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こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編   非想天則編 3話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編

公開日:2018年07月14日 / 最終更新日:2018年07月14日

非想天則編 3話
―7―

 バザーの目印になるアドバルーンが完成し、動作試験を行うから見に来ないか――という連絡を諏訪子さんから受けたのは、射命丸さんが漫画を持ってきた翌日のことである。
 そんなわけで私と蓮子は、寺子屋の授業後、諏訪子さんに運んでもらい、間欠泉地下センターへとやって来ていた。河童たちががやがやと行き交う中に、思わぬ顔がある。霊夢さんだ。
「あら、霊夢ちゃん。なんでここに?」
「あー? そりゃこっちの台詞よ。なんであんたたちがここにいるの?」
「いやあ、今回の件の発案者なもので」
「またあんたたちなの? 人間のくせに妖怪の手助けばっかりしてるんじゃないわよ。白蓮の奴にでも感化されたの?」
「いやはや滅相もない。霊夢ちゃんこそ、なんでまた?」
「あー、霊夢は私が呼んだんだよ」
 諏訪子さんがそう声をあげる。「洩矢様が?」と首を捻る蓮子。
「そうそう。これから非想天則の起動試験をするわけだけど、何せデカくて目立つからさ。この巫女に見咎められたら、せっかく作ったのに壊されちゃいそうじゃん。だからあらかじめ、こういうの作ったけど別に危険はないからって話を通しとこうと思って」
「で、こいつらが今度は何企んでんだか確かめに来たわけよ」
 なるほど。なにせ霊夢さんは魔理沙さんとともに、聖輦船を問答無用で撃ち落とそうとした前科があるからして、賢明な処置であると言えよう。
「ひそうてんそく、ですか?」
「そ、非想天則。ま、まずは見て頂戴。正式公開前に目立っても困るから、一応外からは霧で隠すけどね。念のためってやつ。じゃ、そろそろ始まるよ」
 諏訪子さんがそう言うとともに、あたりに霧が立ち籠めてきた。霧の湖の方から風でも起こして霧を流してきているのかもしれない。視界が白く煙り、動き回っていた河童の姿も霧の中の朧気な影に変わっていく。
 そして――その白い霧の中に。
「非想天則、ショータイム!」
 諏訪子さんのそんな掛け声とともに、黒い巨大な影がむくりと起き上がった。
 霧の中に浮かび上がるその影は、予想以上に大きい。ひょっとしたら百メートル近くあるだろうか。足元にいる私たちは、首が痛くなりそうなほどに見上げないと全身が見えない。
 全身――そう、全身である。その影は、明らかにヒトの形をしていた。二本の足、二本の腕、縦長の胴体の上に丸い頭――。全長百メートルのそれは、まさしく。
「人型二足歩行巨大ロボット……!」
 日本が生んだ(?)偉大なるアニメと特撮の伝統文化。私たちがかつて暮らしていた二〇八〇年代においてなお生み出され続けていた、幻想と空想の申し子。人型二足歩行巨大ロボットが、幻想郷の大地に立っていた。
 先日、魔法の森でアリスさんの巨大化人形を見たけれど、あれとはスケールが違うし、こちらは見た目も完全に古き良きアニメの巨大ロボットである。その外見を表現するのに適切な語彙を自分が持たないので詳述できないのが残念だ。
「起動成功だ! 見よ、これが私たちの切り札――その名も、非想天則!」
 巨大ロボットの肩の上から、諏訪子さんがメガホン越しにそう叫んでいる。河童たちから歓声があがり、霊夢さんが思い切り剣呑に眉を寄せた。
「さあ、次は動かしてみようか。非想天則、アクション!」
 諏訪子さんがそう叫ぶと、それに応えるように巨大ロボット――非想天則の両腕が持ち上がった。ガッツポーズというか威嚇するゴリラのように両腕を上げ、また下ろす。それだけの動作だが、結構動きはリアルである。
「よーしよし、良い感じ良い感じ! 次は歩く動作いってみよう! アクション!」
 非想天則の右足が持ち上がる。だが、次の瞬間、ぐらりと非想天則の身体が傾いた。諏訪子さんが悲鳴をあげ、「ストップストップ!」という言葉とともにゆっくりと右足が下ろされ、非想天則はなんとかバランスを取り戻す。――ところで、右足が地面に下ろされたとき、地響きも何もなかったのだけれども……。
「ふいー、危ない危ない。歩くのはやっぱりちょっとバランスが難しいかあ。よーし、とりあえず起動試験は成功だ! 撤収〜!」
 諏訪子さんがそう叫ぶと、河童たちがわらわらと動き回り、非想天則はそのまま地面に潜るように姿を消した。霧が風に吹き流されると、その場に巨大ロボットが存在した痕跡は、もう何も残っていない。
「……何だったのよ、今の」
 霊夢さんが釈然としない顔で首を傾げた。そりゃまあ、幻想郷の住人にとっては、全長百メートルの人型巨大ロボットは全く未知の概念だろう。
「やあやあ、どうだった?」
「どうもこうも、何なのよあれ」
 満面の笑顔でこちらに歩み寄ってきた諏訪子さんに、霊夢さんが眉を寄せる。
「アドバルーンだよ。今度河童がバザーやるから、その目印にするの」
「バザーの目印? あんなデカブツ、危険はないんでしょうね。神社を潰されるのは御免よ」
「だいじょぶだいじょぶ。何なら実物触って確かめてくれてもいいけど、あれホントにただの飾りだから。中身は空っぽ。付喪神になったりしないように気を付けるよ。だから天の法則を考えられない、非想天則っていう名前にしたんだし」
「ふうん……にしては結構リアルな動きだったけど」
「動力はまあ、とりあえず企業秘密ってことで。秘密があった方が面白いでしょ?」
 舌を出す諏訪子さんに、霊夢さんは呆れ顔で私たちの方を振り返る。
「蓮子、これあんたの入れ知恵?」
「いやいや、バザーの宣伝に大きい目印を作ったらどうかって提案はしたけど、あんな巨大ロボットになるのは私も想定外よ」
「どうだか。バザーってどこでやるのよ?」
「玄武の沢の近くの予定だよ」
「それなら、あれが倒れてきてもウチの神社には関係ないか……。ま、いいわ。もし何かあったら容赦なく退治してやるから。結構面白いもの見れたし、今日は帰るわ」
 どうやら一応納得したらしく、霊夢さんはあっさりその場を飛び去っていく。手を振ってそれを見送り、私たちは改めて諏訪子さんに向き直った。
「洩矢様、結局あれは何なんです?」
「だから非想天則だよ。見た目のモデルはマジンガーZとビッグオーなんだけど」
「あまり詳しく存じ上げませんわ」
「えー、マジンガーZは人間搭乗型巨大ロボットの元祖たる偉大な存在だよ! あとビッグオーは私のマイベストロボットアニメだから見ないと祟るよ」
「幻想郷では難しいですわねえ」
「それもそうかあ。ま、とにかく、幻想郷にも巨大ロボットはなさそうだし、あれなら目立って人目をひくでしょ? 天狗の新聞も使ってばばーんと大宣伝打つよ!」
 楽しそうにその場でくるくる踊る諏訪子さん。まあ、楽しんでいるなら何よりである。
「洩矢様、あれって、どうやって動かしていたんです?」
「企業秘密……だけど、まあ蓮子にはバラしてもいいか。――核の力だよ」
「ええ? 核融合エンジンなんてそんないつの間に」
「いやいや、そんな大層なもんじゃないって。地底にある核融合のエネルギーをちょいとね」
「……それって、つまり間欠泉ってことですか。ということは……蒸気?」
「そ。間欠泉が噴き上げれば腕が上がり、止まれば下がるの」
 ――それは、つまりただの気球ではないか。道理で足音がしないわけだ。本当に中身は空っぽ、ただのアドバルーンである。「なるほど」と蓮子は顔を覆って苦笑した。
「とりあえず、正式発表まではオフレコでよろ」
「承知しましたわ。そういえば早苗ちゃんはこの件には?」
「私が勝手にやってることだから、早苗には喋ってないよ」
「あら、絶対喜びそうなのに」
「早苗を噛ませたら絶対デザインで喧嘩になるもん。ここは私の趣味を通させてもらった!」
 なるほど、早苗さんには早苗さんなりの巨大ロボットのイデアがあるのだろう。
「そうだ、騒霊楽団に頼んでテーマソング作ってもらおうかな。タイトルは『ぼくらの非想天則』とかどう?」
「いや、どうと言われましても」
 ぱいるだーおーん、と歌い出す諏訪子さんはどこまでも楽しそうで、私たちはただ顔を見合わせ、肩を竦めるしかなかった。




―8―

 非想天則の起動試験を見物した帰り、私と蓮子は紅魔館に寄り道した。普段はよく門の前で居眠りしている美鈴さんが、今日は何やら身構えている。
「こんにちは、美鈴さん。どうかしました?」
「ああ、貴方たちですか。こんにちは。何か山の方に怪しい影が見えませんでしたか?」
 警戒心を解かないままの視線を妖怪の山に向け、美鈴さんはそう尋ねてくる。怪しい影、ってどう考えても、今さっきまで起動試験をしていた非想天則のことだろう。
「いえ、気付きませんでしたわ」
「そうですか……。妙なところに霧が立ち籠めていましたし、見間違いではないと思うんですが……。一応、警戒態勢を敷いておきます。お二人も何か怪しいものに気付いたらお知らせくださいね」
 すっとぼける蓮子に、美鈴さんは真剣な顔で言う。正体がただのアドバルーンだと知ったら、美鈴さんはどんな顔をするのやら。言わぬが花というものだろう。

 ともかく、美鈴さんに門を通してもらい、咲夜さんに出迎えられて私たちは館の中へ足を踏み入れる。今日もお嬢様は図書館にいるとのことで、向かうは地下の図書館だ。
 階段を下りて図書館の扉を開けると、何やら中が騒がしい。いつもは静かな図書館に、どったんばったん大騒ぎの気配である。誰か中で弾幕ごっこでもしているのだろうか。
「何の騒ぎかしら?」
 ちょうどそこに小悪魔さんが飛んできたので、咲夜さんが尋ねた。「ああ」と小悪魔さんは図書館の奥を振り返って苦笑する。
「お嬢様が、パチュリー様を無理矢理付き合わせて活劇ごっこ遊びの最中でして」
「あらあら。不審者が入り込んだわけではないなら、いいのだけれど」
 いいのか咲夜さん。まあ、図書館ではお静かにと怒るのはパチュリーさんの仕事だろうし、紅魔館では主であるレミリア嬢の意向はそれに優先するのだろう。
 ともかく、咲夜さんを先頭に騒ぎの元へ向かう。ほどなく見えてきたのは、テーブルの上で謎の構えをする楽しそうなレミリア嬢と、辟易した顔でそれに向き合うパチュリーさんだ。
「パチェの名を騙って紅魔館に潜入するとはいい度胸ね。このツェペシュの末裔の力を見せてあげるわ。ぎゃおー!」
「……くくく、さすがは紅魔館の主、この私の正体を瞬時に見抜くとはー。貴様を倒してこの紅魔館を乗っ取り、幻想郷制圧の橋頭堡としてくれようー。とおー」
 ノリノリのお嬢様に対し、思いっきり棒読みでへろへろのパンチを繰り出すパチュリーさん。お嬢様が「ちょっとパチェ、もうちょっと真面目にやったらどうなの」と口を尖らせ、「無茶言わないでよ。魔法使いに肉弾戦を要求されても困るわ」とパチュリーさんが言い返す。肉弾戦主体の魔法使いにも心当たりがなくもないが……。
「ごきげんよう、お嬢様。何やら楽しそうですわね」
 蓮子が帽子を脱いで一礼すると、レミリア嬢は振り返り、「ん? ああ、なんだお前たちかい」と腕を組んで、テーブルの上でふんぞり返った。
「レミィ、テーブルから降りたら? 行儀が悪いわよ」
「今はここが私の玉座よ。――ああ、ひょっとしてお前たちも悪の妖怪が差し向けた偽物かい」
 にっ、とレミリア嬢が牙を剥きだして愉しげに笑った。私たちは顔を見合わせる。
 ――悪の妖怪が差し向けた偽物? そんな話を、昨日読んだばっかりのような。
「いえいえいえ滅相もない。それは咲夜さんの方ですわ」
「ほほう? 今度は咲夜に化けるとは、私も随分舐められたものね」
「お嬢様、お戯れを。紅茶を淹れますので、テーブルからお降りになってくださいませ」
「うー、咲夜もノリが悪いわね」
 渋々といった表情でレミリア嬢はテーブルから飛び降り、椅子にふんぞり返る。蓮子がパチュリーさんに近寄り、そっと耳打ちした。
「……お嬢様、ひょっとして天狗が持ち込んだ漫画を読みました?」
「あら、何で知っているの? 昨日、あの新聞記者の天狗が突然持ち込んできたのよ。それを読んだレミィが影響されちゃって、今日はずっとこの調子。――ひょっとして貴方たちの差し金なのかしら?」
 じろりとパチュリーさんに睨まれ、蓮子は「いえいえ滅相もない」と首を横に振る。
「射命丸さんから私たちも読ませていただいただけで……。ところでパチュリーさんもあの漫画は読まれました?」
「読んだけど、まあ安っぽいわね」
「ですよねー」
「でも、レミィは大層気に入ったようよ」
 それは見ればわかる。レミリア嬢はいつの間にか例の天狗の漫画を手にして、キラキラした目でページを追っていた。あの表情からして、レミリア嬢にとっては余程面白いらしい。まあ、どんな作品でも誰かにとっては傑作たり得るものだ。
「ああ、紅魔館を狙う悪の妖怪が攻めてこないものかしらね」
「お嬢様、物騒なことを仰らないでください」咲夜さんが紅茶をテーブルに並べながら言う。
「悪の蔵書泥棒ならちょくちょく潜り込んで来てるわよ」
 パチュリーさんが嘆息。魔理沙さんのことか。
「お嬢様、また紅い霧でも出されては? きっと霊夢ちゃんが攻めてきてくれますわ」
「いいわね。久しぶりに霊夢と正面から勝負するのも悪くないわ」
「宇佐見様、あまりお嬢様をそそのかさないでくださいませ」
 咲夜さんに睨まれ、蓮子は苦笑して頭を掻く。レミリア嬢は猫のような目つきをして、愉しそうに蓮子の顔を覗きこんだ。
「別に霊夢でなくてもいいのよ。私を退屈させないような相手なら。心当たりない?」
「そうですわねえ。この前できたお寺の住職さんなんか、かなり強いですわ」
「寺? そんなものがどこに出来たっていうの」
「あら、お嬢様はご存じありませんでしたか。春先に、里の北に命蓮寺というお寺が」
「ふーん。そこの住職が強いのかい」
「霊夢ちゃんが魔理沙ちゃんと早苗ちゃんと三人がかりで何とか倒したレベルですわ」
「あら、そいつは生意気ね。咲夜、後でその寺とやらを探ってきなさい」
「かしこまりました」
 瀟洒に一礼し、それから咲夜さんは蓮子に冷たい目を向ける。余計な仕事を……と言いたいのだろう。相棒の脇で私は身を縮こまらせるしかなかった。




―9―

 さて、その翌朝のことである。
「ちょっとメリー、起きて」
 蓮子に揺り起こされ、私は目を開けた。私の顔を覗きこむ寝間着姿の蓮子は、何やら眉間に皺を寄せている。目を擦って私は起きあがり、蓮子に向き直る。
「なに、蓮子。朝っぱらから……」
「メリー、寝てる間に私の目に触らなかった?」
「え? なに、何の話?」
「変な夢を見たのよ。前にメリーが話してたような、変な夢。――早苗ちゃんの偽物がこの事務所に潜入してくる夢だったわ」
「ええ?」
 ――ああ、そういえば前にそんな夢を見て、蓮子に話したっけ。私のときは慧音さんの偽物だったか。その後、命蓮寺から毘沙門天の絵を貰って、それ以降は変な夢を見ることは特に無かったはずだったが……。
「それ、私の夢じゃないわよ。私はそんな夢を見た覚えがないもの」
「そうなの? じゃあ、何なのかしら。メリーの夢が私の夢に影響を及ぼしたの? ううん、幻想郷の夢の世界ってどうなってるのかしら」
 蓮子が腕を組んで考え込む。私は枕の下から毘沙門天の絵を取りだした。そういえば、あれからずっとお守り代わりに敷いているのである。
「蓮子もこれ貰ってくれば? これ貰ってからは夢見もいいわよ」
「そうしようかしらねえ。うーん、変な夢見ると気分が落ち着かないわ」
 蓮子はがりがりと頭を掻く。少しは私の気持ちが分かったか。
「だったら、私がカウンセリングしてあげましょうか」
「ええ? メリーにカウンセリングされたら逆に夢の世界に引きずり込まれそうね」
「いいから。早苗さんの偽物がどうしたの?」
「それが……ええと、私が事務所に一人でいるところに、早苗ちゃんがやって来て。でもなんだか様子が変だから、嫌な予感がして私が警戒すると、早苗ちゃんは邪悪な顔して『くっくっく……』と笑い出して」
 想像してみる。早苗さんの邪悪な笑み……。怖い。
「これはヤバいと思って、咄嗟に枕を投げたのよ」
「なんで事務所に枕?」
「夢の話にそんな細かいディテール求めないでよ。そしたら、その枕から毘沙門天が現れて」
「ええ? ひょっとしてこの絵の?」
「そうそう。その毘沙門天が偽早苗ちゃんを追っ払ってくれたの。だからこれ、メリーの夢なんじゃないかと思ったのよ」
 なるほど。私が枕の下に敷いていた毘沙門天が蓮子の夢に現れたというのは不思議な話だ。なお誤解のないように申し上げておくが、私と蓮子は別々の布団で寝ている。同床異夢という言葉はあるけれど、この場合は異枕同夢とでも言うのだろうか?
「それで、蓮子はどうしたの?」
「うーん、その先の記憶が曖昧なのよね。なんか白黒でモフモフした生き物を見たような気がするんだけど……」
「白黒でモフモフって、パンダ?」
「パンダじゃなかった気がするわねえ」
「シベリアンハスキーとか」
「犬でもなかった気がするわ。うーん、思いだせない」
 唸る蓮子に、私は肩を竦める。他人の夢の話は、やはり何が何やらである。
「ねえ蓮子、夢に関わる白黒の動物っていったら、やっぱり貘じゃないの?」
「貘っていうかマレーバクでしょ、それ。そもそも貘はモフモフしてなくない?」
「それはそうだけど。やっぱり貘が私たちの夢を食べに来てるんじゃないかしら」
 ――そうじゃありません、と誰かに云われたような気もしたが、気のせいだろう。たぶん。
「うーん、幻想郷で貘対策ってどうすればいいのかしらね。霊夢ちゃんに相談してみる?」
「とりあえず、慧音さんか阿求さんに聞いてみれば? というか蓮子、この前は自分の夢に偽物が出てきたら華麗に正体を解き明かしてみせるとか言ってなかった?」
「しまった、そうだったわ。もうちょっと冷静に対処すべきだったわね。枕なんか投げてる場合じゃなかったわ」
「蓮子にできる精一杯の弾幕ごっこだったんでしょ、それが」
「枕投げは弾幕ごっこなの? じゃあそのチラシが、毘沙門天を召喚するスペルカードなのかしら」
「蓮子が戦闘力を手に入れたら、霊夢さんに退治されそうね」
 何しろつい先日、戦闘力のない人間だからという理由で、異変の首謀者であるにも関わらず見逃してもらった立場である。私が肩を竦めていると、蓮子は何やら興味深げな顔をして、毘沙門天のチラシを手に取った。
「これが本当にスペルカードなら、毘沙門天召喚を再現できるはず! メリー、ちょっと試させてよ。再現実験、再現実験」
「ええ? ちょっと蓮子、何する気よ」
「さあメリー、夢の世界を現実に変えるのよ!」
 蓮子は私の枕をむんずと掴み、振り上げる。って、ちょっと待った、私に投げる気か。
「とおりゃあ!」
 思い切り枕を投げる蓮子。私は咄嗟に身をかわす。私の横を掠めて飛んだ枕は、襖に激突してぼすんと間抜けな音をたてて床に落ちた。もちろん、何も起こらない。
「ありゃ、何も起きないわねえ。やっぱりただの夢だったのかしら」
「ちょっと、枕破けたら蓮子が直してよ」
 私は投げられた自分の枕を拾い上げる。幸い無事だった。やれやれ。
 ほっと息を吐いていると、蓮子が腕組みしてさらに妙なことを言いだした。
「うーん、やっぱり再現実験なら、ちゃんと事務所でやらなきゃ駄目かしら」
「――え?」

 そんなわけで、いつも通り寺子屋で授業をし、それが終わってから私たちは事務所に向かう。
 朝方、出勤時に蓮子は枕と例のチラシを抱えて、事務所に放り込んでおいていた。
「うん、これで夢の通りだわ」
「ホントに?」
 事務所の畳の上でぽんぽんと枕を叩き、蓮子はなぜかご満悦。そんなに弾幕ごっこがしてみたかったのか。まあ、無力な人間の身である。憧れる気持ちは解らないでもないけれど。
「さあ、あとは早苗ちゃんが来るのを待つだけね」
「え、そこまで再現する気?」
「やるなら完璧を期さなきゃ」
「だったら私はいない方がいいの?」
「いや、まだメリーの夢だった可能性もあるし、私の視界の外にいてよ」
 はあ、そうですか。もうこうなったら蓮子の気が済むまでやらせる他ない。私は事務所の隅に正座して、わくわくした様子で枕を構える蓮子を見守る。――まあ、その体勢で一時間ぐらい経てば蓮子の頭も冷えるだろう。
 そう思っていたのだけれど――こういう時に限って、タイミング良く来るべき人が来てしまうわけである。
「蓮子さん、メリーさん、大変で――」
「とおおりゃあああああ!」
 がらっと事務所の扉が開き、早苗さんが息せき切って顔を出した。蓮子は次の瞬間、思い切り振りかぶって枕をチラシごと早苗さん目がけて投げつける。
「ぶぎゃっ」
 枕は、綺麗に早苗さんの顔面に激突した。およそ女の子らしくない呻き声をあげて、早苗さんはそのまま仰向けにひっくり返る。もちろん、毘沙門天など召喚されるはずもなく、チラシがひらひらと舞って畳の上に落ちていく。
「あ」
 投げた当の蓮子が、我に返ったように倒れた早苗さんを見つめる。
「さ、早苗さん、大丈夫?」
 慌てて私が駆け寄ると、早苗さんは何が起こったのか全く解らないという顔で目をぱちくりさせた。そりゃ、事務所のドアを開けた途端枕を投げつけられるとは、常識に囚われない早苗さんでも予想だにしていないだろう。
「いたたた……な、なんなんですか? 何の攻撃ですか?」
「文句はうちの馬鹿所長に言って」
「いやあ、ごめんごめん早苗ちゃん、メリーと枕投げしてて」
「ちょっと蓮子、当たり前のように私に連帯責任なすりつけないでよ」
「っていうか、なんで事務所で枕投げなんですか。修学旅行じゃあるまいし」
「これには幻想郷の危機に関わる深遠な事情が……」
「早苗さん、お返しに思い切り蓮子の顔面にぶつけていいわよ」
 私は土間に落ちていた枕を拾って、早苗さんに手渡す。蓮子が「え」と顔を引き攣らせた。
「いいんですか? じゃあ遠慮なく!」
「ちょっ、ちょっと待って早苗ちゃ」
「とおりゃあ!」
 早苗さんの投げた枕は、蓮子の顔面にクリーンヒットし、蓮子は畳の上にひっくり返った。自業自得とはまさにこのことである。合掌。

 そんな頭の悪い一幕はさておき。
「ところで早苗ちゃん、今日はどうしたの?」
 枕を片付け、事務所で三人でお茶を飲みながら、蓮子が話を振る。そういえば早苗さん、何やら慌てた様子で事務所に駆け込んできたのである。蓮子が枕を投げつけたせいで全部吹っ飛んでしまっていたが。
「あ、そうでした! 所長に枕ぶつけられたせいで忘れてました」
 早苗さんがぽんと手を叩き、立ち上がって拳を振り上げた。
「そう、大変なんです! 先日のUFOに続いて、またも幻想郷に最大の危機です! またしても異変の発生です!」
 今度は何だ。眉を寄せた私たちに、早苗さんは両手を広げて手のひらを天に向ける。
「私、今日のお昼頃に見てしまったんです! 山の麓、霧の中に蠢く巨大な影を! まるでブロッケンの妖怪のような、あの人型の巨大な影。あれはきっと――」
 そこで言葉を切った早苗さんに、私たちは思わず顔を見合わせる。
 それは、ひょっとしなくても、どう考えたって――。

「そう、あれは絶対に――巨大ロボットです!」

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この小説へのコメント

  1. 諏訪子様のロボット愛が凄いです。ガチ勢ですな…。
    ぼくらの非想天則を持ち出してくるとはたまげました。騒霊楽団の聞いてみたいかも。

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