東方二次小説

楽園の確率~Paradiseshift.第6章『パラダイスの格率』   パラダイスの格率 第9話

所属カテゴリー: 楽園の確率~Paradiseshift.第6章『パラダイスの格率』

公開日:2018年08月20日 / 最終更新日:2018年08月20日

パラダイスの格率 第9話
楽園の確率 ~ Paradise Shift. 第6章
パラダイスの格率 第9話



 天蓋に光を満ちさせた鬼一法眼がのたまう。
「諸々よ、我が威光の前にかしずけ、天道我にあり――」

 白狼哨戒団の千里眼を通した状況ばかりでなく、天蓋に溢れた光を妖怪の山から認識していた神奈子は、出立準備を伝えに来た三尺坊に問う。
「三尺坊殿、これが?」
「サナート・クマラの天道力。天蓋より星々の瞬きを集めて下す。まあ、オカルトですな」
 ただでさえ尋常ならざる験力の持ち主であるうえ、これがゆえに、鬼一法眼は最も恐れるべき相手。しかし三尺坊は淡々と神奈子に答えた。
「と言う事で、ワシは前線で負傷した者達の戦力復帰に従事します。これから鞍馬衆の攻勢も盛んになりますから――」
「丙隊の前進指示ですね、承知しました」
 彼は鬼一法眼の切り札を少しも気にしていない。手は既に打っていた。

 文達も怯まない。回避の機を窺い、また、強力な一撃の後に生じる隙を待ち構えていた。
 勿論そんなに容易い相手ではないのは分かっている。
「ねえサニー」
「何よ河童さん」
「あんた光を屈折させられるなら、あの光術っぽいの、どうにかなんないの?」
「無茶言わないでよ! 曲げられるのは鏡で受けられる程度の光よ。あんなのどうにもならない!」
 一回休みで済めばいいけれどと、既に諦め気味の三妖精。
 昇り来る太陽より明るく天蓋に満ちていたその光の鉄槌はしかし、何の前触れも無くその輝きを途切れさせる。
「これは……スキマに、博麗の巫女か!」
 鬼一法眼が忌々しげに叫ぶ。
 本来掛かっていないはずの天蓋への結界を、彼女らがこのひと時だけ被せたのだろう。
「いちいち驚いている、場合かぁっ!」
 すかさず文が肉薄。村田銃での銃剣刺突と床尾打撃を間断なく喰らわせに掛かり、破邪顕正の利剣はそれを次々といなす。
 文が上方に身を翻した隙に、次には椛が斬りかかる。大上段に振りかぶった一瞬、その胴を利剣が切り払い、胴丸が裂けてまた飛び退る。
「椛、無茶をするな!」
 真噛が支える所へ向けて容赦ない追撃をする鬼一法眼を、夜叉丸と善八郎が阻む。
「悪八郎殿、ここは拙僧がもらうぞ!」
 椛と真噛の護りに回った善八郎に先んじて相対した玄庵は、顕妙連でもって切り結ぶ。
「破邪顕正の利剣と征夷の剣の妻、いずれが勝るか試してみますかなぁ!」
 彼は方術『顕妙蓮』を行使。しかしそれは逆に、相対する彼女の手にすんなりと収まる。
「討たれるべき西戎東夷(せいじゅうとうい)が誰か、今一度、弁えよ!」
 真っ直ぐに投げられた刃は易々と夜叉丸の正中を貫き、その後ろに居たはたてに迫る。
「しまっ――」
 その前に、椛が立ちはだかった。
 胴丸の上から突き刺さった剣を、迷う事無く引き抜く。幸い傷は浅い様子。
 それに弾かれ真噛が斬りかかるが、太刀が呆気なくへし折られ、彼は叩き伏せられた。
「玄庵殿、一旦退くぞ!」
「真噛様、手を!」
 善八郎と椛がそれぞれの救援に向かう。
 夜叉丸も善八郎も、それに真噛も、十分な力の持ち主なのに。それでも敵わないのか。
 不意の攻撃でなければまず効果が期待できないうえ、生半な力では通用しない。
 不意を打てる、生半でない力の方に文は視線を走らせる。そちらまでの距離も詰まっていた。
 椛に目配せする。恐らくこれなら、これでなくば、鬼一法眼の打倒は極めて困難。
 体勢を立て直しに掛かるが、血を吐き続ける夜叉丸は全く動けず。
「その程度でへばってどうする玄庵殿!」
「へばってなど、おらん。それに拙僧は、八町礫の……」
 人事不省に陥りかけの彼に、鬼一法眼が影を落とした。その時、
「もう、たくさん……」
 誰の声か。いや、その主を見るまでも無かった。
「破邪顕正の利剣だかなんだか知らないけど、私を眠らすことも出来ない奴の術なんかなまくら以下、大したことないってんだバーカ!」
 秋葉大権現と蔵王権現の加護の宿った神剣を構え、はたてが啖呵を切る。
「大人しく寝ていればいいものを」
「そこのげ・ん・あ・ん・さーま、に言われたのよ。何が起こっても拙僧がなんとかするから我慢してろって。けど、なんとかなってないじゃん!」
 文には彼が微笑んだように見えた。
「なーにが西戎東夷だ。封印が利いてるから力が出てないんだって!」
 はたてはひと跳びに跳んで、顕妙連を手にする。
「ご苦労でした、騰蛇(とうだ)――」
 かつて、皆鶴がそれを携えていた頃に、安倍清明が施した陰の火気の封印。皆鶴ですら除けなかったそれが、はたての呼び声に応えてあったりと除かれた。
「――けはやのおりしはやかぎ、あいものみじんにきってはなて、急急如律令」

『顕妙漣』

 悪口(あっく)の言霊のみを用いる鬼一法眼こそ西戎に他ならない。はたての放った方術は、高速回転に音を超えた速度までを重ね、彼女の右手の利剣すら突き崩した。
 清明も皆鶴も、この時のためにこの封印を残していたのだろうか。文にはそうとすら思えた。
「く、おのれ……」
 右腕を深々と裂かれた鬼一法眼が左手で組んだ利剣の印で椛と切り結ぶ。
 善八郎は鬼一法眼の右側に周り、椛が一旦距離を取った隙に――
「オーム、マユラキランティ、ソヴァハ!」
 蛇蝎を聞こし召す走禽の姿を顕現させる。
「小賢しいっ!」
 裂かれたはずの右手でそれを払うと、その威力はそのまま彼に叩き付けられた。
「善八郎様!」
 駆け寄ろうと背を見せた一瞬に、椛も方術に叩き伏せられる。だが彼女は千里眼で見ていた、その地点を確かに見据えていた。
「全く小賢しいわ。我が手の者も河童共を見つけたようだし、お前達の抵抗も終わりよ。それに卑妖になった人間共も、すぐに始末させてやろう」
 彼女は“その位置”を知っているのか、知らないのか、文が推し量るのはそれだけ。にとり達の上空を旋回する影は増えつつある。だが適当に撃ち散らすだけ。ブラフだ。
「はったりにも脅しにも、我々は屈しない!」
 それに卑妖の件は、人間から見れば極めて勝手ながら、皆覚悟していた。二百の人間にかかずらって仮称一言主を通せば、より多くの者が死ぬ。
 勘定で、感情を殺していた。
 その覚悟を決めた者達が、また飛び来る。
《者ども、鬼一法眼殿への閲兵だ! 鞍馬衆に手本を見せつけてやれ!》
 全くの同速、同高度、等間隔で飛んでいた編隊は、最右翼から右横転しつつ順次降下。次々と横転降下した先で、再度隊形を整え。各個白狼の管制を受けながら方術を行使する。
《丙隊! 日光衆、彦山衆! 続け!》
 共に飛べば同僚を失わず。その自負と実積を誇る井三郎に続き、それらが波状攻撃をかけ始める。蹴散らされる鞍馬衆。彼らは甘く見すぎていたのか。否、慢心だったのだろう。
 波状攻撃は鬼一法眼にも、反撃を避けつつ加えられる。
 それらが効いた様子は無いが、その怒りは頂点に達しつつあった。
「一貫坊、射命丸! おのれらはぁ!」
 増上慢。慢心の権化。
 本質が大悟し損ねた僧正であったとしても、西方の永遠の若者であったとしても、思えば、彼女の今は全て慢心なのだ。
 文を殺したいなら、はたてを嬲るなら、すぐにそうすべきだった。
 それを、地位を与え、幸福と希望を与え、そこから奈落に突き落とそうなど、そのような下らない意趣返しを、ただ一人の鴉天狗相手に画策し続けてきた。その結果の今だ。
 文を始めとして集った多くの者達の、人妖の別なくただただ蔑んできた者達の前に、彼女が、完全なる者が、屈する時が迫っている。

「にとりさん。このままなら、必中距離に入ります」
 川杜が骨伝導インカムを微かに震わせる。
「ラージャ。二号、弾種徹甲弾」
 にとりの指示に、水渕が即座に榴弾をそちらに詰め替える。ここは既に彼女達の領域だった。
 弾道が安定しきる最短の距離。即ち初速が保たれ、最大限の貫徹力が発揮される距離。野辺の妖怪なら一撃の下に粉砕しうる火砲なのだろうが、果たして本邦最強の妖の一角、神ですらあるモノに、こんな物が通じるのか。
 いや、通じる。文、椛、そしてにとり達は、確信していた。今、自分たちはそのために命を賭している。そうであると信じるからこそ、こうするのだ。
 強大な敵を討ち果たすのは、伝説を持つ武具ではない。そもそもそれら武具が伝説を携える前に、それを生み出す力があったからこそ、それらは生まれたのだ。
 ひたすら信じ、邁進し、精励する。それはここまで皆が為してきたのだ。
 今、新しい伝説が生まれるだけ。鉄と火が、最強の天狗を討ち果たすという。
「二号砲、直接照準射撃準備」
「二号直接照準、ヨーソロ」
「ゼロ弾種ママ。ラッチ外せ。遊動、追随」
「ゼロ弾薬そのまま。遊動、追随。アイ」
(頼んだよ、二号……)
 にとりの指示に、水渕と河藤がそれぞれ復唱し、迅速かつ正確に動作を終える。
 椛は、はたては、文は、死力を尽くしてこの射線に大敵を誘い込んでいる。だからこそにとりは、ただ己の領分である砲にのみ祈りを込めた。
 この戦いの中、鉄と火は人の変じたモノも獣の変じたモノも、あやかしの変じたモノすら撃ち続けてきた。だからこの鉄と火も討ち果たしてくれる、相手が神であっても。
「往生、せぇ!」
 僅かに五十メートル弱、砲を撃つにしては極めて至近の距離。
 しかしこれこそが『三十七粍機動速射野砲』通称『リボルバーカノン』の本来の交戦距離だった。
 引き金が引かれて撃鉄が落ちると、無音のまま砲口が火を吹く。
 その被甲された弾頭の尖端が鬼一法眼に突き刺さろうとする。巨弾はそのまま彼女の正中を捉え、撃ち貫く――はずだった。
「おのれぇ! そこにおったか河童ども!」
 音の倍を超える速度を保ったまま、ほんの十間の間合いから突如として現れた砲弾を前にしても、彼女は凌いでいた。
 砲弾は宙に浮いたまま、まるでそこだけ時が引き延ばされたかの如く、あくまでも飛翔を続けている。彼女が張った障壁が砲弾の持つエネルギーと拮抗していた。
 にとりはこの現象に何かの思考を加えるよりも先に、インカムを震わせる。
「二号続けて全弾撃て! ゼロ、戦果確認後射撃!」
「アイ!」 「アイサー!」
 ダブルアクションのまま次々と引き金が引かれる。それでも砲架は確かに砲を保持し、鬼一法眼に向かってくろがねは咆哮し続け、ついに――

 鬼一法眼の身体を、速度を取り戻した六発の砲弾が同時に貫く。
 衣と共に、肉が、血飛沫が散る。
 まだ人の姿を保っているのが不思議なぐらいの状態になってもなお、彼女は立っていた。
「我の夢、地上の楽土……ようも、ようも……」
 彼女の言う楽土とは、決して皆が立てる場所ではあるまい。もうその戯れ言は終わらせてやる。文が村田銃を手に吶喊しようとした時だった。
「言っただろう、拙僧が、頂くと……」
 彼女に覆い被さった夜叉丸が、顕妙連を突き立てていた。逃がさぬよう己に鋒を向けて。
《御大将! 待っておられずとも今から参る! 天へ、攻め上がってくれましょうぞ!》
 精強なる断末魔の声が、東雲の空に響き渡る。
 征戎の剣に籠もった想いは、ついに鬼一法眼を天に送還したのだった。

 緒戦からの激戦を展開した河童台場には、すぐに三尺坊達の癒術隊が駆けつけた。
 そこで彼らが見たのは、傷付いた弟子達と、亡骸を残したまま逝った夜叉丸だった。
「夜叉丸殿は、六道の辻にて御大将と奉る方をお迎えに出向いたのかと」
 文は言う。出来れば己もそうしたい。それは羨ましくもあった。六道から外れ、外道と身を落として再び立ち戻るなど、どれだけの事を為せば叶うのか知れないが。
「自らの力で六道に戻るとは……いえ、本当に満ち足りた貌をしておられます」
 文とはたての負傷は軽く、癒術を用いずともまたすぐに飛べるほど。ただ他はそうもいかない。やはり負傷しているはずの善八郎はしかし、報告を行おうとする。
「フヨウ、こちら乙隊……」
 ただの一撃が、相当に重かった。以心の術すら飛ばせないほどの消耗を文が支える。
「私が代わりましょう。フヨウ、射命丸が報告します。鬼一法眼以下の鞍馬衆多数、甲隊に殺到。ウルフパック及び射命丸、並びに乙隊の長、善八郎が鬼一法眼と対峙。ほか鞍馬衆は、乙隊と丙隊の連合により無力化。甲隊、河童の砲撃と、玄庵こと八町礫の夜叉丸殿の尽力により、鬼一法眼入定(にゅうじょう)。夜叉丸殿も入滅……幻想郷――」
 それは最後の力を振り絞った善八郎に押し止められた。そうだ、まだ終わっていない。今も残存した鞍馬衆と丙隊が戦い、火仗衆は卑妖の捕縛に死力を尽くしている。
 気を失った彼を三尺坊達に任せ、文は前を向く。
「すいません、私は飛びます。はたて。久々の取材、行きますよ!」
 連れだって飛び立つ鴉天狗二人。ここで止まってる場合ではなかった。

      ∴

 三途の河には今、再び橋が架けられていた。パルスィの妖力によって顕現したそこには、パルスィ当人とヤマメが並び立ち、出番を待つ。
「ヤマメ。射命丸さんから念話が発信されたわ。彦山の天狗、八町礫の夜叉丸さんとやら。鬼一法眼と相討ちに、亡くなったそうよ」
「ああ、そうだ。夜叉丸だったっけ」
「反応、薄くない?」
「縁があるって言っても一時、それも敵同士でしかなかったからね。でも、そうか……」
 土蜘蛛と知るや敵意をむき出しにして来た、無礼千万な女たらし。そんな印象は既に遙か彼方のもの。あの非道なる鬼一法眼と相討ったという事実だけが、ここにはあった。
 彼が総身を矢弾に代えて戦ったなら、自身もそうするだけの事。ここに仮称一言主が至るまでに犠牲になった者の分、戦わなければならないのだろう。
「逃げるなら今のうちよ。ヤマメが逃げるなら私も逃げられるし」
「そんな旧地獄に泥を塗るような真似は出来ないよ」
 心は既に決まっている。
 それに地獄でも事は動いていた。既に渡し守の姿は無く、今ここを渡る手段はこの橋だけになっている。此岸を漂う亡霊は全力で彼岸に渡され、怖ろしく静かになっている。
 この状況は、閻魔の言葉を受けた渡し守、小野塚小町から説明された。
 曰く、西欧の冥界よりの声を受け、旧正月を前にして、素戔嗚尊とその類縁達が地獄を糾そうと立ったのだとの事。
 なぜ西欧の冥界から、という疑問の答えは、パルスィが察していた。
「ギリシャの三界の女神に縁のある地獄の妖精が、博麗神社近辺に住み着いたというのを耳にしたわ。そこからその女神に伝わり、巡り巡ってこちらへ、と言う所でしょ」
 天上に地上に冥府、いずれにも渡る姿を持つ女神。それが如何なる考えで、はるばる東方の島国の地獄にまで口出ししたのか。地獄や冥界にも外交関係という物があるはずなのにとは、口に出さないままのパルスィだけの疑問だった。
「あっちも、忙しくなってるわね」
 向こう岸も、上流から下流見える限り、獄卒が布陣を始めた。鬼神長達の姿が見えないのが気になるが、それこそ真なる一言主の企みに荷担した者達だったのかも知れなかった。
鬼一法眼が討たれたことで鞍馬衆は統制を失い、彦山衆と日光衆からなる丙隊が次々と武装解除、あるいは撃破にかかっていた。
 一人一人は強くとも、数で押し包めば呆気なく折れてくれたのは幸いだった。妖怪の山の今後にも関わる。可能な限り殺し合いは避けたい。
 それより人間の卑妖の捕縛が、残った三頭の鬼熊の前に、困難極まる物になっていた。
 その遙か上空――
《魔理沙。地上の様子は芳しいとは言えない。さっき言った鬼熊の所為で、鉄砲部隊にかなりの被害が出ているみたいよ》
 人形越しの念話に、魔理沙は酸素瓶を一回吸ってから答える。
「文とか、あの人里防備の、善八郎若旦那は?」
《大丈夫、そっちは二人とも無事だって。よく敵ったものね》
「それなら良かった。なら、こっちも全力でやらなきゃな!」
 共同していなくとも、同じ方を向いて戦っている者の勝利には力を与えられる。魔理沙の意気も上がるが、そこに凍てつく空気と同じぐらいのパチュリーからの冷ややかな言葉。
《使う魔力の大半を用意したのは、誰だと思ってるの?》
「お前とアリス」
 あっさり言ってくれるとブーイングを乗せる二人を無視し、魔理沙は眼下を見る。
 見透すことが出来るのは結界の内側まで。その内側の大地が全て手に収まり、ちっぽけと思える程の高層。そして今、目には見えないがアリスが人形を介して巡らせたマジックワイヤーの筒が垂れ下がっている。そこにはアリスが魔界から招いた魔素(エーテル)で充ちていた。
《魔法砲身(エンハンサ)準備よし。パチュリー、送魔術式(キャリア)は?》
《キャリア、スタンバイオッケー。受け側は、どうかしら》
「緩衝器兼魔力庫(チャンバー)ΣからΩ、全部機能正常。いつでも来いだ」
 六千メートルにも及ぶエンハンサに満ちたエーテルが、スペルを行使しないままの物理現象として生じた励起状態を砲口となる最下層までジャンプさせ、発振した地点の威力のままぶつける。それがこの魔理沙プラン。
「名付けて『直撃マスタースパーク』準備完了、だな」
 まるでどこかの吸血鬼みたいなネーミングをと、パチュリーは嘆く。
 アリスは下層で人形経由で目標の確認を行いつつ、エンハンサの維持と操作を実施。パチュリーは紅魔館に在したまま、様々な(アーティファクト込めた累計一ヶ月分(魔理沙比)の魔力を魔理沙が浮かべるチャンバーに伝送する。最後は、単位時間当たりの出力が種族魔法使いを上回る魔理沙(+ミニ八卦炉)を最大限に用いる。
 計算上は可能だが、実際はどうなるか分からない。出たとこ勝負。
 果たして撃ち返しは、そもそもこれは通用するのか。不安は山積。
《来たわ。中有の道を悠々と闊歩してる。視界良好、にとり様々ね》
 この地点は、地底への影響も踏まえて、極めて緻密に選定した場所。機を逃せば骨折り損になって終わるだけ。魔理沙達の行動など計算に入っていない妖怪の山にとっては、そちらの方がいいのだろうが。
「カウントダウンでもしていてくれ」
《事前の光学補正は?》
 高出力のレーザーが大気を通過すれば、大気その物の乱流や水蒸気、そしてレーザーによる経路加熱などの外乱によりブルーミングが発生する。アリスが言うのはその補正の話だが、
「いらん。どうせエンハンサから出た時点から先はデタラメ(カオス)だ」
 これだけの出力のレーザーは、マイクロ秒単位でも出力された例は無い。
《鬼熊を警戒して天狗も飛んでない。いいわ、カウントダウン。Xマイナス百二十から》
 時を待つ。成功すれば英雄、死んでしまえばそれまで。幻想郷にとっては分の良い賭け。
《マイナス三十》
「了解!」
 魔理沙はミニ八卦炉に自身の魔力を込め、予熱を開始する。
 酸素瓶からの吸気を最大にし、思いっきり深呼吸。
《マイナス十! 九、八、七、六――》
「――五、四、三、二、喰らえ!」

「目標群先頭付近。第三象限全域に渡って異常な出力の魔力を感知。視界が乱されます」
 妖怪の山の混乱の原因は、当然魔理沙。
「落ち着け。知覚水準を調整し、視界を確保せよ」
 担当する五人の白狼が、落ち着きを取り戻し仮称一言主の姿を見透す。見透せていた。
「瘴気が、強力な光術で、かき消されています」
 その正体に神奈子は気付き、監視強化と空域への接近禁止の指示を出す。

 発振されたレーザービームは非可視光であり、エンハンサを通る時もそれは変わらない。
 エンハンサ直径五十メートルに対し、焦点半径五メートルほどで発振されたレーザービームは、砲口から放たれた途端に地獄の光景を顕現させる。
 あまりの出力に、極々短時間存在できる物も含めたあらゆる粒子線を空間に発生させ、放射線のシャワーが、砲口以上の直径にも浴びせられているのだ。
《第一段階。ハンプティ・ダンプティ周辺、瘴気の消失確認。けど被害が尋常じゃない……》
 下手をすれば後列に存在する人間の卑妖にも被害を及ぼしかねないとアリスが警告する。
「じゃあ予定より早いが、エンハンサ降下だ」
 瘴気に接しない程度の上空にあった砲口が、地表にまで降下する。
 空間のポテンシャルを超えかねないエネルギーの奔流にも神の卵は耐えている。ならばこのままマグマの中にでも落としてやると、更なる魔力が込められる。
《魔理沙! エンハンサの魔素励起が安全レベルを超える。あと一桁しか許容出来ない》
《チャンバー、あっという間に尽きるわよ。キャリアが細すぎて、追い付かない》
「そいつはお前らの所掌だろ、どうにかしてくれ!」
 同時に「無茶を言うな」という至極当然の返事が返るが、魔理沙はそれどころではない。
(計算では、これだけのエネルギーを注ぎ込めば、霊的存在でもはじき出せるはずなんだ。死なないのはまだ分かるとして、なぜ消えない、なぜ掘り下げられない)
 予定では、一言主の身体は百メートル以下の地下に潜っていなければおかしい。
《どうしたの? 奴は地上に立ったままよ!》
「なら、しょうがない。アリス、予定変更。エンハンサを掘削状態にしてくれ」
 チャンバーの動作が安定しないのか、魔理沙の認識にも少し影響が出ていた。意識清明とは言い難い中で魔理沙は酸素を食み、射線を大きくずらす。
《魔理沙! 神の卵の足が止まってるのに、あんたがあさってを撃ってどうすんの!》
「ああ、プラン、Cだ」
 焼くか茹でるかは利いていたが、それは全くだと二人からは抗議。
「当然だ、言ってなかったからな。騙された事にでもしといてくれ」
《何か分からないけど、こんな所で泥を被って格好を付ける気?》
「人間がこんなの企んだ所で、妖怪は文句言わないさ。パチュリー、魔力の残量は?」
 射線を戻しつつ魔理沙は確認を入れる。
《まだ、四割方》
《けれど、こちらはこれ以上の成果が望めそうに――》
 一言主を観測していたアリスの言葉が止まる。
「おいアリス、どうした? 無事か!」
《返し矢じゃ、ない。キャリア緊急切断(シャットダウン)! 魔理沙、逃げて!》

『応酬丸(フラガラッハ)』

 魔力が弾けた。

 弾けた魔力の煽りをまず受けたのは、妖怪の山の白狼だった。
 一部、現場を注視していた白狼が、千里眼への過大入力で一時的に霊的視力を失っていた。控えの白狼がすぐに交代し、その方面に起こった事態を確認する。
「大剣が飛翔。魔法使い霧雨に向け、一直線に飛んでいきます」
 西洋魔法には西洋の返し矢、否、大剣。
「誰か、霧雨魔理沙のフォローに回れる者は無いか!」
「書陵課、射命丸文が!」

 アリスが張った人形の盾が破られ、魔理沙までを隔てる障壁は尽きた。アリスが後を追い、パチュリーも安楽椅子から腰を上げた所で、幻想郷で最も速い、光の翼が空を奔った。
 しかし限界まで魔力を注ぎ込んでいた魔理沙の飛行は、普段の速度を発揮していない。それに酸素瓶も失い、魔力消費以上に意識レベルの低下を加速させていた。
 魔理沙は満足だった。三段構えのプラン、ラストだけは叶えられた。自分も幻想郷を守るために力になれたのだと、朦朧とした中で満ち足りていた。
「諦めずに飛んで下さい! 私が引っ張ってどうにかします!」
 念話が叫びか分からない声が、魔理沙を追う。既に障壁に圧縮された大気の熱さえ纏い始めた文の声が、聞こえるはずの無い声が届いていた。
(ああ、もういい。もう十分だ……)
 飛行は止めない、最後まで飛び続けようとする意思だけは残っていた。
「魔理沙さん!」
 空中に、赤い花が咲いた。しかし魔理沙は飛び続けている。
 それを咲かせたのは、応酬丸に右腕を切り裂かれた正邪だった。彼女が空中に咲かせた花を負う姿、片翼の朱鷺にも見紛うた。
「かけまくもかしこきタカミムスビノカミにかしこみかしこみ――しらすもんか!」
 正邪が言い掛けた呪詞(のりと)を止めると、応酬丸は飛来した軌道を逆回しにして落ちてゆく。
「へへ、私のモンをギっておいて、ただで済むと思うのが甘いんだよ……」
 奴が彼女の何を盗んだのか、奴は何かを思うものなのか。それは分からないが、彼女が深い傷を負い、落ちて行くのだけは、目で見て分かる現実だった。
 文がそれを支えるより前に、認識を取り戻した魔理沙が正邪を受け止めた。
「放せ。助けてくれなんて、言ってない」
「言われなかったから助けた。私も天邪鬼だからな。それに私も助けろとは言ってない」
 真っ直ぐなひねくれ者を、生まれついての天邪鬼が救うとは。逆の今もそう。
 文は安堵と共に状況を思い出す。
「アリスさん。二人のリカバリお願いします」
《言われなくてもやるわ!》
 即反転。射命丸は応酬丸に負けぬ速度で、また地表に向かって降下して行く。

      ∴

 河童台場側。
 鬼一法眼を倒した現場では魔理沙プラン中の中断を挟み、再び砲撃が続行されていた。進路側方から撃ちかけ続けた優先目標は、既に最接近を過ぎて離れつつある。
 そこで癒術を受けていた最後の一人が目を覚ました。
「う、む。椛は?」
 彼女の姿は無い。真噛はまさかと絶望感に襲われかけるが、察した善八郎が声を掛ける。
「ご安心を。確かに深手でしたが、三尺坊様手ずからの癒術で復帰しました。しかし、あくまで応急措置だというのに、駆け出してしまって」
 せめて真噛が起きてくれるまで待ってくれればよかったのにと、善八郎は彼を気遣う。
 もっと酷い傷だったろうに、何が彼女を突き動かすのだと、真噛は恥じ入る思いを抱えつつも、合理的な判断を下す。
「そう、でした……フヨウへ、こちらウルフα。負傷により、当初のウルフパック作戦は実行不能。ウルフΓ実行の承諾を」
《フヨウ、ウルフα。ウルフΓの実行を承諾》
 真噛はそれを受けて息をつき、朝日を迎えた空を仰ぐ。
 これは改めて伝える必要など無い。今の以心の術が伝わっていなくとも関係ない。彼女は既に駆け出している。己の使命に向けて。
「今このひとたび、孤狼たれ山祗の女(むすめ)――」
 そして迎えよ、数多のはらからを。

 瘴気の壁はすぐそこ。しかしそこに至っても椛は足を止めようとせず、ついに瘴気に、仮称一言主の懐に入り込む。
「ウォォォォォォ……」
 犬狼が至ってはならぬ領域で、椛は吠える。それは同胞への呼び声だ。
 己はここに在る、皆集えという。今はそれに、彼女自身の神威が加わっていた。
 瘴気の刺激臭に耐えながらも、また吠える。今度は答える声が返ってきた。
 駆けながら、仲間を呼ぶ声を繰り返す。それらの声は合唱となり、より遠くの同胞達までもが答え始めた。
 それに加え、また別の声も返る。
 木ノ花の名を戴く、山祗の女。椛の名を与えた者の思いが、今に開花した。
 大山祇神の娘、木ノ花咲耶姫(このはなさくやひめ)の神使は猿。卑妖化したそれらの類縁が、椛の呼びかけに応じたのだ。周囲では、瘴気の影響を受けながらも本来の姿を取り戻した犬狼が、鹿や猪などの変化した卑妖に対して攻撃を始めている。それこそ山犬が信仰される由縁だった。
 多くの犬狼や猿の声が返る中、また別の声も返る。
「ヤッホー!」
 木霊の呼びかけ。命蓮寺の弟子、幽谷響子の声だった。椛も同様に返すと、彼女の遠吠えもまた先行してゆく。
 犬狼が従うのは力ではない。共に在れる者をこそ群れの同胞と見定め、導いてくれる者を長として従う。支配者の性(しょう)に、この犬狼の真の“ありよう”が勝ったのだ。
「アォォォォォォォン!」
 狗賓でもない、また別の妖の声。聞き覚えがある、竹林の狼、今泉影狼の遠吠えだった。
(やはり、狼は違うな)
 真噛の遠吠えも、山犬と言うよりそちらに近いのを思い返す。だが今、犬狼達も猿の経立や猩猩も、並べて率いるのはこの山犬だった。
 そして今になって気付く。卑妖の中に、虫の姿が無いのを。
 冬だからなのか、それとも瘴気が卑妖化する前に殺してしまったからなのか。いずれも否。虫達の王リグルが、眠りに就きながらも今の椛のように一意の下に統べていたのだ。
 己が率いる者は皆、瘴気の毒の影響を受けている。早く中和せねば命も危うい。しかし今だけは力の限り戦ってもらおうと、椛は非情ながらも必要な意思を遠吠えに乗せる。
《椛!》
「文様!」
 卑妖の数が減じたことで瘴気の効力が薄れたのか、それとも効力自体を失いつつあるのか。彼方の銃声よりも、澄み切った彼女の声がよく届いた。
《御山が魔理沙さんの魔砲からある推論を出したわ。奴は何か不死を担保する者を抱えている。その不死性を剥ぎ取らねば、パルスィさんの策すら失敗の可能性がある》
 奈落の底からでも這い上がって来ようと言うのか。
 ただ奴に囚われた者の正体は、山祗の女たるモノだからこそ感じ取っていた。
「承知してます。今は、その為に疾ってるんですから!」
 白い疾風が瘴気の中に狐狸道(コリドー)を作り出し、本性を取り戻した同胞達がそれに続く。
 千里眼では見透せぬ先に確かにその存在を感じ取り、寳壽丸を抜き放つ。しかし風すさぶ先を鬼熊の巨体が遮る。並んでいた犬の経立数頭が、その巨大な掌に吹き飛ばされるのを尻目に椛は跳躍。唐竹に一撃食らわせて目潰ししてから、交戦を避けて進む。
 目指すは仮称一言主のみ。
 魔理沙の魔砲の影響で、その周辺は瘴気が晴れたまま。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
 喊声を上げながら斬りかかると、膝丸がこれを迎え撃つ。膂力が拮抗し、鍔迫り合いへ。
 源氏の重宝の写しと、源氏に討たれた武蔵武士の鑑が、相対する。腕は上と自負していた椛だが、新しい鉄が勝ったのか、鍔際から一尺ほどまで滑った刃が、寳壽丸に山脈の如き刃こぼれを生じさせた。
「グルァァッ!」
 椛は刃が滑るままに任せ、一言主の背後にすり抜けると、鎧の背に鋒を刺し込んだ。
 手応えは薄い。それは想像が付いてた。それよりも椛は、その首筋と言える虚空に牙を突き立て、何かを咥える。ただそれを咥える力は、腕に込めるのとは真逆に、仔を育む時のように柔らかなもの。椛は目に見えないそれを、確かに宙に放り出す。
 山祗の女が救い出したのは、もう一人の山祗の女の神霊だった。
「文様。どこで取り込んだのか分かりませんが、不死性を担保する者を、石長姫(いわながひめ)の神霊を剥ぎ取りました!」
 大山祇神の娘にして、天孫に嫁ぐはずだった一柱。その身の丈夫なため天孫の裔に永久の弥栄を約束させられたはずが、見目の醜き事から拒まれた哀れなる女神。
 これを剥ぎ取らねば、どうなっていたことか。
「フヨウ、ウルフΓ。当初目標の達成、戦果拡張に成功!」
《ウルフΓ、ただちに避退。砲撃――》

『かしづけ』

 椛の頭蓋の中を、言霊が駆け回る。
 自身はそれに屈しなかったがしかし、同胞達はどうかと辺りを見回す。
 音響を弾き返す障壁が、一言主と椛の周囲に建て回されていた。響子の能力だ。
(道理でやかましく聞こえた訳だ)
 しかしそれには文句を言わず、再び瘴気が拡散される前に椛は脱出を試みる。
 後方では行きがけの駄賃に影狼が咆哮し、それに答えたかのようにある一団が現れた。

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

一覧へ戻る