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こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編   非想天則編 1話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編

公開日:2018年06月30日 / 最終更新日:2018年06月30日

非想天則編 1話
―1―

 人間の里中心部、稗田寺子屋の離れにある《秘封探偵事務所》は、年中無休――ではない。ついでに言えば誤解されている向きがあるようだが、私と蓮子は事務所を自宅にしているわけでもない。それは幻想郷に来た当初だけで、今は自宅はちゃんと別にあり、事務所は基本、寺子屋の授業が終わってから陽が暮れるまでの営業である。寺子屋が休みの日は不定休。私たちが出かけているときは閉めているし、いるときは開けている。こんな不規則な営業形態だから、閑古鳥の鳥口密度がいつまで経っても改善されないのかもしれない。
 さて、では私たちが事務所を閉めているときは、どこに行っているか。里の中なら鈴奈庵、稗田邸、あるいは霧雨店で買い出しを。外なら博麗神社、紅魔館、迷いの竹林の妹紅さん宅、香霖堂などなど。しかし、守矢神社が幻想郷にやってきて、早苗さんが私たち《秘封探偵事務所》の非常勤助手となって以来、私と蓮子が最も訪れる頻度が高いのは、里の外では守矢神社かもしれない。
 そんなわけで、寺子屋が休みのその日も、私たちは午前中から早苗さんに連れられ、守矢神社に遊びに来ていた。その目当ては何かと言えば――。
「うーん、お昼前に料理漫画読むのはお腹減るわね」
「蓮子さん、なに読んでるんですか? あ、『中華一番!』ですか」
「あの六味一体の麻婆豆腐って食べてみたくない?」
「作りましょうか?」
「え、作れるの?」
「神奈子様ー」
 早苗さんが部屋の神棚に呼びかけると、神奈子さんの声が神棚から聞こえてきた。
「聞こえてるよ。昔、早苗のリクエストで作ったっけねえ。でもあれは大豆肉作るのに時間かかるからね。その漫画の料理だったら、梅干しチャーハンならすぐ作れるよ」
「あー、まだそこまで読んでないですわ」
「じゃあ、蓮子さんがそこまで読むまでの間に梅干しチャーハンの支度しましょう」
「はいはい、じゃあ昼はそれだね。メリーもそれでいいかい?」
「あ、はい、お任せします」
 私が読んでいた『Q.E.D.証明終了』から顔を上げると、「あいよ」と神棚から返事があった。私たちも自宅の分社を電話代わりに神奈子さんとコンタクトをよく取るけれど、守矢神社のこの神棚電話システム、便利なような、微妙に落ち着かないような。
 ともかく、私たちの最近のもっぱらの目当ては、守矢神社の漫画の蔵書なのであった。多くは諏訪子さんが趣味で買い集めたものだそうで、それを読んで育った早苗さんから布教された私たちは、すっかり早苗さんの部屋を漫画喫茶代わりにして入り浸っているのであった。おかげで無駄に『ジョジョの奇妙な冒険』とか『幽☆遊☆白書』とか『HUNTER×HUNTER』とかに詳しくなってしまったのは、最近の事件簿をお読みの方はご存じの通りである。
「あら、雨降ってきましたね」
 早苗さんが窓から外を見て言う。見ると、ぱらぱらと雨粒が神社の窓を叩いている。神社に来たときは晴れ模様だったのだが、山の天気は変わりやすいものだ。
「雨だ! 私ちょっと遊びに行ってくる!」
「昼ご飯までに戻るんだよ。戻らなきゃお前の分も食っちまうからね」
「ほいほーい」
 部屋の外から諏訪子さんとそんな神奈子さんの声が聞こえてくる。カエルの神様だけあって雨が好きなのだ。しかし、まるで母子のような会話である。神様としては諏訪子さんの方がずっと年上のはずなのだが、見た目も確かに母子っぽい。
「雨の中、傘を差さずに踊る諏訪子様はまさしく自由ですよね」
「早苗ちゃん、それ何かの名言だっけ?」
「あれ、蓮子さんたちTHEビッグオーはご存じなかったです?」
「ご存じないわねえ」
「うーん、テレビとプレイヤーが動けばDVDで鑑賞会するんですけど……」
「まだそこまでの電力は確保できてないからねえ」
 早苗さんのボヤきに、神奈子さんが神棚から声だけで答える。聞こえていたらしい。守矢神社の発電機構はまだまだ小規模で、せいぜい携帯ゲーム機を充電する程度の電力しか確保できていないそうな。
「八坂様、おくうちゃんの核融合エネルギーはどうなってるんです?」
「河童にいろいろ自由に研究させてるけど、まだまだ試行錯誤段階だねえ。八咫烏の力に依存せず、太陽のように半永久的なエネルギー供給を実現したいんだが、なかなかねえ。現状の地下核融合炉のエネルギーで大規模な発電機構を組んでも、あの鴉の機嫌と調子次第ってんじゃ安定しないしね。だいたい、幻想郷で電力なんておそろしく変換効率の悪いエネルギーなんかに頼らなきゃいけない道理もない」
「電力に勝る変換効率と汎用性を持つエネルギーですか。それは夢がありますね」
「まだ夢の段階だがね。早苗、暇ならちょっと手伝っておくれ」
「はーい、じゃあお二人とも、出来たら呼びますので待っててくださいね」
 早苗さんがぱたぱたと部屋を出ていく。私たちも漫画読んでないで何か手伝うべきだろうか、と考えたけれど、早苗さんに機先を制されてしまっては仕方ない。読み終えた『Q.E.D.』を本棚に戻そうと立ち上がって、ふと漫画が並ぶ本棚の空きに気付いた。
「ねえ蓮子、本棚のここ、何並んでたっけ?」
「ん? ああ、なんかわりと前からごそっと抜けてるわね、そこ。何だったかは覚えてないけど、誰かに貸してるんじゃないの」
「貸してるって、幻想郷で誰に?」
「守矢神社と繋がりがある妖怪なら、河童とか天狗とか」
「河童や天狗が外の世界の漫画を読みたがるのかしら」
「案外霊夢ちゃんだったりしてね」
 神社乗っ取り騒動の遺恨がまだ残っているのか、霊夢さんはまだ早苗さんに気を許していないところがある。漫画で二人の仲が取り持たれるなら、それもまたよきかなと思わないでもない。そういえば、魔理沙さんは結局ドラクエ3をクリアしないままなのだろうか。

 ほどなくお昼が出来たと神奈子さんに呼ばれ、梅干し入りのさっぱりチャーハンを御馳走になった。その席で本棚の抜けについて訊いてみると、「ああ、ドラゴンボールは天狗に貸してるんです」との早苗さんの答え。ドラゴンボールといえば、前世紀の伝説的な有名作として、私も名前は知っている。読んだことはない。
「天狗に?」
「はい。結構前のことですけど、ウチに取材に来た新聞記者さんが漫画に興味を持ちまして。こういうものも出してみたいって言うので、参考資料として貸してるんです。活劇ものって言うので、外の世界で一番売れた漫画ですよーって。他にもいくつか貸してますよ」
「それ、ちゃんと返ってくるの? 返却が百年後とかにならない?」
「あれ私んだから、ちゃんと返してくれなきゃ祟るよって言っておいたからへーきへーき」
 首を傾げた蓮子に、諏訪子さんが悪い笑みを浮かべて答える。本物の祟り神に言われると怖いのでやめて欲しい。
「でも、天狗に漫画なんて描けるんですかねえ」
「カメラが普及する前に、新聞に絵を描いていた天狗がいるだろうさ」
 早苗さんの疑問に神奈子さんが答える。確かに、カメラが普及する前の新聞は絵が写真の代わりを果たしていた。幻想郷で河童がカメラを作ったのがいつなのかは知らないけれど、それ以前の天狗の新聞は絵を描いていたのだろう。案外、射命丸さんあたりも結構な画力の持ち主だったりするのかもしれない。
「幻想郷に来て信仰の喪失を恐れないで済むようになったのはいいんだけどさー。そろそろ新しい漫画や新作アニメが欲しいよー。持ってるのを読み返すのも飽きたよー。ねえ早苗」
「そうですよねー。コードギアスとかどうなったんでしょう」
「だからそこは来るときに散々話して納得したろう、二人とも。グレンラガンが終わるまでは待ってやったじゃないか」
「お茶とかコーヒーとか妖怪の賢者が外の世界から輸入してるんでしょ? 漫画も外から輸入できないの?」ぶー、と諏訪子さんが口を尖らせる。
「鈴奈庵には古い漫画が流れ着いたりしてますけどね」蓮子が答える。
「見ましたけど、昭和の聞いたことない漫画ばっかりでしたね」早苗さんがため息。
「私はハンターの続きが読みたいんじゃ! キメラアント編どうなったんだー!」
 諏訪子さんが吼える。それは二十三巻まで読んだ私と蓮子も全く同意見である。京都で暮らしていた頃なら電子メディアで手軽に手に入ったのだから、読んでおけば良かった。
 そんな会話をしながら昼食を済ませ、神奈子さんが洗い物をしていたところで、「おや」と不意に顔を上げた。
「誰か来たようだね。早苗、ちょっと出てくれるかい」
「あ、わかりました!」
 早苗さんがぱたぱたと居間を出て行く。そうしてほどなく戻ってきた早苗さんは、ひょこっと廊下から顔を出して「あのー、神奈子様」と呼びかける。
「河童が来てるんですけど。神奈子様に相談があるって。通していいです?」
「河童が? わかった、神楽殿の方で会おう。何の相談だって?」
「予算の話らしいですけど」
「タカりに来たのかい。こっちもそんな余裕はないんだがね」
 エプロンで手を拭い、神奈子さんは頭を掻く。
「間欠泉地下センターを作るのに、思った以上にコストがかかったもんねー」
 諏訪子さんが座卓に頬杖をついて言う。間欠泉地下センターとは、神奈子さんが河童に指示して作らせたという、灼熱地獄跡のおくうさんの核融合の力を研究する施設のことだ。怨霊異変のときに、私たちが神奈子さんに案内されておくうさんに会った、あの縦穴がそのまま施設になったらしい。そこで、河童が核融合の力を研究しているのだとか。
 しかし、研究するにもお金はかかる。研究における最大の問題が予算の確保であるという世知辛い現実は、外の世界でも幻想郷でも変わらないらしい。
「まあ、とりあえず会おうか」
「あ、八坂様。せっかくなので立ち会わせていただけません?」
 と、いきなり我が相棒が手を挙げてそんなことを言いだした。ちょっと蓮子、と私が袖を引くのにも構わず、相棒は猫のような笑みを浮かべて神奈子さんを見つめる。
「なんだい、また」
「いやあ、一応物理学の徒として核融合炉の研究に関心があるのもありますが、予算の話でも、里の人間として協力できることもあるかと思いまして」
 蓮子の言葉に、神奈子さんは早苗さんと顔を見合わせた。




―2―

 そんなわけで、守矢神社の神楽殿。なぜか蓮子に連れられ、私まで同席することになった。神奈子さんが威厳たっぷりに腰を下ろし、私と蓮子は書記でもするかのようにその脇に控える。そこへ早苗さんに案内されて、河童が何人かやって来たのだが、その先頭に立っているのは見覚えのある顔だった。
「やあ、にとりちゃん」
「げげ、伊吹様のご友人様! なんでここに?」
 蓮子が声を掛けると、河城にとりさんは目を見開いてのけぞった。いつまで経っても私たちは萃香さんの友人として警戒対象であるらしい。
「たまたま遊びに来てて、ちょっと立ち会わせてもらってるの。魔理沙ちゃんから話には聞いてたけど、にとりちゃん、河童の核融合研究チームのリーダーなんだって?」
「うへえ。いやま、確かにその通りだけど。あの鴉手なずけたの私だからさあ」
 そういえば、魔理沙さんが「にとりの奴があの灼熱地獄の鴉を手なずけた」とか何とか話していたっけ。なるほど、それで河童の核融合研究はにとりさんが中心なわけだ。
 蓮子が立ち会いを求めたのはこれだからか、と私は納得する。鬼の伊吹萃香さんを今でも畏れているにとりさんたちは、萃香さんと繋がっている私たちの前では、あまり無茶な要求を守矢神社にすることもできないだろう。
「早苗は下がっていいよ。さて、よく来たね。何か相談があるそうだが」
 神奈子さんがそう声を発すると、河童たちは「へへー」と神楽殿の床に平伏する。
「実はですね、八坂様。間欠泉地下センターでの研究予算が底を突いてきまして、ここはひとつ、いくらか融通をですね」
「ウチの予算だって限りがある。ない袖は振れないねえ。河童の里から予算は下りないのかい。共同研究じゃないか」
「そうは仰いますが、ウチの上層部的には間欠泉地下センターは守矢の事業という認識のようで、どうも……。河童の里としても核融合エネルギーの重要性は重々承知しておりますが、里の予算にも限りが。ここはスポンサーでもある八坂様に頼るほかは」
「つまり、私に河童の上層部と交渉して予算を分捕ってこいっていうのかい?」
「へへー」
 にとりさんたちは再び平伏。神奈子さんは頬杖をついて息を吐き、蓮子の方を振り向いた。
「蓮子、どう思う?」
「どこも研究職は世知辛いですわねえ」
 蓮子は苦笑して、腕組みしてひとつ唸る。
「八坂様、核融合研究はあくまで守矢神社が主導権を握った状態で進めていきたい方針でしょうか? 要するに、口を出されたり成果を横取りされるリスクを容認して、守矢を超える規模の出資先を確保していいかどうかっていう話ですが」
「そいつはちょっと困るね。これはあくまでウチと河童の自由になる事業として進めたい。巻き込むならせいぜい天狗までだ」
「ということは、人間の里でスポンサーを募るのは無しと。では、第一案としては天狗に出資を募ることですね。核融合研究に関する取材・報道の優先権あたりとバーターで」
「天狗の里全体ならともかく、鴉天狗個人の動かせる予算は微々たるもんだよ。天狗の新聞は個人の発行物だからねえ。天狗全員に取材報道の優先権を与えたら優先権の意味がない」
「ああ、それもそうですね。ではそうすると――」
 蓮子は帽子の庇を弄りながら、「やはり、自前で資金調達するしかないのでは」と言った。
「誰にも口出しされる恐れのない、自前で用意した研究資金を」
「それが確保できたら苦労しないよ!」
 にとりさんが声をあげる。蓮子がそちらを振り返った。
「河童の皆さんには、何か売るものはないの? 発明品とか」
「売るもの? 商売になりそうなものはもう商売にしてるよ」
「商売にならなさそうなものは? 何の役に立つんだかわからない発明品とか、たくさん作ってそうな印象だけど、どう?」
 蓮子の問いに、河童たちが心当たりのたくさんありそうな顔でざわめく。
「そりゃまあ、そういうガラクタならいっぱいあるけど……商売にならないガラクタだよ」
「いやいや、ガラクタでいいの。人間は、珍しいものが好きなのよ。何の役に立つんだか意味のわからないものでも、動きが面白かったり、デザインがよかったりすれば、お金を出す物好きはどこかにいるのよ。そういう物好きに、死蔵されたガラクタを売ってみるのはどう? そう、秘蔵の発明品大放出! 河童の大バザー! ってな感じで」
 にとりさんたちは、きょとんと目をしばたたかせた。
「……ホントにそれ、商売になるんですかね、伊吹様のご友人様」
「やり方次第ね。ばーんと宣伝を打って、集客に力を入れれば、珍しいもの好きの人間は必ず集まってくるわ。あとはものによって売り方やデザインを工夫すれば」
「あれとかあれとかが売り物に……?」
 河童たちが顔を寄せ合って相談を始める。
「なるほど、河童の放出品バザーか。スポンサーに頭を下げるよりは面白いね」
 神奈子さんも楽しげに笑った。私は横でため息をつく。
「蓮子、それ具体的には霖之助さんとか魔理沙さんとかターゲットにしてるでしょ」
「ばれたか。まあ、欲しがる人のものに商品を届けるのは経済の基本よ、基本。それに、意外な発明は時に無用の長物から生まれたりもするしね」
「単に蓮子が河童の変な発明品を見たいだけじゃないの?」
「メリー、さとりちゃんじゃないんだから心を読まないの」
 楽しげに笑う蓮子に、私がそれ以上言えることは何もなかった。




―3―

 そんな話をしてから、しばらく後のこと。
 寺子屋の授業が終わって、私たちが離れの事務所でだらだらと遊惰な時間を過ごしていると、珍しく来客の気配があった。閑古鳥の大繁殖に歯止めがかからない我が事務所に久々の依頼人かとドアを開けると、現れたるは神様である。
「やっほー」
「あら、洩矢様? わざわざこちらにおいでになるとは珍しいですね。早苗ちゃんは一緒じゃないんですか」
「やーやー、私ひとりさ。こないだの話でちょっと相談があってね」
 蓮子の脇を通り抜けて、諏訪子さんは事務所の中にあがりこむ。
「こないだの?」
「ほら、神奈子のところに河童が来て、資金調達の相談してったじゃん? で、蓮子が提案したバザーの開催が本決まりになったそうでさ」
「あらあら、それは重畳」
「そこでだ。河童から、売るガラクタはいっぱいあるけど、宣伝をどうすればいいかって話になってね。メインの客層に人間を想定するなら、里のあんたたちに案を出してもらうのが一番いいだろうってさ。里の人間に効果的な宣伝打つにはどうすればいいと思う?」
「里への宣伝ですか」
 腕組みして蓮子は唸った。
「とりあえずは天狗の新聞でしょうけど、里では必ずしも広く読まれてるわけじゃないですからね。宣伝効果という意味ではやや疑問符ですね」
「それは私らだって当然考えたさ。それ以外で何かいい案はないかい」
「メリー、何かいい考えない?」
「え? なんで私に振るのよ」
「たまにはメリーも頭使いなさいよ。ワトソン役が謎解きするミステリだってあるでしょ?」
「謎解きじゃないじゃない。そうねえ……」
 いきなり振られても、そうすぐに画期的な考えが思い浮かべば苦労はしない。
「うーん、里での宣伝力だったら、やっぱり口コミが最強じゃないかしら」
「私たちから寺子屋の子供たちに噂を吹きこむの? 慧音さんに怒られそうね」
「子供たちに噂を流しても仕方ないでしょ。今回のバザーのターゲットは大人の好事家なんでしょ? 洩矢様、バザーの会場ってどのあたりになるんですか?」
「さて、まだ決まってないようだけど、里からの足を考えれば霧の湖とか、玄武の沢とか、そのへんじゃない?」
「そうすると里からはちょっと距離がありますね……。単なる噂や情報だけで、里の人間を里の外まで歩かせるのは結構難しい気がします。あのへんに行き慣れている職漁師とかならともかく、そうでない人には玄武の沢までというのは、ちょっと気軽に行ってみようって距離じゃないですから」
「そうだねー。飛べない人間にはちょっと遠いかあ」
 諏訪子さんは後頭部で手を組んで天井を見上げる。
「じゃあ、玄武の沢まででも行ってみたいと思わせるだけのものがあればいいわけよね」
 と言ったのは蓮子である。
「洩矢様、何かバザーの目玉になりそうなもの、ないんですか?」
「目玉商品かー。里の人間の興味を引けそうなもの、何かあるかなあ」
「無ければ作るというのも手かと」
「目玉商品を?」
「あるいは、商品ではなくイベントや見世物ですね。里の外までつい見に行きたくなるような」
 確かに、バザーやセールで客引きのイベントは基本である。
「騒霊楽団を呼んでライブさせるとか……」
「命蓮寺の宝船に出動してもらうとか」
「あの寺が河童のバザーに協力してくれるかなあ。世俗の欲にまみれた経済活動だよ?」
 まあ、それに宝船はもうお寺になってしまったわけで、幻想郷に現れた当初のインパクトは既にあるまい。騒霊楽団というのも、いかにも安直な発想だ。
「うーん、ここはひとつ、必要な点を整理しましょうか」
 蓮子がそう言って、指を立てる。
「現状でのバザーを開催するにあたっての問題点は、第一にターゲットとなる客層への知名度。第二に目玉の不在。第三に会場の立地の問題。この三つですよね?」
「そうだね、まとめるとそうなる」
「ではこれらを解決するのに必要なポイントは何か。第一と第二は、宣伝力としてまとめられます。話題性と言い換えてもいい。里で話題になり、バザーに行ってみようという意欲を起こさせるだけのインパクトがあり、かつ里全体に伝わりやすい宣伝方法」
「言うは易しだね」
「第三は、会場が里の外になることへの心理的なハードルと、距離的なハードルとがあります。特に里の外に出たことのない人には、会場が霧の湖や玄武の沢と言われてもピンと来ないでしょうから、ますますハードルが高くなります。――ということは、一目で会場がどのあたりかわかるような目印が必要です。目的地がわかっていれば、移動に対する心理的なハードルはぐっと下がりますからね」
「そりゃ確かにそうだ。目印か……」
「そう、そしてこの二つのポイントは、ひとつにまとめられると思いませんか? インパクトと話題性がある宣伝にして、かつ会場の場所の目印となるもの」
 にっと猫のように笑った蓮子に、私は横で思わず手を叩いた。
「アドバルーン?」
「そうよメリー。それも、ただのアドバルーンじゃダメだわ。里の人たちが妖怪の山の方を見上げて、『なんだアレは!』と口々に叫ぶようなインパクトのある、里から見えるほど大きなアドバルーン。となれば――この幻想郷には存在しないものを象るのがいいでしょうね」
「幻想郷には存在しないもの……」
 諏訪子さんはその言葉を吟味するように唸り――そして、顔を上げた。
「そうか! いいこと思いついた! 蓮子、さすがは早苗の友達! 頼りになるぅ!」
「イェーイ!」
 蓮子と諏訪子さんは謎のハイタッチ。いったい何を思いついたのだろう。
「そうだよ、こっちに無いなら自分で作ればいいんだ! CAST IN THE NAME OF GOD, YE NOT GUILTYとはよく言ったもんだね! 雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうことだってロジャー・スミスも言ってた!」
 すっかり何やらご機嫌になって、諏訪子さんはその場でくるくると踊る。
「あ、でもそんなデカブツ作って、万一付喪神にでもなったら面倒だなあ……ま、そのへんの対策はおいおい考えるか。単なるアドバルーンなら動力は間欠泉で何とかなるだろうし。よーし、じゃあ方針は決まりだ。蓮子、メリー、ありがとね! じゃ、私はこれで!」
 そう言い残し、諏訪子さんはあっという間にその場から姿を消してしまった。私が首を捻る横で、蓮子は「なんだか楽しいことになりそうね」と猫のような笑みを浮かべた。

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この小説へのコメント

  1. 非想天則編待ってました!
    諏訪子様の無邪気ぶりがいつにも増して現れてますね。
    美鈴の夢がどう絡んでくるのか楽しみです。

  2. 23巻で終えたって事は、チードゥとモラウが戦ってて、キルアがタコに助けられた所でお預けか。
    アリ編完結したって言ったらどんな顔するやら

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