東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編   緋想天編 第2話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第7章 緋想天編

公開日:2017年05月06日 / 最終更新日:2017年05月06日

【第2話――4日前】



―4―


 ひとりドヤ顔のレミリア嬢を前に、私たち三人の間を数秒ばかり天使が通り抜ける。
「ええと、僭越ながらお嬢様。犯人はなぜお嬢様を足止めしなければならないのでしょう?」
 立ち直りが早いのはやはり蓮子である。蓮子の問いに、レミリア嬢は「これだから無知蒙昧な人間は」とでも言わんばかりに肩を竦めた。
「そんなことも解らないのかしら? なぜなら、私が偉大なるツェペシュの末裔、運命を操る永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレットだからに決まっているじゃない」
「……ははあ、なるほど。つまりこの天候不順それ自体は犯人の目的ではなく、これは幻想郷最大最強天上天下唯我独尊の吸血鬼であらせられる偉大なるレミリアお嬢様を恐れた犯人が、お嬢様を紅魔館に足止めしておくための策略であると。確かに崇高にして最強であらせられるお嬢様が動けば異変のひとつやふたつ、瞬きする間に解決されてしまうでしょうね」
「ようやく正しい答えに辿り着いたようね。咲夜ほど鈍くないようだから褒めてあげるわ。もっとこの私を讃えなさい」
「恐縮です」
 むしろ小馬鹿にしているように聞こえるのは私だけだろうか。まあ、レミリア嬢本人が満足しているようだからいいのだけれど。
「……あのちびっこ吸血鬼さん、実際そんなに強いんですか?」
「私たちは戦えるわけじゃないからよく知らないけど、まあたぶん……」
「ロリっ娘が最強ってのもわりとありがちな設定ですね」
「そういうもの?」
「そこのふたり、聞こえてるわよ」
 私と早苗さんが小声で喋っていると、レミリア嬢にじろりと睨まれた。
「では、お嬢様を足止めして犯人はいったい何を企んでいるのでしょうか」
「さて、そんなことは私の知ったことではないわね。そもそも、足止め自体が無駄というものよ。なぜなら、王者というものは常に泰然と、自分の椅子から動かないものなのだから。この異変の犯人が幻想郷を支配しようとするならば、必ずやこのレミリア・スカーレットの元に訪れるでしょう。私はただそれをワインでも傾けながら待つだけよ」
 足を組んで頬杖をつき、レミリア嬢は猫のように目を細める。そうして気取ってみせると、それなりに威厳というかカリスマがあるように見えるのだけれど、このお嬢様はどうもそれが五分ぐらいしか保たないのである。自称五〇〇歳なのに、根っこは見た目通りのお子様なのだ。吸血鬼は肉体が老化しないために精神も老化しないのかもしれない。
「さて、犯人の目的は幻想郷の支配なのでしょうか」
「ほう?」
 と、蓮子が首を捻って言い、レミリア嬢は興味深げに細めた目をそちらに向けた。
「確かに犯人が幻想郷を支配しようとするならば、この紅魔館を避けて通ること能わず、犯人は必ずやこの紅魔館にてお嬢様のご威光の前にひれ伏し敗北を認めることでしょう。しかし、犯人の目的がもっと別のことにあるとすれば、お嬢様を足止めしただけで良しとして、紅魔館をスルーするという不届きな輩である可能性も否定できません」
「……うー」
 頬を膨らませて唸るレミリア嬢。ほら、もうカリスマが崩れている。
「そんなことは許されないわね。私に迷惑を掛けた上にスルーするなどとは」
「全く、許されることではございませんわ」
「このレミリア・スカーレットをスルーするなどという不届きな異変の犯人は、私が自ら趣いてでも懲らしめてやらなくてはならないわ。……でも天気が悪いのよねえ」
「ですからそれが犯人の目的であると考えられるわけですから」
「むむむ」
「雨雲なら、この風雨を司る守矢の風祝が奇跡の神風で吹き飛ばしてさしあげますよ!」
 と、いきなり早苗さんが立ち上がって、どこからともなく大幣を取りだした。まあ確かに、早苗さんの力ならそのぐらいは容易いだろうけども――。
「あの、早苗さん」
「なんですか、メリーさん?」
「こちらのお嬢様は吸血鬼だから、雨雲を吹き飛ばしても今度は日光が降りそそいで結局灰になっちゃうような……」
 紅魔館の屋上で雨雲を吹き飛ばし「どうです明るくなったでしょう!」と笑う早苗さんと、その横で日光を浴びて灰になるレミリア嬢。コントか。
「吸血鬼って不便ですねえ。あ、だから紅い霧で幻想郷を包もうとしたんですっけ」
「人間風情に憐れまれる筋合いはないわよ」
「現人神ですから、私の方が吸血鬼より偉いです」
「有象無象の神ごときが吸血鬼より上位と言い張るなんて、いい度胸をしているわね」
 レミリア嬢が立ち上がり、早苗さんとの間に火花が散る。いやいや、どうしてこうなるのだ。
「それでしたら、奇跡の現人神と脆弱な吸血鬼、どちらが強いか一度手合わせしましょうか」
「この異変の犯人の前に、まずこの小生意気な人間を懲らしめないといけないようね」
 早苗さんが大幣を振りかざし、その頭上に五芒星が煌めく。
 お嬢様が右腕を高く掲げ、そこに真紅の槍が顕現する。
「おお、早苗ちゃん対レミリアお嬢様、興味深い対戦カードね」
「それどころじゃないでしょ! 蓮子、隠れるわよ!」
 相変わらず危機感の欠如した相棒の手を引いて、私は広間の隅で柱に隠れる。次の瞬間、早苗さんとレミリア嬢の間で光が交錯し、派手な弾幕ごっこの幕が開いていた。

 さて、その結果はといえば。
「……ゆ、勇者がこんなところで倒れるわけには……蓮子さん、メリーさん、私に力を」
「いや、無理……」
「残念だけど無理ねえ」
「そんなあ。魔王の強大な力に打ち勝つのは結集された人類の力ですよ! 元気玉です! ミナデインです! 大丈夫、死んでもドラゴンボールか世界樹の葉で生き返れます!」
「うるさいわよ人間」
「あーれー」
 レミリア嬢にふっ飛ばされた早苗さんが、絨毯の上に大の字に倒れこんだ。早苗さんの時代の格闘ゲームなら画面に『KO』の文字が浮かび、レミリア嬢が勝ちポーズを決めるところだ。
「ううっ、無念……ぐふっ」
「ふふ、でもなかなか面白い勝負だったわ。私の眷族にならない?」
「え、ええ? 吸血鬼の眷族ってつまり吸血行為と称してあんなことやこんなことを? 私の若々しい精気が目当てなんですか? 紅魔館ってつまり吸血鬼のハーレムだったんですか? あのメイドさんも主の趣味で、そういう百合展開なんですか? 八坂様がみてるんでしょうか? スカーレット・パニックなんですかっ!?」
「そこの二人ー、この意味不明なこと言ってるのを片付けて頂戴」
「そんなー、もうちょっと乗ってくださいよ!」
「早苗ちゃん、大丈夫?」
「ええまあ、このぐらいなら別に何とも」
「いや、頭の方」
「ひどいですね蓮子さん!?」
 がばりと起き上がってむくれる早苗さんに、私たちは苦笑する。
「まあ、なかなか楽しい退屈しのぎだったわ。このところ、この天気のおかげで出歩けないから退屈なのよ。今日はパチェも私が寝てる間にどこかに行ってしまったし」
 玉座に座り直したレミリア嬢は、また頬杖をついて息を吐く。
「お嬢様」
 と、そこへ唐突に、レミリア嬢の背後に咲夜さんが現れた。ついでにいつの間にか、レミリア嬢と早苗さんの弾幕ごっこでひっくり返ったテーブルやソファーも元に戻っている。時間を止めてその間に修復したのだろうが、冷静に考えると咲夜さんも大変だ。
「先ほど、パチュリー様がお戻りになられました」
「おや。それで?」
「そのまま図書館に籠もられてしまいましたわ」
「私に挨拶もなしにとは、余程のことがあったようね。まあ、あのパチェが自分から館の外に出ただけで余程のことだけれど……まあいいわ。そういうときのパチェは話しかけても相手にしてくれないから、小悪魔に任せて放っておけばいいわ」
「かしこまりました」
「あと、暴れたらちょっと疲れたわ。陽が沈むまで寝るから、寝台を用意なさい」
「御意に」
 一礼して、咲夜さんは姿を消す。お嬢様はひとつ欠伸をして、私たちを振り返った。
「楽しかったわ、人間。特にそこの霊夢の色違い」
「東風谷早苗です! 覚えてください!」
「また遊びにおいでなさい。次はフランと遊ぶ権利をあげるわ」
「はあ」
 きょとんとした顔で早苗さんは目をしばたたかせる。――注記しておくと、早苗さんはまだフランドール嬢とは対面していない。早苗さんがフランドール嬢と顔を合わせたらいったい何が起こるだろう。あんまり想像したくない事態である。
「しかし、いつまでもこの天気が続くのも困ったものね」
 テラスの方を見やり、レミリア嬢はひとつ呟いて、「ああ、そうだ」と楽しげな笑みを浮かべ――蓮子の方を振り向いた。
「いいことを思いついたわ。そこの蓮子」
「はい、お嬢様。なんでしょう?」
「お前、この異変の犯人を見つけて、私のところへ連れてきなさい。それがいいわ」
「――――はい?」




―5―


「つまり、私はこの玉座にいながらにして犯人を捕らえるの。安楽椅子探偵というやつよ」
「……あ、あの、お嬢様……。ええと、たいへん僭越ながら申し上げますが……その場合犯人を突き止める名探偵にあたるのは、お嬢様ではなくうちの相棒なのでは……?」
 名探偵は犯人を突き止めるのが仕事であって、捕まった犯人をとっちめるものではないだろう。ミステリ好きとして思わず私がそう声をあげると、レミリア嬢は「は?」とでも言わんばかりの軽蔑の眼差しでこちらを睨んだ。ひい、と私は身を竦める。
「何を言っているんだか。この私が異変を解決することが肝要なのであって、犯人を捕まえるなんて雑事はメイドや門番や眷族に任せればいいのよ。安楽椅子探偵っていうのは楽して出来る探偵のことでしょう?」
「……そ、それはどっちかというと、貴族探偵だと思います」
 世の安楽椅子探偵が聞いたら嘆き悲しむだろう。貴族探偵とは仲良くなれそうだが。しかし貴族探偵がレミリア嬢をアバンチュールに誘ったらロリコンになってしまう。その昔(いや、この時代から見れば未来のことだが)外の世界のテレビドラマで貴族探偵を演じた某アイドルも草葉の陰で泣いているだろう。
「なんでもいいわ。明日まで時間をあげるから、犯人を捕まえて紅魔館に連行なさい」
「ははあ。かしこまりましたお嬢様、善処いたします」
「ちょ、ちょっと蓮子、またそんな安請け合いして」
「大丈夫大丈夫、名探偵・宇佐見蓮子さんにお任せあれ」
 流し目でウィンクしてみせる相棒に、私はがくりと肩を落としため息をつくしかなかった。

 お嬢様が寝室に引っ込んだあと、私たちはパチュリーさんにも挨拶しようと、三人で紅魔館地下の図書館に向かった。パチュリーさんが何のために出歩いていたのか、というのを聞いてみたかったのである。しかし――。
「すみません、パチュリー様から『しばらく調べ物をするから構わないで』と申しつけられておりまして〜。申し訳ありませんが、今はお通しできません」
 図書館の入口で小悪魔さんにそう頭を下げられては、引き下がるほかない。地上へ向かって引き返しながら、私たちは次の戦略を練ることにした。何はともあれ、明日までにこの天候不順の原因を突き止めて紅魔館に犯人を連れて来ないといけないのである。
「結局、パチュリーさんは何を調べに外に出てたのかしら?」
「さて、この天候不順と全く無関係とも思えないけど。……魔法使いは気質に敏感、っていうのは気になるわね。気質といえば幽霊、となると幽霊関係の知り合いか、あるいは魔法使いの方を当たるか、ってところね」
「幽霊関係の知り合いって、白玉楼のお嬢様と妖夢さん?」
「それか、彼岸の閻魔様とその部下の死神さんか。――ああ、この近所の騒霊楽団って手もあるわね。冥界や彼岸は行きにくいし、まずそっちを当たるべきかしら」
「あの宴会でBGM流してくれるひとたちですね!」
「ん、ルナサさんたち、守矢神社の宴会にも呼ばれてるの?」
「河童がよく呼んできますよ。この近所なんですか?」
「せっかくだから早苗ちゃんも案内するわよ」
「いいですね! アーティストとお近づきになる機会なんて外の世界でもなかなかないですし」
 騒霊楽団は外の世界のミュージシャンとは何か違うと思うが。宴会が日常茶飯事の幻想郷であちこち駆り出されている騒霊楽団は、どちらかといえば地方の宴会場をどさ回りしている演歌歌手……いや、それはさすがに失礼か。
「じゃあ、騒霊楽団に会って話を聞いたあとで、魔法の森でアリスさんかしらね」
「時間、大丈夫かしら? 魔法の森に行く頃には陽が暮れてそうだけど」
「そのときはウチの神社に泊まったことにすれば大丈夫ですよ! 寺子屋の先生には、神奈子様に、おふたりのおうちのところの分社から説明に行ってもらえば」
「八坂様にそんな使いっ走りみたいなことさせていいの?」
 そんなことを言い合いながら、紅魔館を後にする。見送りに出てきてくれた咲夜さんに挨拶をして、門から外に出ようとすると、門にいた美鈴さんに呼び止められた。
「パチュリー様とはお会いになられましたか?」
「いえ、調べ物があるとかで門前払いでしたわ」
「そうですか……」
 美鈴さんは腕を組んで、何か思案するようにひとつ唸った。
「それよりも美鈴さん。このところの天候不順について、美鈴さんは何かご存じありません?」
「……天候不順ですか? なぜいきなりそんなことを?」
「いえ、お嬢様から、この天候不順の犯人を捕らえるよう仰せつかりまして」
「はあ。お嬢様がそういったことを咲夜さんではなく宇佐見さんに申しつけるとは……これはまた随分と、お嬢様の信用を得られておられるようで、羨ましい限りです」
「さて、そうなのですかしらね。――ところで、こちらの質問の答えはいかがでしょう?」
「……その前に、なぜ私にそれを?」
「あら、深い意味はありませんわ。手当たり次第の聞き込みの一環、ということで」
「…………」
 美鈴さんは訝しげに目を細める。私は蓮子の横でハラハラしながら様子を伺い、早苗さんはやりとりの意味がわからない、といった様子で首を傾げていた。――実のところ、相棒は鎌を掛けているのだが、なぜ相棒が美鈴さんに鎌を掛けているのか解らない方は、この紅魔館の謎を幻想郷に来たばかりの頃の私と蓮子が追った、過去の記録を参照されたい。
「さて、天の意志は地上のいち妖怪ごときには知るべくもありませんが」
 美鈴さんは不意にそう言って、空を見上げた。風はなく、蒼天は雲に覆われ、湖の霧がそれをぼやけさせている。レミリア嬢にとってはいい天気だろうが、いつ雨が降るかもわからない。
「……ひとつ、お三方に私から言えることがあるとすれば。これから、何か良くないことが起こりそうだということですね」
「良くないこと?」
「気の流れが、不自然なんです。パチュリー様が出かけられたのも、その調査だと伺いました」
「気、ですか?」
「気質と言い換えてもいいです。天気は即ち、天の気質ですから。この天候不順は、即ち気質の異変であるわけです。……私は気を遣う程度の妖怪ですから、パチュリー様が調査に向かわれる際に少し、その点についてお話しました」
「――なるほど! つまり貴方がこの異変の犯人なのですね! 門番さん!」
「はっ!?」
 突然割り込んだ早苗さんの言葉に、私と蓮子、美鈴さんは揃って目を点にする。
「蓮子さん、気質を操る妖怪がこんなところにいたんですから、犯人に決まっています! 獅子身中の虫というやつです! いざ引っ捕らえてあの吸血鬼さんに引き渡しましょう!」
「ちょ、ちょっと待っ――なんでそうなるんですか!?」
「問答無用ー!」
「はいはい早苗ちゃんストップ、ストップ」
 大幣を振り上げた早苗さんを、蓮子が慌てて羽交い締めにする。
「なんで止めるんですか!」
「お願いだから話をややこしくしないで。ごめんなさい美鈴さん、うちの非常勤助手は明後日の方向に全力疾走するのが得意でして」
「は、はあ……まあ、そういうのはお嬢様で慣れてますが」
「えっ、私あの吸血鬼さんと同レベルですか!? いくらなんでもそんな!」
「早苗ちゃん、それ以上言うと咲夜さんの方からナイフが飛んでくるからやめて」
「もが」
 早苗さんの口を塞いで、「美鈴さん、貴重な情報ありがとうございました」と頭を下げると、そのまま私たちは早苗さんを引きずるようにして紅魔館を後にした。
「もがもが……ぷはっ。むー、蓮子さん、せっかく私が奇跡の力で異変を解決しようとしたのに、邪魔することないじゃないですかあ」
「……早苗さん、もしかしてそれ、立ち位置的にわざとやってるの?」
「え? メリーさん、なんのことです?」
 きょとんと目をしばたたかせる早苗さん。名探偵の蓮子とワトソンの私に、三人目の早苗さんが加わるならばその立ち位置は当然、迷推理で名探偵の引き立て役になる警察の協力者ポジションである。あまりにもそれらしいのでわざとやっているのかと思ったが、早苗さんは素らしい。ミステリだと笑って見られるが、現実だとなかなか困ったものだ。
「でも、これが気質の異変なら、気質を操る妖怪が犯人ですよ! さっきの門番さんは自分でそう言ったじゃないですか! いわゆる秘密の暴露ってやつですよ! 名探偵がそれを見逃していいんですか? 『初歩だよワトソン君』ってやるところじゃないですかぁ」
「いやいや早苗ちゃん、今どきの名探偵に必要なのは謙虚さよ」
「謙虚さ、ですか?」
「そう。どれほど多くの手がかりを集めて、完璧に筋が通る推理が構築できたとしても、完全に全ての手がかりを集められたかどうかは、名探偵自身には確定できないの。もしかしたら、今までの推理を根底から覆す新証拠が、知らないところに隠れているかもしれない。その可能性は、名探偵自身には否定できないのよ」
「ええー。それを言ったらおしまいじゃないですかぁ」
「だけどそれが現実だからね。自分の推理は常に間違っているかもしれない、いやむしろ間違っていて当然なのだ、自分の推理が当たっている方がおかしいのだ、という謙虚さをもって推理するのが二一世紀の名探偵というものよ」
「はあ。名探偵もいろいろ大変なんですねえ」
「蓮子がそんな謙虚な名探偵とは思えないけどね。むしろ名探偵の不完全性を言い訳に、『この推理は絶対の真相じゃなく自分の誇大妄想に過ぎない』って前置きすれば何を言っても許されると思ってない?」
「もうメリー、私はただ世界を面白くする可能性を追求しているだけよ」
「そのために何回命がけの綱渡りしてきたと思ってるのよ、もう。閻魔様にもう一回みっちりお説教されてきた方がいいんじゃない?」
「まあまあ。そうやって世界を面白くしていったから、今の秘封探偵事務所があるわけよ。早苗ちゃんが今ここにいるのも、つまりは全て私のおかげ。ほらほら感謝しなさい」
「人を勝手に振り回して感謝の押し売りしてたら世話ないわ」
「つれないわねえメリーったら。もしかして妬いてる?」
「叩くわよ。っていうか叩く」
「あ痛い痛い」
「あのー、人前でそんなイチャイチャしないでくださいよ。反応に困るじゃないですか」
「いや、イチャイチャしてないから」
「えー。メリー、イチャイチャしない?」
「しないから! もう、騒霊楽団のところに行くんでしょ?」
「あ、待ってよメリー!」
「やっぱりイチャイチャしてるじゃないですかぁ」
 憤然と歩き出した私を、蓮子と早苗さんが追いかけてくる。
 本当に、このテンションが二人分は疲れることこの上ない。ふたりに背中を向けながら、私はただため息を漏らすことしかできなかった。




―6―


 それはさておき、騒霊楽団を訪ねるべく廃洋館へ向かった私たちであったが。
「……留守かしら?」
「留守みたいね」
 騒霊楽団が在宅ならば、中から何かしらの音楽が聞こえてくるはずだが、私たちのノックに対しても、廃洋館から返ってくるのは静寂だけである。どこかに出かけているらしい。
「間が悪いわね。じゃあ、魔法の森に行きましょうか」
「それはいいけど、蓮子、アリスさんの家の場所覚えてるの?」
 魔法の森は鬱蒼とした広い森で、迷いの竹林ほどではないにしても、普通に入り込んだところで道に迷うのがオチである。まして危険な胞子が漂ってたりもするわけで。
「大丈夫、早苗ちゃんがいればなんとかなるわ」
「え、私ですか?」
「森の中からじゃなく、上空からそれらしい建物を探せば良いのよ」
「なるほど! じゃあ飛びますから、掴まってください」
 そんなわけで、また早苗さんに掴まって私たちは空を飛ぶ。紅魔館のあたりからずっと空は曇っているが、太陽は西に傾きつつある刻限だ。その光の方向に飛んでいくと、ほどなく魔法の森の上空に辿り着いたのだが――。
「あれ、ちょっと雨降ってきました?」
 飛びながら、早苗さんが顔に当たる水滴に眉を寄せた。
「魔理沙ちゃんが言ってたわね。魔法の森も雨だって」
「……いや、これ本当に雨? なんか硬いんだけど……。それに、なんか気温下がってきてるような」
 私は早苗さんにしがみついたまま、軽く身を竦めた。魔法の森に近付くにつれ、だんだん寒くなってきている。時間経過による気温の低下にしては明らかに不自然――。
「あ痛っ。え、なにこれ――雹?」
 ぱちんと顔に何か硬い粒がぶつかり、蓮子はそれを手のひらで受け止め、目を丸くした。私の手にも、叩きつけるように白い粒がぶつかってくる。――どう見ても、季節外れの雹だ。寒いはずである、というか真夏に雹が降るってどういうことだ。
「あ、あそこに建物見えますよ! って、痛い痛い」
「わわわ、早苗ちゃん、しっかりして!」
 早苗さんも雹に降られて集中力が途切れたのか、空中でふらふらとよろめいた。しがみついている私たちにとってはとんだアトラクションである。ロープなしバンジージャンプはできれば勘弁してほしい。
「とにかく、森の中に下りましょ。木の陰か建物に入れば雹も避けられるし」
「わかりました!」
 私たちを抱えて、早苗さんはほとんど墜落するようなスピードで急降下し、森の中に着地した。地面に降り立ってほっと一息ついたのもつかの間、真夏とは思えない冷気に私は身を震わせた。ばらばらと、雹は相変わらず降りそそいで木々の葉を鳴らしている。
「あそこが、魔法使いさんのおうちですか?」
 早苗さんが指さした先には、見覚えのある洋館が佇んでいた。以前にも訪れたことがある、アリス・マーガトロイドさんの邸宅である。早苗さんは初めてのはずだ。
「在宅だといいけど。とにかく、軒先に避難させてもらいましょ」
 蓮子はコートで頭を庇うようにしながら走り出す。私と早苗さんも、雹に打たれながらその後を追った。軒先まで辿り着いて息をつくと、蓮子は遠慮なく玄関のドアをノックする。
「……どちら様?」
 幸い、アリスさんは在宅だった。ドアを開けて顔を出したアリスさんは、私たちの顔を見留めて訝しげに眉を寄せる。
「貴方たち、どうしてこんなところに? ……それと、そっちの子は、前に霊夢のところで見た顔ね。何の御用かしら?」
「どうも、こんにちは。ちょっとお話を伺いたいことがありまして」
「……まあいいわ。そんなところにいたら雹に打たれて風邪を引くし、中へどうぞ」
「どうもどうも、お邪魔しますわ」
 遠慮している状況でもないので、蓮子に続いて私たちはマーガトロイド邸に足を踏み入れる。玄関のドアが閉まり、雹の降りしきる音が遠ざかると、代わりに家の中から、何か大工作業でもしているかのような金槌の音が聞こえてきた。
「何か工事でもしてるんですか?」
「ええ、ちょっと地震に備えて、家具の固定をしておこうと思って」
「地震?」
 思わぬ単語に、私たちは顔を見合わせた。

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この小説へのコメント

  1. 貴族探偵、面白いですよね。
    原作は読んだ事が無いんですが、時間かあれば読んでみたいです。
    紅魔郷編も読み返そうかな…

  2. レミィvs早苗のコントと弾幕両方面白かったです。何回でもやれそう。
    傍目から見てもイチャイチャしてる蓮メリ可愛いかったです。

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