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こちら秘封探偵事務所外伝   宇佐見菫子の革命   宇佐見菫子の革命 第1話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所外伝   宇佐見菫子の革命

公開日:2018年05月12日 / 最終更新日:2018年05月13日

宇佐見菫子の革命 第1話
【秘封倶楽部活動日誌――2015年5月】


 ついに、人類の歴史が変わる日がやって来た!
 私はこれより、この世界に張り巡らされた結界を暴き、新たな世界へ踏み出すだろう。
 科学という欺瞞が封じ込めた深秘の世界。この科学世紀に遺された最後のオカルティズム。
 失われた幻想が息づくその世界の門を、私は開く。
 この東京の地は、世界が幻想を取り戻す、新世界のグラウンド・ゼロとなるだろう。
 車に乗った仮面ライダーに倣って言うなれば、幻想世紀(グローバル・ファンタズム)の始まりだ!

 そう、我々人類は幻想を忘れすぎた。
 科学という暴力は、あらゆる幻想を合理性の名の下に切って捨てた。全ての幻想は、フィクションと冗談とトンデモと疑似科学の名の元に封じられた。
 この科学世紀に夢はない。9・11に始まったテロリズムと報復の連鎖、リーマンショックに端を発する世界的経済恐慌、そして四年前の大震災と原発事故によってこの国を覆った暗雲。否! 私たち千年紀の子供たち(ミレニアム・チルドレン)から夢を奪ったのは、決してそのような散文的事実ではない!
 加速度的に増加する情報。氾濫する無数のコンテンツ。私たちにはあらゆるものがあった。望む情報はGoogleで検索すれば即座に手に入る。膨大な情報資源は私たちの時間を押し流し、私たちにあらゆることを教えた。望むと望まざるとに関わらず。
 サンタはいるかもしれない。ヒーローはいるかもしれない。プリキュアになれるかもしれない。情報の洪水は私たちの夢を容赦なく押し流す。真実のようなものがあまりに容易く手に入る世界において、幻想を信じ続けることはあまりに困難だ。
 サンタはいない。ひとりのヒゲオヤジとトナカイが一晩で世界中を回れるはずがない。
 ヒーローはいない。変身も必殺技も巨大ロボットも現代科学では成立しない。
 プリキュアにはなれない。人々の夢や希望を奪うわかりやすい敵は存在しない。
 科学的論理的思考とGoogle検索結果によって、私たちの夢は殺され続ける。
 幻想は果てしなく切り捨てられていく。その中で幻想にすがりついて生きていくには、現実世界を切り捨てるしかない。現実とフィクションを峻別し、フィクションの世界に遊ぶことを能動的に選択する以外にない。
 私たちの夢は、現実の内側にあるフィクションという殻の中にしか生きられない。

 私は問おう。君に今敢えて問おう。
 どうして現実とフィクションが等価であってはならないというのか!
 否、むしろ現実などよりも、フィクションの方が遥かに価値があろう!
 そこには夢がある! 希望がある! 未来がある! それのいずれがこの現実にあろうか!
 作り物の世界。ヴァーチャルという名の偽者。大人は笑う。フィクションを笑う。無価値な現実こそが価値であると信じてすがって生きている。それこそがこの世界で最大のフィクションでしかないことに、なぜ気付かない!
 夢も希望も未来もない世界に、我々子供たちがすがりつく理由など、どこにもない!

 なればこそ、我々が選ぶべき道はひとつである。
 現実とフィクションを等価にしなければならない。
 我々は、フィクションを現実化しなければならない。
 現実に侵食するフィクション。仮想による現実の下克上。
 それこそが科学世紀に夢を、希望を、未来を取り戻す唯一の術である。
 我々は今こそ声をあげねばならない。
 作り物の世界の夢が現実に存在しないなら、現実の方が間違っているのだ、と!

 現実化する幻想。
 この現実に共存する幻想。
 まずはそこからだ。世界に幻想を馴染ませなければならない。
 そして私は、この世界の裏側にある幻想を知っている。
 それこそまさしく、現実と等価たり得る物語。
 現実に打ち勝ちうる、現代に封じられた幻想だ。

 私はこの世界に幻想を取り戻す。
 結界の裏側に封じ込められてしまった、忘れ去られた幻想の世界を。
 全ては、ここから始まるのだ。

 私の名は宇佐見菫子。2000年1月1日生まれ、華の15歳。
 東深見高校一年にして、オカルトサークル《秘封倶楽部》初代会長。
 その名は今後、永遠に歴史に刻まれるだろう。
 この世界の裏側にある、幻想の世界を見つけ出した、幻想世紀の創始者として。
 その礎となれるならば、私は己の死さえも厭わないだろう。
 この世界には、夢も希望も未来も、既にないのだから。

 世界に張り巡らされた未知の結界。
 その裏に隠された魅知の世界の名は――幻想郷。







【宇佐見薫、妹を語る――2013年4月】


―1―

 俺の妹がこんなに可愛くないわけがない。
 三歳下の中学二年生になる我が愚妹、いや賢妹、菫子のことである。
 賢妹、というのは決して褒め言葉ではない。いや、マイシスターがこの兄よりも数段頭の出来がいいのは間違いない事実である。そこそこの進学校で、のんべんだらりとした高校生活を送るこの兄であるが、妹はおそらく中学二年になった今の時点でうちの高校を受験しても合格するだろうし、五年後にはおそらく兄には到底手の届かないこの国の最高学府に現役で合格しているか、あるいはそれ以前に海の向こうの超一流大学に引き抜かれるかもしれない。
 頭脳、明晰すぎるほどに明晰。容姿はまあ、身内の贔屓目を踏まえてもそう悪くはない方だろう。運動神経、パッと見は抜群。どこまでが妹の本当の身体能力なのかは甚だ怪しいが――。まあともかく、有り体に言って妹はスーパーマンである。いやスーパーウーマンと言うべきか。天才、神童、まあ呼び名はなんでもよろしい。両親にとっては自慢も自慢、優秀な学者を多数出してきたという宇佐見家の期待を一身に背負って立つと言っても過言でない。
 マイシスター菫子は賢妹である。賢すぎるほどに。
 それ故に、我が妹は可愛くない。
「兄者ー、これの続きってまだ出てないの?」
「何だよ。つーか俺それまだ読んでねーのに勝手に読むな!」
「もう読んじゃったもんね。なんか他に最近で面白いのない?」
 俺のベッドに寝転んで、人のラノベを勝手に読んでいた妹は、そのまま勝手に人の本棚を漁り始める。ニコ動で実況動画のシリーズを見ていた俺は、ため息をついて妹に向き直った。
「ヒマそうだな、お前」
「春休みとはいえ昼間からニコ動見てる兄者に言われたくないなあ」
「お前だってラノベ読んでんじゃねーか。何かやることねーのか。友達とカラオケ行くとか買い物行くとか、休みにうきうきするようなかわいげが」
「うきうきどころか、あと二年も低レベルな義務教育と低レベルな同級生に付き合わなきゃいけなくてブルーな菫子さんの苦労は、凡人の兄者には解らないのね。ああ、天才は辛いわ」
「勝手に言ってろ。天才なら天才らしくもうちょい高尚な読書でもしてろよ」
「やーよ、国語の教科書に出てくるようなのなんてつまんなーい。その点ラノベはいいわー。現代人の快楽原則が詰まってるもの。知的興奮を度外視した読書は気持ち良くなきゃ」
「左様で」
「兄者の方こそ、凡人が凡人らしいものばっかり読んでたら凡人以下にしかなれないわよ」
「凡人凡人うるせーよ!」
「怒らない怒らない。別に馬鹿にしてるわけじゃないんだから。むしろそんな凡人な兄者のことを大切に思ってるのよ、菫子さんはね」
「……何だよ」
「天才は凡人が傍にいてこそ引き立つんだもの。モーツァルトとサリエリのごとく」
「さっさと自分の部屋に帰れ!」
 ――全くもって、可愛くない妹である。
 一事が万事、この調子。口が減らないというか、言い合いになったら凡人の俺が勝てるわけもなく、この賢妹の前に兄の威厳なんてものは生まれたときから存在しない。菫子にとっての俺は、体のいいラノベと漫画の供給源なのだろう。
 ため息をついて、俺はPCの画面に向き直る。中学入学時に買ってもらい、五年も愛用している、最近挙動がちょっと怪しくなってきた自分専用のデスクトップマシン。もちろんネットにも繋がっているわけで、本当に無限に時間が潰せる。成績が落ちれば取り上げられるという約束で、既に何回か取り上げられかけているので、こればかりにかまけてもいられないのだが。
 画面に視線を戻していた時間は一分にも満たない。そしてその間、部屋のドアが開け閉めされる音はしなかった。動画の再生は終わっていたから、その音に紛れたわけではない。ヘッドホンもつけていない。俺の部屋のドアは開け閉めするときどうしても音が鳴る。聞き漏らすはずはない。なので、物理的にはどう考えても、妹はまだ部屋の中にいるはずだった。
 だが、俺がもう一度振り返ると、既に部屋の中に、菫子の姿はなかった。
 ――あいつ、俺の前だからってまーた横着しやがって……。
 眉を寄せながら本棚を見ると――俺が楽しみにとっておいていたシリーズの最新刊がしっかり消えていた。あいつ、ついでに持っていきやがったな。あーもう。がりがりと頭を掻いて、俺はベッドに大の字になって身体を投げ出した。

 宇佐見薫という、性別不詳の自分の名前は、正直あまり好きではない。
 いや、それでも何かと話題のキラキラネームの類いよりは随分とマシだと思う。そのへんは常識的な親の下に生まれたことを感謝したい。したいのだが、兄が薫で妹が菫子ってのはもう少し字面を考えてほしかった。似すぎだろう、常識的に考えて。
 そして字面のわりに、似ていない兄妹だとよく言われる。見た目も、頭の出来も。
 全く、余計なお世話だ。
 だいたい、俺と妹は決定的に、あまりに決定的に違いすぎる部分がひとつある。
 性別ではない。性格でもない。趣味嗜好とかそういうレベルの話ではない。
 人間としての――特別性が、あまりに違いすぎる。
 俺は文字通りの凡人だ。だが、妹は――菫子は。
 どうも、超能力者であるらしいのだ。




―2―

 超能力と一口に言っても、種類は色々である。それを全て超能力でまとめてしまうのは、ページを写真に撮ってTwitterに上げて「最近のラノベ」と草を生やすがごとし乱暴な行為に違いない。親がゲーム機を全てファミコンと呼ぶような、という例えも見るが、うちの親はちゃんと区別はつけている。いつの時代の話だろう。都市伝説の類いだろうか。
 手を触れずに物体を動かす、念動力(テレキネシス)。
 相手の心を直接読み取る、精神感応(テレパシー)。
 二点間を瞬時に移動する、瞬間移動(テレポーテーション)。
 念じるだけで火をつける、念力発火(パイロキネシス)。
 物理的に見えないものを知覚する、透視(ESP)。
 物体から残留思念を読み取る、サイコメトリー。
 観念を写真や映像に投影する、念写。
 そして、未来を知る予知能力。
 主要な超能力といえば、おおよそこのあたりであろう。もう少し細かく見れば、自分自身ではなく物体を瞬間移動させるアポートや、遠くの出来事を知る千里眼もこれらの分類の亜種として挙げられるはずだ。
 さて、それでは我が妹、宇佐見菫子はどのような超能力者なのか。
 妹は己の能力を家族にすら打ち明けていない。なので、これは兄の立場からの観察に基づいた推定であり、正解とは限らない。正解を知るには本人の自己申告を待たねばなるまい。
 それでも、十年以上一緒に暮らしていれば、ある程度の見当は付く。妹自身は巧みに隠しているが、油断した瞬間を目撃する機会はあるものだ。ひょっとしたら菫子の方から、匂わす程度に俺にちらちら見せている可能性も否定できなくはないのだが――。

 まず第一に、念動力。これはほぼ確定だ。妹はおそらく、かなり強力な念動力を持っている。
 傍証はいくつかある。両親の出かけた休日、居間でひとりでテレビを見ていた妹が、リモコンに触れもせずにチャンネルを変え、音量を上げるのを偶然見たことがある。これだけでも妹の持つ念動力の精密さがよくわかるというものだ。
 あるいは年末の大掃除で、やたらと妹は掃除が速い。力を込めて動かさなければならないような机や本棚の裏まで、その細腕では不可能なぐらいの速さで掃除してしまう。机や本棚を念動力で動かしているとすれば、これも容易に説明がつく。
 俺が自分で見て記憶しているもので、一番決定的なのは、神宮球場に従兄弟の応援に行ったときだろう。内野スタンドにいた俺たち兄妹のところへ飛んできたファールボールが、明らかに不自然な伸び方をして俺のかなり後ろに跳ねた。まっすぐ飛んでいれば、俺か菫子に当たっていたはずだ。妹は「危なかったね」と涼しい顔で言っていたが、あれは絶対に妹が念動力でボールを動かしたに違いない。
 さらに言えば――俺もさすがによく覚えていないのだが、母によれば妹が幼稚園の頃、我が家ではポルターガイストめいた現象がときどき起こったのだという。妹と両親が眠る寝室で、電灯が揺れたり、箪笥の引き出しが勝手に開いたり、押し入れから使っていない枕が転がり出てきたり――といった調子で。妹が小学校に上がる頃には完全に収まったそうだが。これも、妹がまだ幼くて能力を制御できていなかったため、と考えれば納得がいく。
 そしてまた、妹は幼い頃から活発に走り回り、勢い余って階段や段差から転げ落ちたことも何度もあるというが、いずれも不思議と無傷で済んでいる。両親は何か神様がこの天才児を守ってくれているみたいに考えているようだが、それもおそらく念動力の一環だ。無意識にか、衝撃から念動力で自分の身を守っているのだろう。ひょっとしたら舞空術のように、念動力で空を飛ぶことさえできるのかもしれない。妹ならやりかねない。
 とはいえあくまでどれも状況証拠であり、気のせいだと言われれば説得する言葉はない。さすがに妹の念動力を確かめるために頭上から鉢植えを落としたりするほど残酷にはなれないし、兄として妹にそんな力があってかつ隠しているなら、それを暴き立てたいとも思わない。
 妹の超能力を明らかにして、そのおこぼれで有名になる――という誘惑に一度も駆られなかったと言えば嘘になる。妹が有名になれば自慢できるしテレビにも出られるかもしれない、というのはなかなか魅惑的ではあった。だが――やたらと出来のいい妹を持った凡人の兄は肩身が狭いのだ。両親は妹が幼稚園に通う頃から、既に俺にはほぼ見切りを付けて、妹にばかり期待を寄せていた。優秀な両親は、俺と妹の頭の出来の違いを幼い頃から完全に見抜いていたのだ。その読みはあまりに的確で、兄はそこそこの優等生止まり、妹は希代の天才で神童とくれば、全く兄の威厳などあったものではない。わざわざ妹をこれ以上俺がちやほやしてやる義理もないのである。
 ――ともかく、細々とした状況証拠を挙げていけばキリがないが、妹が念動力を持っているのはほぼ間違いない。これは十年以上にわたる兄としての観察から得た、確信だ。

 第二に、瞬間移動。これもまた、妹はかなりの高確率で持っているはずだ。
 今さっき、俺の部屋から音もなく消え失せたのだって、おそらく隣の自分の部屋まで瞬間移動したのに違いない。妹はときどき、そんな風に無防備に俺の近くで能力を使う。わざと俺に気付かせようとしているのかもしれない。
 これまた菫子がテレポーテーション能力を持つ傍証をいちいち挙げていけばキリがないので省くが、妹の振るまいの観察から、妹の持つテレポーテーション能力にはいくつかの制約があることが推測できる。
 まず、移動距離にはおそらくかなり厳しい制限がある。家から学校へ、レベルの距離の移動でさえも不可能のはずだ。それが可能なら横着者かつ友達の少ない妹だ、学校への行き帰りは瞬間移動で済ませるはずだが、妹はちゃんと徒歩で登下校している。俺と菫子が三月まで通っていた中学校と小学校は近所にあって、途中まで通学路が一緒なので、自然と朝は一緒に行くことになるし、妹が瞬間移動できるという可能性に思い至って、妹の下校を尾行したことも何度かある。いずれも気付かれていた可能性はあるけれども――。
 決定的なのは、二年前の夏、父が休日出勤の仕事先で倒れて病院に担ぎ込まれたときだ。俺は家にいたので母と一緒に車で病院に行ったが、遊びに出かけていた妹にはケータイで伝えた。あのとき菫子は、自転車を漕いで汗だくで病院にやって来たのだ。長距離の瞬間移動が可能なら、間違いなく妹はそれを選んだはずだ。
 つまり菫子のテレポーテーションは、かなり近距離の移動のみに限られている。ただ、俺の部屋から隣の自室へ直接移動できるようなので、障害物の有無は問わないようだ。ついでに言えば、妹の身体に触れているものもちゃんと一緒に転移する。ということは盗みも容易く、完全な密室殺人も夢ではない。悪用しようと思えばいくらでも可能ということになるのだが……どうも犯罪行為に使用している気配はない。節度とプライドを持って能力を使っているということなのだろうか。いや、それは身内の贔屓目で、本当はあちこちで悪事を働いているのかもしれない。何にしても、妹の考えていることはよくわからない。

 ともかく、以上ふたつの能力の存在は、ほぼ間違いない。他に、ババ抜きや神経衰弱が異様に強いのは透視かテレパシーの可能性が高いが、こればかりは観察から確かめるのは難しい。物体だけを瞬間移動させるアポートは、テレキネシスと区別が難しい。パイロキネシスやサイコメトリー、念写、予知などは、もし持っているとしても今のところ確証を掴めてはいない。無いことの証明は難しいのだ。
 まとめると、我が妹、宇佐見菫子が可能なことだと判明しているのは、
 一、大きな物から小さな物まで動かす力だヤンマーディーゼル、じゃないテレキネシス。
 二、短距離限定のテレポーテーション。
 のふたつである。それぞれの詳細や他の能力の有無については、より一層の観察と研究が求められる。妹にキモいと思われない範囲で。
 生意気で賢しらで自分勝手な可愛くない我が妹だが、キモいと思われたくはない。シスコンだとも。兄としてのなけなしの尊厳は、大事にしていきたいのである。
 そんなものはとっくに無いと言われれば、返す言葉はないのだが。




―3―

 俺が妹に妙な力があると気付いたのは、小学校の頃のことだ。
 物心つくかつかないかの頃から、妹は既に賢しらだった。自分が特別であるという自惚れ、あるいは自覚が、小学校に入学する頃には、既に菫子にはあった。そしてその特別性の正体は隠蔽するにしくはない、という認識も。だから俺も、妹は単に頭が良くて生意気なだけなのだと、しばらくはそう思っていた。
 おそらく、両親は菫子が超能力者であることも知らない。
 いや、表向きそれについて家族で話し合ったことがないというだけで、あるいは両親もさすがに薄々勘づいてはいるのかもしれない。だがいずれにしても、妹はまだ小学生になったばかりの頃から、己の能力を隠すことを既に覚えていた。
 果たして、妹の能力を知っている人間は、俺の他にいるのだろうか。
 妹の人間関係を当然把握しきれなどしない俺には、知るべくもないが――妹はどうも友達が少ないようなので、ひょっとしたら本当に、俺しか知らないことなのかもしれない。

 そんな妹なので、いったいいつからそれらの能力が目覚めたのかは俺にも解らない。先に述べたポルターガイストが妹の能力のせいなら、幼稚園の頃からということになるが。
 一応断っておくが、宇佐見家の先祖にも母方の家系にも、超能力者がいたという話は聞かない。もちろん俺も両親も平凡な一般人である。妹の能力は完全な突然変異のはずだ。
 それにしても――なぜ、うちの妹だったのだろう?
 もしこれがどこかの神様の仕業なら、もう少し与える相手を考えて欲しかった。
 天は二物を与えず、なんてのは嘘っぱちである。妹の頭脳を俺に寄越して欲しかった。試験勉強中、切実にそう思った回数は、数え切れない。いやホント。

「ただいま」
「あ、おはえり兄者」
 二年になって文系と理系に分かれ、新しいクラスで早速親しくなれそうな相手も見つかった。環境が少しばかり変わるというわけで、それなりに気分は高揚していた。だからリビングのソファーでだらしなく寝転がってポッキーを囓りながらスマホを弄っている普段通りの妹の姿に、急に日常に引き戻された気がして、俺はため息を漏らす。超能力者なら非日常の方を見せてくれないものか。ラノベ主人公みたいな度胸はないが。いやそれは自慢にもならない。
「菫子、お前さあ」
「なに、兄者」
「華の女子中学生ともあろう者が半ドンの始業式の午後に家でゴロゴロしてるってのはどうなんだ、青春的な意味で」
「兄者に言われたくないなあ。新しいクラスでも幻コレ仲間はできた?」
「うるせー」
 冷蔵庫からコーラを取りだしてコップに注ぎ、自室に向かう。PCを立ち上げ、ニコ動で幻コレ動画をチェックしていると、いつの間にか妹が部屋に入ってきていた。また瞬間移動か。
「兄者こそ帰ってきて真っ先にやることがニコ動ですか」
「黙れマイシスター」
「もう高二なんだから、いい加減彼女のひとりぐらい作ってくれないと、妹としても安心できないんですけど。そのうちネトゲとニコ動だけが生きがいの引きこもりのニートになっちゃうんじゃないかと。あ、前半はもうそうなってるか」
「だから黙れっての。母さんみたいなことお前にまで言われたくねーよ。お前こそ友達のひとりぐらい作れ」
「私が友達にする価値のある相手が中学にいたら、ね」
 なんという傲慢。菫子はまた俺の本棚から勝手に漫画を取りだして読み始める。こないだ出たばかりの『幻想菜沙堂』の一巻だ。
「お前、本編ゲームはやらないくせに漫画や小説は好きだよな、幻コレ」
「アクションゲームって面倒じゃない。漫画は民俗学ネタ多いから好き」
「さよで」
「兄者はどーせこの民子さんみたいな、おっぱい大きくてなんだかんだ甘やかしてくれそーなお姉さんキャラが好きなんでしょ?」
「知ってるか妹者。実妹がいる奴は姉好きに流れやすい。これは現実を知っているからだ」
「はいはい、どうせ可愛くない妹ですわ。なに、それとも『お兄ちゃん』って呼ぼうか? それとも『兄や』? 『兄チャマ』? 『兄くん』? どれがいい?」
「シスプリか? そんなオッサン向けの化石ネタ出されてもなあ。だいたい俺はモブ男×幻コレキャラじゃなく百合が好きだってつってんだろ。民子さんは菜沙ちゃんとちゅっちゅしてればよろしい」
「はいはい知ってます。来月の例大祭行くんでしょ?」
「当然」
「えっちな本の年齢確認に引っかからないよーに気をつけてよ、妹として恥ずかしいから」
「だーまーれー」
 幻コレ――幻想コレクションについては、詳しい説明は不要だろう。ま、簡単に言えば、もう十年以上続いてる個人製作の同人横スクロールアクションゲームである。ステージボスは古今東西の妖怪や妖精、神様なんかをモチーフにした少女で、自機は作品によって微妙に変わるが、妖怪退治が仕事の巫女と魔法使いのコンビが共通の主人公だ。退治した妖怪は主人公のコレクションに加わり、その妖怪の力を借りてステージを進めていく。ものすごく大雑把に言えば、マリオとロックマンとカービィを足して三で割ったようなゲームである。ロックマンの動作がマリオ並に軽快になり、カービィのように空も飛べる――と考えてもらえればいい。そのぶん敵の攻撃が激しくステージのギミックも毎回凝っていて、難易度は高い。
 番外編の格闘ゲームなども含めるとだいたい年一作のペースで新作が出続けており、同人作品だが商業誌でも小説や漫画が連載されている。原作者が二次創作に対して非常に寛容なのもあり、同人ジャンルとしても男性向けでは一、二を争う規模を誇る。俺が知ったのはニコ動からなのだが、今ではちゃんと原作は一通りやったし公式書籍もだいたい集めた。出会いは小学生のときだから、もう幻コレに出会ってから五年以上と思うと、思えば遠くになんとやら。同人誌ももっと買いたいのだが、高校生の小遣いに薄い本はなかなか厳しいのだ。
「ま、今じゃ小学生も妖怪をコレクションする時代だもんねえ」
「お前の小学校の同級生にもニコ厨いっぱいいただろ」
「そりゃもう。兄者みたいな幻コレ厨も多いよー」
「俺がニコ動で幻コレ知ったのも小六のときだかんなあ」
「でもあいつらってさ、幻コレの民俗学的な面白さについて話しても全然解ってくれないからつまんないわー」
「そりゃ解るのお前だけだ。幻コレ板の民俗学スレにでも行け」
「兄者もそのへんもーちょっとWikipediaででも勉強したら? 楽しくなるわよ」
「薄い本作るわけじゃないしなあ。元ネタWiki見るのは面白いけどさ」
「作ればいいのに」
「絵が描けん」
「小説本って手もあるんじゃないの?」
「…………」
 実は、中学の頃に幻コレSSを書いて投稿サイトの幻想創話集に投稿したことがある。結果は当然ながらほぼ黙殺。三つほどついたコメントもお世辞にも賞賛とは言い難かった。そいつは今もあのサイトの片隅に眠っている。正直恥ずかしいので消したいのだが、パスワードを忘れてしまってはどうしようもない。
 今も妄想はいろいろ頭の中にあるのだが、あのときの高揚からの落胆がわりとトラウマになっている。自分のブログにでも載っけていれば無反応でも耐えられたかもしれないが、あのサイトでは他の作品にたくさんコメントがついているのが数字で明瞭に示される。自分が書いたものが他の作品の中に埋もれ、物寂しい点数によって誰にも必要とされていないというのを突きつけられるのは、結構しんどい。
「小さい頃、兄者とぬいぐるみでお話作って遊んだよね」
「急になんだよ」
 確かにまだ菫子が幼稚園児だった頃、ぬいぐるみ遊びをしていた記憶はある。ぬいぐるみにそれぞれ性格と人間(?)関係を設定して、ちょっとしたお話を作って遊んでいた。あの頃の菫子は無邪気で可愛かったなあ、と思わず遠い目。
「兄者にはなんか、そういう素地があるんじゃないの。お話を作る素地が」
 ――それがあったら創話集で五百点にも届かない結果に終わるかよ。そう言いたいけれど、菫子に言っても詮無いことである。
「菫子」
「なに?」
「お前の魂胆は解っているんだぞ。俺をおだてて薄い本を作らせ、いずれそれが黒歴史になったとき俺の弱味を握ろうってことだな?」
「さすが兄者、妹のことをよくわかってらっしゃる!」
「喜ぶな!」
 からからと笑う菫子に、俺はただ呆れてため息をつくしかなかった。

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この小説へのコメント

  1. 秘封探偵事務所本編とは随分違ったテイストの、正しく外伝って雰囲気ですね。それでも菫子の口調に遠戚の蓮子に似た部分が垣間見えるのは、宇佐見家の血は争えないってことなんでしょうか。
    菫子の歴史が未来である紅魔郷編第1話にどう繋がる(?)のか、楽しみです!

  2. お疲れ様です。
    ① マリオとか神宮球場とか出して 幻想コレクション(ゲーム)は実在しないのか…(マイナーなだけ?)
    ②ヤクルトの従兄弟が有名な人なら 薫はそこも気にしているのだろうか。 鍵となるのか楽しみにしてます。

  3. 読みたいと思っていたのでとても嬉しいです。
    今後どうなるのか楽しみです。

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