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こちら秘封探偵事務所第9章 星蓮船編   星蓮船編 第3話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第9章 星蓮船編

公開日:2018年02月10日 / 最終更新日:2018年02月10日

星蓮船編 第3話
―7―

 封印されたものには、封印されるだけの理由がある。至極当たり前の話だ。
 聖白蓮。ムラサさんたちが救おうとしている聖人は、千年前に魔界に封印されたという。
「キャプテンの話だと、人間のためのお寺に妖怪を匿って、妖怪に人間のふりをさせていたことがバレて、悪魔と恐れられて寺が焼き討ちに遭ったのよね。で、それを鎮めるために当時の博麗の巫女と、是非曲直庁の閻魔様が繰り出してきた。その結果、聖白蓮は魔界に、キャプテンたちは聖輦船や聖の法具とともに地底に封印されることになった」
 それが、ムラサさんから聞いた、彼女らの来歴である。
「千年前なら、人間と妖怪の距離がもっと遠くて、人間が妖怪を匿うことが今より遥かに重罪だったっていうのは、まあわかるわ。聖は若返るために魔法の力を手にしたって聞いたけど、若返った時点で既に人間をやめちゃってたのかもしれないから、人間のふりをした妖怪として退治されたのかもしれない。けど――」
 蓮子はひとつ唸り、霊夢さんが淹れてくれたお茶をぐびりと飲んだ。
 お風呂上がり、私たちは神社の縁側で火照った身体を冷ましていた。魔理沙さんとルーミアちゃんは先に帰ってしまい、霊夢さんは夕飯の支度をしている。なので、縁側には今は私と蓮子のふたりだけだ。
「単独で魔界に封印、ってのは、なんだか大げさだと思うのよねえ。いや、今の霊夢ちゃんの妖怪退治を基準に考えちゃいけないとは思うんだけど。封印するにしても、どうしてキャプテンたちと一緒に地底に封印じゃダメだったのかしら」
「宗教家だからじゃない? 地獄に落ちた亡者に変な教え吹きこまれたら面倒だとか。魔界の悪魔相手なら仏の教えを説いてもたぶん無意味でしょ」
「うーん、そんな話なのかしら。だいたい、妖怪を匿って寺で暮らさせていただけなら、そこまでする必要あったのかしらね。寺の檀家を騙して匿った妖怪の餌にしてた、ぐらいの悪行をやらかしてたなら解るんだけど……」
「ムラサさんや一輪さんの話を聞く限りなど、そんな人には思えないわね。掲げていた理想は人妖の平等だっていうし」
 まあ、もちろんムラサさんや一輪さんは聖白蓮に救われた身であるから、彼女らによる人物評は多少割り引いて考える必要があるだろうが――。人間が妖怪に脅かされているのではなく、現実は妖怪が人間に狩りたてられているのだと気付き、妖怪を救い匿いながら、仏の教えを人々に伝えて回った……という聖白蓮の行動は、魔界に封印されるほどの悪行か、と言われると、今の幻想郷で人間とも妖怪ともそれなりに仲良くやっている身としては、確かに違和感がある。
「寺に通ってた人間が反発するのはわかるのよ。聖白蓮が表向き人間の味方、妖怪から自分たちを守ってくれる聖人として信仰を集めていたなら、妖怪を匿っていた事実が露見することで、信仰していた人たちは間違いなく裏切られたと感じるでしょうから」
「だから焼き討ちに遭ったわけよね」
「でも、そこで博麗の巫女と閻魔様が出てきて、閻魔様によって魔界へ封印された――という結果には、やっぱり飛躍があると思うのよ。閻魔様は聖白蓮の犯したどんな罪を理由として魔界への封印という判決を下したのかがはっきりしてない。怨霊異変のときに閻魔様にもちょっと聞いたけど、詳しいことは教えてくれなかったし」
 蓮子は顎に手を当てて唸る。私は三ヶ月前、早苗さんと無縁塚に行ったときのことを思いだした。あのとき、蓮子は閻魔様に、なぜ聖白蓮を封印したのかと問うたのである。
 ――聖白蓮は罪を犯していました。彼女が封印されたのはその罰です。
 それが、閻魔様の答えだったはずだ。
「聖白蓮が犯していた罪って、何なのかしらね。妖怪を匿ったこと? 人間を騙したこと? それとももっと、他に何か秘密があったのかしら。キャプテンたちも知らないような秘密が」
「……で、名探偵さんは、それを探ってどうする気? 誰だって秘密にしておきたい悪行や後ろめたいことのひとつやふたつ、持ってるものじゃない」
 私は半眼で蓮子を軽く睨む。「いやいや」と蓮子は肩を竦めた。
「メリー、これは実際的な問題よ。聖白蓮は何らかの罪を犯し、罰として魔界に封印された。まさか閻魔様が嘘をつくはずはないから、これは事実と見なしていいでしょう。でも、その罰が千年程度では終わってなかったとしたら。あるいは、聖白蓮が現在進行形でなお罪を犯し続けている状態にあるとしたら?」
「……ムラサさんたちが聖白蓮を解放しようとしても、閻魔様の妨害が入る?」
「そういうことよ。最悪、せっかく脱出したキャプテンたちと聖輦船まで再封印されちゃいかねないわけじゃない。これは重大インシデントよ」
 蓮子は立ち上がり、きりっと帽子を被り直す。
「聖白蓮が千年前に犯した罪を突き止め、彼女の解放を閻魔様が認めるか否かを確認する。これは聖白蓮救出ミッションの成否を左右する極めて重要な任務と言えるわ」
「……確かに、首謀者としては見過ごせないわね」
 私は呆れ混じりにため息をついて立ち上がる。今回の計画において、私はほとんど蓮子のオマケの傍観者だけれど、ムラサさんたちの計画が成功してほしいという気持ちは一緒だ。
「さあメリー、秘封探偵事務所出動よ! 千年前の事件の謎を解き、聖白蓮の真実を突き止める。これぞ名探偵の仕事というものだわ!」
「はいはい、助手として付き合いますわ。でも、とりあえずこのお茶飲んでからね」
 言わなくたって引っ張り回されるのは解っている。でも、風呂上がりの今ぐらいは少しまったりさせてほしい。私はもう一度縁側に腰を下ろし、湯飲みに残っていたお茶を啜った。蓮子はずっこけるようにつんのめり、「早苗ちゃんがいないとイマイチ勢いがつかないわねえ」とずれた帽子を被り直す。
「閻魔様から蓮子のブレーキ役になれって言われてますから」
「まだそれ実践してたの? メリーも律儀ねえ」
「自省という言葉を知っているのよ、蓮子と違ってね」
「あらメリー、私だって常に謙虚な自己批判のもと行動を改め続けているのよ」
「より無謀な方に?」
「より世界が面白くなる方に!」
 そんな馬鹿なことを言い合っていると、霊夢さんが戻ってきて「人んちの庭で何いちゃこらしてるのよ」と半眼で私たちを睨んだ。心外である。
「あ、晩飯はあんたたちの分はないからね。期待しても無駄よ」
「いやいや、さすがに貧乏神社にたかるほど落ちぶれてはいませんわ」
「帰れ」
 思い切り剣呑な視線とともにお札を取り出された。蓮子はホールドアップして「小粋なジョークよジョーク」と乾いた笑い。博麗神社でまで命の危険は感じたくないものである。
「あ、ところで霊夢ちゃん。後でお賽銭はずむからひとつふたつ聞きたいんだけど」
「何よ?」
「博麗の巫女って霊夢ちゃんが何代目なの?」
「さあ、詳しいことは知らないわ。私は気が付いたときにはもうここでひとりで巫女やってたし。先代は顔も知らないわ。もちろんそれより前のことも」
 腕組みして霊夢さんはそう答える。――小耳に挟んではいたけど、霊夢さんは親の顔を知らないのだという。「幼い頃の霊夢は、神社の近くに住んでいる年老いた亀が面倒を見ていてな、だから霊夢は亀みたいに呑気で腰が重いんだぜ」――と魔理沙さんが前に話していたが、彼女の言うことなのでたぶん話三割ぐらいで聞いておくべきだろう。
「じゃあ、過去の博麗の巫女の武勇伝とかは?」
「それなら阿求のところに行きなさいよ。そういうのを記録するのが阿求の仕事なんだから」
「ごもっとも。だけど、神社に何か古くから伝来するものとかないの?」
「物置にあったかもしれないけど、こないだのアレで全部ぺしゃんこよ。まとめて片付けて処分しちゃったわ」
「あー……」
 去年の夏の地震騒動である。そうか、あれで博麗神社の古い歴史も丸ごと更地になってしまったのか。つくづく自然災害は歴史の大敵である。いや、あれは人災だけれども。
「で、今更うちの来歴に興味を示すなんて、また何か企んでるんでしょ、やっぱり」
「いやいや濡れ衣ですわ。そういえば付き合いは深いのに考えてみるとよく知らないことって、霊夢ちゃんにもあるでしょ?」
「どうだか。まあ、うちに迷惑かけない分には勝手にしてればいいわ。もし異変でも起こしたら退治してやるから覚悟しておくことね」
 ――既に起こしているといえば起こしている、とは、その霊夢さんの視線の前では、さすがの相棒もジョークとしても言えないようであった。




―8―

「じゃ、稗田家に行くわよメリー!」
「もう夕方よ? 明日の寺子屋終わってからでいいじゃない。ムラサさんたちの破片探しは一日じゃ終わらないでしょうし、日を改めた方が無難でしょ」
 私の主張が通り、その日は直接里の自宅へ帰って身体を休めた。いろいろあった一日だったので思った以上に疲れていて、翌朝寝坊しそうになったのは余談である。
 寺子屋といえば、この春から寺子屋の経営体制が大きく変わった。端的に言えば、慧音さんの私費で運営される私塾だったのが、経営の主体が稗田家に移ることになったのだ。
 もともと慧音さんは歴史家という職業上、阿求さんとは親しかったのだが、寺子屋を開くにあたって稗田家の援助を受けることは最初遠慮していたのである。だが生徒数が増えていくにつれ、寺子屋は慧音さんが個人で運営できる規模を逸脱しつつあった。特にこの冬はかなり経済的に厳しく、私たちの給料も実は遅配状態だったのである。
 生徒数の定員を決め月謝を増額する案も蓮子が出したのだが、慧音さんは「寺子屋は学びたいという者に対し門戸を閉ざす場所であってはならない」と拒否。だが、慧音さんの理想は私塾という経営規模で達成するには無理がある。そんな現状を見かね、寺子屋の実績を認める形で稗田家が救いの手を差し伸べた――という次第である。
 かくして寺子屋はこの春より「稗田寺子屋」と改称され、稗田家お墨付きの新教師が増員、地理や習字などの授業も行われることになり、里の公的教育機関に近い立ち位置となった。半人半妖の経営する怪しげな場所、みたいな扱いを受けていた頃からは隔世の感があるが、ともかく私たちも引き続き雇ってもらえたのは僥倖というほかない。さらには離れの探偵事務所も引き続き置かせてもらえているのだから、まったく稗田家には頭が上がらないのである。
 ちなみに蓮子があちこちに渡りをつけ、聖輦船の脱出計画の段取りをてきぱきと進めることができたのは、この経営権委譲に関するあれこれで慧音さんがここ二ヶ月ほど忙しくしていて、そのぶん私たちがわりと自由に動き回れたことによる。
「せんせー、さよならー」
「はい、また明日ね」
 そんなわけで、寺子屋の授業が終わり、子供たちを見送って私たちは一息つく。寺子屋の経営主体が変わっても、教師として私たちがやること自体は変わらない。私は粛々と読み書きを教えるばかりだ。
「お疲れ様。君たちはこれからまた事務所か?」
 慧音さんにそう声をかけられ、私たちは振り返る。
「いえ、ちょっと稗田家にお邪魔しようかと」
「稗田家に? 何か今の待遇面に不満でもあるのか」
「そんな、滅相もない。引き続き雇ってもらえただけで僥倖ですし、まして給料も上げていただいて、事務所もそのままでいいってことですから頭が上がりませんわ」
「今までは薄給で悪かったな」
「いやそういう意味では」
「冗談だ」
 慧音さんは苦笑する。慧音さんの冗談はいまいちわかりにくいのでヒヤヒヤするのだ。
「何か調べ物か? 私でわかることなら遠慮せず私に訊いてくれ」
「いえ、ちょっと昔の幻想郷のことについて調べたくて。千年ぐらい前なんですけど」
「……千年前の幻想郷か。それなら確かに阿求殿のところに行った方が早いな」
 ちょっと不満げな顔をして慧音さんは首を傾げた。歴史の専門家である慧音さんだが、幻想郷史に関しては稗田家には敵わない。わかりやすく言えば、慧音さんは歴史学者で、稗田家は郷土史家なのである。ワーハクタクとなって以降は慧音さんも幻想郷の歴史を扱っているが、それ以前に関しては稗田家のまとめてきた幻想郷史の圧倒的な蓄積を、慧音さんはまだ充分に把握しきれていないという。
「しかし、急にどうした? 歴史に目覚めたなら私がみっちり教えてやるぞ」
「いや、探偵事務所への調査依頼ですわ。詳しいことは守秘義務がありますので」
 蓮子が軽く受け流すと、慧音さんは「なんだ、そうか」と残念そうに肩を落とす。慧音さんは何より単純に歴史の話をするのが好きで、だから歴史教師が天職なわけだ。本人が詳しすぎるが故に話が冗長になり、聞いていると眠くなるという最大の欠点は未だ克服されていないが。

 ともあれ、寺子屋を後にして稗田邸に向かったが。
「あら、外出中でしたか」
「ええ、鈴奈庵にいらっしゃるかと」
 阿求さんは出かけていた。まあ、よくある話だ。里の象徴たる阿礼乙女は、数人のお供を引き連れただけで里の外にもほいほい出かけていくアクティブ少女であるからして。
 というわけでとって返し、私たちは貸本屋の鈴奈庵に向かう。幻想郷内で発行されている本の他にも、外の世界の古い本が入荷したりしている鈴奈庵は、私たちにとっては馴染みの店だ。知っているタイトルを店内で見かけたりすると、確かにこの幻想郷が私たちのかつて暮らしていたあの時代に繋がっているのだ、という実感が得られる。今ではあの京都に帰ることはほぼ諦めて久しいが、ふるさとは遠きにありて思うもの、とはよく言ったものだ。
「お邪魔しまーす」
「あ、いらっしゃいませー!」
 私たちが暖簾をくぐると、元気のいい少女の声が応えた。少女は私たちの姿にぱっと目を輝かせ、とことこと駆け寄ってくる。この鈴奈庵の一人娘、本居小鈴ちゃんだ。そういえば彼女もこの記録では機会がなくて今まで登場していなかったが、既に馴染みの顔である。
「あら小鈴ちゃん、今日は店番?」
「はい、お父さんが貸本の回収に出てるので。何かお探しですか?」
「いや、阿礼乙女様がこちらにいらっしゃると聞いて来たんだけど」
「あ、阿求なら奥で本を見てますよ」
 小鈴ちゃんが振り向くと、本棚の影から「聞こえてるわよ」と阿求さんが顔を出した。
「家の者が探しに来たかと思ったら、貴方たちですか。何か御用ですか?」
「ええ、ちょっと幻想郷の歴史について調べたいことがありまして」
「解りました、ちょっとお待ちを。小鈴、これとこれとこれ、借りてくわね」
「あ、うん。一応手続きするから確認させて」
 阿求さんが手にした本をひらひらさせ、小鈴ちゃんがそちらに駆け寄っていく。その間、私は外来本の新入荷コーナーに目を走らせた。気になる本が何冊かある。
「お待たせしました。では、うちへ参りましょう」
 貸し出しの手続きを済ませた阿求さんが、私たちのところへ歩み寄ってきた。
「いいんですか? こっちの調べ物はそこまで急ぎじゃないので、そちらの用事があれば優先して構いませんわ」
「いえ、本を返しに来ただけですから」
 阿求さんはそう言うが、鈴奈庵から客を取り上げただけ、というのもいささか気が引ける。私は外来本の新入荷コーナーから目に付いた三冊を取り、「じゃあ小鈴ちゃん、私もこれを」と差し出した。
「あ、ありがとうございます! 外来の娯楽小説は入荷してもあんまり借りてく人がいないので、メリーさんと蓮子さんが居てくれて助かりますよ」
 小鈴ちゃんは笑って言い、タイトルを書き留めてお代を受け取り「返却は二週間後まででお願いしますね」とお決まりの言葉を口にしてぺこりと頭を下げる。私は借りた三冊を小脇に抱えて蓮子と阿求さんの元へ駆け戻った。
「じゃあ、行きますか」
「ええ。小鈴、またね」
「うん、ばいばい」
 手を振る小鈴ちゃんに私たちも手を振り返し、鈴奈庵を後にする。稗田邸と鈴奈庵は大した距離ではないので、私たちはすぐに稗田邸に通された。
 そんなわけで、稗田邸の広い和室で、私たちは改めて阿求さんと向き直る。
「ごめんなさいね、小鈴ちゃんとの楽しい時間をお邪魔しちゃって」
「別に、鈴奈庵にはいつでも行けますから。ところで、何の調べ物でしょう?」
 勧められた紅茶を口にしながら、蓮子は切り出す。
「千年ぐらい前に幻想郷で起きた事件について知りたいんですけど。当時の博麗の巫女が出動したらしいと聞いてまして」
「さすがにそれだけの情報では、私にも何とも」
 首を振る阿求さんに、蓮子は手持ちのカードを開く。
「妖怪を匿っていた寺が、人間に焼き討ちに遭ったという事件です。――寺の住職の名は、聖白蓮と聞いています」




―9―

 阿求さんの眉が、ぴくりと動いた。
「……どうして突然そんな古い事件のことを?」
「探偵事務所に調査依頼がありまして。これ以上は守秘義務になりますのでご勘弁を」
 いけしゃあしゃあと蓮子はそんな言い訳を繰り返す。
 阿求さんは紅茶のカップをソーサーに置き、ひとつ息を吐いた。
「その事件ならば、ちょうど二代目阿礼乙女、稗田阿爾の時代のことです」
「やはり、ご存じでしたか」
「まだ幻想郷が幻想郷と呼ばれるはるか以前の話ですから、幻想郷で起きた事件、と呼ぶのは不正確ですが、確かにその事件の記録は残っています。まだ人間の里が小さな山村に過ぎなかった頃の話です」
「そんな昔から、博麗の巫女は存在したんですね」
「もともと、人間の里は魑魅魍魎が跋扈する山間の村に、妖怪退治の人間が住み着いたことで徐々に大きくなっていった集落ですが、かつて博麗神社は集落を加護する存在として、集落の指導者的立場にあったようです。妖怪の脅威が極めて身近な地域だったため、それに対抗する力を持った博麗の巫女が集落を統率していたのは、当時としては自然なことでしょう」
「ははあ。今の博麗神社とはずいぶん違いますね」
「妖怪退治の人間が増え、集落が大きくなるにつれ、相対的に博麗神社の地位が下がっていったようですね。しかし少なくとも稗田阿爾の時代には、今の人間の里に相当する集落の近くに博麗神社と呼ばれる神社が存在し、神の声を聞く巫女が、集落の守護者として信仰を集めていたことは確かです」
 今更知る博麗神社のルーツ。神社に歴史あり、である。
「焼き討ちに遭った寺は、命蓮寺と呼ばれていました」
 阿求さんは軽くこめかみを叩いて、記憶を呼び起こすように語り出す。一度見聞きしたことを忘れない彼女は、歴史に関しては文字通りの歩くデータベースだ。
「みょうれんじ、ですか」
 横浜に妙蓮寺という寺があったはずが、たぶんそれは無関係だろう。
「命の蓮の寺と書きます。毘沙門天を祀る真言宗系の寺だったようです。白蓮と名乗る聖が集落から山の中に入ってしばらく上ったところに開いた寺で、寺の名は高名な僧であった住職の弟の名にちなんだといいます。おそらく、朝護孫子寺の『信貴山縁起絵巻』にその名が見える命蓮上人のことでしょう。朝護孫子寺も毘沙門天を祀る真言宗のお寺ですから」
「『信貴山縁起絵巻』! ああそうか、飛倉って何かで聞いた覚えがあると思ったら――」
 蓮子が手を叩いて唸る。私も『信貴山縁起絵巻』は聞いた覚えはあるが、細かい内容まではさすがによく知らないので、蓮子が何に唸っているのかいまひとつピンとこない。
「もちろん、実際に白蓮という住職が命蓮上人の姉だったかはわかりません。命蓮上人は醍醐天皇の病を癒したという伝承がありますが、命蓮寺の焼き討ちは醍醐天皇が亡くなったあと、さらに数十年後のことですから」
 ――その点に関しては、私たちはムラサ船長から聞いている。聖白蓮は魔法の力を得て若返ったのだと。だが、そこまでの情報は稗田家の記録の中にもないらしい。
「命蓮寺は、なぜ焼き討ちに遭ったのですか?」
「稗田阿爾の記録によると、人間を妖怪の魔手から守る仏の加護を謳って信仰を集めていながら、裏で妖怪を匿っていたため、とされています。人間を裏切り、妖怪に与したわけです。匿った妖怪を、人間と偽って寺で修行させていたとか。ところが、それが集落の人間に露見し、騙されていたことへの怒りと妖怪への恐怖で恐慌状態に陥った集落の人間が、徒党を組んで寺の焼き討ちに走ったわけです」
「典型的な集団ヒステリーですね。それで博麗の巫女も出動したと」
「集落の人間が暴動寸前になっていたので、博麗の巫女はどちらかというと事態の沈静化のために動いたというのが正確なようです。寺は燃やされましたが、匿われていた妖怪たちはすんでのところで住職の手引きにより脱出していたようで、山狩りだ、見つけ次第殺せ、と頭に血が上っていた人間たちを落ち着かせ、この場は本職に任せろ、というようなやりとりがあったようです」
 なるほど。だいたいのところはムラサさんから聞いていた通りだが、これで博麗の巫女の役割がはっきりした。ムラサさんの話では、博麗の巫女と閻魔様がどういう理由で出動し、どういう裁定によって聖白蓮の魔界封印という結果になったのかがよくわからなかったのだが、それはその裁定の場にムラサさんが居合わせなかったからというわけだ。彼女たちはそれ以前に焼かれる寺から脱出していたわけである。
「そうして博麗の巫女は住職と対峙しました。具体的に当時の博麗の巫女と住職との間にどんなやりとりがあったのかは、記録に残されていません。ですが、最終的に白蓮住職は捕縛され魔界に封印、また逃走した四匹の妖怪も二匹が捕縛され、こちらは住職の法力を宿した物品とともに地底に封印されることになりました。逃走した残り二匹の妖怪は結局逃げおおせたようで、その後の記録にそれらしき妖怪の名前はありません。――以上になります」
 阿求さんは静かにそう語り終える。私たちは思わず顔を見合わせた。
 ムラサさんから聞いた話と、阿求さんの話の間には、重大な欠落がある。
「……それで全部ですか?」
「ええ、他に何か?」
「いえ……では、稗田家の記録では、聖白蓮を魔界に封印したのは当時の博麗の巫女であるわけですね?」
「そうですが、何か問題が?」
「ああ、いえ……ええと、私たちが知りたかったのは、具体的に聖白蓮が何の罪で魔界に封印されたのか、ということだったのですが」
「それは、もちろん人間を騙し、妖怪を匿っていたことでしょう」
 阿求さんは何の疑問も抱いていないような顔で、そう答える。蓮子は首を振った。
「ううん、私たちには当時の罪とその罰に関する価値観がわからないのですが、魔界への封印、というのは当時において実際どの程度の罰なんでしょう。地底への封印よりは重いということは解るんですが……」
「人間社会の刑罰でいえば、どちらも遠流、島流しに相当するのではないでしょうか。死罪から一等減、というところではないかと思います」
「魔界と地底の間に差はないと?」
「いえ、魔界の方が厳重な封印であるのは確かですね。当時の地底はすなわち地獄ですが、生きたままの地底への封印は地獄の刑罰を受けるわけではないので、そこまでの重罰ではないと思います。地底に封印された妖怪は、鬼たちのように地底で好き勝手に生きてるのではないでしょうか」
 千年間の地底暮らしが『そこまでの重罰ではない』で済まされるのだから、妖怪は大変だ。まあ、仮に妖怪が一万年ぐらい生きるなら、人間で言うところの懲役十年相当、と考えるべきなのかもしれない。ついでに言えば、鬼たちのように好き勝手に生きているという推定はだいたいあってる。
「封印に期限はあるんでしょうかね」
「人間への刑罰とは違いますから、妖怪の封印は基本的に無期限ですよ。復活したときにまた人間に対し悪さをするようならいずれまた封印されますし。今、冬の異変で地底の封印が解けかかってますが、地底が再封印されるのか、それとも地底への行き来が自由化されるのか、それは今後の成り行き次第ですね」
「なるほど、そのへんは本人次第ということですね。――では、人間に隠れて妖怪を匿っていたという罪は、魔界への封印という罰に相当するほど重いですかね?」
「さて、それは当時の博麗の巫女の判断なので私には何とも。ただ、魔界に封印された時点で、その住職が人間と見なされなかったことだけは確かですね」
「魔界への封印は妖怪に対する罰だと」
「はい。基本的にはやはり凶悪な妖怪に対する罰だと考えるのが妥当だと思います。暴動寸前の住民感情を納得させるにはそのぐらいが必要だったということかもしれませんが」
「そして聖白蓮は、それを甘んじて受け入れた……」
「かどうかはわかりませんが、記録上では素直に封印されたように見えますね」
 蓮子は顎に手を当てて唸る。私も、腕を組んで首を捻った。
 ――閻魔様の介入は、当時の御阿礼の子の記録に残されていない?
 だとすれば、それはいったいなぜだ?

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この小説へのコメント

  1. 更新お疲れさまです。
    聖白蓮封印の謎…。かなり深そうで面白いですね。閻魔の介入が稗田側の記録にないのは罪を記憶させないためなのか。だとしたら罪とはなんなのか?色々と考えさせられます。
    次は白蓮についてアリスからでも話を聞くのかな。楽しみにしてます。

  2. そもそも地獄ではない「魔界」って何なんだろう
    そんなに神話に詳しいわけではないけど、日本神話にも仏教にもキリスト教やギリシャ神話にも魔界なんて場所あったっけ

  3. 小鈴ちゃん来た!この娘も謎の渦中に迷い込むタイプの人間でしたから、秘封探偵では粛々と業務をこなしているようで安心です・・・。
    阿礼乙女の記憶には存在しない、しかし閻魔様が密かに裁定した罪の内容とは一体。破片探し組とぬえの動向も気になりますね〜

  4. 話の中でチラッと出てきたキャラがもっと深く絡まないかなって期待してる自分がいる。
    鶴は千年、亀は万年って言いますし、ね……?|д゚)チラッ

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