東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編   緋想天編 第1話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編

公開日:2017年04月29日 / 最終更新日:2017年04月29日

緋想天編 第1話
【第1話――四日前】


―1―


「やっぱりこれは間違いなく、異変ですよ!」
 私たち《秘封探偵事務所》の夏は、東風谷早苗さんのその一言から始まった。
 人間の里の中心部、寺子屋の離れにある我が事務所は、昨年の秋からいささか騒がしくなった。もっともそれは、決して依頼人が増えたという意味ではない。相も変わらず事務所は閑古鳥が大繁殖しているわけで、事務所が騒がしい要因は九分九厘がこの非常勤助手、早苗さんの出現であった。昨年、妖怪の山に現れた守矢神社の風祝である彼女が、私たちと意気投合し、この《秘封探偵事務所》の三人目のメンバーとなったのは、別の機会に語った通りである。
 あくまで早苗さんの本業は守矢神社の風祝としての信仰集めであるからして、私と蓮子のように毎日だらだらと事務所で過ごしているわけではないが――それでも、信仰集めは順調なのだろうか、と少々心配になる程度には頻繁に、早苗さんは事務所に顔を出していた。
 そんな早苗さんが、いま異変だと言い出したのは――言うまでもなく、この夏の奇妙な天候不順のことである。
「確かに、ここ最近の天候不順はいろいろおかしいわね」
「おかしいどころの話ではないですよ蓮子さん! うちの神社でずーっと梅雨が明けないと思ったら、博麗神社は馬鹿みたいに晴れ続きって言いますし、天狗の里の方は風が強いそうで、人間の里の天気もコロコロ変わります。こんな狭い地域内でこれほど天気が変わるなんて、常識的に考えて普通じゃありませんって!」
 畳の上に立ち上がり、拳を握りしめて声を張り上げる。我が相棒はお茶を啜りながら、「そうは言うけどねえ」と息を吐いた。
「早苗ちゃん、幻想郷では常識に囚われてはいけないのよ」
「はっ、そうでした! でも、やっぱりおかしいですから、最近の天気は」
「うん、それは否定しない。メリーだってそう思うでしょ?」
「まあねえ……里を歩いてても晴れたり曇ったり雨が降ったり、忙しいし」
 私もお煎餅をかじりながら頷いた。梅雨が明ける頃から、ひどく天候が不安定な毎日が続いている。晴れていたと思ったら次の瞬間にはにわか雨が降るといった調子で、うかつに洗濯物も干せないのは困った話だ。
「天気がおかしいのは異変の前兆、もしくは異変そのものっていうのも、まあ確実ではないけどひとつのパターンではあるわね。過去の事例からすると」
「紅霧異変と春雪異変? 牽強付会じゃない?」
 蓮子の言葉に私は首を傾げる。紅魔館の主が紅い霧を出した異変、白玉楼のお嬢様が春を奪った異変、確かにいずれも天気絡みといえば天気絡みだ。しかし永夜異変や大結界異変には当てはまらないし、三日置きの百鬼夜行で萃香さんが化けていた妖霧を天気扱いするのも何か変であるからして、確率四割というのは微妙なところだ。プロ野球の打率なら首位打者だろうが、勝率なら最下位争いである。
 それより、と私は早苗さんに向き直る。
「早苗さん。八坂様と洩矢様が何かやってるんじゃ? 風雨の神様でしょう」
「ええ? 違いますよぉ。神奈子様も諏訪子様も、日照り続きの里に雨を降らせて信仰を集めるならともかく、こんな無意味な天候不順は起こしません。農作物に悪影響もありそうですし」
 早苗さんは心外だと言うように腕を組んで口を尖らせた。なるほど、確かに道理である。洩矢神社はとりあえず豊作祈願で里に取り入ろうとしているようだから、農作物にダメージを与えるようなことはするまい。
「里の人間が洩矢様を怒らせた祟りとか」
「諏訪子様、別に怒ってる様子もないですけど……それとも蓮子さん、心当たりでも?」
「いやあ、守矢神社の可愛い娘さんを悪い道に引きずり込んでしまっているからねえ、どこかの探偵事務所が。全くけしからん連中ですわ。ねえメリー」
「私に言わないでよ。早苗さん、神社の方はいいの?」
「ええまあ、昨日から神奈子様がまた河童を連れて宴会をしているので……」
 誰も彼も酒好きで宴会好きなこの幻想郷において、お酒の苦手な人間は宴会では肩身が狭い。私はお酒自体は嫌いではないけれどさほど強くないし、早苗さんは私より弱いので、天狗と神様の宴会に巻き込まれるよりだったらこの事務所に遊びに来る方が気楽なのだろう。
「とにかく、風雨の神を祀る守矢神社の風祝として、この天候不順を放ってはおけません! 原因を突き止め、博麗神社に先んじて異変を解決することで、守矢神社の威光をこの幻想郷に広く知らしめなくてはと思うんです!」
 高々と拳を突き上げ、早苗さんは力説する。意欲に溢れているのはいいことだ。若いって素晴らしい、と年寄りじみた感慨も漏らしたくなるものである。
「そうねえ。秘封探偵事務所としても、この天候不順に何らかの人為的、あるいは妖為的要因があるなら、突き止めてみたいところね。犯人がいるとすれば、何を目的として天気を操っているのか。気にはなるんだけど――」
 ちゃぶ台の上で手を組んで、蓮子は首を捻った。
「どうしたんですか、蓮子さん。テンション低いですよ!」
「いやあ、私のぶんまで早苗ちゃんが盛りあがってるから、テンションの上げどころが」
 身を乗り出した早苗さんに、蓮子は苦笑する。
「そんなことを言っている場合ですか! メリーさんも、このままでは幻想郷の危機ですよ!」
「え、そこまで言う?」
「そのうち雪とか降り出すかもしれないじゃないですか! 季節の狂いは自然環境に重大な影響を及ぼしますから、放置していたら危機です、危機!」
「さすがにそうなれば、本格的に霊夢さんが動きだすんじゃないかしら」
「ですから、私たちが先に動くんですよ! 博麗神社には負けられません! 私たちが異変を解決し、この天候不順を解消して里に実りをもたらし信仰アップです!」
「天候不順は農作物の出来に直結するからね」
「そうです! 人間の里の食卓の命運は私たちに委ねられているんです!」
「誰も委ねてないと思うけど……」
「それとも蓮子さん、名探偵の頭脳ではこの異変の謎は解き明かせませんか?」
 早苗さんが蓮子を見やってそう言った。途端、蓮子の目が光る。
「――そうまで言われちゃあ、この《秘封探偵事務所》所長、宇佐見蓮子が出動しないわけにはいかないわねえ」
 ああ、始まってしまった。私は思わず額を押さえる。
 おもむろに蓮子は立ち上がり、壁に掛けてあったトレードマークのトレンチコートを手に取る。今の季節に着るものではないと思うが、この相棒はお構いなしだ。動物でも夏毛と冬毛を使い分けるというのに、真夏にトレンチコートを着るのは哺乳類としてどうなのだろう? 変温動物か。
「この天候不順が、早苗ちゃんの言う通りに異変なのか。まずはそれを調べるために、各地の証言を集めてみましょ。――というわけで、秘封探偵事務所、出動よ! メリー、早苗ちゃん、異変の謎を解き明かすわよ!」
「了解です、所長!」
「……はいはい」
 結局、いつも通りの流れになるわけである。満面の笑みでガッツポーズする早苗さんに、私はため息を噛み殺して立ち上がった。――全く、私を振り回す非常識人が二名に増えてしまったこの現状、どうせ多数決で私に勝ち目はない。三人集まれば派閥ができるとはよく言ったものだ。必然的に、私はそのお守り役になるわけである。
「……子供の世話は寺子屋だけで充分なのに、大きな子供が二人いるんだから」
「え、メリー、何か言った?」
「いいえ、なんでも。ところで、どこに行くの?」
 私の問いに、蓮子と早苗さんは顔を見合わせ――その言葉が綺麗にハモった。
「もちろん、博麗神社へ!」




―2―


「で、外来人がぞろぞろと三人揃って何の用よ。特にそこの暑そうな格好の」
 というわけで、やって来たるは博麗神社である。からりと晴れ渡った博麗神社には、じりじりと夏の日射しが照りつけて、私たちの濃い影を落としていた。その中で、季節感を無視したトレンチコートの相棒は「いやこれ実は夏用なのよ」と笑う。嘘つけ。
「私たちは、いへ――」
「はい早苗ちゃん、ちょっと待った」
「もが」
 勇んで開きかけた早苗さんの口を、蓮子が手で塞ぐ。むぐむぐと呻く早苗さんを押さえたまま、蓮子は「いやあ、ちょっと参拝に来ただけですわ」と笑った。霊夢さんは半眼で「怪しいわねえ」とこちらを睨む。
「っていうか、ウチとそこのと、どっちの参拝よ」
「両方ってことで、ひとつ」
「そんなこと言って、慧音から聞いたけど、最近あんたたち、里でつるんでるそうじゃない。何か企んでるの? また神社の交換とか馬鹿みたいなこと言い出さないでよ」
「滅相もない、外来人同士意気投合しただけですわ。霊夢ちゃんと魔理沙ちゃんみたいなものよ。魔理沙ちゃんだって悪巧みしに神社に来てるわけじゃないでしょ?」
「どうだかね。何にしても面倒起こさないでよ。ここのところ日照り続きでやってらんないんだから。暑いったらありゃしない」
 ぱたぱたと手で仰ぎながら霊夢さんは息を吐く。と、蓮子に口を押さえられていた早苗さんがようやくその手を振りほどいて、「やっぱり天気が――」と声をあげた。
「天気? 天気がどうかしたの?」
「ああ、いや、こっちの話ですわ。――早苗ちゃん、ちょっと」
 目を細めた霊夢さんに蓮子は誤魔化すように笑って、早苗さんの顔を引き寄せる。
 以下、顔を寄せ合っての小声のやりとり。
「な、なんですか蓮子さん」
「早苗ちゃん、博麗神社より先にこの天候不順の異変を解決するんでしょ?」
「そ、そうです!」
「見た限り、霊夢ちゃんはまだ天候不順すら認識してなさそうよ。なら、こっちからわざわざ霊夢ちゃんに異変の情報を提供することもないじゃない」
「はっ――なるほど」
「まあ、霊夢ちゃんは自分に実害が出ない限りなかなか動かないけど――何にしても、ここはちょっと私に任せて頂戴」
「は、はい」
 と蓮子と早苗さんが囁き合っているところへ、「何をこそこそしてるのよ」と霊夢さんの剣呑な声が飛ぶ。思いっきり怪しまれている件について。
「いやあ、乙女には秘密が多いものですわ。ところで霊夢ちゃん、日照り続きだって?」
「そうよ。カンカン照りで水不足が心配だわ。さっきちょっと雨降ったけど、すぐ止んだし。って、天気のことぐらいあんたたちだって知ってるでしょうが」
「いやあ、夏の天気は変わりやすいですわ」
「変わりやすいのは秋の空でしょ。やっぱりなんか怪しいわね、あんたたち。あ、もしかして紅魔館の連中と一緒になって何か企んでるんじゃないでしょうね」
「え、紅魔館?」
 ここでどうして急に紅魔館の名前が出てくるのだ。そりゃまあ、レミリア嬢には幻想郷を霧で包もうとした前科はあるけれども。
「さっき、珍しくパチュリーの奴が来たのよ。なんかよくわからないこと言ってたわ」
「パチュリーさんが? レミリア嬢や咲夜さんじゃなくて?」
「そう、あの出不精がひとりで。ねえ魔理沙」
 と、霊夢さんが振り向いて神社の中に声をかけると、「あー?」と声がして、障子戸の向こうから霧雨魔理沙さんが姿を見せた。しかも、ドロワーズとシャツだけという下着姿で団扇を揺らしている。いくらなんでもくつろぎすぎではないだろうか。
「おお? 今度は蓮子にメリーに山の巫女とは、この神社には珍しく千客万来だな」
「珍しくは余計よ。ところで魔理沙、パチュリーの奴、あんたに何か言ってた?」
「ああ? なんかわけのわからないことしか言ってないぜ。いつものことだけどな」
 あちー、と魔理沙さんは団扇を忙しなく動かす。
「しかし、なんでこんなに暑いんだ?」
「夏だからに決まってるじゃない」
「うちの方は雨続きで気温も上がらないんだよ。神社がこんなに暑いなんて聞いてないぜ」
「あんたんとこの森はいつだってジメジメしてるでしょ」
「そういう問題かあ?」
 霊夢さんと魔理沙さんのやりとりに、私たちは顔を見合わせる。――博麗神社は日照り続きで、魔法の森は雨続き。守矢神社は梅雨が明けないと早苗さんは言い、私たちの周囲は天候不順。いよいよもって、これは確かにおかしな事態である。
「咲夜さんじゃなくパチュリーさんが動いてるなんて、何かありそうね」
「あんたたちは無関係なの?」
「ええ、潔白ですわ。霊夢ちゃんの代わりに紅魔館に行って調べてきてあげてもいいけど」
「あー、まあどうせしょうもないことでしょ。任せるわ」
「はいはい。ところで霊夢ちゃん、他に何か最近変わったことなかった?」
「変わったこと? うーん」
 蓮子の問いに、霊夢さんは首を捻り、魔理沙さんと顔を見合わせた。
「変わったこと……ああ、一週間ぐらい前だったかしら、幽々子が来たわね」
「冥界のお嬢様が?」
「そう――そうだわ。あいつが来たら、なんか雪が降り出したのよ」
「……雪?」
「雪よ、冬に降る雪。急に気温も下がって寒くなって、幽々子がいなくなったらすぐ暑くなって溶けて消えたけど。なんだったのかしらね、あれ」
 腕を組んで首を傾げる霊夢さんに、私たちはまた顔を見合わせた。――そのうち雪が降り出すかも、と早苗さんが言っていたと思ったら、本当に雪が降っていたではないか。私は思わず早苗さんの方を振り向くが、早苗さんは慌てて首を横に振る。何も知らないということらしい。
 と、魔理沙さんが縁側に這うようにして出てきながら、霊夢さんの方へ声を上げた。
「あー? なんだあいつ、ここにも来てたのか」
「ん? あんたのとこにも来てたの?」
「ああ。うちでも雪が降り出して、冬まで寝過ごしたかと焦ったぜ」
「ふうん。何なのかしら? 幽々子の奴、今度は冥界に冬でも集めてるのかしら」
「それで神社がこんなに暑いのかよ。どっかの冬妖怪でも連れてきて冬を取り戻そうぜ」
「元から今は夏だってば。あんたはどっかの氷の妖精でも捕まえてきたら?」
「だから魔法の森は涼しいんだよ。こっちの暑さをちょっと分ければちょうどいいぐらいだ」
「じゃあ、萃香連れて行って軽く暑気でも萃めてもらったら?」
「ああ、いいなそれ。だけどあいつどこにいるんだ?」
「え? ああ、そういえばここ最近見てないわね。どこ行ったのかしら」
「肝心なときに使えない奴だぜ」
 縁側に腹ばいになる魔理沙さん。もうちょっと恥じらいを持っても罰は当たらないのでは。
 私がそんなことを考えている傍らで、蓮子は腕を組んでひとつ唸る。
「ふむ。そうなると次の行き先は紅魔館か白玉楼ね。ありがとう霊夢ちゃん」
「何よあんたたち。結局何を調べてるの?」
「企業秘密ですわ」
「怪しいわね。特に蓮子とメリー、あんたたちいつも異変のど真ん中にいるんだから――むしろ、あんたたちがいるから異変が起こってるんじゃないでしょうね」
「いやいや、一介の人間風情にそんな力は」
「だから一介の人間じゃないのを仲間に引き入れたんじゃないの?」
 と、霊夢さんは早苗さんの方を睨んだ。
「え、私ですか? そりゃあ神様ですけど」
「自分で言ってりゃ世話ないぜ」
「自称じゃなく歴とした現人神です!」
「鰯の頭も信心からって言うけどね」
「ろくに信仰も集まらない神社に言われたくないです! そもそも結局ろくすっぽ信仰集めしてないじゃないですか。せっかくうちの分社も建てたのに」
 早苗さんが憤然と、境内の片隅に鎮座した守矢神社の分社を見やって言う。
「あまり信仰をないがしろにしていたら、いずれ神社でも罰が当たりますよ」
「罰当たりな神社って愉快な日本語だな」
「うるさいわね。どんな罰が当たるっていうのよ」
「神社が壊れるとか。ああ、大きい地震が来たら一発でしょうねこの神社。耐震工事なんかされてないでしょうし」
「縁起でもないこと言うな。そんな地震なんてそうそう起きないわよ」
 柱を叩いて言う早苗さんを、霊夢さんが睨んだ。
「まあまあ早苗ちゃん。それより私たちは次の情報収集に行きましょ」
 と、蓮子が早苗さんと霊夢さんの間に割って入る。早苗さんは「そうですね!」とこちらを振り向くと、霊夢さんの方へ軽く手を振った。
「では、そちらがサボっている間にこちらは信仰を集めさせていただきます」
「はいはい」
「じゃあ所長、メリーさん、行きましょう!」
 と、早苗さんは私たちの手を取って、風を起こしてふわりと浮き上がった。私の足も地を離れ、私は早苗さんにしがみつく。蓮子は帽子を押さえながら「じゃーねー」と眼下に小さくなっていく霊夢さんたちに笑いかけた。
「ところで所長、次はどちらへ?」
「そうねえ。紅魔館と白玉楼なら、まずは近場ね。紅魔館に行くわよ」
「湖の畔の、あの紅いお屋敷ですね! アイアイサー!」
 早苗さんが風を起こし、私たちはその風に乗って幻想郷の空を飛んでいく。
 ――早苗さんが探偵事務所に出入りするようになって、一番便利なことは、こうして自由に各地へ飛んでいけるようになったことかもしれない。
 神様をタクシー代わりにしている私たちが、一番罰当たりなのかもしれなかった。




―3―


 かくして、次なる目的地である紅魔館の門前に、私たちは降り立った。門番の紅美鈴さんは、相変わらず絶賛シエスタ中のようで、塀にもたれて船を漕いでいる。その平和な寝顔を見ると、いつか蓮子が推理し、パチュリーさんが語った紅魔館の真実とやらが、果てしなく胡散臭く思えてくるから困ったものである。
「あのー」
「……はっ、何奴!? って、ああ、貴方たちでしたか」
 跳ね起きて身構えた美鈴さんは、私たちの姿を認めて構えを解いた。このやりとり、何度目だったっけ。美鈴さんは小首を傾げて、早苗さんの方を見やる。
「そちらは……前にもいらしてましたね。山の神社の巫女さんでしたか」
「はい。守矢神社の東風谷早苗です。ご近所なんですから覚えておいてくださいね!」
 ちなみに前回の記録から、この記録までの約一年の間に、私たちは早苗さんを一度紅魔館に案内して、レミリア嬢や咲夜さん、パチュリーさんと面通ししている。なので以下、早苗さんと紅魔館の面々は面識があるものという前提で読み進めていただきたい。
「はあ。ところで、今日はどんな御用で?」
「ちょっとばかり気になる話を耳にしまして」
「というと?」
「あのパチュリーさんがひとりで出歩いていると」
「ああ――確かに、パチュリー様は珍しくおでかけ中ですね。何か調べ物があるとか」
 蓮子の言葉に、美鈴さんは頷く。調べ物、か。さて、私たちの追っている天候不順と何か関係があるのだろうか。普段は地下の図書館に引きこもっているパチュリーさんには、天候不順なんて全く関係なさそうにも思えるが――。
「何を調べているとか、どこに行くとか、美鈴さん、聞いてません?」
「いえ、そういった詳しい話は私には……。パチュリー様に何か御用でしたら、中でお待ちになりますか。いつお戻りになるかは解りませんが」
「そうですねえ。お嬢様や咲夜さんは?」
「どちらもご在宅ですよ。このところ天気が不安定で、お嬢様は外出できなくて不満げですので、お話相手にでもなっていただけると、こちらとしてもありがたく……」
「では、ちょっとばかりお邪魔させていただきますわ」
「はい、こちらへ」
 美鈴さんが門を押し開く。――と、そこへ音も前触れもなく、今度は十六夜咲夜さんが姿を現した。毎度ながら、時間を止めて突然出現するのは心臓に悪いのでやめてほしい。
「ようこそいらっしゃいました、宇佐見様、ハーン様、それと東風谷様でしたね」
「こんにちは。お邪魔いたしますわ」と蓮子が脱帽して一礼。
「あ、どうも……お邪魔します」私もそれに倣って一礼。
「どうもー。本当にいつもそんな格好なんですね、メイドさん」と言い放つのは早苗さん。
「……貴方にそんな格好と言われる筋合いはないですね」
「だって本物のメイドって幻想郷に来て初めて見ましたもん。秋葉原の喫茶店でお客さんにご主人様〜って言ってるものしか知りませんでしたから」
「早苗ちゃん、秋葉原なんか行ったことあるの?」
「修学旅行で!」
「なるほど」
「何の話ですか? それより、お嬢様が広間でお待ちですので、ご案内いたしますわ」
 そんなわけで、門のところに美鈴さんを残し、私たちは館の中へ足を踏み入れる。いつ来ても薄暗い館だ。私たちはもう見慣れたが、二度目の早苗さんはまた興味深そうに館の中を見回して何か声をあげていた。
「ところで咲夜さん、パチュリーさんがおでかけだそうですけど」
「ええ、大変珍しいことに御自分から」
「どこへ、何のために出かけたのか、お聞きになってませんか? 博麗神社に顔を出したそうなんですけど」
「神社に? さて、パチュリー様のお考えは私などには……そういえば、気質がどうの、とか仰ってましたね」
「気質?」
「ええ。魔法使いは気質に敏感だとかなんとか」
 私と蓮子は顔を見合わせる。気質――といえば、思い出すのは花の異変だ。結界の緩みで、幻想郷に大量発生した幽霊。あれは、気質の具現だという話だったが。
「……花の異変のときみたいに、幽霊が大量発生はしてないわよね」
「そうねえ。パチュリーさんが動いているのは天候不順とは別口かしら?」
 私たちがそんなことを囁きあっているうちに、私たちは広間に辿り着いていた。咲夜さんが「失礼いたします。お客様をお連れしました」と重たそうな扉を押し開くと、退屈そうに玉座にふんぞり返ったレミリア嬢が「おや」と尊大な態度で私たちに向き直った。
「パチェがどこか行ったと思ったら、代わりに変なのを連れてきたのね」
「蓮子さん、変なのって言われてますよ」
「早苗ちゃんのことだと思うけど?」
「私のどこが変なんですか!」
「お前だよ、そこの霊夢の色違い」
「一緒にしないでください! くらえ吸血鬼、スペシウム光線!」
「ぐわー! って私には十字架は効かないと言わなかったかしら?」
 二度目の謁見でいきなりスペシウム光線とか言い出す早苗さんも早苗さんだが、ちゃんとのけぞってくれるレミリア嬢もノリが良い。案外このふたり、気が合うのかもしれない。
 そんな馬鹿をやっている間にも、咲夜さんがテーブルとソファーを用意し、紅茶とスコーンを並べている。私たちがソファーに腰を下ろすと、咲夜さんは恭しく一礼して姿を消した。
 レミリア嬢は紅茶のカップを持ち上げると、その紅の瞳をすがめて私たちを見つめた。
「で、何しに来たのかしら? 人間ども」
「ええ、実は――」
 と蓮子が言いかけたところで、立ち上がったのは早苗さんである。
「解りました! 貴方がこの異変の真犯人ですね! この東風谷早苗が異変を起こす悪の吸血鬼を退治しに来ました! 幻想郷に平和を取り戻すために!」
「くっくっく、このレミリア・スカーレットに刃向かうとは愚かな人間どもめ。偉大なるツェペシュの末裔の力の前にひれ伏すがよい! ぎゃおー!」
「くっ、なんて邪悪な力! しかし私には守矢の信仰の力が! 幻想郷のみんな、私に信仰を分けてください!」
「ふっ、人間風情の力などどれほど集まろうと風前の灯火、我が闇で覆い尽くしてくれる!」
「人間ひとりひとりの力は僅かでも、信仰の力は無限大です! 闇を払う神の光を!」
「ならば貴様らの信仰の拠り所を打ち砕いてくれよう!」
「なんということ! 守矢神社に迫る空前の危機! 勇者早苗の運命やいかに!」
「はいはい、そのへんで以下次号」
「そんな! 蓮子さん、これからがいいところなのに! 勇者早苗が悪の吸血鬼に大勝利して希望の未来へレディー・ゴーですよ!」
「悪魔が勇者に負ける運命なんて私が操ってあげるわ。――で、何の話だったかしら?」
 結論。ノリが良すぎるのも話が進まないので困りものである。やれやれと肩を竦めた蓮子は、早苗さんを座らせると、レミリア嬢に向き直った。
「実は私たち、このところの奇妙な天候不順について調べてまして」
「――ほう?」
 蓮子の言葉に、不意にレミリア嬢は愉しげに目を細め、笑みを深くした。
「咲夜も気付いていないようなのに、お前たちは気付いたのかい」
「というと、お嬢様も?」
「無論よ。全く、咲夜はいつも鈍いのよ。例の月の異変のときだって、私に言われるまで何が起きてるかも解ってなかったんだから」
「というとお嬢様は、この天候不順の原因や犯人に心当たりが?」
「さて。犯人はまだ解らないけれど、目的ははっきりしているわね」
 蓮子の問いに、レミリア嬢は自信満々に答える。蓮子は軽く目を見開いた。
「ははあ。その目的とは何でしょう。蒙昧なる人間風情にぜひご教示いただきたく」
「謙虚でよろしい。咲夜にもそのぐらいの謙虚さが欲しいものだわ」
 ドヤ顔で椅子にふんぞり返ったレミリア嬢は、親指でぐっと自分自身を指さした。
「犯人の目的は明白。――このレミリア・スカーレットを足止めすることよ!」

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この小説へのコメント

  1. 早苗さんが人手不足の寺子屋の教壇に立つと思ったけど違ったかー

  2. 秘封倶楽部はいつにもまして騒がしいですね。賑やかさが伝わってきて読んでいて楽しいです。
    レミィの推理の行き着く先が何なのか気になります。

  3. カリスマレミリアも良いけどカリスマ(笑)レミリアも楽しいですね

  4. この作品のお嬢様
    カリスマ少なめかなーと思ってたら
    見事なブレイクっぷりです
    さすが我らがおぜうさま
    早苗さんとの華麗なる受け答えから
    トンチンカンな迷推理
    嫌いじゃないわ!

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