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こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編   緋想天編 第9話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編

公開日:2017年06月24日 / 最終更新日:2017年06月24日

緋想天編 第9話
【第9話――博麗神社再建中〜落成式】




―25―


「え、この剣のこと?」
 翌日に再び博麗神社に出向くと、今度は無事天子さんを捕まえることができた。相棒が緋想の剣とやらについて質すと、天子さんはその剣を手にきょとんと目をしばたたかせる。
「そう、その剣。衣玖さんから聞いたんだけど、天人にしか使えない宝剣なんですって?」
「永江から? ふうん。その通り、うちの一族に伝わる宝剣よ。触ってみる?」
「え、触れるの?」
「触るだけならね。地上の民が持っても効果は発揮しないわ」
 そう言って、天子さんはフランクに緋想の剣を蓮子に差し出した。蓮子は目を輝かせてそれを手に取り、「ほほー」とためつすがめつする。
「相手の気質を丸裸にするって、具体的にどういう原理なのかしらね」
「この剣が、相手の気質を斬るのよ。斬られた気質は霧になるわけ」
「それってつまり、幽霊を斬っちゃうってこと?」
「そう言い換えてもいいわね。そういえば、半分幽霊の子が私を倒しに来たわよ。勝手に幽霊を斬るなって言って」
 魂魄妖夢さんのことだろう。なるほど、冥界の管理者(の従者)である妖夢さんにとっては、幽霊が斬られていたら問題だろう。彼女も彼女なりの理由で、天子さんを退治に行ったというわけだ。「そろそろ返しなさいよ」と天子さんが言い、「はいはい」と蓮子は緋想の剣を天子さんの手に戻す。
「斬られた気質が完全に消えてしまうってわけじゃないのね?」
「弱い気質なら消えるわよ。個人の纏ってる気質はそこまで弱くないわ」
「気質を斬るには、別に本人に直接斬りかからなくてもいいわけよね」
「そりゃそうよ。この剣を持って相手を見るとそいつの気質が見えるから、それを斬るの」
「視認できる距離からなら遠隔で斬れるわけ?」
「まあ、だいたいそういうこと」
「そうやって天界から地上の民の気質を無差別に斬ってたと。視力いいのねえ、天子ちゃん」
「天人だからね」
 どや、と平たい胸を張る天子さん。視力が維持できるなら天界の桃を定期的に貰ってきたいものである。
「その剣、天子ちゃんの持ち物なの?」
「今はね」
「……なるほど、勝手に持ち出してるわけね」
 呆れたように蓮子が言うと、天子さんは口を尖らせた。
「だって、目に付くところに無造作に放置されてたんだもん。別にあいつらも何も言わないし」
 天子さんは、神社の再建作業をしている天人たちの方を振り返って言う。そういえば、あの天人たちはどこのどなたなのだろう。それを尋ねてみると、「うちの配下」との答え。ということはあの人たちは天人になってまで、上司のお嬢様のわがままに振り回されているわけか。同情せざるを得ない。天人は地上の民に同情されたくないかもしれないが。
「宝剣じゃなかったの?」
「普通に天界で暮らしてる上では使い道ないもん、この剣。必要以上に幽霊を成仏させて天界が狭くなったら困るのは私たち天人だし、別にこの剣で地震を起こさなくたって地上では勝手に地震が起こるものだし」
「ははあ。でも、地震の制御は比那名居の一族の生業じゃないの? 使い道がなくたって、象徴的意味はあると思うんだけど」
「そんなこと知らないわよ。象徴として大事にするものだったら、家の隅に放置したりしてないって。いらないものっぽかったから、私がもらってあげたの」
「地上の民としては、こんな物騒なアイテムを放置されてたら気が気じゃないわね」
「だから私が要石を打ち込んであげたんじゃない。もう地震は起きないから安心していいわよ」
「要石を抜かない限り?」
「抜かない限り」
 にっ、と天子さんが笑ったところで、霊夢さんから「こら、サボるな」と声が掛かり、「はいはい」と天子さんは再建工事の作業現場に戻っていく。実際の作業をしている他の天人へ、あれこれと指示を飛ばす天子さんの姿は、恰好を別にすればまるっきり建設作業員だった。

 その後、打ち込んだ要石を見せてもらい(地上から見るぶんには、地中から顔を出した部分に注連縄が巻かれた大きな石以上のものではなかった)、天子さんが「今日はここまで」と作業を解散したところで、私たちも博麗神社を後にした。
「やっぱり、何かもう一波乱起こりそうね」
「天子さんのこと?」
「そう。天子ちゃんの下で神社の再建作業してる天人たちは、比那名居の一族に逆らえない人たちだとしても……そうじゃない天人が緋想の剣を取り返しに来るとか、あるいは天子さんが勝手に刺した要石を抜きに来るとか、そういう可能性はあるわよね、やっぱり。天界の動向が分からない以上は、想像でしかないけど」
「緋想の剣を取り上げるぐらいならともかく、要石を引っこ抜かれたら大迷惑ね」
「そうなのよねえ。何にしても、もうちょっと様子を見るしかなさそうね、私たちは」
 後頭部で腕を組んで、相棒は空を見上げてひとつ息を吐く。
「しかし、天人になってもすまじきものは宮仕えってのは、世知辛い話ねえ」
「蓮子が言っても説得力ないわよ、自由業者のくせして」
「その自由業で生活が成り立ってればいいんだけどね」
「だったらもうちょっと営業努力をしたら?」
「探偵は都会の稼業だってつくづく実感したわね、この世界に来て」
 まあ確かに、人口一万人程度の地方都市でハードボイルドをやっても普通はギャグにしかなるまい。いいとこ東川篤哉の烏賊川市シリーズになるのが関の山だ。
「宮仕えといえば、妖怪の賢者の動向も見張りたいものだけれど」
「見張るも何も、未だに顔すら合わせてないでしょ、蓮子」
「メリーの目で妖怪の賢者の隠れ家、探し出せないの? こう、結界を辿って」
「犬みたいに言わないでよ」
 そんな益体もない会話をしながら、平穏な夏の一日は過ぎていく。

 事態に小さな動きがあったのは、それから二週間弱が過ぎた頃のことである。
 寺子屋は夏休みで、ますますもって閑古鳥の大家族スペシャルと化した我が事務所に、いつものように早苗さんがやって来た。それ自体は特別視することではないのだが――。
「蓮子さ〜ん、メリーさん、酷い目に遭いましたよー」
「なに早苗ちゃん。何か事件?」
「いえ、つい先ほど、うちの神社に妖怪の賢者さんがいらっしゃいまして。ほら、あのメリーさんのご親戚みたいな、八雲紫さん。ご存じですよね?」
 畳に寝転がっていた相棒が、弾かれたように起き上がった。
「え、なに、早苗ちゃん、妖怪の賢者に会ったの!?」
「え? あ、はい、というかいきなり喧嘩を売られたので勝負して負けたんですが」
「くあーっ、なんでその場に呼んでくれなかったのよ!」
「そんなこと言われましても……急に来るんですもん」
「……って、そもそも早苗ちゃん、妖怪の賢者と前にも会ったことあるの?」
「ありますよー。って言っても、遠目に見ただけでしたけど。幻想郷に来てすぐの頃、神奈子様のところに来て挨拶してました。蓮子さんたちと出会ってすぐあとのことです」
「ええー。なにそれ初耳なんだけど。って、じゃあ直接のご対面は今日が初めて?」
「はい、実質初対面で思いっきり喧嘩を売られました」
「早苗ちゃん、何か悪さでもしたの?」
「そんな。ただちょっと、天界から盗……じゃなくていただいてきた桃を美味しく食べてただけなんですが。人間が天界なんかにホイホイ行くもんじゃないって怒られまして」
「何やってるの。桃泥棒とか魔理沙ちゃんじゃあるまいし」
「だってあの桃美味しいじゃないですか。たくさんありましたし、ほら」
「そういう問題じゃないと思うけど。というか、妖怪の賢者は何しに守矢神社に?」
「さあ。何か天界に行く途中だったみたいですけど。山登りは大変だとかぼやいてました」
「天界に?」
 私たちは顔を見合わせる。妖怪の賢者が天界に――。
 蓮子は立ち上がると、トレンチコートを手に取り、早苗さんに詰め寄る。
「早苗ちゃん! 妖怪の賢者を追うわよ! 天界まで!」
「え、ええ? どうしたんですか急に」
「いいから、秘封探偵事務所、出動よ! 復唱!」
「は、はい! 秘封探偵事務所非常勤助手、東風谷早苗、出動します!」
 敬礼する早苗さんに、私は息を吐いて立ち上がる。――はてさて、会えるものだろうか。
 もちろん、私も会えるなら、妖怪の賢者に聞きたいことはいくらでもあるのだけれども――。




―26―


 天界にて、永江衣玖さん。
「あら、また来たんですか? え? ああ――別人でしたか。これは失礼。え? 彼女によく似た妖怪ですか? それなら、総領娘様を探しているようで、また地上に戻っていきましたよ。神社に行ったのではないでしょうか。……それにしても、貴方、そっくりですね」
 とんぼ返りして、博麗神社にして、伊吹萃香さん。
「んお? 紫ならさっき来たけど、もう帰ったよ。なんか天子の奴を探してるみたいだったけどさ。何のために? ぎったぎたにするとか言ってたね。まあ、だからそのうち、天子がここに来てるときにまた来るんじゃない?」
 ――というわけで、私たちは見事に入れ違ったのであった。
「サマルトリアの王子ですか!」
 博麗神社の石段に腰を下ろし、ぜーはー、と早苗さんが肩で息をしながら吠える。私と蓮子を抱えて天界と地上を往復した結果がこれなのだから、早苗さんには抗議する権利があろうというものだ。
「お疲れ様、早苗さん」
 私が肩を叩くと、「うー」と早苗さんは呻いて、頬を膨らませた。
「そもそも、蓮子さんたちはどうして妖怪の賢者を追いかけてるんですか?」
「ん? ああ……今回の騒動を、妖怪の賢者がどういう風に見ているのかが気になるのよ」
「というと?」
「天子ちゃんは、幻想郷を壊滅させかねない異変を起こしたわけじゃない。この幻想郷を作った妖怪の賢者が、黙ってないはずだと思ってね。萃香ちゃんが『ぎったぎたにする』とか言ってたから、やっぱり怒ってるらしいっていうのはとりあえず収穫かしら。でも――」
「でも?」
「ううん、やっぱり怪しいわ、妖怪の賢者の動き。たぶん、この異変にはまだ何か裏がある」
「蓮子の妄想じゃないの?」
「メリー、そういうこと言わないの。神社が直るまで博麗神社に張り込もうかしら?」
「寺子屋の授業はどうするのよ。だいたい、蓮子がいたら妖怪の賢者は姿を現さないんじゃないの? 向こうは蓮子に会いたくないみたいだし」
「嫌われてるのかしらねえ。何か悪いことしたかしら?」
「異変にいつも首を突っ込んでるせいじゃないの」
「仕方ないわねえ。メリーで我慢するわ」
「どういう意味よ。こら、くっつかない」
「あーはいはい、いちゃいちゃしないでくださいよ、人前でー」
 意味もなく抱きついてくる蓮子を引きはがそうとしていると、早苗さんが呆れたように肩を竦めた。別にいちゃついてないんだけど。
「で、どうします? 今日は解散ですかね」
「あ、その前に――」
 と、蓮子が立ち上がり、石段を上って境内に向かう。後を追ってみると、蓮子は境内の隅にある守矢神社の分社に向かって手を合わせた。
「八坂様、いらっしゃいますか? いらっしゃいましたらちょっと出てきてくれません?」
「――巫女でも風祝でもない人間が神を呼びつけるとは、いい度胸だねえ」
 次の瞬間、その場に八坂神奈子さんが出現した。分霊システムで、分社のある場所ならどこにでも存在できる神様は、移動の手間が少なくて便利なことだ。「あ、神奈子様」と早苗さんが言い、神奈子さんは片手を挙げる。
「早苗ちゃんがお疲れのようなので、ご足労願いまして申し訳ありませんわ」
「ここにいるんだから足労も何もないがね。で、なんだい?」
「妖怪の賢者について、ご存じのことがあれば伺いたいのですが」
「八雲紫かい? そう言われても、私も数回会っただけだよ」
「どんなお話を?」
「さて、最初はこっちに来て少し経った頃だったね。勝手に大結界を越えてやって来た新参者の様子を見に来たって感じだったねえ。幻想郷の在り方や流儀について、主に式神の狐から軽く話を聞いたよ。それからも、二回ぐらい現れて、幻想郷での暮らしに慣れたかとか、そんな当たり障りのない話をしただけさ」
「信仰集めについて釘を刺されるとかそういうことも?」
「特になかったね。だから自由にやっていいものだと解釈しているが」
「ははあ。――では、八坂様から見て、妖怪の賢者は、どんな妖怪でしたか?」
 蓮子のその問いに、神奈子さんは眉を寄せ、「どんな妖怪、と言われてもね」と腕を組んで首を傾げる。
「私も神として、色々な妖怪を見てきたが……かなり特殊な妖怪であることは確かだね」
「特殊というと?」
「言葉で説明するのは難しいが……もともと妖怪っていうのは極言すれば、人間の恐れの心に名前と形が与えられたものだ。人間が恐怖の元を理解できる領域に落とし込むために妖怪という概念が生まれ、名前と形が与えられることで実体化する。だからその恐怖の元が別の形で理解されてしまうと妖怪は消えてしまうわけだ。たとえば、山彦は音の反射、という風に説明がつけられることによってね」
「だから幻想郷の妖怪も、人間の恐怖心に存在の力を依存している」
「そうだね。――だが、あの八雲紫は、その定義で言えば妖怪と呼ぶべきなのかどうかも、私には判らないね。種族としてはスキマ妖怪だと聞いたが、少なくとも隙間に対する恐怖心が生んだ妖怪、というわけじゃあなさそうだ。あれはそんなちゃちな妖怪じゃあないことは解る」
「じゃあ、どんな?」
「少なくとも私は、あの妖怪についてこれ以上の語る言葉は持たないよ。ほんの数回顔を合わせただけだしね」
「まあ、それはそうですが」
「それでも敢えて考えてみるなら――」
 腕を組んで、神奈子さんはひとつ唸る。
「少し話しただけだが、あの妖怪には数学的な知性を感じるね。科学技術に関する知識も、幻想郷の妖怪より遥かに豊富なようだ。妖怪の賢者というぐらいだから、それぐらい当たり前なのかもしれないが――だとするとあの妖怪は、私たちの知る二十一世紀の科学ではまだ説明のつけられない概念の妖怪なのかもしれないね」
「――――」
「蓮子、お前さんたちは二十一世紀末から来たんだろう。ひょっとしたらお前さんたちの時代なら、八雲紫を説明できる概念が確立されているのかもしれないよ」
 その言葉に、蓮子は口元を押さえて、「……だからなの?」と呻いた。蓮子が何を考えているのか、私にもわかる。――だからなのか? だから妖怪の賢者は、宇佐見蓮子の前に姿を現さないのか?
 蓮子の知識の中に、妖怪の賢者が何の妖怪かを説明できる概念が存在するから――?
 つまり、蓮子に対面することで、妖怪の賢者の正体が解き明かされてしまうから。
 ――だから妖怪の賢者は、蓮子の前に現れないというのか?




―27―


 自宅に戻ってきて、蓮子はさっそく『幻想郷縁起』を引っ張り出した。阿求さんの書いた妖怪読み物である『幻想郷縁起』には、妖怪の賢者――八雲紫に関する記述もある。そこに記されているのは、彼女が幻想郷を創った妖怪であること、境界を操る神出鬼没の妖怪であることなどだが、その能力の記述といい、いったいどこまで信用していいのかよくわからない。外の世界から来ている妖怪だという噂もある、という話が、欄外に註釈として書かれているが、それもあくまで噂に過ぎないわけで。
 もう何度も読んだだろうそのページを開きながら、相棒は天井を見上げて息を吐く。
「ねえ、メリー。なぜ妖怪の賢者は博麗神社が壊れるまで動かなかったのか、っていう問題について昨日話したわよね?」
「え? ああ、うん」
「それは、やっぱりあくまで幻想郷のシステムに則った結果だと思うのよ、私は」
「幻想郷のシステム……っていうと、博麗の巫女のこと?」
「そう。博麗の巫女という、異変を解決するシステムが、この幻想郷には組み込まれている。だから妖怪の賢者は、異変に対してまず何より『博麗の巫女が解決する』ことを優先する。それがこの幻想郷の仕組みだから。言うなれば、博麗の巫女による妖怪退治は、外の世界における警察機構みたいなものだと思うのよ。私たちが現行犯を取り押さえても、最終的に犯人を拘束して逮捕起訴するのは警察、みたいな話ね」
「うん、それは理解できるけれど……紅霧異変の前の、吸血鬼異変は?」
 紅霧異変の半年前に起きたという、吸血鬼異変。詳細は別の事件簿で触れたのでここでは繰り返さないが、霊夢さんは吸血鬼異変には介入していないはずだ。
「あれは、吸血鬼異変の後にスペルカードルールが制定されたっていうでしょ? それが即ち吸血鬼異変における博麗の巫女の解決に該当したんだと思うわ」
「なんか屁理屈のように聞こえるけど」
「とにかく、今回の地震騒動も、妖怪の賢者にとって優先すべきはあくまで『博麗の巫女が解決する』ことだったと思うのよ。だから気質が集められ、緋色の雲が生じても、妖怪の賢者は手出しせず、霊夢ちゃんが動くのを待った。妖怪の賢者は、この世界をそういう風に創ったわけだからね」
「謙虚な創造主ね。じゃあ、今妖怪の賢者が天子さんを探してるっていうのは……」
「異変が既に解決されたから、だと思うわ。霊夢ちゃんは確かに異変を解決したけれど、それは天子ちゃんの計画の一部だった。神社を再建し、要石を刺し、地上での活動拠点を手に入れるっていう天子ちゃんの現在進行中の計画は、異変ではないから、霊夢ちゃんには解決できない。そもそも家を直してもらわないと困るのは霊夢ちゃんだしね」
「だから、妖怪の賢者が直接動いている――天子さんの計画を阻止するために」
「おそらくは、ね。さて、今再建工事中の神社が完成したら何が起こるやら……」
 ごろりと畳の上に寝転がって、相棒は目を閉じる。私は、今までに体験した異変のことを思い返した。他に、妖怪の賢者が大きく動いた異変といえば――永夜異変だ。
 蓮子の言う博麗の巫女システム論を適用すると、永夜異変で妖怪の賢者が動いた理由も理解できる。あの異変では、満月が隠された異変を解決するためにまず十六夜咲夜さんが夜を止め、魔理沙さんとアリスさん、レミリア嬢と咲夜さんの四人が永遠亭へと殴り込んだ。その、夜が止められた異変を解決するために、霊夢さんは四人の前に立ちはだかったという。
 だからあの永夜異変には、妖怪の賢者が介入する必要があったのだろう。本当の異変は満月が隠されたことである、ということを博麗の巫女に教えるために。だから妖怪の賢者はあのとき、霊夢さんとともに永遠亭にやって来たのだ。
 ――そこまで思い返して、「あ」と私は思わず声を上げる。
「どうしたの、メリー」
「ちょっと思いついたんだけど……さっきの八坂様の話」
「妖怪の賢者が、二十一世紀の科学で説明できない概念の妖怪だって説?」
「そうそう。だから二〇八〇年代の物理学者である蓮子の前に姿を現さない――っていうあの説の弱点、見つけたわ」
「ほほう。というと?」
「簡単な話よ。永夜異変のときに、妖怪の賢者は永遠亭に殴り込んだじゃない」
「――ああ、そうね。それは確かにその通り、納得だわ」
 目をしばたたかせ、相棒は「メリーもたまには鋭いこと言うじゃない」と頷いた。
 そう、永遠亭の八意永琳さんの語る月の科学は、我が相棒の知るそれより遥かに進んでいるというのだ。そんな月の民のいる永遠亭に、妖怪の賢者が異変解決に向かったということは、少なくとも『蓮子に会うと正体を見破られるから現れない』という説は成り立つまい。この相棒が見抜けるならば、少なくとも永琳さんには見抜かれてしまうだろうからだ。
「となると、やっぱり妖怪の賢者が私の前に現れないのは、また別の理由があるんでしょうね」
「特に深い理由なんてないのかもしれないわよ。馬鹿の考え休むに似たり」
「そういう身も蓋も無いこと言わないの。私たち秘封探偵事務所は、この世界を楽しくするための探偵事務所よ! 味気ない真実と面白い妄想なら面白い妄想を選ぶのが幻想郷的に正しい態度でしょう。ここは虚構こそが真実になり得る世界なんだから!」
「そうやって変な風評を広めた咎で食べられちゃったりしないといいんだけどね」
 そんな益体もないことを話しながら、遊惰な午後は過ぎていく。

 それから十日ばかり、相棒はまた時間を見ては再建工事の進む博麗神社に張り込んだりしていたが、妖怪の賢者は一向に現れる様子はなかった。
 そして、神社の倒壊から約四週間が過ぎ――。

「うう、神社で何か起こるとすれば絶対今日なのに、なんで寺子屋の授業があるのよー。有給休暇取れないかしら。あ、神社で異変の気配って慧音さんをそそのかせば」
「人聞きの悪いこと言わないの。絶対怒られるだけよ」
 博麗神社の再建が終わり、今日の午前中に落成式が行われることになった。だが、天人は地上の暦に興味がないらしく、あいにくと平日なのであり、私たちは寺子屋の授業がある。働かざるもの食うべからずだ。
「元を質せば、探偵事務所だけで生活が成り立ってれば問題なかったのよ、蓮子」
「うう、そう痛いところをぐりぐり突かないでほしいわ」
 はあ、と溜息を漏らす相棒ととともに、私たちは子供たちの集まってくる寺子屋へ入った。せんせーおはよー、と元気よく挨拶する子供たちに「はい、おはよう」と返事をする。
「ねーねーメリーせんせー、神社が新しくなったらしいよ!」
「らくせいしき? だかなんだかがあるんだって!」
「ええ、そうみたいね」
「蓮子せんせー、新しい神社見に行こうよ! しゃかいけんがく!」
「お、いいわね! よーし、今日の算学の授業は社会見学で博麗神社落成式に」
「こらこら、勝手に決めるな」
 子供たちから蓮子が勝手に言質を取ろうとしているところに、慧音さんが現れて相棒の後頭部を出席簿で叩いた。「あ痛」とつんのめる蓮子に、慧音さんは腰に手を当てて睨む。
「新しい神社が見たいなら、授業が終わってから好きなだけ行ってくるといい」
「いや慧音さん、それじゃ遅いかもしれないわけでしてね」
「まあ、落成式は終わってるだろうな」
「そこで何か起こるかもしれないんですよ。妖怪の賢者が――」
「何かが起きたらそれは霊夢か自警団の領分だ。蓮子、君が首を突っ込むことじゃない」
「そんなあ」
「理は慧音さんにあるわね、どう考えても」
「メリーまで、もう。妖怪の賢者の秘密に近付く最大のチャンスなのに!」
「蓮子が落成式に貼り付いてたら、妖怪の賢者が来ないだけかもしれないわよ」
「だからそれを確かめに――」
「いいから君たち、授業の時間だ。ほら、みんなも教室に入る!」
「うう……じゃあメリー、一時間目空いてるんだから私の代わりに」
「メリー、君は蓮子が抜け出さないように見張っていてくれ」
「解りました」
「うーらーぎーりーもーのー」
「はいはい、授業授業」
 呻く蓮子を教室に押し込み、私は教室の後ろに控えることにした。そりゃあ私だって神社の落成式で何が起こるか(あるいは何も起こらないか)は気になるけれども、それはそれ、これはこれ。割りきらなければ社会は回らないのである。
「はーい、みんなおはよう。蓮子先生は博麗神社の落成式に行きたくて仕方ありません! でも慧音先生やメリー先生が行かせてくれません。メリー先生は後ろで見張ってます! 鬼! 悪魔! 博麗の巫女! なのでみんなの中にも博麗神社の落成式を見に行きたいひとはいると思いますが、蓮子先生と一緒に涙を呑んで我慢して算学の勉強をしましょう」
 はーい、と笑い混じりの生徒の返事に、私は教室の後ろで溜息をついた。

 そうして、一時間目は第一教室が慧音さんの歴史、第二教室が蓮子の算学。二時間目は第一教室が蓮子の算学、第二教室が私の国語(なので二時間目は慧音さんが蓮子を見張っていた)と、いつも通りに寺子屋の授業が進み――二時間目の終わりを、掛け時計が告げたとき。
「班長〜! たいへんです〜!」
 寺子屋に駆け込んできたのは、自警団で慧音さんの部下をしている、小兎姫さんだった。
「小兎姫? どうした、事件か」
 息を切らせて現れた小兎姫さんに、教室から顔を出して、私は蓮子と顔を見合わせる。
 呼吸を整えて、顔を上げた小兎姫さんの言葉は――案の定、起こるべくして起こった事態を告げるものだった。

「博麗神社が、また破壊されました〜!」

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この小説へのコメント

  1. 「人間が恐怖の元を理解できる領域に落とし込むために妖怪という概念が生まれ、名前と形が与えられることで実体化する。」
    というのは妖怪物ではそう珍しくない妖怪の起源の設定なんだけど、メリー=紫説を採用すると八雲紫は人間の突然変異体であって妖怪と言えるのか微妙なんですよね

  2. 蓮子は妖怪の賢者絡みとなると猪突猛進になりますね。態度が退行してます。こういう時のメリーのストップがよく効いてますね。
    次回も楽しみにしてます。

  3. 紫はわざと蓮子に自身について探らせるように誘導している気がする
    来週も楽しみにしています

  4. 「うーらーぎーりーもーのー」
    可愛い(ノ≧▽≦)ノ
    私の中では紫は古事記以前から存在した忘れ去られた神ではないかと思ってます
    境界を操る程度の能力は、言い換えれば創造と破壊の能力ですし

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