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楽園の確率~Paradiseshift.第6章『パラダイスの格率』   パラダイスの格率 第6話

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公開日:2018年07月30日 / 最終更新日:2018年07月30日

楽園の確率 ~ Paradise Shift. 第6章
パラダイスの格率 第6話



 東塔に拘束されていた外来人は、こちらに姿を現した当初こそ放心状態だったが、文の姿を見るなりすぐに正気を取り戻し、驚くやら喜ぶやら、と思えば困惑して思い悩んだりと、感情の乱高下が甚だしい様子を見せていた。
 そう。本来、外界追放が赦免され幻想郷に呼び戻される者に代わり、彼女は現れたのだ。
「いつもなら夢なら醒めないでって思うけど、生身で来ちゃうと色々と困るよー」
 ただの外来人なら、天狗に囲まれればただパニックになるだけ。一応は――あまり思わしい事ではないが――幻想郷に慣れた彼女だからこそ、この状況を柔軟に受け容れている。
「先ほども言ったように、あなたの日常生活はマミゾウさんの化式神が代行してくれますから心配ありません。今回は心ゆくまで幻想郷ライフを楽しんで下さい」
「その幻想郷ライフが楽しめる状況じゃないじゃん。マミさんの術は疑わないけどさー、それじゃ私が勉強できない代わりにならないんだよー」
 外来人、宇佐見菫子は、正気に戻った後はやれ試験だやれ出席時数だとばかりを繰り返していた。出席はどうにかなっても、その他諸々が彼女にはよろしくないらしい。
「さっきも話したように幻想郷も一大事なんですよ。今回の件はいにしえの都市伝説(オカルト)から始まってます。これから早苗さんがもたらす調査内容に、現役外来人のあなたの知見を加味しての意見も頂きたいんですよ」
 幻想郷が現在危険に見舞われているのにはさして興味も湧いてないのか、今その現場に自身がいるという意識が薄いのか、現状の安全については未だに口にしていない菫子。
「オカルトって言葉自体、伝承や伝説の後ろ盾が無い最近の怪奇現象(つくり話)の事を言ってるのに、いにしえのオカルトっての、なんか矛盾してない?」
「言葉の定義については曖昧になってしまってすいません。ですが、新しくも古くも、その時々に都市伝説(つくり話)という物は存在してきました。近年はその揮発性が極端に高まっただけで、定着すれば江戸期の各種怪談の存在のように、妖怪として確立したはずなんです」
 今般、一言主を幻想郷に連れ込んだのは、存在の定着が第一の理由と考えられた。そうでなければ、結界を往復させるコストやリスクを無駄に発生させる必要など無い。と言うより、合理的な理由が現状それしか見当たらない。
「その怪談の類いも、近年になって淘汰された物が少なくないかな」
 三尺坊の言葉に文も頷く。
「幽霊の正体見たりなんとやら。オカルトの拡散や対抗手段の拡散も早ければ、今はその実態が知れるのも早い道理ですね」
「そもそも、広義の“通信”には、土地々々の信仰も相当駆逐されましたな」
 それを見守り、未だ自身が祀られ続けるのを幸いとしている真噛が言い添える。
 宗教はいつも侵略的で、信仰はいつも保守的だった。
 土着の信仰は海の向こうからの宗教の前に姿を変えざるを余儀なくされ、それにそぐわない物の多くはただ消え去った。彼方にあった事物が同時に輸入されたのだろう。更には、外界で神仏という存在がただのキャラクターやシンボルとなって久しい現在は、三尺坊ほどの多大な信仰を集める存在ですら、淘汰されかねない。
 しかし、悪いのは偶像ではない。社会でもない。淘汰その物すら悪しくはない。それは全ての物が先へ進んだ結果として受け容れられるべき。その為に、幻想郷が後ろにある。
「わ、私はミステリーを曝く『秘封倶楽部』として活動してるだけだから、神様なんて?っぱちとか、お化けなんてないさなんて言わないよ。ただ真実に近付きたいだけで」
 そうして聖域が曝かれる事こそ、信仰にとっての致命打となる。という説教は誰もしない。若い彼女の、これからの思慮に期待するのもあるし、矯正するに当たらない。
「まあまあ、若いからこそ色々と知りたいと思うものだ。宇佐見さんも、必要ならここにあるネット環境は自由に使ってもらって構わんぞ」
「せっかく生身でこっちに来たのにネットかー、それもなんか勿体ないなぁ。けど流石はアキバの神様ね。こんな所でもネットが出来るなんて」
 権現様という語だと神様より仏様が本体となるのだが、ここは神様でいいだろう。
 またアキの神様というのも、そもそも秋葉原の由来が火除け地と秋葉信仰の混淆からの地名なので、間違ってはいない。(電気街の神様という認識でいられると流石に誤りがあるはずだが、三尺坊がこの通り俗世に近しいため、それでもいいような気がしてしまう)
「まあ、地上波のIPラインが全滅で、やたらパケット代がかかる衛星回線だがな……」
 薄笑いの三尺坊の暗い呟きに菫子がたじろぐのを見ると、それはかなり深刻なのだろう。
「それで早速、要件についての質問なんですが。外の世界で一言主がどうとか、そういう情報に触れた事はありませんでしたか?」
「一言主? 乙事主(おつことぬし)様なら今年も無事タタリ神になってたけど」
 それは誰だという文の困惑には、真噛が正しく補足する。
「……アニメーションの話じゃないんですよ。とりあえずは知らないんですね」
「そうそう、私は何にも知らないのよ。ホントにこっちに来るのが私でよかったの?」
 と言っても今すぐ帰す訳にもいかない。早苗との交換者に彼女を選んだのは知見を得るためだけでなく、なるだけ早苗との霊力の差が少ない者を選んだ結果でもある。これから別の誰かを選定し、結界内外で三角交換、四角交換にしても混乱が発生する。
 後は早苗次第か。文がそう考えている所に、三尺坊のデスクトップにまた通知。
「おや、写メールか」
「呼びましたか?」
「いや、射命丸ではなくて写メールと。だがこっちに来い」
 相変わらず紛らわしい語だとの思いもひとまずと、文は招かれるまま端末の前に座る。
「風祝殿からだ。こっちからも返信できるぞ」
 画面の早苗はこちらを発った時の姿のまま、笑顔でVサイン。何処かの山中だと知れるが目印となる物は皆無。ただ菫子をその地に誘って、早苗を迎えた桜坊は側にいよう。
 連絡もこれっきりではなく、今後はより密にすることになる。だが今言いたいことがあれば言っておくといい。そんな三尺坊の勧めに応じ、真噛の助けを得て端末を操作する。
 活版用の鋳植機やタイプライターの打鍵などとタッチが違うため普段よりやや拙(つたな)くはあるものの、早苗へのメッセージを打ち込んでみる。
 肉親や知人に会って来るといい、などと気の利いた風な言葉をかけたくもあったが――
「調査の完遂でもなく、ただ無事を祈りますか。相変わらず仲が良いですね」
 先頃は「人間が好きではない」と言い放った椛からの言葉は、皮肉ではなく温かい物。
「幻想郷の一角を為す守矢神社ですよ。パイプは作っておいた方がいいに決まってます」
 真面目に言ったつもりの文には、菫子や椛からの意地の悪い視線が突き刺さるのだった。

      ∴

 早苗の外界調査はある程度順調に進んでいた。
 その情報共有のため、文は菫子や椛を連れ立って命蓮寺に向かう。
 三尺坊を除く御八葉はあくまでも『妖怪の山』の手でケリを付けるのを主張し続けているが、今以てその中枢を掌握する玄庵、それに彼とおよその意思を同じくする東光坊は、文の「幻想郷に戦ってもらう」という大風呂敷の展開にも協力的な体制。
 いつまでこれに乗り続けていいものかは判断に迷うが、それより今は――
「早苗さんからの報告、少々驚きでしたね」
「いえ、諏訪子さんの言の裏が取れただけです。だけですが、かなりの収穫でもあります。後は、あれがどうやって幻想郷に現れたのかが知れればいいんですが」
 やはり一言主は、本来奉られる地に安置されていた。まかり間違っても幻想郷に訪れなどしてはいなかったのだ。ならば今幻想郷を騒がせている一言主は何者か、そこには打開策への僅かな望みも連なっていよう。
 現状、早苗はかつての葛城襲津彦の本拠地である大和国(奈良県)に宿を取り、調査の拠点としている。そこにはマミゾウや桜坊、まだ外の世界に残っていた三尺坊の弟子も同行している。
「それにしても上手いこと考えたよね、文ちゃん。ついでに外に放り出すなんて」
 ちゃん付け呼びが――玄庵に呼ばれるよりマシだが――慣れない文は、苦笑いで応じる。
「早苗さんの事、じゃないですね。マミゾウさんをですか?」
「そうそう。みんな正義の味方なんかじゃないんだから、その鬼一さんってののおこぼれに預かろうと考えてもいいんだよね。マミさんなんて狸だし、カセンちゃんや妹紅っちと違ってかなり胡散臭いし。こういう調査を依頼したのって、そういう事なんでしょ?」
「否定は出来ませんね。協力を打診した時点では一言主側と意思の疎通が可能か確証が無かったんですが、御山を嗅ぎ回られるのも拙(まず)かったんで、でっち上げたつもりでした」
 その苦し紛れの打診が今になって活きただけだと文は言う。また裏切りの意思が無くとも、彼女が言霊に支配され、化術で一言主に結界を越えさせるなども考えられた。
「それにしても妹紅っちに協力してもらわないのはなんで? 蓬莱人って変化を否定する存在だから、毒とか呪いとかも平気なんじゃないの?」
「それについては不死人の一人、竹林の薬師が懸念してました。卑妖化こそせずとも、意思を奪われる恐れまでは否定できないと。真に不死の兵など、ゾッとしません」
 今現在、永遠亭は捕らえた卑妖の受け容れこそ行っているが、戦闘には一切協力をしていない。もしそちらに一言主らが矛先を向ければ、全力で抗いはするだろう。
 一言主も鬼一法眼も、鞍馬衆や卑妖達も中山谷での一戦の後、何の動きも見せていない。ただ華扇が懸念した通り、周辺を根城にしていた狗賓や経立が相当数取り込まれたのも判明した。もし兵隊をかき集めているのなら、竹林への侵攻もあり得る。しかし兵力拡大が何を指向した行為なのかはまだ不明のまま。確固たる理由はあるのだろうが。
「菫子さんは、命蓮寺に来るのは初めてですか?」
 それを遠目に見た椛が問いかける。
「んーん、来た事ならあるよー」
「でも人間が避難するあそこは初めてね。妖怪より人間を刺激しないようお願いします」
 菫子は神妙な面持ちで文に答える。外の世界でも、そういう場面が発生する出来事が断続的に起こっているのは知っている。彼女もこういった場での振る舞いは心得ているのか。
「なのでちょっと手前に降りますよ」
 椛の先導で命蓮寺の人目に付く前に三人は降り立つ。事前に取り決めておいたそこには、善八郎の姿もあった。
「お早いお出ましですね」
「ご本尊様の言いつつけで竹林に行っていたのだ。卑妖化解除の件、やはりと言うべきか一筋縄ではいかないらしい」
 単に卑妖化を解除すれば残留した瘴気に命を奪われ、瘴気が切れれば卑妖としての飢餓に陥り、絶命する。猶予は個人差によるが、瘴気中和と解呪は基本同時に行わなければならない。それを百人二百人の人間に施すのは、三尺坊や永琳をしても困難極まるらしい。
「先に鹿が変じた卑妖で試みたそうだが、解呪が間に合わなかった。中和はともかく。以来、無駄な殺生になる試みはしていないそうだ。現世利益を旨とするご本尊らしい」
 犠牲になるのを予見しての実験だったろうに、それは詭弁に思える。いや、後々の損得を考えれば、この順序は妥当だったのかも知れない。
 菫子の件を先に聞いていた善八郎は、何も問わずに同行するだけ。
 命蓮寺の境内は前回に来た時とさほど変わっていない。ただ勝手に住まいを構えている者が増えているのには、文も善八郎も眉をひそめる。
「こんな所で軒先借り続けるなら里に戻れってのにな」
 情報を待ち構えていたであろう者が聞こえよがしな声を上げる。文は妖怪でも外来人の言葉でもない声の主の姿を、椛に視させる。正体は分かりきっているのだが。
「隠れ蓑でも穏形の術でも――一応は穏形でしょうか。妖精を抱えてます」
 椛に見破られた魔理沙は、文の手招きを受けて腰掛けていた鐘楼から降りて姿を現す。
「なるほど。妖精の力を借りて独自調査ですか」
 魔理沙に寄り付いているのは、博麗神社の杜に棲んでいるはずの光の三妖精。一度危機に曝されたそちらから逃げ延びて来たと思われた。かくれんぼの最終兵器などと言う異名も聞く通り、その穏形の効力は隠れ蓑すら上回るようだ。
「にとりの所に行っても、妖怪の山の事業で忙しいって話ばっかりだからな。それと念話、聞いてたぜ。調べてみたらとんでもない奴が敵に回ったみたいだな」
「だから言うんです。今回の件、もう博麗の巫女以外の人間に関われる余地は無いって」
「あいつや早苗はどうなんだよ」
 あいつ――菫子は「マリサっちー」などと無邪気に手を振り、三妖精と戯れている。
「菫子さんには、外来人なりの智恵を借りてるところです」
 一見、納得した風に応じる魔理沙。彼女にも活躍の機会があるかも知れなかったのだが、それは提示されないままご破算となった。
 椛を通した河童の工房への依頼には、火仗の整備や弾薬の製造のほか、先般用いた野砲の本来のプラットホーム復元や水妖ビークル量産もあり、魔理沙には前者の操作で活躍してもらうつもりでもいた。だが侵食された玉兎の『百舌』の検査で、にとり達から『真空管以上の電子的素子』が瘴気の影響を受ける可能性を指摘され、それを用いる砲撃プラットホーム等の復元もキャンセルとなったのだ。今は魔理沙が先ほど言った事業、銃弾と砲弾の生産に全力を尽くしている最中であろう。
「じゃあネイティブ幻想郷人の私はシャットアウトか?」
 魔理沙に正直にそう告げた所で、光を操るサニーミルクと、音を消すルナチャイルドの力で以て忍び込んで聞いていくだけだろう。
 念話を聞いていた相手にそこまで隠す情報は無いし、彼女の意見も聞きたくはある。
「いえ、興味があるならどうぞ同席して下さい。戦うのはともかく、当事者ですし」
 彼女も意地にならずにそれを受け容れる。
 菫子も同年代の、同様の力の持ち主を迎えて、若干テンションがやや上がりといった様子。魔理沙も嬉しそうだが反応は薄い。思えば人里の商家から家出し、一人で魔法を修めようとしている彼女が、菫子一人の登場にそんなに感情を揺らされることもあるまい。
 そしてふと思い出す。何が一言主に、支配者の性に抗うのに必要なのかを。
 それは少なくとも孤独などではない。今これより、己も含めた、それに抗えた者達も集う。そこで見極められるものもあろうかと、文達は白蓮の待つ広間に向かう。

「――現状として、幻想郷に現れた一言主が分霊(わけみたま)などですらなく、今般の彼の者の行動を決定付けている主体は、妖怪の山の元首脳、鞍馬僧正坊こと鬼一法眼であると明らかになりました。また早苗さん達には、引き続き外界調査を依頼しています」
 妖怪の山が不利になる情報ではあるが、それよりも真実を伝えて信を得ようという方針。これは彼女らこそ信用のおける個人だから通ったのだ。
「あの狢の大将にこちらで手柄を立てさせず調査を、か。それはなるほどだが、鞍馬山など、今更調べる必要があるのか?」
「少なくとも、私は調べる必要があると思ったわ。天狗に意見を請われて思い浮かんだのは、やはりあの鞍馬僧正坊の根拠地だった」
 神子の問いにはパルスィが答える。鞍馬山調査の提案に私怨が絡んでいないとは断言は出来ないが、必要性や妥当性については充分にあったため次の調査地に採用された。
 だが、三尺坊や桜坊ですらも今そちらへの伝手が無いらしい。縁が近い次郎坊は非協力的なまま。そのため奈良に滞在しての一言主関連の調査を時間の限り掘り下げている状態。
「それにしても妙な奴だよな。古い一言主の力に、別の姿を幾重にも取ってみたり。かと思えば自分を討ったはずの刀でとんでもない力を振るったり、それと返し矢も。本当にあれは一言主って神様なのか? それを言ったのは首謀者側の鬼一法眼だけだったんだろ」
 今ある情報から魔理沙一人が思索を深めているが、事実から離れて予断が過ぎているきらいも見える。ただ確かに、一言主の名を現状の幻想郷に知らしめたのは、鬼一法眼だった。それまで、一言主当人ですら「吾は誰そ」と古き都市伝説(誰そ彼時の影法師)として問い続けていただけ。
 その種の思考は魔法使いに任せ、文は白蓮にだけ伝えるべき件を切り出す。
「そう言えば。白蓮さん、妖怪の山での戦闘でも、響子さんらしき姿は見られませんでした。しかし遺品もありません。安心していいのかは分かりませんが、希望はあるかと」
「そうですか。いえ、覚えてくれていただけで充分ですよ。今はあの子にだけかかずらってる場合では無いのですから」
 そうは言うが諦めた訳でもあるまい。今も他の弟子達が折を見て捜索にかかっている。
「犬狼の妖が大量に取り込まれたのを考えると、山彦も強く影響を受けたのかも知れませんね。ときにヤマメさん」
「え、は、はいな」
「やはりあなたに戦ってもらうのが、最善手であると思えます。鬼一法眼以下の軍勢は我々が引き受ける事が出来ても、一言主はどうにもならないと分かりました……」
 術も、火仗も通じない。接近戦も困難なうえ、鬼も国津神も引き裂く一閃。死角が無い。
 もはや巫女王の名を継ぐ土蜘蛛、ヤマメにしか、対峙は出来ない。
「分かった、引き受けるよ。でも妖怪の山はそれで納得したの?」
「現在妖怪の山を引っかき回して掌握している御仁が、あなたの参戦にGOを出しました。それとこれは私個人の質問なんですが、彦山の玄庵という名に聞き覚えはありませんか?その御仁があなたの古い名を、ヤマノメとの名を知ってましたので」
「玄庵? いや、それは知らないけど、彦山の天狗さんなら、相当前に会った覚えがあるかなぁ。何せこっちに来る前の話だし……鎮西八郎ナントカって奴と一緒だったような」
 知らぬはずが無い。本邦でも希に見る伝説的な武人、それも河内源氏宗家にあった者を。
「鎮西八郎……源、為朝(ためとも)!」
 文の叫びにつられ、ヤマメも叫んで答える。
「そいつだ! でも天狗さんはなんて名前だったか。玄庵じゃなかったはずだけど……」
 何と言うことか、彼もまた源氏と縁を持って飛んだモノだったのか。ならば彼が御大将と仰いだ者とは、為朝で間違いあるまい。
 つくづく、妖怪と源氏の血は縁があるらしい。文はその奇縁に、僅かな物思いに沈む。
 皆鶴とはたて、パルスィや勇儀達。自身や椛も、それにここの弟子の一人――
「ぬえ、盗み聞きは感心しません」
 欄間にはまっていた猫が抜け出し、黒いワンピースの、コケティッシュな笑みを浮かべる少女に変わる。化術ではない正体不明少女封獣ぬえの能力は、椛ですら見透せなかった。
「じゃあ響子の手がかりが欲しいって言ったら聞かせてくれる?」
「誰も聞かせないとは言っていません。必要な話は後でしてあげます」
 ぬえは「はーい」と素っ気ない返事をして去って行こうとするが、
「なるほど、そうか!」
 不意に魔理沙が声を上げ、自らの掌に拳を落とす。
「は? 出し抜けに、なに?」
 ぬえに指差したままの姿勢で白蓮たちに向き直った魔理沙は、彼女の問いに答えず話を進める。それもある種の回答なのだろう。
「正体不明だよ! けれど実体を持ってるから、言うなれば……ハンプティダンプティ?」
「ハンプティ・ダンプティ?」
 一同は揃って、東洋の西洋魔術師が紡ぐ不思議な響きの言葉を聞き返す。それぞれの分野を相当に修めた者ばかりが揃う場でも、これを知る者は彼女以外にいなかった。
「ああ、西洋の童謡の一節に登場するキャラクターだ。神話とかじゃなくてガッカリだろうが一応、私の話を聞いてくれ」

♪Humpty Dumpty sat on a wall
 ♪Humpty Dumpty had a great fall.
♪All the king's horses and all the king's men
 ♪Couldn't put Humpty together again.

「――ハンプティ・ダンプティが塀に座った、ハンプティ・ダンプティ派手に落っこちた。王様の馬と家来のみんなでかかっても、ハンプティ元に戻せなかった。で、ここで問題だ。さあ、ハンプティ・ダンプティって一体なーんだ?」
 わらべ歌の次は謎かけかと、フンと鼻を鳴らして嘲るぬえと対照的に、これまで一言主と相対してきた者達は、真剣にその問いに思考を巡らせる。答えを聞けばいいだけの問題ではない。そこに至る過程にも重要な思惟が生じるのだと、各々に信じている。
「“卵”でしょうか? 覆水盆に返らず、落ちて砕けた卵は元に戻らない」
「そう、何かの背景を思い浮かべなければそれでいいんだ。実際ハンプティ・ダンプティをキャラクタライズさせた図柄は、一般的に卵になってるし」
「ではこの童謡には背景があって、そこにハンプティ・ダンプティがいると言うの?」
「うん、そうだ。それもいくつかの」
 せむし(Humpback)(クル病、小児期の栄養不足に由来する骨格の形成不良)という特徴を持つ、戦死した古き英国の王や、そのイギリスで使われた攻城兵器。あるいは同じくイギリスのいち都市の城壁に据えられた巨砲であったりと、そのどれでもあるらしき風に歌われていても、確たる姿を明かさない。それこそが、ハンプティ・ダンプティという存在であると魔理沙は答えた。
「正体不明と言うより、神仏の習合と言うのが相応しい事象ですね。鞍馬様と鬼一法眼、いえ、こうも数多の習合を見ると、八幡(はちまん)様や障碍(しょうがい)神と言われる者を思い出します」
 文の思惟に魔理沙は肩をすくめる。
「すまない。習合って概念は私がちゃんと理解してないんで、言われてもそうだって言えないんだ。けど複数の観念を包含しているという認識でなら、私の考えはイエスだ」
「なるほど、神の卵と言うのは言い得て妙。それも一つの正解かも知れないぞ」
 予断を交える危うさは誰もが理解しているが、神子もこれに納得していた。
 そのハンプティ・ダンプティ自体が、正誤の別も無い、多くの人々がただ穿った見方をした末に生まれた実体を持った“正体不明”でもあろう。
「それに私達は知っているはずだ。魔理沙をはじめ、先の『都市伝説異変』に関わった君たちも。特に外来人の君はな。その『神の卵』に近しい物が幻想郷に現れたのを」
「まさか、オカルトボールの事を言ってるんですか?」
 神子に対する白蓮の問いには、魔理沙が何故か渋い顔をしてから答える。
「ズバリ、だな」
 そうは言いつつも、本意であるようには見えない。
 予断にも余りあるが、それでも言われてしまうと納得するしかない結論でもある。ただこうなると一言主の存在は、怖ろしい方向にも発展する。
「もしかしたら、あの――卑妖との語と同様に便宜上ではありますが――仮称・一言主には、あらゆるオカルトを取り込み、行使する力があるかも知れないと」
 文のこの懸念、解釈によってその対象は無限に拡大する可能性もある。
「それは術を無力化する瘴気とも関係してるのかもな。物質層は旧地獄に漂ってる瘴気と似た物でも、実際は異なる物だった。こいつを術の媒介である魔素(エーテル)の一種と見なせば、伝搬させるのは当然として、逆に選択的に術を遮るのにも使える」
「その魔素操作と自立式オカルトボールの組み合わせが、あの一言主の正体かも知れない。魔理沙、君の考えはそれでいいのかな?」
「ああ、だが今の話は半分結論ありきだ。けれどこんな論が現実とは考えたくない、反証込みでの反論があれば是非欲しいな」
 魔理沙のこの一連の思考、彼女一人の考えとは思えない。恐らく何人かの智恵が重なった物だろう。結論ありきと言った彼女自身が、これに納得してないのか。
「オカルトを取り込む。最悪ここに居る皆が、奴に力を取り込まれる可能性すらある?」
 人間の魔法使いと超能力者(サイキツッカー)、尸解の聖徳王にタナトフォビアに苛まれた尼公。古来よりの妖である土蜘蛛、そして天狗。どこまでがオカルトの範疇となるのか。
「なーんか小難しい話ね。じゃあさ、奴が妖怪や人間や動物の姿形をねじ曲げるってあれ、どういう術なのよ。今の話は受動的な能力でも、こっちは能動的な力よね」
 そう問いかける平安の大妖怪などは、まさしくオカルトだろう。
「それは結論が出てます。支配者の性(しょう)、その言霊と呪詛に込められたのは本質の変異。ただ瘴気は補助的な物で、主たる効力を発揮するのは言霊でしょう」
「ふぅん、呪詛や言霊って言うのは、要するに詭弁だったよね。昔、おきれいに暮らしてきた奴らが、穢れや悪徳を誰かに押し付けるために使った」
 討伐する者される者。それを倒した側も受けるべき呵責を、ぬえが言うおきれいな者達は遠ざけた。己は天命の下で絶対の正義を果たしたと信じ、それをはね除けようとした者達をそしり、その本性すらねじ曲げてきたのだ。
 その中で土蜘蛛や鬼が、言の葉により多くの虐げられた者達が生まれ、東夷とそしられた者達はそのようになる手前に、力で以てそれを退けた。
 福(さき)くあれと言祝(ことほ)げば大地は豊かな実りをもたらし、慢心を以て言挙(ことあ)げば厄災を。
 善き言の葉は良き方に人を導き、悪口は世を乱す。それが言霊というもの。
 祈りすら詭弁と吐き捨てるなら、ぬえの言った通りかも知れない。
(その言霊の神格こそが事代主。事は言、一言主も同じく。それがああして卑妖を生み出し続けている。これが現実とは、この大地の実相とは思いたくない)
 なればこそ、今この幻想郷に隠れ潜むモノは、仮称一言主でなければならない。
「眼横鼻直(がんのうびちょく)。目は横に、鼻は縦に。そんな当たり前のあるがままの事実を見つめよ。人間の禅僧、道元が南宋諸山を巡って得た真理の一つですが、卑妖なるモノこそ、その否定。言霊が自然(じねん)の“ありよう”を歪めるための物とは、小僧も認めたくはありませんな」
 これまで黙って聞いていた善八郎までもが声を上げる。それほどに憤ったのだろう。
「そう、だから紛い物なんですよ。一言主も、奴が操る言霊(インチキ)も。それに、三尺坊様の威を借りたとはいえ私ですら解呪が可能な程度の力が、真なる言霊(ことだま)とは考えられません」
 もし言霊の力がそんな物で祓えるなら、ここに在る土蜘蛛や橋姫ですら、帰天させる事が叶ってしまうかも知れない。だがそれはあり得ない。やはりあれは紛い物なのだ。
「脱線してるところ悪いんだが、私の話への反論は無いのか?」
 一旦静まった場で、文が改めて答える。
「私は正直、信じたくすらあります。あの一言主が仮称の、オカルトであって欲しいと。それと、一言主オカルトボール説が正しいなら、確認したい所があります」
 パルスィの方を向き、文はそれを挙げる。
「やはり、鞍馬山の調査を、です」
 確信に確証を重ねるため。
「お前が何を考えているのかは分かった。あっちの考えは全く分からんがな」
 あちら、鬼一法眼の企図。確かに今以て分からない。
「当初の通りに結界越えを目指すなら、妖怪の山への侵攻が妥当と思うがね。この間のそっちでの戦闘というのも、それが発端じゃないのかな?」
 文のみならぬ妖怪の山もそれを懸念していた。東塔が管理する『天狗の抜け穴』を押し通るのを。だから玉兎の兵器まで用いた捜索に考えが至ったのだ。魔理沙も妖怪の山の防備を懸念していたが、それも『天狗の抜け穴』の存在をどこかで知ったからかも知れない。
 これを知る前提ならば、神子の意見も至極真っ当。
 文字通りにつまみ出されるぬえを見送ってから、文は善八郎に目配せし、答える。
「あなた方がどこでそれを知ったのかは問いませんが、確かに、妖怪の山には結界の外に出るための手段が存在します。鬼一法眼が活動の主体ならばいよいよと考えていました。ただ、あの戦闘では主攻かつ盾となる卑妖の姿は僅か。兵力を温存しての卑妖追加が目的であり、今言った、結界の外に出るための手段への侵攻の様子が見られませんでした」
 故に現在、妖怪の山は監視体制の増強はしても、正面戦力の配備は平常体制に近い。
 これは玄庵らの専決でなく、通常通りの御八葉の決定事項。入念な分析を行った結果だ。
「はい。ちょっといいかな?」
 発言権を得ようと手を挙げるヤマメ。司会をする者も居ない場だが、一応と文が促す。
「どこに向かうつもりかは知れないけど、まず戦力は確実に増してる。それは確かだよね。で、本題。それだけの戦力を揃えての行き先、地獄ってのは考えられないかな」
 確かに、最近地獄の様子がおかしいとは、先の博麗神社での会合で勇儀がぼやいていた。しかもそれに、今回の件の黒幕が関わっているのではないかとして。
「なんで地獄を抑える必要がって、姐さん――鬼達の考えも謎だったんだけど、パルスィと話してたら拙(まず)そうな話が浮かんできたんだよね。地獄を通路に使う気なんじゃ、って」
 大結界は地獄まで切り分けてはいない。冥界なり旧地獄なりとも、ある意味での地続きとなっている。海外の地獄や冥界までも、地上の国々が海や山を越えて繋がっているのと同じく。幻想郷から訪れる事が出来る冥界や地獄は、行政区の一つと言えよう。
「幻想郷を出るために、地獄を渡る……」
 紫がパルスィを地上に引き揚げさせ、旧地獄への途を遮断したのは先手を打っての防衛策か。これが正しければ、幻想郷で一言主を倒そうというのが紫の本音なのか。
「冥界も関連するなら、白玉楼の守りはどうすべきでしょう?」
 白蓮の問いもなるほどと、文は答える。
「一言主が空を飛べたら詰みでしたが、幸いにして今の所はその様子も無いですね」
 あちらへ至る結界は相当に強固、飛び越えればすんなりと越えられるしょうもなさだが。紫の本意が幻想郷での決戦なら、友人である西行寺幽々子が易々と通すなどもあり得ない。
 地獄から外界へはどう出るのか。これは逆に、よみどりみどりと言えるほど選択肢ある。
 地獄を通り抜けた先は、外の世界の地獄の入り口へ。三途の河や、根の国底の国からの出口である黄泉比良坂(よもつひらさか)など、それら比定地のどれかへと辿り着けばいいのだ。次の桜坊達の備えもそれらへの指向となるが、人的勢力が限られる状況でどれだけ対応が可能なのか。
 幻想郷で食い止める必要が、幻想郷が戦う必要がある。文もそう結論せざるを得ない。
「けど生身で地獄をスルーなんて、そんなの大丈夫なの?」
 ひょいひょいと幻想郷と外界を行き来する菫子にとっても、その道程がとんでもない物であるのは容易に想像出来たろう。
「可能だと思います。魔理沙さんが言った通りの存在なら」
 六道の辻に立つ、それはそのまま死を意味する。だが、自立オカルトボールである仮称一言主には、その概念すらあるまい。
 死の概念すら無い者、それはどうやって葬ればいいのだ。誰もが口にし、押し黙る。
「直接、奈落に叩き落とす。偽の、地獄への“途”を使って」
 そんな中で発せられたパルスィの言葉に皆が注目する。彼女の瞳の淀みは常より深い。
「偽の途?」
「三途の河に、今再び橋を架ける。それも端の無い、選別者の橋を」
 拝火の信仰にある冥府への入り口。しかし今架けようと言うそこに審判を下す者は立たず、渡る者は天国も地獄も無い無限の奈落へ並べて落ち込むだけになろうと、彼女は言う。
「ここで何かの結論が出ても、私は妖怪の山に持ち帰り、然る方々に諮るだけです。もし今の話が確かだと判断され、今の案が通れば、三途の河に至る中有の道に近い我々妖怪の山が、正面で対決する運びになりましょう」
 舞台が整いつつある。しかし、仮称一言主に直接対峙できるのはヤマメのみ。
「一言主の“軍”は妖怪の山が引き受け、三途の河に架けた橋でヤマメが迎え撃つ、だな」
 確認にかかる魔理沙に、文と椛、善八郎も黙って頷く。
 懸念はまだある。そもそもヤマメが仮称一言主に勝てるのかと。
 あちらには膝丸の写しがあるが、ヤマメは無手。同等の得物を用意する望みも、今はもう無い。こんな状況を認識しつつも彼女は僅かに笑って見せる。
「たかだか土蜘蛛一匹が、紛い物と言っても果たして神様とやり合えるのか。怖いね」
 言葉とは裏腹に、怯える様子などは微塵も無い。土蜘蛛としての性(さが)に震えているだけ。
「勝てますよ、ヤマメさんなら。それよりも、渡し守達の排除を行わなければ一言主もわざわざ橋を渡ってはくれないでしょう。これもどうするか検討しなければなりません」
「そうなるとやっぱ私の出番は無しかな。そうだ、あっちが川の底を渡ろうとしたら?」
 前線での活躍の場が無いと珍しく悟った様子を見せる魔理沙。先ほどから提示し続けた考察も、せめて智恵でだけでも働こうと考えてのことだろう。
「その時は、江深淵(こうしんえん)の餌食ですよ」
 これらが果たして正しいかは、まだ分からない。しかし方針が固まり、皆の見る方向が定まったというのは大きな収穫だった。
 幻想郷は戦える。それだけは文も信じられた。

 命蓮寺での情報共有の場は解散し、そちらに在住の者以外は各々に帰途に就く。
 その中で魔理沙だけが、住処でも人里でもないあさっての方、霧の湖に向かって進む。
 幻想郷を騒がす事態など我関せずと冷気の中ではしゃぐ氷精に、いたずら代わりの弾幕を一斉射して通り過ぎ、降り立ったのは紅い館。
 魔理沙は慣れた風に、手を挙げながら門番に声をかける。
「よー、また来たぜ」
「お得意さんみたいに言われても困るんだけど。人形遣いさんもついさっき来たよ」
 門番、紅美鈴にそう告げられ、ならばよしと堂々と門を通過。これも最近の巡回経路になった、大図書館への道を行く。
 館でも一等豪壮な扉を盛大に開け放つと、部屋の主人と先客からは非難の視線が刺さる。
「ああ魔理沙さん、お待ちしてましたよ。今日もお茶ですか? それともコーヒーで?」
 司書を務めるパチュリー・ノーレッジの使い魔だけが、温かく魔理沙を迎える。
「緑色のお茶を、最近博麗神社にも行ってないんで恋しいんだ。無ければ紅いお茶で」
 薄暗い室内の向こうに消えるボブヘアの赤髪を見送りながら魔理沙は席に着く。
「と、言うオチだ」
 他に何も発さずそれだけを告げるのに、先客のアリス・マーガトロイドと大図書館の主のパチュリーは、盛大に溜め息を吐き出す。
「それは一応見ていたけれどね」
「少しは前置きとか、考えたらどうなの?」
 完全に秘匿された会合ではなかったが、それでもこうして第三者に漏らすのは背信的な行為に当たるかも知れない。必要ならばそういう事でもサックリとこなすのが、この普通の人間の魔法使いが一筋縄ではいかない、曲者たる由縁だ。
「それでどうする? このままだと私もお前らも、何も活躍できないまま事態終息だぜ」
 煽るつもりで言ってみるが、受ける二人の反応は冷静。
「さっきの場で決まった内容だけでも、懸念事項が山ほどあるわ。全て上手くいくなんて思えないし、事態が終息するなんてとてもとても」
「それより、妖怪の山の情報では、オカルトボール説しか考えられないのに、お前はなんで反論を求めて、場を混乱させようとしたの?」
 二人からのバラバラの質問に、魔理沙は差し出されたカップを一度傾けてから応じる。
「懸念事項の解決は妖怪の山の仕事だ。更に頭のいい奴らの分析が加われば、粗も取れてより確実な方向に話も進むだろ。あとオカルトボール説だが、私は否定してる訳じゃない。肯定する材料が薄いだけだ。だってあれは月の技術だろ? なら今回の事件の主体は月の関係者になってしまう。みんな話の勢いに乗っちまって、その根本を見過ごしてたんだ」
「月の都での事件が解決した今になって、その技術を使って侵攻。それはあり得ない」
 抑揚を抑えて言うパチュリーに、魔理沙はいよいよ感情的に応じる。
「そうだ。それはこの場でも何度も言っただろ」
「なら、あの場でも言えばいいのに、なぜ言わない」
「文と早苗に任せたんだ。私の直感では、もっと強烈な事実がある。あいつらが現在やってる調査なら、それが明らかになると期待してる」
「強烈な、事実?」
「一言主がオカルトボールかどうかよりそっちが重要だ。恐らく、それを操る鬼一法眼自身が、オカルトじゃないかと私は思ってる。そして、それには文も気付いたはずだ」
 だからこその鞍馬山調査。これには、さしもの魔女二人も驚く。
「オカルトボールなる技術が昨日今日に作られた物ではない、という前提なら大いにありえる話ね。幻想郷侵攻なんて限られた目的で開発された物じゃ無いだろうし」
 肯定を添えるアリスに「だろー」と指さしし、手で払われながら、魔理沙も持論を展開。
「そうだ、もっと広汎な目的で作られた物だったのかも知れない。これは霊夢の智恵だが、あれはある種の神籬(ひもろぎ)、神様を臨時に奉る物として用意された可能性もある。とさ」
 そもそも月という世界自体、神の依ります処であり、高天原の比定地ともなり得る地だ。
 そうなると、仮称一言主から“仮称”が取れかねないがしかし、これまでの調査結果と諏訪子の認識によってそれは否定されている。
「真に期待するのはそれね。なるほど分かった。それにしても、オカルトボール説はともかく、ハンプティ・ダンプティはお前独自の論ね。戦うことになったら、あれが一番厄介に思える」
 ただの術の無力化よりも怖ろしい。伝承や伝説をそのまま力に転化するかも知れないと、パチュリーは魔理沙の自説を言外に肯定し、自身の懸念を伝える。
「まあ、そんな機会は私達に訪れてくれないでしょうけれどね。術の無力化だけで、魔法使いを蚊帳の外にするには充分だもの」
 ならば伝承や伝説に依らない術ならいいじゃないかと、魔理沙は二人に問いかける。
「人形による物理攻撃、取っ組み合いは?」
「却下よ。自律稼動(オートマタモード)でも魔法糸(マジックワイヤー)を用いた遠隔操作でも同じ。例の言霊の影響下に入っただけで、電子機器すら変質させられたのよ?」
「じゃあ、瘴気で消えない大きさまで具現化した物を投げつける。それか上から落とす」
「却下。射程が得られない。あと、空中で使える、五大元素系の術は、限られる」
「鬼を、萃香辺りを連れてきて投げさせるってのは?」
「どこに居るのか分かったら、連れてくればいい」
 無い物ねだりは頂けないと釘を刺され、魔理沙も一旦黙る。
「けどまあ、検討だけはしてくれたんだな」
 そうでなければ即座の反論も返って来るまい。二人とも考え抜いた結果の、打つ手無し。
「先に言っておくけれど、レミィや妹様を前線に送り込むのは論外。吸血鬼ほど、父なる者へ畏れを抱き、敬けんな存在は、そうそういないわ」
 畏れを抱く対象は異なると言え、何者かの威力に屈するという点を取ると、人間とそれは変わらないのだ。
「せめてあんたの何が言霊を無力化してるのか知れればねぇ」
「無神経だから、じゃないの?」
 パチュリーの端的な罵倒は受け流してから、魔理沙は自身の手札を明かす。
「ならしょうがない。私のは手柄の独り占め不可な協力プランだが、乗ってくれるか?」
 二人とも否定はしない。まずは話を聞いてからとの姿勢だ。
 既に魔導書で埋まっているテーブルに、それら全てを覆うほど紙が広げられる。
 魔方陣などではなく図解や文字が敷き詰められたその隅々までを見回した二人の顔には、呆れや困惑が入り混じっている。
「理論上は不可能じゃないし、これまでの情報通りなら確かに通用するだろうけど……」
「予定総エネルギー、ゼタ……?! 何を、考えてるの?」
 そこには人の手で地上に作られた太陽すら上回る数字が提示されている。しかしアリスが答えた通り手法によっては不可能ではない。
 してやったりという貌で、魔理沙もぶち上げる。
「フェムトとは云々かんぬんなんて説明は、必要無いな? 出番は別々になるだろうけど、文達と同じさ。ハンプティ・ダンプティ、地上でこんがり焼くか、奈落の底で直接茹でてやるんだ!」
 魔理沙のプラン。物理現象としてのただのレーザービーム直射という、単純な物だった。

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