよ」
「もともと参拝客のいない神社にうちの神社が辺鄙だとか言われたくないわ!」
「――いい度胸してるじゃない。やっぱり懲らしめてやるしかないわね」
「懲らしめるのはこっちの方よ! 神になる覚悟もなく巫女をやっているような人には、私が正しい心構えを身体に叩き込んであげます!」
 霊夢さんが剣呑な表情で大幣を構え、早苗さんも身構える。ああ、やっぱりこうなるのか。
「ったく、付き合ってられん。私は先に行くぜ!」
 魔理沙さんが箒にまたがり直し、早苗さんの脇をすり抜けて神社の奧へと飛んでいく。早苗さんと霊夢さんは同時に「あっ」と声を上げたが、魔理沙さんの姿はもう遠くなっていた。諦めたように二人はまた睨み合う。
「決着をつけるわよ」
「望むところです。――蓮子さんとメリーさんは社務所に戻ってください!」
 早苗さんが声をあげた。これはもう弾幕ごっこ不可避である。私はがっくりうなだれた蓮子の肩を掴んで揺さぶる。
「ちょっと蓮子、なに呆然としてるのよ」
「ああ、メリー……蓮子さんは一世一代の異変解決に失敗して満身創痍なの。放っておいて」
「いいから逃げるわよ! ほら!」
 私は蓮子の手を引いて、社務所の方へ引きずっていった。
 そして私たちが物陰に隠れたところで――ふたりの巫女の、華麗なる弾幕ごっこが始まった。

 例によって、私はその弾幕ごっこの美しさを語るだけの言葉を持たない。
 だが、何より目を見張ったのは、早苗さんが繰り出す数々の弾幕だった。
 吹き渡る風の中、煌めくのは五芒星。早苗さんがその手の幣を振るうたび、光が弾け、夜の闇に沈んでいこうとする境内が白昼のごとく明るく照らし出される。洪水のような弾幕の中をかいくぐり応戦する霊夢さんの顔は、どこか楽しげだった。
 光の波に乗るように佇む早苗さんが、その幣を足元に振り下ろす。まるで海を割るかのように、光の波が割れて、霊夢さんを挟み込んだ。――だが、霊夢さんはその狭間を突っ切って、早苗さんに体当たりするかのように突っ込み、交錯する。
 光の波が消え、弾かれたように距離をとった早苗さんが「……強い」と呻くのが聞こえた。
「神奈子様、力を貸してください――」
 早苗さんが目を閉じ、幣を振りかざした。再び展開される大量の五芒星。それが弾け、弾幕となって霊夢さんに襲いかかる。
「その攻撃はもう見切ったわよ!」
 霊夢さんは針の穴を通すような弾幕の隙間を悠然とかいくぐり、早苗さんに向かっていく。
 ――だが。
「準備、完了です」
 早苗さんが笑みを浮かべ、幣を掲げた。――その瞬間、轟、と風が唸りをあげた。その風に押されるように霊夢さんが中空でたたらを踏んだ。霊夢さんがかいくぐってきた五芒星が再び輝きを増し、風の檻を作りあげるようにして霊夢さんを包み込む。
「八坂の神風の前にひれ伏しなさい!」
 その風で、霊夢さんを吹き飛ばそうとするように、早苗さんがその手を振るい――。
 豪風が、全てを薙ぎ払うように吹き抜けた。

 ――だが、その風が収まったとき。
 その場には変わらず、博麗霊夢さんが佇んでいる。

「なっ――」
「生憎、風で飛ばされるほどヤワじゃないのよ!」
 愕然と目を見開いた早苗さんに向かって、今度は霊夢さんが大幣を振るい――。
 光が、早苗さんへと向かって収束していき――悲鳴を掻き消すように、炸裂した。

「強い……」
 石畳に仰向けに倒れこんで、早苗さんが呻いたその言葉は、今度は抗戦の意志ではなく、明らかな敗北宣言だった。上空から、手を払いながら霊夢さんがそれを見下ろす。
「こんなに強いのに、どうして信仰が集まらないんですか」
「それは私が知りたい」
「うちの神社の力があれば、信仰心は回復すると思うんですけど……」
「ま、それはこの後、神様に会ってから考えるわ」
「えっ――」
「さて、先に行った魔理沙は生きてるかしらね。悪い神様を懲らしめないと」
 そう言い残し、霊夢さんは神社の奥へ向かって飛び立っていく。
 私はそれを見送り、まだ横で腑抜けている蓮子を放りだして、早苗さんに駆け寄った。早苗さんは首を振りながら上半身を起こし、そして私に気付いて目を見開く。
「……メリーさん。見てらしたんですか」
「大丈夫?」
「平気です。怪我はしてませんから……でも、負けちゃいました。神奈子様の力までお借りしたのに……私の力不足ですね」
 がっくりと肩を落とし、早苗さんはため息をついて、私を振り向く。
「蓮子さんは?」
「いいの、あの馬鹿のことは。それより、あとは八坂様に任せて社務所で休みましょう」
 私がそう言って、早苗さんに手を差し伸べると――早苗さんは、不意に目を見開いて。
「……メリーさん」
「なに?」
「あ、いえ……はい、そうします」
 どこか困ったような、泣き出しそうな、だけど笑っているような――そんな奇妙な表情で、早苗さんは私の手を掴んだ。
 その早苗さんの表情の意味は、もちろんこのときの私は、まだ知らなかった。

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この小説へのコメント

  1. 蓮子の解決策には度肝を抜かれました。大胆すぎる…。
    早苗の悲しげな表情から秘封は何を感じるのか?次回を楽しみにしております。

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