東方二次小説

こちら秘封探偵事務所外伝   宇佐見菫子の革命   宇佐見菫子の革命 第5話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所外伝   宇佐見菫子の革命

公開日:2018年06月09日 / 最終更新日:2018年05月17日

【宇佐見薫、妹を語る――2013年9月】


 幻コレの新作が出て一ヶ月。新キャラの二次創作がぼちぼち増えてきた。
 ニコ動、ピクシブ、創話集とチェックしているだけで、どんどん時間が盗まれていく。夏コミで買ってきた小説本もまだ読み切れてないし、ラノベの新刊も積んでるというのに、やばいやばい。勉強? まあぼちぼち……。
 友人から「お前って本当幻コレとラノベの話しかしねーのな」と呆れられたが、幻コレとラノベだけで手一杯なのである。アニメの話題作ぐらいは辛うじて追っているが、漫画やゲームになると到底時間も小遣いも追いつかない。本当に世の中のエンターテインメントは供給過剰だ。楽しいからいいんだけども。
「兄者ぁ、夏コミで買ってきたエロ本そろそろどこに隠したか白状しなさい」
「買ってねーよ!」
 部屋にいきなり入って来て、人に濡れ衣を着せるのは、もちろん我が妹である。
「そんな、健全な高校生男子ともあろう者が」
「だから俺はモブ×幻コレキャラや村人さん本には元から興味ねーんだっつの」
「処女厨こじらせて百合厨に転ぶとか救いようがないと思わない?」
「うるせえ」
「いやまあ部屋に入ったら抱き枕相手に腰振ってるとかそういうのが無いだけ有難いですけど妹としては」
「まず兄の部屋に勝手に入ってくるのをやめろって突っ込むべきなのかそこは?」
「兄者のものは私のもの、私のものは私のもの」
「ジャイアニズムやめろ。ジャイ子って呼ぶぞ」
「それじゃ兄者がジャイアンになっちゃじゃない。のび太のくせに」
「スミえも〜ん」
「兄者はじつにばかだな」
「で、何しに来た」
「いや別に、なんか面白い本ないかと思って。――これ夏コミの新刊? えっちなやつ?」
「健全本だっつーの」
 俺がベッドに放りだしていた幻コレ本を取り上げて、菫子は読み始める。あれはアリサ×魔理亜本だな。喧嘩して拗ねたアリサを魔理亜が箒に乗せて綺麗な風景を見せて仲直りするっていうテンプレ本。初めて見たサークルで、表紙がよさげだから買ったんだけど、今どきこんなん出されてもなあという感じのもので失敗だった。まあ、背景の描写は綺麗だったけども――。
 幻コレももう十年ぐらい続いているシリーズだから、二次創作の傾向にも流行り廃りがあって、俺が幻コレにハマった頃に流行ってたネタの多くは既に廃れている。イケメンジゴロの魔理亜とかすっかり見なくなったよなあ。まあ俺としても、今じゃアリマリは姉妹とも親子ともつかないぐらいの距離感が理想だと思ってるし。
 そんなことを思いながら、創話集に上がっていた小説を読んでいると――不意に背後で、菫子がベッドから勢いよく起き上がる気配がした。
「どした?」
「――ねえ兄者、幻想郷の地図って、公式設定ある?」
「なんだ急に」
 幻想郷とは、幻コレの舞台になっている世界のことだ。日本のどこかの山奥、結界で隔離された場所として設定されている。古今東西の妖怪や妖精や神様なんかが、人間と呑気に共存している理想郷だ。設定を考えると色々怖い部分も多いんだが――。
「公式に作られた全体図は無いはずだけど、ゲームのステージ選択画面を繋ぎ合わせるとなんとなく全体像が掴めるって話はどっかで見たな」
 グーグルで「幻想郷 地図」で検索してみると、あるある、有志がゲーム画面と設定から作った幻想郷地図。想像で補ってる部分や、これから新しい設定が増える部分も多いので、確定したものではないのだが。そのへんのゆるさも幻コレの魅力だ。
「ほれ、だいたいこんな感じのはずだぞ」
 俺がPCの画面を見せると、菫子は手元のアリマリ本と見比べて、息を吐く。
「……この本のラストで見下ろした幻想郷の風景って、公式に忠実なのね?」
「ん? ああ、そうだな、そのへんはしっかりしてるぜ、その本。背景上手いしキャラも可愛いのに話がテンプレすぎるのがつくづく惜しい……ってか、どうした? お前幻コレの細かい設定やキャラにはあんまり興味ないんじゃなかったのか?」
 俺の問いに答えず、菫子は腕を組んで唸る。
「……兄者」
「何だよ」
「幻コレの製作者って個人なんだよね?」
「ああ。メディアに顔出しとかほとんどしないから、未だにどんな人なのかよく解ってないんだけどな。夏コミの会場でも狐の面被ってて売り子さえ素顔を見たことがないって噂だ。解ってるのは無類の酒好きらしいってことぐらいで――」
「――――」
「どうした?」
 ゆるゆると首を横に振り、菫子は俺の本棚から幻コレの公式書籍を片っ端から引っ張り出し始めた。それから俺の方を振り向いて、「パソコン貸して」と唐突にのたまう。
「は? なんで――」
「だって私自分用のデスクトップもノートも持ってないもん」
「スマホがあんだろ?」
「スマホじゃ幻コレできないじゃない!」
 これには俺も目が点。なんだなんだ、菫子にいったい何が起こった。そりゃ今までも幻コレの公式漫画は読んでいたが、ゲームには興味を示さなかったし、俺がこんなんだからなのか、幻コレ厨には決してなるまいとしている節があった菫子が――。
 あのアリマリ本がそんなに気に入ったのか? テンプレだからむしろ幻コレ二次創作にさほど馴染みのない菫子の心には響いたのか。確かにそういうこともあるかもしれないが。
「ほら兄者、どいてどいて」
「ちょ、待てよおい、そんな急に言われてもな」
「いいから。幻コレの一作目ってどれ?」
「幻想朱月伝だ。ってか朱月伝はけっこうむずいぞ? お前アクションゲームとかやらないだろ普段。初心者が最初にやるなら幽冥桜か封神山あたりから――」
「大丈夫なんとかなる。しばらくパソコン借りるよ」
 俺をパソコンの前の椅子から無理矢理押しのけて、菫子はゲームパッドを握った。俺はため息をついて、背後から菫子が朱月伝を起動するのを見守る。と、振り返った菫子に睨まれた。
「見られてると集中できないから、兄者は本でも読んでなさい」
「なんでお前に命令されなきゃなんねーんだよ。それは俺のパソコンだ」
「どーせニコ動見るかピクシブでえっちな絵漁るかぐらいでしょ、やることなんて。積んでる本消化すれば?」
 ああ言えばこう言う。こうなったら菫子はテコでも動かないのは、兄だから嫌というほどよく理解している。気まぐれで猫のような性格のくせに、何かに一旦のめりこむと周囲の迷惑なんぞ気にせず突っ走るのがマイシスターの悪い癖だ。いや、集中力があるという意味ではいいことなのかもしれないが。
「解った解った。詰んだら教えろ、これでもクランちゃん倒してるからな俺」
「自慢乙。私が今まで兄者に勝てなかったことがある?」
「ああそうだな、兄を立てることを知らない傲岸不遜天上天下唯我独尊な妹のせいで何度プライドをずたぼろにされたことか。お兄ちゃんは悲しいですぞ」
「立ててほしかったら人間的に尊敬できる兄になって頂戴」
「難しいこと言うなよ」
 俺がそう返したときにはもう、菫子は朱月伝のプレイを開始していた。やれやれ。俺は積んでいた夏コミの幻コレ小説本を手に、ベッドに寝転がる。
 朱月伝は五面が鬼門である。コツさえ掴めば楽なのだが、そのコツに気付くまでが厄介なのだ。菫子もおそらくそこで詰むだろうから、兄として幻コレには一日の長があるところを見せてやらねば。そんなことを思いながら、俺はその小説本を読み始めた。

「ほいクリアー」
「マジかよ」
「菫子さんにかかればこんなもんよ」
 見ればしっかりエンディングが流れている。一日の長、見せる暇なし。兄の尊厳アピールのチャンスはもろくも消え去った。
「やーでもやってみると結構面白いね。さすが一時代を築いてるだけのことはあるわ」
「だろ。……で、なんで急に幻コレやろうなんて言い出した?」
「ん? そーこはそーねー、乙女の秘密」
「なーにが乙女じゃ。意味がわからんぞ。あとアリマリなら幽冥桜をやれ」
「だから兄者と違って百合厨じゃないですから」
「じゃあ何だ。天才菫子さんはこの愚かな人類が支配する世界に絶望して妖怪の支配する幻想郷に行きたくなったのか」
「――――そうね、そうかもね」
 椅子を軋ませ、菫子は天井を仰ぐ。俺はため息。
「兄者は幻想郷に行きたいとか思わないの?」
「あー? いやあ……どうだろうなあ」
「あら、そりゃ行きたいと即答するかと思ったのに」
「いいか菫子、仮に幻想郷に行ったとしてだな。――みんなノンケだったらどうするんだ」
「アッハイ」
「俺は百合が当然である幻想郷になら行きたいが、そうでない幻想郷はごめん被る。行ってみないと解らない以上、俺は幻想郷に幻滅したくない……それならば百合色の幻想郷を描いた二次創作で充分なのだ」
「百合厨もここまでくると病気だわ」
「うるせえ」
「てゆか、公式で幻コレキャラって男にきゃーきゃー言ってるの? 違うでしょ?」
「そりゃそうなんだが」
「じゃあいいじゃん」
「そういう問題じゃない……ないんだ……」
「じゃあなんで?」
「俺の一番好きなカップリングは……公式に接点がない!」
「アッハイたいへんよくわかりました」
 俺にとっては大問題なのだが、菫子は呆れ顔でパソコンに向き直る。朱月伝の隠しステージに挑むつもりらしい。これでクランちゃんを一発で倒されてしまったら俺の苦労は何だったのだ。理不尽極まりない。
「そういや妹者」
「なに」
「例のバンドはあれからどーしたんだ」
「雷子さん? 最近レコーディングとライブツアーの準備で忙しいって。だからこうして兄者に構ってあげてるの。感謝しなさい」
「はいよ」
 隠しステージをすいすいと進む菫子のプレイを眺めながら、俺は頬杖をついて鼻を鳴らした。
 まあ、悪い虫がつく心配がないなら、それに越したことはないのだろう。たぶん。
「あれが手元にあればなー」
 菫子が不意にぼそっと呟く。
「あれ?」
「ちょっと集中するから兄者は黙って」
 口を尖らせて画面を睨む菫子。お、中ボスに苦戦してやがる。ニヤニヤと俺はそのプレイを背後から眺めているうちに、疑問は忘れてしまっていた。






【宇佐見菫子の日記――2014年5月】


<覚え書き>

 早いもので、雷子さんと出会ってからもう一年近くになる。改めて、彼女のドラムが見せたあの光景について、このあたりでまとめておこう。
 去年の秋から、雷子さんは音楽活動で本格的に多忙になってしまい、例のドラムからあの不思議な世界を見に行く機会も得られていない。
 楽器店に行って、自分でドラムをテレキネシスで叩いても、あの光景は見えなかった。とすると、雷子さんのあのドラムか、もしくは雷子さん自身に鍵があるということになる。
 メールで聞きだしたところによると、雷子さんの方は、あの光景は今も見えているらしい。それもあのドラムに限らず、スタジオ備え付けのドラムセットでも見えるのだそうだ。テレキネシスを使わなければ見えないらしいので、本番はズルができなくなったとぼやいていた。確かにライブ中にあんな光景が見えていたら、バンドのメンバーと息が合わないだろう。
 雷子さんがテレキネシスをドラムに向かって使うこと。あの光景が見える条件はおそらくそうことになる。私があのとき同じ光景を見ることができたのは、雷子さんと一緒にドラムを叩いたからなのだろうが――。
 少なくとも、私ひとりでは、あの光景を見ることはできない。
 故に、調査はそこで行き詰まるはずだった。だが――。

 幻想郷。兄者の大好きな、幻想コレクションの舞台となる世界。
 私があのとき、ドラムを通して見下ろした光景は、幻コレの世界――幻想郷によく似ていた。
 人間の里があり、深い魔力の森が広がり、大きな神の山がある。公式の正確な地理が確定していないと言っても、ファンが作った推定地図に描かれた光景は、そのまま私がドラムを通して見下ろした風景だった。
 だが、それはいったい何を意味しているのか?

 ひとつの大胆な仮説を立ててみよう。
 幻コレの製作者は、あの世界を知っている。
 幻想郷とは、架空の世界ではない。何かの拍子に垣間見える、こことは違う世界なのだ。そして幻コレの製作者は、それをモデルにゲームを作った――。
 幻コレが十年以上も新作が出続けていることも、これで説明がつけられる。
 幻コレは個人製作ゲームだ。商業展開もしているとはいえ、本人が飽きたり、ネタが尽きれば終わりである。だが、幻コレはずっと継続的に作られ続けている。製作者がそれで生活しているから、というのはあるだろう。だが――ゲームを作りながら、漫画や小説を雑誌で連載するという製作者のバイタリティは、いったいどこから生み出されているのか。
 結論は単純だ。幻コレの製作者はネタに詰まることがない。なぜなら彼――あるいは彼女は、実在する秘密の世界で起きた出来事を、そのままゲームや漫画や小説に仕立てているから!
 そう、幻想郷は実在する。もちろん、幻コレに描かれた幻想郷が、私が雷子さんのドラムを通して見たあの世界そっくりそのままだとは限らない。何らかのアレンジは当然加えられているだろう。だが――。
 製作者が表に出てこないのは、それを知られたくないからではないのか?
 彼あるいは彼女は、幻想郷を知り、ひょっとしたら幻想郷へと行き来できる存在なのかもしれない。――ひょっとしたら、私や雷子さんの同類なのかも、しれない。

 ではなぜ、彼あるいは彼女は、幻想コレクションというゲームを作ったのか?
 実在する秘密の世界を題材に作品を作り続ける、彼あるいは彼女の目的とは?
 幻コレの製作者の素性は、ググっても全く出てこない。深秘のヴェールに包まれている。
 集合知の及ばぬ領域には、大きな陰謀が隠されているに違いない!
 この点は、なおいっそうの調査と追及を要する。




<5月1日>

 きた! きたきたきたきたきたああああああああ!
 思わず顔文字つきで叫びたくなるレベルでキタコレと言わざるを得ない事態の到来だ!
 私はついに、歴史の証人になりつつある!
 世界が変わる、その瞬間に立ち会おうとしている!

 雷子さんのドラムを通してあの世界を見て以来、私は探し続けた。
 こちらから、あの世界にコンタクトを取る方法を。
 見ることができるということは、干渉することだって不可能ではないはずだ。
 降霊術、神隠しの噂のある場所の探索、その他いろいろ、この一年、私はあの世界をもう一度見るために、そしてあの世界にコンタクトを取るために、様々な手段を模索してきた。
 その一年に渡る苦労が、ついに報われた!
 いや、これからだ。これからこそが本番だ。落ち着け宇佐見菫子。
 世界を変えるのは、これからなのだ。

 さて、その経緯を記しておこう。
 私があの世界とのコンタクトに成功した、その方法――それは驚くほど原始的なものだった。
 ごくごくシンプルな降霊術――即ち、コックリさんである。
 コックリさん自体は、かなり初期の段階から試していたが、なかなか有意な結果は得られなかった。しかし、何事も諦めないことが肝心である。七十三回目のコックリさんにおいて、ついに私は、あの世界とのチャンネルを開くことに成功した。
「コックリさん、コックリさん、おいでください」
 五十音と数字、はい・いいえと鳥居を書いたあの紙に十円玉を載せて、私はそこに指を置き、テレキネシスを指先に集中させた。あのドラムがあの世界と通じたのがテレキネシスのせいならば、これで繋がるはずなのだ――。
 しかし、コックリさんの返事はない。今回も失敗か、と諦めかけたそのときである。
 私が念じてもいないのに、十円玉がゆっくりと動き始めた。
「――――!」
 息を呑む私の眼下で、私の指は――指を載せた十円玉は、勝手に紙の上を動いていく。

オ・マ・エ・ハ・ダ・レ・ダ

 十円玉はそんな言葉を指し示した。私は震える声で応える。
「わ、私は――宇佐見菫子。中学三年生の超能力者です。あなたは? コックリさんですか?」
オ・レ・ハ・ウ・ラ・ナ・イ・シ・ダ
「占い師?」
オ・マ・エ・ハ・ソ・ト・ノ・セ・カ・イ・ノ・ニ・ン・ゲ・ン・カ
 一瞬、コックリさんの言葉の意味を上手くつかみ取れなかった。
 そとのせかい――外の世界?
「外の世界……って、あなたはいったいどこにいるんですか?」
 その問いに、十円玉はゆっくりと動いて、応える。

ゲ・ン・ソ・ウ・キ・ョ・ウ

 ああ、その瞬間の私の驚きと興奮を、解っていただけるだろうか!
 あった! 幻想郷は本当にあったのだ! 私が雷子さんのドラムを通して見たあの光景は、まさしく幻想郷だったのだ!
 私は逸る鼓動を抑え、深呼吸して応える。
「あなたは、幻想郷の住人なのですか?」
ソ・ウ・ダ
 そこで十円玉はちょっと逡巡するように止まり、また動き出す。
ニ・ン・ゲ・ン・ノ・サ・ト・ノ・エ・キ・シ・ャ・ノ・デ・シ・ダ
 ――人間の里の、駅舎の弟子? いや違う、易者か。占い師と言っていたし。
 何にしても、これは向こうの人間からのコンタクトだ。
 あるいはひょっとしたら、人類と幻想郷のファーストコンタクトかもしれない!
「コックリさん……いえ、易者さん。教えてください」
ナ・ニ・ヲ・ダ
「幻想郷のことを。あなたの住んでいる世界のことを――何でも」
イ・イ・ダ・ロ・ウ
 思いがけずあっさり承諾。キタコレ、とはまさにこういう時に使うのだろう。たぶん。
タ・ダ・シ
「ただし?」
 やっぱり何か代償でも支払わないといけないだろうか、と私は身構える。
 だが、返ってきたのは思わぬ言葉だった。
オ・レ・ニ・モ・ソ・ト・ノ・セ・カ・イ・ノ・コ・ト・ヲ・オ・シ・エ・ロ
 ――俺にも外の世界のことを教えろ。
「お安い御用!」

 かくして、私と易者さん(仮)の間で契約は成立した。
 私は易者さんに、この世界の情報を。
 易者さんは私に、幻想郷の情報を。
 コックリさんの紙を使っての伝達には時間がかかるが、なんと有意義な時間だろうか!

 易者さんとの情報交換で得た情報については、ここには詳述しない。
 これは私の切り札だ。この情報だけは迂闊に書き残すわけにはいかない。
 それに、今日はテレキネシスの長時間使用で疲れてしまい、情報交換を途中で切り上げることになってしまった。明日以降も、易者さんと上手く繋がれれば、継続的に情報交換を行うという約束を交わした。
 ああ、これからの放課後がなんと楽しみなことだろう!
 ネットの集合知に勝る情報を、私は手にするのだ!




<5月20日>

 この日記は、後から記憶を頼りに書いている。
 なぜなら、これこそが、私が世界を革命しようと思い立った動機だからだ。

 易者さんとのコックリさんでの情報交換は、非常に有意義に進んでいた。
 私は色々な話題を提供したが、彼の関心は主に、この世界での人間そのものの有り様にあるようだった。
 なお、易者さんの発言を全てカタカナで書くのは面倒なので、以下、普通に記述する。

『外の世界では、人間は自由なんだな』
 何回も彼と話しているうちに、紙の上を走る十円玉の動きにも、なにか感情のようなものが見て取れるようになった。今のゆったりした動きは、どこか寂しげである。
「自由、かなあ。未来はお先真っ暗ですよ。経済は行き詰まってるし、社会福祉は破綻寸前だし、明るい未来なんてどこにもないから」
『それは、幻想郷も同じだ』
「そうですか?」
『俺たちは家畜だからな。妖怪を畏れ、妖怪に支配されるだけの存在だ。幻想郷は全てを力で解決する。だから力なき大多数の人間は妖怪に勝てず、社会の仕組みは変わらない』
「こっちも似たようなものですけどね。資本主義の奴隷になるしか生きていく術はなく、民主主義という多数決で一個人の価値は極限まで薄められ、個人の力で世界は変えられない。資本主義と民主主義っていう妖怪に支配されてるようなものです」
『だが、お前たちは嫌気がさせばそこから脱出できるだろう。俺たちにはそれもできない。一生をこの人間の里に縛りつけられて生きていくしかない。今日も明日も明後日も、同じ連中と同じ毎日が永遠に続くんだ。死ぬまでな』
「…………」
『そちらに行ってみたいな』
「来ればいいじゃないですか。こうして話もできるんですし」
『これは、俺の力ではない。お前がこっちに干渉しているんだ』
「そうなの?」
『お前は魔力で占いをしているだろう』
「あー、はい、確かに占いですけど……魔力じゃなく超能力です」
『それが外の世界の魔力なんだろう。お前の魔力が博麗大結界に干渉し、俺の占術に共振しているんだ。おそらくな』
「易者さんは、その世界から出られないんですか」
『内側の普通の人間には、博麗大結界は決して超えられないし、超えてはならない』
「どうして?」
『そっちでも、家畜は柵に囲って閉じ込めるだろう。俺とお前は今、柵を挟んで話しているだけで、内側から柵を越える手段はないんだ。それができたら家畜の意味がない』
「…………」
『なあ、菫子といったな』
「なんですか?」
『俺たち幻想郷の家畜を閉じ込める柵は、内側からは開かない。だが――外から壊すことは、おそらくできる』
「……なんですって?」
 私は目を見開いた。
『お前が今こうして、結界に干渉しているのが、その証拠だ』
「――――」
『博麗大結界を、壊してみる気はないか』

 あまりに唐突な易者さんの申し出に、私は呆気にとられていた。
 この人は、なんてとんでもないことを言い出すのだろう。
 異世界とこちらを隔てる結界を破壊する?
 そんなことをしたら――いったい何が起こるというのだ。

「結界を……そうしたら、いったいどうなるんですか」
『さあな』
「さあな、って」
『俺にも解らん。ここの妖怪どもがそちらで暴れ出すのか、それともそちらの論理に呑み込まれて妖怪どもが消え失せるのか……』
「――――」
『だが、この世界が変わるのは間違いない。あるいは、お前たちの世界もだ。どうだ』
 これは冗談なのだろうか。
 それとも、彼は本気なのだろうか。
 わからない。私にはわからなかった。
 そこまでして――本気で、世界を変えたいと願うのか?
 私は本当に、この世界を変えたいと思っているのか――?
『……冗談だ』
 しばらくの沈黙を挟んで、不意に十円玉はそう告げた。
『本気にしたか』
「……易者さん」
『なに。退屈しのぎの軽い冗句さ。本気でそんなことを企んだら、妖怪の賢者に殺される』
「…………」
 そう、ここで手を引くべきだったのだろう。
 私は、ここで全てを忘れるべきだったのかもしれない。
 だけれど。
「……結界は、本当に壊せるんですか?」
 私は、冗談めかして、そう訊ね返していた。
『完全破壊は難しいだろうが、お前ひとりがこっちに来るぐらいなら、おそらく簡単だ』
「――――なんですって?」
『外の人間は、たまに迷い込んでくる。意志のない物体はもっと簡単に流れ込む。博麗大結界は、常識の結界だからだ。常識を踏み破れば、案外簡単に越えられるはずだ』
「常識?」
『そちらの世界には、妖怪や妖精や八百万の神は存在しない、そうだな?』
「……そうですね。空想の中の存在です」
『お前のような、結界に干渉する魔力を持つ者も、ほとんどいないんじゃないか』
「――はい」
『なら、お前は元からこちら寄りの人間なんだ』
「――――」
『来たければ探せ。お前の魔力があれば、見つけられるはずだ。世界に張り巡らされた結界を。そんなにいい世界じゃあないが、お前みたいなのには、こっちの世界の方が居心地がいいのかもしれん。俺には退屈地獄だがな。――お前が羨ましいよ』
「易者さん……」
『お前と話をするのも、これが最後だ』
「――えっ?」
『結界が完全破壊されない限り、俺はこの世界から出られん。お前からどれだけ外の世界の話を聞いても、俺には届かぬ夢だ。――だからもう、辞める』
「そんな……そんなつもりは」
『別にお前を責めてるわけじゃない。いや、むしろ感謝している。外の世界の話、面白かった。お前の話のおかげで、俺は初めて、何かを夢見ることを知った気がする。この未来の決まり切った世界で……。たとえそれが、決して届かない夢だったとしてもだ』
「…………」
『俺自身が、自分を退屈に縛りつけていたんだ。俺はこの世界で、俺なりに希望を探してみようと思う。世界の境界は越えられなくても、別の境界なら踏み越えられるはずだ。そこにはきっと、今とは違う世界が見えるはずだ――』
 それは、まるで私自身のことを言っているようだった。
 そうだ、私だって同じだ。この世界が退屈で仕方なくて、だけどそう考えることで世界を退屈なものにしていたのは私自身だった。
 私は、自分で探し出さなければならない。
 私の希望を。私の夢を。この情報社会で失われた幻想を。
 だから私は、こんなにも幻想郷に心惹かれるのだ――。
『宇佐見菫子。話し相手になってくれたこと、感謝する』
「……こちらこそ、易者さん」
『結界を見つけたら、この世界に遊びに来てくれ。そのときの俺はもう、人間の里の占い師ではなくなっているだろうけどな』
 ――それが、彼と交わした言葉の最後だった。

 そうだ。私は世界に希望を取り戻さなければならなかったのだ。
 集合知が生んだ絶望。幻想を殺し続ける科学の野蛮に、私は挑まなければならない。
 この、科学も集合知も及ばぬ力を持った私の使命は、まさにそれなのだ。

 私は、世界を変えてみせる。
 中学生に世界は変えられない。そんな常識を打ち破ってみせる。
 私のために世界を面白くするのではない。
 世界を面白くするために、私がいるのだ!

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

この小説へのコメント

  1. まさか、易者が霊夢に割られたのは菫子が遠因だったなんて…(笑)

  2. 易者って、鈴奈庵のキャラですよね!?
    うわぁ〜そうきたかぁ〜w

  3. ほえー。ここであの人が出てくるとは予想外。これは面白いですね。

  4. 易者の‘弟子’を名のった正邪か?コックリサンと同系の道具で話したのか?

一覧へ戻る