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こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編   非想天則編 5話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編

公開日:2018年07月29日 / 最終更新日:2018年07月29日

非想天則編 5話
―13―

 三日間にわたる未来水妖バザーは、大盛況のうちに閉会となった。
「やー、蓮子、おかげで大成功だよ!」
 玄武の沢の会場も、今は客足も引いて、河童たちが撤収作業にいそしんでいる。その中で、ホクホク顔で喜ぶ諏訪子さんに、相棒は「それは何よりですわ」と笑い返した。
「とりあえず、今回の売り上げで当面の予算は確保できたし、早いとこ、これを元手に資金運用を考えてかないとなあ。ま、何はともあれ危機は脱した! 蓮子のおかげだよ。コンサルタント料は約束通り、あとで早苗に持って行かせるね」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
 って、いつの間にそんな契約を交わしていたのだ。我が相棒ながらちゃっかりしている。
「そういえば洩矢様。非想天則ってこの後どうするんです?」
「ん? あれかー。そういえば終わった後のこと何も考えてなかったなあ。あのサイズだけに畳んでも結構かさばるし、勿体ないけど処分かねえ。引き取り手もないだろうし」
「森の人形遣いさんとか喜びそうですけど」
「ああ、里で人形劇やってる魔法使い? あんなデカブツ引き取ってくれるかな」
「えー、諏訪子様、非想天則処分しちゃうんですか!?」
 と、そこへ話を聞きつけて割り込んできたのは早苗さんである。
「勿体ないですよお。せっかくですからとっておきましょうよ」
「いやでも結構邪魔じゃない?」
「またこういうバザーを開いたり、うちの神社で人集めするようなことがあれば、便利じゃないですか。目立ちますし」
「そりゃそうだけど。早苗、あのデザインに文句言ってたじゃんか」
「いやあ、実物見てたらあれはあれで結構いけるかなーと。やっぱり巨大ロボはロマンですから、不動産コストみたいな世俗的理由で処分してはいけません! ここは幻想郷です!」
「そりゃま、単に捨てちゃうのは私も忍びないけどね。どっか保管場所考えておくかあ」
「それこそ地底でよくないです?」
「地霊殿の主に『地底を物置にするな』とか言われるって」
 早苗さんと諏訪子さんはそのまま、非想天則の処遇を巡っての話し合いに突入する。まあ、確かにあれを捨ててしまうのも勿体ないとは思う。とっておいたところで、アドバルーン以外の何に使えるか、と言われると、それはそれで首を傾げるが。
「あやや、こんにちは」
 と、今度は頭上から声。顔を上げると、射命丸さんが私たちを見下ろしている。蓮子が片手を挙げて挨拶すると、射命丸さんはゆっくりと私たちの眼前に降り立った。
「バザー最終日の取材ですか?」
「ええ、終わったようなので責任者の方にお話を伺いたかったのですが、今は取り込み中のようですね」
 早苗さんと話し込む諏訪子さんの方を見やって、射命丸さんは言う。
「ところで、今回のこのバザー、噂ではおふたりがアドバイザーを務められたとか」
「いやあ、それほどでも」
「……私は関係ないですから。主犯は蓮子です」
「主犯じゃないわよ。単にバザーとアドバルーンのアイデアを出しただけ」
「あやや、というとあの巨大人形は蓮子さんの発案で?」
「いえいえ、大きな目印を作ればいいのでは、とアドバイスをしましたが、ああいう形になったのは純然たる洩矢様の趣味ですわ」
「趣味ですか。外来の神様の趣味はよくわかりませんね」
 射命丸さんは首を捻る。そりゃまあ、ロボットアニメ文化のない幻想郷では、非想天則のあの形状は異様に思えるだろう。
「では蓮子さん、アドバイザーとしてご感想を一言」
「ひとりのお客として楽しませていただきましたわ。また機会があればお手伝いしたいですね」
 蓮子の答えを、射命丸さんは手帳に書き留める。次の《文々。新聞》の記事になるのだろう。
 顔を上げた射命丸さんが「では」と言いかけたところで、「ああ」と蓮子は呼び止める。
「ところで、射命丸さん。こちらからもちょっとお伺いしたいことが」
「あや? なんでしょう」
「先日の漫画の件なんですが」
「あやや。あれはもう紅魔館の図書館に引き取っていただきましたが」
「いえ、漫画の内容についてなんですが。あの漫画のストーリーはどなたが考えたのです?」
「それは……本人が名前出しを嫌がってますので、天狗Aということにしておきましょう」
 ――やっぱりあの漫画、射命丸さんが描いたのだろうか?
「では、射命丸さんがご存じなら、で構わないんですが。あの漫画の、友人知人の偽物が攻めてくる――というストーリーは、どういうところから発想されたのでしょう?」
「あやや……そうですね。聞いた話では、漫画担当の天狗Aの見た夢が元だそうです」
「――夢、ですか?」
 蓮子が目を細める。「ええ」と射命丸さんは頷き、指の間でペンを回した。
「知り合いの偽物に襲われる夢を見た――とかで」
「……あの漫画の制作期間って、どのくらいですか?」
「制作作業に入ってから完成まで、正味二ヵ月というところですかね。それ以前から、守矢神社で借りた漫画を研究していましたが、あのストーリーが固まってから完成まではそのぐらいだったはずですよ」
「ははあ。ありがとうございます。紅魔館の主や門番には好評のようでしたから、里で売っても受けるかもしれませんよ、あれ。私たちに見る目がなかったということで」
「いえいえ、お気遣いなく。天狗のプライドに賭け、おふたりや守矢の面々を唸らせるものをいずれ制作してみせましょう」
「できれば、私たちが生きているうちにお願いしますわ」
「善処しましょう。では」
 そこで射命丸さんは、諏訪子さんたちの方へと飛び去っていく。それを見送り、蓮子は帽子の庇を弄りながら、何やら思案げに眉を寄せた。
「……で、今回は何を考えているの? 名探偵さん」
「うーん、私たちの知らないところで何かが起こってるんじゃないかとは思うんだけど、どうもすっきりしないわ。ここは幻想郷だもの、これが偶然の一致とは思えないし」
「偶然の一致って?」
「私とメリー、漫画の天狗と美鈴さんが、揃って同じ夢を見てることよ」
 ――同じ夢。知り合いの偽物が出てくる夢。
 確かに、私は慧音さんの偽物が出てくる変な夢を見たし、蓮子の夢には早苗さんの偽物が出てきたという。そして昨日聞いた美鈴さんの夢も――同種の夢ではある。
「……でも蓮子、美鈴さんと蓮子のは、あの漫画の影響なんじゃないの?」
「だとしても、メリーが慧音さんの偽物の夢を見たのは、あの漫画を読む前でしょ?」
「それは……確かにそうね」
 それは間違いない。命蓮寺で毘沙門天のチラシを手に入れたのは、射命丸さんからあの漫画を見せられる前のことだ。
「サンプル四つじゃなんとも言えないけど――もし、全幻想郷的な異床同夢現象が起きてるんだとすれば、何らかの異変を疑ってもいいと思うけど。というか、こういうのは本来メリーの領分でしょ。夢と現実を同質と見なす相対性精神学の徒として、どう?」
「そうね……」
 私と蓮子の見た夢と、漫画担当の天狗の夢と、美鈴さんの夢が、もし本当に同質のものであるとすれば――。
「この幻想郷が、相対性精神学的な論理で動いている世界である――ということを前提に考えるなら、だけど。――幻想郷には、万人に共通する夢の世界というものが、冥界や魔界と同じように、質量をもって存在するんじゃないかしら」




―14―

 場所を変え、私たちの探偵事務所。お茶を淹れ、私と蓮子はしばし仮説の検討に耽った。
「夢と現実は同じもの。私が現実だと思う方が現実であり、現実の現実性は主観によってのみ決定される――というのが、相対性精神学の基本的な立場。その主観が複数集まって、重ね合わせが生じたところに発生する共同幻想が、蓮子みたいな実存主義者の規定する《現実》ね。だから《現実》は、それを観測する主観によって常に揺らいでいる。物理学者が箱の中に突っ込んだ猫の生死みたいにね。まあでも、とりあえず現時点では、今私と蓮子がこうして向き合っているこの幻想郷を《現実》として定義するわ。そして、ここで私たちが眠っているときに見る夢の舞台を《夢の世界》としましょう」
 私は紙に大きくふたつの楕円形を書き、それぞれに《現実》《夢の世界》と書き入れ、ふたつの楕円形を一本の線で結んだ。
「この《現実》側で眠っているとき、私たちは《夢の世界》で目覚め、活動しているとするわ。さて、この《夢の世界》は、ひとり一世界のような、極めて個人的な世界なのか。それともこの《現実》のように、主観の重ね合わせによる客観性が生じうる世界なのか」
「物理学の徒としては、当然前者、って言いたいところだけど」
「蓮子のその考え方は、基本的に間違ってないと思うわ。だって、《夢の世界》がこの《現実》と同じぐらい、それぞれの主観の重ね合わせの力が強い世界だったとしたら、わざわざ夢と現実を区別する必要が、最初からなくなっちゃうもの」
「――そりゃ、確かにそうね」
 夢が強い客観性を持ち、他人と同じ夢を見るのが当たり前の世界だったとすれば、それはもう《夢》ではなく純然たる《もうひとつの現実》だ。夢ではなくオンラインゲームみたいなものになってしまう。
「でもこの幻想郷でも、《夢》は《夢》として扱われている。基本的に、客観性を持たない主観的世界と見なされているわ」
「それじゃ、メリーの言うひとつの《夢の世界》なんて存在しないんじゃないの?」
「そうね。そこで、《夢の世界》を《より主観の力が強い世界》と定義してみるわ」
「主観の力が強い世界?」
「そう。蓮子、相対性精神学における、個人の主観は量子力学における可能性世界に等しい、って考え方は知ってるでしょ?」
 要するに、世界を認識する主観が異なれば、それはもう違う世界を認識しているのと同じことである、という考え方である。私たちは全員、微妙に違うパラレルワールドに住んでいるのを、なんとなく同じ世界にいると錯覚しているだけ――という話だ。
「つまり、《現実》に比べて、《夢の世界》では、主観という可能性世界の密度が薄いのよ。この《現実》では私たちの主観が寄り集まって一本のロープを為しているとすれば、《夢の世界》ではロープの繊維がバラバラに解けて、繊維の一本一本がちょっとずつ交差してる、みたいなイメージで考えてもらえればいいわ」
「完全にバラバラ、重なり合わない並行状態ではない、ってこと?」
「異床同夢現象が起きているという仮説に則って考えるなら、ね。私と蓮子、美鈴さんと漫画担当天狗の夢は、全く同じ夢じゃないけれど、確かに似通っている。夢がどこかでゆるやかに繋がっているとすれば、四人で同じような夢を見ることは考えられるんじゃないかしら。個人の精神世界と思われるものがどこかで繋がっている、そういう《場》がある、という考え方自体は古くからあるものだから」
「ユングの集合的無意識みたいなものかしらね。あるいはシェルドレイクの形態形成場って言った方が近いかしら」
「別にどれでもいいんだけど。――問題は、たぶん幻想郷では、その《夢の世界》に住む妖怪もいるんじゃないかと思うのよ」
「貘、ね」
 蓮子が言い、私は頷く。夢を食べる妖怪としての貘が幻想郷にいても、何の不思議もない。そしてそれが住んでいるのが《夢の世界》だというのは、充分にあり得る。
「異床同夢現象が起きているとして、そこに何らかの意志が介在しているとすれば、それは他人の《夢の世界》に干渉する力を持った妖怪。つまり夢にまつわる妖怪――貘の可能性が高いと思うわ」
「つまり、《夢の世界》に住む貘が、私やメリー、美鈴さんに、例の夢を見せたと」
「仮説に仮説を積み上げた砂上の楼閣だけどね」
「まあ、とりあえずはその仮説に基づいて考えてみるとしましょう。貘がそんな夢を私たちに見せる理由は? 天狗の漫画が夢に基づいて描かれたのも、貘の差し金ということになるのかしら。そして、その漫画を読んだ私や美鈴さんが同じような夢を見たのも。……でも、それだとメリーが漫画を読む前に例の夢を見たのは何故かしら?」
「――天狗の漫画が、貘によって描かされたものだとすれば、だけど。私もその夢のことを文章として書くことを期待されたのかもしれないわね」
「うちの探偵事務所の記録として?」
 そう、つまり貴方が今読んでいる、この記録のことである。
「だとすれば――」
 蓮子は帽子を指でくるくる回しながら、ひとつ唸った。
「貘の目的は、メリーや天狗の見た夢の内容を広めること、ということになるわね」
「知り合いの偽物が襲ってくるという夢を?」
「そう。私や美鈴さんは、あの漫画でその影響を受け、そんな夢を見た。――だとすれば、貘は何のために、その夢の内容を広めようとしているのか」
 蓮子がそこまで言ったところで、私たちは顔を見合わせる。
 ひとつの可能性が、私と蓮子の脳裏に、おそらく同時に浮かんでいた。

「――――何かの、警告?」




―15―

 翌日、私たちは寺子屋の生徒に、最近変な夢を見なかったか、と尋ねてみた。だが、結果ははかばかしくない。少なくとも、私と蓮子が見たような夢を見た子は一人もいないようだ。
「ということは、例の夢はやっぱりあの天狗の漫画を媒介に感染するのかしらね」
「夢を感染させる漫画って、なんだか都市伝説めいてきたわね。レミリア嬢とパチュリーさんに確認しに、紅魔館に行ってみる?」
 天狗の漫画を読むと例の夢を見る――ということなら、レミリア嬢やパチュリーさんも同じ夢を見ていることになるはずだ。
「うーん。その前に、まずは幻想郷の貘について情報収集しましょ」
 ――というわけで、やって来たるは妖怪情報の集約地点、例によっての稗田邸である。
 通された和室で阿求さんから紅茶を差し出され、私たちは阿礼乙女に向き合った。
「それで、今日は何の調べ物でしょう?」
「貘について、なんですが。ご存じのことがあれば何でも」
「夢を食べる妖怪の貘ですか……」
 蓮子の問いに、阿求さんは軽くこめかみを指で叩き、記憶を呼び起こす仕草をする。阿求さんの脳内では、溜め込まれた膨大な情報が検索されているのだろう。
「私の知る限り、貘に関する記録は、極めて少ないですね。夢の世界に存在しているとは言われていますが……貘を現世で目撃したことのある者は、妖怪の中にもいないのではないでしょうか。何しろ夢の中にしか出現しないと言われていますから」
「夢の世界、ですか」
「生きる者の見る夢は、全てどこかで繋がっていると言われています。夢の世界には現世とは違う自分がいて、たまに他人の夢に迷い込んだりもするようですね。夢の中で知らない人に会ったり、行ったことのない場所を訪れるのはそのせいである、と言います」
「さすがメリー、夢の専門家」
「専門家じゃないってば。そういう考え方は古くからあるって言ってるじゃない」
「何の話ですか?」
「いえいえ、こちらでも夢の世界とはそういうものではないかと推測していたもので」
「そうですか。……とにかく、貘はその夢の世界に住んでいる妖怪だと言われています。貘の存在が確認できる数少ない記録の中では……何人もの夢の中に、同じ顔の少女が現れる、という現象が、稀に確認されるそうです。それが貘ではないかと言われています」
 遥か昔の都市伝説「This Man」みたいなものか。
「……そういえば、私の夢にも見知らぬ女の子が出てきたような気がします」
 ふと思いだし、私はそう呟く。確か、例の慧音さんの偽物が出てくる夢を見た後のことだったと思うが……。もう記憶が曖昧で、はっきりしない。
「あらメリー、実はもう貘に会ってたの? やっぱり白黒の呑気そうな動物だった?」
「人間の姿だったと思うけど、あんまりよく覚えてないわ」
 私たちがそんなことを言い合っていると、阿求さんがこほんとひとつ咳払いした。
「とにかく、何しろ夢の中の妖怪ですから、その生態は謎に包まれています。メリーさんの言うように、人間は見た夢をすぐに忘れてしまいますし、私も夢の中には取材に行けません」
「見るもの全てを記憶する阿礼乙女でも、夢は忘れてしまうんですか?」
 素朴な疑問として私が問うと、阿求さんはちょっと奇妙な表情をして、ひとつ息をついた。
「私は――御阿礼の子は、夢を見ません」
「……夢を見ない?」
「はい。少なくとも私は、夢を見たという記憶が一切ありません。――ひょっとしたら、起きた瞬間に全てを忘れているだけかもしれませんが。もしそうだとしたら、夢だけが私にとっては、完全に忘れることを許された聖域なのかもしれません」
 そう言って、阿求さんは紅茶を口にする。
「なるほど。御阿礼の子の力で、夢を現実と同様に忘れないとしたら、阿求さんにとって夢と現実の区別が存在しなくなってしまいますからね」
 蓮子が腕を組んで言った。――なるほど、確かにそうだ。夢を全て完璧に記憶していれば、それはもう現実と完全な地続きであることになる。それでは、夢と現実は区別のしようがない。
「そういうことです。ですから、夢の世界に関しては、私は自分で取材することも、体験することもできません。貘についての記録が少ないのも、おそらくそのためです」
「ははあ。――貘の他に、夢に関係する妖怪の記録はありますか?」
「睡眠に関する妖怪でしたら、他愛のないところで枕返しがいますが……。あとは、魔界には夢魔がいるという噂もありますが、あくまで噂ですね。夢に何か異常があるようでしたら、とりあえずは貘の仕業を疑っておくべきではないかと」
「では、貘対策に、何か心当たりはありますか?」
「さて、何しろ私には縁のない妖怪ですので……。それに、貘は基本的に悪夢を食べてくれる有益な妖怪のはずですが」
「ですよねえ」
「何か、貘に悪さをされているのですか?」
「それがよくわからないんですが」
 と、蓮子は天狗の漫画の件を伏せて、異床同夢現象について手短に阿求さんに説明する。
「知人の偽物が出てくる夢……ですか。複数人が同時期に同じような夢を見たとなると、確かに貘が絡んでいる可能性はありそうですね。目的はわかりませんが。私の方でも、そのような夢に関する情報を集めておきましょうか」
「いいんですか?」
「貘については調べる機会がなかなか無くて。いい機会です」
 楽しげに阿求さんは笑う。蓮子は「では、よろしくお願いしますわ」とひとつ頭を下げた。

 稗田邸を辞したあと、私たちは紅魔館に向かおうと思ったが、通りを歩いていると手間が省けた。買い物に来ている咲夜さんの姿を見かけたのである。
「咲夜さん、こんにちは」
「あら、宇佐見様にハーン様。ごきげんよう」
 買い物籠を提げたまま、咲夜さんは優雅に一礼する。しかし、何度見ても咲夜さんのメイド姿は、里の中では浮いている。本人は気にも留めていないようだが。
「お買い物ですか」
「ええ、食材の買い出しに。お二人はどこかにおでかけでしょうか?」
「ちょっと調べ物を。ああ、それで咲夜さんにもちょっとお伺いしたいことが」
「なんでしょう?」
 さも偶然思いついたように問う蓮子に、咲夜さんは首を傾げる。
「咲夜さん、先日天狗がそちらの図書館に持ち込んだ漫画は読まれました?」
「ああ、あれですか。最初の何ページかだけ目を通しました」
「そうですか。お嬢様と美鈴さんが随分とお気に召していたようですが」
「ええ、お嬢様はともかく、門番が漫画にうつつを抜かして、夢の中で活躍した気になっているようでは、館のセキュリティが心配ですが」
「あはは。お嬢様も夢に見るほど夢中になっているんですか?」
「さて、どうでしょうか。まあ、お嬢様はあと三日もすれば飽きておしまいになるかと思いますわ。お嬢様はいつも飽きっぽいですから」
「そうですか……。では、館の皆さんで、最近何か変な夢を見たという話はありますか?」
「変な夢ですか。さて、私は存じ上げませんが、お二人の調べ物というのはそのことですか」
「まあ、そんなところです。ちょっと夢の世界について調べてまして」
「はあ。少なくとも私には心当たりがありませんね。お役に立てず申し訳ありません。後ほど、私からお嬢様やパチュリー様にも伺っておきましょうか。何かあるようでしたら、次に買い物に来たときにでもご報告に伺いますわ」
「それはどうも、ありがとうございます」
「いえいえ、いつも妹様がお世話になっておりますので。それでは」
 瀟洒に踵を返す咲夜さんに手を振って見送り、「ふむ」と蓮子は唸る。
「咲夜さんはともかく、パチュリーさんが例の夢を見ていたら、誰かに話ぐらいはするわよね。雑談としてでも。まあ、お嬢様の反応が面倒臭かったのかもしれないけれど。うーん、やっぱり本人に直接聞いた方が良かったかしら」
「だからって今から咲夜さん追いかけるのも変じゃない。この後どうするの?」
「そうねえ。他にあの漫画を読んだ誰かがいれば、話を聞きたいんだけど……ううん、あのときちゃんと褒めて鈴奈庵に持って行かせてれば良かったかしらね」
「それこそ今さらじゃない。だいたい――」
 言いかけたところで、はっと私は気付く。あの天狗の漫画が夢を感染させるものだとすれば、天狗の漫画を確実に読んだ知り合いが、少なくともあと二人いるではないか。
「蓮子。あの漫画、早苗さんと洩矢様も読んでるはずじゃない?」
「あ! すっかり忘れてたわ」
 蓮子はぽんと手を叩いた。私も完全に忘れていた。射命丸さんはあの漫画を私たちのところに持ち込む前に、守矢神社の二柱に見せたと言っていたではないか。
 ――というわけで、私たちは自宅にとって返す。自宅にある守矢神社の分社に呼びかけると、例によって神奈子さんが応えた。
「なんだい、早苗を呼ぶかい?」
「ああ、いえ、こっちに来ていただくほどのことでは。ちょっと聞きたいことがありまして、八坂様から確認していただければいいんですけれども」
「うん?」
「早苗ちゃんと洩矢様に、最近変な夢を見なかったかどうか、ちょっと訊いていただけませんかしら」
「変な夢? まあ、それは構わんけどね。いったい何の話だい?」
「それがまだちょっとよくわからないで、調査段階なのですわ」
「ふうん。まあ、分かった。ちょっとお待ちよ」
 ――で、数分後。
「二人とも、特に心当たりはないとさ」
「あら……そうですか。すみません、お手数お掛けしましたわ」
「なに、バザーの件で世話になったばかりだからね。私からも礼をいうよ」
「いえいえ、滅相もない。こちらこそ楽しませていただきましたわ。それでは」
 通話終了。私たちは顔を見合わせた。
「結局、蓮子の考えすぎだったんじゃないの? 私たちが似た夢を見たのはただの偶然で」
「そうかもしれないわねえ、今回ばっかりは」
 顎に手を当てて、蓮子は首を捻る。私はただその横で肩を竦めた。

 ――そうして、異床同夢現象の調査は尻すぼみに終わった。
 だが、ほどなくして――また別の角度から、今回の件は繋がりを見せ始める。
 それは、数日経ってから流れ始めた、ある噂に端を発する。

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この小説へのコメント

  1. 待ちわびておりました!
    今回も面白かったです!
    次回も楽しみに待ってます!

  2. もしや憑依華の警告…?夢の住人がいるということを認識してもらいたかったとか?
    チルノがどんなに風に関わってくるのかも気になります。

  3. 忙しくてすっかり読むのを忘れてました。やはり面白いですね、頑張ってください

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