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幻想郷の話ならば、語ることはいくらでもある。ありすぎるほどだ。
何しろ私たちがこの幻想郷にやって来て、何の因果か異変に首を突っ込むこと既に五度。その異変の話をするだけでも五冊分の本になる。その他、人間の里のあれこれや幻想郷の各地のこと、住んでいる人妖のこと、話すことはいくらでもある。
私たちの目的はこの神社と早苗さんたちに関する情報収集だけれど、外来人の先輩としては新参者の素性の詮索よりも、まずは幻想郷の案内人としての役目を果たして信頼を得ることが肝要だろう。かつて慧音さんが私たちにそうしてくれたように。守矢神社について調べるのは、それからでも遅くはないはずだ。普段は自分の好奇心を最優先する蓮子も、さすがにこの場では真っ当な判断を下すだけの常識は持ち合わせている。
早苗さんは、まだこの幻想郷のことをよく知らないようだった。この山からざっと見渡したぐらいで、麓に下りたのも今日、博麗神社に行ったのが最初だという。博麗神社が幻想郷唯一の神社だという話は、先に神奈子さんがお忍びで里に下りて小耳に挟んだらしい。
「こちらとしては、まずはこの山に暮らしているという天狗や河童の皆さんから信仰を集めたいところなんですが、なかなか……。天狗の方達も河童の方達も、呼びかけてもなかなかお返事をくれなくて。それで先に麓の神社の方を見に行くことにしたんです」
「それで、霊夢ちゃんに神社を譲り渡すよう交渉したと」
「だって、この幻想郷で唯一の神社だというからさぞかし厚い信仰を集めているものだと思ったら、どう見ても寂れてるんですもん。放っておけないじゃないですか! 神社は信仰を集めてナンボです! かな、いえ八坂様の力で大改造劇的ビフォーアフターです! やる気の無い巫女に任せてはおけません! 愛の貧乏脱出大作戦です!」
「ははあ」
どうやら早苗さんとしては、博麗神社の乗っ取りもあくまで善意のつもりであるらしい。博麗神社が貧乏かどうかは議論の余地がありそうだが。少なくとも生活に困っているという話は聞かない。宴会のときは料理を用意してくれるし。
「おふたりは、あの巫女さんとは懇意なんですか?」
「まあ、一緒に宴会をする程度の仲ではあるわね」
「じゃあ、おふたりからも口添えをお願いします! あ、そのためにはうちの神社の神徳をお見せして、まずおふたりにうちを信仰していただくのが先でしょうか」
「まあまあ、そのへんはおいおい。……ところで、どうして私たちに声を掛けたの?」
「え? ああ、あの神社から帰ろうとしたところで、神社に向かってくるおふたりの姿が見えたので、あの寂れた神社に参拝に行く里の人ってどんな人間なのかと気になって様子を見ていたんです。そうしたらおふたりとも、うちの神社に関心をお持ちのようでしたから、ここは営業のしどころだと。おふたりはあの神社の氏子ですか?」
「いやあ、特にそういうわけでもないけど」
「それでしたら是非うちの氏子に!」
「考えておきますわ。――そういえば、早苗ちゃん」
「はい?」
「天狗の新聞記者さんが取材に来たりはしてないのかしら」
「新聞記者? 幻想郷に新聞なんてあるんですか?」
「ええ、天狗の発行しているものが。取材は受けてないんですね?」
「来てないですね。新聞に取材して貰えるならいつでも受けますよ! マスメディアの宣伝効果は有効活用しなくちゃ」
私たちは顔を見合わせる。ということは、だ。
「――射命丸さんは、別にこの神社の取材に貼り付いてるわけじゃないのね」
「みたいねえ。《文々。新聞》の発行が停まってるのは、ここの密着取材中だからなのかと思ったけど、他の理由があるってことね」
小声でそう言い合っていると、「あ、そもそも、おふたりはうちの話をどこで?」と早苗さんが首を傾げた。
「ああ、天狗や河童にちょっとした知り合いがいてね。噂を聞いたの」
「なんですって! それじゃあ、天狗の皆さんに顔を繋いでいただけません?」
「いやいやいや、天狗の上層部と繋がりがあるわけじゃないから、それはちょっと荷が重いわねえ。新聞記者さんなら紹介できるけど、どこにいるんだか解らないし」
目を輝かせて身を乗り出す早苗さんに、蓮子がのけぞりながら首を振る。早苗さんは「そうですか……」と残念そうに身を引いた。ころころと喜怒哀楽が激しい人だ。
「しかし、人間と天狗や河童が共存しているんですね、この世界では」
「いえ、それはウチの相棒が特殊なだけで。人間は人間、妖怪は妖怪で基本的には線を引いて暮らしてるんです。ここにいる無謀ではた迷惑な命知らずが見境なく友人を作っているだけで、妖怪と積極的に関わりあっているのはごく一部の特殊な人たちです」
私が蓮子を小突きながらそう言うと、「ひどい言いぐさねえ」と相棒は口を尖らせる。「事実を言っているだけじゃない」と私が返すと、「事実でも名誉毀損は成立するのよ」と相棒は私を小突き返す。その様を見て、早苗さんはころころと笑った。
「まあ、穏和な妖怪が里に買い物に来ることもあるし、獰猛な妖怪が人間を襲うこともある。ただ、お互い相手を滅ぼそうとはしないから、それは確かに共存と言えるわね」
蓮子が私の言葉を引き継ぐ。早苗さんは「ははあ、勉強になります」と感心顔で頷いた。
「あ、あと私たちも天狗や河童に詳しいわけじゃないのよ。河童はすぐ逃げちゃうし、天狗は里に入れてくれないしで、実態はよく知らないの。天狗や河童はどうも人間の里より高度な技術を持っているっぽいけどね。カメラとか里にないもの持ってるし」
「ああ、そのへんの話は八坂様が喜びますね。技術革新大好きですから……じゃあ、とりあえず人間の里と麓の神社について詳しく教えていただけますか?」
「メリー先生、出番よ」
「なんで私なのよ。蓮子の方が詳しいでしょ」
「仕方ないわねえ。それじゃあ寺子屋の出張教室、幻想郷の基礎講座と参りますか。講師も新参者なので、何でも知ってるわけじゃないことはご了承のほどを。――何か書くものある?」
「あ、どうぞ」
早苗さんが紙とボールペンを差し出した。蓮子が目を輝かせる。
「おお、ボールペン! 幻想郷じゃ外の世界の書きやすい筆記具は貴重品よ」
「え、そうなんですか? ひょっとしてウチにある鉛筆とか消しゴムが一財産に……?」
「なるわね。あと質の高い紙も」
「タイムスリップものみたいな展開ですね!」
目の前に本物の時間旅行者がいることを知らない早苗さんの言葉に、私たちは苦笑した。
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蓮子が要領よく人間の里の解説を進め、私が横から適時補足を入れる。早苗さんは、ほうほう、なるほど、といちいち感心して聞いてくれるので、説明する側としても気分がいい。
「自給自足の社会ですよね? 農地は足りてるんですか?」
「そのへんは、豊穣の神様の加護があるらしいわね。あと、どうやってもここでは生産できないものは外の世界から仕入れたりもしてるらしいわ。コーヒー豆とか」
「なるほど、豊穣の神様が既にいるわけですか……あれ、その豊穣の神様は麓の神社が祀ってるわけではないんです?」
「人の姿で収穫祭に呼ばれたりしてるけど、別なんじゃないかしら」
「ふーむ、うちが割り込む余地はありますかね……やり方次第かなあ」
早苗さんの興味は、やはり神社がどうやって信仰を得るか、というところにあるらしい。豊作祈願は一番手っ取り早く確実な信仰が見込めるということなのだろう。
「技術レベルは江戸時代ぐらいですか?」
「明治の農村ってところじゃないかしら。大規模な工業化はされてないけど、外の世界から流れてきたものを参考に里の職人がいろいろ手作りしてるから、そのへんはわりと歪ねえ。意外なものが作られてたり、逆に無かったり」
「ははあ」
「トイレットペーパーは大事にした方がいいわよ」
「肝に銘じます」
品の無い話だが、トイレ事情は私たちも慣れるまで時間がかかったものである。
「教育はどうです?」
「あ、私もメリーも副業が寺子屋の教師なの」
「寺子屋ですか!」
「私が算学でメリーが国語。上白沢慧音さんっていう、私たちの里での保護者の歴史家の人なんだけど、彼女が歴史を教えるために開いた私塾で、里の中央の商家の子供たちに読み書き算術と歴史を教えてるわ。公的な教育機関がないから、他は家庭学習だったり、ご隠居が小さな私塾をしていたりって感じね」
「タイムスリップものだと技術レベルの低い世界で現代の知識を使って大活躍が定番ですけど」
「私は理論物理学、メリーは相対性精神学、異世界で役に立つ学問じゃなかったのよ、残念ながら。医学部とかなら活躍できたでしょうけど」
「そうたいせい……?」
「ああ、哲学みたいなものです」
私が慌ててフォローする。二一世紀初めの外の世界には、相対性精神学はまだ存在しなかったはずだ。早苗さんが知らないのは当然である。
「ということは私たちがここで技術革命を起こす余地はたくさんあるわけですね……」
早苗さんは腕を組んで「うふふ」と楽しげに笑った。あんまり外の世界の知識をこっちに持ち込むと妖怪の賢者が黙っていないらしい、という忠告をすべきか迷ったが、おそらく早苗さんもそのうち知ることになるだろう。たぶん。
そんなこんなで話し込んでいるうちに、神社に西日が差し込む時間になっていた。
「これ早苗、もう夕刻だよ」
神奈子さんが姿を現して声を掛け、早苗さんは驚いたように外を見やった。
「ええ、もうですか? まだまだ伺いたいことがたくさん……」
早苗さんは困り顔で私たちの顔を見回し、「そうです!」とぽんと手を叩いた。
「おふたりとも、よろしければ今日は是非、うちに泊まっていかれては!」
「ええ?」
私たちは顔を見合わせる。
「そんな、ご迷惑ではありませんか?」
蓮子が神奈子さんを見上げて言う。ちょっと待て、なぜ泊まる前提なのだ。私は蓮子の肩をつかんで、「ちょっと蓮子」と引っ張った。
「なに泊まる気満々でいるのよ。また無断外泊か、って慧音さんに頭突きされるわよ。だいたい明日は朝から寺子屋の授業じゃないの」
「平気平気、朝イチで何でもない顔して寺子屋に着いてれば大丈夫よ。最近は慧音さんも私たちのこと、そこまで気にしてないし」
「だからって……」
「朝一番で里まで送って行けばいいんだろう? 私は構わないよ」
私の反駁は、神奈子さんの鷹揚な言葉で無力と化した。「やった! 神奈子様ありがとうございます!」と早苗さんがはしゃぎ、蓮子は「ね? お言葉に甘えましょ」と猫のように笑い、私は額を押さえてため息をつく。
「じゃあ、客人の分も夕飯の用意をしようじゃないか」
「あ、そうですね! おふたりとも、ではお話の続きは夕飯のときに」
「お世話になりますわ」
「ちょっと蓮子、図々しいってば。手伝います」
「いえいえ、お客様にそんなことをさせるわけにはいきません。外の世界の本もありますし、適当に時間をつぶしていてください」
立ち上がろうとした私を制して、早苗さんと神奈子さんは奥へと引っ込んでいく。全く、この相棒ときたら、どうしてこうも図々しく調子よくなれるのだろう。紅魔館のときといい、白玉楼のときといい……。
「向こうの好意には素直に甘えておくのが礼儀ってものよ」
「それにも限度があるでしょ」
「あら、じゃあメリーはこの神社の秘密が気にならないの? 御柱の結界の裏側に隠されているものの正体が、果たして私たちの知るものなのかどうか――」
「だから、それはさっき釘を刺されたでしょう」
「それならわざわざ、私たちを泊めてくれるものかしら?」
「…………」
「というわけでメリー、久々のサークル活動としゃれ込みましょ」
「サークル活動なのか探偵事務所としての活動なのか、どっちかはっきりして頂戴」
どこまでも楽しげに笑って言う相棒に、私が返せる言葉はそれだけなのだった。
「お待たせしました、こちらへどうぞ」
ほどなく、早苗さんが私たちを呼びに来て、食卓へ案内される。テーブルの上には、私たちの時代では全く見かけなくなった調理器具であるガスコンロ。その上に鉄鍋が置かれ、皿に山盛りになっているのは肉、えのき、春雨、焼き豆腐、春菊……ってこれはつまり。
「すき焼き!」
「こっちに来る前に買い込んでおいたお肉です。いい加減食べきってしまわないと悪くなってしまうので、どんどん食べちゃってください。あ、冷凍してたので風味が落ちてるかもしれませんけど……」
「構いませんわ。メリー、ごちそうよ!」
蓮子が目を輝かせ、私は「はしたないわよ」とたしなめようとするが、ぐう、とお腹が鳴ってしまい赤面した。実際、慧音さんから頂いている寺子屋のお給料に文句を言う気はないのだが、そう贅沢のできる収入ではないのだ。探偵事務所の利益はゼロに等しいし。
「それじゃあ、いただきます」
すき焼きは美味しかった。遠慮を知らずがつがつ食べる我が相棒の横で小さくなりつつも、私も気付けばお腹いっぱいになるほどにはいただいてしまい、恐縮の極みである。そんな中でも、幻想郷についての話ははずむ。早苗さんは楽しげに蓮子の話を聞き、神奈子さんはその横でお酒を飲みながらすき焼きをつついていた。
「神様も普通に人間の食事をされるんですね」
「うん? まあ、食べなくとも死にはしないがね。もともと、祭りでは神も人に交ざって酒と馳走を楽しむものさ。人間の里の収穫祭でもそうじゃないのかい?」
「なるほど、確かにそうですね」
蓮子の問いに神奈子さんが答え、納得した顔で相棒は頷く。そういえば、収穫祭に呼ばれていた豊穣神の少女も、人間に混ざってお酒を飲んでいたっけ。
ともかく、すき焼きを食べ終えて、蓮子とふたり満足の息を吐く。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。それじゃ」
「ああ、早苗。片づけは私がやっておくよ」
「え? いいんですか、神奈子様」
「まだ客人と話し足りないんだろう? 部屋でゆっくり話し込んでおいで。今日はせっかくだ、風呂の支度も私がしておいてやろう」
「……わかりました。ありがとうございます。それじゃあおふたりとも、こっちです」
早苗さんに促され、私たちは食卓を後にする。
「いいのかしら、神様に後かたづけさせちゃって」
「あ、お気になさらず。我が家では家事は持ち回りですから」
平然と早苗さんは言うが、神様と人間で家事を持ち回りしている家は、滅多に無いと思う。
「早苗ちゃんと八坂様って、神様と巫女さんというよりは、普通の親子みたいね」
「そう、ですか?」
蓮子の言葉に、早苗さんは足を止めて振り返り、目を細める。
「早苗ちゃん?」
「え、あ、いえ……はい、神奈子様は私にとって、実の親のような存在ですから。いつも見守ってくれていますし……私ったら、何もかも頼りっぱなしで」
頬を掻きながら、早苗さんはそう答える。私たちは無言で顔を見合わせた。
神様と暮らす巫女の少女。彼女が、こんな生活を外の世界でもしていたのならば――。
外の世界の二一世紀初頭は、科学的合理性によって幻想が駆逐された時代だ。相対性精神学はその萌芽こそ見られるもののまだ形にならず、主観と客観の混同が大手を振って世界を支配していた、霊的研究の暗黒時代。
そんな時代に、否定されゆく神様と暮らしていた少女は、果たしてその社会の多数派に馴染めただろうか? ――答えは、ほぼ間違いなく、否だ。
だって、私自身がそうなのだから。霊的研究が進み、相対性精神学が広まりつつある二一世紀末の京都においても、私は異端者だった。この異邦人の外見と、世界の境界を見つけてしまう目のためによって――。
だからこそ、早苗さんはこの世界に来ることを選んだのだろうか。
私自身が、この世界に――二〇八〇年代の京都からは切り離された、この八十年前の幻想郷に、宇佐見蓮子だけがあの世界との繋がりであるこの世界に安住しているように……。
「ん、メリー、どうかした?」
「え? ううん、別に」
私の方を振り向いて小首を傾げた相棒に、私はただ首を横に振って答えた。
早苗さんの事情がどうあれ、それはあくまで早苗さんの物語でしかない。私にとって共感性が高い物語であるとしても、早苗さんの事情を理解しきれるのは私ではない。早苗さんがそれを求めてくるならまた別だが……今はただ、幻想郷の先輩であればいいのだ、私たちは。
私は、そう考えることにした。
―12―
早苗さんの部屋では、私たち探偵事務所の話をして盛り上がった。と言っても、うちの事務所に誇れるような活動実績はないから、私たちが首を突っ込んだ異変の物語である。
幻想郷が紅い霧で包まれた、紅い館の吸血鬼が起こした異変。
幻想郷から春が奪われた、冥界の亡霊の姫が起こした異変。
三日置きの宴会が繰り返された、孤独な鬼が起こした異変。
本当の月が隠された異変と、それを解決しようとした人妖が夜を止めた異変。
そして、幻想郷中が季節外れの花に包まれた異変――。
それぞれの異変の表向きの(=相棒が妄想した真相ではない)物語に、早苗さんは目を輝かせて聞き入っていた。
「ははあ……あの神社は、異変解決で信仰を集めていたんですね」
「霊夢ちゃんの主なお仕事は、そういうことになるのかしらね」
「じゃあ、私も異変を解決すれば! 異変、起きませんかねえ」
「そう、しょっちゅう起こるものでもないから。ここ二年ぐらいは平和だし、ね」
「むう……残念です。でも、麓の吸血鬼さんや、山の元住人だという鬼さんには、一度お会いしてみたいですね。ご近所さんとして」
「なんなら、紹介するわよ。どっちも知己だし」
「本当ですか! お願いします!」
どこまでも早苗さんは楽しそうで何よりである。
それからお風呂に入れてもらい、早苗さんからパジャマを借りて、神奈子さんが用意してくれたという客間で寝ることにした。布団は三組。早苗さんもここで寝るという。
「えへへ、なんだかパジャマパーティみたいで楽しいですね」
「パジャマパーティ?」
「あれ、おふたりはそういうことやったことないんです?」
二〇八〇年代には無くなった言葉だったが、要するに友達同士のお泊まり会のことであるらしい。「パジャマというか」と蓮子は肩を竦め、私を見やる。
「私たちはどっちかというと、ベッドを抜け出して夜の町を徘徊する方」
「不良ですね!」
「まあ、確かに不良オカルトサークルだったけど」
「オカルトサークル、ですか。それは外の世界で?」
「そう、大学でメリーと二人で」
「やっぱり黒魔術のミサとかしたんです? タロット占いとか」
「いやいや、そういうのじゃなくて……どっちかっていうと、ミステリースポット巡りとか、そういうフィールドワーク系。ね」
蓮子は私に向けてウィンクする。まあ、私たちのサークル活動を穏当に表現すればそういうことになるだろう。結界暴き、は二一世紀初頭の人にはおそらく通じまい。
「ははあー。ホラー映画の被害者役ですね!」
「幸い、悪霊とかゾンビに殺されかけた経験はないけどね」
「吸血鬼の館や死者の国に迷い込んだりしてるのは十分ホラーだと思うけど」
私のツッコミに、早苗さんはころころと笑う。
「うちに悪霊は出ませんのでご安心を。神様に祟られることはあるかもしれませんが」
「おお、くわばら、くわばら。八坂様に失礼のないように気をつけるわ」
「大丈夫ですよ、神奈子様は祟りませんから」
――神奈子様は。ということはやはり、この神社に他に祟る神様がいるのか。
だが、それを指摘する間もなく、襖の外から神奈子さんの声がした。
「まだ起きてるのかい。明日は朝早くに客人を送るんだ、そろそろお休み」
「あ、はーい」
早苗さんが返事をし、布団に潜り込んでいたずらっぽく笑った。
「これじゃまるで修学旅行ですね。枕投げでもします?」
「祟られそうねえ。私たちもそろそろ寝ましょうか」
「そうね。――お休みなさい」
「はい、それじゃあ、お休みなさい」
部屋の灯り(ランタンである)を消して、私たちは布団を被った。――その後もしばらく、早苗さんが寝付くまで、他愛ないおしゃべりを布団の中で続けていたのだけれど。
――そして、草木も眠る丑三つ時。
「メリー、メリー、起きて」
耳元でそう囁かれ、重い瞼を開けると、いつの間にか着替えた蓮子が枕元にかがんでいた。
「……なに、蓮子」
「何って、探検するわよ、例の結界の向こう側を」
「ええ? ちょっと、本気?」
「しっ! 声が大きい。早苗ちゃんを起こさないように、ほらちゃっちゃと着替えて」
蓮子は私の脱いだ服を差し出す。まだ頭は重かったが、私は言われるまま着替えることにした。どうせ、こうなるだろうとは思ってはいたのだ。
「準備OK? それじゃ、行くわよ」
「……神様に見つかったらどうするの?」
「大丈夫よ、大丈夫」
その自信はどこから出てくるのだ。不安に思いつつも、私たちは足音を忍ばせて客間を出た。隣の布団の早苗さんはぐっすり眠り込んでいるようで、私たちに気付いた様子はない。
息を殺しながら廊下を進み、社務所の外に出る。夜の神社は真っ暗で、鳥の声と風の音だけが闇の中にこだましている。私たちは月明かりを頼りに、境内を進む。
「問題の結界は、おそらく拝殿の奥の部分を隠してるんでしょうね。ここが諏訪大社なら、そこに本当の祭神が隠されているはずだわ」
「……それを暴いたら祟られるんじゃないの?」
「さて、ねえ。でも、八坂様たちはむしろ暴かれることを望んでいると思うわ」
「ええ?」
「だって、あまりにあからさまだもの、この神社が諏訪大社であることが。紅魔館や白玉楼のときと一緒よ。隠していることを隠していないものは、暴かれるために隠されているのよ」
Aという存在を本気で隠そうとするなら、Aを隠していることそれ自体を隠さねばならない。「Aを隠している」という事実を隠していないなら、それは「Aを見つけてください」と言っているのと同じことだ――という理屈である。言いたいことは解るけれど、果たして本当に祟られずに済むものだろうか。しかしその危険を説いたところで、この相棒は馬耳東風である。
「黒い触手がうねうねした祟り神とか出てきたら、蓮子を置いて逃げるからね」
「腕に呪いを受けたら、メリーに『生きろ、そなたは美しい』ってやることにするわ」
「そういうのは影狼さんあたりにやって」
「姫なのはわかさぎ姫の方だけどね」
そんな益体もないことを言い合っているうちに、拝殿にたどり着く。私が目を凝らすと、拝殿の向こうには強い結界が張られているのが見えた。――やはり、何かが隠されている。
「メリー、どう? 結界、破れそう?」
「ちょっとここからじゃ……裏の、湖の方から回り込んでみた方が早いかも」
というわけで、昼間に早苗さんに案内された道を通って、御柱が並ぶ湖への道へと出る。夜の湖は鏡のように凪いで、ただ静寂を保っていた。私は御柱の一本に触れる。確かに、強い結界の気配を感じるが……。
「……ここ、少し緩んでる」
「さすがメリー、高性能境界探知機っぷりに最近磨きがかかってない?」
「誰かさんのせいで、結界に閉ざされた世界に送り込まれたせいかしらね」
結界の緩みに指をかけると、すっと結界に隙間が開いた。私は蓮子と手を繋ぎ、その隙間をくぐる。そうして足を踏み入れた先は――。
「……参道? さっきの道とは別よね」
「みたいね。ということは、この先に本殿があるんだわ」
私たちが立っていたのは、両側に御柱が立ち並ぶ石畳の参道だった。この参道も、どうやら湖の方に通じているらしいが――。ともかく、私たちは手を繋いだまま、参道を進む。
そうして、湖が間近に見えてきた頃。
「――おおっと、よくここまで来られたね、客人。ただの人間じゃないね?」
不意に、頭上からそんな声が降り注ぎ、私たちは顔を上げた。
並び立つ御柱、その一本の頂上に、月光に照らされた小さな影がひとつある。
「うちの結界をくぐって、こんなところまで来てしまうとは――」
幼い声だった。けれどその声はひどく剣呑に、傲然と私たちを見下ろして。
この守矢神社のもう一柱の神様は、私たちを値踏みするように声をあげた。
「祟られる覚悟は、出来ていると見ていいのかな?」
第6章 風神録編 一覧
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早苗さんが早速天然の片鱗を見せている気がwそして蓮子が相変わらず図々しさと無鉄砲さを発揮してらっしゃるし、なんだかんだでいつもの秘封倶楽部ですな。
カエルと帽子の神ケロちゃんキタ━(゚∀゚)━!
地霊殿で生れたて早苗の迷言の裏には蓮子がいたのか・・・・・?
外来人同士の語り合いは弾みますね。早苗が楽しそうでなによりです。
結界て隠された参道が見えた瞬間にあの曲が再生されました。さあ、秘封のEXステージはどんな感じになるのかな?楽しみです。
次が楽しみ楽しみ(´∀`*)ウフフ
お疲れ様です~蓮子とメリーに夕食をふるまった際の神奈子様のオカンらしいエプロン姿が見えてしまいました