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こちら秘封探偵事務所第14章 深秘録編   深秘録編 7話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第14章 深秘録編

公開日:2021年03月27日 / 最終更新日:2021年03月27日

深秘録編 7話
―19―

 その日――つまり、易者さんが私たちの前から去って行った、その日の夜。
「これで今回の、妖怪の賢者からの依頼が完了したのだとしたら、今夜あたりメリーのところに妖怪の賢者からコンタクトがあるはずよ!」
「どうかしらね」
 自宅にて、私が布団に潜り込もうとした横で、蓮子は眠ろうとする様子もなく、目を輝かせて正座している。まったく、さっきまでのローテンションはどこへ行ったのやら。
「少なくとも、蓮子がそうやって待機してる限り出てこない気がするんだけど」
「そんなあ。それじゃ私は永遠に妖怪の賢者に会えないじゃない」
「だって向こうが明らかに蓮子を避けてるんだから仕方ないでしょう」
「事務所に依頼までしておいて、所長の前に顔も見せないとは、依頼人の風上にも置けないわ。いい加減私の前に姿を現しなさいよ。ほらメリーも、そっくりさんとしてびしっと」
「言わないから」
 溜息をついて、それから私は相棒の顔を見つめて、ただ目を伏せる。
 ……先送りにし続けている疑念。妖怪の賢者の正体に関する、ひとつの仮説。
 私は蓮子のような妄想癖はないので、その仮説からそれ以上の妄想を広げることはできないし、する気もない。だけど、もしそれが正鵠を射ていた場合――あの妖怪の賢者と、この宇佐見蓮子との間で、私にはいったい、何が求められているというのだろう。
「少なくとも、妖怪の賢者の依頼がこれで終わりとは考えられないでしょう、メリー」
「……どうだかねえ。だいたい、そもそもが私たちを幻想郷に導いたのが妖怪の賢者なのか宇佐見菫子さんなのかも未確定だし、そこに何かしらの目的意識があったかどうかすら未だにわからないのよ? 易者さんの件だって、結局私たちが一番動かしやすかっただけで、宇佐見菫子さんの存在はその動機付けに使われただけかもしれないじゃない。妖怪の賢者が易者さんを救おうとしたのは、菫子さんとは全く無関係な理由だった――その可能性だって否定はできないわけでしょう? 他人のことなら誇大妄想で済むけど、自分たちのことまでなんでもかんでも因果関係を見出してたら、そのうち決定論に支配されるわよ」
「テンション低いわねえ、メリー。自分たちのことだから真剣に考えないといけないんじゃないの!」
「結局、妖怪の賢者が蓮子の前に現れない限り、下手の考え休むに似たりだと思うわ」
「だからって休んでたら謎は永久に解決しないのよー」
 蓮子が口を尖らせて、私の肩をがくがくと揺さぶる。私はまた溜息。
「蓮子。それこそ――宇佐見菫子さんが幻想郷で私たちに出会ったという事実があるから、未来の私たちが過去の幻想郷に来るように菫子さんがあの琥珀を仕込んでおいた――なんて、因果の無限ループが形成されるだけの話なのかもしれないわよ、時間SF的には」
「それはまた古典的ねえ。古典的すぎてホントにありそうなのが嫌だわ」
 まあ確かに、未だに手がかりが少なすぎて推理のしようがないのは事実だけど――と溜息交じりに言って、蓮子は私の布団にばたんと倒れこむ。邪魔だ。
「あーもう、じれったいわ。異変ならばーんと、早苗ちゃんに連れられて首謀者の本拠地に乗りこんで、聞き込みして情報収集すれば済むのに」
「妖怪の賢者は現れず、菫子さんは未だ外の世界。易者さんも華仙さんの弟子になっちゃって、残念ながら今回の調査はここまででしたとさ」
「納得いかないわー!」
 じたばた。私の布団の上で暴れる蓮子を、私は布団ごと跳ね飛ばした。ぐえ、と呻いて畳に転がる蓮子。まったく、子供じゃないんだから。
 うー、と天井を見上げて唸りながらも、それでも蓮子の目は、何か根拠のない自信に満ちている。何かのきっかけさえあれば、充分な手がかりさえ揃えば、必ずきっと、今よりも面白い真実にたどり着けるはずだという――名探偵の自信なのか。
 結局のところ、易者さんが救われたのだとすれば、その蓮子の根拠のない自信が故なのだろう。科学世紀の京都で蓮子と出会った頃の私がそうだったように。宇佐見蓮子の子供のような好奇心と傍若無人な強引さは、臆病者を否応なく引きずり回して、世界は想像しているよりも面白いかもしれないと、そう半ば無理矢理にでも思わせてくれるのだ。
 ――まあ、そんなことはこの相棒には、直接言ってあげたりはしないけれども。
 私はひとつ息を吐き、それから部屋の隅に置かれた文机の上にある、あの本を見やる。易者さんが私たちに残していった、彼の企みの残滓。その詳細は結局のところ、よくわからないままだけれども――。
 人間を辞めて、妖怪になろうと思ったと、彼はそう言った。
 だが――人間と妖怪の境界は、果たして本当に、それほど明確なものなのだろうか?
「ねえ、蓮子」
「うん?」
「人間が妖怪になる――って、結局どういうことだと思う?」
 私の問いに、蓮子はむくりと身体を起こすと、私に向き直ってじっとこちらを見つめた。
 深い、蓮子の黒い瞳。その瞳に映る私は――どんな顔をしているのだろう。
「そうねえ。幻想郷の論理で言えば、きっとその問いには八通りの解釈があるわ」
「八通り?」
「肉体、自認、そして他者からの認知よ」
 ――ああ、なるほど。蓮子の言いたいことは、すぐに理解できた。幻想郷は認識が力を持つ世界だ。だから――肉体が人間の理を外れていることは、必ずしも妖怪の要件ではない。
「肉体が人間、自己認識が人間、他者認知も人間。これは問題なく普通の人間ね。逆にこの三つ全てが妖怪であるのが、普通の妖怪」
「そうね」
「肉体が妖怪、自己認識が人間、他者認知も人間――これは慧音さんね。慧音さんは半妖だけど、自分が人間だと固く信じて、周囲からも半妖ではあるけれど人間として扱われているから、人間として里で生きていける。逆に、肉体が妖怪、自己認識が人間、他者認知が妖怪――これは妹紅。だから妹紅は里の外で暮らしてる」
「うん」
「肉体が妖怪、自己認識も妖怪、他者認知は人間――これはたとえば蛮奇ちゃんみたいな、人間のふりをして里で暮らしている妖怪の例ね。この真逆な、肉体は人間、自己認識も人間、他者認知は妖怪――これは十六夜咲夜さんね。少なくとも、紅魔館のメイドである彼女を普通の人間だと思ってる人はそんなにいないでしょう」
「まあ、そうでしょうね」
「肉体が人間で、自己認識が妖怪なのは――強いていえば、早苗ちゃんや妖夢ちゃんになるのかしら。まあ、こう言ったら神様を妖怪扱いするなって怒られそうだけど。……で、早苗ちゃんは他者認知が人間だけど、妖夢ちゃんはたぶん妖怪寄りよね、どっちかっていうと」
「冥界の住人だしね。……こうして実例を並べてみると、やっぱり人間と妖怪の境界なんて、思ってる以上に曖昧よね」
「そうね。慧音さんのように肉体的な問題は必ずしも絶対的な妖怪の要件ではないし、早苗ちゃんみたいに自分は神様だって強く認識してても、早苗ちゃんは人間じゃないとは言えないでしょう。そしてどんなに周囲から妖怪のように見られても、咲夜さんも人間だわ。――でも、ひとつ確実に言えるのは、少なくとも蛮奇ちゃんは妖怪だってことよ」
「……そうね」
 赤蛮奇さん。里で暮らす飛頭蛮。彼女は人間のふりをして、人間の中に混ざって暮らしているけれど、首が外れて飛ぶその肉体も、彼女自身の自己認識も、間違いなく妖怪のそれだ。たとえ彼女が妖怪であることを知らない人が大勢いても――。
「だとすれば、この人妖の境界を巡る八通りの解釈の中で、妖怪が妖怪たる必須要件は――肉体的に完全に妖怪かつ、自己認識が完全に妖怪であることなんだと思うわ。慧音さんや妹紅みたいに、肉体的に人間の軛を外れても、自己認識が人間である限りは完全な妖怪たり得ない。咲夜さんのように周囲から妖怪と見なされるだけでも、やはり妖怪たり得ない。蛮奇ちゃんが人間たり得ないようにね。そして早苗ちゃんのように、自己認識が神様であっても、肉体が人間の軛の範疇にあれば。あるいは妖夢ちゃんみたいに、半分だけでも人間であるという認識が残っていれば、やっぱりそれは人間のうちなのよ」
 そう考えると――人間を辞めて妖怪になる、ということは、普通に考える以上にハードルの高いことなのかもしれない。白蓮さんや太子様のように、人間なのか妖怪なのか、咄嗟に判断に迷うような存在は、判断に迷ってしまう時点で完全な妖怪とは言えず、だからこそふたりとも里に平然と出入りして、里の人々から信仰を集めているのか――。
「……じゃあ、逆に、生まれながらの妖怪が自分を人間だと完全に思い込めば、人間になるのかしら?」
「さあ、どうなのかしらね――。それは身近に実例がないから、なんとも言えないわ」
 肩を竦めた蓮子は、あふ、とひとつ欠伸を漏らす。いい加減着替えて寝なさいよ、と私が言うと、蓮子は不満げに鼻を鳴らした。
「そうやってまた、私が寝てる間に妖怪の賢者と逢い引きするんでしょう、メリーってば」
「知らないわよ、全部妖怪の賢者の勝手な都合に振り回されるだけなんだから、私は」
 ――そう、それは私が、この相棒に振り回されるように。
 私は首を振る。そうして、こちらに背を向けて寝間着に着替える蓮子の背中を見つつ、ふっと浮かんだ問いを、その背へと投げていた。
「ねえ――蓮子。蓮子がもし妖怪になるか人間のままでいるかの選択肢を提示されて、妖怪になることを選ぶとしたら、それはどういう状況でのことだと思う?」
「ん? 私が自分から人間を辞めて妖怪になることを選ぶ状況? そうねえ」
 寝間着に着替え終えた蓮子は、こちらを振り向くと、布団の上の私ににじり寄って。
 その顔の向こう、窓の外に、冴え冴えと白く輝く月を背負って。
 私の頬に手を添えて、――猫のように笑って、答えた。

「メリーと一緒にだったら――かしら?」




―20―

 その夜――私は、夢を見た。
 それはひどく現実的な、あまりにも現実的な夢だった。
 だけどそれが、夢であることは明らかだった。
 なぜなら――そこは、かつての私たちの現実であり、今は夢でしかない場所だったから。

 その夢の中で、私は、外の世界の――全ての始まりの場所にいた。
 つまり、東京の下町、宇佐見蓮子の実家。私たちが、幻想郷に導かれた、あの家の二階。
 その廊下に、私はぼんやりと佇んでいた。
 いや、違う。その場所は、私のかすかな記憶の中のそれとは、どこか違っている。
 何が違っているのか、私には咄嗟にわからない。間取りは同じだと思う。そのはずなのだが、何かが決定的に違っている。同じ家の二階のはずなのに、まるで違う家のような――。
 そもそも、どうして私はこんなところにいるのだろう。
 私は夢の中で、博麗大結界を超えてしまったのか?
 だとすればここは、私たちが見た二〇八〇年代の宇佐見家ではなく――?
 いや、そうでもない。それならこの廊下はもっと真新しいはずだ。だけれど、廊下のくすんで、古びた感じは、私の記憶のそれと一致する。それなのに、この廊下は私の知っているあの家ではない。だとすればここは――ここは?

 足音が、した。
 それは、階段を上ってくる足音だった。
 私は、咄嗟に近くにあったドアに飛び込んで、その足音から隠れた。どうしてか、そうしなければいけない気がした。私がここにいることに気付かれてはいけないと――。
 そうして飛び込んだ部屋は、私の知らない部屋だった。
 似ている。私たちが幻想郷に導かれた、あの宇佐見菫子さんの部屋によく似ている。
 だけど、違う。ここは――あの、封印されていた宇佐見菫子さんの部屋に充ちていた、あの気配がない。ただの、平凡な、誰かに日常的に使われていた部屋だ。書棚に本が溢れ、雑然としているように見えてどこか整然とした秩序を感じさせる――どうしようもなく、誰か別の人間の気配が染みついてしまった部屋。
 足音が大きくなり、誰かの声が聞こえた。私は我に返って、ドアの隙間から廊下を覗いた。
 階段を上ってきた、ふたつの影が見えた。どうしてか、その姿はよく見えなかった。廊下は決して暗くもないはずなのに――。

 ――そういえば、こっちだと例の部屋って……。
 ――そうね、父さんの部屋になっちゃってるわね。
 ――じゃあ、どうしましょうか、これ。どこに返せばいいと思う?
 ――そりゃあ、もう一回夢の中で元通りの場所に戻すのが一番じゃない?
 ――そんなに自由に行ったり来たりできたら、私だって色々苦労してないわ。
 ――今の私にそれ言われても、説得力ないわよ。

 ふたつの影の声が聞こえる。その声も、何かひどく遠かった。

 ――じゃあ、物置に仕舞われてる段ボール箱にでも入れておいてあげれば?
 ――それでいいのかしら?
 ――いいんじゃない? これが境界を超えて世界を繋ぐ鍵なら、ひょっとしたらここに置いておくことで、帰ってこられるかもしれないじゃない。
 ――そうね、そうかもしれないわね。

 ふたつの影が、別の部屋に消える。

 ――箱、三つあるけど、どれに入れておく?
 ――これがたぶん普段使いの私物。これがオカルト関係。こっちは本ね。
 ――じゃあ、オカルト関係の箱に入れておけばいいかしら。
 ――そうね。あ、そういえばこのマント……。
 ――あら、なにそのマント? ルーン文字?
 ――これ、私物箱に入ってたんだけど、絶対オカルト関係の箱の方に入れとくべきよね。
 ――そうね。……あら、なんだか見慣れた感じの帽子。やっぱり血縁者なのね。
 ――なんだかねえ。自分が知らずに車輪の再生産をしてたんじゃないかって気分になるわ。
 ――いいじゃない。これから私たちはその後を継ぐんだし。
 ――はいはい、言い出しっぺが責任持つなら、私はそれに従いますわ。
 ――……これでよし、かしら?
 ――いいんじゃない? じゃ、戻りましょ。
 ――うん。

 ふたつの影が、別の部屋から出てきて、階段を下りていく。
 その足音が一階に消えるまで、私は息を潜めて、ドアの陰からそれを見守っていた。
 完全に足音が聞こえなくなったところで、私は足音をたてないように、そっと部屋を出る。
 そして、ふたつの影が入っていった部屋へと、足を踏み入れた。

 そこは、明らかな物置だった。
 その床に、三つの段ボール箱が置かれている。
 私はその中の、真ん中の箱を開いてみた。

 そこに。
 畳まれた黒い外套と、ひどく見慣れたような黒い帽子と――。
 あの、虫の封じられた琥珀が、帽子の脇にぽつんと、置かれていた。
 宇佐見菫子さんの部屋から、私たちを幻想郷に導いたのかもしれない琥珀。妖怪の賢者が、私の手を借りて幼い宇佐見菫子さんに渡させたはずの琥珀――。
 ここが私たちの知る宇佐見菫子さんのあの家でないなら、どうしてこれがここに、
 そう思った瞬間――琥珀が光り輝いて、

 私は、目を覚ました。
 いや、それとも――夢の中でまた、眠りに落ちたのだろうか?




―21―

 夢から覚めたと思ったはずが、私はまた見知らぬ場所にいた。
 まだ夢が続いているのだろうか? それとも、さっきまでが現実で、ここが夢? あるいは、現実に私はどこか、見知らぬ土地に迷い込んでしまったのか――。
 少なくとも、ここが幻想郷でないことだけは、あまりにも確かだった。

 だって、私の目の前には、海があったのだから。

 ざざーん、ざざーん……。打ち寄せる波音を聴きながら、私は砂浜に座り込んでいた。
 幻想郷に海はない。だからここは幻想郷ではない。単純かつ揺るぎない論理。だけど、ならばここは外の世界だろうか? こんな海に見覚えはない。今度は私は、いったいどこに……。
 立ち上がり、スカートの砂を払ったところで、自分が普段着を着ていることに気付いた。寝間着ではない。ということは、やっぱりここは夢の中か?
 視線を巡らす。砂浜のすぐ先に、たくさんの桃の成った樹が群生していた。
 桃、桃、桃。見渡す限り、海以外は桃の木ばかり。
 桃といえば天界だけれど、天界にだって海はあるまい。海がある天界……? それは、
「メリー!」
 声がした。聞き慣れた、耳に馴染んだ、相棒が私を呼ぶ声だった。
「蓮子!」
 振り向くと、桃の木の陰から、宇佐見蓮子が顔を出した。いつものあのトレンチコートを羽織った、探偵スタイルの蓮子が。私のよく知る、私の蓮子がそこにいる。
「やっと見つけた! もうメリー、なんなのここ? 気が付いたら桃の木の森の中で……」
 砂を散らしながら私に駆け寄ってきた蓮子は、そして足を止め、目の前に広がる海を呆然と見渡した。この、幻想郷では絶対にあり得ない光景に。
「……海? ねえメリー、これ海よね? 守矢神社の湖とかじゃなく」
「波が打ち寄せてるんだから、海だと思うけど」
「ちょっと待ってよ! 幻想郷に海はないはずでしょ? じゃあここ、外の世界? なんでいきなり、家で寝てたはずが外の世界に……っていうか、メリーの夢でしょこれ!」
 ようやく蓮子も私と同じ結論に至ったらしい。
 そう、自宅で眠っていたはずの私たちが、いつの間にか普段着で見知らぬ土地にいる。
 そんなことが起こるとすれば――ここはきっと、夢の中に違いないはずなのだ。
 以前、蓮子と一緒に夢の世界で、獏と出会ったことがある。あの獏の妖怪――ドレミーさんは、夢の世界の管理者だと言っていた。ここが夢の世界なら、彼女が出てきて説明してくれるだろうか? いやしかし、あのとき見た無機質な夢の世界とは、随分趣が違うし……。
「もうメリー、寝ながら私の目に触ってるでしょ」
「知らないわよ、寝てるんだから。って前にもこのやりとりしなかった?」
「したわね。……でも、あのときとは全然雰囲気が違うし。ここ、ホントに夢の世界? 実は私たち結界越えて、外の世界に戻ってきちゃったりしてない?」
「……どうなのかしら」
 わからない。さっきまで見ていた、私の知らない外の世界の宇佐見家は、あれは――。
 はっと、そこで私は、自分が何かをずっと握りしめていたことに気付く。
 握っていた右手を開くと――そこに、あの虫入りの琥珀があった。
「ちょっ、メリー!? それって、あの――ちょ、ちょっと待って、何がどうなってるのよ!? 急展開すぎて頭が全然ついていかないわ!」
 蓮子がその目を大きく見開いて、帽子を脱いで髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回す。
 私だって何がなんだかさっぱりわからないのだ。あまりにも何の伏線もない急展開に、私がついていけない。いや、私が知らない、気付いていない伏線があっただけなのか?
「ねえ蓮子……これ、私たちが菫子さんの部屋で見つけたのと同じものだと思う?」
「ええ? 私だって一瞬しか見てないし、もう随分前の話だし、断言なんてできないわよ。というかメリー、なんでそれ持ってるの?」
「私だってわからないのよ。……さっきまで、夢を見ていた気がするんだけど」
「いや、ここが夢の中でしょ。メリー、夢の中でも夢を見てるの? インセプションみたいね」
「また古い映画持ち出してきたわね。独楽でも回して現実かどうか確かめてみる?」
「いや、そんなことより、この場所がどこなのか確かめる方が先決だわ。メリーの夢の中だとしてもね、とりあえずここがどこだかわからないんじゃ動きようがないし」
「明らかに昼間じゃない。月も星も出てないと思うけど――」
 いや、昼間でも月さえ出ていれば、蓮子の目なら場所がわかるだろうか?
 私たちはそう考えて、頭上を振り仰いで、空を見上げた。

 ぽっかりと、青い空に、それは浮かんでいた。
 青と白が入り交じる、大きな球体。
 月ではあり得ない。月は青くなどないのだから。
 だけど、その空に浮かんだ球体は――青かった。
 人類史上初めて宇宙に出た人間が語ったように――青かった。

 空に、地球が浮かんでいた。

 今度こそ呆然と、愕然と、私たちはそれを見上げていた。
 急展開にもほどがある。今この記録を書いている私は、読者諸賢がこの唐突すぎる展開についていけているか、甚だ不安で仕方ない。
 だが、本当に私たちの体験したのは、こんなどうしようもない、唐突で行き当たりばったりとしか思えないような展開だったのだ。
 文句は――私の目の力に言うしかないのだろうか?

「……ねえ、メリー」
「うん、蓮子」
「私の目、おかしくなったわけじゃないわよね?」
「私と蓮子が同じものを見ているなら、とりあえずそれは私と蓮子の間で共有された、現実という名前の共同幻想として成立しているわよ」
「こんなときまで相対性精神学的な回りくどい言い回ししないでよ」
「じゃあ蓮子、私たちは同じものを見てるのよね?」
「……ここがメリーの夢の中なら、メリーが見てるものを私も見てるに決まってるんだわ」
 宇佐見蓮子は溜息をついて、帽子を目深に被り直した。

「あれ、どう見ても地球よね」
「地球ね」
「地球があの大きさに見えるだろう天体って、私はひとつしか知らないんだけど。ジュール・ヴェルヌが大砲で行こうとした衛星しか」
「私もひとつしか知らないわよ。地球から三十八万キロほど先にある、五万年前の人類の死体が発見されそうな衛星しか」
「でもここ、空気も水もあるわよ?」
「当たり前じゃない。ここから来た知り合いがいるでしょう、私たちには」
「……そうだったわね。何事も幻想郷の理屈で考えないといけないんだったわ。でも、」
「……だとしても、ねえ、」

 私たちは、砂浜に並んで、地球を振り仰いで、同時に声をあげた。

「――なんで私たち、月にいるの?」

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この小説へのコメント

  1. ?。?。!??。月?ツキ?TSUKI!?フォワイ!?なぁぜ!?
    これは、ドレミーの夢を通って二人が月に行ったのか!?もしくはまた月人の誰かが二人を喚んだのか?!いやこれは予想外すぎて、面白くなってきました!

  2. いつもお疲れ様です!
    夢の中でなにか関係ありそうな夢を見たと思ったら今度は月って…しかしこの次元だと儚月抄がなかったから蓮メリはどうなるんでしょうか…

  3. 月…?ということは蓮メリによって月の都のオカルトボールが託され、幻想郷にもたらされるということなのか?
    運び役として紫?に月に飛ばされたのでしょうか。
    故郷の星が映る海を流しながら読むと更に楽しめそうです。

  4. 「空を見上げたら・・・地球が見える!」って、ウルトラセブンの18話「空間X脱出」を思い出しました。
    吸血植物や巨大ダニに注意しましょう。

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