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こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編   緋想天編  エピローグ

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編

公開日:2017年07月15日 / 最終更新日:2017年07月15日




「この世界が、既に歴史が変えられたあとの世界――ね」
 私の推理という名の妄想を聞き終えた蓮子は、腕を組んで唸った。
「私たちがこの時代の幻想郷に来たのは、妖怪の賢者が幻想郷の歴史を変えようとした方策のひとつ――か。確かに面白いし、私の考えた推理より筋が通る部分があるのは認めるわ。メリーもやればできるじゃない」
「こんなことが出来ても、何の役にも立たないけどね」
 探偵事務所でお茶を啜りながら、私は息を吐く。蓮子は畳の上にごろりと横になると、頬杖をついて私を見上げた。
「ただね、メリーの推理は決定的に検証不可能なのよ、私たちには。だって私たちは、二〇八五年までの幻想郷の歴史を知らないんだもの。外の世界の歴史なら、自分の知識と現在の世界を照らし合わせて、その流れが変わっているか否かを検証できるけれど――もし、私たちが来なかった幻想郷というものがあったとして、その歴史を私たちはもう知る術がないわ。だからメリーの考えた、妖怪の賢者が天界にちょっかいをかけた――という、歴史から抹消された事実が存在したかどうかなんて、検証のしようがない」
「解ってるわよ、そんなこと」
 言われるまでもないことだ。そもそも私たちが過去に来ていること自体、それを証明しているのは状況証拠でしかないし、その歴史を知らない異世界にいる以上、私たちが来たことで世界の何かが変わったのかどうか、その偏差を私たちが観測することはどだい不可能である。考えたところで、過去に自分の選ばなかった道の先にある人生を妄想するようなものでしかない。
 私たちは今、この幻想郷にいる。それだけが私たちに観測可能な現実なのだ。
「低次元存在は、高次元存在という創造主の掌の上でしかないのかしらね。ループするフェッセンデンの宇宙で神は沈黙せず、百億の昼と千億の夜が過ぎ去るばかり」
 目を閉じてそんなことを言う相棒を見下ろし、私は湯飲みを置いて目を伏せる。
「……ねえ蓮子。結局、私たちは何のためにこの世界に導かれたのかしらね」
「さあね。――世界の中の、自分の存在の意味をそう簡単に定義できたら、誰も苦労しないでしょう。そういう話はメリーの方が専門じゃないの?」
 むくりと身体を起こし、相棒は私に向き直った。蓮子の手が、私の手に重ねられ、その黒い瞳が私の目を覗きこむ。
「ねえメリー。この世界が私たちのいた二〇八五年と地続きなのか、それとも全く別の並行世界なのかはわからないけれど――相対性精神学だと、可能性は分岐せずあらかじめ定まった一方向にしか進まないが、未来は観測不可能だから不確定、っていう立場を採るんでしょ?」
「……そうだけど」
「そして私たちは、幻想郷の歴史を知らない。それなら、私たちがどれだけ外の世界の歴史の知識を有していても、この幻想郷の未来は観測不能で不確定なんだわ。――それなら、私たちが選び取った未来こそが、この可能性世界の定められた未来になるのよ。妖怪の賢者が何をどうしようと、私が観測する世界の未来を観測して決定するのは私自身。そうでしょ?」
「――蓮子、本当に相対性精神学的な考え方が身についたわね」
「こんな世界で長く暮らしてたら、嫌でもそうなるわ」
 目を丸くする私に、蓮子は呆れたように苦笑して――私の手を握りしめる。
「妖怪の賢者がこの幻想郷の最善の未来を模索しているなら、私たちは私たちにとって最善の未来を選択していくのよ。結局、私たちにできることはそれだけなんだわ」
「……そうなのかしらね」
「そうなのよ。私たちがなぜこの世界に来たのか、この先にどんな未来が待ち構えているのか、わからないことはいくらでもあるけれど、それを観測して確定していくことが、私たちがこの世界で生きていくってことなんだわ。たとえ高次元存在が時間をループさせて歴史を改変しようとしているとしても、今私がここにいて、メリーがここにいる、それが私たちにとっての唯一の世界なんだから、私たちはこの世界で生きていくのよ。私とメリーの、ふたりでね」
 にっ、と猫のように笑って、蓮子は私の手を強く握りしめた。
 そんな相棒の笑顔に、私はどんな表情を返すべきなのかわからなくて――。
「……早苗さんを仲間はずれにしたら、またぶーぶー言われるわよ?」
「あらメリー、私が早苗ちゃんばっかり構ってるのに妬いてるの?」
「そんなんじゃないわよ!」
「拗ねない、拗ねない。いつだって、私の相棒はメリーよ。今までも、これからも、ずっと」
「……はいはい」
 蓮子の手を握り返して、私も目を細めて、笑った。蓮子のように、どんなときでも無邪気に笑えたらいいのに、と思うけれど――その笑顔の差こそ、私と蓮子の関係そのものなのだろう。そんな風に、思った。

      ◇

 その翌日、寺子屋は休みの日なので、午前中から事務所でだらだらしていたところに、霧雨魔理沙さんがやって来た。彼女が事務所に現れるときの用件はひとつ、宴会のお誘いである。
「よお、暇そうだな。今日宴会があるんだが、来るか?」
「あら、どちらで? お察しの通り暇だからどこでも行くけど」
 蓮子の問いに、魔理沙さんはイタズラの計画を打ち明ける子供のような顔をして笑う。
「天界だよ」
「天界ぃ? 何でまたそんなところで」
「発案は萃香の奴だ。神社の起工記念祭だとさ」
「起工記念って、この前神社でやってなかった?」
「あれは着工記念で別なんだとよ。ま、この宴会のメインイベントにゃお前らはあんまり関係ないんだが、宴会だけでも参加してけよ。お前らも天界であいつに会ったんだろ?」
「メインイベント? 天子ちゃんと何かやるの?」
「――起工記念祭と称してみんなで天人をボコボコにするんだとさ」
 愉しげな魔理沙さんの言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「ははあ。妖怪の賢者がキレてボコボコにしたとは聞いたけど」
「愉快犯で幻想郷を壊滅させようとしたような奴だからな。幻想郷総出でボコボコにしてやるのが礼儀ってもんだぜ」
「物騒ねえ。まあ、それが幻想郷の流儀なら私たちが口出しすることでもないけど……あ、早苗ちゃんを誘ってもいい?」
「あの山の巫女か? 私は別に構わんぜ。来る者は拒まずだ。んじゃ、時間は――」
 開始時間を告げ、「じゃ、お前らは来るときは山の巫女に送ってもらうってことでいいな」と言い残して、魔理沙さんは飛び去って行く。それを見送ると、私たちは事務所を閉めて、自宅の方に戻った。自宅の小さな庭には、守矢神社の小さな分社が鎮座ましましている。
「もしもーし、八坂様ー。そっちに早苗ちゃんいらっしゃいますかー?」
「これ、分社を電話代わりに使うんじゃないよ」
 蓮子が分社にそう呼びかけると、呆れ顔で神奈子さんが分社から姿を現した。
「そうは言いましても、こっちから守矢神社に呼びかける方法はこれだけなもので。八坂様の外来テクノロジーで、河童に早く電話網を作らせてくださいな」
「さて、何年後になるかねえ。で、早苗はうちにいるが、用件はなんだい?」
「天界で宴会があるそうなので、そのお誘いですわ」
 蓮子がメインイベントだけを伏せて伝えると、「ふむ、伝えてくるよ」と神奈子さんは姿を消す。数分後、「その宴会に参加するかはともかく、とりあえずこっちに来るそうだよ」とまた神奈子様が現れて告げる。神様を電話交換手のように使っている私たちも大概だなあ、と脇で見ている私は心の中だけで嘆息。
「宴会をするってことは、この前の地震騒ぎが終わったってことかい?」
「まあ、そう見なしていいかと。要石も埋め込まれて地震も防がれましたしね。八坂様たちも天界の宴会、いかがです?」
「いや、私らは遠慮しとこう。三人で楽しんできな」
 にっと笑った神奈子さんに――ふと、私は疑問に思う。早苗さんが言い出した例のプロジェクトを、神である八坂様はどう考えるのだろう、と。
「あの、八坂様……」
「うん? なんだい、メリー」
「……天人が扱う要石を、外の世界に刺して、私たちが知る未来の大震災を防ぐことができるとすれば、それを行うのは正しい行いなんでしょうか?」
 私の問いに、神奈子さんは眉を寄せ、腕を組んで唸った。
「それは――諏訪で起こるのかい」
「あ、いや、ええと……」
「――いや、それを訊くのは止めておこう。どっちにしろ私らは外の世界を捨てた身だ。向こうの未来を知ったところで、意味はないからね」
「…………」
 顔を伏せた私の肩を、神奈子さんはぽんと叩いた。
「メリーよ。私だから言うが――ただの人間が、神になろうとするもんじゃあない」
「――――」
「お前さんたちは確かに未来を知っているんだろう。外の世界で将来起こる多くの悲劇を、お前さんたちが外に出ることで防げる可能性もあるんだろうさ。だが、それをやろうとした瞬間、お前さんたちはもう神になるしかなくなる。少なくとも、人間ではいられなくなる」
「人間、では……」
「そうだ。不特定多数の人間の運命に、超越的な立場から干渉できる存在は、そりゃあもう人間とは呼べないんだよ。人間以外のものになる覚悟がないなら、そんなことはやるもんじゃない。そして、歴史を大きく変えたことで、お前さんたちの知識が通用しなくなったとしても、一度神として他人の運命を操った快楽を忘れられるほど人間は強くない。その先に待つのは、人間でなくなり、神にもなりそこねた、無惨な残骸さ」
 返す言葉もなく、私は押し黙った。そんな私の肩を抱いて、神奈子さんはぽんと頭を叩いた。母親のような、慈愛の笑みを浮かべて。
「早苗だろう? そんなことを言い出したのは」
「あ、ええと……」
「全く、こっちでは人間でいていいと言ってるのに、神様気分が抜けないね、早苗は。あとで私から叱っておこう。蓮子も、お前さんたちが外の世界の未来について気に病む必要なんかないんだよ。人間には人間の領分がある。――お前さんたちは、自分たちが人間であることを大事にするんだね」
「……はい」
 こくりと頷いた私に、神奈子さんは目を細めて微笑んだ。

      ◇

「例の天人をもう一回ぶちのめす会ですか! 行きます行きます!」
 メインイベントを伝えると、早苗さんはノリノリだった。そんなわけで、早苗さんに抱えられて私たちはまた天界にやって来ている。伝えられていた宴会の予定時刻より早いが、早苗さん的には宴会前に天子さんを叩きのめしておこうということらしい。
 そんなわけで――。
「あ、見つけましたよ!」
「うわ、また来た。あの小鬼、ほんとにどんだけ呼んだのよ」
 早苗さんが天子さんの前に降り立つと、天子さんは呆れ気味に息を吐いた。
「また? ひょっとしてもうみんな集まってます?」
「もう大勢来てるわよ。朝イチで来たのもいるし」
「幻想郷の人たちは暇ですねえ。まあいいです、この前の決着をつけさせてもらいますよ!」
 大幣を構える早苗さんに、「ふふん」と天子さんは得意げに胸を張り、緋想の剣を構える。
「いいのかしら? せっかく前回は負けてあげたのに」
「始める前から負け惜しみとは見苦しいですね!」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ!」
 ――そんなわけで、天界を舞台に始まる弾幕ごっこを遠目に眺めながら、私たちは既に天界に集まっていた面々と合流していた。幽々子さんに妖夢さん、アリスさんにパチュリーさん、魔理沙さんに咲夜さん、萃香さんといつもの面々が勢揃いの中、霊夢さんの姿がない。
「霊夢ちゃんは?」
「まだ博麗神社にいるんじゃない? ま、主役は最後に来るもんじゃん」
 開始時間前だというのにすっかり出来上がっている萃香さんがゴロゴロしながら答える。いや、萃香さんが出来上がっているのは常時のことではあるのだが。
「咲夜さん、お嬢様を置いてけぼりでいいんです?」
「さすがに雲の上はお嬢様のお身体に差し障りがありますので。我々はお嬢様から許可を得ておりますのでご心配なく。――それより、宇佐見様。お嬢様に何か妙なことを吹き込まれませんでしたか?」
「え、妙なことって?」
「この前、レミィが安楽椅子探偵と称して咲夜に犯人を集めさせてたのよ」
「ああ、あれ貴方たちのせいだったの?」
 パチュリーさんが呆れ気味に言い、アリスさんが半眼で蓮子を睨む。「いやいやいや、濡れ衣……とは言い切れませんが」と蓮子は両手を挙げて降参のポーズ。
「まあ、おかげでレミィが図書館のミステリに興味を示してくれたから、私はいいんだけど」
「え、そうなんですか?」
 それはちょっと楽しいかもしれない、とミステリ好きとしては思う。
「今向こうで戦っている山の巫女もご一緒に、またお嬢様や妹様のお相手をしていただきたく思いますわ。妹様は何やらあの山の巫女がお気に召したようですし」
「ははあ、喜んで」
 蓮子は畏まって頭を下げる。そういえば、結局早苗さんとフランドール嬢は何がどうなって意気投合したのか未だによくわからない。精神年齢が近いのだろうか?
「負けましたぁ」
 と、噂をすれば何とやらで、早苗さんが肩を落として戻ってきた。「なんだ、結局みんな負けたのかよ」と魔理沙さんが肩を竦める。
「え、ここの全員天子ちゃんに負けたの? 幽々子お嬢様も?」
「残念ながらね~。本気を出した天人は手強かったわ~」
 蓮子が驚いて見回すと、みんな溜息混じりに頷く。幽々子さんだけが飄々と笑っているが、このお嬢様だけは本気を出していなかっただけなのではないかと思う。
「で、あの天人はどうしたんだ?」
「神社に向かったみたいですよ」
「霊夢を迎えに行ったのか。ま、終われば来るだろ。んじゃ、先に始めてようぜ」
「いやいや、まだ時間じゃないしせめてもうちょっと待ちましょうよ」
 盃を手にする魔理沙さんに、妖夢さんが呆れ顔で肩を竦める。
「……萃香ちゃん、妖怪の賢者は呼ばなかったの?」
 蓮子が小声で萃香さんに尋ねると、萃香さんは「おん?」と顔を上げた。
「紫? 誘ってないよ。紫は神社壊して気が済んでるだろうし。紫に何か用でもあった?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……私、一度も会ったことないからねえ」
「え、そうだっけ?」
「そうよ。私が来る宴会には妖怪の賢者、来てないでしょ」
「いや、そんなことなかったと思うけどなあ……お前さんたちのいる宴会で紫と呑んだ記憶あるよ。お前さんたちの視界の外にいたんじゃない?」
「ええ? なにそれー」
「ま、紫にゃ、どこだって居るも居ないも区別なんかないのさ。あいつはどこにでも居るし、どこにも居ないようなもんだよ。私らがそこに居ると思ったときだけ居るのかもね」
 萃香さんはそんなことを言って、天界の空を見上げながら盃を傾ける。
 私たちはただ、顔を見合わせる以外になかった。

 それから、霊夢さんが天子さんとともに現れて、盛大に宴会が開かれた。
 天界は食材に乏しいらしく料理は質素だったけれど、咲夜さんがその代わりとばかりに大ナマズ料理を振る舞った。蓮子があちこちに絡み酒する中で、私は主に早苗さんとちびちび呑む。早苗さんはお酒に弱いのもあって、まだ幻想郷の宴会には馴染みきれていないようだ。
 ――そんな宴会の中、蓮子が早苗さんに絡みだし、私がひとりになったところで、不意に天子さんが私の元に歩み寄ってきた。その手には、相変わらず緋想の剣が携えられている。返さなくていいのだろうか――とぼんやり考える私を、天子さんはじっと見つめ、眉を寄せる。
「……なんですか?」
 居心地の悪さを覚えてそう問い返すと、天子さんは私の前に座り込む。
「この前会ったときも気になったんだけど――」
 そう言って、天子さんは緋想の剣を構えて、私と、それから少し離れた場所で早苗さんに絡んでいる蓮子を交互に見やる。
「……あんたと、そこの博麗と似た気質の人間。あんたたちの気質、混ざってるわよ」
「え?」
 何を言われたのか理解できず、私は目をしばたたかせた。天子さんは肩を竦める。
「この緋想の剣を通して見える気質は、その人間の本質。それは普通、他人とは混ざり合わない部分のはずなんだけど……あんたとあの人間の気質は、ちょっと混ざり合ってるのよ。あっちの快晴と、あんたの小糠雨が混ざって……天気雨みたいな気質が現れてる」
「――どういうこと、ですか?」
「そんなの、こっちが訊きたいわ。他人と長く一緒に暮らした人間は相手の気質の影響を受けて、気質が変わるらしいけど……そういう感じじゃないのよね」
 首を傾げ、天子さんは言葉を探すように少し唸り――。
「そう、あんたと、そっちのと、それぞれ個人としての気質を持ってるのとは別に――あんたとそこのと、二人合わせてひとつの気質が生まれてる、っていうべきね。人間の集団が持つ集団としての気質の、小さい規模のものじゃないかと思うけど」
 それはつまり、私と蓮子のふたりとしての――《秘封倶楽部》の気質、ということなのか?
「何にしても、あんたたち、少し気を付けた方がいいと思うわよ」
「え?」
「長いものには巻かれろ、って地上の民は言うけど、それは集団の気質に個人の気質が呑まれてしまうことを言うのよ。二人だけでそんなことが起こるのかどうかは知らないけどね」
 そう言って天子さんは立ち上がり、また宴会の騒ぎの中に戻っていく。
 ぼんやりとそれを見送っている私は――不意に魔理沙さんに背中をどつかれた。
「おいおいメリー、何辛気くさい顔してんだよ。ほれ呑め」
「い、いや、そんなに呑めないですから――」
 盃にどぼどぼと酒を注がれ、魔理沙さんに迫られているうちに、天子さんからの忠告(?)はうやむやになってしまったのだった。

      ◇

 オールナイトで続きそうな宴会を、私たちは早苗さんとともに一足先に辞すことにした。明日も寺子屋の授業がある。徹夜の酒臭い身体で行ったら間違いなく正座&頭突きである。
「頭痛いです……」とグロッキーな早苗さんになんとか里まで送ってもらい、自宅までの夜道を蓮子と歩きながら、私は夜風になびく髪を押さえて、天上の月を見上げる。皎々と蒼白い光を放つ月は、物言わず私たちを見下ろしていた。
 この世界は、本当に妖怪の賢者によって過去が変えられたあとの世界なのだろうか。
 それとも、失われた本来の歴史など、どこにも存在しないのだろうか?
 いずれにしても――。
「――ねえ、蓮子」
「うん?」
 一歩先を歩いていた蓮子が、足を止めて振り返る。私は月を見上げたまま、目を細めた。
「今思いついたんだけど……永琳さんは、月と天界は天上にあるというだけで別の場所って言っていたけど。もし、月と天界に繋がりがあったとしたら?」
「――今回の異変は、天界じゃなく、月が首謀者だったって言いたいの?」
 蓮子も月を見上げ、目を細めて帽子の廂を弄り回した。
「改変される前の歴史で、妖怪の賢者がちょっかいをかけたのが、天界ではなく月だったとしたら。月の意向を汲んで、天界が地上に脅しをかけた……ふむ、だとすればその場合、博麗神社が最初に狙われたのは、妖怪の賢者によって改変される前の歴史で、霊夢ちゃんが妖怪の賢者と組んで月にちょっかいをかけたから?」
「ううん、そうじゃなくて。妖怪の賢者による歴史改変はこの際関係ないのよ」
「え?」
「私たちの知っている今の歴史でも、妖怪の賢者は霊夢さんと組んで月の民にちょっかいをかけたじゃない」
「――永夜異変?」
 目を見開いた蓮子に、私は頷く。――そう、そういうことだって考えられないだろうか。この地震騒動の真の首謀者が月だったなら、その原因を、永夜異変に求めることだって……。
「じゃあ、この地震騒動の真の首謀者は永遠亭……? 八意先生が全て裏で糸を引いていたっていうの? ううん、さすがに推理の材料が少なすぎて、それは何とも言えないわね」
「……そうね」
 首を振った蓮子に、私は息を吐く。そう、こんなのは推理とも呼べないただの妄想だ。
 結局、この異変の真の原因が何で、真の首謀者が誰だったのかは、たぶん真犯人自身しか知り得ないのだろうし、そんな真犯人がいるのかどうかさえ、私たちにはわからないのだ。
 それは、私たちがこの世界に招かれた理由がわからないのと同じように――。
「月の都かあ……ねえメリー、昔、月面ツアーの話をしたの覚えてる?」
「うん? 月で無重力コーヒー飲もうって話?」
「そうそう。あのときメリー、言ったわよね。別の方法で月に行けないか――って」
「そんなこと言ったかしら。まあ、そんな方法、簡単に思いつけば世話はないわよね」
 気もなくそんな風に答えた私に、蓮子はくるりと振り向いて――猫のように笑った。
 その笑顔に、不意に何かの既視感を覚えたような気がしたけれど、気のせいかもしれない。
「――幻想郷でなら、あのとき見つけられなかった方法が、何かあるんじゃないかしら?」

 私は蓮子と肩を並べて、月の光を見上げ続けた。
 天界よりもさらに遠い幻想の月は、私たちにとって、まだ遠すぎる謎だった。



【第7章 緋想天編――了】

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この小説へのコメント

  1. 【あとがき】
     
    毎度どうも、浅木原です。今回もお付き合いありがとうございました。
    前回のあとがきで「儚月抄をやらない」宣言をした理由、今回でお察しいただけましたでしょうか。
    というわけで今回は、我々の知る公式の幻想郷とは違う歴史の幻想郷にいる蓮子とメリーの認識と、
    読者の認識とのあれこれがシリーズ全体の謎と絡む、みたいな話だったわけでした。たぶん。
    あと、今回のもうひとつのコンセプトは「東方緋想天に早苗シナリオがあったら」でした。
     
    次は地霊殿編です。8月下旬連載開始かなあ。
    それでは、次回もまたよろしくお願いします。

  2. 今度は蓮子が紫に似てるだと・・・

    それはそうと、紫による歴史改変が本当なら、ある意味無敵の存在だな
    力では敵わない天界の神々に対しても、「戦わなかった」ということにできる
    どんな強者だろうと、そもそも勝負しなければ無意味

  3. 改変された結果儚月抄は無かったことにされた?
    ぐぬぬ、新しい謎を出されてしまった

  4. 同じ宴会の場にいる蓮子が紫の存在に気付かないとは考えにくい…
    紫はシュレディンガーの猫なんでしょうか(迷推理)
    久しぶりに蓮メリの百合が見れて嬉しかったです。
    お疲れ様でした。

  5. 紫様がいると思ったらいる?それはスキマ妖怪だから見てるのか…。
    それに幻想郷改変それに低次元と高次元…うーん
    新しい謎ですね。
    あ、あと次回の地霊殿編
    期待していまふ

  6. 天子ちゃんの気質の話から察するに、まさか紫様は「秘封倶楽部」から生まれた妖怪なのか…?
    でもそれだと紫様と幻想郷の誕生が秘封倶楽部より後になってしまう…。やっぱり分からない…。

    あ、あと今回も出番が少ないにも関わらずカリスマ溢れる神奈子様と永琳先生が素敵でした。

  7. 今回は謎の本質が解けないままですね。これは思ってもいなかったです。
    紫の歴史改変は慧音の能力やと阿求の編纂も受け付けないとなると、次元を確定させて繋げていく紫は本当にとんでもないです。しかしそうなると、いつまで時をやり直させるのだろうか。そこまで幻想郷を愛しているというのなら、紫様のそれは…。
    今回も面白かったです。地霊殿編楽しみにしてます。

  8. お疲れ様です~緋想天篇凄く良かったです。地霊殿篇がどうなるか楽しみに待っております

  9. いや〜
    ますます蓮子=霊夢&メリー=紫説が怪しくなってきたねぇ(๑•̀ㅂ•́)و✧

  10. 楽しく読ませていただきました。
    面白いお話をありがとうございました。

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