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こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編   緋想天編 第7話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編

公開日:2017年06月10日 / 最終更新日:2017年06月10日

緋想天編 第7話
【第7話――地震当日〜博麗神社再建開始】




―19―


「勝ったどー!」
 良い感じにほろ酔い気分になった頃、勝ち鬨をあげながら、早苗さんが天子さんをずるずると引きずりながらこちらにやってきた。
「おー、早苗ちゃん、おつかれさま」
「って、私が幻想郷の危機を救うべく戦ってる最中におふたりは宴会ですか! 戦うヒロインに声援を送ってくださいよ。みんなの応援がプリキュアに力をくれるんですよ!」
「蓮子、プリキュアって何?」
「今世紀のはじめに放送されてた女児アニメ。十年以上続いたはずだけど……っていうかプリキュアって基本二人以上じゃなかった?」
「そりゃプリキュアは二人ですけど。というかプリキュアってそんなに長く続いたんですか?プリキュア5が成功したのかあ……今年はどんなの放送してるんですかねえ。って、プリキュアはどうでもいいんですってば! この東風谷早苗が無事異変を解決しましたよ!」
「うーん」
 早苗さんに引きずられてきた比那名居天子さんは、ボロボロの格好で唸った。
「さあ、私が勝ったからには、あの緋色の雲を消し、地震を起こすのを止めてもらいますよ!」
 びしっと大幣を突きつけ、早苗さんは言う。だが、
「あ、それは無理」
 座り直した天子さんは、あっけらかんとそう言い放った。
「無理!? 無理ってなんですか! 貴方が起こした異変でしょう!」
「だって、まだ肝心のが来てないんだもん。そこのは別人なんでしょ?」
 蓮子を見やって、天子さんは言う。蓮子はただ肩を竦めて、「つまり、貴方のお目当ては霊夢ちゃんってこと?」と尋ねた。天子さんは頷く。
「そ。異変の解決は博麗の巫女の仕事なんでしょ? 博麗の巫女と戦うまでは、何と言われようと異変は終わらせないわよ。そのために起こした異変だもん」
「何を言い出すんですがこの後に及んで! 異変は私が解決したんですから、神妙にお縄につきなさい!」
「お断りよ。確かにあんたには負けたけど、私の異変が解決されたとは認めないわ」
「そんな理屈が通るとでも――」
「うーん、でも異変の犯人が解決を認めなければ、異変が解決したとは言えないわよねえ」
 蓮子が腕を組んでそう言うと、早苗さんは「えええー」と口を尖らせる。
「そんなのってアリですかあ。ミステリーで名探偵が全ての真相を解き明かしたら、犯人がどれだけ無駄な抵抗したって話はそこで終わりですよ!」
「そうは言ってもねえ。だからって早苗ちゃん、じゃあ私たちに何が出来るの? 警察と違って、幻想郷の異変は犯人を逮捕して終わりってわけにはいかないのよ。だいいち捕まえておく牢屋がないし」
「反省するまでうちの神社の結界に閉じ込めておくとか」
「そうしたらその間に地震が来ちゃうわよ」
 天子さんの言葉に、「んが――」と早苗さんはのけぞる。
「だったら素直に緋色の雲を消してですね!」
「だからそう言われても、博麗の巫女が来ないとそれは無理なの。これは譲れないわ」
 肩を竦める天子さんに、早苗さんは頭を抱えて唸る。
「そんな――だったら私はなんのために天界くんだりまで来たんですかあ。ええい、霊夢さんと戦う元気もなくなるまで痛めつけてあげます!」
「はいはい早苗ちゃん、そこまで。負けを認めた相手への死体蹴りは幻想郷の流儀に反するわよ。弾幕ごっこは美学なんだから」
「蓮子さん! この天人はその幻想郷を破壊しようとしてるテロリストですよ!」
「そうは言ってもねえ。天子ちゃん、霊夢ちゃんと戦えれば満足なんでしょ?」
 早苗さんを羽交い締めにしながら蓮子が問う。天子さんはじろりと蓮子を睨んだ。
「地上の人間風情にちゃん付けで呼ばれる筋合いはないわよ。でもまあ、その通りね」
「じゃあ、霊夢ちゃんが来るのを待つしかないわねえ。早苗ちゃん、お酒でも呑みながら待たない? 美味しい桃もあるわよ」
「お酒はちょっと……桃、いただきますね」
 むすっと膨れながら、早苗さんは草の上に座り込んだ。「酒が呑めない? そりゃあ人生の楽しみの三十割は損してるねえ」と萃香さんが言い、「酒しか楽しみのない人生を三周もするって何の罰ゲームですかそれ」と早苗さんが口を尖らせる。「いやいや、酒さえあれば人生が三倍楽しくなるってことさ」と萃香さんは笑って瓢箪から酒をラッパ飲みしていた。早苗さんは呆れ顔で桃を囓り、「あ、美味しいですねこれ」と顔をほころばせる。
「って、なんでここで待つ気満々なのよあんたたち」
 と、天子さんがじろりと私たちを睨んだ。「ええ?」と蓮子は肩を竦める。
「萃香ちゃんは居着いてるんでしょ? いいじゃない。固いこと言わずに」
「私に勝ったわけでもないのに天界の一角を占拠しようなんて、地上の民がいい度胸じゃない。貴方も私と勝負してみる?」
 緋色の剣を抜いて、天子さんは蓮子に向けて不敵な笑みを浮かべる。
「いやあ、私弾幕ごっこは不得手なのよね。別の方法でいいなら吝かでないけど」
「別の方法? 歌比べでもする?」
 きょとんと目をしばたたかせる天子さん。早苗さんが「のど自慢ですか! 鐘鳴らす役やりますよ!」と手を挙げ、私は「そういうのじゃないと思うけど……」と肩を竦める。
「いやあ、もうちょっと単純というか、すぐ済む勝負。――私はね、探偵なの。世界の秘密を解き明かし、異変の隠された真実を白日の下にさらす名探偵」
「自分で言ってれば世話ないわよね」
「この名探偵宇佐見蓮子が、天子ちゃん、貴方の起こした異変の真相――貴方の真の目的をずばりと言い当てたら、私の勝ちってことでどう?」
 私のツッコミは華麗にスルーされた。
「名探偵?」
 天子さんは呆気にとられた顔で蓮子を見つめ、「ふうん、面白いじゃない」と腕を組んだ。
「私の真の目的を言い当てるって? やってみなさいよ」
「では、お言葉に甘えまして」
 蓮子は立ち上がり、帽子の庇を持ち上げて、不敵な笑みを浮かべた。

「――天子ちゃん、貴方、博麗神社を再建するために壊したんでしょう?」




―20―


 天子さん顔色が、明確に変わった。蓮子は不敵な笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「天界での暮らしが退屈だから、博麗の巫女と戦ってみたくて異変を起こした。霊夢ちゃんが確実に自分を退治しに来るように、博麗神社を地震で倒壊させて。この説明だけで、この異変は完璧に筋が通ってるんだけど――それだと本当に、この異変はただ一度きりの暇潰しで終わってしまうのよね。何日もかけて気質を萃めて、一瞬の楽しみのために何くれと手間を掛けるのは、どちらかといえば時間のない、忙しい人間の作法。一瞬の気晴らしで、忙しない日常に張り合いをつけるためのやり口だわ。時間を持て余し、退屈に殺されかけているような場合は、より継続的な楽しみを求めるのが自然だと思うのよ」
 私の脳裏に、レミリア嬢の顔が浮かんだ。同じように退屈を持て余し、暇潰しに異変を起こした吸血鬼。彼女の場合、紅い霧で太陽を遮って、幻想郷を過ごしやすくするのが目的だったわけで、確かにその目的は継続性であると言える。
 ではレミリア嬢は、霊夢さんに退治され、霧を引っ込めることになったあと、どうしたか。――そこに思い至って、私も蓮子が何を考えたのかを理解した。そういうことか。
「天子ちゃん、貴方もそうなんじゃない? この異変は、ただ博麗の巫女を天界に導いて異変解決ごっこをすること、それだけが目的じゃない。貴方はこの天界での退屈な暮らしから抜け出し、新しい継続的な楽しみを得るためにこそ、この異変を起こした。――じゃあ、その継続的な楽しみとは何か? それはもちろん――地上へ遊びに行くことでしょう」
「…………」
「貴方がわざわざこんな異変を起こしたということは、天人は自由に地上に下りられるわけじゃないのよね? いつでも地上に遊びに行けるなら、異変を起こすほど退屈することもなかったでしょう。それができないからこそ貴方は異変を起こした。――なら、貴方の目的はすなわりそれ。いつでも自由に地上に遊びに行けるようにする――地上に行く口実を作ること」
「…………」
「そのために貴方は、博麗神社を壊したのね。第一の目的は霊夢ちゃんを確実にここに呼び寄せ、異変解決ごっこを楽しむこと。そして第二の目的は、霊夢ちゃんと戦ったあと、博麗神社を天子ちゃん、貴方自身の手で再建すること。――そのとき、ついでに博麗神社に要石を刺して、地震を抑えこむつもりだったんじゃない?」
 腕を組んだまま黙って蓮子の長広舌を聞いていた天子さんが、その一言に「なっ――」と呻いて、まじまじと蓮子の顔を見つめた。蓮子はますます得意げに笑みを深くする。
「地震を起こすことができるなら、封じることもできるはず。地震を封じるといえば、要石。そして要石を刺す場所といえば神社だわ。貴方は壊した博麗神社を責任をもって再建し、要石を刺して地震を封じる――それを口実にして地上に遊びに行く。そして神社が無事再建されたあとも、そこに刺した要石の管理なり、なにくれと口実をつけて、博麗神社を地上で遊ぶための拠点にする。そうやって、この天界の退屈な生活から脱出すること――それこそが、貴方がこの異変を起こした真の目的だったんじゃないの? 比那名居天子ちゃん。霊夢ちゃんと戦うまでは緋色の雲を消せないっていうのも、つまりはそういうことでしょう? 博麗神社に要石を刺すこと。それこそがこの異変の根幹だったのだから」
 そう、レミリア嬢と同じだ。紅霧異変が終わったあと、レミリア嬢はしょっちゅう博麗神社に押しかけて遊んでいたのである。退屈を持て余した妖怪は、霊夢さんに懐いて暇を潰す。天子さんのやろうとしたことも、それと同じことということか。
「…………」
 ぶすっと頬を膨らませた天子さんは、剣呑に目を細め、緋色の剣を蓮子に突きつけた。
「あんた、何者? 博麗の巫女に似た気質と思ったら、まるで覚りの妖怪みたいに――」
「あら、それは私の推理が的中していたと受け取っていいのかしら」
「黙らないと、その口を封じるわよ」
「おおっと、タンマタンマ。別に霊夢ちゃんに告げ口しようとか考えてないわよ」
 剣先が額に迫ってきて、蓮子は慌てて両手を挙げた。天子さんは「は?」と眉を寄せる。
「別に私たちは、貴方が博麗神社に遊びに来るようになったところで構わないし。また地震を起こされたら困るけど、逆に地震を抑えてくれるなら歓迎すべきだし。博麗神社を再建してくれるなら霊夢ちゃんも文句はないでしょうから、誰も損をしないんだし、邪魔はしないわ」
「…………」
「退屈なら、人間の里に遊びに来てもいいのよ。ウチの探偵事務所も大概ヒマだから、遊びに来てくれるなら歓迎するわ」
「え、ちょっと蓮子さん、何言い出すんですか!?」
「あら、いいじゃない早苗ちゃん。天人が来る探偵事務所って評判になればなんか御利益とかありそうに思えて依頼人も増えるんじゃないかと思うし」
「そんな上手く行くんですかね……」
 早苗さんが釈然としない顔で首を傾げる。私はもう、蓮子がこういうことを言い出すのはいつものことなので、ただ呆れ混じりのため息をつくばかりである。
 当の天子さんはというと、毒気を抜かれたような顔をして、緋色の剣を引っ込めた。
「……変な人間」
「お褒めにあずかり恐縮ですわ」
「褒めてないんだけど。まあいいわ。でも、さっさと地上に帰って地震対策でもしてた方がいいわよ。ていうか地上の人間が天界に長居するな」
「あー、蓮子やい。私も帰って地震対策をおすすめするよ」
 と、それまで黙って酒を呑んでいた萃香さんが声をあげ、私たちは振り向いた。萃香さんは手招きして、私たちに耳打ちするように小声で囁く。息が酒臭いのはどうにかしてほしい。
「だいいち、この天人の思い通りに事が進むとは限らんだろう? こいつが要石刺す前に地震が起きちまったら元も子もないじゃん」
「まあ、それはそうだけど」
「それに、たぶん紫が黙ってないからさ」
「妖怪の賢者が?」
「そうそう。地震はちょっとやり過ぎだね。幻想郷を壊滅させかねないような異変は、さすがに紫が黙ってないよ。今は霊夢の様子を見てるんだろうけど、お前さんの言う通りのことをこいつが企んでるなら、そのうち何か動くさ。どっちにしろ地震は阻止するとは思うけど、どうなるかは私も解らん。備えあれば憂いなしのつもりで動いた方がいいと思うよ」
 にっ、と赤ら顔で笑った萃香さんに、私たちはただ顔を見合わせた。

「釈然としません! 私が異変を解決するはずだったのに……」
 というわけで、私たちは天界を後にし、早苗さんに抱えられて、雲の中を地上へと向かっていた。早苗さんはまだ納得がいっていないようで、憤然と頬を膨らませている。
「まあまあ、早苗ちゃん。とりあえず、霊夢ちゃんより先に異変の犯人に辿り着いたことは誇っていいんじゃない? 今回は運が悪かったってことで」
「むー。私も妖怪から『守矢神社の風祝と戦いたい』と言われるぐらいの存在にならないとダメってことですか。やはりこの現人神・東風谷早苗の名を幻想郷に広く知らしめなくては」
 ぶつぶつと呟く早苗さん。危ないことを考えなければいいのだけれど、と私は嘆息する。
 そうこうするうちに雲を抜け、見慣れた妖怪の山の姿が眼下に現れた。「とりあえず、ウチに行きますか」と早苗さんが言い、私たちは五合目の守矢神社へ向かう。低い雲がかかった守矢神社は、しとしとと雨が降りしきっていた。そういえば、守矢神社はずっと梅雨続きと言っていたっけ。
「ひゃー、傘持ってくるべきだったわね」
「この体勢で傘差しても仕方ないと思うけど」
 雨の中を突っ切って、私たちは守矢神社の社務所の軒下に降り立った。ハンカチで濡れた部分を拭いていると、不意にその場にもうひとつの影が現れる。八坂神奈子さんである。いつもながら、突然出現するのは心臓に悪いのでやめてほしい。
「おかえり、早苗。蓮子たちも、よく来たね」
「あ、神奈子様。ただいま戻りました。この天候不順の犯人を突き止め退治してきましたよ!」
「ほう? そのわりには、天気は変わってないようだが」
「退治したのに博麗の巫女じゃないからってノーカン扱いですよお。納得いきません!」
「まあまあ、とりあえず中へお入りよ。茶でも淹れるからさ」
 神奈子さんに促され、私たちは社務所の中――守矢神社の住居部分にお邪魔する。「汗掻いたので着替えてきます」と早苗さんがぱたぱたと奥へ向かい、私たちは居間で座布団に腰を下ろした。神奈子さんがお茶を持って来てくれたので、恐縮して受け取る。神様にお茶くみをさせる人間もそうはあるまい。
「やれやれ。すまないね、早苗が迷惑をかけたんじゃないかい?」
「いえいえ、色々と楽しい体験をさせてもらいましたわ。飛べない人間の足ではさすがに天界までは行けませんから」
「天界? そりゃまた随分と高いところまで行ったねえ。博麗神社が地震で壊れてたが、それとも関係があるんだろう?」
「おや、さすがにお耳が早い」
「耳も何も、あそこの分社にも私がいるんだからね。うちも里も揺れなかったようだから、あれは人為的な超局所的地震で、その犯人が天界の住人で、この天候不順の原因でもある、ってところかい? 動機は――暇を持て余した天人の暇潰しってところか」
「おお、全くもってご明察でございますわ。さすがは八坂様。名探偵が付け加えることは何ひとつございません。早苗ちゃんよりよっぽど神様探偵してますわ」
「安楽椅子探偵ならぬ御柱探偵ね」
 私の言葉に、神奈子さんは愉快そうに笑った。と、蓮子が不意に目を細める。
「ところで、八坂様。ひとつお伺いしたいんですが」
「うん? なんだい」
「――八坂様は、この天候不順の原因を、早い段階からご存じだったのでは?」
 蓮子の言葉に、神奈子さんは胡座に頬杖をついて、愉しげな笑みをこちらへ向けた。
「まあ、別に隠すことじゃないね。その通り。雲の上にいる天人が、気質を萃めていたんだろう? そんなのは、あの緋色の雲を見れば一目瞭然だ」
「では、守矢神社が梅雨なのも、意図的なものですね」
「無論だよ。この梅雨は諏訪子の気質だ。私が自分の気質を抑えて、諏訪子の気質を相対的に強めてやってるのさ。おかげでこのところ諏訪子は機嫌がいい」
「蛙ですもんねえ。八坂様は八坂様で、今回の異変を都合良く利用しておられると」
「諏訪子の機嫌を取るのも楽じゃないよ」
 ため息混じりにそう言って、神奈子さんはお茶を啜った。
「ただまあ、地震は心配だね。ウチは博麗神社のようなことにはならないにしても、だ」
「神徳というやつですか」
「諏訪子は大地の神でもあるからね。諏訪子が守っている限り、この妖怪の山は地震が来ても安全だよ。お前さんたちも心配なら、しばらくウチに避難してくれても構わないよ。部屋は余ってるからね」
「あらら、それは有難いお申し出。検討させていただきますわ。――洩矢様のお力があれば、幻想郷全体を大地震から守ることも?」
「まあ、できなくはないだろうが……いかんせんまだまだ諏訪子の力を十全に発揮するには信仰が足りてないからね。あまり無理はさせられない。こっちとしても、これからのウチの信仰の基盤になる人間の里を破壊されたらたまったものじゃないから、何とかしたいんだがね。まあ、とりあえずはもうしばらく、博麗の巫女の動向を観察するさ」
 神奈子さんがそう言ったところで、「神奈子様ー」と早苗さんが戻ってくる。いつもの巫女服ではなく、シャツにデニムという随分とラフな格好に着替えてきていた。まあ、蒸し暑いから涼しい格好をするのは正しい。少なくとも相棒のように夏場にトレンチコートを着込むよりはよっぽど人間的である。
「地震対策って何をすればいいですかね?」
「ウチの神社は耐震構造だから安心しときな。細かい対策はとっくにしてあるしね」
「あれ、そうでしたっけ?」
「お前、中越地震のときに慌てて色々やっただろう。箪笥の固定とか」
「あ、そうでした! 備えあれば憂いなしですね!」
「備えたことを忘れてれば世話はないねえ」
 ぽんと手を叩いて笑う早苗さんに、神奈子さんは頭を押さえて苦笑する。中越地震というのは、おそらく二〇〇四年だったかの新潟県中越地震のことだろう。守矢神社はもともと信州にあったのだから、そう他人事でもない距離だったはずだ。
「それなら、蓮子さんたちの家とか、探偵事務所の地震対策をすべきですね! 家具を固定しても家そのものが崩れたら元も子もないですし、抜本的な耐震工事を!」
「そうだねえ。どれ、早苗が世話になっていることだし、私も手伝おうか」
「あら、そんな、神様にそんなことをしていただくわけには」
「信仰はギブアンドテイクだと話しただろう? 御利益だと思ってくれて構わないよ」
「ははあ。それならありがたくお受けしますわ」
 蓮子が手を合わせて神奈子さんを拝む。私も慌てて深々と頭を下げた。

 ――なお、そのあと里にやってきて私たちの自宅と寺子屋の離れを検分した神奈子さんは、「こりゃ耐震構造にするにはいちから建て直した方が早いね」と言い、早苗さんが「じゃあとりあえず、一旦更地にします?」と大真面目に言い出したので、慌てて私たちで止めるという一幕があったのは、全くもって余談というものである。




―21―


 さて、そんな大騒ぎの一日が終わり、翌日はまた朝から寺子屋の授業である。
 博麗神社の倒壊は里でも既に噂になっており、祟り説、退治された妖怪の復讐説、欠陥住宅説、果ては最近これといった異変を解決していない博麗の巫女の自作自演説(本人の耳に入ったら言っている人間が退治されそうだ)まで諸説紛糾しているようだった。
「なんだかんだ言っても、博麗神社の存在は里の人間にとって安心の象徴のひとつだったんだな。それが壊されたものだから、みんなどことなく落ち着かないのだろう」
 慧音さんはそう分析している。地震については昨日の時点で詳しいことを話したが、「ますます扱いが難しい案件になったな……」と慧音さんは唸るばかりだった。地震が絶対不可避ならとにかく安全対策を講じればいいし、回避確定なら安心すればいいだけの話だ。だが、現時点ではまだ「回避可能だが、できるかどうかは犯人次第」なのである。これでは「地震が起きるらしい」という情報から一歩も前に進んでいないのと同じことだ。
「まあ、現実問題として博麗神社が壊れたわけだから、防災の呼びかけにもみんな、より真剣に耳を傾けてくれるだろう。とりあえずはそれで良しとして、呼びかけを続けるしかないな」
 ――という結論になるのも、まあ自然な成り行きというところだろう。
 そんなわけで、また授業後は防災の呼びかけ回りの予定だったのだが。
「あやや、こんにちは、探偵事務所のおふたりさん」
 子供たちを帰宅させて、まだ資料整理をしている慧音さんを残して寺子屋を出たところで、不意に風が強くなったかと思うと、誰かに呼びかけられた。振り返ると、離れの我が事務所の屋根の上に人影がある。屋根から足をぶらぶらさせているのは、射命丸文さんだった。
「射命丸さん? そんなところで何やってるんですか」
「いやあ、情報提供者にお礼に参りました。神社の倒壊については数日中に出る《文々。新聞》を是非ご覧いただければ」
 そう言ってひらりと地面に降り立ち、射命丸さんはにこやかに笑う。
「ところで、さっそく博麗神社の再建工事が始まったようですよ。それがどうも、怪しげな天人が絡んでいるとの噂。せっかくですので見に行きませんか?」
 その言葉に、私たちは顔を見合わせた。

「木材は薪にするから残してよ。屋根瓦は割れてないのは再利用してよね」
「いちいち注文が貧乏くさいわねえ。この神社儲かってないの?」
「誰のおかげで貧乏になったと思ってるのよ」
「私がこうして直してあげてるじゃない」
「一緒にぺしゃんこになった家財道具の分は私の持ち出しじゃないの」
 射命丸さんとともにやって来た博麗神社の境内からは、騒がしい作業の音とともに、そんな声が聞こえてきた。神社の残骸を、天界で見かけた羽衣姿の人々が片付けている。その作業光景を前に、霊夢さんと天子さんが話し合っていた。
「あれが噂の、謎の天人ですかね?」
 射命丸さんがぱしゃりとカメラのフラッシュを光らせる。それに気付いて、天子さんがこちらを振り向き、「天狗? と、昨日の人間じゃない」と眉を寄せた。
「何勝手に写真撮ってるのよ」
「あやや、どうもどうも、清く正しい鴉天狗の射命丸文です。《文々。新聞》の取材で参りました。博麗神社の謎の倒壊と、その再建を引き受けた謎の天人。いったい幻想郷に何が起こっているのか。取材班はこうして飛んできたわけです。貴方が謎の天人ですか?」
「……私はただの片付け業者よ」
 相手をしたら面倒臭いと判断したのか、天子さんは棒読み口調でそんなことを言う。
「あや? 本当ですかね。怪しいですね。後ろで作業している方々も天人に見えるんですがね。どうなんですか霊夢さん、そのへん」
「うっさい。取材なら昨日散々したでしょうが。こっちもこれ以上あんたの飯の種にされる謂われはないわよ。さっさと帰れ」
「あやややや、そんなことを仰らず。博麗神社の倒壊となれば幻想郷を揺るがす一大事」
「あんたの新聞に本当に一大事だったことなんて載ってないでしょうが。こっちは神社の再建で忙しいの。ゴシップ記者に付き合ってる時間はないのよ」
「失礼な。《文々。新聞》は公明正大清廉潔白な社会の木鐸でありましてですね――」
 霊夢さんと射命丸さんがそんな言い合いをしている脇で、天子さんは肩を竦めると、私たちの方へ振り返る。
「で、あんたたちは何なのよ。今日は天狗の使いっ走り?」
「いやいや、単にお誘いを受けて一緒に来ただけですわ。――再建工事に入ってるってことは、あの後無事に霊夢ちゃんと戦えたってことね」
「まあね。なかなか楽しかったわ。これから神社を直すついでにちゃんと要石を刺して地震も抑えるから、安心しなさい」
「それは重畳。――ところで天子ちゃん、昨日訊き忘れたことがあってね」
「うん、何?」
 蓮子の問いに、天子さんは首を傾げる。ちゃん付けで怒らないところをみると、どうやら異変の目的を達して機嫌が良いようだ。
「私の気質、やっぱりそんなに霊夢ちゃんに似てる?」
「――似てるわね。まあ、同じような気質を持つ人間自体はそんなに珍しくないけど」
 腰の緋色の剣を取りだして、天子さんは相棒へ向けて目を細める。
「じゃあ、私の気質を天候に直すと、霊夢ちゃんのような快晴ってことかしら」
「そうね。雲ひとつない突き抜けるような快晴の気質」
「なるほどねえ。――じゃあもうひとつ。こっちの我が相棒の方は?」
 と、いきなり蓮子は私を指さした。天子さんは私をじろりと見つめ、私は相棒の横で小さく身を竦める。何か、身体の奥深くまで見通されるような気分で落ち着かない。
「……小雨の驟雨って感じね。不意にぱらつく、はっきりしない優柔不断な天気の気質」
 その言葉に、蓮子が吹き出すように笑う。私は憮然と口を尖らせた。自分が優柔不断なことぐらい自覚している。わざわざ気質として指摘されるまでもない。
「ははあ。それで私たちの周囲は天気雨が多かったわけね。私の晴れの気質と、メリーの驟雨の気質が入れ替わり立ち替わりで不安定な天気になっていたと。得心がいったわ」
 そう言って頷いた蓮子に――しかし、天子さんは不意に眉間に皺を寄せた。
 そのとき、天子さんが小さく呟いた言葉は、はっきりとは聞き取れなかったが――。
 私の耳には、こんな風に聞こえた。

「ふたりぶんの気質が混ざり合ってる……?」

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この小説へのコメント

  1. いつも楽しく読ませてもらっています。
    今回のお話も蓮子のキレキレ推理とメリーへの謎が深まるいいお話でした。
    これからも頑張ってください。

  2. 二人分の気質とは誰と誰なのか気になりますね。組み合わせ次第ではこのシリーズの根幹に関わる謎になるかもしれませんね。
    次回を楽しみにしております。

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