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こちら秘封探偵事務所第9章 星蓮船編   星蓮船編 エピローグ

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第9章 星蓮船編

公開日:2018年05月05日 / 最終更新日:2018年05月05日


 数日後、諏訪子さんが整地した里北方の墓地そばに、聖輦船が着陸、変形してお寺となった。
 自警団員として警備に来ていた慧音さんや小兎姫さん、取材に来ていた阿求さん、そして私たちを含めた物見高い里の人間たちが見守る中、着陸した聖輦船から後光を背負って白蓮さんが降り立つ。彼女が仏像のごときアルカイックスマイルを浮かべながら巻物を広げた途端、船がみるみるお寺へと形を変えていく様は壮観であった。野次馬たちも感嘆の声をあげたその変形シークエンスを、早苗さんや諏訪子さんの好きな特撮ドラマの巨大ロボットの合体のように映像でお見せできないのが残念である。
 ともあれ、そうして里の北門を出て少し歩いたところに、人妖平等の博愛主義を教義とする真言宗のお寺、命蓮寺は聖白蓮を開祖として開山した。千年前に存在した命蓮寺の再興ではなく、同じ名前をした新しいお寺としての開山ということになるらしい。
「これより住職、聖白蓮の法話を執り行います。ご参加を希望される方はどうぞこちらへ」
 一輪さんがそう言い、里の野次馬たちは顔を見合わせた。そこへ、真っ先に手を挙げたのが阿求さんである。里の象徴たる阿礼乙女が参加を希望したことで心理的なハードルが下がったのか、「宝船のお寺とはありがたそうだし、話ぐらい聞いてみるか」という結論に至ったようで、皆がぞろぞろと一輪さんについて寺の敷地に入っていく。小兎姫さんが慧音さんと目配せし、その中に紛れ込んだ。阿求さんを含む参加者の警護ということだろう。
「君たちは行かないのか?」
「白蓮さんの教えについてはもうだいたいレクチャーを受けてますので」
 慧音さんに問われ、蓮子は苦笑して答える。慧音さんは鼻を鳴らし、お寺の建物を見回した。
「人妖平等主義のお寺か……。何にしても、しばらくは様子見だな」
「実際、慧音さんとしてはどうなんですか、人妖平等という考え方は」
「――正直、判断しかねている。確かに人妖が平等であれば、私が里でしてきたような苦労はしなくて済んだかもしれないし、妹紅や影狼だって気兼ねなく里で暮らせるだろう。だが、人間と妖怪の間にはきちんと一線を引いておかなければならないとも、私は思う。私が言うべきことではないのだろうがな。そのあたりも、これから見極めていきたいところだ」
 半人半妖の身でありながら、人間の里で暮らす慧音さんのアンビバレントな感情は、一口で説明できるものではないのだ。長い付き合いなので、私たちもそのへんは承知している。それでも、いや、それだからこそ、命蓮寺と慧音さんとの間にどんな関係が結ばれるかは、注視していきたい問題だった。といっても別に、幻想郷における人妖の在り方のような大きな問題への関心ではない。単純に慧音さんに、あるいは藤原妹紅さんや今泉影狼さんに、なるべく幸せであってほしいというだけの話である。
「あ、蓮子にメリー! おーい」
 と、境内からこちらを呼ぶ声。振り向けばムラサさんが手を振って、こちらに飛んでくる。
「あらキャプテン。聖の法話は手伝わなくていいの?」
「そっちは星ちゃんといっちゃんが見てるから、私は境内の見回り。こちらのお姉さんは?」
「私たちの里での保護者の方よ」
「上白沢慧音だ。里で歴史教師と自警団員をしている。君は?」
「村紗水蜜、さっきお寺に変形した船の船長です。ムラサでいいですよ。よろしく」
 ムラサさんが差し出した手を、ふむ、と唸って慧音さんは握り返す。
「君は――妖怪か」
「ええ、聖に救われた船幽霊です。お姉さんもただの人間じゃないですね?」
「……ああ、半人半獣だ」
「命蓮寺は人妖平等、ハーフだって遍く受け入れますよ。いつでも入門お待ちしております」
 人なつっこく笑って勧誘するムラサさんに、慧音さんは「入門するかどうかはともかく、少し寺の中を見させてもらっていいだろうか」と問う。「どうぞどうぞ、ご自由に」とムラサさんが答え、「じゃあ、私は少し中を見てくる」と慧音さんは寺の境内へ歩き出した。
 それを見送り、蓮子はムラサさんに向き直る。
「ていうかキャプテン、船がお寺になっちゃって、キャプテンってばどうするの?」
「やー、まあ船に戻そうと思えば戻せるって聖も言ってるし。必要ができたらその仕事はするけど、とりあえずは素直に聖の元で修行かな。船幽霊が悟りを開けるかは知らないけど」
「悟りを開いたせいで成仏しちゃわないでよ、寂しいから」
「あはは、気を付けるよ。ところで蓮子、ナズっち見てない?」
「あら、見てないけどどうしたの?」
「いや、さっきまで船にいたはずなんだけど、見当たらなくて。せっかく聖が復活してみんなも再会したってのに、ナズっちってばなんか最近ますます素っ気なくてさ。聖の弟子じゃないこと気にしてるなら、いっそ弟子になっちゃえばいいのに」
 ムラサさんのその言葉に、私たちはただ顔を見合わせた。

『――それで、その妄想を私に聞かせて、君はどうしたいんだい?』
 あの鵺退治の日。蓮子の推理を聞き終えたナズーリンさんは、そう問い返した。
『別に、どうということはないわ。ただ聞いてほしかっただけよ。私の考えに根本的な間違いがあって、貴方がそこから完全論破してくれるなら、それはそれで歓迎だけど』
『君の目から見て、聖がそう見えたという話だろう。私は聖の弟子じゃない。君が聖をどう思おうと、君の勝手だ。聖に関する誤解を解く義理も私にはないさ』
『あら、それは残念。――ご主人様に関する誤解は解かなくていいの?』
 蓮子の言葉に、ナズーリンさんは小さく鼻を鳴らし、視線を逸らす。
『うちのご主人様は、聖に心酔しているんだよ。だから何より、聖の意志を最優先する。たとえそれがどんなことであっても。だから、ご主人様に対する君の認識は間違ってないのさ』
『成る程。――ところで、ひとつだけ訊いてもいいかしら』
『答える義理はないね』
『じゃあ答えてくれなくてもいいけれど。――毘沙門天の弟子になった星さんのお目付役ってことは、貴方は星さんの行状を毘沙門天に報告しているはずよね。そして星さんは命蓮寺の本尊になるために毘沙門天の弟子になった。ということは、千年前に聖白蓮が封印されて命蓮寺が潰された時点で、貴方の役目は終わっていたはずじゃないの? 貴方は、「命蓮寺の本尊」としての寅丸星さんのお目付役だったんじゃないのかしら』
『――私はご主人様のお目付役だよ。その目的はどうあれ、弟子は弟子だ。聖が封印されたからといって、ご主人様が破門されたわけじゃないからね』
『それにしたって、千年も一緒にいるのは気が長すぎると思うけど』
『毘沙門天からの命令が解除されない限り、私はそれに従うだけだよ』
『……その命令って、本当に星さんのお目付役だけだったのかしら?』
『――――』
『貴方は――同時に、聖白蓮の監視役でもあったんじゃないの?』
『答える義理はないと言ったろう。――失礼するよ』
 ぱっと木の枝に飛び移り、そのままナズーリンさんは身軽に森の闇へと姿を消していく。その背中を見送って、蓮子は頭上に向かって『雲山さーん』と呼びかけた。

 数日前のナズーリンさんとのやりとりを思う。蓮子の考えが的中していたにせよ外れていたにせよ、今回の件について、彼女には彼女の思うところがあったのだろう。
「ねえキャプテン。キャプテンから見て、ナズっちってどんな存在?」
 蓮子がそう問う。ムラサさんはきょとんと目をしばたたかせて、「うーん」と首を捻る。
「改めてそう訊かれると難しいなあ。どんな存在って言われると……」
「ナズっちは、どうして聖の弟子にならないのかしら」
「さあ。ナズっちにはナズっちの思うところがあるんだと思うけど。ただ――」
「ただ?」
「聖の弟子であろうとなかろうと、私はナズっちも大事な命蓮寺の仲間だと思ってるよ。ナズっちは私たちと一線を引きたがってるみたいだけど、ずっと星ちゃんを支えててくれたことも、一緒に聖を助けに行ってくれたことも事実だもん」
 笑ってそう言い、「それに」とムラサさんはいたずらっぽく付け加える。
「ナズっちがいないと、星ちゃんひとりじゃちょっと頼りないかんね」
「宝塔なくしたことは忘れてあげなさいよ、キャプテン」
「まさか! 隠そうとした罰だ、末代までネタにするよ」
 あっけらかんと言うムラサさんに、私たちは苦笑した。――あるいは、蓮子の誇大妄想が的中していたとすれば、そうされた方が星さんには気楽なのかもしれない、などと思いながら。
「あ、そうそうキャプテン。あのあと、ぬえちゃんが命蓮寺に来なかった?」
「え? なんで蓮子がぬえの動向を知ってるの?」
 蓮子の問いに、ムラサさんはまたきょとんと目をしばたたかせる。
 ――前述の回想の続き。ナズーリンさんとの話を終え、雲山さんに乗って上空に戻ると、霊夢さんが鵺退治を完了したところだった。退治されたぬえさんは、霊夢さんから白蓮さんの話を聞き、『妖怪の味方なら邪魔しなきゃ良かった』というようなことを言いながら姿を消した。霊夢さんは満足げにそれを見送り、魔理沙さんが『封印しなくていいのかよ?』と声をあげる。
『いいのよ。あれが鵺なら、もう正体は掴んだんだから私の敵じゃないわ』
『さいで。あいつも白蓮のところに転がり込むのかね』
『さあ。ま、傍迷惑な妖怪が白蓮の元で大人しくなってくれるなら、私も楽でいいけど』
『そんなこと言ってるとますます参拝客取られますよ?』早苗さんが茶々を入れる。
『うっさいわね。それはあんたたちも一緒でしょうが』
『ふっふーん、うちは博麗神社とは違うんです』
 ドヤ顔の早苗さんに『どういう意味よ』と詰め寄る霊夢さん。その後、また博麗と守矢の間で一悶着あったのだが――まあ、それはもう今回の件にはあまり関係のない話だ。
「いやあ、実はかくかくしかじか」
 蓮子が早苗さんに鵺退治に連れ出された件を説明すると、ムラサさんは「ああー」と頷く。
「ぬえの言ってた『能力が効かないヤバい目のやつ』ってメリーのことだったんだ」
「ヤバい目のやつって……」心外である。
「それで、ぬえちゃんはどうしたの? キャプテンたちのこと邪魔したわけでしょ?」
「ああ、そうそう。ぬえってば、ナズっちも回収しきれなかった飛倉の破片の残りを持って聖輦船に現れてね。本人はそれ返すだけで済ませようとしてたみたいだけど、聖に見つかって。聖の復活を邪魔しようとしたのに、聖があっさりそれを許して、『ムラサたちと一緒に地底に封印されていたんですって? 辛かったでしょう』ってハグしたらもうコロッと落ちたよ」
「落ちてない!」
 門の陰から、そんな声とともにひょっこり顔を出す影ひとつ。ぬえさんだ。
「あ、ぬえ。そんなとこにいたの? 隠れてないで出てくれば?」
「やだ。そこの金髪のがいるんだもん」
 門に隠れて、ぬえさんは奇妙なうなり声をあげる。私の目に能力が通用しないからって、そこまで警戒されても、私としてはどう反応すべきか困るのだが。
「ていうかムラサ、勝手なこと言わない! 落ちてないから!」
「ええー? 思いっきり落ちてたじゃない。入門するんでしょ?」
「妖怪の味方だっていうから、とりあえずここにいるのが得策だと思っただけ!」
「またまたー。素直になりなって。聖にぎゅって抱きしめられて頭撫でられたら誰だって落ちるよ。やさぐれ船幽霊だった私もそうやって落ちたんだもん。聖の愛に心を開いてほらほら」
「ムラサと一緒にするな! あとそこのヤバい目のやつ、こっちくんな!」
 うがー、と門の陰で吼えるぬえさんに、蓮子が苦笑して「メリーってば嫌われたわねえ」と肩を竦める。どうしようもないことなので、私はただため息をつくしかなかった。

 で、その帰り道。
 慧音さんと三人で里への野道を歩いていると――近くの茂みがガサガサと音を立て、見覚えのあるなすび色の傘が目の前に飛び出してきた。
「うーらーめーしーやー!」
 今回の騒動で、二度ほど早苗さんに吹っ飛ばされた唐傘お化けの少女である。べろんと舌を伸ばしたなすび色の傘を振って「おーどーろーけー!」と不思議な踊りを踊る彼女の姿は、怖いというよりは単なる可愛い生き物だった。
 私たちがぽかんと見ていると、少女は「よよよ」とその場に崩れ落ちた。
「頼むから驚いてよお……ひもじいの」
「なんだ、君か」
 慧音さんが呆れ顔で腰に手を当てて少女を覗きこむ。
「あれ、慧音さん、お知り合いです?」
「ああ、彼女は里の中にもときどき出没するからな。唐傘お化けの多々良小傘だ。人間を驚かせようとするだけの、無害な妖怪だよ」
「無害って言わないで! 人間が驚いてくれなきゃご飯も食べられないのに」
「こんな昼間に、思いっきり予備動作で音を立てながら登場して驚けと言われても」
「はうあっ」
 蓮子の辛辣な論評に、小傘さんはのけぞって天を仰ぐ。
「ううう……どうすればいいの。もう唐傘お化けなんて時代遅れと申すか」
「うーん、時代遅れっていうより、まず驚かせ方に問題があるわねえ」
「やっぱり夜じゃないとだめ?」
「まあ、それもあるけど。人間を驚かせるには仕込みが大事なのよ。ねえメリー」
「なんで私に振るの?」
「ミステリ好きでしょ? どんでん返し系の」
 そりゃまあ好きだし、サプライズには仕込みが大事というのは同意するけども。
「仕込みでありんすか」
「そうそう。サプライズの基本はまず不意を打つこと。相手が油断しているところに仕掛けるのが基本。仕掛ける前に警戒させちゃったら効果は半減以下よ」
「そんなことは解ってるってば!」
「でもね、たぶんもっと効果があるのは、安心したところに仕掛けることよ」
「む?」
「小傘ちゃん、貴方が求める驚きって、恐怖を伴った驚きでしょう? お化けなんだから」
「そりゃまあ、そうでありんす」
「だったら、油断よりも安心を狙い撃った方がいいわね」
「どういうことで?」
「夜道をひとりで歩く人間は元から怯えて警戒しているわ。そこをいきなり驚かせるのでも効果はあると思うけど、もう一段仕込みを入れると効果は倍増。たとえば、夜道を歩いてて背後で物音がした。びくっと振り向くと、にゃー、と猫の鳴き声。なんだ猫か……とほっと安心して、視線を前に戻した瞬間――そこにお化けの姿が!」
「ひいいいいいいっ!」
「そう、緊張が解けて心が安心したその瞬間こそ最大の驚きを……って小傘ちゃん?」
「ひ、ひい」
 小傘さんの方が驚いていては世話はないというものである。
「な、なるほど……そういうのね……」
 ごほんごほんと咳払いして誤魔化そうとする小傘さん。全く誤魔化せていない。
 蓮子は苦笑して、「そうそう」と命蓮寺の方を振り返る。
「あっちの荒れた墓地の隣にお寺ができたから、あそこの墓地を縄張りにしてみたら? やっぱり人間を驚かすには夜の墓地でしょ」
「おお! それは素敵な情報! ありがとね!」
 ぱっと表情を輝かせ、小傘さんは命蓮寺の方角へ飛んでいく。それを見送って蓮子は「妖怪もホントいろいろいるわねえ」と笑って帽子を被り直した。

      ◇

 かくして、里北方に開山した命蓮寺は、昼間は人間の、夜は妖怪のためのお寺として信仰を集め始めた。「宝船が変化した縁起のいいお寺」として里でも一定数の信仰を集めているのは、皆さんご承知の通りである。その影響か、博麗神社にますます人が来なくなったことも。

 というわけで命蓮寺の開山をめぐるお話は、これでほぼ終わりである。
 ただ、最後にもうちょっとだけ、この記録は続く。
 相棒の誇大妄想の、最後の補足というか、もうひとつの可能性について。

      ◇

 私がその可能性に気付いたのは、事務所で改めて今回の騒動の内容を、この記録にまとめるために整理していたときだった。
「……ねえ蓮子、船霊信仰ってあるじゃない?」
「うん? どうしたのメリー、急に」
「いや、蓮子の例の誇大妄想を思いだしてたら、ちょっと気になることがあって」
「あら、私の推理の穴でも見つけた?」
「穴っていうか、どうなのかしらっていう問題。蓮子の妄想だと、聖輦船には命蓮上人の亡霊が取り憑いてて、だから聖輦船は地底に封じられたっていうんでしょ?」
「ええ、そうだけど」
「だとすると、聖輦船に取り憑いた命蓮上人の魂って、一種の船霊じゃない? 聖輦船の守り神みたいなものだから。だけど船霊って、一般的には女の神様とされるでしょう? 船幽霊のムラサさんもそうだけど――船に取り憑く霊は、どっちかっていうと女性の霊じゃない?」
 私の言葉に、蓮子が目を細める。
「ははあ。つまりメリーはこう言いたいわけね。――聖輦船に取り憑いていた亡霊は、命蓮上人ではなく、その姉の白蓮さんの方だった、と」
 私は頷いた。――そういう風にも、考えられると思うのだ。
 神綺様の証言がある以上、白蓮さんが自分自身の肉体を用いて命蓮上人を蘇らせようとしたことは間違いない。それによって、命蓮上人の魂が白蓮さんの肉体に宿ったことも確かだろう。だが、その結果がどうなったかまでは――神綺様は知らないのだ。
 だとすれば、命蓮上人の魂が白蓮さんの肉体を乗っ取ってしまったということも、あり得るのではないだろうか? そして、その場合でも、蓮子の推理はほぼ同じように成立するのではないだろうか。
 姉の肉体を得て蘇った命蓮上人は、姉の名を名乗って弟の志を継いだ聖人として振る舞いながら、自分のために我が身を犠牲にした姉を救う方法を探して、妖怪を救っていたのだとしたら。閻魔様が裁いた死者は、命蓮上人ではなく、白蓮さんの方だったのだとしたら……。
 閻魔様は、彼女のことを「聖白蓮」と呼んだ。けれどそれも、閻魔様の白黒はっきりつける力によって、本当は「彼」である「彼女」を「聖白蓮」だと確定させるためのものだったのだとしたら――。
 それは蓮子の誇大妄想以上に根拠薄弱な、ただの妄想に過ぎないけれども。
「さて――そこまでいくと、もう私の判断できる領域じゃないわね。私は命蓮上人を直接知らないし、魔法使いになる前の白蓮さんも知らないんだから」
 蓮子はごろりと畳の上に寝転がって、天井を見上げる。
「でもねメリー。彼女が真実白蓮さんなのか、それとも白蓮さんの肉体で蘇った命蓮上人なのかは、ぶっちゃけた話をすれば、どっちでもいいんじゃないかと私は思うわ」
「え?」
「だってそうじゃない。どっちがどっちだったとしても――キャプテンたちを救って、今命蓮寺で皆に慕われているのは、神綺様と契約して魔法使いになったあとの白蓮さんよ。キャプテンたちを救った時点でもう彼女が命蓮上人だったのだとしても、キャプテンたちにとっては自分を救ってくれたその人こそが『聖白蓮』なんだから」
「――そうね」
 そうかもしれない。今私の目の前にいるこの相棒が、実は宇佐見蓮子でなかったとしても、私が知っているのは、宇佐見蓮子と名乗って私と出会い、私を振り回す彼女だけなのだから、どこの誰だとしても、目の前の彼女が私にとって『宇佐見蓮子』であることは変わらない。
「ねえ蓮子。私ひとりっ子だからもうひとつ実感がわかないんだけど、姉弟ってそうまでしてお互いを助けようとするものなのかしら」
「さあ、私もひとりっ子だからわからないわ。――まあ、きょうだいの関係も愛の形も人それぞれ。今さら、私たちが口を挟むようなことじゃないわよ」
 帽子を顔に載せて、蓮子は息を吐く。
「ねえメリー。もし私が死にそうになったら、メリーはどうする?」
「蓮子は殺しても死にそうにないから、そんな事態は想定不可能だわ」
「もうメリー、人を何だと思ってるのよ。か弱い人間なのよこれでも」
「それを言ったら、私たち幻想郷に来てから何回死にかけてると思ってるのよ。だいたい全部蓮子のせいだし。先に死ぬのはどう考えたって私の方だわ」
 私がため息混じりにそう言うと、蓮子は不意にしばし沈黙して。
「――私は、メリーが死にそうになって、自分を犠牲にすれば助けられるってなったら、迷わずメリーを助けるわよ。愛してるから」
「愛してるならお願いだから、そういう事態に私を巻き込まないでほしいわ」
「ひどいメリー、蓮子さんの一世一代の愛の告白をさらっと受け流す?」
「蓮子の一世一代は人生に一万回ぐらいあるんでしょう」
 起き上がった蓮子に、私は肩を竦める。と、蓮子は私ににじり寄り、
「じゃあ、一万回愛の告白してあげればいい?」
「――馬鹿なこと言わないの」
 耳元で囁いてきた相棒のほっぺたを、私は思いきりつねってやった。
「いひゃいいひゃい」
「自業自得」
「濡れ衣だわ。私はただメリーに思いの丈を伝えてるだけよ」
「はいはい、もう充分伝わってますわ」
「つれないわねえ。一生が一万回あったら、一万回メリーの隣を選ぶわよ、私は」
「一万回も蓮子に振り回される人生を送るのは、疲れそうだわ」
 そんな益体もないことを話しながら、私たちの遊惰な時間は過ぎていく。
 それはどこまでいっても、変わりない私たち《秘封探偵事務所》の日常なのだった。


【第九章 星蓮船編――了】

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この小説へのコメント

  1. 【あとがき】
    今回もここまでお付き合いいただきありがとうございました。
    いつもコメントありがとうございます。作者の浅木原忍です。
     
    白蓮の罪に関しては、以前『魔法少女ラジカルまりさS’s』という長編で
    掘り下げたことがあるので(pixivで全編公開中です)、
    それとは異なる真相を用意するのに苦労しました。
    風・地・星はどれも過去に一度長編を書いた作品だっただけに、
    一度掘り下げたものをさらに捻るのはしんどいですね、はい。
     
    来週からは、2015年に同人誌書き下ろしで頒布した外伝『宇佐見董子の革命』を連載します(全6回予定)。
    その次は順番からいくと神霊廟ですが、別の話を挟むかもしれません。ちょっと考え中。
    今後とも秘封探偵をよろしくお願いいたします。

  2. 星蓮船編お疲れ様でした。外伝読みたいと思ってたので非常に楽しみにしてます。

  3.  お疲れさまでした。今回も楽しかったです。
     紅魔館や守矢神社、地霊殿など様々な形の「家族」がありますが、命蓮寺組が一番自然で温かい関係に思えます。誰一人血がつながっていないのに、たとえ人に言えない葛藤を抱えていても、他のどこよりも優しく温かいーーそんな雰囲気がとてもよく伝わってくるお話でした(もちろん他の「家族」にもそれぞれの良さがあります)。
     連メリの関係もいつも通りですが、それでも少しずつ変化してきているのですね。何となくそう感じました。素直に想いを口にして、それを自然に受け止めるーー異性だとか同性だとかはさておいて、そんな素敵な間柄に軽い嫉妬さえ覚えます(笑)。この2人にも幸せになってもらいたいですね。
     少し長くなりましたが、今後のお話も楽しみにしております。
    (そして神霊廟の黒幕はやはりにゃんにゃん…ではなく屠自古であろう? そうであろう? と、予想してみる)

  4. お疲れ様でした。最近読み始めてやっと追いつきました。東方×ミステリーという私にドンピシャな作品でファンになりました。この小説のキャラ達の掛け合いが見ていて本当に癒されます。次回作を楽しみにしつつ、過去作を読んでこようと思います。

  5. 死んだはずの命蓮が記憶としてだけではなく存在として関わり続けていたり、地底や魔界を巻き込んで広がる展開に毎週目を丸くしながら拝読させて頂きました。
    推理本編が終わったエピローグでの慧音先生の複雑な心境や、ムラサさんが語る聖が妖怪を堕とすテク等の小話も秘封探偵事務所の残す星蓮船という物語に欠けてはいけない飛倉の欠片ですね〜。
    最後の蓮メリも見事な距離間と表すべきか、それとは別に順調に人(妖)脈を広げる蓮子さんに対し、メリーが大妖怪に煙たがられるサマはなんだか苦笑いがこみあげてきます…

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