東方二次小説

楽園の確率~Paradiseshift.第4章 明けぬ夜を征く   明けぬ夜を往く 第2話

所属カテゴリー: 楽園の確率~Paradiseshift.第4章 明けぬ夜を征く

公開日:2017年09月18日 / 最終更新日:2017年09月15日

明けぬ夜を往く 第2話
楽園の確率 ~ Paradise Shift. 第4章
明けぬ夜を征く 第2話



 決してそれを表には出しはしないが、正邪は驚いていた。
 なるほど魔理沙の示した『ひらり布』が、打ち出の小槌の影響によるアイテムだというのは疑いようが無い。そもそも自身も、近しい物を既に携えていたのだから。
 魔力についても全くの無手で見分けが付いたのではなく、サンプルが手元にあるからこそ、類似した気配だと気付いたのだった。
「どうやら、私が思った以上に影響が出てるみたいだな」
 いつぶりか分からないほど久しいまともな天井を、まともな寝床から見上げながら、正邪は呟く。忍び込んだ旧地獄の岩肌でも、逆さ城の床板の天井でもない。今ひと時になるとはいえ、穏やかな光景である。
 しかし腹の中はざわついて、落ち着かない。
 幻想郷のヒエラルキーをひっくり返すなど、あくまでも針妙丸や他の妖怪向けの建前。正邪には動機などどうでもよく、幻想郷が混沌とすればそれでいい。
 自分の手でそう出来なかったのは残念だが、小槌の魔力の暴走が思いの外広汎な影響を及ぼしていたのには、悪い気分もしなかった。
 しかしもっと、もっと自分の手で何か出来るはずだ。ひたすらにくだらない悪巧みを。
 そんな風に漠然と考えてから正邪は上体を起こし、床から滑り出る。自前のサンダルも変に可愛らしいスリッパも履かない。
 元は倉庫であった、この仮の寝室。鍵は外側から掛けられるようになっているため、牢の代わりにもなろう。ただし今は、にわかごしらえの掛け金錠が内側に設けられているだけで、出入りは自由になっている。
 忍び足で向かう先は魔理沙の部屋。一階の間取りは、目覚めた後に食事を取った時と用便の際におおよそ把握していた。
 別の部屋やリビングから廊下に溢れた、コレクションと言う名の障害物をそろりそろりと避けつつ、建物の対角に当たる一室へ辿り着く。
 こちらの部屋にも鍵は掛かっていない。
「あのガキ、賢しいのか馬鹿なのか」
 独りごち、ドアノブを極めてゆっくりと回す。チキチキと鳴る金属音よりも、秋口の夜風の中で僅かに奏でられる虫たちの声の方が大きい。まず気付かれまいとドアを開けると、魔理沙は普段通りであろう、無防備な様子で寝入っていた。
 夜更け過ぎの時分、館の主の所へ赴いてやることなど決まっている。
 彼女と協力などするより、ここを乗っ取って新たな住処にした方が早い。訪問者も限られるであろうこの森の中なら、しばらくは居座れるであろう。
 自室の隅に転がっていたナイフを懐から取り出し、振りかざす。
「餌付けされて飼われる犬と違うんだよ、私は……!」
 片手で勢いよく振り下ろされた刃渡り十センチ足らずのナイフは、易々と布団を貫き、ベッドに突き刺さる。
「は? ……はぁ?!」
「お前な、それちゃんと縫って直せよ?」
 上方からの声に、ナイフから手を離して後ずさり、上を向く正邪。そこには逆さ吊りになった風に宙に浮かぶ魔理沙の姿があった。
「な、お前……」
「昨日今日来た妖怪をそうそう信用するわけ無いだろ? そもそもここはヘンテコ生物盛り沢山の魔法の森だ。中途半端に頭の良い妖怪妖獣なんかがちょっかい出して来る事もあるんで、不逞の輩がウチの中を歩き回ったらすぐに分かるようにしてるんだ」
 だからこういう真似はもう止めておけと、タネを明かしながら魔理沙は語る。仕掛けがばれたところで、避けようも無いのだと諭し、誇ってもいるのだ。
「じゃあさっきのは狸寝入りか……」
「まあな。避けるのにはコレを使ったが」
 下がったランタンに火を灯し、そのままの体勢で魔理沙が言う。彼女は飾り気たっぷりのナイトキャップから、一本の折りたたみ傘を取り出す。
「実はな、マジックアイテムはひらり布だけじゃなかったんだ。これは、これは……名付けて『隙間の折りたたみ傘』だ」
 魔理沙が傘を持った手を天井にかざすと、そこを起点に空間が僅かに避け、その身体が亜空の隙間へ吸い込まれた。
「おい、どこへ――」
「はいチーズ」
 魔理沙の声と共にパチリと小さな機械音が鳴り、それよりも少しうっとおしく思える程度の光が、正邪の目に射し込む。
「くそっ、今度はなんだよ!」
「こっちは『天狗のトイカメラ』。天狗が持ってたおもちゃのカメラが、小槌の魔力でマジックアイテム化したんだと」
 割合手の込んだ装飾の折りたたみ傘と、対照的に見るからにちゃちなカメラ。これで都合三種類、ひらり布以外のアイテムに関しては正邪も初見で、全く関知していなかった物である。
「折りたたみ傘の方は、さっきみたいにあっちからこっちへ移動できる能力。トイカメラの方はフレームに収まった魔力をかき消す能力――弾幕を消す能力って言えばいいかな」
 魔理沙はスキマから抜け出し、寝転がったままそれらのアイテムを差し出す。
「一度にいくつも扱うのは無理だろうけど、とりあえず持っておいてくれ」
 魔理沙を見おろし、ぽかんと口を開けながら正邪はそれを受け取った。
 この短時間で、こんな小娘にここまで翻弄にされるとは。確かに弾幕ごっこの強さや魔法の威力は計り知れない物ではあったが。
「なんでさっきこれを出さなかったんだ?」
「どっちか実演した方が分かり易いと思ったし、こうしてろくでもない事をしてくるのは想像が付いてた。言っておくが、そのアイテムの対策ならもう施してるからな」
 ひらり布とは違って対策がまだだったから、手元に置いておいたのか。ならば新しいアマジックイテムを手に入れれば、この住み処を奪い取るのも可能かも知れない。
 正邪の意識からは、自身の企みがあっさりと阻まれた悔しさなどすっかり飛んでいた。
「あ、ああ。すまなかった、魔が差したんだ。もう悪戯はしないよ、おやすみ」
 正邪は思い出したように、心にも無い詫びを述べる。
 殺意を込めて寝床に刃物を突き立てるなど、とても魔が差したとなどと言うレベルではない。普通であれば今頃は、正邪の亡骸がこの場に転がっていても不思議ではないし、百歩譲ってもただの詫びで済むはずがない。
 なのに終始、魔理沙の余裕は崩れない。
 妖怪と人間という、大別した種族の力の差を考えるなら、本来なら食い、食われる者の間柄。であるにも関わらず、まず素の力の差が、真逆の方向に桁違いであるのを正邪は見せつけられた気がした。
 それが何故か、正邪には喜ばしかった。
「ああ、おやすみ。と言いたい所だが――お前が天邪鬼なのも承知だが、これだけは守れ。妖怪の山にだけは、絶対に近づくな」
 ここまでのあっけらかんとした表情を潜め、にわかに神妙な貌を向ける魔理沙。
「分かった、覚えておくよ」
 ならばヨシと、魔理沙は息を吐いて正邪に退出を促す。
 朝になれば、約束通り蒐集活動の開始。もはや正邪にも起きている意味は無かった。
「いや待て。もう一つ忘れてた、これは朝までに繕っとけよ」
 魔理沙の用件はまだ残っていた。

      ∵

「では魔理沙の方は上手くやっている、と」
「うむ。今のところは、上手く手綱を握って探索を始めさせているようじゃな」
 杜の葉も色づき始めた博麗神社。二人の女が縁側で茶をすすっている。
 二人の装いは対照的で、片や男性的な羽織姿にキセルをふかし、片や細やかな装飾を随所に施した紫色のドレスに身を包む。ただいずれもが、一見して女性と分かる艶やかさを醸し出していた。
 羽織姿の親分は、佐渡は二ッ岩の大明神、二ッ岩マミゾウ。
 ドレスの乙女は、幻想郷の賢者の一人、八雲紫。
 いずれもが知る人ぞ知る実力者。そして紫の式神の八雲藍とマミゾウは、狐狸ではあるが犬猿の仲でもあり、気軽につるむ間柄でもない。
 その二人が、幻想郷の要である博麗神社でこうして会合を持つなど、何を企んでいるのかと、いくらでも疑いを招きかねないシチュエーションである。
 二人は実際に、一つの企みを進めていた。
 神社の巫女である博麗霊夢は、必要以上の話は耳にしたくないと、出がらしの茶と湿気た煎餅を供した後に早々と姿を消していたが。
「私も傘一本きりですが提供しているのですし、上手くいってくれないと困りますから」
「そういうレベルの話じゃなかろうて。そもそもその折りたたみ傘も、異変の時に半付喪神化して扱いに困っておった物じゃろう? 天狗のカメラも」
 化け狸と付喪神は大変相性が良い。それは化け狸の用いる化術が「化ける」ものではなく「化けさせる」ものであるからだ。半自立で動く器物はその性質を大きく変ても不具合のおき難い化けさせ易い媒体であり、マミゾウら化け狸には重要なパートナーとも言える。
 そしてこれは器物に手足が生える前、動物で言えばオタマジャクシ程度の成りかけの付喪神が相手でも変わらない。
「でも天狗は独自の信仰と術を持ってますからね。あちらへの交渉は骨が折れましたわ。お互い何を意識しているのかは、あまり知りたくありませんが」
「たはは、それはそこまでにしておいてくれんかの」
 打ち出の小槌の魔力を受けて半付喪神化した器物達の大半は、魔力の供給が断たれると徐々に付喪神としての性を失ったが、中には元の持ち主や自身が持つ由縁から、某かの特性を得た物もあった。それがマミゾウが当初有望株として青田買いを狙っていた『ひらり布』や『隙間の折りたたみ傘』、『天狗のトイカメラ』であった。
 しかしここまではただの与太話。紫や妖怪の山のごく一部の者は、これらの器物に別の価値を見いだしていた。
「それはともあれ進捗じゃが、魔理沙――と言うか天邪鬼のコレクションは、着々と集まっとるようじゃな」
 そのコレクションこそが、二人の目的の一方である。
「ならば重畳。追っ手も良い仕事をしてくれているみたいですし」
「追っ手なぁ。弱い者から当て馬にしてジワジワと追い詰めていくとは、中々エグいやり口じゃのぉ」
 正邪が霧の湖に出でては氷精が懸命に襲いかかり、寺に向かえば弱小妖怪が威勢を張るぐらいで済んでいた。しかし日を重ね、迷いの竹林にまで至っては、それなりの者が出張る羽目になっていたし、先頃は紫の友人の亡霊姫、西行寺幽々子が軽く揉む事になった。
 そして昨日は、先頃顕現し、その存在を保つ事に成功した付喪神達による手厚いもてなしもあり、正邪は辛くも逃げ延びた様子であった。
 ともあれ“それなりの者”であれば“それなり”に手加減も可能であるため、紫達の思惑通りに事は運んでいる。
「今は一挙両得を狙ってますからね、それに――」
 この大地の賢者とは、管理者の立場と同一であり、幻想郷の保全が第一である。
「幻想郷は何でも受け入れる。来る者は拒まないし去る者は追わない。しかし、ルールに準じる意思の無い者に優しくあれるほど、甘くはない」
 口元を手で隠し、マミゾウと視線を合わせながら紫は説く。
「お、おぉ。怖い事を言うのお……」
 マミゾウにも思うところがあり、少しだけ目を逸らす。そもそもマミゾウ自身、その化術を駆使して、正規の手順を踏まずに幻想郷の内と外を行き来するモノである。
「まあ、八雲殿はこう言っておるが、滅して終わるなら始めからやっておるじゃろ。こうしてお前さんの要望に応えて捕縛をかけておるんじゃ。まあ頼りにしてくれ」
 その捕縛について、実力の低い者からけしかける形になっている事に、マミゾウは言及しない。これはこの場の三者とも、承知の意図があるからだった。
 逸らした視線を更に下へ落とし、何者かに語りかける。そこには漆や南天でこれでもかと飾り付けられた虫籠が鎮座していた。
 その虫籠からは、確かな答えが返る。
「滅して終わり。本当にそうであるなら、正邪はどれほど幸せなんでしょうか……」
 虫籠の中に居たのは、先の異変の首謀者の一人である針妙丸であった。
 マミゾウは正邪の言葉の意味が分からず、首を傾げつつ紫の方を見る。
「ええ確かに。滅して終わりならば、ですわね」
 それ以上の答えを、マミゾウが得る事は無かった。

      ∴

 妖怪の山、九天の滝へ向かって森の中を二色の風が走る。
 白い風は地を踏みしめながら大地を疾駆し、黒い風は闇色に光る翼を背負い、風を巻く。
 哨戒に当たっていた犬走椛と、その通報を受けた射命丸文であった。
「文様、マズいです! 先に河童が接触します!」
「どの河童!?」
「にとりです! 随分な気合いの入り様ですよ」
「やっぱり、下々だけでもお触れを出しておけば良かったわ……」
 今現在、文は椛の能力を頼りに飛んでいる。単独で飛べば、優速な文はもっと先行できるであろうが、にとりより先に目標に辿り着けるかは少しばかり賭けになるであろう。
「飛ぶ方向とそれに、かち合いそうな地点に目印があれば示して!」
「はい。天邪鬼は玄武の沢から河童淵へと向かっています。阻止が確実な場所は、鐙沢の流入口近辺です!」
 目標とは、潜伏先の確保とマジックアイテムの獲得を目指し続ける正邪。
 正邪は結局、魔理沙の忠告など守らなかった。天邪鬼の性を考えれば当然であろうが。
「分かった。じゃあ先に行くよ!」
「そう言えば、はたてさんには?!」
「シカト!」
 一言だけ言い放って、文は先行する。
 文の速度を以てすれば、目標へはすぐだったが――
「っ! もう始まってるし!」
 既に河童――河城にとりと弾幕を交わしていた。
「けっ? 増援……」
 文の姿を認めた正邪の動きが一瞬鈍るが、にとりの方も文の参上に動揺している。
「河童! 退きなさい!」
 その言葉に、はたと正気に戻ったにとりが抗議する。
「はぁ? いくら天狗様の言いつけだからって、売られた喧嘩をはいそうですかと――」

写真『激撮テングスクープ』

 文は、もはや問答無用と、スペルの行使を始めた。

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

一覧へ戻る