東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編   風神録編 第6話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編

公開日:2017年01月21日 / 最終更新日:2017年01月21日

―16―


「道が広い! みんな和服! 蓮子さんたちの恰好、浮いてません?」
「早苗ちゃんよりは浮いてないと思うけど」
「これは風祝の制服みたいなものです!」
「まあ、和服の人が多いけど、中にはハイカラな恰好してる人もいるから。慧音さんとか」
 きょろきょろと、おのぼりさん(?)丸出しで周囲を見回す早苗さんに、私たちは苦笑する。思えば紅霧異変のとき、慧音さんに里を案内されたときの私たちも、こんな様子だったのだろう。もはや懐かしい。
「わ、人力車だ。自動車はない、電車もない、移動手段は主に徒歩ですか。自転車は?」
「自転車もないわねえ。あ、馬はいるわよ。馬持ちは里のごく一部の上流の家だけだけど」
「うーん、ますますもってタイムスリップ気分ですねえ」
「あとは舟ね。海はないけど、里の中心を流れる川は物流の根幹だし」
「水の都ヴェネツィアですね! ウンディーネが歌ったり猫が社長だったりしません? つまりここはテラフォーミングされた火星」
「何の話?」
「ARIAも通じませんか……そうか、四年前じゃアニメ化されてませんもんね」
 どうも早苗さん、昨日から会話の端々にちょくちょく私たちにはよくわからないネタを挟んでくる。どうやら二一世紀初頭のサブカルチャーの話らしいのだが、同時代のミステリが好きな私もそこまではフォローできていないのでよくわからない。
「それにしても、意外とみんなこちらに無関心なんですね」
「そう? わりと注目されてると思うけど」
「いや、もっとこう、『余所者は出ていけ』的に囲まれるものかと。こういう田舎の山村って余所者に敏感なものじゃないですか」
 早苗さんがすれ違う里の人々を見回しながら言った。早苗さんが見慣れない人間の上に多少変わった恰好をしており、かつはしゃいでいるからか、行き交う人から多少の注目は集めているが、それ以上のものではない。
「人口がそれなりに多いのと、あと人間の里ってわりと職業ごとに断絶があるのよ」
「そうなんですか?」
「南の農家は農家で、中央の商家は商家で、北や西の二次産業はそっちでまとまって、それぞれコミュニティが出来ててね。たとえば北の方に住んでる職人と、南の農家にはほとんど交流がないわけ。で、このへんの中心部は商店街だから、北の人も南の人も買い物に来る。だから見知らぬ人がいても別のコミュニティの人間だろうと見なされて、あまり気にしないのよ」
「ははあー。里の中にまたいくつかの集落がある感じですか」
「そういうことね。林業や炭坑関係の人は里の外に住んでたりするし。――だから、妖怪が人間に化けて紛れ込んでたりもするのよ」
「おおう! 大丈夫なんですかそれ、安全面的に」
「昨日も言ったけど、里の中は人間の安全地帯って決められているから。人間に化けて里に紛れ込んでくるような妖怪は、多少の悪さをすることはあるけど、里のど真ん中で人間をとって食おうなんてことはしないぐらいには分別のある妖怪よ」
「でもそれってなかなか、危ういバランスのような気もしますが……」
 早苗さんは腕を組んで唸る。確かに、幻想郷の人妖のバランスに関しては、真剣に考えると非常に危うい均衡の上に成り立っていると、私も思っている。人間が里の中で守られているのは、妖怪たちにとって人間の畏れが必要だからだ。幻想郷は認識が力を持つ世界であり、妖怪は認識の力によって存在を維持している。畏れてくれる人間がいないと、妖怪は存在できない。信仰されない神様が存在できないのと同じように。
 だから幻想郷の人間が滅ぼされることはない、それは理屈の上ではそうなっているのだが、現実問題として人間は妖怪に対して圧倒的に弱者である。そもそも妖怪の総数の方が多いのであるし、中には単独で里を滅ぼせてしまう妖怪だっているだろう。鬼とか。そんな妖怪がつい気まぐれで人間を滅ぼしてしまう可能性だって常にあるわけで、そう考えていくと人間の里が平穏を保っているのは偶然の産物に過ぎない、と言うことだってできる。もちろん、そういったことが起こらないように自警団や霊夢さんがいるのだけれども――。
「だから、要するに割り切りの問題なのよ。もちろん、里の人たちには妖怪に対する警戒心や恐怖心はあるわ。ただ、里に紛れ込んできた妖怪が突然人間を襲い始めるかも、とまで恐怖していたら幻想郷では何もできないわけ。早苗ちゃんだって、外に出かけるときにいちいち通り魔に襲われる可能性を検討はしないでしょう? 里の中で妖怪に襲われるかも、っていうのはそのレベルの可能性の話。外の世界で夜道のひとり歩きを避けるように、幻想郷では用もなく里の外に出ることをなるべく避けるぐらいの自己防衛はするけれど、それ以上はもう恐れたところで人間には対策のしようがないのよ。実際、里の境界である門の内側で人間が妖怪に襲われて殺されたって事件は、私たちがこっちに来てから聞いた限りでは一度もないわね」
「なるほど……そのあたりはもうちょっと詳しく調べたいですね」
「人妖のバランスの話?」
「はい。人間の里で今後信仰を集める際に、そのあたりをどうするか……ああ、そうだ」
 ぽんと手を叩き、早苗さんは私たちを振り返った。
「とりあえずは、手っ取り早く信仰を得られそうな農家の方を見てみたいですね!」

 というわけで、私たちは田畑が広がる里の南部へと足を向けた。田んぼには無数の稲穂が頭を垂れて、あぜ道の両側が黄金色に染まっている。どこかでのどかに蛙が鳴いていた。
「麦の収穫が終わって、稲の収穫もそろそろのはずよ。それが済んだら収穫祭」
「収穫祭ですか」
「ええ、豊穣の神様が呼ばれて、農家の人たちが宴を開いてもてなし、感謝を捧げるの」
「幻想郷の豊穣神ってどちらの神様です?」
「農家全体でひとつの神様を祀ってるわけじゃないわね。豊穣神は何人か――何柱か、って言うべきかしら。とにかく複数いて、有力な農家を中心にそれぞれ別の豊穣神を祀ってて。収穫祭にはみんな呼ばれるんだけど、神様同士でも競争心があるみたいで、収穫量の多かった神様は威張ってるし、負けた神様は悔しがってたり」
「幻想郷も自由競争の資本主義なんですねえ。――あ、お社」
 道ばたに佇む小さな社に、早苗さんが目を留めて駆け寄った。農家の人たちが、それぞれの豊穣神を祀っている社である。お供えの果物が蟻にたかられていた。しゃがみこんで社に手を合わせた早苗さんの顔には、なんだか腹黒そうな笑みが浮かんでいた。
「なるほど……こういう小さな社がこのへんには分散しているわけですか。それならウチが付け入る隙はありそうですね。うふふ」
「早苗ちゃん、悪い顔してるわよ。幻想郷の豊穣神を駆逐する気?」
「いえいえ。分散した信仰をとりまとめて効率良く分配するシステムが必要ではないかと」
「守矢神社が幻想郷農業信仰管理協会になるの?」
 著作権管理団体みたいである。中抜きのマージンで信仰を得ようというそのシステムはあまりに資本主義社会すぎやしないだろうか。
「在来の豊穣神で農業が上手く回っているなら、人間の信仰心に新規に割り込むのは難しいかもしれません。もちろん、神奈子様の力をもってすれば今以上の豊穣を約束できるはずですが、信仰の基本は救済ですから、満ち足りた人は救済を必要としませんからね……。となれば、まず神様の方と話をつけるべきですね……まあ、そのへんは神奈子様との相談ですが」
「何にしても、ほどほどにね。霊夢ちゃんに目を付けられると大変よ。って、もう目を付けられてるか……博麗神社の乗っ取りはどうするの?」
「ああ、そうですね! せっかくですから昨日の返事を聞きに行きましょう! あ、ついでにおふたりも彼女の説得のお手伝いをしていただけません?」
 立ち上がって私たちの方を振り向き、満面の笑顔で早苗さんは言う。
 悪気はないのだろうけど、私たちにいったいどうしろというのだ。私は蓮子と顔を見合わせて、ただ肩を竦めた。




―17―


 そんなわけで、私たちは早苗さんに手を引かれて空を飛び、幻想郷の東の端にある博麗神社にやって来た。これで三日連続である。まるで信心深い参拝客のようだ。
「たのもー!」
 鳥居をくぐり、早苗さんがそう声をあげる。道場破りか。
 だが、霊夢さんの反応はなく、神社は静まりかえっている。「留守でしょうか?」と早苗さんが首を傾げると、「なんだなんだ、昨日の緑じゃん」と頭上から声が降ってくる。振り仰ぐと、鳥居の上に萃香さんが腰掛けていた。だからどうしてそう変な場所にいるのだ。
「魔理沙の言ってたのはホントだったか。今度は蓮子とメリーを連れて乗り込んできたの? これならもうちょっと霊夢を引き留めとけば良かったなあ」
 鳥居から石畳の上に飛び降りて、萃香さんは瓢箪の酒を呷りながら言う。
「あら、入れ違いでしたか」
「ていうか、あんたんところに向かったんだよ」
「え? ウチに?」
「山の新しい神様とやら、やっぱり怪しいから正体を確かめに行くってさ。ついさっき」
「なんと! ど、どうしましょう。追いかけないと!」
 早苗さんはおろおろと山の方を振り返る。「まあまあ」と蓮子がその肩を叩いてなだめた。
「霊夢ちゃんは守矢神社の場所を知らないはずだから、河童や天狗から情報収集して行くはずよ。それなら、まっすぐ帰ればたぶん先に守矢神社に戻れるわ。向こうが訪ねてきてくれるんだから、神社で出迎えた方がいいんじゃない?」
「な、なるほど確かに……じゃあ、すみません、私は神社に帰ります!」
「あ、待った待った! 早苗ちゃん!」
 風を巻き起こして飛び立とうとした早苗さんの手を、蓮子が慌てて掴む。
「せっかくだから、連れてってくれない? いざというとき仲立ちもできるし」
「ちょっと蓮子!」
 私は蓮子のコートの袖を引っ張った。何を言い出すのだ。霊夢さんが動き出したということは、この先の守矢神社で何が起きるかは火を見るよりも明らかだ。これが異変なのかどうかはともかくとして、弾幕勝負は避けられない。
「何考えてるのよもう、他人の家の問題に我が物顔で」
「あら、もう私たちと早苗ちゃんは他人じゃないわよ。ねえ?」
「え? え、ええ……ええと、そうなんでしょうか?」
 蓮子の流し目に、早苗さんはなぜか顔を赤くして私と蓮子の顔を見比べる。
「友達と友達がトラブったなら、間に立ってあげるのが人情ってものじゃない」
「だ、だからって……また騒ぎのど真ん中に自分から突っ込んで行く気? 今までだって私たちさんざん霊夢さんに怪しまれてるのに、また――」
「少なくとも、今回のこれは異変じゃないでしょ。あえて言うなら宗教戦争だわ」
「……そうだけど」
「争いには中立の立場から仲裁する役目が必要なのよ。早苗ちゃんだって、博麗神社と本気で抗争を構える気はないんでしょう?」
「仁義なき戦いですか? そりゃあ、なるべく穏便に済むに越したことはないですけど……」
「なら、穏便に済ますための助太刀をしますわ。だから、今回の騒ぎに一枚噛ませて頂戴」
 ダメだ、こうなってしまっては相棒を論破するだけの言葉を私は持たない。私はため息をつき、早苗さんは困ったように首を傾げた。
「ええと、では……おふたりとも、一緒にうちの神社に?」
「……仕方ないわね。蓮子が無茶しないように私が止めないとだし」
「OK! それじゃあ早苗ちゃん、霊夢ちゃんが辿り着く前に守矢神社に戻りましょ!」
「解りました。じゃあ、おふたりとも掴まってください」
 早苗さんが両手をさしだし、私たちはその手を掴む。
 風が渦巻く中、私たちを眺めていた萃香さんが酒臭い息を吐きながら、「なんだか知らないけどさあ」と肩を竦めた。
「蓮子もメリーも、いつの間にそこの緑の巫女と仲良くなってんの?」
「男子三日会わざれば刮目して見よ、いわんや女子は一日会わざれば、よ。別に霊夢ちゃんの敵に回るわけじゃないから安心して」
「どうかね。――ああそうだ、山に向かってるのは霊夢だけじゃないよ。魔理沙も追いかけて行ったから、霊夢を追い抜いてるかもね」
「魔理沙ちゃんも? 今回の宗教戦争に彼女は関係ないと思うけど」
「あれはいつだって面白がってるだけじゃん? っていうか、山が怪しいって話を霊夢に持って来たのは魔理沙だし、霊夢が動き出した直接の原因は蓮子とメリー、あんたたちだよ」
「へ?」
 私たちは顔を見合わせる。どういうことだ?
「魔理沙のやつ、今朝方に山から里の方へ飛んでいく怪しい影を見かけたんだってさ。その影はふたりの人間を連れて飛んでいき、里の近くでその二人を下ろしてまた山へ戻っていったって。天狗かとも思ったけど、どうも恰好が霊夢に似ているし、だけど霊夢じゃない。で、連れられていた人間の方はといえば、おなじみ蓮子とメリーだ。こりゃあ山で何か起きてるな、と思って霊夢のところに来たんだってさ」
 ――それって、つまり今朝方、私たちが早苗さんに里まで送ってもらったときのことではないか。あれを魔理沙さんに見られていたのか。
「で、それを聞いた霊夢が、『またあの二人なの? なんであいつら毎回騒ぎの中心にいるのよ』って言って、『あの二人が本格的に絡んでるとなるとますます怪しいわね』って」
 なぜ毎回騒ぎの中心にって、そんなことは私の方が知りたいのだが。
 というか、それでは完全に――。
「つまり、私たちのせいで博麗神社対守矢神社の宗教戦争が始まろうとしてるってこと?」
「戦争かどうかは知らんけど、そうなるねえ」
「わーお」
「わーお、じゃないわよ! どうするのよ」
「どうするって、そりゃあ、こうなったからには責任を取らないと、ねえ?」
 蓮子はますます楽しげに、早苗さんを見やる。「はあ」と早苗さんは困惑顔。――ああ、しまった。これではますますもって、蓮子の行動に大義名分を与えてしまったも同然ではないか。
「というわけで、急ぐわよ早苗ちゃん!」
「あっ、はい! それじゃ、行きますよ!」
 渦巻く風に乗って、私たちは早苗さんとともに博麗神社の上空に舞いあがる。西に傾き始めた陽光が眩しい。小さくなっていく萃香さんと博麗神社を眼下に見下ろして、そして私たちは再び妖怪の山へ向かって空を翔ける。
 仁義なき宗教戦争(?)の舞台にならんとする、守矢神社へと向かって。




―18―


「なんか妙なことになっちゃって、ごめんね早苗ちゃん」
「いえいえ、元はといえば私がおふたりに声を掛けたわけですし、博麗神社とはどっちにしろ話をつけないといけませんでしたから、手間が省けました」
 守矢神社へ向かって飛んでいる最中、蓮子が帽子を押さえながら早苗さんにそう呼びかけた。早苗さんは苦笑して答え、「ところで」と小首を傾げる。
「魔理沙さん、というのは、昨日のおふたりのお話に出ていた魔法使いさんですよね?」
「そうよ。霊夢ちゃんの幼なじみで親友、魔法の森に暮らしている箒に乗った黒白の魔女。霊夢ちゃんが異変解決に動くときはいつも一緒に首を突っ込んでくるわね」
「蓮子さんとメリーさんみたいに、ですか?」
「いやいや、それはちょっと違うわね。私とメリーはふたりでひとつだけど、霊夢ちゃんと魔理沙ちゃんは基本は別行動というか、異変解決を競争してる感じ。別に魔理沙ちゃんは異変解決が仕事ってわけじゃないはずなんだけど、霊夢ちゃんといつも張り合ってるのよ」
「ははあ。ライバルですね! 天才型と努力型は『タッチ』の昔から王道ですけど」
「ああ、まさしくそれ。霊夢ちゃんが天才型で魔理沙ちゃんが努力型ね」
「なるほど、青春ですねえ」
 いやいや。青春、という言葉ほど霊夢さんに似合わない言葉はないと思う。魔理沙さんはともかく、霊夢さんはそういう意味では明らかに浮き世離れしている。普段は年相応の女の子に見えるけれど、根本的なところで彼女には、年相応の青臭さがない。ときどき不意に、彼女はひどく老成して見える。
 それはたぶん、霊夢さんの執着心の薄さなのだろう、と私は思っている。彼女は何事に対しても執着心が薄いのだ。それはたぶん、周囲に集まってくる人妖に対しても、一番の親友と言っていい魔理沙さんに対してさえも。霊夢さんは自分の周囲の全てのものに、どこかで線を引いている。だから彼女は、執着しない。去る者は追わず、全てをただあるがままに受け入れている。――そんな風に見える。
 その精神は、博麗の巫女という立場が生んだのか、あるいは彼女の(詳らかでない)生い立ちによるものなのか、はたまた――そのへんは、もちろん部外者の私には知るべくもないのだけれど。
 ――霊夢さんは、この外来人の少女をどんな風に見るんだろう?
 私は早苗さんの横顔を見つめる。神に仕える巫女同士、友達になるのだろうか。それとも、反目するのだろうか。あるいは魔理沙さんとアリスさんのように、仲が良いのか悪いのか、よくわからない腐れ縁のような関係に落ち着くのか。
 そして、早苗さんの方からは、博麗霊夢という少女は、どんな風に映るのだろう。
 二一世紀はじめの外の世界からやってきた少女の目に、この幻想郷で妖怪を退治し治安を守る博麗の巫女という存在は――。
 私がつらつらとそんなことを考えているうちに、私たちは守矢神社の近くまで飛んできていた。眼下に神社の建物と、その向こうの湖が見える。
「間に合ったみたいですね。下りますよ」
 早苗さんがそう言い、私たちは神社の境内に降り立った。両足が地面を踏みしめ、身体が重力を取り戻して、私はほっと一息つく。
「おかえり、早苗。どうしたんだい、妙に急いで戻ってきたようだが」
 と、そこへまたどこからともなく神奈子さんが姿を現した。
「それに、また二人を連れて来るとは――熱心に参拝してもらえるのはありがたいがね」
「どうもどうも、半日ぶりにお邪魔しますわ。早苗さんに無理を言って連れてきてもらいましたの。何かお役に立てるかと思いまして」
「役に?」
「そうです神奈子様、実は――」
 と、早苗さんが神奈子さんに事情を耳打ちする。神奈子さんは目を見開いた。
「麓の巫女が? 早苗、お前意味もなく喧嘩を売ったんじゃあるまいね」
「そんな……正当な要求をしたつもりですけれど」
 ――昨日聞いた話では、わりと恫喝気味だった気がしないでもないが。
「まあ、向こうから来てくれるなら手間が省けていいが。私も麓の巫女とは話をしてみたかったしね。……で、蓮子とメリーは何をしに来たんだい?」
「交渉の仲介役というか、両神社の知己として橋渡しになれればと」
 帽子を脱いで、蓮子は大仰に一礼する。
「それと、霊夢さんが問答無用で喧嘩を売ってきた場合の、幻想郷流の対処法について」
「対処法?」
「ご存じでなければ、幻想郷の決闘流儀、弾幕ごっこについて、非才の人間の身ながら、皆様に教えておくのも、幻想郷の先輩としての努めかと存じますわ」
 蓮子の言葉に、神奈子さんと早苗さんは不思議そうに顔を見合わせた。

 ――そう。幻想郷の新参者であり、弾幕ごっこの流儀を知らなかった守矢神社に、誰がそれを教えたかと言えば、我が相棒、宇佐見蓮子なのである。
 ちなみに紅魔館の面々は先んじての吸血鬼異変の際に、永遠亭の面々は因幡てゐさんを介して、それぞれ私たちが教えるまでもなくその流儀を把握していた。そういう意味で守矢神社は、紅霧異変以来ずっと幻想郷の新参者だった私たちに出来た、初めての完全な後輩だったのだ。
 そして同時に、この宗教戦争は、もうひとつの意味を持つ。それは――。

「……ははあ。幻想郷の人妖はそういう風にして戦うんですか」
「そう。人間と妖怪が後腐れなく勝負するための流儀。単純な力比べじゃあ、人間は妖怪に勝てないからね。霊夢ちゃんは特別だけど」
「なるほど、面白いね。いいだろう、郷に入っては郷に従え。向こうがどう出てくるかにもよるが、こっちの力を知らしめるいい機会だ。久々に血が騒ぐね」
 ポキポキと指を鳴らして、神奈子さんが獰猛な笑みを浮かべる。神様がそういうことを言い出すのはちょっと怖いと思う。
 と、早苗さんが「あの、神奈子様……」と神奈子さんの袖を引いて、何か耳打ちした。神奈子さんは目を細め、「……いや、そりゃあ問題ないだろう」と早苗さんの肩を叩く。
「向こうが巫女として力を示すなら、早苗、お前も風祝の力を示しておやり」
「……いいんですか?」
「大丈夫さ。私がそう言っているんだ。それが必要なら、安心して力を振るいな」
「――わかりました」
 ぐっと拳を握り、早苗さんは頷く。――いったい何の話だろう? 気にはなったが、内密の話のようなので詳しく聞くのも憚られる。相棒もさすがにそこは弁えているようで、興味深そうに神奈子さんたちの方を見つめてはいたが、話に首を突っ込みはしなかった。
「まあ、何にしても、まずは向こうがうちの神社まで辿り着けるかどうかだね。天狗も早苗は様子見で素通ししてるんだろうが、他の連中が山の奥に入ってこようとしたらどうするか。私は湖の方からお手並み拝見といこうか。早苗は二人と社務所で待機してな」
「はい。――諏訪子様は?」
「諏訪子には寝ててもらうよ。あれが出てくると話がややこしい。――じゃあ、ふたりは麓の巫女が来るまで社務所でゆっくりしておいき」
 作戦会議は終了したらしい。神奈子さんは姿を消し、早苗さんが「それじゃあ、こちらへ」と私たちを案内する。二度目なので、もう社務所の場所も判っているのだけれど。
 ――しかし、本当に良かったのだろうか。紅霧異変や春雪異変、永夜異変のときは、私たちが異変の中心にいたのはあくまで偶然の産物であり、私たち自身の積極的な意志によるものではない。宴会騒ぎと花の異変は、わりと積極的に首を突っ込んだ気はするが、しかしそれらでも、私たちはあくまで傍観者だった。
 だが、今回は話がいささか違う。蓮子はともすれば、今回の騒ぎに完全に介入してしまおうとしている。博麗神社と守矢神社の調停者として――。
 今回の騒ぎが異変なのかどうかはわからないが、果たして博麗の巫女は蓮子という第三者の介入をどう受け止めるのだろう?
「なにメリー、心配そうな顔して。小じわが取れなくなるわよ」
「誰のせいだと思ってるのよ。これが異変になるのかどうかわからないけど、本気で霊夢さんと早苗さんたちの間の調停をするつもりなの? 霊夢さんに何を言われるか――」
「だって、立場上見逃せないじゃない」
「そりゃあそうだけど……」
 言いよどんだ私に、蓮子はふっといたずらっぽい笑みを向けた。
「むしろメリー、これは私たちにとっての異変なのよ」
「え?」
 きょとんと目を見開いた私に、相棒は帽子の庇を持ち上げ、そして囁くように耳打ちする。
「そう、外の世界からやって来た早苗ちゃんたち守矢神社と、それを怪しむ霊夢ちゃんの博麗神社の間に起きようとしている宗教戦争。博麗神社が乗っ取られるか、守矢神社が退治されてしまうか。そもそもの原因が私たちみたいだし、これからどう転ぶにしても、目の前で起きているこの事態を、なるべく禍根が残らないように解決するために動けるのは、この幻想郷では私たちしかいない。だとすれば、これは通常の異変が霊夢さんにとって、霊夢さんが動かなければいけないものであるのと、同じことだわ」
「…………」
「そう、今回のこの騒ぎ。これに介入できるのは、早苗ちゃんと友達になり、守矢神社の秘密も知った私たち秘封探偵事務所をおいて他にないわ! つまりメリー、今回はね――」
 私の手を掴み、相棒は猫のような笑みを浮かべて、高らかに宣言する。

「他でもない、私たちがこの異変を解決するのよ!」

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この小説へのコメント

  1. 山と麓の神社の橋渡しを秘封倶楽部が架ける。面白い展開になりましたね。
    早苗の弾幕を蓮メリの二人は何を思って見るのか。楽しみですね。
    あとレイマリが仲良さそうに見えて良かったです。

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