幻想郷の一日は、科学世紀の京都の一日より短い。
陽が昇れば一日が始まり、陽が沈めば一日が終わる。幻想郷の夜の暗さを思えば、科学世紀には夜など存在しなかったのではないか、とさえ思う。夜型の生活が出来るのは、夜にも社会が動き、夜にも光が満ちていたからだ。幻想郷の夜は妖怪の時間。幻想郷で宵っ張りでいられるのは、相応の力を持った者か、よっぽどの偏屈者だけだろう。
もちろん幻想郷にも夜を灯す光はあるのだが、その光は科学世紀のそれに比べればあまりに脆弱だ。そのぶん、科学世紀では認識のしようもない月の明るさを知り、わだかまる闇への恐怖が怪異という幻想を生んできた、その歴史を理解したわけでもあるが。
科学文明の発達とはつまり、光によって夜を駆逐することで、一日を引き延ばすことが究極の目的だったのかもしれない。眠らなければ一日が終わらないとするならば、科学世紀の社会は永遠の一日を何十年、あるいは何百年と引き延ばし続けているのだろうか。
だとすれば、科学世紀の私たちは何十年生きても、同じ一日の中にいたのかもしれない。
さて、何が言いたいかと言えば――。
この記録を記すことが、随分と久しぶりになってしまったことである。
気付けば、暦は第一二二季である。前回の物語である《六十年周期の大結界異変》から二年以上が経ってしまった。時の経つのがあまりにも早いのは、幻想郷の一日の短さのせいだろう。
この期間は、幻想郷において極めて平穏な二年間であったと言えるだろう。一年に三度も異変が起きた第一一九季が嘘のように、幻想郷は静かな時間を過ごしていた。
もちろん、その間も様々な出来事があった。私たち《秘封探偵事務所》の関わり合った、それらの小さな物語に関しては、別の機会に語ることもあるだろうが――今回は、第一二二季の秋に起きた出来事の話をしたい。
はじめに断っておくが、今回の記録は、異変の物語ではない。
幻想郷に新たな勢力が現れたという意味では、宴会騒ぎや永夜異変と性質の近い出来事ではあるが、今回の新参者たちは、自ら異変を起こそうとはしなかった。
では、彼女たち――守矢神社の祭神と風祝は、何をしようとしたのか?
答えを明かしてしまえば、それは侵略だった。
被害者は、博麗神社――博麗霊夢。
そう、これは幻想郷に初めて巻き起こった、宗教戦争の記録である。
そしてまた、もちろん今回も、この記録は名探偵・宇佐見蓮子の活躍を記したものだ。
妖怪の山に突如として現れた神社と湖。その神社の風祝・東風谷早苗と、二柱の神・八坂神奈子と洩矢諏訪子。彼女たちと、私たち《秘封探偵事務所》の出会いの物語であり、彼女たちを巡る謎の物語であり――我が相棒の、誇大妄想の物語である。
守矢神社はなぜ、外の世界を捨てたのか?
東風谷早苗と二柱の神は、いったい何者なのか?
そして彼女たちは、この幻想郷に何を求めて現れたのか――?
それでは、《秘封探偵事務所》第六の事件簿を紐解くこととしよう。
紅葉に包まれた妖怪の山での、奇蹟を起こす少女と私たちの物語を。
第6章 風神録編 一覧
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楽しみにしていました。
お疲れ様です
爷爷。