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こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編   風神録編 エピローグ

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第6章 風神録編

公開日:2017年03月04日 / 最終更新日:2017年03月04日

風神録編 エピローグ


 相棒のその問いかけに、神奈子さんはそれでも答えなかった。蓮子は帽子の庇をちょっと持ち上げて、神奈子さんに向けた目を細める。
「もちろんこの話は、何の証拠もない、聞きかじった話から組み立てた推論の空中楼閣に過ぎません。八坂様がこれを論破してくださるならば大歓迎ですし、そうでなくても別に肯定していただかなくて結構です。この推理は、要するに私たちが守矢神社は諏訪大社ではないという結論を導き出す過程で生まれた副産物のようなものですから。――早苗ちゃんのいないところでないと話せない、と言った理由も、おわかりいただけたかと思いますが――」
 そう言い募る蓮子の前で、腕を組んで沈黙した神奈子さんは――。
 不意に、その肩を震わせて、その身体を丸めた。
「八坂様?」
 蓮子が眉を寄せて、そう呼びかけると、神奈子さんは顔を上げ、
「――ははっ、あっはっは! いや、これは本当に傑作だ!」
 手を叩いて、そう呵々大笑した。相棒はぽかんと目を見開いて、「ひぃ、苦しい」と脇腹を押さえて身を震わす神奈子さんを見つめる。
「そうかい、そうかい。そういう結論に至ったのかい。なるほど、これは大した名探偵だ。いや、皮肉じゃないよ。正直、私も驚いているんだからね。結論がやや的を外したとはいえ、そこまで事実にニアミスされちゃあ、こっちは兜を脱ぐしかない。――実際、真実に相当近いところまでいっていたよ」
「――というと?」
「認めよう。うちは諏訪大社ではなく、私も建御名方神じゃあない。そこは天狗にも見抜かれたようだから、潔く認めるさ。だが――よもやそこから、私が早苗の実の母親の神霊という結論になるとはね。いやあ、惜しい」
 くくっ、と笑い、「誤解を訂正しておこう」と御柱の一本に手を掛け、神奈子さんは言った。
「先に言っておくが、うちの神社に関するお前さんの推論は、ほとんど事実の通りだよ。そこはよくぞ見抜いた。守矢神社は洩矢神――諏訪子を祀る神社で、早苗の家は洩矢神の血を受け継ぎ、その力を行使する風祝。だから諏訪子は早苗の遠い先祖にあたる」
「え? 洩矢神は八百万の神だったのでは……?」
「八百万の神だって、人と交われば、子ぐらい為すさ。諏訪子は守屋山への信仰から生まれた神だが、強い信仰の力で実体を持ったことで人と交わり、子孫ができた。それが東風谷の家だ」
 神様にそう言われてしまえば、こちらに反論の言葉はない。確かに諏訪子さんは実体を持っているのだから、収穫祭に来る豊穣神などと同じことなのだろう。
「……では、八坂様は?」
「私の正体に関する推論も、ほぼ正解だ。洩矢神の存在がミシャグジに統合されて影が薄くなっていくうちに、洩矢神の力を行使する風祝自身が神として祀られたのは事実だ。そしてその信仰が小規模ながら現代まで残っていたのも事実だ。早苗だけが現人神に祀られたわけじゃない。早苗の母親も祖母もその前も、代々、東風谷の風祝は現人神だった」
 神奈子さんのその言葉に、蓮子はしばし唸り――「あっ」と声をあげた。
「じゃあ、八坂様の正体は――」
「解ったようだね。――私は、東風谷の家の代々の現人神の神霊、その総体さ。一子相伝の東風谷の風祝は、ひとりひとりが別個の神として祀られたわけじゃない。東風谷の風祝は、代々その死とともに《八坂様》として祀られてきた。それがこの私、八坂神奈子だ。東風吹く谷から、八坂を上り神と成る子。それが、私の名の由来だよ」
「じゃあ……八坂様は、早苗ちゃんの母親だけではなく――」
「その祖母も、曾祖母も、もっと以前の、初めて現人神に祀られた東風谷の風祝に至るまで、その全てが私さ。だからお前さんの推理は実際、ほとんど合っていたんだよ。私を、早苗の母親ひとりの神霊だと誤解したのだけが明確な推理ミスだ」
「…………」
「天狗が、私のことを若い神様と呼んだからそう誤解したのかい? そりゃあ、諏訪子や本物の建御名方神に比べたら私は若い神だがね。千年単位で生きている天狗の時間感覚を人間の感覚で計っちゃいけないよ。早苗の母親一人だけの神なら、私はもっと下級の木っ端神霊だ」
「……ちょっと待ってください。洩矢様が早苗さんの遠い先祖ってことは」
「当然、私から見ても諏訪子は先祖にあたる。――私が諏訪子のためにあれこれ手を尽くしているのは、この事実で納得してもらえるかい?」
「――なるほど。複数の人物の集合としての神霊も存在しうるわけですか」
 蓮子は深く息を吐く。ある手がかりの解釈違いと、名探偵には知り得なかった手がかりの存在とによる推理ミスだったわけね――と私は納得する。そりゃあそうだ。本来蓮子の推理は、蓮子自身が言っている通り、聞きかじりの情報から組み立てた推論でしかないのだから、こうして瓦解しない方がおかしいのである。
「幻想郷に来た理由は――」
「洩矢神を祀る神社なのに、東風谷の現人神の方が信仰を集めるようになった。だから諏訪子は奥に引っ込んで、現人神の先祖としての私が、表向きの守矢神社の祭神になったわけだ。私は諏訪子への信仰を維持しようとしてきたが、もともと諏訪子と私じゃ基盤となる信仰の性質が違う。いよいよもって限界だったんだよ。だから、早苗の両親が死んだ時点で、守矢神社を純粋に諏訪子を祀る神社に戻そうとしたのさ。だが、周囲がそれを許さず、結局早苗が風祝になり、現人神に祀られてしまった。これじゃあ永遠に同じことの繰り返しだ。――だから私たちはここに来たわけだ。諏訪子への信仰を取り戻すため、そして早苗を、周囲の思惑によって祀り上げられた神の座から解放するため」
「やはり、守矢神社は国家神道ではなく、独立した宗教団体に近いものだったのですね?」
「ああ、神話の時代から受け継がれてきた土着信仰さ」
「しかし――それなら何故、諏訪大社を模す必要が?」
 蓮子の問いに、神奈子さんはまた肩を震わせて笑った。
「その答えは、お前さんが自分で口にしたじゃないか、蓮子」
「え――」
 蓮子は息を呑む。
「じゃあ、まさか、諏訪大社が守矢神社を……?」
「そうさ。もともと、諏訪大社は守矢神社の分社だったんだよ。諏訪大戦のことは調べたんだろう?」
「建御名方神と洩矢神の争いですね?」
「ああ。そのとき建御名方神と戦った洩矢神は、あの諏訪子だ。建御名方神に敗れた諏訪子は、建御名方神と協力体制を築くにあたって、自分の神社をそっくり模した分社を建御名方神にあてがったんだよ。諏訪大社が守矢神社に似ていることが、建御名方神の勝利の証であり、同時に真の祭神が諏訪子であることの証でもあったわけだ。そして、諏訪大社は守矢神社の分社であったから、当初は諏訪大社への信仰もそのまま諏訪子への信仰になっていた。だが、洩矢神の名が忘れられ、ミシャグジに統合されていったこと、建御名方神が諏訪明神として外部の信仰を集めだしたことで、諏訪大社から得られる諏訪子への信仰はかなり少なくなった」
「諏訪の人々が、建御名方神ではなくミシャグジ神を信仰していても、ですか」
「洩矢神は、総体としてのミシャグジの一部でしかないからね。あのままでは、諏訪子自身もミシャグジの中に完全に取り込まれてしまうところだったんだ」
「はあ――」
 感嘆するように、蓮子は息を吐き出した。
「では、八坂様はなぜこっちで建御名方神を名乗られたのですか?」
「おや、私はお前さんたち以外には、一度も自分から建御名方神だと名乗ったことはないよ」
「……なるほど」
 力なく笑って、「では、最後にひとつ」と蓮子は指を立てた。
「――以上のような事情を、早苗ちゃんはどこまでご存じなんですか?」
「早苗は、純粋なんだよ。良くも悪くもね。同世代の友達がほとんどいなかったからだろうが、人に言われたことはすぐ真に受ける。特に、信頼を寄せている相手の言葉を疑うっていうことが、あの子は決定的に苦手なんだ」
「じゃあ――」
「早苗は、私を山の神であり、建御名方神だと思っている。そう仕向けたからね。諏訪大社はもともと守矢神社の分社で、私と諏訪子の関係は諏訪大社に伝わっている通りだと、早苗にはそう教えてきた。早苗はおそらく、それを一度も疑ったことはないだろう。東風谷の現人神を信仰する守矢神社の信者たちには可能な限り深く接触しないように守ってきたから、早苗は私の正体も知らない。私は、そんな早苗の信じている事実を、守ってやりたい」
「……いいんですか?」
「それでいいのさ。今更、私の一部は死んだ母親や祖母でもあると言われたって、早苗も困るだろう。だから、蓮子、メリー。今日ここでの話は全て、他言無用だ。特に早苗に対してはね。――こればかりは本当に、守らなければ諏訪子の祟りが襲う。いいね?」
「――承知いたしました。八坂様の仰せのままに」
 帽子を脱いで、蓮子は深く頭を下げる。脇で聞いていただけの私も、頭を下げた。
 結局、早苗さんに対して秘密を抱える結果になるわけだ。果たして、こうして守矢神社の謎を解き明かしたことに、意味はあったのだろうか――いや。
「あの、八坂様」
「うん、何だね、メリー」
「ということは、今の外の世界には……」
「諏訪大社は諏訪大社として存続しているよ。外の世界からは、守矢神社が消えただけさ。お前さんたちの未来とは、それで整合性がとれているかい?」
「――はい」
 ああ、そうか。だから私たちは信州観光をしたとき、洩矢神の存在に行き着かなかったのか。
 諏訪大社の縁起に記された、建御名方神と戦った土着神が洩矢神ではなく、ただミシャグジ神とされていたことも。諏訪大社を参拝し、土着信仰について軽く調べたとき、洩矢神という名前を一度も耳にすることがなかっったのも。
 洩矢神は、とっくに神社ごとこの幻想郷に来てしまっていたから――。
 八〇年ほどの間に、洩矢神は完全に、記録からも消えてしまったのだろう。祀る神社が消え、信仰する人がいなくなり――私たちのいた二〇八〇年代の世界から、洩矢神は完全に忘れ去られてしまったのだ。
 つまり、外の世界の歴史はまだ、私たちのいた未来と繋がっている――。少なくとも、私たちはそう信じていられるわけだ。
 私は蓮子を見やる。蓮子は私を横目に小さく肩を竦め、帽子を被り直した。
 ――と、そこへ。
「かーなこー、負けたよー」
 湖の方から飛んできたのは、ボロボロの諏訪子さんと、霊夢さんと魔理沙さんだった。どうやら、人間と神の弾幕ごっこはまた人間の勝利に終わったらしい。
「なんだい諏訪子、ボロボロじゃないか」
「いやあ、久々に楽しい神遊びだったからいいんだけど。決めたよ神奈子、私ここに住む」
「そうかい、そりゃあ何よりだ」
 飛び出てしまった帽子の目玉を元に戻そうと押さえつける諏訪子さんの頭を、神奈子さんがわしわしと撫でる。――神奈子さんの方が母親に見えるわね、とは口にしないことにした。
「何でもいいけど、悪巧みするようならまた退治しに来るからね」
 呆れ顔で言う霊夢さんに、諏訪子さんが振り向いて口を尖らせる。
「悪巧みなんてしてないってば。そっちの神社に信仰が集まらないようなら私が力貸すよ?」
「あらそう。まあ、今んとこ間に合ってるわ」
「ホントかなあ。そうそう、そっちの神社でお祭りやればいいんだよ。今みたいな」
「弾幕祭り? そんなので人集まるかしら」
「お祭りってのは日常を離れたハレの日のこと。めでたければなんでもいいの。日にちを決めて例大祭とかやればいいのよ」
「幻想郷じゃ、弾幕だって日常だぜ。それより宴会だ、宴会」
 魔理沙さんが口を挟み、「いいね、宴会」と諏訪子さんが笑う。
「ようし神奈子、これから大宴会しよう! 四十四本の筒粥を用意して!」
「こらこら、勝手に決めるんじゃないよ」
「外の世界じゃお粥で宴会するのか? 外の宴会事情はカオスだな」
「――あーっ! 博麗神社に誰もいないと思ったら、皆こんなところで何やってるんですか!」
 と、さらにそこへ割り込んできたのは、早苗さんだった。飛んできた早苗さんは、この場に揃った面々の顔ぶれを見渡して、「え、神奈子様、これどういう状況です?」と首を傾げる。
「あんたたちが隠してた神社の秘密を確かめに来たの」
「え、諏訪子様と戦ったんですか? って諏訪子様ボロボロじゃないですか!」
「ああ、だいじぶだいじぶ」
「諏訪子様の仇!」
「お? やる気? いいわよ、受けて立つわよ」
「受けて立つぜ」
 一触即発。そこへ、神奈子さんが呆れ顔で割り込む。
「これこれ早苗、落ち着きな。双方納得づくでの勝負の結果だ、お前さんが口を出すことじゃないさ」
「で、ですが――」
「それより、諏訪子を皆に紹介する宴会を開くよ」
「ええ? いいんですか?」
「ああ、諏訪子もここに腰を落ち着ける気になってくれたようだからね」
「あ――良かったです、諏訪子様! 頑張って守矢神社に信仰を集めましょうね!」
 一瞬前の怒りの表情はどこへやら、諏訪子さんの手を取って、早苗さんは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。「忙しい奴だぜ」と魔理沙さんが肩を竦めた。
「というわけで蓮子さん、メリーさん、改めて守矢神社の里の氏子第一号に!」
「こら、この二人を勧誘するんじゃないわよ」
「ええ? おふたりは博麗神社の氏子ってわけではないですよね?」
「あんたたちとこの二人が組んだら、怪しい連中同士何を企むか解ったもんじゃないわ」
「怪しくないです! ねえ蓮子さん」
「いやあ、私とメリーは霊夢ちゃんに怪しまれてる身の上だからねえ」
「自覚してるなら少しは大人しくしてなさいよ、あんたたち」
「知的好奇心の権化たるこの宇佐見蓮子さんには無理な相談ですわ。――氏子になるかどうかはさておき、博麗神社をお参りするときに守矢の分社もお参りするってことでひとつ」
「むむむ。――博麗霊夢さん!」
「あによ」
「蓮子さんとメリーさんは、守矢神社の氏子になっていただきますので、そのつもりで!」
「何言ってるのよ。ああもう面倒臭いからあんたたち、うちの氏子になりなさい」
 早苗さんが蓮子の左腕を掴み、霊夢さんが右腕を掴む。大岡裁き状態になった蓮子は、私を方を振り返って、困ったように言った。
「メリー、モテる女は辛いわ」
「勝手に言ってなさいよ、もう」
「え、ちょっと、助けてよ〜。あ痛い痛い引っ張らないで!」
「知らないわよ」
 ふん、とそっぽをむいた私の背後で、両腕を引っ張られた蓮子の悲鳴が響いていた。

      ◇

 それから数日後、里で毎年恒例の収穫祭が開かれた。
 里の祭といっても、基本的に南の農家主導のイベントなので、里の中心部に住む私たちは野次馬に近い。祭の中心で行われる祭礼を遠巻きに眺めながら、屋台の食べ物とお酒にありつくだけの騒ぎである。
「早苗ちゃん、来てないのかしらね」
「今のところは様子見してるんじゃない?」
「八坂様が止めてるのかしらね。たぶん守矢神社で『神奈子様、農家の人たちが一堂に集まるこの祭は布教の絶好のチャンスですよ!』『待ちな早苗、農家がそれぞれ信仰している豊穣神に感謝を捧げる祭の中に、私らが割り込んでいって信仰を得られると思うかい?』『そ、そこは神奈子様の神徳をもってすれば!』『無駄に敵を作る必要はないだろう』みたいな会話が」
「ああ、ありそう」
 熱々の焼き芋を囓りながら、私たちが暢気にそんなことを話しているうちに、祭礼は終わり、櫓に祀られていた豊穣神たちが三々五々、それぞれの農家の元へ散っていく。そうして朝まで豊穣神と農家の人たちは酒を酌み交わし、来年の豊穣を祈念するわけである。
 なので、本来その酒宴に、農家でも何でもない私たちは縁がないのだが――。
「あ、いたいた! おーい、そこの二人! 探偵事務所の! こっちこっち」
「へ? ――あら、穣子様」
 雑踏の中から、突然私たちのことを呼びつけたのは、豊穣神の一柱、秋穣子さんである。前にも記した通り、以前の収穫祭でちょっとお話したことがある。明るく親しみやすい神様だ。しかし、神様が何の用だろう。私たちは訝しみつつ、手招きする穣子さんの方へ向かう。
「何か御用です? というか、農家の人と酒宴しなくていいんですか」
「それはこれから行くけど、ちょっと噂を聞いたから二人に確かめたくて」
「噂?」
 穣子さんは私たちに顔を寄せた。相変わらずお芋のいい匂いがする神様である。彼女は祭の喧噪に負けない程度の小声で囁く。
「山に新しくやって来た神様のこと。にとりから聞いたよ、親しいんだって?」
「――ああ、穣子様、にとりちゃんとお友達なんですか」
「まあね。で、あの神様たち何者なの? どんな御利益で、里に手を伸ばす気あるの?」
「何者と言われましても……山の神様で、風雨の神様だそうですよ。御利益はわりと何でもありだそうですけど、とりあえず里からは豊作祈願で信仰をとりつけたいとか」
「げっ、マジ?」
「マジです。在来の豊穣神と喧嘩をする気はないと言ってましたが」
「怪しいなあ……あの神社、天狗とは既に友好関係らしいんだけど、里の信仰奪われたらこっちはおまんまの食い上げよ。どうしよう」
「悪い神様じゃないですから、話し合いの場は持ってくださると思いますよ」
「ホントに?」
「何だったら仲介しますけど」
「むーん、解った。必要になったらお願いするわ。事務所とやらに行けばいいの?」
「ええ、寺子屋の離れです。お待ちしておりますわ」
「了解。それじゃあ、よろしくね」
 手を振って、穣子さんは祭の雑踏の中に消えていく。私は肩を竦めた。
「蓮子、なんか私たち、守矢神社と幻想郷住民の間の調停者みたいになってない?」
「いいじゃない、守矢神社に対するお礼よ、お礼」
「お礼? 迷惑かけたお詫びじゃなくて?」
「まあ、それもあるけど」
 と、相棒は帽子の庇を持ち上げて、楽しげに笑った。
「八坂様が、私の推理を超えた真実を聞かせてくれたからね。そう、私にも解き明かしきれないものがあるから、この世界は面白いのよ」
「――相変わらず、傲慢な名探偵だこと」
 世界の仕組みが全て見えている、この相棒の目にも、解き明かしきれない謎に満ちた幻想郷。蓮子が異変の真実を追うのは、そうしてこの世界が、自分の想像を超えるものであることを確かめるためなのだろう。だから相棒にとっては、自分の推理ミスを指摘される方が嬉しいのだ。その方が、より世界の可能性が広がるわけだから。
 だから相棒は、これからも異変のたびに真実を追いかけるのだろう。
 この世界を、もっと面白くするために。
 ――そして私はどこまでも、それに振り回され続けるのだ。

      ◇

 収穫祭の翌日は、寺子屋はお休みだった。
 とはいえ、探偵事務所の方は寺子屋が休みでも開けている。もちろん、だからといって依頼人が来るわけでもなく、蓮子は鈴奈庵で借りてきた本を読み、私は今回の騒ぎの記録をまとめるべく、色々と整理をしていたのだが――。
「こんにちはー!」
 例によって唐突に、東風谷早苗さんは事務所の入口を開け放って現れた。
「あら、早苗ちゃん。いらっしゃい。探偵事務所に依頼かしら?」
「あ、すみません……遊びに来ただけです」
「だろうと思った。いいわよ、上がって」
「お邪魔しまーす」
 ちょっと身を竦めながら、早苗さんは事務所に上がり込む。「あ、これお土産です」と差し出されたのは壺に入った漬け物だった。ありがたく押し頂く。
「早苗ちゃん、昨日の収穫祭は来なかったの?」
「布教に行こうと思ったんですが、神奈子様に止められてしまいまして……離れたところから様子だけ見守ってました」
 おそらく、蓮子の想像した通りのやりとりがあったのだろう。私は小さく苦笑する。
「まあ、里での信仰は山の信仰が安定したら本格的に集めに来ます」
「山の方はどう?」
「毎晩天狗と宴会で大変ですよぉ。特にあの新聞記者さんが絡み酒で……」
「早苗さん、呑めないのにね」
「二日酔いって本当にしんどいですね……あんな苦しい思いしてまで呑みたくないです」
「解るわ」
 私もお酒には強くないので、早苗さんと肩をたたき合ってため息。
「勿体ないわねえ。幻想郷のお酒美味しいのに」
「蓮子みたいなうわばみと一緒にしないで」
「あ、早苗ちゃん。私たちが奉納したお酒は八坂様、喜んでくれた?」
「ええ、ありがとうございます。でもどうして急にお酒を?」
「いやあ、色々迷惑を掛けたから、そのお詫び」
「そんな、こちらこそ色々とご迷惑をおかけして……あ、そうだ」
 と、早苗さんはぽんと手を叩き、私たちににじり寄る。
「あの、ちょっと、お二人に相談があるんですけど……」
「うん? なあに、改まって」
「……この事務所に、うちの分社を建てていただけませんか?」
 思わぬ言葉に、私は蓮子と顔を見合わせた。――ここに分社を?
「え、どうしてここに? 自慢じゃないけど、ろくすっぽ依頼人の来ない事務所よ? 守矢神社の信仰の足しにはならないと思うけど」
「本当に自慢になってないわよ。ていうかここ、寺子屋の敷地なんだから慧音さんの許可取らないとダメなんじゃない?」
「ああ、それもそうね。寺子屋の中に分社作るとなると、寺子屋と守矢神社の関係の問題にもなるから……うっかりすると、寺子屋が子供たちに守矢神社への信仰を強要してるみたいに思われかねないわね。うーん、そうするとまず慧音さんにちゃんと早苗ちゃんと守矢神社のこと紹介した上で話し合わないと」
「あ、いや、そんな大げさなことでは……すみません」
 腕を組んで考え込んだ蓮子に、早苗さんは慌てて首を振って俯く。
「というか早苗ちゃん、それは正式に守矢神社の氏子になってっていう勧誘?」
「あ、はい、もちろんそれもあります」
「それも、というと、他には?」
「……ええと」
 早苗さんは俯いたまま、もじもじと指を組み替えて、そうして、恥ずかしそうに口を開いた。
「あの……分社があると、私も、その、お二人のところに、遊びに行きやすいというか……」
 ――ああ、なんだ、それだけのことか。
 私たちは顔を見合わせ――そして、蓮子は破顔して、「もー、早苗ちゃん!」と早苗さんの肩を抱き寄せると、その髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「わっ、れ、蓮子さん?」
「そんな理由付けなんてしなくていいの! 別に早苗ちゃんはいつでもここに遊びに来て良いのよ。どうせ暇してるから歓迎するわ。――友達なんだから」
「……そうね。蓮子の言う通り、いつでも遊びに来ていいのよ。友達だもの」
「あ――――」
 私たちのその言葉に、早苗さんは大きく目を見開いて――。
「――はいっ!」
 満面の笑顔で、そう頷いた。

 そう、だからこの物語は、博麗神社と守矢神社の間に勃発した宗教戦争の記録であり、また相棒のいつものごとき誇大妄想の記録であり――だけど、何よりも。
 奇蹟を起こす少女と、私たち秘封倶楽部が、友達になる物語だった。
 本当に――ただ、それだけの物語だったのだろう。

「ていうか早苗ちゃん、いっそうちの事務所で働かない?」
「ええ? い、いいんですか?」
「暇してるだけの探偵事務所だから、仕事なんて何もないけどね。蓮子の暇潰しの相手をするのが仕事よ。幻想郷のあちこち歩き回って、不思議で面白いことを探すの。要するに、私たちと一緒に遊んでくれればいいのよ」
「あはは――お二人と一緒なら、幻想郷のどこでも楽しそうですね! 喜んで!」
「よーし! それじゃ、秘封探偵事務所の新メンバーの歓迎を兼ねて、活動に出かけるわよ!」
「えっ、どこ行くんですか?」
「そんなのは風に聞くのよ。早苗ちゃん、まだまだ行ったことない場所、幻想郷にたくさんあるでしょ? 私たちと一緒に探検よ!」
「は、はい! 風に聞くならこの風祝にお任せを! 東風谷秘封探偵事務所、出動です!」
「あれ、ねえ蓮子、何かうちの事務所乗っ取られてない?」
「あはは、語呂がいいわね、『東風谷秘封探偵事務所』って。常識に囚われない外来人トリオが世界の秘密を解き明かすのよ! 世界を面白くするために!」
「はい! 世界を面白くするために!」
「ああ、常識外れのトラブルメーカーが二人に増えちゃったわ……」
「何言ってるのよメリー、幻想郷で外の世界の常識に囚われてる方が迷惑ってものよ」
「幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」
「そう、私たちが常識という枷を飛び越えたとき、世界はもっと面白くなるの! 世界を面白くするのは私たち自身なのよ、早苗ちゃん!」
「はい、蓮子さん! さあ、メリーさんも一緒に行きましょう! 世界を面白くするために!」

 ――こうして、私たち《秘封探偵事務所》に、新たなメンバーが加わったのだ。
 事務所の改名は流れたけれど、貴方が事務所を訪れたとき、運が良ければ、非常勤の三人目のメンバーが満面の笑みで出迎えてくれるだろう。
 東風谷早苗さん。守矢神社の風祝であり、私たちと同じ外来人の少女が。
 貴方を悩ます不思議な謎を、奇跡の力で解き明かしてくれるだろう。

 こちら、秘封探偵事務所。
 所長、宇佐見蓮子。助手、マエリベリー・ハーン。非常勤助手、東風谷早苗。
 寺子屋の離れで、今日も依頼人をお待ちしております。


【第六章 風神録編――了】

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この小説へのコメント

  1. 【あとがき】
     
    毎度どうも、作者の浅木原です。
    風神録編、お楽しみいただけましたでしょうか。
     
    まあ今回はあとがきに書くこともあんまりないのですが……。
    これまで10年近く東方小説書いてきましたが、
    幻想郷にいる早苗さんをちゃんと書いたの、実はほぼほぼ初めてです。
    今回のラスト、書き始めたときはこうなる予定じゃなかったんですが、
    気が付いたら早苗さんと蓮メリが勝手に動いてこうなりました。
    次以降、早苗さんがどうなることやら、作者にもよくわかりません。
     
    次は、原作の時系列的には儚月抄になるのですが……。
    シリーズ全体の構想とも絡むため、儚月抄編はやりません。
    蓮子とメリーが現れたことで、幻想郷は「第二次月面戦争が起こらなかった」歴史を歩むことになります。
    なぜなら……さて、うちの作品を以前から読まれてる方はあるいは察されますかしら?
     
    というわけで、次は緋想天編になります。4月半ばぐらいには連載開始したいところ。
    次章も『こちら秘封探偵事務所』をよろしくお願いします。

  2. お疲れ様です~!風神録全て拝読出来てまことに光栄です、浅木様&絵担当のEO様。いや~神奈子様が母親のみならず祖母やその先の先祖の神霊の総体ってのは驚きました。諏訪子様の家族っていうワードが出てきたのでなんとなくの予想はついたのですが。守矢神社の分社が諏訪大社だったのですね。奥深き小説でした!次のストーリーを楽しみにしております。1原作プレイヤーの推測ですが、次は緋想天か地霊殿のどちらかの気がします。

  3. 常識に囚われては~の台詞がここで出ることに最大の感動。うん、綺麗に繋がってるわ~

  4. 早苗さんの名言キター(・∀・)
    それにもまして神奈子様が素敵でした。。。
    次作も楽しみにしております!

  5. 神だろうが妖怪だろうが相手の懐に飛び込み
    たちまち仲良くなってしまう宇佐美蓮子と
    仲良くなった相手に熱い思いをぶつけ
    たびたび暴走する常識外れな東風谷早苗
    ……のドタバタコンビに振り回される
    常識人(爆笑)マエリベリーハーン
    これから東風谷秘封探偵事務所が
    どんな謎に挑んでいくのか超楽しみです

  6. 風神録編連載お疲れ様でした。
    今回も壮大な推理と真実でした。次々とあつまる情報から見方を変えて繋ぎ会わせ、一つの結論を導きだす。そこまでの道程も素晴らしいです。
    次は緋想天ということですが、蓮メリの二人がどうやって天界に行くのかが気になります。
    楽しみにしております。

  7. よくよく、見て見たら浅木様自身で自作の報告されてましたか^^;灯台下暮らしの見逃し失礼しました

  8. 風神録編お疲れ様でした!
    まさかの推理にまさかの真実でした。
    原作では謎の部分も蓮子なりの切り口で推理があり、
    一人に対する世界が広がりました。
    次章も楽しみにしています。
    応援しています!

  9. 大変お疲れ様でした。
    毎回『こちら秘封探偵事務所』を有難うございます。

  10. 儚月抄が関係する?
    まさか!一時期騒がれた蓮子=サグメと関係が・・・?
    それとも単にロケットに入りきらないとかw

  11. 風神録編、お疲れ様でした。秘封倶楽部の二人と幻想郷の住人たちとのやりとりも、これまでには無かった新しい解釈の数々も、いつも楽しませていただいています。
    一つ気になったのですが、神奈子が建御名方神でなければ諏訪大戦における建御名方神は幻想郷に来ず諏訪に残ったという解釈で良いのでしょうか?(見落としかもしれませんが)
    緋想天編も楽しみにしています。

  12. ついにここまで追いつきました。
    歴史から秘め封じられし真実を暴く、まったく謎や秘密というものはよいですね。数多くの謎、それらを統合する大胆にして緻密な発想、そしてついに名探偵をも凌いた真実、このシリーズには毎回驚かされています。
    これからも名探偵から潜む秘密は、秘封探偵事務所はどこに行き着くのか、楽しみにしています!

  13. (*`・∀・´*)「幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」

  14. 本日この小説を知り、ここまで読ませて頂いています。
    東方原作設定と矛盾せず、しかし一風変わった結末を毎度見せつけられ、非常に楽しい思いをしています。改めて、東方の二次創作への寛容性を思い知り、またその舞台をこうまで活かしきる筆者の腕前に感服するばかりです。

    さて、なぜ私が最新話ではなく風神録編にコメントを残したかというと、この章にて初めて、蓮子の想像力を超えることに成功したからなのでした。

  15. これまた面白いお話ありがとうございます。

    ニコニコでこの作品を知ること出来て本当に良かったです。

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