東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編   非想天則編 6話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編

公開日:2018年08月04日 / 最終更新日:2018年08月04日

―16―

「だいだらぼっち?」
「せんせー、聞いたことないの? だいだらぼっちがでるんだよ!」
 河童のバザーから一週間ほど経った頃。寺子屋の子供たちの間に、そんな噂が広まり始めていることに、私たちは気付いた。
「初めて聞いたわ。先生に詳しく教えてくれる?」
 蓮子がそう問うと、子供たちは口々にだいだらぼっちの噂を教えてくれる。
 曰く、人間の何倍もある巨大な妖怪である。
 曰く、その巨大さゆえに歩くだけで地震が起こる。
 曰く、極めて好戦的で攻撃的である。
 曰く、大きな武器を振り回す。
 曰く、人形のような無表情で獲物を追いつめる。
 曰く、悪の妖怪に操られた怪人である。
 曰く、森の方に出没するらしい。
 曰く、妖精が何匹も犠牲になっている。
 曰く、地獄から甦った亡者の怨念である。
 曰く、地震を起こす大ナマズの化身である。
 曰く、河童が謎の科学で生み出したバケモノである。――エトセトラ。
 子供たちの間でも情報が錯綜していて、誰かが何かを言うと即座に別の誰かから否定が入るという調子で、何が何だかさっぱりわからない。
「それは、河童の作ったあの非想天則とは違うの?」
「ちがうよー。ぜんぜんちがうんだよー」
「だいだらぼっちは森の方にあらわれるんだよ」
「森の方の妖精はみんなだいだらぼっちに食べられちゃったって」
「そのうち妖精を食べ飽きて、人間の里をおそいにくるぞー!」
 年長の子が言い、きゃーっ、と子供たちから悲鳴があがる。
 ふむ、と蓮子は腕組みをして唸った。非想天則とは別、というのは誰も否定しない。確かに、あの非想天則は誰だって目にしただろうから、だいだらぼっち=非想天則なら噂として成立するはずもないわけだ。
「森の方に現れる、巨大な妖怪ねえ……」
 はて、そう言われてみると、何やら心あたりがあるような、ないような。
「だいだらぼっちの話、皆は誰から聞いたか覚えてる?」
 蓮子の問いに、子供たちが視線を交わす。年長の子がひとり手を挙げた。
「うちの親父が言ってたんだ。博麗の巫女が、だいだらぼっちについて調べてたって」
「博麗の巫女? 霊夢ちゃんが?」
 思わぬ名前に、私たちは顔を見合わせた。

 というわけで、寺子屋の授業が終わった後、やって来たるは博麗神社である。
 真夏の日射しが照りつける神社に、人影はない。賽銭を放って裏手に回ると、霊夢さんが桶の水に素足を突っ込んで涼みながら熱いお茶を飲んでいた。矛盾してないかそれは。
「こんにちは、霊夢ちゃん」
「あら、いらっしゃい。何の用? 熱いお茶で良かったら飲む?」
「暑気払いには良さそうだけど、それよりちょっと霊夢ちゃんに聞きたいことがあって」
「ん? あんたら、また異変に首突っ込んでるんじゃないでしょうね」
「いやいやそんな。むしろ霊夢ちゃんが今何を調べてるのかを知りたいんだけど」
「私が? 別に何も調べてないわよ」
「だいだらぼっちを調べてたって聞いたけど?」
 蓮子のその言葉に、「ああ」と霊夢さんは湯飲みを置いて大きく伸びをした。
「それは空振りだったの。チルノの言うことなんか真に受けるんじゃなかったわ」
「チルノちゃんの? だいだらぼっちって、チルノちゃんが言いだしたの?」
「そうよ。あの馬鹿がウチに来て、だいだらぼっちを見たーって」
「いつ頃?」
「ちょうど、河童のバザーがやってたとき」
「だったらそれ、非想天則だったんじゃないの?」
「私もそう言って天狗の新聞見せてやったのよ。そしたら絶対違うって言い張るから、一応調べてみようと思って聞き込みしたり、魔法の森に行ってみたりしたんだけど、誰もそんな妖怪見てないって言うし、魔理沙も知らないって言うから。あの馬鹿、森の方で見たとは言ってたけど、それ以上は何も覚えてなかったから、もう手がかりゼロ。――で、なんで今度はあんたたちがだいだらぼっちなんて言い出すのよ?」
 じろりと霊夢さんはこちらを睨む。「いやいや」と蓮子は肩を竦めた。
「霊夢ちゃんがだいだらぼっちについて調べてたって、里で噂になっててね。寺子屋の子供たちの間では、巨大妖怪だいだらぼっちが里を襲いに来るぞー、妖精を食べ散らかしてるぞー、その巨体で地震を起こすぞーって大盛り上がりよ」
「私のせいだっての? 参ったわねえ」
 霊夢さんは頭を掻く。
「そういう噂になるのって、あんま良くないのよね」
「というと?」
「妖怪って人間の恐怖心から生まれるものだから。幻想郷に実在しない妖怪でも、噂になってその存在が広く信じられちゃうと、場合によっちゃ本当に生まれちゃうのよ」
 噂の実体化か。共同幻想が物理的な質量を持つ、全くもって相対性精神学的世界である。
「だいだらぼっちみたいな巨大妖怪が実体化しちゃうと、面倒臭いわねえ。でも一度広まった噂を打ち消すのって難しいのよね。あんたたち里の教師でしょ、子供たちに変な噂を広めるなって言い聞かせらんない?」
「うーん、そりゃ言い聞かせることはできるけど、子供たちが従ってくれるかっていうと。噂ってむしろ大っぴらに言えない状態の方が広まりやすかったりするから、私たちみたいな大人が変に禁止するとかえって藪蛇になりかねないと思うわ」
「自然に沈静化するのを待つしかないってこと?」
「じゃないかしらねえ。バザーは終わって非想天則はもう片付けられちゃったし、だいだらぼっちらしき姿が目撃されでもしない限り、そのうち沈静化するんじゃない?」
「……後で萃香の奴に、しばらく巨大化するなって言っておくわ」
 ああ、確かに巨大化した萃香さんはだいだらぼっちと間違えられそうだ。そもそも、だいだらぼっちの正体が、私たちの考えている通りなら、遠因は萃香さんなわけだし……。
「おん? 呼んだ?」
 と、頭上から声。見上げると、神社の屋根の上に、いつの間にか萃香さんが寝転がっている。
「なんだ萃香、いたの? あんた、ちょっとしばらく巨大化しないでくれる?」
「えー? 何それ、私が力を使うかどうかを霊夢に指図されるいわれはないよ」
「うっさい、私の仕事が増えるのよ」
「何の話さ。聞いてなかったけど、ねえ蓮子」
「だいだらぼっちが噂になってて、実体化しそうって話よ、萃香ちゃん」
「だいだらぼっちい? 例の河童のアドバルーンのことかい」
「それとは別に噂になってるの」
「ほーん。いいねえ、実体化したら力比べしてみたいもんだ」
「あんたね、まとめて退治するわよ。また神社壊されたらたまったもんじゃないわ」
「大丈夫大丈夫、壊れたらまた私が建て直してあげるって。地震の心配はもうないんだしさ」
「地震より酔っ払い鬼の方が心配だっての」
 霊夢さんがお札を投げつけ、「おおっと」と萃香さんが避ける。戯れめいた弾幕ごっこが始まってしまったので、私たちは退散することにした。
 しかし、妖怪退治を生業にするが故に、調べに動いただけで実在しない妖怪が実在するという噂を生じてしまうとは、博麗の巫女も結構難儀な仕事であるなあ、と私は思った。

 里に戻って事務所に向かって歩いていると、道ばたに人だかりができている。子供たちの人だかりの向こうに見えるのは、人形めいた金色の髪。アリスさんの人形劇だ。
「あら、ちょうどよかった」
 蓮子が帽子の庇を持ち上げてにっと笑う。私はその横で肩を竦めた。
 ――チルノちゃんの見たというだいだらぼっち。魔法の森で目撃されたというのが事実なら、私たちには心当たりがある。アリスさんの人形巨大化計画だ。そういえば、子供たちから聞いた噂にも、アリスさんの人形を思わせる情報がちらほらあったような。
 人形劇が終わり、子供たちが解散するのを待って、私たちはアリスさんに歩み寄る。アリスさんは私たちの姿を見留めて、軽く目を見開いた。
「こんにちは、アリスさん」
「あら、ごきげんよう。そっちから歩いてきたってことは、神社にでも行っていたの?」
「ええまあ、そんなところですわ」
「ひょっとして、霊夢と巨大妖怪の話でもしていたのかしら?」
「へ?」
 思わぬ言葉がアリスさんの口から出て、私たちは目を見開く。
「子供たちから聞いたのよ。幻想郷のどこかで巨大妖怪が暴れているって。霊夢が動いてるんじゃないの?」
「はあ」
「魔法の森にも出没するっていうし、本当なら大変だわ。霊夢はあてにならないし、人形巨大化計画の完成を急がないと」
 アリスさんは大真面目な顔で言う。――アリスさん、ひょっとしなくても、だいだらぼっちの噂の発信源が、その人形巨大化計画のことである可能性に気付いていないのか?
「あのー、アリスさん。その人形巨大化計画のことなんですがね」
「うん?」
「河童のバザーがやってた頃、妖精の子がアリスさんのところに行きませんでした?」
「妖精? ああ、ひょっとしてあの氷の妖精のこと?」
「そう、そのチルノちゃんですわ。その子に例の巨大化人形を……」
「ええ、ちょっと実験に付き合ってもらったけど。それがどうかしたの?」
 ――やっぱりか! 私たちは顔を見合わせて肩を竦める。
「いや、どうというわけではないんですけども」
「そう? よくわからないけど、貴方たちも気を付けた方がいいわよ。人間を踏み潰せるような巨大妖怪らしいから。本当にいるならだけど」
「は、はあ……」
「ああ、巨大妖怪で思いだしたけど。貴方たち、先日の河童のバザーは行った?」
「え? ああ、はい、行きましたわ」
「私も行ったんだけど、あの巨大人形、非想天則だったかしら? あれ、どうなったか知らないかしら。もし譲って貰えるなら引き取りたいんだけど、誰が管理してるのか知らなくて」
「ああ――非想天則なら、守矢神社に聞けばわかると思いますよ。管理してるのは河童じゃないかと思いますけど、まだ処分はされてないはずですわ」
「そうなの? ありがとう、助かるわ」
「アリスさん、あんな巨大人形も蒐集対象なんです?」
「人形であれば何でも集めるわよ、私は。いい情報を頂いたわ。ありがとう。それじゃあね」
 そう言い残し、私たちが呼び止める隙もなくアリスさんはその場を立ち去ってしまう。
 ――子供たちの噂の巨大妖怪は、おそらくアリスさんの人形のことだろう、などと今さら言い出せる展開ではなく、私たちは顔を見合わせるしかなかった。




―17―

 その後、霧の湖にチルノちゃんを訪ねてみたが、結果は芳しくなかった。
「だいだらぼっち? そうだ、あたい、だいだらぼっちを見たんだよ!」
 とは言うものの、チルノちゃんの話にはそれ以上のディテールが欠如していて、さっぱり要領を得なかった。妖精の記憶力なんてそんなものなのかもしれない。
「じゃあチルノちゃん、もう一度見たら『あれがだいだらぼっちだった』って確認できる?」
「できるに決まってるじゃない! だいだらぼっちはだいだらぼっちよ!」
 ――ということで、例のアリスさんの巨大化人形をチルノちゃんに見せることができれば、だいだらぼっち=アリスさんの人形というのは確定できるだろう。今日のところはそれを確認して引き上げることにした。
 で、夕刻。自宅で夕食にしながら、私は蓮子に「で、どうするの?」と問う。
「どうしようかしらねえ」
 味噌汁を啜りながら、相棒はわりと無責任な調子でそう言った。
「霊夢ちゃんの仕事が増えるかもしんないけど、野次馬としてはこのまま、だいだらぼっちが噂から実体化するのも見てみたいと思わない?」
「またそんな無責任な……」
「少なくとも、だいだらぼっちの件は私たちに責任はないわよ」
「本当かしら? だって、チルノちゃんが見ただいだらぼっちが、アリスさんの巨大化人形だったとしても、なんでチルノちゃんが魔法の森に行くの?」
「え? 何よメリー」
「だから、よ。今のチルノちゃんがアリスさんの人形を『だいだらぼっち』だと認識してるとしても、その前にあの子が魔法の森に行く理由があったはずじゃない? で、アリスさんが巨大化人形をチルノちゃんに『だいだらぼっち』と説明したというのは、ちょっと考えにくいと思わない? あの人形、アリスさんは確か『ゴリアテ人形』って呼んでたし」
「――つまり、チルノちゃんは全く別の『だいだらぼっち』を追って、魔法の森に行き、アリスさんのゴリアテ人形を『だいだらぼっち』だと誤解したって?」
「そういうこと。だとすれば、チルノちゃんが誤解した元々の『だいだらぼっち』は――」
「……非想天則」
「じゃないの?」
「ううーん、だとしてもやっぱり私の責任じゃないでしょ。文句は洩矢様と河童たちに言ってほしいわ」
 漬け物をポリポリと囓り、蓮子は「そういえば」とひとつ首を捻った。
「美鈴さんも、太歳星君がどうとか言ってたわね。非想天則とは別に」
 確かに、そんな話をしていた記憶がある。美鈴さんは非想天則とは別だと力強く断言していたが、やっぱり非想天則だったんじゃないの、と私はそのとき考えたはずだが――。
「……まさか、本当に非想天則ともゴリアテ人形とも別の『だいだらぼっち』が既にいるっていうの?」
「さてねえ。そんなのが本当にいたら既に人目についてそうなものよね」
「案外、その正体は雲山さんだったりしてね。入道だし」
「ああ、それはありうるかも」
 話はそうして益体もない雑談に流れていく。
 ――私も蓮子も、この時点でもまだ、今回の件が全てひと繋がりの異変だなどと、認識するべくもなかった。

 事が起きたのは、その日の夜のことである。
 正確には――私たちが寝床につき、睡魔に意識を譲り渡した後。
 つまり、夢の中でのことだ。

 気が付いたとき、私は夢の中にいた。そこが、夢の中だという強い自覚があった。
 こんなにはっきりした明晰夢は珍しい。訝しみながら、私は周囲を見回す。
 そこは、どこか異質な空間だった。真っ暗な大地に、無数の赤い光が縦横に果てしなく走って、まるでタイルのように区切られている。聖輦船に乗って魔界に行ったとき、白蓮さんが封印されていた法界が、こんな感じの空間だっただろうか。
『あれ、メリー?』
 呼ばれて振り向くと、宇佐見蓮子がそこにいた。
『あら、蓮子。ひょっとして貴方も夢の中?』
『あ、やっぱりここって夢の中なの? ちょっとメリー、寝ながら私の目に触ってるでしょ』
『知らないわよ、寝てるんだから』
『まあいいけど。ここが《夢の世界》ってやつなのかしら?』
 蓮子は帽子の庇を弄りながら、興味深げに周囲を見回す。
『何もないわねえ。五億年ボタンの世界ってこんな感じなのかしら』
『蓮子と五億年もここで二人きりは嫌よ』
『あら、私はメリーとだったら五億年二人きりでも幸せよ』
『馬鹿言ってないの。っていうか、私も夢でこんなところに来たの初めてよ、たぶん』
『じゃあ、メリーがまた何か変な境界越えちゃったのかしらね。うーん、ここが客観的に共有可能な夢の世界だとすれば、物理学の徒としても興味深いわ。認識が物理的な力を持つ幻想郷の秘密は、この夢の世界にあるのかも。つまりここがシェルドレイクの形態形成場!』
 相棒が楽しげにそんなことを言っていると――不意に、背後から足音がした。
『やれやれ全く、夢の中でも騒がしい人間たちですね』
 私たちは振り返る。――そこに、ひとりの少女がいた。
 サンタクロースのような帽子を被り、白黒のもこもこした服を着て、半目でこちらを見つめる、どこかふわふわと足元が覚束ないような印象の少女。
『こんばんは、宇佐見蓮子さん、マエリベリー・ハーンさん。私のことを覚えていますか?』
 不敵な笑みを浮かべて少女は問う。言われてみると、この顔に見覚えがあるような……。
『……夢の中で、会った、ような?』
『あら、ひょっとして貴方が貘ですかしら?』
 私たちが同時にそう言うと、少女は満足げに頷いた。
『正解です。私は貘のドレミー・スイート。この夢の世界を管理しています』




―18―

『おお、これはこれは。私たちの夢を食べに?』
『違います。私は貴方たちにお礼と訂正と警告をしに来たのです。ですから、普段はこんなことはあまりしないのですが、貴方たちの夢を繋げて、二人同時に話をしています。その方が話が早いでしょうから』
『お礼と訂正と、警告?』
 私たちは顔を見合わせる。貘にお礼を言われる記憶はないのだが……。
『まずはお礼の方です。と言っても、貴方たちには何のことか解らないかと思いますが。現の世界で貴方たちは知らないうちに、幻想郷の危機を救っていたんですよ』
『――へ?』
『貴方たちが異床同夢現象と呼んでいたもののことです。貴方たちはあれが、私による何らかの警告だと考えていたようですが、それは不正解です。あの現象は私の仕業ではありません』
『はあ』
『ですが、貴方たちがしていた推論は、なかなかいい線を突いていました。それを見込んで、貴方たちに警告しておこうと思うのです』
『警告?』
『はい。――何しろ私が貴方たちにここで詳しい話をしてしまうと、それが夢のお告げとして事態に悪い影響を与えかねないので、貴方たちの頭脳を信頼して託すのです。私の出すヒントから、今幻想郷に起きようとしている危機を解き明かし、その解決法を考えてください』
『――それはつまり、私たち《秘封探偵事務所》への依頼、ということですか?』
『そう受け取ってくださって構いませんよ、名探偵さん』
 ドレミーさんのその言葉に、蓮子の目がきらりと光った。
『お話を伺いましょう』
『今言った通り、詳しい話はできませんが』
 ひとつ肩を竦め、ドレミーさんは語る。名探偵への、推理のヒントを。
『先ほども申し上げた通り、貴方たちの異床同夢現象についての推測はかなりいい線を突いています。私の仕業、という点を除けば。――私は、あの件の処理に奔走していたんです』
『それはつまり……夢の世界の管理者にとって不都合な事態、ということですか』
『そう取ってくださって構いません。――そして、貴方たちのおかげもあって、一旦危機は去りました。しかし今また、別の危機が出来しようとしています。向こうにとって都合の良い事態が現で起こりつつあるのです。これを放置しては、一旦去った危機がまたぶり返すでしょう』
『――今回の件には、首謀者がいると?』
『ノーコメントです』
 目を閉じてドレミーさんはすげなく答える。
『私から言えることはこれぐらいです。あとは、幻想郷がどういう世界であるか、を考えれば、貴方たちならば答えが出るはずです。そこから先の対策は、貴方たちに任せます。私があまり現の世界に干渉するのは問題がありますので、現の問題は現で解決してください』
『はあ。――それは、博麗の巫女に任せてはおけない問題なんですか?』
『任せてもいいですが――そうすると、おそらく被害が大きくなるでしょうね』
『こうやって博麗の巫女を夢の世界に呼んで解決させるとか』
『今だって、あまりこういうことはしたくないんですよ。夢の世界から現に強く干渉したり、夢と意識したまま夢の世界で活動したりするのは、現への悪影響がありますから。私の仕事は夢を見る者の安寧を守ること。貴方たちにこうして明晰夢として干渉するのも、できるならこれが最後にしたいところです』
『なるほど。……ヒントは以上ですか?』
『ええ、私の言えることはこれで全てです。――では、良い夢を』

 ――そうして、夢は終わる。

 目を覚ましたとき、そこはもう、見慣れた自宅の寝室だった。
 朝の光が窓から差し込んでいる。身体を起こして伸びをすると、隣の布団で蓮子も起き上がって目を擦った。
「おはよう、蓮子」
「……んー、おはよ、メリー。――変な夢見たわね。メリーが出てきたわ」
「あら、こっちの夢にも蓮子が出てきたわよ。それから、貘のドレミーさんが」
「え? ――まさか、ほんとにメリーも同じ夢見てたの?」
 布団から身を乗り出して、蓮子は目をしばたたかせる。私は肩を竦めた。
「まさかも何も、夢の中でドレミーさんがそう言ってたじゃない」
「ええー。そんなメリーみたいに夢と現実の区別がついてないのと一緒にしないでよ。私は唯物主義者なんだから。――でも、ほんとに同じ夢だった? 確認させてよ」
 というわけで、覚えている限りの夢のディテールを確認し合った結果、間違いなく私と蓮子は全く同じ夢を見ていたという結論に至った。
「おお、これは明らかに客観的に共有された夢だわ……。幻想郷の深秘の一端に触れた感じね」
「それはいいけど、蓮子、どうするの?」
「どうするって、ドレミーさんからの謎かけのこと?」
「そうよ。なんだか幻想郷の危機とか言ってたけど……」
 正直なところ、半信半疑である。だが、相棒は愉しげに、猫のような笑みを浮かべた。
「それなら、もうとっくに、夢の中で考えてあるわ」
「え?」
「あの夢が確かに貘からの警告であり、《秘封探偵事務所》への依頼だったなら、動くしかないでしょ。彼女は私たちを信じて託してくれたんだから。――この夏の出来事が全て、幻想郷の論理で動いていたなら、私たちも幻想郷の論理でそれに対抗するのよ」
 起き上がって大きく伸びをし、そして蓮子は慌ただしくいつもの服に着替え始める。白いブラウスを羽織り、黒いスカートを穿き、赤いネクタイを締め、真夏だというのにいつものトレンチコートに袖を通し、黒い帽子を被って――相棒はその庇を持ち上げ、宣言する。

「さあメリー、この異変、私たちが解決するわよ!」





【読者への挑戦状】


 というわけで、今回の【出題編】はここまでである。
 出題という意味では、今回は歴代の事件簿の中で、ある意味最もフェアかもしれない。何しろ、私たち自身がドレミーさんから出題された身であるからだ。
 即ち、読者諸賢に考えていただきたいのは、ドレミーさんからの出題を受けて、我が相棒、宇佐見蓮子がどんな誇大妄想を繰り広げたか、である。
 もう少し具体的に言えば――。

 一、結局のところ、この夏に幻想郷で起きていた《危機》とはどんなものだったか?
 二、蓮子はそれを、どうやって解決しようと考えたか?

 読者諸賢への問いは、この二点に集約される。

 この異変は、博麗の巫女が知り得ぬが故に、幻想郷の正史には記録されぬ異変だ。
 だから相棒の《異変解決》も、本当に《解決》だったのかも定かでない。
 それでも、私たちは今回、初めて正面からの《異変解決》に挑んだ。
 だからこそ、私はこの夏の出来事を、こうして記録にまとめているのである。

 さあ、読者諸賢よ、解き明かされたい。
 この夏、我が相棒にして名探偵・宇佐見蓮子が《解決》した《異変》とは、何か?

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この小説へのコメント

  1. 「だいだらぼっちらしき巨大な物」はいた。でもそれは集積して巨大になった悪霊か何かだった。
    間欠泉異変で回収しきれなかった怨霊かもしれない。
    誰かがだいだらぼっちの噂をし、恐れを抱くたびにそれは実体を伴い、幻想郷に外を為す存在になる。
    蓮子はだいだらぼっちに対する恐怖を掻き消す為に、ゴリアテと伊吹萃香による対戦カードを組んだ。
    例えばチルノが「だいだらぼっちって確かにいたけど、ゴリアテや萃香のほうが強いしデカイしかっけー!」となれば、それだけでだいだらぼっちの力は弱まる。

  2. もしくはあれかな。魔法の森に出るくらいだから魔法生物なのかな。魔法の森が、FFでいう所のミストが濃い状態だから自然発生したとか

  3. 認識が力を持つ幻想郷において、噂を広めてだいだらほっちを実体化させようとしたけど、非想天則のアドバルーンがだいだらほっちって噂されて、だいだらほっちは実体化しなくなった?
    結末は誰に求めるのか。楽しみです。

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