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こちら秘封探偵事務所第2章 妖々夢編   妖々夢編 エピローグ

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第2章 妖々夢編

公開日:2015年12月26日 / 最終更新日:2015年12月26日

妖々夢編 エピローグ
「メリーばっかりずるい!」
 宴会が終わり、帰宅した後。私の身に起きたことを説明しての、相棒の第一声がそれである。
「なにそれ! 2004年の東京に行って、大叔母さんに会ってきたって! なにそのいよいよもって昔の時間SFみたいな展開! それ本来は血縁者である私の役目でしょ!?」
「そんなこと言われたって……文句は妖怪の賢者に言ってほしいわ」
「むー。どこに行けば会えるのかしら、そのメリーのそっくりさんとは。実は今現在、既に入れ替わってたりしない? ねえ、これ本物のメリー?」
「いひゃいいひゃい」
 むにー、と頬を引っ張られる。私は思わず全力で蓮子の頭をはたいた。相棒は頭を押さえ、「うう、私の貴重な脳細胞が」とまた呻く。
「少なくとも、私の意識は自分をマエリベリー・ハーンだと認識してますわ」
「自己の定義すらそういう形でしか断言できないって、相対性精神学って難儀ね」
「うるさいわよ、もう」
「まあ、メリーの頭でっかちはどうでもいいとして。2004年の東京ってどうだったの?」
「どうって言われても……別に観光してきたわけじゃないわ。車が多くて、地面がアスファルトだった以外は、私たちの知る2080年代の東京と大差なかったわよ、見た限り」
「まあ、霊的近代化から取り残された魔都だし仕方ないわね、そこは」
 相棒は肩を竦め、それから身を乗り出す。
「じゃあ、大叔母さんはどうだった?」
「どうって――3、4歳よ? 利発そうなお子さんだったわ、としか言いようがないってば。あ、蓮子の血縁者だっていうのは見ればわかったわよ。生意気そうな目元がそっくり」
「どう反応していいか解らないコメントねえ。で、例の琥珀を渡してきたって?」
「うん。――ねえ、これって因果のウロボロスじゃない? 琥珀はどこから出てきたの?」
「そうとは限らないでしょ。妖怪の賢者がメリーに渡した琥珀が、私たちが大叔母さんの部屋で見つけた琥珀がこの世界に持ち込まれたものだとは断定できないんだから」
「あ――――言われてみれば」
 確かにその通りだ。私たちがこの世界に迷い込んだとき、あの琥珀は最初から私たちの手元にはなかったのだから、私たちが菫子さんの部屋で見たものは未来の外の世界に置いてきた可能性の方が高いのである。
 因果の無限ループは解消されたが、しかし根本的な謎は残ったままだ。
「しかし、謎は増えたわね」
 後頭部で腕を組んで、蓮子は畳に寝転がって息を吐く。
「妖怪の賢者がメリーを介して、例の琥珀を大叔母さんに渡した以上、私たちがこの世界に来ることになったキーアイテムがあの琥珀だというのは確定でいいはずだわ。時を超える琥珀なのかどうかは知らないけど――そうなると、大叔母さんの遺言の意味が重大になってくるわね」
「遺言?」
「この世界に来る直前、うちのおばあちゃんが言ってたでしょ。『いつか、秘密を暴くものたちが、私の見つけた秘密を暴いてくれるから』――大叔母さんがそう言い残したって」
「――――」
「大叔母さんは、私たちがあの部屋の秘密を暴きに来ることを知っていたとしか思えない」
「超能力者だったなら、未来予知能力も持ってたと考えるべきなのかしら?」
「さて、問題はそこよ。なぜ私たちが過去のこの世界に飛ばされたのか。そして、メリーが実際に大叔母さんに会ったなら――」
 むくりと蓮子は起き上がり、私の目を見つめる。
「大叔母さんが見つけた秘密っていうのが、この幻想郷のことだとしたら」
「――――」
「そして彼女は、そこに私たちを導くためにあの琥珀とノートを残していた……」
 そういえば、あのノートもどこへ行ったのか、未だ行方不明である。
 《秘封倶楽部活動日誌》と書かれたノート。70年前の秘封倶楽部の記録――。
「ねえメリー。大叔母さん相手に、まさか《秘封倶楽部》って名乗った?」
 蓮子の問いに、私は首を横に振る。あのときの私の言葉は、私の意志で発せられたものではない。その感覚は、口で説明しても蓮子にはわからないと思うけれど。
「メリーは名乗ってないのか……となると」
 腕を組んで、蓮子は目を伏せる。
「私たちは――これから出会うのかも知れないわね。この世界で、大叔母さんと」
「……菫子さんが昏睡に陥ったのって、2015年頃じゃないの? 10年後よ? 私たち、あと10年もこの世界で暮らすの?」
「さて、ね。――そもそも大叔母さんが昏睡に陥ったのも、この世界で暮らすことを選んだからなのかもしれないわ。私たちもひょっとしたら、外の世界での肉体は大叔母さんの部屋で倒れて病院のベッドの上なのかも」
 しかし、2085年に戻る手段がない以上、それは確かめるべくもないことである。
「何にしても、そこに妖怪の賢者が一枚噛んでるのも間違いないわね。私たちは確実に、何かの理由があってこの時代のこの世界に飛ばされたんだわ。誰かが、この時代の幻想郷で私たちに何かをさせようとしている」
「何かを、ねえ。既に2回異変に首を突っ込んでるけど」
「それもあるいは、妖怪の賢者の目的の一部なのかもしれないわね」
「私たちを異変に立ち会わせることが?」
「そして、私がこの灰色の脳細胞で異変の真の姿を解き明かすことが」
「はいはい」
 相棒の自信過剰にはときどき呆れるけれど、実際に結果を出すのだから文句も言いにくい。まあ、名探偵はこのぐらい傲岸不遜な方が似合っているか。
 いずれにしても、私たちがこの世界に導かれた謎については、相棒の頭脳をもってしても、まだまだ答えが出るにはピースが足りないようだった。

 妖怪の賢者――八雲紫はこの後、結界の修復をめぐって霊夢さんたちと戦い、その名が阿求さんの記録に刻まれた。阿求さんとはそれ以前からの知り合いだったようだが、それまで阿求さんのつけている記録に名前を出すことを、妖怪の賢者は拒んでいたらしい。
 八雲紫。あらゆる境界を操るという、得体の知れないスキマ妖怪。
 私によく似た彼女は、この春雪異変の直後に続いたふたつの異変でも暗躍したのだが、それはこの物語とは別の話だ。また次の機会に語ることになるだろう。
 彼女と私たちとは、この狭い幻想郷で、すれ違うように交錯し続けることになる。

 さて、春雪異変自体については、これ以上語ることは何もないのだが――最後に、私が途中で列挙した謎の中で、どうしても説明がつけられなかった時系列の謎――西行の死が800年前で、西行妖の満開が1000年余り前という200年の齟齬について、少しだけ補足しておきたい。
 きっかけは、あの花見から数日後、我らが事務所にやって来た依頼人である。
「蛇の祟り?」
「たたられるようなこと、した覚えないんだよ!」
 そう言いつのったのは、寺子屋の生徒の少年である。彼の言によれば、ここしばらく毎晩のように大蛇に締め付けられる悪夢にうなされるのだという。親に相談すると、蛇を殺した祟りではないかと言うのだが、彼には全く身に覚えがないのだそうだ。
「本当に祟りなら、うちより博麗神社でお祓いしてもらうべきなんでしょうけど」
 祟られる覚えがないから、神社に頼みに行くのも気が引けるらしい。気持ちは解る。
「殺してなくても、いじめた覚えは?」
「ないよ。畑の近くではよく見るけど、追いはらうだけ」
 ふてくされて言う少年に、ふむ、と蓮子は鼻を鳴らす。
「メリー、相対性精神学的にはどう?」
「心理学とは違うんだか、フロイト的な夢判断を求められても困るわ」
「まあ、フロイトの学説はもうこの世界に流れ着いてても良さそうだけど」
「祟りじゃないなら、物理的要因か心理的要因のどちらかが蛇として意識に浮かび上がってるって考えるのが妥当じゃない?」
「ごもっとも。――蛇が嫌いだったり、大の苦手だったりするわけじゃないのよね?」
「へっちゃらに決まってんじゃん。妹は泣き虫だからこわがるけど」
「妹さんがいるの?」
「うん」
「――ははあ。妹さんに蛇をけしかけて怖がらせたりしてない?」
 蓮子の言葉に、「うっ」と少年が固まった。
「やったことあるのね?」
「……ある」
「なるほど。――蛇の夢を見たあと、いつも掛け布団が剥ぎ取られてない?」
「え、なんで知ってるの?」
「名探偵ですから。で、妹さんは同じ部屋で寝てるでしょう?」
「う、うん」
「で、妹さんは君より早起きだ」
「そうだけど……」
「謎は全て解けたわ」
 蓮子は肩を竦め、それから少年の額を軽く小突いた。いて、と少年は不満げな顔を蓮子に向けるが、蓮子は腕を組んで少年を見下ろす。
「蛇じゃなくて、妹さんをいじめた罰よ、それは」
「ええー?」
「いじめられた妹さんを気の毒に思った蛇が、君に妹さんの代わりに仕返しをしてるの」
「うそだー」
「本当よ。お兄ちゃんなら、妹をいじめるんじゃなく守ってあげなきゃ。蛇の悪夢にうなされたくなかったら、もう妹さんをいじめないって、ちゃんと妹さんに伝えること。いい?」
「むう……」
「蓮子先生と約束できる? できなきゃ慧音先生に言いつけるわよ」
「うっ、わ、わかったよぉ」
「よろしい。指切りげんまん」
 ――というわけで、今回の依頼も収入には繋がらなかった。依頼というより、これは寺子屋の教師としての仕事の一環ではないのだろうか。
「……つまり、妹さんの仕返しだったってことよね?」
「ま、そういうことね。寝ているあの子の上にのしかかって、蛇だぞー、とでも囁いてたんでしょう。まあ、悪夢に見るってことは、あの子も内心は反省してるのよ」
 全く、他愛のない話である。
「でも、この幻想郷なら実際、祟りも実在するんじゃない? 祟りが存在する、という認識がこの人間の里で一般的なら」
「霊夢さんの妖怪退治は、異変解決だけじゃなくそういうのも含むのかもしれないわね。幽霊や亡霊が実体を持ってるこの世界じゃ、祟る怨霊も実体を持って歩いてそうだけど」
「崇徳院とか?」
「平将門とかね。将門本人が幻想郷に居たら、会ってみたいかも。西行本人が最近まで冥界にいたかもしれないんだから、あり得ない話じゃないし――」
 そう言いかけて、ふっと蓮子が言葉を途切れさせた。
「蓮子?」
「……ねえメリー。平将門の乱って、確か10世紀の半ばよね?」
「え? なに、急に。940年ぐらいじゃなかった?」
「そうよね――慧音さん、どこかしら?」
「え? 自警団じゃない?」
「行くわよ」
 いきなり立ち上がり、蓮子は歩き出す。わけがわからず、私はその後を追った。

 慧音さんは、自警団の詰所で小兎姫さんとお茶を飲んでいた。
「慧音さん!」
「ん? どうした、何かあったか?」
「いえ、ちょっと歴史の疑問に答えていただきたくて」
「ほう。歴史を学ぶのなら何でも聞いてくれ」
 ちょっと得意げな慧音さんである。何か聞けば滔々と授業が始まりそうだ。
「出家前の西行、佐藤義清についてなんですが。彼の家系……先祖はどのような?」
「西行の家系か? 藤原秀郷の子孫だ。秀郷から数えて九代目にあたる。代々の武家だな」
「藤原秀郷というと――平将門討伐の、ですね?」
「その通りだ。藤原秀郷については――」
「いえ、その話はまた今度ということで。将門の乱のときには、同時に西国で藤原純友の乱も起こっていますよね。このふたりが共謀していたという伝説がありませんでした?」
「ああ、確かに伝説としてならばある。ふたりが比叡山から平安京を見下ろし、将門は天皇に、純友は関白になろうと誓った、というな。事実と裏付ける証拠は何もないから、あくまで伝説だが。まあ、当時の人々にとっては大規模な反乱がほぼ同時に起こったのだから、共謀を疑ったのも当然の成り行きで、そこから生じた伝説だろう。承平天慶の乱はこの前、授業で詳しくやったから、まずは寺子屋にある私の教科書を見てくれ。だいたいのことは書いてある」
「了解です。――もう一点。西行、という名の由来は何かあるのでしょうか?」
 蓮子のその問いに、慧音さんはきょとんと目を見開いた。
「西行、という名の由来か? それは……はっきりしていないな。言われて見れば、なぜ彼は西行と名乗ったのか。ふむ、この問題は今後調べておこう」
「――解りました。ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げ、蓮子はくるりと踵を返す。「ちょ、ちょっと蓮子」と私は慌ててまたその後を追った。慧音さんは小兎姫さんと顔を見合わせ、「何だったんだ」と首を傾げていた。

「ねえ蓮子――何を思いついたの?」
 里の大通り。どんどん先へ進む蓮子の背中に追いついて、私は呼びかける。相棒は帽子を目深に被り直して、「ただの妄想よ。歴史家の慧音さんには聞かせられないような」と答えた。
「妄想って?」
「白玉楼での謎解きで、最後まで残った謎。――西行の死は800年前のはずなのに、西行妖の満開は1000年前っていうのはどういうことなのか、その謎に関する無茶すぎる仮説。正直まだまとまってないから、とりあえず慧音さんの教科書を確認するわ」
 そう言って、私たちは寺子屋へ戻ってくる。慧音さんの教科書は、資料室の机の上に置かれていた。それを拝借し、相棒はぱらぱらとページを捲って――。
「あった。承平天慶の乱……ああ、メリーの言う通り、将門が討たれたのは940年のことね。940年の、ええと――」
 そこで、蓮子の言葉が途切れ、その目が愕然と見開かれた。
「どうしたの?」
「そんな……だから西行は――本気で、これが事実だっていうの?」
 震える声でそう言って、蓮子は椅子に倒れ込むように座り込んだ。
「……メリー。私、とんでもない珍説を思いついちゃったわ。ぶっちゃけほとんど妄想以外の何物でもないけど――聞いてくれる?」
「今度は歴史ミステリ? 神津恭介と勝負ね。それとも桑原崇?」
「そこはグラント警部にしておきなさいよ。――西行の出家より200年ほど前、いわゆる承平天慶の乱が起こった。東国で起こった将門の乱と、西国で起こった藤原純友の乱ね。比叡山でふたりが共謀したというのを、慧音さんは伝説に過ぎないと言ったけれど――この幻想郷においては、あるいは伝説こそが真実たり得るとすれば、ふたりは本当に共謀していたのかもしれない。けれど将門は、純友と合流すること能わぬまま、940年2月、藤原秀郷によって討ち果たされた。純友の乱もほどなく鎮圧されて、ふたりのクーデターは失敗に終わり、将門は怨霊となってその後長く祟り続けたのは、メリーも知っているでしょう?」
「ええ。東京に今も首塚があるんじゃなかった?」
「そうね。で、話は飛ぶけど――200年後、秀郷の子孫である佐藤義清は、何らかの理由で出家した。さて、彼はなぜ〝西行〟と名乗ったのか」
「さっきも言ってたわね。慧音さんも知らないっていう」
「西行。この名前の意味は、字面通りに解釈すべきなんじゃないかしら。即ち、西へ行くという意志を示したものだと」
「西へ、って……」
「西へ行こうとしていたのは――200年前、先祖によって討たれた平将門だったとしたら? 共謀して乱を起こした藤原純友とともに、平安京を占拠するために、東国から西へ――」
 蓮子が、何かとてつもないことを言い出したことを悟って、私はあんぐりと口を開ける。
「……まさか、蓮子。西行が反魂の秘術で、平将門の怨霊を蘇らせてしまったとか言うつもりなの?」
「西行は将門を討った藤原秀郷の子孫なのよ。将門が末代まで祟ってたとしてもおかしくはないと思わない? あるいは佐藤義清が出家して、反魂の秘術を学んだのも――将門の怨霊に悩まされ、肉体を与えた上で退治するためだった、とか」
 なんだそれは。あまりに無茶苦茶である。無茶苦茶であるが――。
「しかし、佐藤義清は将門の怨霊に敗れた。そして、身体を乗っ取られるか、あるいは入れ替わられるかしてしまったんじゃないかしら。そうして、純友と合流して平安京を占拠しようとした将門の意志の具現として、彼は西へ行く者――西行を名乗った」
「……でも、西行がクーデターを企んだなんてこと、あり得ないでしょう?」
「それは当然じゃない? だって将門は蘇っても、200年後の世界に盟友の純友はいないんだもの。だから西行は各地を放浪し、反魂の秘術を試した。純友を蘇らせようと――。あの人造人間説話も、それを示していたんじゃないかしら。高野山で語り合ったという友人は、本当は比叡山でクーデターを共謀した藤原純友のことだったと――。でも、結局純友を蘇らせることはできず、西行、即ち将門は隠者、そして歌人として生きることになった。佐藤義清の身体を乗っ取ったとしたら、それは乗っ取られた佐藤義清の意識が抵抗した結果だったのかもね」
「…………」
「妄想が過ぎると思うでしょ? でもね、西行が即ち平将門だったとすると、それが同時に魂魄妖忌さんだったとした場合、残ってた謎に説明がつくのよ。――妖夢さんが、妖忌さんの言葉として、『時を斬るには200年かかる』って言ったんでしょう?」
「え、ええ」
「200年で時を斬るっていうのは――200年の時を超えて復活したってことじゃないの? 妖忌さんが800年前の西行妖の満開を1000年前だと言ったのも、将門としての意識が言わせたものだったのだとしたら――。西行妖の満開っていうのは、西行妖=西行=将門だとしたら、将門が東国で新皇を名乗っていた絶頂期のことだったんじゃないの?」
「…………」
「そして、元は武士だったとはいえ、20代でそれを捨てて歌人になった西行が同時に剣の達人であったとするより、西行は即ち将門だったとした方が、妖忌さんが妖夢さんの剣の師匠であるという事実により説得力があると思わない?」
 言葉も無い。あまりの珍説に、呆れると同時に、しかしなんとなく納得してしまいそうな自分がいることが怖くなる。
 だが、相棒の推理はそれで終わらない。
「そして、西行が即ち将門だったとすると、西行の願いにも説明がつくのよ」
「願いって――花の下にて春死なむ、っていう?」
「そう。その如月の望月のころ――なぜ、他のいつでもなく、如月の望月のころなのか」
 そして相棒は、慧音さんの教科書を開いて、そのページを指さした。
「平将門が討たれたのは、940年、天慶3年2月14日。――如月の望月のころなのよ」

 もちろんこれは、春雪異変とは直接関係のない余談であり、そもそもそれが真実である保証もどこにもない。信じるも信じないも貴方の自由である。さすがに私としても、眉を唾でべとべとにするぐらいで良いと思うが。
 相棒の果てしない妄想力を示した、誇大妄想と受け取ってくれて構わない。
 この物語自体が、相棒の誇大妄想をもっともらしく語るものなのだから。
 いずれにせよ、幻想郷の歴史として記録され確定した〝春雪異変〟の物語は変わらない。
 これは、その隙間に存在したかもしれない逸史の断片なのだから、眉唾なぐらいでちょうどいいのであろう。きっと。

 最後に、もうひとつだけ。
 さらに数日後、寺子屋の授業が終わって子供たちを送り出し、慧音さんが自警団の方へ向かったあと、私たちが寺子屋の掃除をしているところへ、彼女がやって来たのである。
「やあ、こんにちは」
「あら、藍さん――こらメリー、さっそくモフろうとしない」
 現れたのは藍さんで、そのゆらゆらと揺れる九尾が目に入った瞬間、私の理性は溶けて消えた。すっかり暖かくなっても、あのモフモフの心地よさには抗えない。ふらふらと藍さんの尻尾に向かった私の襟首を、蓮子がむんずと捕まえるが、藍さんは苦笑して「構わないよ」と言った。何ですと――。
「先日の依頼の報酬代わりと言うわけではないが、まあ、ほどほどにな」
「――ありがとうございますっ」
 許可を得て、私は遠慮無く尻尾に埋もれる。ああ、この柔らかさ、くすぐったさ、温かさ、久々のモフモフに埋もれて、私は恥も外聞もなく感極まった安楽の声をあげた。
 ――そんな私を余所に、藍さんと蓮子は以下のような会話を交わしていた。
「ところで、何の御用です?」
「改めて、先日の依頼の報酬を支払いにな。それとこれは、紫様からのサービスだ」
 そう言って藍さんがその場に置いたのは――なんと、幻想郷では貴重品であるコーヒー豆に、家庭用のミル、サーバー、フィルターのセットである。蓮子が目を輝かせた。
「おお、コーヒー! ありがたく頂戴します!」
「喜んで貰えて何よりだ」
「こっちではなかなか飲めなくて……外の世界からの輸入品は妖怪の賢者の管轄ですよね?」
「ああ。紫様もコーヒーはお好きなのでな」
「里の茶屋でも売れるぐらい輸入量増やしていただけません?」
「希望は伝えておこう」
 苦笑して頷く藍さんに、蓮子が「ありがたやー」と手を合わせて拝む。
「それとだな――」
 と、藍さんは「そろそろ離れてくれ」と尻尾を揺すった。弾かれるように引きはがされた私は、こちらを振り向いた藍さんと向き直る。
「あらかじめ断っておく。私は、君たちを監視することになった」
「――――」
 私たちは、思わず顔を見合わせる。妖怪の賢者が私たちを監視しているかもしれない、というのは相棒も疑っていたが、まさかそちらサイドから明かしてくるとは――。
「監視と言っても、24時間つきまとうわけではないから安心してほしい。基本的に、君たちが里にいる間は、たまに様子を見に来るだけだ。里の中には君たちの保護者もいるようだしな。――監視させてもらうのは、君たちが里を出たときだ」
「それは……監視というより、ボディーガードと見なしていいんですかね?」
「そう受け取ってくれるなら、こっちとしても都合がいいな」
 蓮子の言葉に、藍さんは狐目を細めて笑う。
「これは紫様からの命だ。身体的に普通の人間である君たちが、この幻想郷の危険に巻き込まれぬように、私が陰から護衛につくと考えてもらえればいい」
「――どうして、一介の外来人風情に、妖怪の賢者がそこまで?」
「さて。紫様の深謀遠慮は、式神の私などには計り知れない。何か理由があるのだろう」
 そう言いながら、藍さんの目は鋭く私を見つめていた。――主の真意を問うのは不遜と思いながらも、私と妖怪の賢者の外見の類似はどうしても気になる、というように。
「というわけだが――里の護衛がつけられるなら、なるべくつけてくれ。私も色々と忙しいのでな。仕事を増やさないでくれると、非常に助かる」
「――承知いたしましたわ」
 相棒が愉しげに私の背中を叩いて頷いた。――蓮子は、これで大っぴらに幻想郷内の探検できる領域が広がる! と喜んでいるのは明らかで、私は密かにため息を噛み殺すのだった。
 ――というわけで、今後のこの記録で、私と蓮子が里の外を不用意に出歩いているように見える場面があったとしても、賢者の式神が陰から護衛しているものだと思ってもらいたい。
 妖怪の賢者も、役に立つこともあるものだ。

 さて、春雪異変をめぐる物語は、今度こそ、これで終わりである。
 次なる物語は、春雪異変より二ヶ月後。
 〝三日置きの百鬼夜行〟と称された、宴会騒ぎについての物語になるだろう。
 私の記録よりも一足早く、その物語を聞きたければ、当事務所の扉を叩いてほしい。
 もちろん、相棒が喜ぶような依頼を持ち込んでくれれば、のサービスだけれど。

 こちら、秘封探偵事務所。
 寺子屋裏の離れで、今日も不思議な謎をお待ちしております。




【第二章 妖々夢編――了】

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この小説へのコメント

  1. 【あとがき】
     
    今回もここまでお読みいただき、ありがとうございました。作者の浅木原忍です。
     
    この妖々夢編は、予定していた真相を途中で2回ほど変更するなど、色々と苦労しました。
    自分の本を昔から読んでる人は、『桜の下にて春死なむ』という幽々子と妖忌の過去話があったことを覚えてらっしゃるかもしれません。一番最初はあれで描かれる過去が真相の予定だったりしまして。その後色々とこねくり回したり方針転換したりした結果、今の形に落ち着きました。
    最近ゆゆさまの趣味が「自分の死体の保存」であるという新設定が出てきましたが、それに対しても説明がつけられたんじゃないかなと自分では思っていますが、はてさて。
    何にしても、お楽しみいただけましたなら幸いです。
     
    次は永夜抄編ではなく、時系列的に先になる萃夢想編になります。
    1月半ば~下旬ぐらいから連載開始予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。

  2. 歴史にとてもお詳しい方何ですね。読んでいて、凄いなと思いました。

  3. 桑原崇の名前が出てきてニヤニヤせざるを得ないですね。

  4. 妖々夢編の作成お疲れ様でした~謎を明かす部分を拝読していましたら思わず涙が出そうな悲しいお話だと感じる程でした。必死に「是はオリジナル小説」と自分に言い聞かせて堪えました。益々のご活躍とご発展をお祈りしております

  5. 紅魔郷編から読んでみて、高田崇史さんの『QED』みたいだなと思いました。
    しかし、妖々夢で桑原崇の名を聞くとはwww
    なかなか通ですな。

    小説面白かったです。
    今後の活躍に期待しています!

  6. 本格ストーリーテイストな秘封を、蓮メリをありがとうございます。ありがたや〜ありがたや〜

  7. ニコニコの紹介を見て来ましたがとても面白かったです。ありがとうございました。

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