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こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編   非想天則編 エピローグ

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第10章 非想天則編

公開日:2018年08月18日 / 最終更新日:2018年08月18日

蓮子の仕組んだ巨大ロボットアクションショーの効果が本当にあったのかどうかは解らないが、その後、だいだらぼっちの噂は急速に下火になっていった。
 その代わり――。

「なんで里を守ってるのが博麗の巫女じゃなく非想天則だって話になってんのよ!」
 閑古鳥の繁殖コロニーとなって久しい探偵事務所に、抗議に怒鳴りこんできたのは、博麗の巫女の霊夢さんである。ちょうど、間の悪いことに事務所には、当の早苗さんが遊びに来ているところだった。
「それはもう、実際に里をだいだらぼっちから守ったのが、この東風谷早苗操る非想天則だからです! 実績に裏打ちされた信仰というものです!」
「何がだいだらぼっちよ、あれアリスの人形でしょうが! 魔理沙が吐いたわよ、蓮子、あんたがあのふざけた茶番を企画したって。本格的に守矢の手先になったってことなら、里の人間とはいえ私にも考えがあるわよ」
「本格的も何も、元から蓮子さんとメリーさんは守矢神社の氏子ですしー」
「まあまあ霊夢ちゃん、あれはちょっとしたお遊び、余興だから。それに、非想天則はアリスさんに譲っちゃったから、もう守矢神社が非想天則を使って悪巧みって可能性はないから。もともとそういう約束でアリスさんに協力してもらったんだし」
「アリスに? 霖之助さんに、でしょ。香霖堂の裏に置いてあったわよ、アレ」
「え? おかしいわね、早苗ちゃん、非想天則はアリスさんに引き取ってもらったんでしょ」
「そのはずですけど」
「……香霖堂が物置代わりにされてるんじゃないの? 非想天則、アリスさんの家にも入りきらないでしょ」
 私の指摘に、「おお、なるほど」と蓮子と早苗さんが同時にぽんと手を打つ。
「というか、そもそも霊夢ちゃん、私たちがあの巨大ロボットショーを企画したのは、元を質せば霊夢ちゃんのためなのよ」
「は?」
 蓮子の言葉に、霊夢さんが思い切り訝しげに眉を寄せた。
「ほら、だいだらぼっちがあんまり噂になると、そこから本当に実体化しちゃうかもしれないから、なんとかしろって霊夢ちゃん、言ったじゃない。だから、非想天則がだいだらぼっちを倒したっていう見世物を企画したのよ。一度大勢の人の前で倒されちゃったならもう、恐怖の対象にはならないでしょう?」
「……あによ、つまりチルノなんかに踊らされた私の後始末ってわけ?」
「まあ、敢えて言えばそんなところ」
 チルノちゃんの話を真に受けて、だいだらぼっちの噂を発生させてしまったことは引け目に感じていたのか、霊夢さんは口をへの字に曲げて押し黙る。
「まあ、百歩譲ってそれは認めるとして、なんでだいだらぼっちがアリスの人形なのよ? 命蓮寺にもっと適任の入道がいるじゃない」
「それは、そもそもチルノちゃんの言うだいだらぼっちが、あのアリスさんの人形だから」
「は?」
 ぽかんと口を開けた霊夢さんに、蓮子はアリスさんの人形巨大化計画について説明する。
「あいつそんなこと企んでたの? なんでまた人形を巨大化しようなんて……」
「なんでも、萃香ちゃんの巨大化を見て思いついたらしいわよ」
「萃香の?」
 霊夢さんは腕を組んでしばし考え込み、
「……つまり、そもそもの原因は萃香ってこと?」
「それは、何を何の原因と見なすかにもよるけれど」
「萃香の巨大化を見てアリスが人形巨大化を考えて、それを見たチルノがだいだらぼっちだって言いだして、私がそれに釣られたせいで噂が発生して、それを処理するためにあの茶番が組まれたんでしょ?」
「そういう風に因果関係を手繰れば、そうなるわねえ」
「なるほど、つまり萃香が悪いわけね」
 何かを納得した顔で霊夢さんは頷き、「話は理解したけど」と首を捻った。
「非想天則はもうアリスがどうこうしない限り現れないのよね?」
「ええ、そのはず。そもそもあれを膨らませていたのは間欠泉のエネルギーだし、アリスさんひとりじゃ、あの大きさは手に余ると思うわ」
「だいだらぼっちとして倒されたアリスの人形はどうなったのよ?」
「あれは倒されたフリをしただけ。さすがにゴリアテ人形を爆破するのはアリスさんが許してくれなくて、火薬を爆発させただけよ」
「アリスがまた人形を巨大化したら、だいだらぼっちの噂が再燃するんじゃないの?」
「現状、アリスさんひとりではあの大きさにはならないって。魔理沙ちゃんとパチュリーさんと白蓮さんに協力してもらって、ようやくあのサイズになったの。もしゴリアテ人形が今後目撃されても、あのときのゴリアテ人形よりずっと小さければ、だいだらぼっちとは繋がらないと思うわ」
「ふうん、後の影響もちゃんと考えてたわけね」
「非想天則が付喪神化することは洩矢様も気にしてたから。その辺も込みでアリスさんに管理してもらおうと思ってね」
「解った。そういうことなら、元は私の不始末みたいなもんだし、感謝しとこうかしら。でも、せめて私に一言ぐらい断り入れなさいよ」
「いやあ、霊夢ちゃんに断り入れたら、絶対だいだらぼっち倒す役は自分にやらせろって言い出すと思って……」
 蓮子が頭を掻いて苦笑しながら答えると、霊夢さんは「む」と口を尖らせた。
「そうよ! 私がだいだらぼっちを倒す役やれば良かったんじゃない!」
 ――あ、藪蛇だ。傍で聞いていた私は小さく肩を竦める。
「やっぱりあんたたち、守矢の手先じゃないの! ええい、早苗! あんたんとこはウチからどんだけ信仰奪えば気が済むのよ!」
「ろくに信仰を集める努力もせずに言われても、ウチは痛くも痒くもありませんからー」
 早苗さんの挑発に、霊夢さんは唸る。
「ぐぬぬ。あーもう、腹立つわね! もういいわ、蓮子たちに付き合ってるとこんなんばっかりじゃないの。帰る!」
 憤然と肩をそびやかせて霊夢さんは事務所を後にする。
 ――後日、萃香さんがわけもわからず霊夢さんに弾幕ごっこを挑まれ、無敵技フル稼働の霊夢さんに気が済むまでボコボコにされたという話を耳にした。なんというか、合掌。

      ◇

 まあ実際、霊夢さんが怒るのも無理はないのである。
「ひそーてんそくだー! とおりゃー!」
「ぐあー、やーらーれーたー」
「さとのへいわは、ひそーてんそくがまもる!」
 里の子供たちの間で、あれ以来にわかに非想天則ごっこが大ブームなのだ。うちの寺子屋でも、年少の子が寺子屋の庭で非想天則ごっこに興じている。手にした木の枝はオンバシラのつもりらしい。
「こらこら、もう授業は終わったんだから帰って遊びなさい」
 慧音さんが手を叩くと、「はーい、せんせいさよならー」と子供たちは駆けていく。それを見送り、慧音さんは呆れ顔で私たちを振り返った。
「まったく、変なものを子供たちの間に流行らせるな」
「いえいえ、ヒーローごっこは外の世界ではいつの世も子供の遊びの定番ですよ」
「ヒーローね。里を守っているのはあんな巨大人形じゃなく、子供たちの周囲の大人たちひとりひとりなんだがな」
「それを教えるのも大人の役目かと存じますわ」
「む。正論だな……」
 ちなみに、例の巨大ロボットショーはちゃんと慧音さんに企画を説明し事前に許可を得ている。もっとも慧音さんは、あそこまで派手な見世物になるとは想像していなかったらしく、実際のショーの後はいささか渋い顔をしていたが。
「非想天則は幻想のヒーローですけど、それに憧れた子供たちが、自分もヒーローになろうと、誰かを守る気持ちを抱く。それがヒーローの存在意義というものですわ」
「かくあるべしという理想像の具現化、ということか?」
「そういうことです。大人がこうしろと押しつけるより、子供たちが自発的にこうしたいと思うように促す方が教育効果は高いかと」
「教育者としては耳が痛いな。しかし、あのごっこ遊びはちょっと怪我をしそうで心配だぞ」
「まあ、非想天則のショーはもうありませんから、そのうち下火になりますよ」
「だといいが」
 慧音さんは息を吐く。寺子屋の外からは、子供たちの歓声が響いていた。

 そう、非想天則がアリスさんに引き取られてしまった以上、もう非想天則が姿を現すことはないし、だから子供たちの非想天則ブームもいずれ終息に向かう――はずだった。
 ところが、よほどあの巨大ロボットショーのインパクトが大きかったのか。あるいはその前から、河童のバザーの目印としてその姿が里の人々の間に馴染んでいたからなのか――夏が終わり、秋になる頃になっても、子供たちの間で非想天則の人気は去らなかった。あのショー以来、一度も姿を見せていないにもかかわらず、である。
 それは、いかに幻想郷に娯楽が少ないかということの証明でもあるのだろうが――。あるいは、普段から里に普通に姿を見せる霊夢さんと違って、姿を現さない非想天則に神秘性が付与されてしまったということなのかもしれない。
 まあ、それだけなら問題はなかっただろう。仮にその人気から妖怪としての非想天則が実体化することがあったとしても、そのイメージは「里を守る妖怪」であるからして。
 そう、私たちは楽観視していたのだが――。

      ◇

『全く、人間なんかに任せた私が馬鹿でした』
 ――また、蓮子とふたり、夢の中。
 ドレミー・スイートさんが、呆れ顔で私たちの前にいた。
『確かに私が以前解決を求めた危機は去りました。しかし、その結果として別の危機が生じる余地を残されてしまっては、いたちごっこというやつです』
『……と言いますと?』
『そのうち解りますよ。まったく、現の方につけいる隙があるから私の仕事が増えるんです。今度こそちゃんと解決してもらわないと困りますからね!』
 ああ忙しい、と言ってドレミーさんは去って行く。私たちは夢の中で顔を見合わせた。

 ――そんな夢を見てから、数日後。
「どうもどうも、こんにちは」
 毎度ヒマな探偵事務所を訪れたのは、鞄を手にした射命丸文さんである。早苗さんは来ておらず、私と蓮子で招き入れると、射命丸さんは鞄から一枚のチラシを取りだした。
「実は、未来水妖バザーの第二回を開催しようという話になりまして。今度は我々天狗も協力し、さらに大規模に実施したいと考えています」
「はあ」
 差し出されたチラシを覗きこむと、そこには見覚えのある絵柄での非想天則の絵。――あの活劇漫画の天狗の絵だ、と一目で分かった。
「里でも非想天則が大人気のようですので、今回も非想天則を目印にし、さらに非想天則グッズを多数製作して、さらなる集客効果を狙います」
「非想天則グッズ?」
「ええ。非想天則人形、非想天則柄の肌着、非想天則デザインの筆入れ、非想天則帳面、非想天則お面に非想天則綿菓子などなど、特に里の子供をターゲットに」
 完全なキャラクターグッズ商法である。なんというか、商魂たくましいと言うべきか。
「天狗が里の子供をターゲットに商売って、色々問題ありません?」
「あやや、そこは守矢神社に表に立ってもらう予定です。天狗はあくまで裏方ですよ」
「……そのグッズ商法、洩矢様の入れ知恵ですね?」
「ご明察です」
 なんというか、俗っぽい神様もあったものだ。まあ、神社で売っているお守りやおみくじなんかも、言うなれば神様のキャラクターグッズであるからして、神社がキャラクター商売に走るのは論理的必然と言うべきかもしれない。
「それで、私たちには何の御用で? 外来人兼里の人間として非想天則グッズのアイデアでも求められているんですかね」
 蓮子がそう問うと、射命丸さんは「いえいえ」と首を横に振る。
「お二人に見ていただきたいのは、こちらです」
 そう言って射命丸さんが取りだしたのは、一冊の本だった。
 その表紙にも、チラシと同じ非想天則の絵。というかこのチラシ、この本の表紙をそのまま流用したものではないか。いや、逆かもしれないが。
 本とチラシの違いは、本の方にはタイトルらしき文字が記されている。
 ――『核熱造神ヒソウテンソク』。
「……射命丸さん、これってまさか」
「はい。漫画の第二弾です!」
 射命丸さんは、満面の笑みでそう言い切った。
「前回の反省を踏まえ、今回は守矢神社に全面的なストーリー監修を依頼、さらなる外来漫画の技巧研究によりクオリティは飛躍的に向上したはずです。里を守るクリーンな巨大ロボット非想天則と、幻想郷壊滅を目論む悪の妖怪との死闘を余すところなく描きました!」
 私たちは顔を見合わせる。――嫌な予感しかしない。
「さあ、是非読んでご意見を伺わせてください」
「……では、失礼します」
 蓮子は本のページを開き、じっくり熟読を始める。――そうして二十分ほどで読み切り、蓮子は本を私へと差し出した。難しい顔で目を伏せた蓮子の横顔に、ああ、という気持ちになりながら、私はその漫画のページをめくる。
 ――結論から申し上げれば、射命丸さんの言う通り、前作から飛躍的に面白くなっていた。謎の巨大な影が森を歩く冒頭から、迫力のある絵柄にダイナミックな演出が加わり、キャラクターの描写も申し分ない。非想天則は恰好良く、悪の妖怪はおそるべき脅威として魅力的に描かれており、充分に売り物になるクオリティである。あるのだが――。
 私が読み終えたのを確認したところで、蓮子がおそるおそる口を開いた。
「……射命丸さん、ひとつ質問よろしいですかしら」
「はい、なんなりと」
「この、最後の敵の妖怪の、最終必殺技……大地にパンチを打ちこんで大ナマズを覚醒させ、巨大地震を起こすという、この攻撃の発想はどこから?」
「夢のお告げです」
 にこやかに、射命丸さんは言い切った。
「漫画担当の天狗が、非想天則が地面に拳を叩きつけ地震を起こす夢を見たそうです」
「――――――」
「でも、里を守る非想天則が地震を起こすのではおかしいですから、敵の技ということにしました。凶悪な技ですから、非想天則の敵にピッタリだと思いませんか?」

 さて、何が起こるかを幻想郷の論理で考えてみよう。
 里では、子供たちの間で非想天則が未だに大人気である。
 そこへ、非想天則グッズとともに、この『核熱造神ヒソウテンソク』が発売される。
 鈴奈庵から売り出された『核熱造神ヒソウテンソク』はベストセラーになる。
 非想天則そのものは、今もアドバルーンとして存在している。
 漫画の読者は再び、里の守護者・非想天則の活躍を求める。
 ――そのために、漫画の読者は、非想天則の敵の出現を求める。

「さあ、いかがでしたか? 率直な感想をお聞かせください!」
 キラキラした眼で、射命丸さんは私たちに感想を求めてくる。
 格段の上達を間違いなく認めてもらえると確信している、子供のような眼。
 ――射命丸さんには、おそらく自覚はない。夢の世界から自分が利用されていることなど。
 とすれば、ここで異変を阻止できるのは、おそらく私たちだけだ。なのだが――。
「……ちょっと蓮子、どうするのよ、これ」
「どうするって、私に訊かないでよ」
「それをどうにかするのがネゴシエイターの腕の見せ所でしょ」
「無茶言わないでよ、私は名探偵よ――」
 小声でそう言い合う私たちに、射命丸さんが不思議そうに首を傾げた。

 難題。
 傑作を描き上げた充足感に満ち、期待に眼を輝かせる射命丸さんを、いかに傷つけず、この漫画の里での流通を阻止するか? そして、第二回未来水妖バザーの開催を阻止するか?
 ――この後、各方面に対して繰り広げられた、我が相棒の涙ぐましいまでの奮闘を、残念ながら詳述する紙幅はない。
 だから私は、各種交渉に疲れ果てた相棒の魂の叫びだけをここに記しておこう。

「もう二度と、異変解決なんかするもんですか!」

 お後がよろしいようで。



【第十章 非想天則編――了】

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この小説へのコメント

  1. 【あとがき】
    今回もここまでお付き合いいただきありがとうございました。
    いつもコメントありがとうございます。作者の浅木原忍です。
     
    当初はこの非想天則編はやる予定がなかったのですが、
    憑依華で夢の世界の設定がいろいろ明らかになったことで
    「非想天則の美鈴は本当に幻想郷の危機を救っていたのでは?」
    という説が出現したのを見て考えたのが今回の謎解きです。
    何しろ原作では異変でもなんでもない話なので、いつもとだいぶ
    毛色の違う話になりましたが、お楽しみいただけましたなら幸いです。
     
    ところで『THE ビッグオー』のパラダイムシティってちょっと幻想郷っぽいですよね。
     
    次は神霊廟編です。9月末か10月頭には連載開始したいです。
    これからも『こちら秘封探偵事務所』をよろしくお願いします。

  2. さすが非想天則だ、なんともないぜ。
    いやぁ、そんな大迫力のショーみたいですなぁ。
    神霊廟編もお待ちしております!
    神子が本当は聖徳太子じゃない的な話になるんですかね!(ワクワク)

  3. 連載お疲れ様でした。
    今回は夢の世界を介したお話ということになり、とても楽しめました。
    次の神霊廟編も楽しみにしてます。

  4. 目をキラキラさせながら感想を期待するってことはやっぱり文が描いたのか…

  5. あの、その漫画読みたいんですけど。すごくw
    しかしいいオチがつきましたね
    前回で奇麗に終わってる感じだったので、エピローグどうなるのかと思っていましたが。
    毎度さすがです。
    かなり先になるのでしょうが、憑依華が楽しみで仕方ありません。

  6. 神霊廟では芳香や華扇の関係説に触れますかね。とにかく楽しみ!

  7. まず最初に、天狗(射命丸?)のインスピレーションになりそうなネタを排除すべきだったんやなって…
    ちょマテよ!(キムタク)
    発端の発端は早苗さんがコミックを天狗に貸してしまった事なのでは…サブカルが原因!?

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