東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編   非想天則編 2話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編

公開日:2018年07月07日 / 最終更新日:2018年07月09日

―4―

 ところで、科学世紀の京都で暮らしていた頃、私はたまに夢の中で幻想郷に迷い込んでいた節がある。少なくとも、紅魔館や迷いの竹林には、夢の中で見た覚えがあったし――私が夢の中で書いた覚えのあるメモ書きが、なぜか数百年前の迷いの竹林で発見されているという、意味のよくわからない物的証拠(?)もある。私たちが八十年の時間を超えて今の幻想郷にやってきたことと、そこにどんな関係があるのか、未だに謎のままだ。
 ともかく、私は今、かつて夢の中で見ていた世界で暮らしているわけで、だとすればこれは長い長い長すぎる夢なのではないか、という疑問を、幻想郷で暮らし始めた頃には抱いていた。現実の私と蓮子は、二〇八五年の東京、宇佐見董子さんの部屋で倒れたまま昏睡状態に陥っていて、私と蓮子はふたりでずっと同じ夢を見ているのでは――とか。
 しかし、相対性精神学的には夢と現実は同じものであるからして、今の私がこの幻想郷を現実だと認識している以上、その疑問には結局のところ実質的な意味はないのである。たとえ今の生活が長い夢だとしても、だったら科学世紀の京都での大学生活だって今の私にとっては夢だったのと同じことだ。客観なんてものは所詮は共同幻想に過ぎないのだから、私の主観上においては私が現実だと思うものこそが現実だ。
 話が逸れた。つまり何が言いたいかというと――。
「最近、なんだか変な夢を見るのよ」
「あら、メリーの夢の話なんて久しぶりね。幻想郷に来てから、めっきり夢の話しなくなってたのに」
 梅雨が明け、本格的に夏の気配が迫ってきたある日のこと。朝ご飯を食べながら蓮子にそう話を振ると、相棒は興味深げに身を乗り出した。
「蓮子に話してないだけで、夢自体はたまに見てるのよ」
「外の世界の夢とか? またほいほい夢の中で境界越えちゃってるんじゃないでしょうね」
「それがよく覚えてないから話してないの。京都にいた頃に見た幻想郷の夢ほど強い現実感があれば、もっとよく覚えてるはずなんだけど……」
「じゃあ、最近見る変な夢ってのは?」
「ううん、それが何て説明したらいいのか……。ゆうべの夢は、事務所にひとりで居たら慧音さんが来たんだけど、その慧音さんが何か変なのよ。見た目は慧音さんのはずなんだけど、なんだか慧音さんじゃないみたいな違和感があって」
「慧音さんのニセモノってこと?」
「そう、そんな感じ。それで私が『本当に慧音さんですか?』って確認したら、その慧音さんのニセモノみたいなのは、舌打ちして立ち去っていったの」
「それはきっとニセモノだわ。メリー、何か狙われてたんじゃないの?」
「狙われてたって、誰によ?」
「貘とかじゃない? 幻想郷には夢を食べる貘だってきっといるはずよ。メリーの夢が美味しそうだったんじゃないかしら」
「幻想郷で貘に夢を食べられたらどうなるのかしらね」
「さあねえ。でも、トリフネに行ったときみたいなことになりそうな気はするわ」
 京都にいた頃、事故を起こした衛星トリフネに蓮子と夢の中で潜り込んだところ、キマイラに襲われて私だけが怪我をし、そのせいでしばらくサナトリウムに入院する羽目になったことがある。夢と現実が同質だと思っている私は怪我をして、夢は夢でしかないと思っていた蓮子は無傷で済んだわけで、全くもって相対性精神学的な話だ。
「懐かしい話ね。幻想郷のサナトリウムって永遠亭?」
「信州よりは気軽に行けるわね」
「でもそれ、気を付けるべきはむしろ私じゃなく蓮子の方じゃないの? こっちに来てから、だいぶ相対性精神学的な考え方に染まってるでしょ。トリフネのときみたいに、夢だから何されても平気、みたいなつもりでいたら、夢で妖怪に食べられちゃうわよ」
「怖いからメリー、私が寝てる間は目に触らないでよ」
「私がそうしなければ安全って考え方が危険だって言ってるのよ。私の夢に出てきた慧音さんのニセモノが蓮子の夢に出てきたらどうするの?」
「この名探偵宇佐見蓮子さんが華麗に正体を暴いてさしあげるわ。っていうかメリーの夢のが逃げていったのも、メリーのその眼に正体を見破られそうになったからじゃないの?」
「命蓮寺のぬえさんみたいに?」
「そうそう。次は正体を見破られる前にメリーを暗殺しにかかるかもね」
「怖いこと言わないでよ」
「おあいこよ、おあいこ」
 猫のように笑って漬け物をポリポリと囓る相棒に、私はため息を漏らして味噌汁を啜った。

 外の世界でなら、不吉な夢や不気味な夢を見たところで、夢は夢としてさっさと忘れるのが科学的には正しい態度だろう。二十一世紀初頭とはいえ、さすがにフロイトの夢判断の時代でもあるまい。
 ただ、私にとっては蓮子のような実存主義者よりも夢はもっと現実に近しいものだし、ましてここは幻想郷である。主観的認識が力を持つ世界であるからして、不吉な夢を不吉だなあと思っていたら本当に不吉なことが起こりかねないのが幻想郷だ。
 そんなわけで、その日の寺子屋の授業が終わったあと、私たちは命蓮寺に足を向けた。
「おっ、蓮子にメリーじゃない。やっほー」
「おおキャプテン、やっほー」
 退屈そうに参道を掃除していたムラサさんが、顔を上げて手を振る。蓮子も笑って手を振り返した。山彦か。
「二人とも、今日はどしたの? うちに入信しに来た? 二人ならいつでもウェルカムよ」
「やー、守矢神社に義理があるからそれはまた今度」
「ええー。蓮子みたいな信頼のある里の人間が入信してくれれば、うちとしても里での信用が高まるんだけどなあ。今んとこ入信希望は妖怪ばっかりでさ」
「蓮子に里での信頼がある……?」
「ちょっとメリー、何よその目」
 蓮子がむくれるが、この相棒に里での信頼が果たしてあるのだろうか。慧音さんに庇護されてるからいいものの、そうでなければむしろ問題児だろうに。
「それはともかく。今日はメリーの方が用があるのよ」
「あ、はい。あの、夢見が良くないので、何か縁起のいいお守りとかありませんか」
「あー、夢見が悪いと寝てても休んだ気がしなくて辛いよねえ」
「船幽霊も寝るの?」
「普通に朝起きて夜寝るよ! っていうかそうしないと聖に怒られるし」
「キャプテン、それ幽霊としてのアイデンティティ的にどうなの?」
「ムラサ船長のアイデンティティは船長の方なのだ」
「聖輦船はお寺になっちゃったのに?」
「うっ、それを言われると……あれ、じゃあ船のない私のアイデンティティって……?」
 ムラサさんが頭を抱えて考え込む。何か深刻なアイデンティティクライシスを気軽に与えてしまった気がするが、大丈夫なのだろうか。
「ううう……あ、縁起のいいものなら星ちゃんのところに行けばいいよ。……でもホントに私のアイデンティティっていったい……? 船のない船長はただの長……?」
「あんまり気にしない方がいいわよ、キャプテン。ところで星ちゃんはどちら?」
「そうかなあ……。星ちゃんなら本堂で仕事中かな」
「それだとお邪魔しちゃ悪いわねえ」
「気にしなくていいと思うけど。夢見が悪いんだよね? じゃあちょっと待ってて」
 そう言ってムラサさんは本堂の方に飛んでいき、ほどなく何かを携えて戻ってきた。
「はい、枕の下にこれ敷いておけばいいよ」
 ムラサさんが持ってきたのは、命蓮寺の勧誘チラシだった。デフォルメされた毘沙門天が描かれている。なんだか独特の味がある可愛らしい絵柄だが。
「聖の直筆! ……の、写しだけど、御利益はあるはず、いや絶対ある!」
「はあ」
 ということはこれ、白蓮さんの絵なのか。ちょっと意外だ。
「枕の下に見たい夢の絵を敷いておけばその夢が見られる、ってよく言うわよね」
「そうそう。だからこれを敷いておけば、夢に毘沙門天のご加護があるよ」
「ははあ……どうもありがとうございます」
 ホントかなあ、と多少の訝しみはあったものの、ありがたく頂いておくことにした。

 というわけで、その日の夜は貰ったそのチラシを枕の下に敷いて寝たのだが――。
『……なんだか頼りない自衛手段ですねえ』
 その夜は、見知らぬ人が夢に出てきた。もこもこした、モフりがいのありそうな白黒の服を着て、サンタクロースのような帽子を被った少女だった。
『これでは貴方に期待するわけにはいきませんね。まあ、元から戦闘力らしい戦闘力を持たない貴方に期待はしていませんが』
 呆れ顔でその少女はそう言って、それからじろりとこちらを睨んだ。
『あと、貴方を狙っているのは貘じゃありませんから、そこのところよろしく』
 ――全くもって、変な夢を見たものである。




―5―

 そんな夢の話はさておき、今度は別の日の魔法の森に話が飛ぶ。
 何しろ今回の記録は、表向き異変でも何でもない、博麗の巫女が動いてすらいない出来事であるため、一貫したストーリーとして語るのが難しい。そもそも、ここで語っている出来事がひとつのストーリーにまとまるなど、その時点では思ってもみなかった。なのでこの記録も、解決編までは、断片的なエピソードの積み重ねみたいな形になるのをご了承願いたい。
 ともあれ、その日の私たちは香霖堂の近くでアリスさんに出会い、アリスさんのお宅でティータイムに招かれていた。なんだかんだ言っても気さくで面倒見のいいアリスさんである。
「そういえば、先日お母様にお会いしたんですけれど」
 テーブルについて、キッチンで紅茶を淹れるアリスさんに、蓮子がそう声をかけると、ぴたっとアリスさんの動作が眼に見えて固まった。――アリスさんのお母様こと魔界の創造神・神綺様に私たちが出会った経緯については、前回の記録を参照されたい。
「……知ってるわ」
「あら、ご存じでしたか」
「聖白蓮の復活を貴方たちが手助けしたんでしょう? 魔理沙から聞いたわよ。巫女でも魔法使いでもない人間が異変を起こしたんだぜ、って笑ってたわ。生身で魔界に行くなんて、貴方たちってどこまで無謀なんだか」
「魔界もけっこう楽しいところでしたわ。神綺様は特に楽しい御方で」
「……そりゃあ、傍から見てるだけならあのひとは面白いでしょうね」
 アリスさんはため息交じりにお茶とクッキーを運んでくる。席について、もの憂げな顔で紅茶を一口飲み、「全く」とアリスさんは頬杖をついた。
「貴方たち、母に私の家の場所を教えたでしょう」
「あら、すみません、まずかったですか? お母様がアリスさんにたいそう会いたがっておられましたから。とても心配されてましたよ」
「母はいつも大げさなの。あのひとの言うことをあんまり真に受けちゃ駄目よ」
「そうは言いますけど、アリスさん、ほとんど家出同然にこちらに来られたとか。一度ぐらい顔を見せて安心させてあげては?」
「……私も色々あるのよ。別に、母が嫌いなわけじゃないけど、今はあんまり顔を合わせたくないわ。顔を合わせたら最後、絶対に私を魔界に連れ戻そうとするから」
 それは確かに、あのときの神綺様の様子からすればそうなるだろう。私たちは顔を見合わせて苦笑する。母親の過干渉に辟易する娘、という、外の世界でもよくある構図だった。
「というわけだから、母のことはなるべく放っておいて頂戴」
「了解いたしましたわ。そういえば、白蓮さんには会われました?」
「それはまだ。まあ、向こうが私のことを覚えているとも思えないし」
「そんなこともないと思いますけど。いい人ですよ、白蓮さんは」
「だからって仏門に勧誘されてもね。仏像を作れと言われても困るし」
「アリスさん、仏像も蒐集対象じゃありませんでしたっけ?」
「手に入るなら集めるけど、私が作りたい人形はああいうものじゃないから」
 クッキーをかじりながら、アリスさんは息を吐く。アリスさんの目標は、心を持った完全自立型の人形だという。だが、人形に《心》を持たせるにはまず「《心》とは何か」「《心》があるというのはどういう状態か」を定義しなければならず、私たちの暮らしていた、今からは七十年以上先の科学世紀でもなお、その難題は解決されていない。
「自立型人形の研究はその後、どうなんです?」
「停滞中だわ。なんだか最近は、自分で考えて動く人形より、結局私が操った方が早いような気もして」
「ロボット工学にもつきもののジレンマですね。人間のように何でもできるロボットを作るより、用途に合わせた単純なロボットを複数作る方が結局安上がりじゃないか、っていう」
「だとしたら、自意識って何のためにあるのかしらね」
「深淵な哲学ですねえ。メリー、相対性精神学の徒としてどう思う?」
「そのロボットや人形に何を求めるかっていう話じゃないの? まあ、人間は他人に自意識なんて求めていない、っていうのは相対性精神学における考え方のひとつだけれど」
 結局のところ、人間が他者に求める「想像力」とは「自分の考えているのと同じように考えて欲しい」ということであり、他者に求める「自分にない価値観」は「自分が不快に思わない類いの」という但し書きがつく。そこから外れるような「想像力」や「価値観」は認めないし受け入れないとすれば、自分にとって都合のいい自意識しか自意識とは認めないという話であり、究極的には人間は他人に自意識なんか求めていないということになる。
「赤ん坊を可愛いと感じるのも、赤ん坊には自意識がないからっていう説があるぐらいよ」
「親が子供を愛するのは、子供の未発達な自我を自分で制御できると思えるから?」
「そう。逆に他人の赤ん坊が可愛くないのは、自意識がない予測も制御も不能な存在だから」
「相対性精神学の徒ってホントえげつない考え方するわねえ」
「懐疑主義者なものですから。……アリスさんは、どうして自意識のある人形を造りたいんですか?」
「人形師としての究極の目標だから、っていう答えじゃ駄目かしら?」
 答えになってないような気がしたが、アリスさんにも言えないことはあろう。私は疑問を飲みこんで小さく頷き、紅茶を口にする。
「それより、最近はちょっと別のことを研究してるのよ」
「別のことと言いますと?」
「そうねえ。貴方たちにもちょっと見てもらいたいんだけど」
 紅茶を飲み干し、アリスさんは立ち上がった。――はて、私たちがお茶に誘われた理由はどうやらそれであるらしい。私たちもアリスさんの後を追おうとしたが、「ちょっと準備に時間がかかるから、少しお菓子でも食べて待ってて」と言われて座り直した。
「ねえ蓮子、何が始まるのかしら?」
「さあねえ。アリスさんがわざわざ私たちに見せたいものって……」
 私たちが首を捻っていると、ほどなくアリスさんが窓を開けて「準備できたわ」と私たちを呼んだ。紅茶を飲み干し、私たちは屋敷の外に出る。
 そして、アリスさんのいた方に向かうと――そこには。
「わーお」
「……え、何ですかこれ」
 どどん、という擬音がつきそうな巨大な人形が、屋敷の横に佇んでいた。巨大といっても、生半可な巨大さではない。見た目はアリスさんが普段使役している他の人形と変わらないが、その大きさはゆうにアリスさんの身長の三倍はある。推定五メートルというところか。
「例の鬼がいるでしょう。あの博麗神社にたむろしてる」
「萃香ちゃんですか?」
「そう。あの鬼が巨大化するのを見て、人形を巨大化させる研究を思いついたの。魔力で巨大化させてるから、準備に時間がかかる上にまだ長時間は保たないんだけどね。名付けて『ゴリアテ人形』――どう?」
 ちょっと得意げな顔でアリスさんは人形の足を軽く叩く。いや、どうと言われましても……。
「ははあ。動くんですよね、これ」
 蓮子が興味深げに近寄る。「まだ動きは鈍いけどね」とアリスさんは言い、軽く手を振った。ずしん、と重々しい足音をたててゴリアテ人形が一歩を踏み出す。「おおー!」と蓮子が歓声。
「これ、早苗ちゃんが見たら絶対喜ぶわね。まるで古き良きロボットアニメの趣き」
「こんな西洋人形みたいな巨大ロボットはいないと思うけど……」
「歩かせると重さで足回りの負担が大きいから、実際に運用するときは浮かせようと思うわ」
 この大きさの人形が空を飛ぶのか。それはちょっと怖い。
「……あの、アリスさん。人形を巨大化させて、何に使うんです?」
 おそるおそる私が尋ねると、アリスさんはきょとんとして、
「強そうでしょ?」
 シンプルイズベストな答えを口にした。「アッハイそうですね」としか答えようがない。
「この前の地震騒ぎや怨霊騒ぎで、大きな力もあるに越したことはないと思ってね。魔法はブレイン、魔理沙みたいなパワー馬鹿になる気はないけど、切り札としての強い力を持っておけばいざという時に安心だわ」
 そこで魔法の効力が切れたのか、しゅるしゅると人形が縮んでいく。「やっぱりまだ長くは保たないわね」とアリスさんは嘆息した。
 なんだか、アリスさんが変な方向に進んでいるような。私は蓮子と顔を見合わせ、これでいいのかしら、と首を捻った。




―6―

 話はまた別の日に飛ぶ。今度はいつもの、寺子屋の離れの事務所である。
 寺子屋は休みの日で、早苗さんが遊びに来るわけでもなく、私たちは事務所で遊惰にゴロゴロ過ごしていた。どこかに出かけようにも、外は梅雨明けの夏の日射しが燦々と照りつけ、歩いているだけで体力を奪われていくから、なるべく引きこもっていたい。
 ――と思っているのは私だけのようで、相棒は「ねえメリー、どこか出かけない?」と散歩に行きたがる犬のような顔で、畳に寝転がって私を見上げていた。私は無視して、鈴奈庵から借りてきた本を読む。
「ねえメリーってば。いい天気なんだし、どこか遊びに行かなきゃ損よ」
「嫌よ、せっかくのお休みに日焼けして汗だくになって体力消耗するのは」
「メリーの引きこもり癖も治らないわねえ。事務所にいるより、霧の湖あたりの方が涼しいんじゃない? 姫や影狼ちゃんと一緒に水浴びとかどう?」
 ……それはちょっと魅力的かもしれない。事務所にいても暑いのは確かだし。
「あるいは白玉楼あたりも涼しそうね」
「霧の湖はともかく、白玉楼にどうやって行くのよ。妖夢さんでも待ち構えるの?」
「藍さんを呼んで運んでもらうとか」
「九尾の妖狐を使いっ走りにしていいのは妖怪の賢者だけでしょう」
 守矢神社の分社を電話代わりにしている私たちが言うことではないかもしれない。
「そこはほら、メリーが妖怪の賢者のふりをすれば」
「どう考えたって一発でバレるから」
 そんな馬鹿話をしていると、不意に事務所の入口から「こんにちはー」と声がかかった。聞き覚えのある声に、私たちは顔を見合わせる。
「どーもどーも、清く正しい射命丸です」
 戸を開けると、射命丸文さんが営業スマイルを浮かべて佇んでいた。
「あら、こんにちは。新聞の配達ですかしら?」
「いえいえ、今日は外来人のお二人にご意見を伺いたい用件がありまして」
「意見?」
「はい。ちょっとお邪魔しても?」
 射命丸さんを招き入れ、私は冷たいお茶を出す。射命丸さんはぐびりとそれを一息に飲み干すと、「見ていただきたいのは、これです」と一冊の本をさしだした。
「これは……漫画ですか?」
 蓮子が手に取ってぱらぱらと捲る。横から覗きこむと、確かに漫画だ。それもどうやらバトルもののようである。外来本かと思ったが、製本や印刷の印象からすると……。
「あ、ひょっとして、天狗の描いた漫画ですか。そんな話を守矢神社で聞きましたよ」
「ええ。守矢神社にある漫画を見て、我々天狗が独自の漫画を制作してみました。メインターゲットは人間の里なので、人間向けの内容にしたつもりです。外の世界にはこのような漫画がたくさんあるということですので、外来人のお二人のご意見を伺いたく」
「はあ。……まあ、このページ数ならすぐ読めそうですね。今ここで読んでも?」
「どうぞどうぞ」
 射命丸さんはニコニコと促し、蓮子は「ふむ」と唸ってその漫画を読み始める。横から相棒の表情を眺めていると、なんとも反応に困っているような顔で、蓮子はページを捲っていく。
 そうしてあっという間に読み終え、蓮子は「……うーん」と難しい顔で唸った。
「どうでしょう。厳しいご意見も歓迎ですが」
「そうねえ……先にメリーにも読んでもらいましょうか」
「え、私も? じゃあ……」
 蓮子から本を受け取り、改めて表紙を見る。ただ『マンガ』とだけ書かれていて、タイトルも作者名も書かれていないのは、まだ試作品的なものということだろうか。ともかく、中身はどんなものかと読み始め、
「………………ううん」
 思わず私も、蓮子と同じような顔をして唸っていた。
 内容は極めて単純だ。人間の里を守る妖怪退治の人間の元に、悪の妖怪が、知り合いに化けた刺客を次々と送りこんでくるというバトルものである。絵そのものは、漫画の絵柄かどうかはともかく、けっこう上手いのではないか。だが――。
 正直、守矢神社でいろいろ漫画を読んだ目を通して見ると、厳しいと言わざるをえない。ストーリーはただただ台詞とナレーションで説明されるだけで、主人公も敵もバックボーンが一切描かれないから、キャラが立っていないし、知り合いに化けた妖怪が襲ってくるというシチュエーションが全く活きていない。絵そのものは丁寧なのだが、アクションシーンが中心なのにいまいち何をしているのかよくわからないし、画面にメリハリがなくて、ストーリーの単調さもあいまって平板な印象は免れない。ラスボスとの決戦は作者が力尽きたのかあっけなく終わってしまうし……。
 まあ、何しろ天狗が見よう見まねで描いた漫画である。素人の作品としては、これだけ描けていれば上等なのかもしれないが、私たちはそのへんの判断基準を持ち合わせていない。少なくとも守矢神社にあるプロの商業漫画と比べるのはアンフェアだろうし、漫画自体馴染みのない人間の里の住人には、これでもかなり新鮮かもしれない。そうは思うが……。
「いかがでしょう?」
 身を乗り出す射命丸さんに、私は蓮子と顔を見合わせる。
 ――ねえメリー、これなんて言えばいいと思う?
 ――こういうのは蓮子がどうにかしてよ。
 アイコンタクトでそうやりとりし、蓮子がひとつ咳払いした。
「ええと、私たちは別に自分で漫画を描いたことがあるわけでもなければ、漫画の専門家と言えるほど読んでいるわけでもありません。外の世界ではどこにでもいる平凡な一読者の意見になりますが……正直なところを申し上げてよろしいですかしら」
「どうぞ」
「正直なところ、多少は外の世界の漫画を読んだ目からすると、正直どうでしょうか……。漫画を全く読んだことがない里の人々がターゲット――ということなら、ひょっとしたら新鮮さで受けるかもしれませんが」
「――やっぱりそうですか。まあ、予想はしていました」
 はあ、と射命丸さんはため息をつく。
「実は、こちらに伺う前に、守矢神社を訪ねてきたのです。そこで洩矢様と風祝に読んでいただいたのですが、風祝の方には『つまんないですね』と一刀両断、洩矢様は『まあ、新鮮ではあるかな……初めてでこれなら、まあうん……』と言葉を選んだような反応でして」
 そりゃまあ、あの二人(二柱?)は私たちよりさらに目が肥えているだろう。
「具体的には何がいけませんか?」
「そうですねえ……。漫画の技術に関しては何も言えないので、主にストーリー面ですけど」
 と蓮子が作劇上の難点をいくつか指摘する。だいたい私の感じたものと同じ意見だった。ふむふむ、と興味深げに蓮子の指摘を聞いていた射命丸さんは、深く息を吐き出した。
「やはり、なかなか見よう見まねで描けるものではないようですね、漫画というものは」
「……それってまさか射命丸さんが?」
「いえいえいえ、まさかそんな、私じゃありませんよ」
 射命丸さんは一点の曇りもないスマイルではぐらかす。
「しかし、お二人からもうちょっと好意的な反応が得られれば、貸本屋に売り込むことも考えたのですが……ここまではっきりとつまらないと言われてしまっては、世に出すのは天狗のプライドが許しません」
「はあ」
「ありがとうございました。貴重なご意見、ありがとうございました」
 射命丸さんは立ち上がり、「失礼しました」と一礼して寺子屋を出て行く。
「あ、射命丸さん」
「あやや? なんでしょう」
 そうして飛び立とうとした射命丸さんを、蓮子が呼び止めた。
「その漫画、どうするんです?」
「売り物にはならないようですから、どうしますかね。紅魔館にでも持って行きましょうか」
「紅魔館に?」
「ええ、あそこの図書館は価値のない本ばかり集めているそうですから、喜んでいただけるかもしれません。では」
 ばさりと翼をはためかせ、射命丸さんは夏の空に飛び去って行く。
 ――やっぱりあの漫画、射命丸さんが描いたものだったのだろうか?
 疑問には思ったけれど、私たちにはもう確かめようがなかった。

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この小説へのコメント

  1. いきなりドレミー登場
    公式での出番はもっと先のはずだが・・・?
    元の世界で秘封倶楽部がどういう事になってるのかも何気に気になるところ

  2. ドレミーさんが出てきたということは、今回の真相は夢の世界に鍵が…?大ナマズ様が結構マジなことになりそうでワクワクしますね。

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