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楽園の確率~Paradiseshift.第4章 明けぬ夜を征く   明けぬ夜を往く 第1話

所属カテゴリー: 楽園の確率~Paradiseshift.第4章 明けぬ夜を征く

公開日:2017年09月04日 / 最終更新日:2017年09月04日

明けぬ夜を往く 第1話
楽園の確率 ~ Paradise Shift. 第4章
明けぬ夜を征く 第1話



 草木の葉も、まだまだ青さを湛える幻想郷。
 虫たちがかしましく鳴き声を上げる夜空を、色なき風ならぬモノ達が駆け抜ける。
 片や追うモノ、片や追われるモノ。いずれも妖怪である。
 クヌギやブナといった木々がよく茂ったごく普通の森の上辺を、水面の波をなぞるよう巧みに舐めながら、逃走者は追っ手の方を振り向く。
 雲に隠れた半月の僅かな光を受け、逃走者の前髪が紅葉より先に森に小さな赤を添える。しかしその顔は、そんな風雅など一切理解し得ないであろう凶徒の物である。
(けっ、死に損なった道具風情が。初めは手加減してやったのを分かってないのか?)
 天邪鬼、鬼人正邪は心中で悪態をつきながら、邪鬼に満ちた顔を更に歪める。
 今の追っ手に追われるのはこれで二夜、二度目。その追っ手は、妖怪でありながら雅をその見に宿したと言って障りの無い存在。付喪神の九十九八橋であった。
「前は手加減してあげたけど、今回は本当に『不可能弾幕(インポッシブル・スペルカード)』、行くからね!」
 それはこっちの台詞だと正邪が言い返すより先に、八橋が命名決闘(スペルルール)のタガを半ばまで外した弾幕を展開し始める。

琴符『天の詔琴(あまののりごと)』

 琴の付喪神である八橋。彼女が正邪から殆ど視線を離さずに宙で体を一回翻すと、ふわりと広がったスカートに、七本の光り波打つ弦と、対照的にただの琴と同じ六本の弦が張られる。
 それらにより奏でられるのは、神代よりの旧き琴の名と共にあった旧き音色。
 同時に放たれた無数の矢弾に混じり、奏でられた音色が宙に形を取って正邪に迫る。その矢弾も、天の詔琴と同じく失われた国の神器から出でた物であろうか。
 正邪は、これまで生きてきた月日に比した程に事物を識らずとも、敵と同様のスペルを携え、扱ったほどには、それらを知っていた。
(忌々しい……)
 今はそれすら、正邪の手から取り上げられていた。あの異変が終わると共に――

      ∵

――幻想郷をひっくり返す。弱き者の為に、弱者が見捨てられない楽園を作るのだ――
 宝具『打ち出の小槌』の力により鬼の世界から脱して幻想郷上空に顕現し、空に浮かべられた逆さ城『輝針城』より、その檄は飛ばされた。

 上古の英雄の末裔を囲い込み、そんな口先ばかりの大義を掲げて、正邪は事を起こした。
 その前段階、本来であればこの叛逆の主戦力となり得た旧地獄の取り込みに失敗し、成否は五分未満となった企みだったが、正邪は止まらなかった。
 少名彦名の直系である小人族の姫、少名針妙丸が父祖より受け継いだ打ち出の小槌を用いた叛逆は、一旦は幻想郷を混乱させた。
 力無い妖怪は、打ち出の小槌から漏れ出た魔力の副次作用を受けてここぞとばかりに凶暴化し、器物は持ち主の手を離れて好き勝手に動き始め、あるいは八橋達のように受肉して顕現した付喪神まで現れた。そうして、神々と妖怪の箱庭は混沌に陥った。
 針妙丸と正邪は、輝針城を文字通りの根城とし、新たに顕現した付喪神達に対しては、その存在を確かな物にさせる魔力を与える拠点としても機能させていた。
 脆弱であった妖怪達と付喪神の軍勢を従えてそのまま事が運べば、満足な力があれば、赤熱させた鉄を鍛える様に、混沌となった幻想郷を針妙丸が思い描く“大義”の通りに形作る事も成ったかも知れない。
 打ち出の小槌はそのための『槌』でもあったのだから。
 しかし針妙丸にはその地力が無かった。“いま”の人間の英雄達を前にしては、上古の英雄の血も錆びきった遺物に過ぎなかったのだ。
 そもそも針妙丸は多くを見誤り、正邪は努めてそうさせてきた。
 結局この叛逆に際し、打ち出の小槌の魔力はその大半を正邪の能力強化のために浪費された。もっと緻密な策を取る道もあったはずなのに。
 始めから、杜撰などと言うよりも根本的にやることなすことがちぐはぐだったのだ。ただこれは、首謀者が天邪鬼という存在である限りには然りと頷けよう。
 道具を道具として使い潰さず、心すら理解しようとする針妙丸。祖先は動物や虫とも言葉を交わせる程だったと言うから、彼女がそれを心と共に受け継いでいても不思議は無い。
 しかし正邪の行動は、自分以外の全てを、使い捨ての道具として扱おうとするものだった。そして当然の様に、ここには、表面上は「姫」とまで敬って呼んだ針妙丸も含まれる。
 正邪はその行動原理の通り、あっさりと彼女らを捨てた。
 いまの人間の英雄――博麗の巫女が、その友である魔法使いが、吸血鬼の手先(道具)のメイドが、暴走する愛用の器物を御しながら立ち向かって来ては、非力な小人と天邪鬼などが如何に力を付けようとも太刀打ち出来る道理は無かったのだ。
 命あっての物種と合理的に考えれば、正邪でなくともそう――恥も外聞も無く逃げ出したかも知れない。

 そうして辛くも逃げ延びた正邪。当て所ない逃避行の、これが始まりだった。

      ∵

 先般起こした事態が異変として認識され、博麗霊夢達が出張ると察知した時点で、正邪は様々な用意をしていた。
 まず打ち出の小槌の力で、新たな防備を整えればよいとまでは思い至ったが、使えるだけの自身と針妙丸の能力強化に割り振り切った後。小槌が無尽蔵の力を持つ道具で無いのは正邪も承知していた。それを知った上で針妙丸を騙していたのだから当然である。
 しかし、こうも早くに魔力を喪失するとも、思ってはいなかった。
 結果として用意できた防御策は、そのちっぽけな体一つを覆うにも心許ない(針妙丸なら十分な大きさではある)布切れ一枚のみ。
 ただし、今となってはこの布一つとっても、生き残るための重要なアイテムである。
(フン、付喪神風情が。私が何も使わなかったのに逃げおおせたのをもう忘れたのか)
 そう考えていた正邪を音符を模した光弾の弾幕が包囲し、次いでその隙間から鏃状の弾幕が浴びせられる。
 数十センチ四方毎に敷き詰められた楔弾は、高速飛行の状態で真っ向から向かえば、壁が迫って来るのに等しい。
 本来であれば、これをして『不可能弾幕』と銘打つには十分。先輩付喪神の教えで、新たな魔力を体内に充ち満ちさせた八橋の全力であれば、尚のこと。しかも目標の後ろ上方からの掃射、位置取りも完璧と言える。
 正邪は速度を上げてひたすら逃げを打つべきところ、不敵な笑みで顔を歪ませながら後退飛行に移り、速度を減じつつ弾幕と相対する。
 あえて悪手を取るのも天邪鬼ゆえだろうが、正邪にはまだまだ勝算があった。
「へへっ、こんな程度で不可能弾幕だなんて、笑えるな!」
 射線を見極め、数発の弾幕を掠める程度まで引き寄せると、隠れようも無い空中で――

『ひらり布』

「え? なに?!」
――姿を隠す。
 初見の『ひらり布』に隠れた正邪の正体を見失い、八橋は困惑しながら弾幕を拡散させる。天狗や河童が用いる道具と同じく、姿を隠すだけの何かを用いたのだと判じたのだがそれは間違いだった。魔力の雲が空を覆う闇夜。カモフラージュは確かに利いていたため、彼女が誤認したのも仕方ない。
 正邪は姿など消しておらず、あくまで弾よけを用いていただけ。八橋が取るべきだった正答は、惑わされず延々と弾幕を張り続ける事だった。
「そら、今度はこっちの番だ!」
 スペルなどは失っていても、気弾を撃つことは出来る。
 ひらり布の効力が尽きたと同時に、正邪は八橋への集中砲火を開始。
「なんの、この程度で……!」
 八橋が言った「手加減」も強がりではなく、追跡の初動での正邪との手合わせにはあえてやられて見せただけだった。大した威力も無い気弾を数発受けた所で落ちることも無い。
 弾幕の指向が逸れた『天の詔琴』を立て直すのを諦め、これは『Dissolve Spell』。その余波で正邪の気弾も多くかき消え、更に同じ魔力を纏った別の気配も迫る。
「姉さん!」
「さあ、天邪鬼! 私達姉妹の合奏(アンサンブル)、お代はあんたの体一つでいいから堪能しなよ!」
 琵琶を携え雲中から現れたのは、八橋と時を同じく顕現した琵琶の付喪神、九十九弁々。
(姉妹だぁ? 血の繋がりようもない奴らが――)

両吟『星降る唄』

 合唱するように二人が揃ってスペルを宣言すると、星を覆い隠す魔力の雲の中から星が降る注ぎ始めた。それも雨あられと。
 正邪にもそれが二人の放つ弾幕だと分かっている。ゆるやかに降る星弾を回避しながら、射撃を行おうと二人に向き合う。
「――姉だ妹だと、二人がかりだと、実に面白いなぁ!」
 正邪が叫ぶのと、姉妹の合奏が始まるのは同時だった。
 二人が弦を一つ弾く毎に、音色と共に弾幕が波紋となって広がる。それが二人からそれぞれに発されるのだ。星弾も音弾も正邪に正確に指向しないものの、周囲を埋め尽くす形でばらまかれ、待避可能な範囲が徐々に狭まってゆく。
 辛うじて切り返しを反復しながら、正邪は射撃を八橋にのみ浴びせ続ける。連戦の八橋を先に墜とし、少しでも生存の可能性を上げようという判断。それに加え、それぞれが自在に動けないという合体スペルのデメリットを見極め、急機動で上昇に転じて二人から放たれる弾幕よりも星弾の回避に集中してからまた反転。今度は星弾と速度を同じくして、八橋に急降下で気弾を撃ち込む。
「天邪鬼のくせに……姉さん!」
 八橋は気弾に視界を遮られながらも、弁々に次の行動を促す。一旦ポジションを入れ替えて正邪の企図を崩そうという、事前からの作戦だった。
 しかし呼びかけた先にあったのは、別の弾幕に撃破された姉の姿だった。
 怪我の具合はスペルルールの範疇と見られる。まさか合体スペルの不具合か、と八橋は思い浮かべるが、すぐにそれが自分たちのスペルとは無関係である事を悟る。
「よっ!」
 星弾に紛れて、流星が降って来る。
「黒白?!」
 八橋が「なんであんたが――」と驚きの声を上げている内に、魔力を極大まで励起させるミニ八卦炉が唸る。
「悪いな、私にも事情があるんだ」
 博麗の巫女の友人、杜を焼尽せしめるほどの火力を易々と放ち、御す乙女。
 黒白と呼ばれた乙女――霧雨魔理沙は、口角を上げて八橋に笑みを向けると、次の瞬間には問答無用の魔砲を放つ。

恋符『マスタースパーク』

 単純明快かつ、有無を言わさぬ大出力の――無駄にカラフルな――可視レーザー光が八橋を包み込んだ。
 不意打ちにスペルを食らい、義姉の後を追う形で墜落しながら、八橋は魔理沙に問う。
「事情って……何よ……」
 魔理沙は彼女を溜め息交じりで見送る。そちらへの返答は無い。
「その事情とやら、私も聞かせて欲しいモンだね」
 魔理沙の登場で難を逃れた正邪はしかし、その恩人に対して明確な疑念を向けている。
 弁々と八橋がそれぞれ木々に埋まり、枝との衝突音を鳴らしながら軟着陸したのを確認してから、魔理沙は一応の答えを返す。
「あーん? そんなの、お前の保護しかないだろ。それよりなんだ、もう少し忍んで行動しろって言ってるのに、わざわざ追っ手の居そうな所を飛ぶなんて。何考えてんだよ」
「お前の事は信用した訳じゃないからな」
「上等だ。私もお前を信用しちゃいない。目当てはお前が持ち帰るブツだけだ」
 そもそも天邪鬼の辞書に「信」という文字があるのかも疑わしいものだと魔理沙は思い返しながら、跨がる箒の舳先(柄)を住処である魔法の森へ向けると、
「それに今のは、あっちも二人がかりだったから助太刀しただけだ」
 そう付け加え、正邪を置き去りに前進する。
「けっ。お前が何を企んでるのか知らないけど、今日は休ませてもらうだけだ」
 付いて来いとも何とも言われなかった正邪も、彼女の後を追って飛び去った。

      ∵

 事の次第は、また正邪の逃亡生活の始めに遡る。

 先の『輝針城異変』と銘打たれた異変が終息して間もなく、名目上の主犯となった針妙丸は捕らえられたが、実質の黒幕であった正邪は一時行方不明となっていた。
 見ようによっては広くもなるが、基本は狭い幻想郷。どこに身を隠してもいずれは見つかる物と思われた上に、力を失えば取るに足らない小鬼が相手と、表向きは放置されていた。(身を隠す場所に例外があるのも、多くの妖怪の間で共有されていた)
 追っ手がかからずとも隠れ潜むしか手は無く、それを続けるにしても限界があった。
 着の身着のままで飯も無い。先立つ物も無いし、銭があっても使う場所が無い。いや、着る物は我慢すればいいし、ウサギやネズミ程度なら捕って食らうぐらいは出来る。
 初動はそんな程度で済んだが、実情はままならなかった。
 泥水をすするのも、猛禽が食べ残した骨をしゃぶるのも昔から慣れっこのつもりだった正邪も、今はそれが辛く感じていたのだ。
「はぁ、一度覚えた贅沢の味は忘れられないなぁ……」
 打ち出の小槌を一度振るえば、酒池肉林を作り出して飽くまで酒に溺れるのも、無数の卓ごと満願全席を並べ、飽食に浸るのも自在だった。
 これが打ち出の小槌の俗世での元来の使われ方であり、正邪には正しく泡沫の夢となったのだが。
 小槌は振るう度に魔力を消費する。盛大な無駄遣い、実に愚かな浪費であった。
 その浪費が自分を退治しに来た人間(妖怪も想定していた)との戦いの勝敗に関わるのも当然承知の上だったが、ここにまで贅沢生活の余波が及ぶとは考えていなかった。
「姫は、無事、奴らに捕まったかな……」
 小槌による能力強化は、やや能力に劣る自身に重点を置いて割り振られた。針妙丸は種族の都合上どうにもならなかった身体の強化(単に大きくしただけにも思えた)程度で済ませていたが、これは彼女の意思だった。
(その姫の考えも、私が誘導したようなモンだったけどなぁ)
 正邪はふと思い出し笑いを浮かべ、次に空腹を覚える。水の匂いが濃い森の中、よく見れば木の根元にはキノコが群生している。
 閉じた赤い傘のキノコ。どう見ても毒キノコにしか見えないが、この際、腹に入れば何でもいい。やけっぱちな考えを、飢餓感が助長する。
「あー、これ、生でもイケるかな」
 言って一つむしり取り、軸の泥や虫を軽く払ってから口に運ぶ。
「んん?!」
 匂いがマズい。まろやかなカビの香りが、内から外から鼻腔に襲いかかる。
 しかし我慢してそれをかみ砕く。長々と、嚥下できるまで咀嚼すると、口の中には今まで食べたキノコからは感じたことも無い旨味が広がっていた。
 山海の上等な乾物をそのまま煮出した風な、粗く凝縮した味。
「なんだ、イケるな!」
 出来れば匂いを消したい。焼けば良いか、しかし火を焚けば見つかる恐れがある。
 こういう時、悦楽を優先し悪手を取るのも、天邪鬼の常。
 懐から火打ち石を取り出し、早速火を付けようとするが、
「くそ、ジメジメしてると思ったら」
 枯れ草の穂や枯れ木など、火口(ほくち)になりそうな物が見当たらない。少し脚を伸ばして集めるかと逡巡する正邪。ここは面倒さが勝り、諦める。
 この程度なら、我慢して生で貪るのも構わないかと、美味な赤キノコを集め始めた。
 しかし間もなく、正邪の身体を異変が襲う。
「なんだよ、これ……」
 右脇腹がジワリと灼けるようにもたれ、それはそのまま嘔吐感にとって変わり、耐えきれずに吐瀉しようとするが、出来ない。満たした腹の中身が逆流しないのは幸いなのかただの生殺しか、そんなどうでも良い事だけが思考に上がる。
 横臥してからゴロゴロとのたうち回っていると、全身から汗が噴き出す。
「あー、姫。もし殺されたなら、私もそっちに……は行けないなぁ……」
 酩酊に近い、視界と思考の鈍麻・朦朧とする意識、頭に浮かぶのは一時だけ利用した小人姫の姿。 天邪鬼らしくないこの恣意は、酔っ払いの戯れ言と変わらない物だ。
 襲いかかる眠気。か細い笑い声を上げながら、正邪はそれに身を任せた。

 陽光も届かない森に居たのは確かだった。ただ今は、辛うじて見えていた空も見えない。
 地獄の底にでも付いたのか。
 三途の川を渡った記憶も無いし、そもそもそれは出来ない。一時朧気になった意識も徐々に覚醒していく。
 低い天井、薄暗く埃っぽい室内。しかし床は柔らかく、ベッドの上に居るのが分かった。汗掛けられたシーツからは悪くない匂いもする。汗と垢とその他諸々が染みついた一張羅の匂いを覆い隠してしまう程――
「って、私の服はどこだ!?」
 一張羅は、全く見覚えの無い花柄の寝間着に替わっていた。ついでに、随分息が軽いと思えば、胸を押さえつけていたサラシ布も剥がれている模様。
 これは下着もやられたかと、正邪は〝犯人〟を突き止めようと、床から身を起こす。
 ベッドから下りようとすると、ちょうど足下の位置にスリッパが置かれていた。これも普段履いているサンダルとは似ても似つかぬ物で、デフォルメされた爬虫類らしき、愛らしいと言えなくも無いワンポイントが縫い付けられている。
「こんなの誰が履くかってんだ!」
 スリッパを蹴っ飛ばし、忍ぶつもりもなさげに素足のままズカズカと歩み、ドアの前に立つ。飾り気は無いが、粗末でも無い。ついでに鍵もかかってない。
 ここの主は油断しているなと、正邪は自分の持ち物を取り返す算段と、家の主への害意を心に浮かべる。
「わっ!!」
「うわぁぁっ!?」
 あからさまに驚かせにかかってきたのは、正邪が探そうとしていた家の主、魔理沙だった。平衡を崩し、ドアにへばりつき寄りかかる正邪に、魔理沙は里でちょっとした顔見知りに話しかけるように「よお」と改めて声を掛ける。
「お前は、あの時の黒白魔法使い……!」
「霧雨魔理沙だ。そう言うお前は鬼人正邪、で良かったよな?」
「さあな」
 天邪鬼が真っ当な答えを返すなど、彼女も期待していないのであろう。正邪の空返事には「そうかそうか」と空返事を返しつつ、蹴飛ばされたスリッパを回収する。
「折角アリスに作らせたのに。でもほら、このアップリケは私が作ったんだぜ? ツチノコをデザインして。可愛いだろ」
 拾ったスリッパを指さしながら魔理沙は言うが、
「可愛いも何も、暗くて見えないんだよ」
 黄昏時に掛かっているためか、正邪が目覚めた時よりも急速に光量が落ちている。
「ああ、それもそうだった」
 今までは、暗がりに隠れて正邪の様子を窺っていたが、もうその必要は無い。カーテンを開けて外の光を取り込みながら、天井から垂らしたランプにミニ八卦炉から火を移す。
 明るくなった室内の壁際には、本棚やうずたかく積まれたがらくたの群れ。一つきりの格子入りの窓は牢屋を思わせる。
 正邪は、もしや自分も捕らえられたのかと、魔理沙を睨め付けながら歯がみする。
「なんだよ、そんな怖い顔して」
「とぼけるな。今度こそ私を殺す気だろ、針妙丸みたいに」
 魔理沙はその問いに、返答に迷った風に「あー」と意味の無い声を漏らす。
「いや、あいつは然るべき相手に身柄を引き渡して……後は知らん」
「私も、そいつの所に連れて行くのか?」
「と言うか、私もその然るべき相手って言うのを知らないんだ。そうだ、お前は幻想郷をひっくり返すとか何とか言ってたけどな、お前が考えるようなひっくり返すべき相手、為政者っていうか、こういう時に主体になるような奴がそもそもここには居ないんだぜ?」
 管理者を自称する者なら居るはずだから、しょっ引かれていったならそちらだろうと、魔理沙は腕組みしながら続ける。
「どのみちそっちに突き出すのは変わらないんだろ」
「いやいや、突き出すならお前が寝てる間にやってるぜ。あんな、見るからにアウトな毒キノコを食って卒倒してたんだしな」
 先ほどのキノコが毒だったのを知りはしたが、正邪はそれをしくじったとは思わない。しくじったのは、寝込んで魔理沙に捕まった事のみ。
「じゃあ、何のために私をここに連れ込んだ?」
「ああ、お前に依頼したいことがあってな。引き受けて貰えるなら、飯と宿を提供する」
「私に頼みだぁ?」
 また変な方向に話が進むものだと、天邪鬼の想像すら超える魔理沙の言葉に、正邪は素っ頓狂な声を上げる。
「ああ、コイツを見てくれ」
 言って、魔理沙は前掛けのポケットから変わった柄――紫の格子模様の風呂敷を取り出してみせる。一見何の変哲も無さ気だが、正邪は微妙な魔力が放たれているのを感じ取る。
「なんだよ、この風呂敷は」
「マジックアイテムだ」
 そう言って、魔理沙はビー玉を一つ、正邪に投げて寄越す。
「そいつを投げてみろ」
 少し距離を取ってから魔理沙が言うと同時に、正邪は彼女の言うとおりの行動を取る。前触れも無く、全力の投擲で。
 魔理沙は一瞬驚いた貌をするが、すかさず布を自身のかざして防御を試みる。
「おい! 投げる前に何か言えよ!」
「ヤなこった!」
 舌を出して、古風な侮蔑のポーズを取る正邪。
 魔理沙からは前髪の赤い房と併せて、二枚の舌が揺れているよう見えてもいる。彼女は(これが二枚舌か)などと思い浮かべながら、また落ち着き払った様子に戻ってから、正邪が投げつけたビー玉指し示す。
「さて、私はこれを布で受けたはずだが、ところがどっこい後ろに落ちてる」
「玉を後ろに逸らす道具か?」
「その通りだ」
 理解が早くて助かると、魔理沙は正邪に布を押し付け、ビー玉を拾い上げる。
「それ、1、2、の――」
「は? 待てよ!」
「3だ!」
 正邪の額に、ビー玉が突き刺さった。

 正邪は額に出来たたんこぶをさすりながら、魔理沙の謝罪を受ける。まったく誠意は感じられないが。
「いやスマン。意趣返しも込みだったが、まさかあそこまで見事に当たるなんてな」
「意趣返しって、謝ってる時に言う言葉じゃ無いだろ……で、その布がなんだってんだ」
「この布は名付けて『ひらり布』、効果はさっきの通りだが、これの出所が問題だ。この森に住む同業者曰く、こいつはお前が針妙丸に使わせていた『打ち出の小槌』の魔力を帯びて、こんな効果を発揮しているらしい」
 道具達が付喪神として動き出したのも、弱小妖怪が暴れ始めたのも、打ち出の小槌から漏れ出た〝鬼〟の魔力副次作用だった。それらは間接的に鬼の妖気に当てられたためそうなったのだが、付喪神化しなかった器物にも大なり小なり影響を受けた物があったのだ。
 その影響を受けた器物の一つ、ミニ八卦炉を指で弾きながら魔理沙は続ける。
「コイツも暴走したぐらいだったしな。でも一見ただの布がこんな効果を持つっていうなら、他にももっとこういうアイテムが出来ていて不思議は無いはずだ」
 要するところは、小槌の影響を受けたマジックアイテムを蒐集したいのでその手伝いをしろというのが、魔理沙の依頼であろう。
「それをなんで、私に持ちかける」
「実は私には、これが小槌の魔力を帯びているなんて分からなかった。でもずっと小槌の魔力を使ってきたお前には、ただの人間の私よりもこいつが持つ魔力が見分けられるんじゃないかって、そう見込んだんだ」
 これが出来るのか、出来たとして伸るか反るか。魔理沙は正邪の腹を見ようとする眼をしつつ、返事を待つ。
「ああ出来なくは無い。言うとおり、私にはコイツから出る魔力が分かったからな」
「じゃあ――」
「乗ってやってもいい、って言ってるんだ!」
 承諾の返事を受けた魔理沙は正邪の手を握ろうとするが、正邪はそれを身を翻して避けると、またも舌を出して見せる。
「勘違いするなよ。あくまで利害が一致したと思うから乗るんだ」
 心底はもっと酷い。話に乗ったように見せかけてマジックアイテムを集め、隙を見て裏切ってやろうと、既に腹は決まっている。
「私も同じだ。つまり、お互いそういう間柄だって事を理解しとこう」
 こうして、正邪の逃亡生活は、奇妙な共闘関係と共に二度目の始まりを迎えた。

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