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こちら秘封探偵事務所第3章 萃夢想編   萃夢想編 第6話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第3章 萃夢想編

公開日:2016年02月27日 / 最終更新日:2016年02月27日

萃夢想編 第6話
―16―


 何事もなく、その後も宴会は三日置きに続いていた。
 いや、正確にはいくつかの変化はあった。まず、アリスさんが最初に宴会から姿を消した。四回目の宴会を最後に、姿を見せなくなったのだ。理由は定かでない。この宴会に皆が萃まるのが萃香さんの能力によるものなら、彼女はそれに気付いて対策をとるか、あるいは萃香さんの能力の範囲外に逃れたのかもしれない。
 それ以外の面々は相変わらず、三日置きの宴会のたびに顔を見せていたが、回を重ねるごとに少しずつ様子が変わっていった。五回目の宴会から、妖夢さんが宴会中、あたりをそわそわと気にするようになった。七回目の宴会では、パチュリーさんがなぜか炒った豆を持ち込んできた。
 ――そして徐々に、幻想郷を包む霧の妖気が強まっていった。
 もちろん、私自身に妖気そのものを感じ取る能力があるわけではない。だが、私の目――境界を視るこの目が、宴会のたびにより強く、彼女の気配を感じ取るのだ。
 霧となって幻想郷を包もうとしている、伊吹萃香さんの存在を。
「霊夢さん、まだ気付いてないのかしら?」
「勘づいてはいるでしょう。ただ、彼女にしてみれば宴会が多いだけで実害らしい実害がないから腰が上がらないんだと思うわ」
 八回目の宴会では、レミリア嬢がやけに不機嫌であった。いつも以上に咲夜さんに無理難題を言いつけている。妖夢さんは相変わらず霧のことを気にした様子だし、パチュリーさんは本を読む傍らに炒った豆を置いていた。
「あいつ、結局来ないのかね」
 魔理沙さんが不意にそんなことを呟く。霊夢さんが「あいつって?」と首を傾げた。
「ああいや、アリスの奴のことだよ」
「もう来ないんじゃないの? もともと協調性のない奴だし」
「霊夢にだけは言われたくないだろうぜ」
 苦笑する魔理沙さん。――彼女の目も、頭上に漂う霧にちらちらと向けられていた。
「……たぶん、もう他のみんなも気付いてるのね」
「そうね。お嬢様の機嫌が悪いのも、鬼と勝負して負けたんじゃないかしら?」
「じゃあ、妖夢さんや魔理沙さんも?」
「アリスさんも、パチュリーさんも、もう気付いて、出会ったんでしょう。彼女に」
 しかし、アリスさんが来なくなっただけで、宴会は変わりなく続いている。
 それはいったいどういうことだろう。萃香さんは見つかりたくないような様子だったけれど――いや、見つかった時点で諦めるなら、私たちに見つかった時点で諦めているか。
 魔理沙さんを含め、皆が萃香さんを見つけた。それでも異変は終わっていない。もちろん、この宴会が異変であるとするならば、だが――。
「みんな、萃香さんに返り討ちにあったってこと?」
「おそらくね。幻想郷最強の種族は伊達じゃないってことかしら。だから宴会もまだ続いているし、萃香ちゃんの気配――この霧はどんどん濃くなっていってる」
「じゃあ――」
 と、私は言葉を区切って、相棒の顔を見つめた。相棒は盃を傾けながら、ただ夜空を見上げている。何を考えているのか解らない顔で。
「この異変の……萃香さんの目的って、つまり」
「さて、ね。それが答えにしてはあまりに迂遠すぎると思うけど――」
「まだ結論が出ないの? 名探偵さん」
「どうも決定打がないのよねえ。真相まであと一歩のところまで来てる気はするんだけど」
 萃香さんと出会った二回目の宴会から数えても、既に十八日が経過している。紅霧異変は霊夢さんが一晩(?)で解決したし、異変の最長記録かしら――と思ったが、春雪異変の始まりがいつだったのかが定かでないので、これは解らない。
 しかし、である。さすがに八回目ともなると、宴会全体に活気が欠けていた。特に人間である霊夢さんと魔理沙さんは、どこか疲れが顔に滲んでいる。咲夜さんは相変わらず涼しい顔をしているが、時間を止めて休んでいるのかもしれない。
 まあともかく――そんな調子で、だらだらとした宴会はだらだらと続き、そしてなし崩しのように解散した。後片付けをする咲夜さんや霊夢さんに声を掛けて、私たちは神社を後にする。
 すっかり夜も更けて、明かりは満月の近付いた月の光と、里から持ってきた提灯だけである。里へと続く獣道を蓮子と歩いていると――不意に頭上から、がさがさと物音がした。
「!」
 私たちが顔を上げると、近くの木の上から、ひらりと黒い影が舞い降りてくる。その影は私たちの眼前に降りたって、ぱしゃ、と急に眩い光を放った。目が眩み、思わず私はたたらを踏む。なんだなんだ、いきなり――。
「あら、誰かと思ったら、射命丸さんじゃないですか」
「あやや、どうもこんばんは。お帰りの途中申し訳ありません」
 現れたのは、射命丸文さんである。萃香さんの行方を捜しているはずだったが、ようやくこの宴会の話を嗅ぎつけてきたらしい。天狗の情報網とやらも推して知るべしと言うべきか。
「この宴会、いったいどういうことでしょう?」
 単刀直入に、射命丸さんは斬り込んでくる。私は肩を竦め、傍らの相棒を見やった。相棒は帽子の庇を持ち上げ、邪気のない笑みを浮かべる。
「どういうこと、とは?」
「何やら三日置きに、延々と宴会を続けているそうではないですか。皆さんお疲れのご様子で、そこまでしてなぜ宴会を?」
「さあ。私たちは呼ばれたから参加しているだけで、幹事の魔理沙ちゃんに聞いてくださいな」
「あや? 幹事はあの魔法使いなのですか?」
 あてが外れたような顔をして、射命丸さんは首を傾げる。
「ええ、彼女が取りまとめ役ですよ」
「……そうですか。おかしいですねえ、てっきり伊吹様の命令で皆が集まってるのかと」
 当たらずとも遠からずだが、それは言わぬが花というものだろう。
「巫女が退屈しのぎに耐久宴会大会でも企画したのですかね」
「さて、一参加者の私には何とも」
「むむ。妙な宴会と聞いて伊吹様の仕業かと睨んできたのですが、アテが外れましたかね。やはり記者の直感に従い、この霧の方を追うべきだったかもしれません。こちらはこちらで嫌な予感がするのですが――」
 霧にかすかに煙る夜空を見上げて、射命丸さんは呟く。
「まあ、巫女な馬鹿なことをやれるということは平和ということですね。では、私はこれで」
 ばさりと闇に溶ける黒い翼を翻し、射命丸さんはあっという間に飛び去って行った。それを見送り、私は息を吐く。
「射命丸さん、萃香さんまで辿り着けるのかしら?」
「さてねえ。先に霊夢ちゃんが解決するんじゃないかしら、さすがにそろそろね」
 ――そう、私たちもまた、それを全く疑いなく自明の理として、いつの間にか受け入れていたのである。幻想郷で起きる異変は全て、博麗の巫女が勝利して解決されるものだと。
 しかし、どんなことにも例外はあるのだ。





―17―


 だが、それについて語る前に――私たちがいつもお世話になっている彼女のことについて、語らねばならない。即ち、上白沢慧音さんのことである。
 八回目の宴会が終わった、その二日後は満月だった。満月の夜は妖怪の力が強まる。里の中でもなるべく出歩かないように――というのは、慧音さんから既に耳にタコができるほど聞かされた話である。
 であるからして、明日はどうせまた博麗神社で宴会なのだし、私は陽が沈んだらさっさと寝てしまおうと思っていたのだけれど。
「メリー、今夜は出かけるわよ」
 夕刻、いつも通り唐突に、相棒がそんなことを言い出した。
「――何? 萃香さんでも探しに行くの? 謎が解けた?」
「それとは別件。いや――あるいはひょっとしたら関係あるかもしれないけど、どっちにしても、そろそろはっきりさせてもいい頃合いじゃないかと思うのよね。はっきりしない謎を身近に二件も抱えてるのは落ち着かないから、片方だけでも先に片付けるわ」
「何の話?」
「慧音さんのことよ」
 首を傾げた私に、相棒はそう答える。
「慧音さんがどうかしたの?」
「メリー、彼女が毎月、満月の夜になるとどこかに出かけてること、知らない?」
「……そうなの?」
 初耳である。「そうなの」と相棒は頷き、コートを羽織って帽子を被る。
「危険な満月の夜に、慧音さんが何のために、どこへ行っているのか。慧音さんの庇護下にある者として、いざというとき知らなかったで済まされる問題じゃないかもしれないわ」
「……妖怪の血が混ざってるからって、慧音さんが何か悪巧みしてるとでも言うの?」
 それはいくらなんでも無神経な考えだろう。私は眉を寄せる。
 慧音さんに妖怪――ハクタクの血が混ざっていることは既に私たちも聞いている。そもそも今の彼女の「上白沢」という変わった姓は、「うわはくたく」でワーハクタクのもじりなのだそうだ。認識が強い力を持つこの世界では、名は体を表す、という言葉はおそらく私たちのイメージする以上に大きな意味を持つはずだ。寺子屋になかなか生徒が集まらなかったのも、彼女に妖怪の血が混じっていることに対する偏見が元であるらしい。
 そんな立場でありながら、彼女は寺子屋で子供たちに教育を授け、さらには里を守る自警団にも所属している。妖怪の血が混ざった者が自警団にいることについて、かなり口さがないことを言われてもいるらしい。彼女は慣れたものだと言わんばかりに、気にした風もないが、内心までは推し量れない。人間として里で暮らしながら、人間とは違うものとして扱われることに、相応に悩みや苦しみはあるのではないか。
「満月の夜は妖怪の力が強まる――ということは、慧音の中に流れる妖怪の血も騒いでいるのかもしれないじゃない。それで里の人に迷惑を掛けないように、里を離れている。そういうことじゃないの? わざわざそれを追いかけようなんて悪趣味だと思わない? いくら名探偵は礼儀知らずといっても、これだけお世話になっておいてさすがにその態度は恩知らずの誹りを免れないわよ、蓮子」
「いやいやメリー、誤解しないで。私だって何も慧音さんを危険人物と見なしてるわけじゃないのよ。満月の夜の、慧音さんの連絡先を知っておきたいだけ。何かあったとき、慧音さんに連絡がつかなくて困る事態が来るかもしれないでしょう?」
「だったらそう言って、慧音さんに直接訊ねればいいじゃない」
「訊いたわよ。慧音さんが教えてくれなかったの」
「あら、そうなの?」
「そう。満月の夜に何かあったら自警団か阿求さんを頼れって言うだけで、どこで何をしてるのかは教えてくれなかったから、実際に確かめようと思ったわけ。――実際、もう一年も里で暮らして、慧音さんに散々お世話になってるくせに、私たち、慧音さんのこと全然知らないじゃない? 歴史家っていうけど、寺子屋の先生以外にどんなことしてるのかもよくわからないし、どうして妖怪の血が混ざっているのかも聞いたことがないし」
「……そういうのって、調べるとだいたいロクなことにならないのよ、ミステリーだと」
「それでも人は知りたがる生き物なのよ、メリー。私たちは秘密を暴く者なんだから」
「――はいはい」
 結局、この相棒が言い出したら聞かないのはいつものことである。そして私は、どこまでもそれに付き合うしかないのであった。私の知らないところで、この相棒が無謀なことをして何かあったら、あまりにも寝覚めが悪すぎるから。

 考えてみれば、尾行なんて最も探偵事務所らしい行為かもしれない。
 それが、誰に依頼されたわけでもないことなのが、情けない話ではあるけれども。
「出てきたわ」
 物陰から、慧音さんの自宅を伺っていた蓮子が、そう囁いた。見れば、大きな荷物を抱えた慧音さんが自宅から出てくるところである。私たちの監視には気付いた様子もなく、慧音さんは里の通りを南に向かって歩き出した。
「追うわよ、メリー」
「はいはい、気付かれないようにね」
 足音を忍ばせながら、慧音さんの後を追う。夕暮れの陽は影を長く伸ばしているけれど、慧音さんは南に向かっているので、幸い私たちの影で気付かれる心配はない。
 しかし、慧音さんの向かっている里の南部は、田畑が広がるばかりの農地である。商店や飲食店が軒を並べる中央部と違い、広い畑や田んぼの中に農家が散在している区域だ。寺子屋には農家の子供はいないはずだが。
「農家に食糧の買い付けにでも行くのかしら?」
「こんな時間に、あんな大荷物持って?」
 それもそうだ。さて、だとすれば慧音さんはどこへ向かっているのか。
「……しかし、遮蔽物がないのは困ったわね」
「これ、振り向かれたらその時点でおしまいじゃないの、もう」
 田んぼの横のあぜ道を歩く慧音さんの後を、私たちは追う。何しろ農道なので、視界を遮るものは何も無い。身を隠す術が全くないので、慧音さんが振り返ったら一発で尾行がバレる。これでは探偵も何もあったものではない。
「慧音さんに追いついて打ち明けた方が早いんじゃない?」
「まあそう言わないでよメリー、せめて気付かれるまでは――」
「……聞こえているぞ」
 不意に慧音さんが立ち止まり、振り返ってそう言った。思い切り眉間に皺を寄せて。
 私たちは顔を見合わせ、蓮子は頭を掻き、私はため息。だから言わんこっちゃない。気付かれない方がおかしいのだ。せめてもうちょっと計画的に動くべきだろう。
「ずっと誰かついてくるとは思っていたが、君たちか。どういうつもりだ?」
「いやあ、どうもすみません。悪気はないんです」
「悪気はなくとも、人をつけ回すのは感心しないな。だいたい、もうすぐ陽が暮れる。こんなところをうろついてないで、家に帰った方がいいぞ。まして今夜は満月なんだから」
「――その満月の夜に、慧音さんはどちらへ?」
 蓮子がそう問うと、慧音さんは一瞬虚を突かれたように目を見開き、「――そうか、それを確かめようとしていたのか、君たちは」と呆れたように息を吐き出した。
「他にやることはないのか?」
「生憎、探偵事務所も暇なものでして。それに、満月の夜のたびに慧音さんが何をしているのか、お世話になっている身として知っておきたいと思うのは、人情ではないですか? 何かあったとき、知らないよりは知っていた方がいいことはたくさんあると思いますから」
「…………」
 慧音さんは腰に手を当てて私たちを交互に見やり、それから頭を掻いた。
「……帰れと言ってもついてくる気だな?」
「それはもう、ここまで来たのですから」
「解った。それなら私の目の届くところにいてくれた方がありがたい。君たちに何かあったら保護者である私の責任だからな」
 呆れ顔でそう言う慧音さんに、蓮子は「ありがとうございます」とぬけぬけと一礼。
「里の外は危険だから私から離れるなという意味だ! まず勝手に人をつけ回したことを反省すべきだろう。寺子屋の教師が、子供みたいな我が儘を言うのでは、示しがつかないのだからな。――こっちへ来い」
「はいはい?」
 のこのこと寄って行った蓮子は、三秒後、慧音さんの頭突きを食らって呻いていた。

 広い畑を抜けると、農地を囲む柵の中に、里の境界を区切る門がある。その門を出た先は、人間の里の外。妖怪の領域だ。
「里の南側には確か、迷いの竹林や太陽の畑があるんでしたっけ?」
 太陽の畑といえば、広大な向日葵畑で有名な場所である。今は夏、向日葵の季節ではあるが、まさか夜中に向日葵畑鑑賞に行くわけでもあるまい。
「私の行き先は、迷いの竹林だ。……そうだな、彼女を紹介するいい機会でもあるか」
「彼女? 慧音さん、竹林でどなたかと逢い引きですか?」
「ふしだらなことを言うな。――私が面倒を見ている人間が竹林にいるんだ」
「竹林に? 里の外ですよね?」
「里の外で暮らしている人間もいる。霊夢や魔理沙がそうだろう」
「ははあ。ということは、その方もある程度特殊な力をお持ちなわけですね」
 蓮子の言葉に、慧音さんは少し困ったような顔をして、「そうだな」と頷いた。
「とにかく、もう陽が沈む。私から離れるんじゃないぞ」
 はーい、と私たちは頷いて慧音さんの後を進む。野道をしばらく進むうちに、薄闇の中に鬱蒼とした竹林が見えてきた。もう陽光はほとんど西の山の端に消えかけようとしている。
「間に合ったな。……さて、こっちだ」
 何に間に合ったのだろう。それを訊ねる間もなく、慧音さんは竹林の中に分け入る。私たちも粛々とそれに従うほかない。竹林の中は暗く、少しでも目を離すと慧音さんの背中を見失ってしまいそうで、私は知らず知らずのうちに蓮子の手を握りしめていた。
「すごい竹林ねえ。迷ったら出られなくなりそう」
「怖いこと言わないでよ。――というか、なんだかこの竹林、見覚えが……」
 なんだろう。竹林に足を踏み入れたあたりから、妙に記憶に引っ掛かるものを感じる。前にもこんな竹林を彷徨ったことがあるような、ないような――。
「メリー、前に天然の筍を持ってきたじゃない。あのとき竹林で迷ったとか言ってたわよ。それに、阿求さんが前に言ってたメモも――」
 相棒がそう言い、ああ、そうだ、と私は頷いた。思い出す。確かに夢の中で、竹林で迷ったことがある。――ここなのか。まだ科学世紀の京都にいた頃、私が夢の中で見たあの竹林は。しかし、だとすればここには――。
「こら、こっちだ」
 と、前を進む慧音さんが振り向いて手招きした。私たちは慌ててそちらへ駆け寄る。――と、その先にぼんやりと灯りが見えた。人家だろうか?
「あそこです?」
「ああ。――びっくりするだろうな、君たちを見たら」
 私たちを振り向いて、慧音さんは苦笑する。そうしているうちに近付いてきた家屋は、かなり年季の入ったあばら屋だった。今にも崩れ落ちそうな、一見して廃墟と見まがうような木造建築の小さな平屋。そこから、微かな灯りと、屋根から煙が漏れている。
「妹紅、いるか」
 慧音さんがその戸を叩いて呼びかけると、軋んだ音をたてて戸が開き、影がひとつ姿を現した。赤いもんぺを穿いた少女だ。足元まで届きそうな長い銀髪に紅白のリボンを結んでいる。妹紅と呼ばれた少女は、慧音さんの顔を見て、その気怠げな表情を綻ばせた。
「慧音。そうか、今日は満月だったな」
「ああ。お邪魔させてもらう」
「あいよ。――で、その後ろの人間は誰だ? こんな時間に迷い人か?」
 少女は私たちに胡乱げな視線を向ける。
「いや、里で寺子屋を手伝ってくれている人間だ。勝手についてきてしまってな。すまないが、私の仕事が終わるまで、この二人を見ていてくれないか」
「ああ、いつか話してたな。――相変わらず面倒見がいいというか、お節介焼きだな、慧音は」
「性分なものでな。――紹介しよう、宇佐見蓮子と、マリベリー・ハーンだ」
「あ、どうも、初めまして。慧音さんにはお世話になっております」
「……マエリベリー・ハーンです。メリーと呼んでください」
 慧音さんも、私の名前の正確な発音は未だに苦手なようである。
「藤原妹紅だ。慧音には世話になっている、色々とな。――で、慧音の仕事が気になって追いかけてきたのか? 普通の人間にしちゃ、命知らずだな」
「はあ。慧音さんのお仕事というのは?」
「なんだ慧音、教えてないのか?」
「別に言いふらすようなことでもないからな」
「説明してないから、こいつらが追いかけてきたんじゃないのか?」
 呆れ顔の妹紅さんの言葉に、む、と慧音さんが言葉に詰まる。
「見られたくないって気持ちはまあ、解らんでもないけどな。――この時間にお前を追って里の外に来るような人間なら、見せてやってもいいんじゃないか」
「見世物じゃない。簡単に言うな。――私が見境なくなったらどうするんだ」
「なに、その時は私が止めてやるよ」
「…………」
 会話の意味はよく解らないが、慧音さんは顔を伏せて何かを考え込んでいる様子だった。それから顔を上げ、私たちの方を見やる。
「私がここで何をしているか、それを知れば、もう追いかけては来ないと約束できるか?」
「ええ、約束します。それが知りたくて来たので」
「――解った。今日だけだぞ」
 諦めたようにそう言った慧音さんに、蓮子は「ありがとうございます」と満面の笑みで頭を下げ、私はそんな調子のいい相棒の手の甲をつねってやった。





―18―


 先頭を歩く慧音さんの後を追うように、私たちは妹紅さんと竹林を歩く。
「妹紅さんは、慧音さんとはどういうご関係なんです?」
 蓮子が問うと、妹紅さんはもんぺのポケットに手を突っ込んだまま、目線だけで振り向く。
「そりゃあ、ちょっと長い話になるな。要約すれば、やさぐれてた私に慧音がお節介を焼いて、ときどきこうして様子を見に来てくれる。そういう関係だ。――お前さんたちは?」
「こっちもちょっと長い話になりますね。まあ、見知らぬ土地で途方にくれてた私たちを慧音さんが拾ってくれて、そのお礼に慧音さんのお手伝いをしている、というところですか」
「要するに、お互い慧音の世話焼きの被害者ってわけだ」
 愉しげに笑って妹紅さんは言う。その言いぐさも、彼女なりの親愛の表現なのだろう。
「それで、慧音さんはここで何を?」
「慧音の本業だよ。歴史家として、歴史を編纂するんだ」
「……竹林で、ですか?」
「人里でやるわけにはいかないんだそうだ。ここは人目につかないからな」
 どういうことだろう、と私たちが疑問に思っているうちに、不意に視界が開けた。竹林の中にぽっかりと、エアポケットのような空間が広がっている。そこには、満月の光が遮られることなく、燦々と降りそそいでいた。
 慧音さんがその手前で立ち止まり、こちらを振り返る。
「――ふたりとも。ここで見たものを、君たちがどう思うのも自由だ。ただ――」
 と、不意にどこか寂しげな顔をして、慧音さんは私たちに言う。
「それでも私を人間だと思ってくれるなら、ありがたい」
「……慧音さん?」
 私がそう声をあげるのにも構わず、慧音さんは荷物を抱え、月光の降りそそぐ空間へ躍り出た。月の光が、慧音さんを照らす。その光を浴びるように慧音さんは両手を広げ――。
 次の瞬間、目の前で展開された光景に、私はただ息を飲んで、目を見張るしかなかった。
 慧音さんの姿が、変わっていく。銀髪の青みは、透き通るような碧に。その瞳は赤に。そして――何よりも大きな変化は、その頭部だ。
 慧音さんの頭部に、二本の角が生えている。
 それは萃香さんの角とはまた違う、牛のような白く鋭い角だ。そういえばハクタクというのは、牛に近い姿をしているのだったか――。
 慧音さんの抱えていた荷物から、ひとりでに巻物が飛び出して広がっていく。慧音さんの周囲で渦を巻くように、書物が、巻物が広がり、月の光の下で慧音さんは踊る。優雅に、気高く。それは異形の姿ではあったけれど――どこか高貴で、美しい光景だった。
「あれが……妖怪としての慧音さんの姿」
「そういうことだ。ああ、あまり近付かない方がいいぞ。ハクタクになっているときの慧音は気性が荒くなるからな」
 妹紅さんに促され、私たちは数歩下がる。慧音さんが具体的に何をしているのか、私にはさっぱり解らないけれど、彼女はこうして満月の夜は、この竹林であの姿になり、歴史家としての役目を為してきたのだろう。人目を忍んで――。
「さて、慧音の仕事が終わるまで、うちで待つか。寝るなら寝て構わないぞ。どうせ明け方までかかるからな」
 そう言って、妹紅さんはくるりと踵を返す。慧音さんの仕事の様子を見ていたい気はするが、慧音さん自身があまり見られたくなさそうだったので、ここは遠慮すべきなのだろう。私たちは慌ててその後を追った。
「それとも、もう里まで戻るかい?」
「――いえ、せっかくですので待たせていただきますわ」
「ふうん。――怖ろしいとは思わないのか、妖怪になった慧音を」
 不意に目を細め、妹紅さんはそう問うた。蓮子は猫のような笑みを浮かべ、帽子の庇を持ち上げる。
「どうしてです? むしろ、好奇心でいっぱいですわ。慧音さんのお仕事についても、慧音さん自身についても――いいものを見せてもらいましたわ。彼女のことを、今、もっと知りたいと心から思いますね」
 蓮子の言葉に、妹紅さんは軽く目を見開いて、「へえ――」とひとつ首を傾げた。
「本当に怖いもの知らずの人間だな。珍しい」
「好奇心こそが取り柄ですので。――慧音さんは満月の光を浴びるとハクタクに?」
「ああ、そうだ。慧音の中に混じったハクタクの血が、満月になると目覚めるらしい」
「生まれたときからそうなんですかね」
「いや、聞いた話だが、慧音は後天性の半人半妖だよ」
 妹紅さんのその言葉に、蓮子はぴたりと足を止めた。
「――後天性? 先祖に妖怪がいるのではなく、元は普通の人間だったんですか?」
「ああ、いつだったか慧音がそう言っていた。昔、妖怪に襲われて瀕死の重傷を負ったところを、ハクタクに救われたらしい。ハクタクは慧音の命を救うために、自身の血を慧音に飲ませた。それが原因で、慧音は命は助かったが、ハクタクの血が身体に混じった半人半妖になってしまったわけだ。――満月の夜以外は人間だから、九人一妖、ぐらいが正確なところじゃないかと思うけどな」
「……人間の吸血鬼化のようですね。吸血鬼も血を送りこむことで人間を吸血鬼化しますから。妖怪の血は、人間の血より強い、ということですか」
「そういうことだな」
 異界の食べ物を口にすると、その世界に同化して元の世界に戻れなくなる、というのはよく言われる話だ。異物を身体に取り込むという行為は、その存在の定義さえ書き換えてしまう行為である。
「人の肉を喰らった獣は妖怪になる。妖怪の肉を喰らった人間も妖怪になる。ものを口にするってのは、人間が考えているより重大なことなのさ」
 どこか諦観のように、妹紅さんは言った。
 その横で、我が相棒は――ひどく難しい顔をして、腕を組んだ。
 相棒が黙ってしまったので、私が途切れかけた言葉を繋いだ。
「……でも、それでも慧音さんは、あくまで人間として、人間の里で暮らしているのですよね。あらぬ噂を立てられても、口さがないことを言われても」
「私もそれを慧音に尋ねたことがあるよ。――異形として排斥される身で、どうして人間の里で暮らし続けているんだって。なぜ耐えられるのかって、な」
 目を細め、妹紅さんはどこか遠くを見るように言った。
「慧音はこう答えた。『それでも私は、人間として生きたいんだ』ってな」
「人間として――」
「妖怪の血が混ざっても、慧音自身は自分を人間だと強く信じているんだ。その意志をなくしたときが、自分が人間でなくなる時だと、慧音は言っていた。たとえ妖怪の血が混ざっても、異形の姿になったとしても、自分が人間であるか否かを決めるのは、最後は自分自身の意志だってな。――それを証明するために、慧音は里で暮らしているんだろう」
 その考えに至り、今の生活に至るまで、彼女の内面にどれだけの葛藤があったのだろう。
 人間であろうとする意志――それはどこまでも人間でしかない私には、到底想像もできない領域の話だ。だが、それが慧音さんを支える信念なのだろう。だから私たちのような外来人の世話を焼き、妹紅さんの面倒を見て、自警団で働き、寺子屋で歴史を教え――人間の役にたつことで、自分が人間だと、慧音さんは自分自身に言い聞かせ続けているのだろうか……。
 私がそんなことを考えている横で、不意に相棒が「……そういうこと」と呟いた。
「蓮子?」
「欠けていた一番大きなピースが、埋まったわ」
 帽子を目深に被り直し、相棒は竹の合間から微かに覗いた夜空を見上げて「八時二十五分三十一秒」と呟いた。






【読者への挑戦状】


 さて、今回の【出題編】はここまでである。
 我が相棒、宇佐見蓮子の辿り着いた〝三日置きの百鬼夜行〟の真相とはいかなるものか。
 主に以下の三点について、あなたも考えてみてほしい。

 一、伊吹萃香さんとは何者であるのか。
 二、彼女はなぜ地上に現れ、宴会を起こしたのか。
 三、鬼はなぜ人間のいる幻想郷を捨て、地底へと移り住んだのか。

 最大の手がかりは、最初に貴方たちに提示している。
 寂しがり屋の百鬼夜行が起こした、祭りのようなこの異変の真実に、貴方は辿り着けるだろうか。

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この小説へのコメント

  1. 「巫女な馬鹿なことを〜」のところは「巫女『が』馬鹿なことを〜」ですかね?

  2. なんだか永夜抄が楽しみになってきました
    妹紅が不老不死の薬を飲んだと知った蓮子が何を思うのか

  3. 白澤の時の慧音の仕事が美しく思えました。次回も楽しみにしております。

  4. 慧音先生みたいな芯のある女性って素敵だと思います。慧音の後天性の設定の考え方がなるほどと思いました。

  5. 作成、お疲れ様です~ いやはや、色々と楽しみですね。萃夢想から永夜抄へ繋がる物語と読者への挑戦状。

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