東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第14章 深秘録編   深秘録編 3話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第14章 深秘録編

公開日:2021年02月13日 / 最終更新日:2021年02月13日

深秘録編 3話
―7―

 長屋の連なる狭い路地を、易者の弟子の青年が、息を切らせて逃げていく。
 道ばたに置かれた空の木箱を蹴り飛ばし、通りがかる人を突き飛ばして逃げる顔色の悪い青年の姿に、長屋の窓から住人の視線が突き刺さる。その後を追って、私と蓮子も息を切らせて路地を走り抜けた。トレンチコートを翻す相棒は、蹴飛ばされた木箱をひらりと跳び越え、突き飛ばされてよろめいた通行人を「失礼!」とさらに押しのけ、壁に押しつけられた気の毒な通行人に私はすれ違い様に「すみませんっ」と頭を下げて通り抜ける。
 青年は比較的人通りの多い通りに出て私たちを撒こうとしているようだが、青年の宗匠頭巾に外套を羽織った易者らしい格好は、見失いようがない。まして向こうは体力が無いようで、まだ大きな通りに出る前から、明らかにへばりつつあった。蓮子がぐっと加速して、その背中に手を伸ばす。
「捕まえ――たっ!」
「――ッ!」
 青年の外套の裾を、蓮子の手が掴んだ。振り向いた青年は、眼鏡の奥に恐怖の表情を浮かべて、そのまま足をもつれさせ、前のめりに倒れこむ。蓮子はそれに引っぱられるようにしながらも、青年の背中に体重をかけて倒れこんだ。
「ぐえっ」
 潰された蛙のような声をあげて、蓮子の全体重を背中に食らった青年が動かなくなる。蓮子はその背中に馬乗りになって、「やれやれ」とずれた帽子の位置を直した。幸い、路地から出る寸前で確保したので、さほど人目につかずに済んだようである。私はふたりの後ろで立ち止まり、膝に手を突いて切れた息を整えた。正直、私もしんどい。
「メリー、相変わらず体力ないわねえ」
「準備運動もなしに全力疾走させられたらこうなるわよ……。その人は大丈夫なの?」
「もしもーし? 生きてらっしゃいますー?」
「蓮子の全体重で潰されたのよ。死んでるかも」
「失礼ねメリー、私そんなに重くないわよ!」
「うぐ……ぐ、ぅ」
 蓮子の下で、青年が呻く。眼鏡が外れて地面に転がり、素顔が露わになっていた。青年は手で地面をまさぐり、眼鏡を拾って腹ばいのまま掛け直すと、首だけ持ち上げて蓮子と私を見上げた。改めて顔を間近で見ると、なんというかいかにもという生っ白い研究者風の顔立ちである。なんだか人語を喋るキメラを作った、勘のいいガキが嫌いな錬金術師を若くしたような風貌だ。何のことか解らない人は、守矢神社で『鋼の錬金術師』を借りるといい。
「なっ、なんなんだ、お前らは……」
「それはどっちかっていうと、私たちが伺いたいことなんですけど」
「は、離せ……なんなんだ、くそっ、なんで――」
「あーもしもし、えーと易者さん? 落ち着いてくださいな。別に私たちは貴方に危害を加えようとしてるわけじゃなくて、むしろ逆なんですけども」
「蓮子、そうやって押さえつけながら言っても説得力ないわよ」
「おっと失礼。逃げずに私たちの話を聞いていただけるならどきますわ」
「ぐ、ぐぐ……」
 青年は蓮子を背中に乗せたまま立ち上がろうとするが、途中で力尽きてうつ伏せた。よっぽど蓮子が重いらしい。
「……メリー、私今ちょっと傷ついてるんですけど。ねえ私そんな太った?」
「いや、単にこの人が男性としては非力なだけだと思うけど……」
「…………解った、どいてくれ……頼む」
 青年の観念した言葉に、蓮子はむすっと口を尖らせ、私はただ呆れて首を振るしかなかった。

 ともかく、追いかけっこの騒ぎで人が集まり始めていた。易者の青年には目立つ外套と宗匠頭巾を脱いでもらい、私たちは人目を逃れて場所を移す。
「どこか内密の話ができる場所、このあたりに無いかしら? 易者さん」
「……俺の家でいいか」
「構いませんわよ」
 というわけで、とぼとぼと歩く易者の青年についていくこと十分ばかり。路地裏の、別の長屋の一室に、私たちは案内されていた。じめっとした空気が澱んだその長屋の引き戸を開けて、青年は暗い眼差しをこちらに向ける。
「……随分無防備についてくるんだな」
「あら、何か私たちに対して悪いこと考えてらっしゃいます? オススメしかねますわよ。私たちに何かあれば自警団やら妖怪の賢者の式やら神社の巫女やら、いろいろ動いてくれる人や妖怪がいますから。少なくとも、私たちよりは優しくないでしょうね」
「――――」
 不敵に答えた蓮子に、青年は目を見開いて、苦虫を噛み潰したような顔で「……何もしない。こっちも話を聞きたいだけだ。入ってくれ」とだけ言った。相棒は「お邪魔します」と遠慮なく足を踏み入れ、私もこわごわと後に続く。
 薄暗い長屋の一室には、占術の道具と書物が溢れていた。部屋を見ただけで、青年が非常に勉強熱心な易者であることがわかる。筮竹の置かれた文机の前に腰を下ろし、青年は私たちに湿った座布団を勧めた。ささくれだった畳の上にその座布団を敷いて、私たちは腰を下ろす。そのとき、青年が文机の下にあった一冊の本をさっと袂に隠すのを私は見た。だが、その場では指摘しない。たぶん、蓮子も気付いただろう。
「……それで、お前たちは何者だ。なんで、あいつの名前を知っている」
「あいつ、というのは――宇佐見菫子さんのことでいいのかしら?」
「……そうだ。お前も、宇佐見とか言ったな。そういえば、寺子屋には外来人の教師がいると聞いた覚えがあるが、まさか……あいつの縁者なのか?」
「ええまあ、そういうことです」
 ここで私たちが未来から来たことを明かしても、余計に話が混乱するだけである。相棒が曖昧にそう肯定すると、易者の青年は「そうか……いや、おかしい」と首を振った。
「だからって、どうして俺のところにあいつのことを聞きに来るんだ。なんで俺があいつと」
「いやまあ、わりと当てずっぽうだったんですけどね」
「――――」
「ここまで見事に鎌に掛かってもらえると、こんなにあっさりでいいのかしらとこっちでも思ってるところですわ。――ねえ、易者さん。お名前はなんと仰るの?」
「…………」
 唖然とした顔をした青年は、むっとしたように押し黙った。
「言いたくない? まあ、この近所なりあの大先生のところで聞き込みをすれば一発ですが」
「…………」
「じゃあ、仮に達川章さんとでも」
「……なんだその名前は」
「いやあ、貴方の顔見てると、ある人を思い出すもので。勘の良い子供はお嫌い?」
「…………意味がわからん」
 蓮子も同じキャラを想像していたらしい。「たつかわ・しょう」ってそのまんまじゃないか。
 青年はゆるゆると首を振り、「名前なんぞどうでもいいだろう」と呟いた。
「俺は易者だ。それ以上でもそれ以下でもない。……あいつにも名前は伝えてないしな」
「ふうん。じゃあ、易者さんとお呼びしますけれど。――外の世界の宇佐見菫子さんに、幻想郷のことを伝えたのは、貴方なんですね?」
 蓮子のその問いに――易者さんは、眼鏡の奥の目を眇めて、蓮子を見つめ返した。
「それを訊いて、いったいお前たちは、何をどうしようって言うんだ」
「あら、私たちに何かどうされるような、後ろ暗い心当たりがおあり?」
「――――」
 易者さんは能面のような無表情になり、口をつぐんだ。宇佐見菫子さんの名前を出した瞬間に逃げだした時点で、何か後ろ暗いところがあるのは確実だが、こちらも大した情報を握っていないと睨んでだんまりを決め込むつもりだろうか。
 しかし、私たちにとって彼が謎の人物であるように、彼にとっても私たちは得体の知れない訪問者のはずだ。そして――向こうに後ろ暗いところがありそうである以上、心理的に優位に立っているのはこちらである。
 しばしの沈黙。あるいはそれは、彼が思考をまとめて感情を整理するための時間であったのかもしれない。
「……俺に何が訊きたい」
「宇佐見菫子さんについて、貴方が知っていることの全てを。話していただけるのでしたら、秘密は厳守しますわ。貴方がたとえ何を企んでいるのだとしても、私たちふたりの胸の裡に留めます。お話いただけないなら、残念ながら私たちは、貴方について大っぴらに調査をせざるを得ませんわね。こちらとしても貴方の所持している情報が必要な事情があるもので」
 つまるところは脅迫である。結局は向こうの後ろ暗さにつけ込んでいるわけだが、こちらとてそれ以外に手段はない。宇佐見菫子さんと彼の間にどんな繋がりがあるのかは、結局のところ彼から聞き出すしかないのだ。
「――お前たちは、いったい何が目的なんだ」
 観念したように息を吐いて、易者さんはそう呟いた。
 蓮子はその問いに、困ったように笑って答える。
「宇佐見菫子さんと、お話がしたいんですよ。外の世界には出られないものですから」
 その言葉に――易者さんは、ただ険しく顔をしかめるだけだった。




―8―

「――占術を通して、外の世界を見たんだ。いや、正確には、外の世界の人間の話を訊いたんだが。俺に外のことを世界を教えたのが、宇佐見菫子だ」
 ぽつりと、易者さんは静かにそう語り始めた。
「あいつは、自分が外の世界の魔力を使って占いをしていた。超能力、とか言っていたな。それが偶然、何かの拍子に俺の占術と繋がったんだろう。あいつはこの幻想郷に興味津々で、俺を質問攻めにしてきた。俺は幻想郷のことを教える見返りに、あいつから外の世界の話を訊いた。あいつは危機として教えてくれたよ。妖怪のいない世界のことを」
「……待ってください。そもそもの発端から教えていただけません? まず、貴方がどうして易者をなさっているのか」
 蓮子が彼の話を遮るように、そう口を挟んだ。
 易者さんは目を眇め、「知りたいのはあいつのことじゃないのか」と眉を寄せた。
「俺のことなんざ、なんの意味がある」
「貴方、自分のことを破門寸前の落第弟子と仰ってましたけれど。――それにしては、この部屋は随分と勉強熱心な易者の部屋とお見受けしますわ」
「……勉強すりゃあ誰でも賢くなれるわけじゃない。人間には分限ってものがあるのさ。どうやったって人間が腕力で妖怪に勝てないようにな」
 彼は皮肉げに口元を歪め、部屋に散らばる占術関係の本を見回した。
「ここにあるのは、俺の悪あがきの残骸だよ。……もうすぐ俺は、大先生の下から破門されるだろう。里の易者にゃ、相応しくないとさ」
「それで破門を免れるために、禁断の術にでも手を出しましたか?」
「――――」
 それじゃあ本当に綴命の錬金術師ではないか。冗談を言っている場合ではないだろう、と蓮子を睨もうとして、私は易者さんが一瞬顔を歪め、そして無理に表情を消したのに気付いた。
 蓮子もその表情の変化は見抜いたようで、「なるほど」と帽子の庇を弄る。
「さすがは占い師ですわね。感情のコントロールがお上手。それだけに初手で逃げだしたのはいけませんでしたわね。後ろ暗いところがあるとあれで白状したようなものですよ?」
「…………」
「駆け引きは望むところですけれど、早めにまるっと白状していただけた方がこっちとしても助かるのですが」
「……自分でも隠し事をしておいて、よく言う」
「あら、バレてました?」
「説明が不十分すぎる。あんたたちがいったい何者なのか、どうして俺の元に来たのか、さっぱり見当もつかない。そんな連中に、なんで俺だけ何もかもを打ち明けなきゃいけない?」
「なるほど、それも道理ですわね。――では、こちらも腹を割ってお話ししましょう」
 蓮子はひとつ苦笑すると、その表情をふっと引き締めて、易者さんをまっすぐに見つめた。
「私たちは、未来人です。宇佐見菫子さんは、私の大叔母にあたります」
「――――――」
 易者さんの表情が、困惑に歪む。
「信じられないのも無理はありませんわ。でもこれは、紛れもない事実。お疑いでしたら、寺子屋の上白沢慧音さんなり、博麗の巫女なり、守矢神社の風祝なり、阿礼乙女なりにお確かめくださいな。まあ、幻想郷の未来は知らないので、この場での証明はいたしかねますが」
「…………」
「ともかく、私たちは何十年もの未来の外の世界から、今の幻想郷に飛ばされてきました。宇佐見菫子さんが残した遺物がきっかけで。どうして私たちがこの時代のこの世界に来ることになったのか、その理由を知るために、大叔母さん――菫子さんとコンタクトを取りたいんです」
「……………………」
 易者さんは顔をしかめたまま、腕を組んで唸った。
「……どうかしてるな」
「よく言われますわ。この相棒とかに」
「そんな話を信じろと?」
「腹を割って打ち明けた事実ですから、信じていただけなければ話が成立しません」
「――――いいだろう、未来人。じゃあ、俺があいつとコンタクトを取ったのを知ったのも、その未来の知識を使ってのことか?」
 皮肉げに口を歪めて易者さんは問う。蓮子は「まあ、一部は」と微笑した。
「何しろ私たちは、菫子さんの遺物がきっかけでこの幻想郷に飛ばされたわけです。菫子さんが幻想郷と何らかの繋がりがあったことは間違いありません。しかし、今のところ菫子さんはまだ幻想郷に現れていない。ということは、彼女はこれから幻想郷にやってくるはずです。では、菫子さんはどうやって幻想郷に来るのか? 私たちのように突然幻想郷に飛ばされたのでしょうか? ……いいえ、違います。彼女は既に、幻想郷のことを――少なくとも、外の世界の裏側に別の世界が存在することを勘づいているはずなんです」
「…………なぜそう言える。お前たちはあいつとコンタクトを取れないのだろう?」
「それを詳しく説明すると話が長くなるんですが――私たちの知り合いに、外の世界の道具を依り代にして、外の世界の魔力を使う付喪神がいるんですよ。その彼女は、魔力を介して外の世界を見て、そこに私に良く似た女の子を見たそうなんです。……それが菫子さんだとすれば、彼女は、その付喪神と繋がった外の世界の人間を介して、幻想郷を知った可能性が高い」
「…………」
「世界の裏側にある隠された世界――そんなものを知ったら、探さずにはいられないはずです。なんといっても彼女は、宇佐見の血を引く、私の大叔母なんですから」
「…………」
「そう、魔力は博麗大結界を超えて、外の世界と幻想郷を繋ぎうる。ならば、外の世界から幻想郷へコンタクトしようとする魔力と、幻想郷から外の世界へとコンタクトしようとする魔力が重なれば、それが偶然繋がることはあり得るのではないか。幻想郷でそんなことを行えるとすれば、世界の外側の理を覗こうとする占い師ではないか――そう当たりを付けて、菫子さんとコンタクトした占い師を探そうと思ったんですよ」
「………………いくらなんでも、そいつは根拠が薄弱すぎやしないか」
 呆れたように、易者さんは息を吐いた。
「でも、当たっていたわけでしょう?」
「――――」
「まあ、私も当たってたらめっけもんぐらいのつもりだったので、さすがに一発ツモは驚きましたが。これも大叔母さんの導きなのかしら?」
 帽子の庇を持ち上げて、蓮子は不敵に笑う。易者さんはゆるゆると首を振った。
「結局、ボロを出した俺が迂闊だったってことか」
「まあ、そこは気に病むところではないかと思いますわよ。見知らぬ誰かからいきなり秘密を暴かれれば、そりゃあ誰だって無反応ではいられませんわ」
「慰められてもな。……じゃあ、俺の方からもひとつ訊こう」
「なんでしょう?」
 易者さんは顔を上げ、眼鏡の奥の目を眇めて、蓮子を見つめた。

「あいつは――宇佐見菫子は、これから幻想郷に来たせいで、死ぬんだな?」




―9―

 今度は、私たちが表情を強ばらせる番だった。
 その反応に、易者さんは苦虫を噛み潰したような顔で「……なるほど」と頷いた。
「時間を遡って、自分の先祖を助けに来たってわけだ。過去に戻るなんてことが本当に可能なんだとしたら、そんなことも出来るだろうな」
「……まあ、おそらく私たちは、そういうことを求められているんでしょうね。私たちをこの過去の幻想郷に送りこんだどなたかに」
 嘆息して、蓮子は頷く。全く、不意を打たれたときに反応しないというのは難しいことだ。逃げだした易者さんの気持ちもわかる。
「私の知る未来で、菫子さんは、原因不明の昏睡状態に陥ったまま亡くなりました。易者さん、貴方が私たちが菫子さんとコンタクトを取っていたなら、そのふたつが無関係とは思えません。私たちが大叔母さんのために何か出来るとすれば、その原因を突き止めることでしょう」
「…………」
「貴方のことを、そして貴方がご存じのことを、打ち明けていただけませんか?」
 身を乗り出した蓮子に、易者さんは腕を組んで目を伏せる。
 沈黙。じりじりとした無音の時間。――そして。
「……少なくとも、俺にあいつを止める資格はない」
 易者さんは、吐き出すようにそう言った。
「仮にあいつが幻想郷に来ることを選んだことが原因で命を落とすんだとしても、それがお前ら未来人が知る運命なのだとしても、それを選ぶのはあいつの自由だ。あいつにもし本当にそれが可能だったなら、俺にその自由を遮る権利なんざ、あるわけがない。……お前たち未来人にだってそうだ。あいつの選んだことなら、あいつの好きにさせてやればいいんだよ」
「そんな――」
 思わず反駁しかけた私を、蓮子が手で遮る。唇を引き結んで易者さんを見つめる蓮子。その視線に、彼は皮肉げに笑い返した。
「薄情だとでも言うか? 或いは無責任だとでも?」
「まあ、真っ当な大人の態度ではありませんわね。私たちの保護者だったら、『子供が誤った道を選ぼうとしたら、それを正すのが大人の責任だ』と断固として仰るでしょう」
「真っ当な大人、ね――」
 易者さんは鼻を鳴らす。
「自分の命を賭けてでも、自由であろうとすることは、間違いか?」
「――――」
 それは。
 私たちには、特にこの宇佐見蓮子には、最も反駁し辛い言葉だった。
 何しろ私たちはいつだって、危険を顧みず、好奇心の趣くままに、世界の秘密を追いかけてきた。外の世界でも、幻想郷でも――。
 それこそが私たち、秘封倶楽部の在り方だ。
「俺は、馬鹿馬鹿しくなったんだよ。この幻想郷という世界がさ。妖怪に管理されたこの人間の里が。妖怪どもの腹を満たすために飼われる、柵の中の人生が。どこにも行き場のない、ただ十年一日の、同じ毎日が繰り返す、時間の停滞したこの世界が。その安穏とした停滞に身を委ねて、世界なんてこんなもんだと妥協して生きるのが、真っ当な大人ってやつだとすれば、――死んだ方がマシじゃないか?」
「……外の世界では、そういう心理を指して、『中二病』って言葉がありますわよ。十代半ばの青少年が罹患する、肥大した自意識の産物として」
「こいつは手厳しい。確かに俺はガキなんだろうな。――でも、お前らだって同類だろう?」
「――――」
「だってお前らは、この状況を面白がってる。自分の先祖が間もなく死ぬかもしれない、その原因になったかもしれない野郎が目の前にいる――真っ当な大人とやらなら、とりあえず俺をふんじばって、これ以上あいつとコンタクトを取らないようにさせるのが第一じゃないのか。あいつが幻想郷に来ないように。あるいは俺が外の世界とコンタクトを取って、外の世界に幻想郷の情報を垂れ流してたと、博麗の巫女にでも通報すればいい。そうして、詳しい事情はそれから俺を尋問して聞き出せばいい。……しかしお前らは、まず何が起きてたかを知ろうとしている。あいつが死ぬのを防ぐために幻想郷に来るのを阻止するより、本当は自分の先祖が幻想郷に来て、対面できた方が面白い――そう思ってるんじゃないのか?」
「――――――」
「そうだろう? なあ、宇佐見蓮子だったか? お前だって、つまらない世界に飽き飽きしている人間だろう? 安全な平穏より、危険な自由を求める類いの人間だろう? それに周囲を巻き込んででも、自分の享楽を追い求める快楽主義者だろう? ――自由ってのは、愚かな行為をする権利のことだ。自由とは、正しくないものである権利だ。俺もお前も、そのことを一番よく知ってる種類の人間のはずだ。そんな俺やお前に、己の自由である権利を行使しようとしているあいつを、宇佐見菫子を救えるとでも思っているのか?」
「――――――」
「あいつが幻想郷で死ぬのだとしたら、それこそあいつが自由であった証だ。あいつも外の世界の不自由に飽き飽きして、刺激を求めて幻想郷を探していたんだ。なら、その自由を得た結果としてあいつが死ぬのは、不自由な世界から解き放たれるのは、祝福されるべきことじゃないのか? ――生き残って真っ当な大人になれと、お前はあいつに、そう言えるのか?」

 蓮子は、次の瞬間、立ち上がった。
 易者さんが、蓮子を見上げる。
 その場に仁王立ちした蓮子は、――猫のような笑みを浮かべて、答えた。

「だからこそ。――だからこそ私は、宇佐見菫子さんを助けたいと思いますよ」
「……なんだって?」
「単純なことですよ。あまりにも単純な。数式のようにシンプルな答えです。自由とは愚行権を行使する権利である。その通り。自由とは間違う権利である。全くもってその通り。正しいものだけが存在できる抑圧より、間違いの溢れる自由を求める。それは全く、人間的な行いです。なぜなら、間違いの溢れる世界の方が可能性に満ちているから」
 両手を広げて、蓮子は語る。目を輝かせて、世界を語る。
「そう、だからこそ世界は自由であらねばならない。正しい世界は常に正しくしかあれない。正しさは正しさであるが故に変化を拒絶する。正しいものはそれ以上正しくなれない。なればこそ人類は間違いを肯定しなければならない。正しくない自由を許容しなければならない。嘘も虚構も、無邪気な無知も悪意ある騙りも。全てを受け入れるからこそ変化が生まれる。億のデタラメの中に隠れた一の真実こそが世界を変え得るのだから」
「――――」
「でも。だけど。だからこそ。――生きてその変化を見届ける方が面白いじゃないですか!」

 易者さんが、眼鏡の奥の目を見開いた。
 その顔に向かって、蓮子は手を差し伸べる。
 笑顔で。猫のような笑顔で。――いつか、私に手を差し伸べたように。

「私たちは秘封倶楽部。世界の秘密を暴くもの。それは、世界を面白くするために。この世界の秘密を探り当て、億千万のデタラメの中に、事実よりももっと面白い虚構を創りあげ、世界を変える一の真実を探り当てるもの。世界は退屈なんかじゃない。世界は停滞などしていない。だってほら、この世界はいつだって秘密と神秘に溢れているんだから!」

 易者さんは、ただ呆然と、蓮子を見上げていた。

「易者さん。貴方も、世界を面白くするために、世界の秘密を暴いてみませんか?」

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この小説へのコメント

  1.  お疲れさまです。最近見つけましたが楽しく読んでいます。
    ー8-
     あいつは危機として教えてくれたよ。妖怪のいない世界のことを」
     嬉々なのではないでしょうか。

  2. いつも楽しい読ませていただいてます
    まさかの易者さん頭かち割り回避ルートなのでは…?

  3. 蓮子のハチャメチャな好奇心が易者を救う…?
    面白くなってきました。

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