東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編   風神録編 第11話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編

公開日:2017年02月25日 / 最終更新日:2017年02月25日

風神録編 第11話

―31―


 数日後、守矢神社と天狗の宴会が、博麗神社で開かれることになった。
 守矢神社側の出席者は、八坂神奈子さんと東風谷早苗さん。
 天狗側の出席者は、天狗の里上層部数名に、射命丸文さん。
 立会人は、博麗霊夢さん、宇佐見蓮子、それから私、マエリベリー・ハーン。――ついでに、噂を聞きつけた野次馬の霧雨魔理沙さんもその場に混ざっていた。
 神社の庭に茣蓙を敷き、守矢側と天狗側が向き合う恰好で腰を下ろす。神社の境内もすっかり色づいて、紅葉を見ながらの楽しい宴会――と言うには、いささか空気が剣呑だった。主に、天狗側が警戒心に満ちているからだが。
「まあ、そうピリピリしないで、楽にしておくれよ。宴会なんだからさ」
 神奈子さんがそう呼びかけるが、天狗側は顔を見合わせるばかり。と、そこへ射命丸さんが進み出た。他の天狗が剣呑な目を向けるが、構わず射命丸さんは神奈子さんと早苗さんを交互に見渡して、一礼。
「本日は宴会へのお招き、ありがとうございます。天魔様の代行の任を賜りました、鴉天狗の射命丸文と申します。代行ですので、この場においては私の言葉が天狗の里のトップである天魔様の言葉、ひいては天狗の里全体の方針ということになりますので、よろしく」
「お前、いつの間にそんなに偉くなったんだよ」
 魔理沙さんが茶々を入れると、射命丸さんは「実績を認められたということです」と笑い、後ろの天狗の面々は苦々しい表情を浮かべた。要するに、上層部が揉めている間に機転を利かせて事態を進めた射命丸さんが、天狗のトップからの信任を得て、この場の調整役を任されたということらしい。
「もちろんこちらとしましても、せっかくの麓での宴会ですから、楽しくやりたいのは山々ですが――何しろ、私たちはお互いのことをよく知らないわけです。まず、そちらから妖怪の山に来た目的を明かしていただけますと、安心してお酒が飲めるわけです」
「目的、ねえ。何を警戒しているんだから知らないけれど、私たちはただ、信仰を集めたいだけなんだよ。そうして、ひいてはこの幻想郷を、信仰の心で豊かにしたい」
「胡散臭いですね」
「そう言わないでおくれ。何も壺や印鑑を売りつけたり財産を全部差し出せとか言い出したりしないからね。信仰とは、そこにあるものを敬い、畏れる素朴な心のこと。そういう心を持つことで、生命、精神、物体全てが豊かになる――」
 と、厳かな声で言った神奈子さんは、ひとつ言葉を切って、いたずらっぽく笑った。
「――って、そんな堅苦しいものでもないのさ」
「へ?」
「要は、一緒に打ち解けて酒を呑む程度の信頼でいいんだよ。神社にお酒をお供えするような気軽さで、宴会に誘ってほしいのさ。そうするうちに、信頼関係が築かれていけば、それが私たちへの信仰になる。私たちの目的なんて、その程度のものだよ」
 と、神奈子さんは一升瓶を取りだして目の前に置き、「どうだい?」と目を細めた。
「あー、ま、こんな感じでフランクな神様だから、たまにはお酒でも誘ってやってよ。山で争い事とか始められると私も面倒だし」
 霊夢さんがそう言い添えると、天狗の面々は拍子抜けしたように顔を見合わせた。
 その中で射命丸さんは、どこか楽しげに笑うと、神奈子さんが置いた一升瓶を手に取る。
「ふふふ、天狗に対して『酒に誘って』とは――いいでしょう、潰れるまで毎日でも誘いますよ。ねえ、皆さん。天狗が飲み比べで負けるわけにはいかないでしょう?」
「ほう、強いんだね。私も神がかり的に強いよ」
「わ、私はほんの気持ち程度に飲めれば……」
「おやおや、気持ちって、一升ですかね。一斗?」
 射命丸さんが早苗さんに詰め寄り、早苗さんは「ひい」とたじろいだようにのけぞった。
 そんな早苗さんの反応に楽しげな笑みを浮かべて、射命丸さんは立ち上がる。
「では、天魔様代行・射命丸文が、この場において天狗の里は守矢神社と基本的に友好関係を築く方針を取ることを、宣言します。もちろん、守矢神社がこちらの満足のいく御利益をもたらしてくださることが前提ですが」
「結構。御利益のない神が信仰されなくなるのは自然なことだからね。そちらからの信仰には、我々守矢神社も誠心誠意応えようじゃないか。――ということだが、立会人のお三方、この場で守矢神社と天狗の里の友好条約が締結されたことの保証人になってもらえるね?」
「はいはい」
「もちろんですわ」
「……了解しました」
 霊夢さんと蓮子、そして私が頷くと、神奈子さんは「よし!」と手を叩いた。
「それじゃあ、楽しく呑もうじゃないか! ――っと、それから」
 と、神奈子さんは誰もいない空間に視線を向ける。――いや、私にはやっぱり、そこに誰かがいることが、実は最初から見えていたのだけれど。
「そこに隠れてるのは、河童かい? そのかぶり物、脱いだらどうだね」
「ひゅい!? うおお、光学迷彩は今度こそ完成したはずなのにー!」
 その場に姿を現したのは、案の定、河城にとりさんである。
「あやや? 椛のお友達の河童さんじゃない」
「河童も山の住人だろう? 一緒に呑まないかい」
「ひ、ひぃ……も、もろきゅう大量に用意してきます!」
 あ、逃げた。脱兎のごとく神社の石段を駆け下りていくにとりさんの背中を、みんなぽかんと見送り――そして、顔を見合わせて、笑い合った。
「よっしゃ、私らも呑むぜ、霊夢」
「あんた、タダ酒目当てで来たでしょ」
「お前だってタダ酒タダ飯目当てで場所提供したんだろ? ほら、蓮子もメリーも呑もうぜ」
「はいはい、お相伴にあずかりますわ」
「……私は気持ち程度でいいわ」
 ――その後は、いつも通りの幻想郷の宴会だった。

 かくして、守矢神社を巡る一連の騒動は、この宴会をもって事実上終結した。
 この記録が博麗神社と守矢神社の宗教戦争の記録であるならば、ここで筆を置くべきだろう。
 だが、これは我々《秘封探偵事務所》の活動記録であり、我が相棒・宇佐見蓮子の誇大妄想的推理の記録であるからして――物語は、もう少しだけ続く。

 守矢神社と天狗の宴会から、さらに数日後。
「へえ、これが守矢神社の分社? ……なんか小さくない?」
「別に、こんなもんでしょ」
 完成したという守矢神社の分社を見物しに、私たちは博麗神社を訪れていた。境内の片隅に置かれた分社は、分社というより鳥の巣箱のようなサイズである。神奈子さんはこんなサイズの分社で文句を言わないものだろうか。
「ま、これでうちの神社の信仰も戻って来るといいんだけどね」
「まず霊夢ちゃんがしっかり信仰集めに精を出すべきなんじゃないの?」
「面倒臭いわねえ」
「そんな調子だと、本当に幻想郷中の信仰を守矢神社に取られちゃうわよ?」
「そうなったらあいつらを退治しに行くわ」
 ひどい話もあったものである。
 と、そこへ「おーい」と箒に乗って魔理沙さんがやって来た。箒の先に何やら籠を提げている。境内に降り立った魔理沙さんは、「お、蓮子たちも来てたか」と軽く手を挙げた。
「栗拾ってきたぜ」
「あんた、また山に入ったの?」
「ああ、収穫の秋だからな」
「天狗に捕まっても知らないわよ」
「逃げ足なら負けないぜ。ほれ、蓮子たちも食うだろ、栗」
「あら、ありがとう。でもこのままだと持ち帰りにくいわねえ」
 イガのままむき出しで渡されても処置に困る。それに、随分大きな栗だ。霊夢さんも何やら訝しげな顔で栗をつまんでいた。
「こんな大きな栗見たことないわね。ていうかこれホントに栗?」
「化け物みたいな栗の木を見つけたんだよ。――あ、それと、妙な噂を聞いたぜ」
「栗の妖怪の噂?」
「栗は関係ないぜ。例の山の神社なんだが、天狗の噂話が聞こえてきてな。なんでも、あの神社にはもう一人神様が隠れてるらしい」
「え? 神奈子はそんなこと言ってなかったわよ」
 魔理沙さんの言葉に、霊夢さんが眉を寄せ――私たちは、思わず顔を見合わせた。諏訪子さんの存在が、天狗に露顕したのか。というか、守矢神社はいつまで諏訪子さんの存在を隠しているつもりだったのだろう?
「――あんたたち、ひょっとして私たちに隠してたわね?」
 と、霊夢さんがじろりとこちらを睨んだ。う、と私はたじろぎ、蓮子は頭を掻く。
「いやあ、なんのことやら」
「誤魔化すな。私の勘が告げてるわ、あんたたち知ってたでしょ、そのもう一人の神様を」
「勘で真実を見抜かれちゃあ名探偵の出る幕はないわねえ」
「そんな裏のある奴には見えなかったけどな、あの神様。陽気だし」
「日本の神様は陽気なものよ。――でも、怪しいわね」
「怪しいぜ。お前ら、そのもう一人の神様の居場所、知ってるのか?」
 魔理沙さんが私たちに詰め寄る。「どうするのよ」と私が蓮子のコートの袖を引くと、相棒は「そりゃあ――こうなっちゃ仕方ないわね」と帽子の庇を持ち上げて笑った。
「守矢神社の秘密を探りに行くなら、優秀な結界探知機を連れて行くのを推奨するわ」
 と、いきなり相棒は私の肩を掴んで、ずいと前に押し出す。私は慌てた。
「ちょ、ちょっと蓮子――」
「あー? 結界探知機?」
「神様は結界の向こうに隠されてるのよ。そのスキマを見破るのに長けたのがこのメリーで」
「そういえばあんた、永夜異変のときに結界の隙間を見つけてたわね」
「何の話だ? ――まあいいや、蓮子がそう言うなら、メリー借りてくぜ」
「えっえっ、ちょっと待って」
 魔理沙さんに手を引かれ、宙に浮いた箒に座らされる。抵抗する間も無い。
「ちゃんと返してね。っていうか、私も乗せてよ」
「三人乗りは定員オーバーだって言ってるだろ。霊夢に連れてってもらえよ」
「なんで蓮子を連れてかないといけないのよ」
「いやあ、私も守矢神社にちょっと用があるし。霊夢ちゃん、だめ?」
「……解ったわよ、掴まりなさい」

 ――そんなわけで、私たちは四人で守矢神社へと向かって飛び立った。
 なお、この直後、ちょうど入れ違いで、分社の様子を確認しに来た早苗さんが無人の博麗神社を訪れていたという事実を、付記しておく。




―32―


「結界って、あの柱?」
「そうそう。メリー、裂け目は見える?」
「……綺麗に張り直されてるわね、誰かさんが前に侵入したおかげで」
「お前ら、なんでいつも騒ぎの中心に先回りしてるんだよ」
「好奇心と情報収集能力の賜ですわ」
「――あ、あそこ、揺らいでるわ。最近誰か入った跡みたい」
「……メリー、あんたやっぱり紫の分身か何かなんじゃないの?」
「そんなこと言われても……」
「何でもいいぜ、突撃だ!」
 かくして、霊夢さんと魔理沙さん、蓮子と私の四人は、守矢神社奥の本殿へ突入した。
 無数の御柱が並び立つ参道を進む。以前に侵入したのは夜だったので、明るいうちにここに入るのは初めてだ。あの誰か入った跡は、神奈子さんか早苗さんか……。
 そんなことを考えながら魔理沙さんにしがみついていると、「おっと」と魔理沙さんが急制動をかけて静止した。霊夢さんもその隣で止まり、「蓮子、下りなさい」と蓮子の手を離す。急に手を放された相棒は「わっとっと」と石畳に尻餅をついた。
「メリーも下りた方がいいぜ」
「……解りました」
 私も魔理沙さんの箒から飛び降り、蓮子に手を貸して立ち上がらせた。「いたた……」とお尻をさする蓮子は、それから霊夢さんたちと対峙する神様の方を振り返る。
 八坂神奈子様は、呆れたような顔で、霊夢さんたちの前に立ちはだかっていた。
「おやおや、大勢の侵入者と思ったら――またかい」
「私らは初めてだぜ、濡れ衣だ」
「後ろの二人のことだよ。ここのことは秘密だと言っておいたはずだが?」
「いやあ、既に噂になっているようですよ、八坂様。か弱い人間が秘密を守りきるにも限度がありますわ」
「やれやれ……しかし、そう容易くこの先に進ませるわけにもいかないね」
「あんた、何を隠してるのよ」
「友人さ。――しかし、その前に私と遊んでいってもらおうか!」

 毎度のことながら、ここで繰り広げられた弾幕ごっこに筆を費やすことはしない。
 ただ、おそらく、八坂様は本気で二人を止めるつもりではなかったのだろう。戯れのような数度の弾幕の応酬の後、「参った、参った」と両手を挙げた。
「何よ、随分あっさり降参するのね」
「お前さんたちの力は解ってるがね。一応確かめたまでさ」
「力試しされる筋合いはないぜ」
「――この先にいるのは、恐るべき祟り神だからね。覚悟して進むことだ。なに、真剣に遊んでやれば悪さはしないよ。退屈しているからね」
「祟り神? そりゃ、悪さをする前に退治しないと」
「えんがちょだな。――まあいいさ、先行くぜ!」
「あ、待ちなさいよ!」
 そう言い合って、魔理沙さんと霊夢さんは競い合うように参道の奧へと飛んでいく。神奈子さんはそれを見送ってから、「さて」と腕を組んで私たちに向き直った。
「秘密を守れなければ、祟りが襲うと言っておいたはずだがね」
「いやあ、すみません。今度お酒でも奉納させていただきますので、どうかご寛恕を」
「――まあ、こっちもいつまでも諏訪子のことを秘密にしておく気はなかったから、いいんだがね。諏訪子の退屈も紛れるだろう。だが、里で一番いい酒を奉納してもらうよ」
「ははあ」
 手を合わせて蓮子は神奈子さんを拝む。私も「すみませんすみません」と頭を下げた。
「ああそうだ、早苗なら出かけているよ。ちょうど入れ違いになったかね」
「え? 博麗神社にですか」
「ああ、分社の様子を見に行っているはずさ」
「それは――タイミングが良かったと言うべきなのでしょうね」
 蓮子の言葉に、「うん?」と神奈子さんが眉を寄せた。
「どういう意味だい? 早苗に会いたくなかったのか」
「というか――八坂様に、内密のお話がありまして」
「ほう? 早苗には聞かせられないような話かい」
「ええ。――実は、私たちの正体に絡む話でもありまして。早苗ちゃんから聞いていませんか?」
「……お前さんたちが、未来から来た人間だって話か」
「はい。私とメリーは二〇八〇年代から来た未来人です。――外の世界は今、二〇〇七年ですよね?」
「ああ、そうだよ。私たちは二〇〇七年の日本から来た」
 神奈子さんのその言葉に、相棒は頷いて、
「――実は、この神社に初めて足を踏み入れたときから、私たちはこの問題に頭を悩ませていたんです。即ち、ここが諏訪大社だとしたら、外の世界の諏訪大社はどうなっているのか?」
 その瞬間、神奈子さんがすっと目を細めた。
「八坂様には申し上げるまでもないことですが、この守矢神社は諏訪大社の下社秋宮に酷似しています。御柱や湖の存在も、この神社が諏訪大社であることの傍証です。――しかし、諏訪大社が幻想郷に来たとなると、外の世界で諏訪大社は消えてしまったのか? そうだとすると困ったことになります。なぜなら、私たちの暮らしていた二〇八五年において、諏訪大社はまだ諏訪の地にきちんと存在していたからです」
「…………」
「外の世界から諏訪大社が消えているなら、外の世界は私たちの未来と繋がっていないことになってしまうわけです。これは困ります。外の世界の歴史が私たちの未来の歴史と違うものになってしまったのでは、私たちが元の未来に帰れない可能性が高まってしまうわけですから。しかし確かめようにも、私たちには外の世界に出る術がありません。なので、守矢神社が本当に諏訪大社なのか否か、というのは、私たちにとって喫緊の大問題だったわけです」
「……ここで私が、諏訪大社は外の世界に残っているよ、と言っても根本的な解決にはならないわけだね?」
「ええ。私たちにはその言葉の真偽を確かめられないわけですから。もちろん、八坂様を信じたいのは山々ですが、何しろ守矢神社は、外の世界を知る私たちから見ると、どうにも不自然な神社なわけです」
「…………」
「まず、諏訪大社だとしたら、なぜ二社四宮全てが幻想入りしていないのか。なぜ、諏訪大社ではなく守矢神社と名乗っているのか。――逆に、諏訪大社でないとしたら、なぜ諏訪大社の下社秋宮を模す必要があるのか。守矢神社が諏訪大社でもそうでなくても、どうにも上手く説明がつきません。なので、色々調べてみました。諏訪の土着信仰や、神様の性質――神霊と八百万の神の違いについて」
「勉強熱心だね。……それで、なにがしかの結論は出たのかい?」
「ええ。もちろん、これは私が集めた情報から組み立てた推論でしかありませんが。私の知り得ない手がかりが存在する可能性を否定することは出来ませんから、即座に瓦解するかもしれない推理の空中楼閣です。なので、八坂様に確認していただきたいのですよ。私のこの推論の正否を。全くの勘違いでしたら、遠慮なく論破してください」
「ふうん。いいだろう、聞こうか」
 どこか面白がるような笑みを浮かべて、神奈子さんは蓮子に向き直る。
 相棒は帽子の庇を持ち上げ、神様の顔を正面から見つめて――そして、口にした。
 その推理の根幹を為す、守矢神社の秘密の正体を。

「八坂神奈子様。――貴方は、早苗ちゃんの実の母親なのではありませんか?」




―33―


 神奈子さんの顔から、表情が消えたのは一瞬のことだった。
「はっ――はははっ、わっはっは、こりゃあ、傑作だ」
 次の瞬間、膝を叩いて神奈子さんは笑い、目元を擦ってみぞおちを押さえる。
「随分とまた、突飛なことを考えたもんだね――面白い。どうしてそんな妙な考えに至ったのか、聞こうじゃあないか」
「お褒めにあずかり恐縮ですわ。――この先はどうか怒らず聞いていただきたいのですが」
「それは、内容次第だね」
「では、僭越ながら――八坂様。貴方は本当に建御名方神、あるいは八坂刀売神なのですか?」
 その言葉に、八坂様は笑みを消して、目を剣呑に細める。
「……誰か、私は建御名方神なんかじゃないとでも言ったのかい。天狗かね?」
「情報源は明かしかねますが――そういう見解を耳にしたわけです。それに加えて、早苗ちゃんから聞いた話と、八坂様から伺った話が食い違いまして」
「うん?」
「早苗ちゃんは、八坂様は山そのものの神様であると言っていました。けれど、八坂様は自分が神霊――即ち、個人の霊が祀られた神であると仰いました。早苗ちゃんの言う通り、八坂様が山そのものの神様であるなら、八坂様は八百万の神様のはずです。その場合、分霊は不可能であるそうですね?」
「……ああ、なるほど、そこに引っ掛かったわけかい。それは、早苗の言葉足らずだね」
「というと?」
「知っての通り、うちの真の祭神は諏訪子で、諏訪子は土地に密着した八百万の神だ。だから私らは、元の神社の姿をなるべく留めたまま、この幻想郷に来なければならなかった。山を選び、湖ごと移ってきたのは、元の、外の世界での神社の姿に似せるためさ。そうして、この妖怪の山への信仰を諏訪子への信仰に結びつけるのが、私らの目的だったんだよ。ただ、祟り神の諏訪子でなく、私が表に立つことになったから、表向きも私が山の神という扱いにして、私への信仰を山への信仰、即ち諏訪子への信仰に繋げることにした。――それを、諏訪子のことを隠して説明しようとすると、早苗の言ったようなことになるわけだ」
「ははあ。やはりそういうことでしたか。――しかし」
「うん?」
「八坂様。貴方が建御名方神なら、貴方はかつて洩矢神、すなわち洩矢様と戦って勝利した身であるわけですよね。貴方が蛇、洩矢様が蛙を象っているのも、その勝敗関係の象徴なのでしょう」
「ああ、そうだよ」
「だとしたら――失礼ながら、なぜ八坂様は、そんな洩矢様の使い走りのようなことをしているのですか。自分への信仰を洩矢様への信仰に繋げる、などと――それではまるで、八坂様は、洩矢様の神意を代行する、巫女のようではないですか?」
「――――」
 神奈子さんが押し黙る。その理由は、蓮子に図星を突かれたからなのか、それとも相棒の失礼な口に気分を害したからなのかは、私の目からは計れない。
「なぜ、勝者であるはずの建御名方神がそこまでして洩矢神に尽くさなければならないのか。今の説明ですと、守矢神社の姿は全て洩矢様のためにあることになるわけです。これではまるで、勝者と敗者が逆ではないですか。辻褄が合いません。
 建御名方神が洩矢神と諏訪で協力し合ったとすれば、それは建御名方神が諏訪の土着信仰を奪いきれなかったためでしょう。実際、私たちの知る諏訪大社も、建御名方神と八坂刀売神は表向きの祭神で、実際に信仰されているのはミシャグジ神であるという説明がなされていました。諏訪の土着信仰は強固で、外来の建御名方神は単独では諏訪の民の信仰を集められなかったから、洩矢神――ミシャグジ神と協力体制を築いた。この説明は納得がいきます。
 ですが、ここは諏訪ではなく幻想郷なのです。土着信仰の基盤である諏訪の地から引き離された洩矢様と、この幻想郷でも名の知られている建御名方神である八坂様の立場は、幻想郷に移ってきた時点で完全に逆転するはずです。諏訪の土着信仰が存在しない幻想郷では、建御名方神が単独で信仰を集められるはず。わざわざ洩矢神を立てる必要はありません」
「……それは、ただの理屈だ」
 蓮子の長広舌を遮るように、八坂様は息を吐いた。
「長い間、協力し続けていれば、神だって情は移る。諏訪子と早苗をこの幻想郷に連れて来ることにした時点で、諏訪の地から引き離される諏訪子の信仰を確保することが私にとっちゃ、自分への信仰より優先すべき問題だったんだよ。――諏訪の地を離れて信仰を失った諏訪子が消えてしまったら、一番悲しむのは早苗だからね」
「でしたら、なぜ洩矢様を幻想郷に連れてきたのですか。私たちのいた二〇八〇年代でも、諏訪の地ではミシャグジ神が篤く信仰されていました。外の世界に洩矢様を残してくれば」
「そんなのは、家族だからに決まってるじゃないかい」
「――洩矢様に相談もなしに、ですか? ほとんど八坂様が勝手に決めたと、洩矢様はそう仰っていましたが」
「それは諏訪子の憎まれ口だ。諏訪子だって解ってここに来たんだよ」
「……なるほど。これは失礼なことを申し上げました。謝罪いたします」
 蓮子はひとつ頭を下げると、指を一本立てた。
「では、次なる疑問点を確認させてください。――守矢神社は、諏訪大社なのか、そうでないのか。その問題を」
「――そう確認するってことは、お前さんは諏訪大社ではないと考えているんだね?」
 神奈子さんは腕を組んで言う。蓮子は「――そうです」と頷いた。
「繰り返しになりますが、守矢神社の最大の謎は、その中途半端さでした。諏訪大社だとしたら、二社四宮が揃わず、諏訪大社を名乗らないことが疑問。諏訪大社でないとしたら、諏訪の信仰とは縁の無いこの幻想郷で、半端に諏訪大社を模していることが疑問。――しかし、この疑問は、単純なひとつの可能性の見落としなのではないか、ということに気付きました」
「見落とし?」
「そうです。――守矢神社は外の世界にあった時点から、諏訪大社を模した別の神社であったという、極めてシンプルな答えです」
 横で聞いていた私は、思わず口を押さえた。――言われてみれば、当たり前の結論である。私たちは「守矢神社が幻想郷で諏訪大社を模していること」に囚われすぎていたのだ。守矢神社が、最初から諏訪大社もどきの神社であったと考えれば、あの中途半端さは簡単に説明がついてしまうではないか。
「そうでなければ、守矢神社のあの中途半端さの説明はつかないんです。――そもそも、諏訪の信仰と縁のないこの幻想郷では、守矢神社が外の世界の諏訪大社に似ているという事実を認識できるのは、外の世界を知る者だけです。諏訪大社を知らない人が守矢神社を見ても、諏訪大社だとは思いません。だとすれば、守矢神社が諏訪大社を模していることは、幻想郷においては何の意味もない。ただ、元からそうであったに過ぎない。それを私たちが、半端に外の世界の知識を持っていたために、不必要な意味を見出してしまったに過ぎないんです」
 ああ、そうか。認識したのが私たちだから、この問題は重大な問題になってしまったのか。
 守矢神社が諏訪大社に似ているというのは、この幻想郷においては、決して一般的な認識たりえない。「諏訪大社を模す意味がないのに何故模すのか」という問いは、そもそも問いの段階で間違っている。「諏訪大社を模す意味がない」なら、「模していることそのものに意味が無い」と考えるべきだったのだ。
 だけど私たちは諏訪大社の知識があったから、そこに意味を探してしまった。無意味な文字の羅列の中に、偶然意味の通る文章が発生しているのを見て、暗号に違いないと思い込んで解読しようと無駄な努力をしていたに過ぎないのだ。
「さて、そうだとすると――守矢神社が諏訪大社もどきの神社であるとするならば、どういうことになるでしょうか。八坂様が建御名方神であることは否定されるでしょうか? いいえ。八坂様は神霊ですから、守矢神社が諏訪大社とは別に建御名方神を祀っていたとすれば、八坂様は守矢神社にも存在することになるはずです。では、洩矢様が洩矢神、ミシャグジ神であることは否定されるでしょうか? これも否です。いやむしろ、守矢神社はミシャグジ神としてまとめられてしまう以前の、洩矢神そのものを祀った神社だと考える方が自然です。守矢神社という名前は、洩矢神に由来すると考えるべきでしょう。――となれば、守矢神社はその祭神までほぼ忠実に諏訪大社を模した神社であったと考えられます。いや、ひょっとしたら諏訪大社の方こそが、守矢神社を模した神社なのかもしれません。――さて、これで綺麗に全てに説明がついたでしょうか?」
「…………」
「否です。なぜ守矢神社が幻想郷に来なければならなかったか。――その謎が解き明かされていません」
「そいつは、私の口から説明したはずだがね」
「目減りする信仰に見切りを付けて、新天地で新たな信仰の開拓を目指した――なるほど、それは一面では納得できる説明です。――また、別の一面として、私たちは早苗ちゃんから彼女の過去を聞きました。物心つく前に両親を亡くし、祖母に引き取られて育った。幼い頃から、祖母以外の人には見えない八坂様と洩矢様の姿が見え、家族として暮らした。けれど、他人に見えないものが見える能力のために周囲に溶け込めず、祖母の反対を押し切って神職を継ぐことにし、八坂様たちから守矢の秘術を授けられた。――その奇跡の力を知られてしまい、早苗ちゃん自身が神様として信仰されるようになってしまった。……おおよそ、そんな物語でした」
「…………」
「早苗ちゃんは、八坂様たちが、自分を神様の地位から解放するために外の世界を捨ててくださったのだと、そう感謝していました。――けれど、その話を聞いた私は、それもまた一面に過ぎないのでは、と思いました。即ち、八坂様と洩矢様に危機感を与えるほど、その信仰を奪ったのは、早苗ちゃん自身なのではないか。早苗ちゃんが神様として祀られたことで、八坂様と洩矢様の信仰が奪われた。だから八坂様たちは、幻想郷に引っ越して、早苗ちゃんを神様から普通の人間に近づけようとしたのではないか――」
 神奈子さんは何も答えない。ただ、無表情に沈黙している。
「そう考え、その答えに一度は納得しかけました。けれど、ふと疑問に思ったのです。――現人神に祀られたのは、早苗ちゃんが初めてのことだったのだろうか? と」
「…………」
「早苗ちゃんは、その力のことを、一子相伝の守矢の秘術と説明していました。神の力を振るい、奇跡を起こす秘術。霊夢ちゃんと神社で戦ったときに、私もその片鱗を目にしましたが、確かにあんな力を外の世界で振るったならば、神様として祀られるのも納得です。そもそも飛べる時点で外の世界では神様になれます。――それが、早苗ちゃんが突然変異的に得た力であるならば、彼女の説明で納得がいくのです。ですが、それは一子相伝の秘術だというのです。ということは、早苗ちゃんの亡くなったご両親も、かつて同じ風祝だったというお祖母さんも、同じように守矢の秘術を使うことが出来たはずではないでしょうか?」
 神奈子さんは、何も答えない。
「外の世界の、科学世紀の理屈を超えた守矢の神の力。十代の少女が神様に祀り上げられてしまうような力。代々それを行使する家系が存在したならば――早苗ちゃん以前にも、神様に祀り上げられた風祝がいたはずです。いや、むしろこう考えるべきではないでしょうか。――早苗ちゃんの家系は、代々現人神の家系であったと。そして、早苗ちゃんを信仰していた人々は、早苗ちゃんの噂を聞いて集まってきた人ではなく、元から彼女の家系を信仰していた人々であったのではないか。――つまり、早苗ちゃん自身がそう認識していなかっただけで、もともと早苗ちゃんの家は、宗教団体の教祖様の家系だったのではないか、と」
「…………」
「だとすれば、彼女の祖母が早苗ちゃんに跡を継がせたくなかったというのも、それを巡って親戚が揉めたということも、彼女があっという間に神様に祀り上げられてしまったことも、全て説明がつくのです。早苗ちゃんの両親――その宗教団体の教祖であったのでしょう両親が、幼い早苗ちゃんを残して事故死した時点で、お祖母さんは教団を解散して、早苗ちゃんには普通の人生を歩ませるつもりだった。けれど、教団幹部や信者はそれを許さなかった。――早苗ちゃんが学校で疎んじられたのも、神様が見えるからではなく、宗教団体の教祖の家であることが周囲に知られていたからではないのですか?」
「…………」
「その宗教団体の神社こそが《守矢神社》で、表向きの祭神は洩矢神――しかし実際に信仰されているのは、洩矢神の力を行使する風祝である東風谷の家系。早苗ちゃんの過去が、実際はそういう構図であったと考えると――そこに噛み合わない存在が現れます。八坂様です」
「…………」
「そう、洩矢神を祭り、その秘術を伝えるからこそ《守矢神社》であるならば――そこに、建御名方神や八坂刀売神がいる必要も、諏訪大社を模す必要もないわけです。その宗教団体は、諏訪の土着信仰から発展した宗教のはずですから、外から来た建御名方神の出番はない。それなのに、守矢神社には八坂様がいる。諏訪大社でなく、洩矢神を祀る神社ならば、どうして守矢神社に八坂様がいなければならないのか?」
「…………」
「そこで、私は小耳に挟んだわけです。八坂様が建御名方神ではなく、もっと若い神様である、と。どこの誰だか解らない人間を祀った神様である、と。――もしそれが正しいとしたら。八坂様が建御名方神でも八坂刀売神でもなく、本来は守矢神社にいるはずのない神様であったとしたら。――だとしたら、八坂様が建御名方神を名乗り、洩矢様がそれに敗れた者として蛙の姿を象り、それに合わせて守矢神社が諏訪大社を模していることの目的は、ひとつです。――即ち、八坂様が守矢神社にいないはずの神様であることを、誰かの目から隠すため」
「…………」
「誰の目から隠しているのか? 答えはひとつ。早苗ちゃんです。八坂様と洩矢様は、八坂様が本当は守矢神社の祭神でもなんでもないことを、早苗ちゃんの目から隠さなければならなかった。なぜか? それは、八坂様の正体を早苗ちゃんに知られないためです」
「…………」
「建御名方神でも八坂刀売神でもなく、本来守矢神社にいるはずがない神様。けれど、早苗ちゃんが物心ついたときから、洩矢様と一緒に早苗ちゃんのそばにいた神様。ずっと家族のように早苗ちゃんを見守り続けてきた神様。現人神に祀られた早苗ちゃんを、その立場から解放してあげたいと願うほどに、早苗ちゃんを深く愛している神様」
「…………」
「神霊とは、個人の霊を祀った神様であると聞きました。だとすれば、亡くなってすぐの人間であっても、それを祀る人がいれば、その霊は神霊となるはずです。それが、元から現人神として信仰を集めていた人間ならば、むしろ神霊にならない方が不自然と言えるでしょう。そう、守矢の秘術を受け継いで、神の力を振るっていた人間ならば。そんな人間が、幼い娘を残して不慮の事故で亡くなるという、強い未練を残した霊となったならば――」
「…………」
「そして、洩矢神という強大な祟り神の力を振るってきた現人神の神霊ならば、年若い神様であっても、天狗が畏れるほどに強い神様となることも、あり得るのではないでしょうか。その力となる信仰は、本人だけでなく、その家系が背負ってきた信仰なのですから」
 蓮子は、そこでようやく言葉を切って、神奈子さんを見つめた。
 神奈子さんは、ただ沈黙を保ち続けている。

「――私の推理は、以上です。いかがでしたでしょうか、八坂神奈子様。――いえ、人間としての生前のお名前は、東風谷神奈子さん、なのでしょうか?」

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

この小説へのコメント

  1. 八坂様は早苗の御祖母ちゃんかと思っていました。(大外れ)
    前回メリーが提示した謎の順番通りに蓮子の推理が展開されていて、とても読みやすかったです。
    一体蓮子の妄想力はどこからやって来るのか、そして八坂様がずっと黙っていのが怖い…

  2. ぐぬぬ。。。
    この話を先に読んでいれば…人気投票、守矢三柱に入れたのに…。

  3. 八坂様は早苗の親族だろうなあと思ってましたが、そういうことかと納得しました。しかしそれならなぜ「八坂」になったのだろうか?蓮子の想像力はそこまで及んでいるのだろうか。

  4. 口授に八百万の神である諏訪子は分霊可能と明記されてますが、これは阿求が敢えて自説を変えたって言う解釈なんでしょうか。

  5. お疲れ様です~まさか、神奈子様が早苗の亡くなった母親の神霊であるという点に凄く驚愕です。いや~私もまだまだ勉強不足だなっと思わせる話でした。次作はエピローグになるのでしょうか?楽しみです。 それにしても浅木様の想像と創造力が寛大過ぎて凄いという表現以外見当たりません

一覧へ戻る