―13―
「これはこれは、この神社の本当の神様かしら?」
蓮子が帽子の庇を持ち上げてそう問いかけると、御柱の上の小さな影は「あーうー?」と唸るように訝しげな声をあげた。
「本当の……って、神奈子が自分からそんなこと言うわけがないし、あんたたち、何者?」
「外の世界から来た、平凡な参拝客ですわ。宇佐見蓮子と申します。こっちは相棒のメリー」
「……ま、マエリベリー・ハーンです」
「外の? ははあ、それで早苗が連れてきて、盛りあがってたわけだ。そりゃ、私たちが来てるんだから、他にも外から来た人間ぐらいいるよねえ。早苗にとっちゃ僥倖だね、私らがいるとはいえ、ひとりでこの世界に来たわけだから――」
合点したような調子で、御柱の上の神様は何か喋っている。相棒が鼻を鳴らし、「ところで」とその影に呼びかける。
「せっかくですので、お姿を拝見させていただけませんかしら?」
「ん? ああ、こりゃ顔も見せずに失礼」
ぴょん、と影は軽やかに御柱から飛び降り、私たちの眼前に着地した。月明かりに照らされて、その神様の姿が私たちの前に現れる――。
「ようこそ、うちの本殿へ。早苗に免じて、祟るのは保留にしといてあげる」
――神奈子さんも大概変わった恰好だったが、こちらの神様も負けてはいなかった。私たちよりも頭ひとつぐらい小さな、幼女と呼んでもよさそうな小柄な少女だったが、目を惹くのは頭に被った大きな帽子だ。目玉のような飾りがじろりと私たちを睨んでいる。服には大きな蛙の絵が描かれていた。
少女は私たちを値踏みするように目を細めて見つめ、「で、こんな結界の中に何の用? 神奈子が通したわけじゃないでしょ?」と問いかける。
「勝手に入ってきたことに関しては謝りますわ。この結界の中に、きっとこの神社の本当の神様が隠れているはずだと思ったので、それを確かめたくて」
「――外の世界から来た人間だって言ったね。てことは、うちの神社の外での来歴を知ってるわけか」
「ええ。――建御名方神は余所からやってきた表向きの祭神。諏訪の人たちが本当に信仰しているのは、土着の神様――ミシャグジ神だと」
そう、それが諏訪大社の本当の祭神なのだ。諏訪はもともと、土着神であるミシャグジ神が信仰を集めていた。そこに建御名方神が攻め入り、ミシャグジ神に勝利して諏訪大社の祭神となった、という来歴は諏訪大社の縁起に堂々と書かれていることだ。そういう来歴のため、諏訪で実際の信仰を集めているのはその後も建御名方神ではなくミシャグジ神なのだという。
そして、この守矢神社が幻想入りしてきた諏訪大社であり、八坂神奈子さんが建御名方神であるならば、当然、その裏には真の祭神であるミシャグジ神が隠されているはずだ。私たちはそれを捜しに来ていたわけだが――。
「貴方が、ミシャグジ神ですね?」
「あーうー、まあ、そういうことにしておこっか。神奈子に神社を譲って、奥に引っ込んでるのは事実だよ」
「ははー」
蓮子が大げさに二礼二拍一礼する。私も慌ててそれに倣った。神様の少女は「お、作法を弁えてるね。感心感心」と楽しげに笑う。
「早苗の友達になってくれそうな人間なら、私も神奈子同様に歓迎するに吝かでないよ。私は洩矢諏訪子」
「諏訪湖?」
「湖じゃなくてね、諏訪の子ってことさ。今は神奈子のせいで流浪の身だけどね。あいつはいつも勝手なの。ここに来るのだってさあ、ほとんど勝手に一人で決めたんだよ、あいつ」
諏訪子さんは腕を組んで口を尖らせる。神奈子さんとの間にはいろいろあるらしい。
「ま、私は別にいいんだけどね。早苗が上手くやっていけるかどうかだけが気がかりなわけ。えーと、あんたたち、名前なんだっけ?」
「蓮子ですわ。こっちはメリー」
「蓮子とメリーか。せっかくだから、早苗と仲良くしてやってよ。そっちも外から来たお仲間なんでしょ? 話も合う……いや、早苗は特殊だから合わないかなあ……」
「話が合うかはともかく、早苗ちゃんとは今後とも親しくお付き合いさせていただきたい所存ですわ。もちろん、神様方とも」
「ん、いいの? 神奈子はともかく、私は祟り神だよ?」
唇の端を釣り上げて、諏訪子さんは笑った。幼い顔に、不意に背筋が凍るような凄みが浮かび上がり、私は息を詰まらせる。――目の前にいるのが、人間ではない存在であることを、不意に思い出させる表情。
だが、相棒はそれにもたじろぐことなく、「ええ、もちろんですわ」と笑う。
「八坂様も守矢様も、早苗ちゃんの保護者のようですから。友達のご家族とも友好関係を築くに越したことはありませんもの」
「……友達の家族、ね」
蓮子の言葉に、諏訪子さんは目を細め、石畳の上を飛び跳ねるように、湖の方を向いた。
「あんたたちみたいなのと、外の世界で早苗が出会えてたら、何か違ったのかね――」
諏訪子さんのその呟きは、夜の闇に溶けるように消えていく。
私たちには、その言葉のもつ意味は、よく解らなかったけれど。
―14―
「あーっ! なんでおふたりがこんなところにいるんですか!?」
と、その夜の静寂を切り裂くように、大きな声がその場に響いた。振り向くと、私たちの方へ向かって飛んでくる影がふたつ。顔を確かめるまでもない。早苗さんと神奈子さんだ。
「あ、早苗。ってなんだ、神奈子も一緒か」
「なかなか戻らないと思ったら……どうして諏訪子様のところに?」
「そもそも、ここには強めの結界を張っておいたはずなんだがね」
石畳に降り立った早苗さんは不思議そうに私たちと諏訪子さんを見回し、神奈子さんは眉根を寄せて私たちを睨む。私は思わずホールドアップし、蓮子は「ああ、これはどうも失礼しました」と帽子を脱いで頭を掻く。
「結界が張られているのが気になったもので、その中に何があるのかなと」
「そうほいほい入られちゃあ結界の意味がない。どうやって入った?」
「そこはそれ、我が相棒は優秀な結界探知機でして、少しの隙間があればするりと」
「ちょ、ちょっと蓮子――」
蓮子が私の背中を押す。私は慌てて振り返った。罪を押しつけられてはたまらない。
「私を連れ出したのは蓮子でしょ。だいたい人をレーダー扱いしないでよ。そんなこと言うならこれからは蓮子のこと、夜しか使えない不便な時計って呼ぶわよ」
「GPS機能のことも忘れないで頂戴」
「……なんだかわからないが、妙な力を持っているようだね、ふたりとも」
「そ、それより神奈子様、どうしましょう? 諏訪子様のことは秘密にする予定でしたよね?」
険しい顔のまま腕を組む神奈子さんを、早苗さんがおろおろと見上げる。神奈子さんは小さく息を吐いて、「そいつは、見つかったものは仕方ないと考えよう」と息を吐いた。
「このふたりは、外の知識で諏訪子の存在も薄々察してたようだしね。見ての通り、この守矢神社の本当の祭神はそこの諏訪子だよ。だが、その件は内密にしておいてもらいたい」
「ははあ。それは構いませんが、何のためにですか?」
「――そこまでいち参拝客に明かす義理はないね。こちらにも色々と事情があるのさ。見境なく他言するようなら、祟りが襲うことになる。いいね?」
威厳溢れる声音でそんなことを言われたら、卑小な人間としてはひれ伏すしかない。
私が縮こまっていると、「まあまあ、そこまで脅かさなくていいじゃん」と諏訪子さんが存外軽い調子で声を上げた。
「私も退屈してたしさあ。夕飯にも呼んでくれないし」
「あ、諏訪子様、すみませんでした……」
「いや、早苗が謝らなくていいから。神奈子が呼ぶなって言ったんでしょ?」
「お前の存在をほいほい参拝客に見せるわけにはいかないじゃないさ」
「そーりゃ解ってるけどさあー。神奈子はズルい!」
「な、なんだい」
「だって、早苗が人間の友達を家に連れてきたんだよ!? そんなの我が家にとっちゃお祭りだよお祭り! 早苗に人間の友達が出来たことを私たちが祝わずして何を祝うのさ!? 早苗の好きなケーキでも作ってこのふたりを私と神奈子とで盛大にもてなして末永く早苗と仲良くしてくれるよう神徳の限りを尽くして歓待しなきゃいけない場面じゃん! 早苗の親代わりとしてさあ! なのに神奈子ったら私をのけ者にして! ズルい! 謝罪と賠償を要求する! あとすき焼きも要求する!」
「ちょ、諏訪子、お前ね、参拝客の前でそういう――」
「ズールーい! 神奈子はズルい! 自分だけが早苗の親代わりみたいな顔して! 早苗が家に友達を連れて来るなんていう一大イベントから私をのけ者にするとは! 許されない! 許されるはずもない! 祟ってやる! 三日三晩ケロケロにしてやる! 神奈子の枕元で蛙の歌を無限輪唱だ!」
「す、諏訪子様ぁ、は、恥ずかしいですからもう止めてくださいぃ」
神奈子さんの前で両手を振って飛び跳ねる諏訪子さんに、早苗さんが真っ赤な顔でしがみつき、神奈子さんが「どうどう」とその肩に手を置く。神様に恫喝されていたと思ったら、突然ほのぼのホームドラマが始まってしまって、私としては展開についていけないところである。
「解った解った、バレちまったもんは仕方ない、朝食には呼んであげるから」
「本当?」
「本当だよ。……で、蓮子とメリー、お前さんたちも早苗と部屋に戻りな。こんな時間に若い娘が外をほっつき歩くもんじゃないよ、神社の中でもね。勝手に本殿に入ったことはこの際不問に付すから、ちゃんと寝ておきな。明日は早いんだろう? 早苗、連れておいき」
「あっ、は、はい!」
「了解いたしましたわ。どうも、守矢様、八坂様、失礼いたしました」
「……失礼しました」
まだ何か文句を言い募っているらしい諏訪子さんと、それをなだめる神奈子さんにぺこりと頭を下げて、私たちは早苗さんとともにそそくさとその場を後にした。
「……ああもう、本当に祟られたらどうする気だったのよ」
「ま、そのときはそのときよ。でも、おかげで愉快な体験ができたわ」
毎度ながら、この相棒の行動は場当たりすぎる。楽しげに笑う相棒に私がため息をついていると、前を歩く早苗さんが振り返って肩を竦めた。
「びっくりしましたよ。おふたりが部屋を出ていく物音で目を覚ましたんですけど、お手洗いかと思ったらなかなか戻って来ないので……」
「ああ、ごめんなさい。サークル活動の一環として見逃してもらえない?」
「オカルトサークルとして、ですか?」
「そう、幻想郷の新たなミステリースポット・守矢神社に隠された神様の存在を暴け!」
「はあ。まあ、神奈子様が不問に付すと言っているので私がどうこう言うことではないんですけど……諏訪子様はああ見えて祟り神ですから、気を付けてくださいね。ご機嫌を損ねたら本当に祟られてしまいますよ。たーたーりーじゃーって」
「それじゃ横溝正史じゃない。祟り神にしては可愛らしい神様だったけど」
「神様は見かけによらないんですよ」
まあ、確かにそうだ。幻想郷の厄神様はゴスロリファッションだし。
「ところで、早苗ちゃん。あの守矢様は結界に閉じ込められているの?」
「え? ああ、いえ、別に閉じ込めているわけでは……。あの、神奈子様がこっちで信仰を集めるにあたって、諏訪子様の祟りの恐怖で支配するより、神奈子様の御利益を前に出してギブアンドテイクの取引で信仰を得た方がいいということで、諏訪子様にはうちの神社が軌道に乗るまでは裏方に回っていただくということです。隠していてすみません」
「なるほど。いや、勝手に暴いたのはこっちだし。……でも、八坂様と守矢様、かつて神社を乗っ取られた関係にしては、ずいぶん仲が良さそうね」
「ええ、仲良しなんです。って言うと諏訪子様は『別に友達じゃない』って言いますけど。よく喧嘩もしてますけど、喧嘩するほど仲が良いといいますか。なんだかんだ言っても、長い間信頼し合っている、そんな間柄なんです」
「そして、早苗ちゃんの実質的なご両親でもある、と」
「はい。子供の頃からずっと、近くで見守ってくださっている、私の家族です。これからも、ずっと」
そう言ったときの早苗さんの顔は、曇りのない朗らかな笑顔をしていた。
―15―
翌朝の食卓には、諏訪子さんの姿もあった。
「さーなえー、おなかすいたー」
「はいはい諏訪子様、今お持ちします」
「客人の前でだらしない恰好してるんじゃないよ。手伝いな」
「昨日のけ者にしたくせにー。ねえ蓮子?」
「いや、こっちに振られましても。ねえメリー」
「だからってこっちに振らないでよ」
「お待たせしました、神徳満点の朝がゆです」
「栄養じゃなくて神徳なの?」
「蓮子さんたちには食べると御利益がありますよ。腸内環境の改善とか」
「まあ、確かに胃腸には良さそうね」
「ほれほれ、そこの二人は仕事までに里に帰らないといけないんだろう? さっさと食べようじゃないか」
「そうですね。それでは、いただきます」
「いっただっきまーす。卵焼きいただき!」
「こら諏訪子、私の分まで取るんじゃないよ」
「早い者勝ちだよ!」
「意地汚い真似をするんじゃないよ、神ともあろう者が参拝客の前で」
「まあまあ、まだありますから。おふたりも遠慮なさらず召し上がってくださいね」
「いただきますわ。はいメリー、お味噌汁と卵焼き」
「ん、ありがと。……あ、この卵焼き美味しい」
「えへへ、今日は綺麗に出来ました。自信作です」
「早苗ー、お醤油取ってー」
「はい諏訪子様、ただいま。神奈子様、きんぴらごぼうは?」
「いいよ、自分で取るから早苗もゆっくり食べな」
がやがやと賑やかな食卓を囲んでの朝食。早苗さんと神奈子さん、諏訪子さんの姿はまるきり普通の家族のようで、目の前にいるのが神様とその巫女さんだということを忘れてしまいそうになる。まあ、それもまた幻想郷らしい光景なのかもしれない。人と妖、人と神が当たり前に共にあるこの世界では。
「なにメリー、ニヤニヤして。卵焼きそんなに気に入ったの?」
「え? ……ああいや、確かに美味しいけど」
知らず、口元がほころんでいたらしい。蓮子に小突かれて、私はお味噌汁を啜って息を吐く。
「家族の食卓って、いいなあって思っただけ」
「何よ、私と二人の食事は物足りないって言うの? 蓮子さんは悲しいわ」
「別にそんなこと言ってないでしょ」
「あ、それともなに? ひょっとして今のメリーなりのプロポーズ?」
「人前で変なこと言わない!」
思わず蓮子の背中を叩き、味噌汁を飲もうとしていた蓮子がむせた。その姿に早苗さんたちが「そっちも仲良しじゃないですか」と楽しそうに笑い、食卓に笑いが弾けた。
――この幻想郷に来る前、私は日本に身寄りがなかった。
妹紅さんの家で、慧音さんと四人でご飯を食べているときもそうだけれど……私がこの幻想郷に来て手に入れた一番大きなものは、こういう風に三人以上で賑やかに食卓を囲む時間なのかもしれないと、そんなことを思った。
「また遊びに来てねー。こんな山奥だけど」
「歓迎するよ」
「お邪魔しましたわ。また参拝しに参ります」
「どうも、蓮子がご迷惑をおかけしました。お邪魔しました」
「はい、それじゃ行きますよ。おふたりとも、しっかり掴まっててくださいね」
朝食後、神社の鳥居まで見送りに出てきた神奈子さんと諏訪子さんに手を振って、早苗さんと手を繋ぎ、私たちは朝の幻想郷の空に飛び立った。紅葉に染まった妖怪の山を見下ろして、私たちは早苗さんとともに風に乗って飛んでいく。涼やかな秋風が心地良い。帽子が飛ばされそうなのとスカートがまくれ上がるのが気になるけれど。
「それにしても、あんなに楽しそうな神奈子様と諏訪子様、久しぶりに見ました」
「あら、そうなの?」
「ええ。こっちに来る前も来てからも、いろいろ神経を使うことが多かったですから。私のことも気にされてましたし……私は自分で決めてここに来たんですから、気にしなくていいっていつも言ってるんですけど」
口を尖らせて、早苗さんはそんなことを言う。やっぱり親子のようだなあ、と私はそれに目を細める。心配性の両親と、それを少し煩わしく思う子供の構図はどこでも一緒だ。
「おふたりも、またいつでも参拝にいらしてください」
「そりゃもう、と言いたいけど、自力であそこまで登るのは難しいのが問題ねえ」
「その時は、お迎えにあがりますよ」
「それなら、今度は早苗ちゃんが遊びに来てよ。うちの事務所に」
「え、いいんですか?」
「もちろん。歓迎するわよ。ついでに何か依頼を持ってきてくれるとさらに歓迎」
「探偵事務所に依頼……それならやっぱり守矢神社殺人事件とか起こさないと」
「殺人事件は起こさなくていいですから!」
だいたい守矢神社の人間は早苗さんだけではないか。
そんなことを言い合っているうちに、里の北門近く、墓地の前まで辿り着いた。「ここまででいいわよ」と蓮子が言い、私たちは地面に降り立つ。
「大丈夫です?」
「ん、ここからなら授業開始までに間に合うわ。それじゃあ早苗さん、また」
「いろいろとお世話になりました」
「いえいえ、守矢神社をよろしくお願いします。それでは!」
手を振り、早苗さんはまた風を吹かせて山の方へ飛び去って行った。私たちも踵を返し、寺子屋へと急ぐ。途中で自宅に寄って今日の教材を慌ただしく準備し、寺子屋の門をくぐったのは一時間目、授業開始の十五分前だった。子供たちももう教室に集まっている。今日の一時間目は上級の組が蓮子の算学、下級の組が私の国語なので、遅刻するわけにはいかなかったのである。
「おはよう。ふたりとも遅いぞ。寝坊でもしたのか?」
「すみません、どうも。ちょっとゆうべは夜更かししてしまいまして」
寺子屋の教員室に入ると、慧音さんが呆れ顔で私たちを出迎えた。どうやら、今回の外泊はバレていないらしい。私と蓮子はこっそり一息。
「夜は妖怪の時間だ、先生が夜更かしして遅刻していたんじゃ子供たちに示しがつかないぞ」
「肝に銘じますわ。それじゃあ、授業に行ってきます」
慧音さんの視線から逃れるように、私たちはばたばたと準備を済ませて教室に向かった。
「せんせー、さよならー」
「はい、さようなら。また明日ね」
「宿題忘れないことー」
午後の授業を終え、蓮子と子供たちを見送る。やれやれ、と息をついていると、慧音さんが寺子屋に鍵を掛けながら「おつかれさま」と声を掛けてきた。
「慧音さんは、これから自警団ですか?」
「ああ。そろそろ収穫祭だからな。警備の計画も詰めないといけない」
「ご苦労様です」
「そう思うなら、なるべく私に心労をかけないように心がけてくれよ」
呆れ顔で言う慧音さんに、私たちは頬を掻いて苦笑する。
「そういえば、慧音さん。妖怪の山に新しい神様が来たらしいんですけど、聞きました?」
と、蓮子がしれっとそんなことを言い出す。慧音さんは目を見開いた。
「新しい神様? 初耳だな。外の世界からか?」
「ええ。天狗がそれで何か揉めているらしくて。博麗神社にも来たとか」
「ふむ。危険な祟り神でないといいが……解った、情報収集に努めよう。――言っておくが、山に乗り込んで自力で確かめようとか考えるんじゃないぞ。山は危険なんだからな」
「はーい、解っておりますとも」
昨日、まさしく山に乗り込んで神様の正体を確かめておいて、白々しくそう答える我が相棒である。いったいどの口がそんなことを言うのか、横で聞いている私は呆れるしかない。慧音さんも怪しむような視線を蓮子に向けたが、結局は「それじゃあ」と手を振って自警団の方へ歩いて行く。
「ちょっと蓮子、自分から地雷を踏みに行かないでよ」
「あらメリー、怪しまれる前に機先を制してアリバイを作っておこうというこの蓮子さんの深謀遠慮をもう少し理解していただきたいものだわ。それに自警団に話を通しておけば、早苗ちゃんたちがこれから里で布教するときに話が早く済むでしょ?」
「それはそうだけど……」
「ま、ともかく私たちはとりあえず昨日の調査をまとめて、今後の方針を立てましょ」
「今後の方針? まだ何か詮索する気なの」
「とりあえず、諏訪の土着信仰と諏訪大社に関してもうちょっと詳しく、再確認したいわね。メリーと信州観光したときに調べた資料を参照できないからね」
大学時代にサークル活動で使った資料の類いは科学世紀の京都に置いてきてしまったし、幻想郷ではウェブにも繋がらないのだから仕方ない。
「歴史資料なら、稗田家かしら?」
「紅魔館の図書館や鈴奈庵よりはね。後で阿求さんのところに行きましょ」
そんなことを言い合いながら、私たちは寺子屋の離れにある探偵事務所の戸を開ける。
何代目かの閑古鳥が大繁殖している我が事務所には、今日も依頼人のあるはずもない。
――そのはずだったのだけれど。
「あ、おふたりとも、お邪魔してます」
戸を開けた瞬間、事務所の中からそんな声がして、私たちは固まった。
「……早苗ちゃん?」
「えへへ、さっそく遊びに来ちゃいました」
事務所の座布団に正座して、東風谷早苗さんはいたずらっぽく笑っていた。
第6章 風神録編 一覧
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守矢神社の面々が楽しそうで何よりです。読んでいて気持ちよかったです。
外の世界にいた頃の早苗が少し気になりますね。加奈子と諏訪子も早苗の事を気に掛けているようですし、
今回の謎は早苗を中心に展開されるのでしょうか。名探偵蓮子に期待です。
神の威厳とは一体・・・・・
諏訪子様が見かけ相応の振る舞いをしていて思わずニャッとしました。閉じ込められるのは退屈ですものね。
今回は神社に纏わる謎かな?楽しみです。
次が楽しみ楽しみ(*´v`)
お疲れ様です~諏訪子様が結構、お茶目な発言していて拝読していた私も「ふふ」っとなってましいました。土着神や八坂の神を知る機会にはもってこいの小説です。長野が幻想郷のある場所とも言われているので。でも、残念なのが御柱祭が無くなった事ですね。死傷者も出てしまう危険な祭りですから仕方無いでしょうけども