東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編   緋想天編 第10話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編

公開日:2017年07月01日 / 最終更新日:2017年07月01日

【第10話――第二次博麗神社倒壊】




―28―


「何があったんだ」
「それが〜、落成式の最中に、突然妖怪の賢者が現れまして〜。落成式を仕切っていた天人を捕まえて、『こんな神社壊れちゃいなよ』って喧嘩を売りまして。押し問答のあと、弾幕ごっこが始まって、その流れ弾というか、妖怪の賢者が天人を狙って当たらなかった弾が全部神社に当たって、神社はメチャクチャに〜」
 私たちは息を飲んで、小兎姫さんの言葉を聞いていた。やはり、それは起こるべくして起こったのだ。妖怪の賢者は、天子さんの最終目的――彼女の地上での活動拠点化のための博麗神社の再建を許さなかった。
「……落成式に行っていた者たちは無事か? 霊夢は?」
「あ、はい、そこはあの、私たち自警団員が避難させましたので〜。怪我人はいませんし、霊夢さんも無事ですよ〜」
「そうか。それなら――あくまで妖怪同士の私闘の結果という形でしかないな」
 慧音さんは腰に手を当てて息を吐く。
「里の外での妖怪同士の私闘で、里の人間に被害がないなら、自警団の管轄外だ。落成式の観客は全員里に戻ったのか?」
「あ、はい〜」
「なら、私たちが当座やるべきことはもうない。ご苦労だったな、小兎姫。霊夢の様子は、後で私が個人的に見に行くことにしよう」
「はあ。大丈夫なんですか〜?」
「神社を壊した妖怪の賢者をどうするかは霊夢の勝手だしな。一応、東門は今日一日封鎖しておいた方がいいかもしれないが、そのあたりの判断は他の自警団員に任せていいだろう」
「わかりました〜。じゃあ、私は本部に報告してきます〜」
 小兎姫さんはそう行ってぺこりと頭を下げると、寺子屋の外へ駆けだしていく。それを見送って、慧音さんはパンパンと手を叩くと、集まってきていた子供たち(と私たち)の方を振り向いた。
「はいはい、みんな教室に戻る。三時間目の授業を始めるぞ」
「あ、じゃあ私は三時間目の授業ないから慧音さんの代わりに神社の様子を」
 蓮子がちゃっかりそう言って寺子屋を出て行こうとしたが、慧音さんはその首をむんずと後ろから捕まえた。
「蓮子、お前は私の授業のアシスタントだ」
「ええー、そんな殺生な」
「お前が行ったところで何ができるわけでもないだろう。教師なんだから子供たちの規範となるように行動する。まだ授業が残っているのに寺子屋を抜け出すのは教師としてあるまじき態度であってだな」
「ひぃ〜」
 耳を引っ張られて引きずられていく蓮子に、「自業自得よ」と私はただ肩を竦めた。

 そんなわけで、お昼までの授業を終えて寺子屋を閉めてから、私と蓮子は博麗神社に向かった。慧音さんは先に自警団の方に向かい、早苗さんは現れなかったので、私たち二人だけである。まあ、出遅れてしまえば、あとはもういつ行っても大差ないだろう。
「ああ、結局また私たちは妖怪の賢者とすれ違うわけね……」
「案外ひょっこり居たりするかもしれないわよ?」
「そこはもうちょっと盛り上げてほしいわねえ、せっかくだし」
「何をどう盛り上げるのよ」
 そんな益体もないことを言い合いながら、博麗神社に続く石段を上っていると、何やら境内の方から騒がしい声がする。さっそく、再々建工事でも始まっているのだろうか。
 石段を上りきると、鳥居の先に見えるのは――見事に破壊され残骸と化した博麗神社。三週間前、地震で破壊されたときと変わらない光景だった。そして、その境内に。
「お、お前らも来たか。おーい、こっちだぜ」
 空いた場所に茣蓙を敷いて、なぜかそこで宴会をしている影が複数名。霊夢さんと魔理沙さん、妖夢さんに咲夜さん、そして萃香さんである。ふて腐れた顔の霊夢さんの脇で萃香さんと魔理沙さんが盛り上がり、妖夢さんは困ったように笑い、咲夜さんはいつも通り給仕をしていた。破壊された神社という非日常的光景をバックに、いつもの博麗神社の宴会風景が配置されているのはあまりにシュールな絵面で、前衛芸術めいた趣きがある。
「え、なにこれ、どういう状況?」
「博麗神社再建の着工記念の宴会さね。ほれほれ、二人とも呑め呑め」
 萃香さんがそう言って盃を差し出してくる。「着工記念、って」と私たちは壊れた神社を振り返った。着工も何も、どう見たって壊れたままである。
「妖怪の賢者がぶっ壊したって聞いたけど、何がどうなってるの?」
「知らないわよ。落成式やってたら突然紫の奴が現れて――」
 ぶすっと頬を膨らませた霊夢さんが語ったのは、小兎姫さんの語ったのとほぼ同じ内容であった。「で、天人に替わって私が神社を再建することになったわけさ」と萃香さんが笑う。
「萃香ちゃんが? なんでまた」
「紫に頼まれてね。要石の調査と神社の再建を」
「てことは、妖怪の賢者は最初から神社を壊す気満々だったわけね」
「まーねー。天人が何を仕込んでるか解らんじゃん? あ、要石は本物だから絶対抜いちゃダメだよ。ガチで幻想郷が壊滅するから」
「天子ちゃんはどうなったの?」
「紫にボコボコにされたあと、永遠亭の兎とちょっとやり合って、それから天界に逃げ帰ってったよ。まあ、懲りたかどうかは知らんけどね」
「鈴仙ちゃん? 彼女も来てたの?」
「地震について独自に調べているようでしたよ」
 妖夢さんがそう答える。神社が最初に壊れる前にも鈴仙さんは宏観前兆について調べていた記憶があるが、まだ調査を続けていたのか。まあ、要石が刺されたならもう地震の心配はないと理解していいはずだから、彼女の調査も終わりだろうが。
「妖怪の賢者は?」
「紫なら、天子をボコボコにした後またすぐどっかに姿消したわよ。全く、今度会ったらただじゃおかないわ」
「まあまあ霊夢、紫にゃ紫の考えがあってやったんだろうからさあ」
 うがー、と唸る霊夢さんを、萃香さんが取りなす。霊夢さんは納得していない様子で、
「だったら再建が終わる前に天子をとっちめれば良かったじゃない。何も建て直しが終わってから壊す必要ないでしょ」
「ふむ、そりゃそうだ。や、前から天人を探してる様子はあったよ?」
「紫の能力で、誰かを探す必要なんてあるの? そいつのところに直接スキマで出向けばいいだけじゃないの」
「それもその居場所がわからなきゃ無理じゃん? 紫のスキマだってそこまで万能じゃないんじゃない? たぶんだけど」
「どうだか」
「少なくともさあ、例の天人のやりくちに紫が怒ってたのは間違いないよ。あんな真剣な紫、久々に見たね。『美しく残酷にこの大地から去ね!』なんて格好つけちゃってさあ。そりゃま、足元に遊び半分で爆弾仕込まれたようなもんだから、怒るのは当たり前だけどさ」
 くわばらくわばら、と萃香さんは盃を傾ける。「その爆弾の上で暮らす私はどうなるのよ」と霊夢さんは顔をしかめた。確かに、抜いたら壊滅的な地震が起きるというのだから、幻想郷にとっては爆弾の起爆装置を天子さんに握られているのと同じなわけである。
「だいたい紫の奴に、そんな怒るような感情の起伏なんてあるのかしらね。本当にただ格好つけてただけなんじゃないの。いつだって勿体ぶるだけ勿体ぶって肝心なこと何も言わない奴なんだから」
「そりゃ、霊夢が単純明快すぎるだけなんじゃないか?」
 嘆息する霊夢さんに、魔理沙さんが苦笑する。
「そういえば、妖怪の賢者の能力って実際どういうものなの? 『幻想郷縁起』にはだいぶ無茶苦茶なこと書いてあるけど、あれどこまで本当?」
 蓮子がふとそんなことを言い、他の面々が顔を見合わせる。

 ――もし全ての物に境界が存在しなければ、それは一つの大きな物であるという事である。
 つまり、境界を操る能力は、論理的創造と破壊の能力である。論理的に新しい存在を創造し、論理的に存在を否定する。妖怪が持つ能力の中でも神様の力に匹敵するであろう、最も危険な能力の一つである。
 また、空間の裂け目から自在に何処にでも瞬時に移動し、体の一部だけを別の場所に移動させる事も出来る。物理的な空間だけでなく、絵の中や夢の中、物語の中等にも移動する事も出来るという。

 幻想郷縁起には、妖怪の賢者の能力はそんな風に書かれている。確かに無茶苦茶だ。夢の中への移動能力とやらは個人的に心当たりがなくもないが、少なくとも私の目の能力とは、性質的に多少近いとしても明らかに桁が違う。
「さあ、紫の能力の適用範囲なんて紫本人しか知らないと思うよ。まあ、幻想郷最強の能力のひとつだとは思うけどね」
「スキマでいきなり現れるのは、びっくりするので止めてほしいですよ」
 妖夢さんが苦笑する。幽々子さんと妖怪の賢者は旧友だそうだから、妖夢さんはわりと頻繁に妖怪の賢者に驚かされているのかもしれない。
「そのスキマって、一度体験したことはあるんだけど、要はワープ能力ってことでいいの? 一瞬だったし、未だにどういうものかよくわからないのよね」
 春雪異変のことだ。あのとき私たちは、魔法の森から冥界まで、妖怪の賢者によって飛ばされている。蓮子のその問いに、答えたのは萃香さんである。
「空間を割って、そのスキマから別のスキマへ、好きなように移動するんだよ。だから紫にとっちゃ、空間的な距離はほとんど無意味なのさ」
「腕だけ別のところから出して勝手に茶菓子持ってったりするのよね、あいつ」
 霊夢さんが肩を竦めて言う。とんでもなさそうな能力も、そういう風に言われると妙にみみっちく思える。
「ははあ、ワームホール生成能力と捉えるべきなのかしら。絵や物語の中に入れるっていうのは、重力特異点を人工的に発生させて次元の壁を超える能力……? やっぱり無茶苦茶よね。咲夜さんや鈴仙ちゃんも大概だけど、妖怪の賢者はもっとトンデモだわ」
「あら、そのトンデモというのは褒め言葉を受け取るべきなのでしょうか?」
「おわあ!」
 咲夜さんが突然背後に出現して、蓮子が悲鳴をあげる。そういえば、空間的な距離を無視するといえば、時間を操る咲夜さんだってそうである。時間と空間は切り離せない、という話をいつだったか、相棒と紅魔館でしたっけ。何にしても、鈴仙さんの波長を操るという能力にしても、そもそもここにいる面々が空を飛ぶことも、魔理沙さんの魔法や妖夢さんの半霊も、萃香さんの巨大化や分裂も、二十一世紀の科学から逸脱していることに変わりはない。
「幻想郷の妖怪の力を外の世界の科学で理解しようとしたって仕方ないでしょ。そもそも霊夢さんたちが空を飛ぶ時点で、外の世界にはない力が幻想郷には存在するわけでしょ?」
「それを言わないでよ、メリー」
 蓮子は溜息をついて、「しかし」と頬杖をついた。
「境界を操る能力で何かの存在を否定できるなら、要石もその能力で存在を否定したりできないのかしらね。大地と要石の境界をなくして大地と一体化させちゃうとか」
「やらないってことは出来ないんじゃないの?」
「それもそうねえ」
 蓮子の口にした疑問は、霊夢さんにあっさりと流され、それからはいつも通りの幻想郷の宴会が続いたのだった。




―29―


 博麗神社の宴会がお開きになり、里の自宅に戻ってから、相棒は何かしきりに唸っていた。
「どうしたの? お腹でも痛い?」
「どっちかっていうと頭の方ね。この宇佐見蓮子の灰色の脳細胞のニューロンが、火花を散らしているところなのよ」
「要するに、また誇大妄想を脳内で構築してるわけね」
「まだ考えがまとまらないんだけどね。妖怪の賢者について、聞きかじりの情報だけでも、改めて真剣に考えてみると非常に興味深いわけだけど――それが今回の異変とどう繋がっているかっていうと、ううん」
「繋がってないんじゃない?」
「繋げて考えたいじゃない。幻想郷の危機に怒れる妖怪の賢者。彼女が常に幻想郷にとって最善の道を模索しているという藍さんの言葉を信用するとして、果たして今回の騒動の落としどころは本当に最善の道だったのかしら? 結局、天人に幻想郷の命運を握られたことには変わりないようにも思えるわけなんだけど――」
「何でも良いけど、唸るのはほどほどにしてね」
 記録者でありワトソン役である私としては、相棒が結論を出すまで待つほかない。
 せめてその前に、これまでの異変の流れを整理しておこう、と私は筆を執った。
 今回の異変の始まりは、おそらく梅雨の頃ということになる。早苗さんが「ずっと梅雨が明けない」と言っていたのだから、梅雨のうちから気質の異変が始まっていたはずだ。私たちが本格的にそれを異変と認識して動き出したのは、博麗神社が倒壊する四日前。そこからの私たちの調査行は、ここまでに記してきた通りであるので、敢えてここでは繰り返さない。
 ともかく、その要点を書きだしているうちに、ふと気付くことがあって、私は顔を上げた。
「ねえ、蓮子。天子さん、霊夢さんの妖怪退治を見て、自分も異変を起こしてみようと思ったって言ってたわよね」
「うん? そうね、確かそう言ってたけど」
「――天子さんの見た霊夢さんの異変解決って、どの異変のことなのかしら?」
 私のその問いに、蓮子は顔を上げ、その目を見開いた。
「……そうね。永夜異変を最後に、ここしばらく大規模な異変は起きてないわ。天子ちゃんが模倣したのは、明確な首謀者がいて霊夢ちゃんがそれを退治する形の異変だろうけど、大結界異変のときは、霊夢ちゃんが退治する犯人はいなかったわけだし……」
 そう言って唸った蓮子は、しかし「ああいや、違うわ」と首を振る。
「天子ちゃんが異変を起こした目的は霊夢ちゃんに退治されることだったけど、霊夢ちゃんの妖怪退治を見たこと自体は今回の異変の直接的な引き金じゃない。より直接的な引き金は、今回の異変を起こしうる力を得たこと――つまり、緋想の剣を手に入れたことでしょ。だから天子ちゃんが見た異変は、別に何年前のものでもいいはずだわ。私たちより遥かに長生きしているはずだから、数年なんて一瞬のことでしょうし」
「……確かにそうね」
 そう言われてしまえば、確かにその通りだと返すしかない。蓮子も見落としていた手がかりを発見できたかと思ったが、やはり私には蓮子のような才能はないようである。別になくてもそんなに困らない才能だろうけど。
「じゃあやっぱり問題は、天子さんがどうして緋想の剣を好き勝手に扱えているか、なのかしら? 傍迷惑だからいい加減誰か取り上げてくれないのかしらね」
「そうね。それも大きな問題だとは思うんだけど――うーん」
 そう言ってまた蓮子は唸り出す。隣近所に迷惑だからそろそろ静かにしてほしい。
「いつまでも唸ってても仕方ないんじゃない。お風呂でも行ってさっぱりすれば、考えもまとまるかもしれないわよ」
 私がそう言って立ち上がると、蓮子は「うみゃー」と猫のように呻いた。

 蓮子の誇大妄想がひとつの形を得たのは、その二日後のことである。
 それをもたらしたのは、思いもかけず、我らが非常識助手、じゃない非常勤助手だ。
「大変なことを思いついてしまいました!」
 そう言いながら、早苗さんが事務所に飛び込んできた。早苗さんが何かと唐突なのはいつものことなので、もはや私たちはその程度のことでは動じない。お茶を啜りつつ振り返る。
「はいはい早苗ちゃん、どうどう。何を思いついたの?」
「私たちが力を合わせて成し遂げる、一大プロジェクトです! これが成功したら、世界が変わりますよ! この幻想郷で信仰の建て直しとかそんなレベルの話じゃないです! 外の世界への栄光の凱旋だって可能です!」
 早苗さんは鼻息荒く、そんなことを言い出した。一体何を考えついたというのだろう。
「ひいては例の天人を味方につけたいので、蓮子さんたちに協力してほしいんですが」
「待って待って。まずそのプロジェクトとやらを詳しく聞かせて? 詳細を聞かないことには協力のしようもないわ」
「あ、そうですね――ええとですね」

 ――さて、ここで早苗さんが詳しく語ったプロジェクトの詳細を記すと、それは即ち、この記録の解決編にあたる我が相棒の推理のネタバレになってしまう。……というと、それ自体がネタバレのような気もするが、ここで詳細を語らずに飛ばせば、読者諸賢は「あ、これが真相に直結するんだな」と察されるだろうから、断りを入れても入れなくても同じことだろう。
 なので、【読者への挑戦状】に先んじて、私は著者として第一の挑戦をここに記しておこう。
 早苗さんがここで語った一大プロジェクトとは、いったいいかなるものか?




―30―


「……いや、早苗ちゃん、それはまずいでしょ」
 早苗さんのプロジェクトとやらを聞き終えて、蓮子は腕を組んで唸った。
「人道的には正しいのかもしれないけど、そんなことしたら――」
 眉を寄せ、顔を顰めて、相棒はそんなことを言いかけ、
「――――まさか」
 そこで、不意に雷に打たれたように口を開けて固まった。
 私と早苗さんが「どうしたの?」「どうしました?」とその顔を覗きこむと、相棒は「あーっ!」と叫んで、唐突にぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。
「あーもう、なんでこんな簡単な答えに思い至らなかったのよ! とっくに私たち、ほとんど答えに近いところを一度素通りしてたんじゃない!」
 そう喚いて、蓮子は畳の上に大の字に寝転がった。
「どうしたんですか、蓮子さん」
 それを覗きこんだ早苗さんに、蓮子は手で顔を覆いながら溜息をつく。
「早苗ちゃん、そのプロジェクトの志は立派だと思うけど、私は賛成できないわ。ひどく陳腐な言い方になるけど、可能だとしても、それを本当にやってしまっていいのか、私は流石に責任が持てない。私たちは結局、自分がどうしてここにいるのかも未だに解ってないんだもの」
「そうですか……でも、お二人がここにいる時点で、やっぱり」
「そうかもしれないけど、そうだという確証もないのよ。だって私たちは――」
 言いかけ、むくりと起き上がると、相棒は早苗さんに向き直った。
「ねえ、早苗ちゃん。そういえばちゃんと聞いたことなかったけど――早苗ちゃんたちは、具体的にどういう風にして外の世界から幻想郷に来たの?」
「え? どうと言われましても――神社と湖ごと、テレポートしてきたというか。神社で神奈子様と諏訪子様の指示通りの儀式を行いまして、そうしたら風と光が溢れて――気が付いたら神社ごと、今の妖怪の山にいました」
「その儀式、八坂様や洩矢様はなんて説明したの?」
「ええと……この世界に張り巡らされた結界の向こう側に、幻想の世界がある。そこへの道をつける儀式だと」
「それで、信州からこの世界に?」
「はい、移動したっていう感覚はなかったですね……どっちかっていうと神社の外側だけが別の世界にいつの間にか変わっていた感じです」
「――なるほどねえ」
 相棒はそう呟いて、ゆっくりと首を振ると、立ち上がった。
「ごめん早苗ちゃん、プロジェクトの件についての話はまた今度でいい?」
「え? あ、は、はい」
「蓮子、どこ行くの?」
 踵を返し、靴を履きだした相棒の背中に、私は立ち上がって呼びかける。相棒は振り向きもせずに、「阿求さんのところ」と答えると、そのまま事務所を出て行ってしまう。私は早苗さんと顔を見合わせ、それから早苗さんを事務所に残して蓮子を追いかけた。

 阿求さんは、稗田邸の自室で紅茶を飲んでいた。
「今回は、何のお話ですか?」
「――阿求さん、これまでずっと聞きそびれてたことなんですが。ひとつ、いいですか」
「なんでしょう、改まって」
 カップを置き、顔を上げた阿求さんに、蓮子はおもむろに口を開いた。
「幻想郷は、具体的に日本のどこにあるんですか?」
 その問いに、阿求さんは――不意に、その目を鋭く細めた。
「――それは、お答えできませんね」
「答えられない?」
「幻想郷の具体的な所在地は、稗田の歴史から抹消されているのです。博麗大結界によって外の世界から完全に隔離された時点で、幻想郷の物理的な所在地はほとんど意味がなくなったからです。隔離から百二十年以上、人間も全て入れ替わった現在では、幻想郷が日本のどこにあったのかを覚えている者は誰もいません。妖怪も皆、忘れてしまっているでしょう」
「意味がなくなったって……しかし、幻想郷は外の世界と地続きの場所なんですよね? 自然物や動物は結界を無視して幻想郷の内外を行き来できると――」
「物理的な意味ではそうです。しかし、博麗大結界は物理的な結界ではありません。大結界は八雲紫が創った常識の結界であり、外の世界の常識側にある者は物理的な幻想郷の所在地に来ても決して結界を超えられませんが、逆に外の世界でも幻想側にある者は、所定の手続きをとれば、空間的な距離を超えて幻想郷に入ることができるといいます」
「所定の手続き?」
「結界に穴を開けるのですよ。具体的な方法までは私も把握していませんし、把握したところで結界の外に出る気はありませんが。――要するに、博麗大結界は八雲紫がその能力で創った結界なので、彼女の使うスキマの性質を持つということでしょう。博麗大結界は空間を超え、日本のあらゆる場所で常識と非常識を分かっているわけです。外の世界の非常識側にはみ出した者は、日本のどこにいても、幻想郷に導かれ得るのです」
「……じゃあ、幻想郷は物理的には日本のどこにあってもおかしくないわけですね?」
「そうですね。そうとも言えます」
「ありがとうございます。――それではもうひとつ。地上で地震を起こす大ナマズは、幻想郷の他にも、外の世界にもいるわけですね?」
「ええ、もちろんです。外の世界ではナマズではない形で説明されていると思いますが」
「外の世界の大ナマズは、複数存在するのですか?」
「そうです。幻想郷にいるように、外の世界にも各地に大ナマズがいて、それぞれのナマズが地震を起こしています。連鎖的に複数のナマズが暴れることで、広範囲が揺れるわけです」
「なるほど――では、結界に閉ざされてからの百二十年余りの間に、幻想郷で壊滅的な規模の地震が起きたことはありますか?」
 蓮子の問いに、阿求さんはゆっくりと首を振った。
「壊滅的なものは、一度もなかったはずですね」





【読者への挑戦状】


 さて、今回の【出題編】はここまでである。
 読者諸賢は戸惑われているかもしれない。今回は、今までにあった謎の整理もないから、いったい何を解き明かせば良いのか、それ自体が謎だと思われているだろうか。
 なので、ここで私は改めて、読書諸賢にこう問いかけよう。

 一、早苗さんの立案したプロジェクトとは、どんなものか?
 二、それを聞いて蓮子が辿り着いた答えとは何か?

 この二つの問いかけに、幻想郷の読者諸賢が答えるのは、非常に困難かもしれない。
 なぜなら、この蓮子が辿り着いた答えそのものは、この異変の時点の幻想郷において、おそらく――犯人を除けば、私と蓮子の二人しか辿り着くことのできない答えだからだ。
 ただ、それでも私たちのことをよく知る読者諸賢ならば、あるいはこの記録を読み通してきたならば、推察をつけることは可能であると思う。
 実際、私たちは一度、ほぼ答えに近いところを素通りしているのだから。

 ここまで書いてしまえば、あるいは簡単すぎると言われたりもするだろうか?
 わからない。出題する側の私は、これを読んでいる貴方たちが果たしてどこまでの知識を有しているのか、知る術がないからだ。
 いずれにせよ、私は記録者として、相棒が答えに辿り着いたきっかけとなる情報は全て記述したはずである。――健闘を祈る。

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この小説へのコメント

  1. 早苗のプロジェクトが真実を突くとは一体…?
    天界を利用して外の世界に出入りするとかだろうか?
    次回がとても気になります。

  2. やたら地震の話をしていたのはこのためか…… 
    120年はさすがにありえない。久々に息を呑むくらいの真相を見ました。更新楽しみにしてます。

  3. 久々に真相がわかった気がします。
    日本において120年は有り得ないですよね。
    詳しい内容が楽しみです!

  4. 幻想郷の根幹に関わりそうな話になって来ましたね(違うのかな)
    来週も楽しみにしています。

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