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こちら秘封探偵事務所第1章 紅魔郷編   紅魔郷編 第6話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第1章 紅魔郷編

公開日:2015年08月22日 / 最終更新日:2015年08月29日

紅魔郷編 第6話
小さな兵隊さんが五人、法律を志したら
一人が大法官府に入って、残りは四人





―17―


 パチュリーさんとともに地下を出ると、咲夜さんが待ち構えるようにそこにいた。
「咲夜、こいつらは貴女に任せるわ。私は図書館に戻るから、客人の誘導は任せたわよ」
「御意」
 じゃあね、と宙を滑っていくパチュリーさんを見送り、咲夜さんは私たちに向き直る。その表情がいつになく険しくて、私は先生に叱られる小学生のような気分で身を竦めた。
「宇佐見様もハーン様も、あまり勝手に出歩かれては困りますわ」
「すみません」
 蓮子が何か屁理屈を言い出す前に、先手を取って謝っておく。私が速攻で頭を下げたので気勢を削がれたか、蓮子も少し困ったように頭を下げた。
「まさか妹様を見つけられてしまうとは……ご無事で何よりですが」
 咲夜さんはそう、ため息のように呟く。
「あの子はどうして、あんな地下に閉じ込められているんです?」
「蓮子」
 不躾に問う蓮子の袖を、私は引っ張る。ただでさえ悪い立場なのに、これ以上藪を突いて蛇を出すような真似をしないでほしいのだが、我が相棒はお構いなしだ。
「妹様は、少々気が触れておいでですので」
 咲夜さんはさらりとそう答え、「こちらへどうぞ」と私たちを促して歩き出す。――気が触れて? 私は首を傾げた。私が見た限り、そこまでおかしな様子は見受けられなかったが。ものを触れずに破壊する能力があるらしいこと以外は、わりと普通の女の子だったと思う。いや、吸血鬼に対して普通も何もあったものではないが。あるいは、人間から見て「普通の女の子」に見えることが、吸血鬼にとっては「気が触れている」のだろうか?
「無事だったのは、運が良かったと思うことですわ。妹様のご機嫌が悪ければ、おふたりとも今頃はトマトジュースですよ」
「――――」
 毎度ながら、さらっと怖いことを言わないで欲しい。人間トマトジュースを想像してしまい気分が悪くなった私の横で、相棒は平然と言葉を続ける。
「悪運の強さは折り紙付きですので。――妹様のお世話は、美鈴さんが?」
「ええ。次からは尾行に気をつけるようきつく言いつけますが」
「どうして咲夜さんではなく、美鈴さんなんです?」
「――――」
 咲夜さんが足を止め、訝しげに蓮子を振り向いた。
「見た限り、この館を取り仕切っているのは咲夜さんですよね? それがどうして、妹様のお世話は美鈴さんに任せているんでしょう?」
「――美鈴は妹様のお気に入りなのですよ」
「そうですか。私はてっきり――咲夜さんが人間だから、かと」
 咲夜さんが、眉をつり上げる。
「どういう意味でしょう?」
「文字通りですよ。吸血鬼は不死身ですし、妖怪も人間に比べたら頑丈な生き物なんじゃないですか。つまり、妹様の機嫌を損ねても、死にかけるだけで済む。しかし咲夜さんは人間なので、うっかり妹様の攻撃を避け損ねるとトマトジュースなわけですから」
「……そうですね、そう考えていただいても結構ですわ。私が死んだら、館の家事が回らなくなりますから」
 ため息のようにそう答えた咲夜さんは、またくるりと私たちに背を向ける。蓮子はまだ何か言いたそうにしていたが、私はまたその袖を掴んで止めた。
「蓮子、いい加減にして」
「何よメリー。疑問を前にして問いを呑み込むのは秘封倶楽部にあるまじき行為よ」
「もうちょっと立場を弁えてよ。本当にパイにされたらどうするの」
「そのときは逃げるわ、全力で」
「吸血鬼や魔法使いや時間を止める人相手に逃げ切れる道理なんてないと思うけど……」
「そんなことより、よ、メリー」
 と、蓮子は不意に私の耳元に口を寄せて、聞き取れないほどの小声で囁いた。
「咲夜さん、たぶん妹様に壊される心当たりがあるんだわ」
「――どういう意味?」
「文字通りよ。妹様が閉じ込められているのと、おそらく何か関係があるんでしょうね」
 関係があるって、五百年近く閉じ込められているという妹様と、人間だとすればせいぜい私たちより少し年上ぐらいの咲夜さんが、いったいどう関係するというのだろう。毎度ながら、相棒の考えていることは私にはよくわからないのである。
 訝しむ私をよそに、相棒はマイペースに咲夜さんへと問いを重ねる。
「ところで、咲夜さん」
「今度は何でしょうか」
「吸血鬼ハンターの巫女さんが攻めてくると伺ったんですが」
「……巫女は吸血鬼ハンターではないと思いますが。新しいお客様がいらっしゃるなら、お掃除をしなくてはなりませんね」
「お嬢様に近付く敵を、という意味でですか」
「さて、どうでしょう。まあ、不埒な輩ならば門番が追い払ってくれるかもしれません。期待はできませんけれど」
 パチュリーさんといい、どうも美鈴さんの評価はこの館の中では非常に低いらしい。
「ああ、だけれど――」
 と、不意に咲夜さんはぽんと手を叩き、にこやかに笑った。
「そうですね、おふたりにはお嬢様とお茶をご一緒していただきましょう」
「え?」
 思わぬことを言われ、目を見開いた私たちに、咲夜さんは笑顔のまま続ける。
「前庭を見渡せる、お嬢様のテラスへご案内いたします。状況によっては、そこから綺麗なものをご覧頂けるかもしれませんわ」
「綺麗なもの?」
「それは、見てのお楽しみとしましょうか」
 いたずらっぽく言った咲夜さんに、私たちは首を傾げるしかなかった。





―18―


 かくして再び、レミリアお嬢様の玉座のある広間へ私たちは案内された。
 玉座の背後がそのまま前庭へ突きだしたテラスになっており、そこにはテーブルと椅子が並べられている。レミリア嬢はそこで、退屈そうに頬杖を突いていた。
「お嬢様。お客人をお連れしました」
「ああ、来たのね。この館の居心地はどうだい?」
「おかげさまで、身に余る歓待に感謝感激ですわ」
「ふうん。フランのところにまで忍び込むぐらい?」
 ――咲夜さんが先に一度お嬢様に話を通したのだが、そのときにフランドール嬢の件も伝わっていたらしい。私は身を竦めるが、蓮子は「それはもう」と平然と笑う。
「妹様ともこの喜びを分かち合い、仲良くベッドでくんずほぐれつ」
「ちょっと蓮子、誤解を招く表現は――」
 それでは、やましいことをしていたみたいではないか。私が肘で蓮子を突いていると、レミリア嬢はどこか呆れたように肩を竦めた。
「妹は気が触れているから、ちょっかいを出すのは、ほどほどにすることね」
 ――なんだろう、その言葉に不意に違和感を覚えて、私は小さく眉を寄せる。
 パチュリーさんも、咲夜さんも、レミリア嬢も皆、口を揃えて言う。フランドール嬢は気が触れている、と。それはつまり、あの子があんな地下室に幽閉されていることの理由なのだろうが――本当に、それだけなのか?
 フランドール嬢が本当に気が触れているのか、先ほど数時間にわたって本を読んで聞かせただけの私には判別しようもない。だが――申し合わせたかのような三人の言葉は、どこか言い訳というか、そういうことにしておきたい、という意志を感じる気がするのだ。フランドール嬢が幽閉されているという状況が先にあって、後から「気が触れている」という理由を付け足したような、微妙に上滑りした印象を、その言葉は残すのだ。
 だが、蓮子と違って私はそれを口に出す度胸はなく、咲夜さんに勧められて蓮子とともに黙って椅子に腰を下ろす。レミリア嬢と向かい合う格好になった私たちの前に、咲夜さんがティーポットから紅茶を注いで差し出した。
「ところでお嬢様、ここで綺麗なものが見られると伺ったのですが」
「綺麗なもの? ああ――美鈴のね」
 小さく鼻を鳴らし、レミリア嬢はテラスから前庭へ視線を向ける。霧に煙る庭の中、門のところに美鈴さんが佇んでいるのは、ここからでも確認できた。
「咲夜。新しい客人はそろそろ来るみたいよ。掃除は任せたわ」
「はい」
「面白そうな相手なら適当に手を抜いて私のところまで連れてきなさい」
「かしこまりました。では、パチュリー様とお掃除に向かいますので、私はこれで」
 そう言い残し、咲夜さんは文字通りその場から姿を消した。時間を止めて、その間に立ち去ったのだろう。お嬢様が紅茶に口をつけたのを見て、私もカップを手に取る。
「ところで、そこの金髪」
 驚いて、私はカップを取り落としそうになった。レミリア嬢が、赤い瞳で私を試すように見つめている。――フランドール嬢とは髪の色の羽根の形も全く違うのに、瞳の色だけは一緒なのね、と私は益体もないことを考えた。
「わ、私、ですか」
「ここに金髪はお前しかいないわよ。お前、結界破りができるんだって?」
「あ、いや……破るというか、結界の隙間を見つけてそこから覗きこむ程度ですが……」
「ふうん――境界視ね」
 レミリア嬢は興味深そうに私を見つめる。私はたじろいで、少し身を反らせた。
「怖がることはない。あまり怖がられると、かえって食べてしまうたくなるわ」
「う」
「たーべちゃうぞー」
 両手を挙げて、お嬢様は威嚇するようなポーズをとる。けれどその動作はいかにも幼くて、不意に目の前にいるのが数百年を生きる吸血鬼では無く、見た目相応の子供のように見えた。私は思わず小さく笑みを漏らし、レミリア嬢は小さく鼻を鳴らす。
「まあ、どうせ食べきれないけれど。私は小食だから、いつも食べきれなかった血で服を赤く染めてしまうのよ。それで、ついた渾名がスカーレット・デビル。格好いいでしょう」
「……血を吸われた人間は、やはり吸血鬼になるんですか?」
「試してみる?」
「い、いえ、遠慮しておきます」
 八重歯のような牙を光らせて笑うお嬢様に、私は身をのけぞらせた。
「後学までに、お嬢様は今まで何人の人間を食べてきたんです?」
 と、横から蓮子が剣呑な問いを発する。レミリア嬢は蓮子に視線を向け、ふっと鼻で笑った。
「お前は今まで食べたパンの枚数を覚えているの?」
「一日二枚のトーストを十数年食べてますから、ざっと一万枚ですかね。あ、私はバターやマーガリンよりも苺ジャム派ですわ」
「そこまでは聞いてないわよ。でも、いいわね苺ジャム。咲夜」
「はい、お嬢様」
 また、即座に咲夜さんがその場に出現する。この呼ばれてすぐ出現するのは、単に時間操作だけでは説明がつかないと思うのだが、よほどの地獄耳なのか、はたまた館中に盗聴器でも仕掛けているのだろうか、などと私は考える。
「トーストと苺ジャムを用意なさい」
「かしこまりました」
 次の瞬間、咲夜さんの手には、こんがりきつね色のトーストが六枚重なった皿と、瓶詰めの真っ赤な苺ジャムがトレイに載せられている。二枚ずつトーストが私たちの前に差し出された。そういえば四阿で夕飯を食べてから数時間経っている。もうとっくに真夜中のはずで、思い出すと空腹感が襲ってきた。眠気を感じないのは、気が張っているからだろうか。
「まだ、客人がここに辿り着くまでは少しありそうね。今の私は機嫌がいいから、多少の不躾な質問には答えてあげなくもないわよ」
 はぐ、とトーストをかじりながらレミリア嬢はそんなことを言う。ああ、また相棒を調子に乗らせるようなことを……と私が懸念したとおり、相棒は嬉々としてレミリア嬢に向き直った。
「妹様は四百九十五年ほど地下室にいると伺いましたが、失礼ながらお嬢様のお歳は?」
「ま、ざっと五百年ほどここの主をやっている、ということにしておこうかしら」
 微妙に答えになっていない気がするが、相棒は気にした風もない。しかしこの館、築五百年になるというのか。その割には妙に小綺麗な気もするが――。
「パチュリーさんとは、旧くからのご友人と伺いましたけれど」
「さて、どのくらい前だったかしら。私があの子に、ここの地下を図書館にして居場所を与えてあげたの。それ以来、パチェは私の良き友人。私が認めた数少ない相手のひとりよ」
「なるほど。では、咲夜さんは?」
「咲夜はねえ――私を殺そうとした人間だったのよ。銀のナイフでね」
 テーブルに肘を突いて、レミリア嬢は楽しそうに笑う。
「吸血鬼ハンターを返り討ちにして従者にしたと?」
「まあ、そんなところね。咲夜という名前も私があげたの。良い名前でしょう?」
「十六夜咲夜――昨夜と読み替えれば満月を意味する名前、というところですか」
「吸血鬼の配下に相応しい名前じゃない?」
 時間を操る能力なんて、持っていればどんな相手にも負けなさそうなものだが、レミリア嬢はそれにも勝ったのだろうか。いったい彼女はどんな力を持っているのだろう。
「お前にも何か新しい名前をあげようか。私の従者になるならね」
 レミリア嬢は唐突に、そんなことを言う。どうやら蓮子は気に入られたらしい。
「お嬢様の配下となって暮らすのも、確かに楽しいかもしれませんわね」
「そんな気もないくせによく言うわね、人間」
「おや、バレてます?」
「――そういう人間らしからぬふてぶてしさが、面白いから許すわ」
 隣で聞いているだけで心臓に悪いやりとりである。
「では不躾ついでに。美鈴さんは?」
「門番? あれは門番しか取り柄が無いから、門番をやらせているだけよ」
 素っ気なくレミリア嬢は言う。本当に美鈴さんの扱いは同情を禁じ得ない。小悪魔さんの方がまだマトモな扱いを受けているのではないだろうか。
 と、レミリア嬢は前庭の方へ視線を向け、ふっと目を細めた。
「――来たようね。さて、門番はどの程度保つかしら?」
 テラスから見下ろした門――霧に煙るそこで、美鈴さんが身構えるのが見えた。
 そして――霧の中から、この館へ向かって飛んでくる影がひとつ――いや、ふたつ。

 それは、どちらも少女だった。
 片方は、紅白の変わった巫女服に身を包み、右手に大幣というのだったか、神職の持つあのお払い棒と、左手に数枚のお札を構えた、黒髪の少女。
 そしてもうひとりは、黒い、箒に乗った魔法使いだ。とんがり帽子に黒と白のエプロンドレス。帽子を押さえるように飛んできた彼女の、金色の三つ編みまで、ひどく明瞭に見える。
 パチュリーさんや咲夜さんの言っていた来客というのが、どうやらあのふたりらしい。
「何が始まるんです?」
 蓮子がそう問うと、レミリア嬢は愉しげな笑みを浮かべたまま答えた。
「弾幕ごっこよ」

 博麗霊夢と、霧雨魔理沙。
 ――異変解決に現れたそのふたりの名前を私が知るのは、もう少しだけ先の話だ。





―19―


 重力に逆らって霧の中を舞うふたりの少女は、館の門に向かってまっすぐに飛んでくる。美鈴さんが、地面を蹴って門の上に飛び上がり、再び構えるのが見えた。
 美鈴さんの背後から、妖精メイドさんたちがわらわらと現れる。妖精メイドさんたちとともに、美鈴さんは門を蹴って、先んじている紅白の巫女さんへ躍りかかった。
 巫女さんが急ブレーキをかけたように中空に停止する。それに応じて美鈴さんもまた中空に静止し、右手を振りかぶった。妖精メイドさんたちが、わーっと巫女さんに向かって歩兵のように突撃していく――。
 次の瞬間、巫女さんの左手が閃いた。その手からお札が離れ、光芒を放ってブーメランのように舞う。その光はいくつにも分裂し、突撃してくるメイド妖精さんたちを正確に狙い撃った。光るお札を叩きつけられたメイド妖精さんたちが、次々と撃墜されていく。
 メイド妖精さんが残らず撃墜されるとともに、巫女さんが宙を蹴り、大幣を振りかざして美鈴さんの方へ突撃する。だが――それを待ち構えていたかのように、美鈴さんは太極拳のような動作で腕を回した。――その両手の間に、光の弾が膨れあがっていく。
「!」
 巫女さんが危険を察したか、高く飛び上がるのと、美鈴さんがその光の弾を突き出すように放ったのがほぼ同時だった。光弾はギリギリで巫女さんの足元を掠め、霧を切り裂いて湖の方へと消えていく。巫女さんがその手からお札を放った。分裂して美鈴さんの元に殺到する光のお札を――しかし美鈴さんはその場で、回し蹴りの一閃で叩き落とす。
 追いついてきた魔法使いの少女は、箒に腰掛けて中空に漂い、巫女さんと美鈴さんの戦いを観戦するつもりのようだった。巫女さんは魔法使いの少女の方を振り返ると、小さく肩を竦めて何か声をかける。魔法使いの少女がそれに応じて何かを言ったようだが、さすがにその声までは、私たちの元には届いてこない。
 巫女さんがため息のように首を振って、美鈴さんに向き直り、何かを言って大幣を構える。美鈴さんも何かを応え、ぱん、と掌を打ち合わせ、中空を蹴って身構えた。
「――――」
 美鈴さんが何か吠えたらしい。――そして次の瞬間、美鈴さんが両腕を振るうとともに、私たちの視界を、眩いばかりの虹色が埋め尽くした。
「――咲夜さんの言ってた、綺麗なものって、これですか」
「この弾幕の美しさだけが、あの門番の取り柄なのよねえ」
 蓮子が感嘆したように言い、レミリア嬢が呆れ混じりにそう答える。私は言葉も無く、その光景に見入っていた。この世のものならざる、その光の奔流に。
 それはまさしく、虹色の雨だった。七色に輝く光の粒が雨のように、巫女さんへと向かって降りそそぐ。巫女さんは宙を蹴り、その雨の中をかいくぐるように空を舞う。だが――その動線を見切っているかのように、美鈴さんは再び光弾をその両手に練り上げる。――撃つ!
「――ッ!」
 七色の雨の中、行動範囲を狭められた巫女さんの元へ、その光弾が放たれる。巫女さんが両手を眼前に突きだした。次の瞬間、巫女さんの身体の前に、四角い光の障壁が現出する。バリアのようなものだろうか――それは美鈴さんの光弾を受け止めると、そのまま角度をつけてあらぬ方向へ弾いた。光弾はちょうど魔法使いの少女の方へ飛んでいき、魔法使いは慌ててそれを避けて、巫女さんに向けて抗議のように叫ぶ。巫女さんはそれを無視して、そのまま一気に美鈴さんへの間合いを詰めた。
 反応の送れた美鈴さんに、巫女さんが突進の勢いのまま、くるりと一回転して踵を振り下ろす。咄嗟にそれを腕で受け止めた美鈴さんは、はじき飛ばすように腕を振るうと背後に跳び、小さく息を吐いた。
 美鈴さんが、腰を落として拳を突き出す。その拳から無数の光弾が放たれ、巫女さんへと襲いかかった。巫女さんは悠然とそれを回避するが――美鈴さんは宙を蹴り、今度は自分から一気に間合いを詰める!
 ショルダータックルのような体勢で巫女さんに体当たりする美鈴さん。だが、巫女さんは再びあの障壁を展開して、その体当たりを受け止めた。美鈴さんは障壁ごと、巫女さんを蹴り飛ばす。巫女さんの細い身体が浮き上がり、さらに追撃せんと美鈴さんも宙を蹴った。
 だが――巫女さんはダメージを受けた様子もなく、その両腕を広げ、何かを叫んだ。
 次の瞬間、巫女さんの背後に四つの光弾が浮かび上がり、美鈴さんに襲いかかる。美鈴さんは危険を察して急制動をかけ、曲芸のような身のこなしで、次々と襲いかかってきた光弾を避けた。だが――、
 美鈴さんの身体の近くを通り過ぎた光弾が、背後で反転して再び美鈴さんに迫る!
 避けたつもりになっていた美鈴さんは、反応が遅れた。四つの光弾が美鈴さんに殺到し、その身体を打ち据える。「ああ、ありゃダメだわ」とレミリア嬢が肩を竦めて紅茶を啜った。
 光弾が弾けて、美鈴さんの身体が巫女さんの方へはじき飛ばされる。そこへ巫女さんが、あの障壁を構えて待ち構えていた。
 大幣が振り下ろされ、巫女さんの障壁が、美鈴さんに向かって放たれる。それを組んだ両腕で受け止める美鈴さん。中空で踏ん張るように身を固めた美鈴さんに、追撃を放とうと巫女さんが迫る。
「――破ッ!」
 裂帛の声とともに、障壁が砕け散った。中空に仁王立ちした美鈴さんが、素早く構える。その瞬間、巫女さんが一瞬たじろいだように急制動をかけて止まった。ぞくり、と私も息を飲む。そこに見える美鈴さんの気配が、今までと明らかに違う。何か、異様な妖気のような、背筋を冷たくする気配が、霧の中に満ちていく。
 ――その、紅の霧の中に。
 とぐろを巻いた、竜の影を見たような気がした。
「美鈴!」
 そう叫んだのはレミリア嬢だった。次の瞬間、はっと我に返ったように美鈴さんは一瞬構えを解き、異様な気配が霧消する。その隙を、巫女さんは見逃さなかった。
 巫女さんがお札を取り出し、それを放つ。美鈴さんは飛び上がってそれを避けたが、そこには狙い澄ましたように、巫女さんが大幣を構え、あの障壁を展開していた。
 大幣が振り下ろされるのと、美鈴さんが身構えるのが同時。障壁は正面から美鈴さんの身体を打ち据え――次の瞬間、その障壁に押しつぶされるように、美鈴さんの身体は門を超えて、紅魔館の前庭に叩きつけられていた。
「勝負あり、ね」
 レミリア嬢が審判員のようにそう宣言したのが、実際に戦闘終了の合図だった。ぱんぱんと手を払った巫女さんに、その頭上で観戦していた魔法使いが何か嬉しそうに声を掛けている。
「やれやれ、役に立たない門番だこと」
 それ以上前庭の光景には興味を失ったように、レミリア嬢は紅茶を飲み干して立ち上がる。先ほど、美鈴さんが異様な妖気を放ったときに、お嬢様が声を掛けなければ勝負の行方は解らなかったのでは――と一瞬思ったが、口に出せることではなかった。
「さて――お前たちは向こうの階段から、時計台の方にでも隠れているといいわ」
 お嬢様はそう言って、広間の一角を指さした。そこにある扉の向こうが、どうやらこの上へ向かう階段になっているらしい。
「お嬢様は、どうなされるんです?」
「パチェと咲夜次第だけれど、いざとなったら私が直々に歓迎してあげなくてはね」
 蓮子の問いにそう答え、レミリア嬢はテラスの柵に腰を下ろして艶然と微笑んだ。
 背後にはいつの間にか、ひどく紅い月が大きく――不自然なほどに大きく浮かんでいる。
 その、血の色のような月を背に、吸血鬼のお嬢様は、踊るように羽根を揺らした。

「このレミリア・スカーレットの戦いを、特等席で観戦させてあげるわ。光栄に思いなさい」

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この小説へのコメント

  1. 蓮子さん胆が座ってますねえ。ズバズバと聞いちゃうその精神が羨ましい。紅霧異変は早くも佳境に入るみたいなので、次回が楽しみです。

  2. 美鈴は弱いのかなとか思ったら・・・
    美鈴好きとしては大好物な設定でした

  3. 蓮子が危なっかしくてずっとはらはらしてました。次回も楽しみにしてます。

  4. 弾幕戦の表現がずばぬけとる・・・
    次回も楽しみにしています!!

  5. とにかく突っ込んでいって止まらない蓮子はカッコいいですがやはり、「一旦落ち着こう?ね?」と言った感じが先に立ちますね。。。メリーも大変だな。。。”お客人”だからか家捜しとも取れる2人の行動への甘い対応がまた「館の住人とフランとの間には何かある」という想像を膨らませます!
    続きが楽しみです!!

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