東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第1章 紅魔郷編   紅魔郷編 第7話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第1章 紅魔郷編

公開日:2015年08月29日 / 最終更新日:2015年09月09日

紅魔郷編 第7話
小さな兵隊さんが四人、海に出かけたら
一人がくん製のニシンにのまれて、残りは三人






―20―


 この物語は私――マエリベリー・ハーンの視点で綴るものであるから、紅魔館の中で繰り広げられた、博麗霊夢と霧雨魔理沙の戦いについて、私が語れるのは2戦、いや3戦である。即ち、テラスから観戦した美鈴さんとの戦いと、時計台から観戦したレミリア嬢との戦いだ。
 だが、それだけでは経緯が伝わりにくいので、伝聞を元に戦いの経過をまとめておくと、どうやら以下のようになるらしい。
 ――門のところで美鈴さんを撃破した博麗霊夢に先んじて、霧雨魔理沙が玄関のドアを破って館の中に突入した。彼女は地下の図書館に誘い込まれ、小悪魔さん、パチュリーさんと戦うことになる。霧雨魔理沙は、貧血で呪文を唱えきれなかったパチュリーさんを撃破し、主が地下にいないなら上だな、と館の上階を目指した。
 一方、博麗霊夢は一拍遅れて館に突入し、そして勘を頼りに最初から上階を目指した。その途中で咲夜さんと交戦、これを打ち破り、レミリア嬢の待つ広間へと突入していった。
 そこで繰り広げられた美しい弾幕勝負について、直接に目撃していない私は語る言葉を持たない。パチュリーさんがどんな魔法を使ったのか、博麗霊夢は咲夜さんの無敵に思われる時間操作能力をいかにして打ち破ったのか。それについては、私が想像で書き記すよりも、霧雨魔理沙、博麗霊夢当人から直接話を聞いてもらいたい。
 ともあれ――かくして異変解決の専門家と、それを追いかけてきた魔法使いは、あのテラスにて異変の主犯、レミリア・スカーレット嬢と対峙することになる。

 そんな経緯をこの時点では知らない私は、蓮子とともに時計台にいた。正確には、館の屋根に突き出た時計台の下――要するに館の屋上部分である。紅い霧に満たされた屋上の時計台を、満月の光が淡く紅く照らしていた。
 時計塔ではなく時計台であるからして、そう縦に長いものではない。正方形の建造物に屋根が乗っかっている形で、その前庭側全面で巨大な針が時を刻んでいる。時計は10時22分を指していた。
 ――10時22分?
 おかしい。その明らかな不自然さに気付いて、私は眉を寄せた。前庭の四阿に案内されたとき、咲夜さんは8時過ぎと言っていなかったか。それから夕食をとって、部屋に戻ったのはおそらく9時頃。それから美鈴さんを追って地下室に行き、フランドール嬢に『そして誰もいなくなった』を読み聞かせ、パチュリーさんに叱られ、咲夜さんに案内されてお嬢様の元でお茶を飲み、そしてこの時計台に上がり――それだけのことをしたのだ、既に真夜中でなければおかしい。特にフランドール嬢の部屋では、あれだけの長編を朗読したのだ、6時間は過ごしたはずだ。しかし、これでは夕飯を食べ終えてから1時間半しか経っていないことになる。これではまるで、フランドール嬢の部屋にいた時間がまるごと消し去られているような――。いや、それとも、フランドール嬢の部屋にいる間に1日以上が過ぎてしまったのか……?
 だが、そんな思考は、風に流れてまとわりついてくる霧に遮られる。
 相棒は帽子を押さえながら、柵に手を掛けて前庭の方を覗きこむ。私も近付いて、下を見下ろした。4階相当だからさほどの高さではないもの、やはり人間は落ちたら無事では済まないだろう。一階下には、先ほどまでレミリア嬢とお茶を飲んでいたテラスが見える。
「さてさて、吸血鬼対人間、世紀のスペクタクルの開幕よ、メリー」
「流れ弾食らって消し炭にならないでよ、蓮子」
「そこは宇佐見蓮子一流のステップで華麗に回避してみせますわ。むしろ鈍くさいメリーの方が心配だわ」
 自分でもそう思う。両手を広げて楽しげに踊る蓮子に、私は小さくため息を漏らす。どんな状況でもまずは楽しんでしまえる精神性は、この相棒の最大の武器なのかもしれない。
「万一流れ弾が飛んでときは、私がお守りしますので大丈夫ですよ」
 と、背後から声がかかる。現れたのは、先ほど門のところで巫女さんにやられた美鈴さんだった。かなりの高さから地面に叩きつけられていた気がするが、見た限り怪我をしているようには見えない。妖怪はやはり相当頑丈らしい。
「美鈴さん。大丈夫なんですか?」
「あはは、まあ、なんとか。いや、門番の責を果たせず面目ない限りといいますか、見られてましたか……参ったなあ」
 ぽりぽりと頭を掻く美鈴さん。確かに侵入者にやられて撃墜されたというのは、門番としては不名誉に違いない。七色の雨のような光弾が綺麗でした――と言おうとしたけれど、それも彼女を傷つけそうなので言わないでおくことにした。しかし、やられる直前に見せた異様な妖気――あれがもし彼女の本気の類いなら、彼女は手加減していたのだろうか……?
「まあ、お嬢様のお手を煩わせるまでもなく、パチュリー様や咲夜さんが何とかしてくださるかとは思いますが――」
「残念ながら、パチュリー様も人間の魔法使いにやられてしまいました」
 と、今度は小悪魔さんがぱたぱたと飛んできた。メイド妖精さんたちもその後ろから何人かついてきていたが、小悪魔さんが「貴方たちは後片付けでしょう」と言うと、慌てたように逃げていく。全く、と小悪魔さんは腰に手を当ててひとつ息を吐いた。
「パチュリー様も? あらら」
「はい。持病の貧血と喘息のせいで」
「あちゃー」
 小悪魔さんの言葉に、美鈴さんが天を仰ぐ。
「メリーも引きこもって本ばかり読んでたら病弱っ子になっちゃうわよ」
「どこかの誰かさんに異世界まで引きずり出された状況で言われてもね」
「いや、ここに飛ばされたのは私のせいじゃないと思うけど。それより――」
 と、蓮子は美鈴さんと小悪魔さんの方に歩み寄る。
「おふたりもこれから、お嬢様の戦いを観戦なさるということで?」
「というか、宇佐見様とハーン様がこちらにいらっしゃるとのことでしたので、お世話に」
「同じくです。パチュリー様も後から観戦にいらっしゃるはずですけれど」
「あ、それはどうも」
 美鈴さんと小悪魔さんの答えに、蓮子は殊勝に一礼して、それから帽子のつばを持ち上げて猫のような笑みを浮かべた。蓮子のトレードマーク、好奇心に溢れた子供の笑み。
「それなら、お嬢様の出番まで、少しばかり人間の好奇心にお答えいただけません? 特に、小悪魔さんには伺いたいことが色々とありますので」





―21―


「私、ですか」
 小首を傾げた小悪魔さんに、「ええ」と蓮子は頷く。
「小悪魔さんは、パチュリーさんに召喚され、主従の契約を交わして図書館の整理をしていらっしゃるのでしたよね?」
「はい、その通りです」
「では、パチュリーさんに召喚される前は何を?」
「何を、と言われましても……魔界で、下級悪魔として気ままに暮らしていました」
「魔界、ですか」
「はい、こことは別の世界。そこでは悪魔や堕天使が放埒に暮らしています」
「それはまた、機会があれば是非実際に行ってみたいですが――小悪魔さんたち悪魔は、魔法使いに好き勝手に呼び出されて使役されるための存在なんですか?」
「いえ、そういうわけでは。私のような下級悪魔は、魔法使いの従者になって下働きをするのが一番割の良い仕事なので、よく召喚されて契約を結びますが。上位の悪魔になれば、気にくわない召喚は拒絶できますし、気が向いてそちらに顔を出しても、自らが主となる契約を魔法使いと交わし、その強大な力を魔法使いのために少し貸してやるのが普通です」
「なるほど、徹底的に能力主義なわけですね」
「はい。魔法使いの側にももちろん格がありまして、木っ端のようなものから上級悪魔も一目置くものまで様々です。木っ端魔法使いが上級悪魔を召喚しようとしてもまず悪魔の側が応じません。力の差がありすぎて使いこなせませんからね」
「ははあ、初心者がうっかり超強力な悪魔を呼び出してしまう、なんてことは」
「滅多にありませんね。悪魔側の事情にもよりけりですけれど」
 小悪魔さんの答えに、蓮子は満足げに頷く。
「魔法使いと悪魔の契約は、主従に限るんですか?」
「基本的にはそうですが……あまり多くはないですが、対等な協力関係の契約が交わされることもあると側聞します。基本は上級悪魔が特に魔法使いに敬意を払った場合ですね。下級悪魔と木っ端魔法使いの間でも稀にあるそうです」
「なるほどなるほど。――ところで、魔法使いが一度に契約できる悪魔は一体まで、というような縛りは?」
「特にありません。格の高い魔法使いなら何体もの悪魔と契約することもありますね。私のような下級悪魔はむしろ集団で契約するのが普通です。もちろん、ひとつの契約につき魔法使いは報酬として自らの魔力を提供しますので、その格に応じて限度はありますが」
「じゃあ、この館にも小悪魔さんのお仲間が?」
「いえ――パチュリー様と契約した下級悪魔は、私ひとりですけれど」
「でも、ひとりであの図書館の整理は大変じゃありませんか?」
 蓮子の問いに、困ったように小悪魔さんは小首を傾げる。
「いえ、あの――パチュリー様が格の低い魔法使いで、私ひとりとしか契約できなかったわけではないんですよ? ただ、あの……」
 と、小悪魔さんは少し恥ずかしそうに俯いて、
「パチュリー様が、私ひとりで良いと仰ってくださったので」
 そう言った小悪魔さんの顔は、幸せそうな笑みがこぼれていた。犬が尻尾を振るように、頭の小さなコウモリ羽根がぱたぱたと揺れる。なるほど十把一絡げで扱われがちらしい下級悪魔にとって、個として求められるというのは何よりの喜びなのかもしれない、などと考える。
「それはそれは。――ありがとうございます、小悪魔さん。それじゃあ次は、美鈴さんに」
「あ、はい。答えられる範囲のことでしたら、何なりと」
 いくぶん緊張したように、美鈴さんは背筋を伸ばす。
「美鈴さんは、パチュリーさんに召喚された悪魔とかではないんですよね?」
「ち、違いますよ。私はただの妖怪です。悪魔だなんて恐れ多い」
「では、お嬢様の配下ということで?」
「は、はい、そういうこと、ですね。配下と名乗るのもおこがましい、下っ端ですけれども。どっちかといえば、直接の上司は咲夜さんですかね……」
 たはは、と美鈴さんは頭を掻く。と、蓮子は目を細めて美鈴さんの長身を見上げた。
「――下っ端のわりには、主の妹様のお世話を任されているそうですが」
 その言葉に、美鈴さんの顔から一瞬、表情が消えた。が、それは見間違いだったのかと思うほど、次の瞬間にはまた、困ったような表情が浮かんでいる。
「あら、どこから聞かれました?」
「妹様ご本人からですわ」
「ええっ!? 妹様にお会いしてよくご無事で……」
 呆れたように美鈴さんは蓮子を見下ろし、それからおどけて苦笑する。
「下っ端だから、ですよ。妹様は、機嫌を損ねられると何をなさるか解りませんので、最悪の場合でも私ひとりで犠牲が済めばいいというか……おふたりも、どうかご注意くださいね」
「それは、ご忠告痛み入ります」
 仰々しく頭を下げる蓮子に、美鈴さんは「しかしどうやって妹様の居場所を……?」と首を捻っていた。尾行されていたことには、やはり気付いていないらしい。
「と、もうひとつ――美鈴さんは、何という種類の妖怪なんです?」
「私の種族ですか? ええと……そうですね、門の妖怪、ですかね。門番こそが私の天職、館を守ることが私の使命。気を使う――あ、気遣いではなく、オーラの方です。この力で24時間、館の門を守ります」
「簡単に突破されておいて、よく言うわね」
 太極拳の構えをしてみせる美鈴さんに、第三者の声が割り込む。パチュリーさんだった。美鈴さんは慌てて構えを解き、ぺこぺこと頭を下げる。
「ぱ、パチュリー様ぁ、申し訳ありません」
「全く、おかげでこっちまで酷い目に遭ったわ」
 飄々とぼやきながら、パチュリーさんは私たちをじろりと睨む。
「過度な詮索は身を滅ぼすと言ったはずだけど?」
「おっと、これは失礼いたしました」
 肩を竦め、退散とばかりに蓮子はもう一度お辞儀をして、私の元に戻ってきた。
「……何を探ってるの?」
 私は相棒を軽く睨んでそう問う。世の探偵の常とはいえ、できれば何に疑問を持ち、何を調べているのかは、ちゃんと説明してほしいものだと思うのだが。
「今の段階じゃあ、何とも言えないわね。気になる部分のピースを埋めてるところよ」
「全体像を教えて欲しいんだけど」
「それは私にもまだ見えないわ。ただ確かなのは――」
 と、蓮子は声を潜めて、耳打ちするように囁く。
「この館には、たぶん館ぐるみで隠してる大きな秘密があるのよ」
「……妹様を地下に幽閉しているってだけじゃなく?」
「それも、一部分のピースに過ぎないでしょうね」
 蓮子はそう言って、指をひとつひとつ折り始める。
「疑問は無数にあるわ。この館は何なのか。お嬢様たちの正体と目的は。妹様が幽閉されているのはなぜか。――それらには全て、意味と理由があるはずだわ」
「それは、あまりにミステリ的な考え方過ぎない?」
「あら、メリー。私たち秘封倶楽部の活動目的ことは、世界の秘密を解き明かすことよ? 私たちは世界の謎に対峙する名探偵なんだから、私たちの活動はそれ自体がミステリなのよ」
「はいはい。どうせ私はエキセントリックな名探偵に振り回されるワトソン役ですわ」
 私がため息をついていると、美鈴さんたちの方から歓声があがる。
 そちらに視線を向ければ――テラスから、コウモリ羽根を揺らした小さな影が、赤い月をバックに空高く舞いあがるところだった。気高く、優雅に、赤い月光を浴びて中空を舞うその姿に、私は一瞬、言葉を失って見惚れてしまう。
 500年の時を経てなお幼き、永遠に等しき紅き月の悪魔。
 それを追ってテラスから飛び出して来たのは、まず箒にまたがった魔法使いだった。
「今まで何人の血を吸ってきた?」
 美鈴さんのときより距離が近いせいか、魔法使いがレミリア嬢に向けた言葉は、霧に反響するかのようにここまで聞こえてきた。
「あなたは今まで食べてきたパンの枚数を覚えているの?」
「13枚、私は和食派ですわ」
 先ほど、蓮子との間でも同じようなやりとりがあったのを思い出す。お嬢様にとってはお気に入りの切り返しらしいが、ぬけぬけと返す魔法使いも魔法使いだ。
「人間って楽しいわね。それともあなたは人間じゃないのかしら?」
「楽しい人間だぜ」
「ふふふ――」
 お嬢様は小さく笑って、赤い月を仰ぐ。
 血のように赤い、悪夢のように紅い、あまりにも大きな、異形の月。
「こんなに月も紅いから――暑い夜になりそうね」
「涼しい夜になりそうだな」
 魔法使いの少女が、箒の上に立ち上がり、何かを懐から取りだして構える。
 お嬢様は悠然とそれを見下ろし、そして――その両手を優雅に、大きく翻した。
 真紅の光と、無数の星屑が、紅の月光の中に弾けた。





―22―


 今、レミリア嬢と霧雨魔理沙、そして博麗霊夢の戦いを、改めて文字に起こそうとして、私はどう書き記したものかと途方に暮れている。竜宮城のごとく、絵にも描けない美しさ、の一言で済ませてしまえたならば、どんなに楽であろうか。
 それは、花火の一瞬の美しさを、文字に留めるような難行だ。色とりどりの光の奔流、夜空に煌めく閃光――どう書いても、あの美しさの何万分の一も伝わる気がしない。
 間近で繰り広げられる、この世のものならざる光の饗宴。幼き吸血鬼と、空を飛ぶ魔法使いの弾幕ごっこは、まさしく私たちの科学世紀に失われた幻想そのものだった。
「お飲み物はいかがでしょう」
 ただただ、言葉を失くして魅入っていた私に、不意にそんな声がかけられる。
 視線だけで振り向くと、いつの間にか咲夜さんがそこにいて、紅茶のカップを差し出していた。私はそれを受け取りながらも、意識はレミリア嬢と魔法使いの弾幕ごっこに釘付けのままだった。これに目を奪われない人間が、果たして存在するだろうか?
 星屑が砕け散り、真紅の閃光が闇を切り裂く。魔法使いの放つ光芒はどこまでも眩く、お嬢様の放つ閃光は暗い鈍色。それは太陽と月のロンドのように、夜を光で染め上げ、消える。
「パチュリー様も、どうぞ紅茶を」
「ん。咲夜。またレミィに叱られるわね」
「面目次第もありません。私の不徳の致すところです。パチュリー様は――」
「平気よ。久しぶりに楽しそうなレミィが見られているから、いいとしましょう」
「はい、お嬢様が楽しそうで何よりですわ」
 紅茶を啜りながら、パチュリーさんが言い、咲夜さんが答える。咲夜さんもどうやら、魔法使いか巫女さんのどちらかに敗れたらしい。
「お嬢様ー! ファイトー!」
 美鈴さんはスポーツの応援でもしているかのように声を張り上げている。そちらに少し意識を向けている間に、レミリア嬢と魔法使いの戦いは大詰めを迎えようとしていた。
 お嬢様が、直接魔法使いを狙った速度の速い光弾を矢継ぎ早に撃ち出す。魔法使いは箒を駆り、縦横無尽の動きでその悉くを回避し――レミリア嬢の攻撃が途切れたところで、手にしたものをお嬢様へ向ける。光がその手元へ収束していく――何か、大きな攻撃が来る!
「マスター、スパァァァァクッ!!」
 放たれたのは極太のレーザーだった。魔法使いの手から、轟音とともに迸った光の奔流が、レミリア嬢の小さな身体を一瞬にして呑み込む。私は息を飲んだ。決まった――そう思った。

 だが――次の瞬間。
 レーザーを突き破り、真紅の槍が、魔法使いの身体を貫いて突き破る。

 魔法使いの身体がくの字に折れた。レーザーが消滅し、箒ごと魔法使いは力を失って墜ちていく。後に残ったのは――レーザーの消えた跡に、悠然と佇むレミリア嬢の姿。
「――何が起こったの?」
「たぶん、お嬢様があの紅い槍で、レーザーを真っ二つに切り裂いたんだと……思うけど」
 思わずそう訊ねた私に、蓮子が息を吐き出しながら答える。そんなことができるのか、と物理屋の相棒に訊いてみたかったが、この世界の物理法則の科学世紀の物理学の徒に訊いても仕方あるまい。そもそもそれを言ったら魔法使いや巫女さんやお嬢様がどうやって飛んでいるのか、あの光弾のエネルギー源は何なのか、という話になるし。
「いえ、お嬢様はコウモリに分裂してレーザーを避けたのでしょう」
 と、咲夜さんが横から補足する。――そういえば、吸血鬼って無数のコウモリに分裂できるというのを、何かで見たり読んだりした記憶がある。
「それってアリなんですか?」
「さて、ルール上禁止されてはいなかったと思いますが」
 そもそもこの戦いにルールがあったのか――という疑問はさておき。
 ともあれ、勝負は決した。お嬢様の勝ちだ。が――。

「そろそろ姿を見せてもいいんじゃないかしら? 妖怪退治の巫女さん」
 お嬢様がそう呼びかけると、テラスから新たな影が紅い月の下に舞いあがった。
 それは、美鈴さんを撃破した、あの紅白の巫女。
「やっぱり、魔理沙じゃ敵わなかったわね」
「所詮は人間。吸血鬼の敵ではないわ」
「あんた、殺人犯ね」
「ひとりまでなら大量殺人犯じゃないから大丈夫よ。私は小食だし」
「どっちにしたって迷惑だわ。ここから出て行ってくれる?」
「ここは私の館よ。出て行くのはあなただわ」
「この世から出て行って欲しいのよ」
「しょうがないわね。今、お腹いっぱいだけど……」
 お嬢様は、その顔に獰猛な、異形の笑みを浮かべて、巫女さんを見下ろす。
「こんなに月も紅いから――本気で殺すわよ」
「こんなに月も紅いのに――」
「楽しい夜になりそうね」
「永い夜になりそうね」

 やはり、私はその戦いを逐一語るに相応しい言葉を持たない。傍観者でしかない私には、両者の駆け引きも、戦略も、何を思ってその戦いに臨んでいたのかも知るべくはないからだ。
 私はただ、口を開けたまま、繰り広げられる光の応酬を見つめるだけ。
 ――そしてあるいは、傍らで相棒が咲夜さんと交わしていた会話を聞き留めるだけ。

「咲夜さんも、かつてあんな風にお嬢様と戦われたんですか」
「あら、お嬢様からお聞きになりましたか。恥ずかしい過去です」
「時間を操る能力を持ってしても敵わない吸血鬼に、人間は勝てるんですかね」
「さて――私には何とも。今は従者として、お嬢様の勝利を願うのみですわ」
「そういえば、咲夜さんはいつからお嬢様の従者をされているんです?」
「――そうですね、遠い遠い昔から、あるいはほんの少し前から――」
「時間を操る咲夜さんの前には、通常の意味での時間経過など無意味、ですか」
「そう受け取っていただいても結構ですわ。それに、私たちに必要なものは、過去ではなく現在ですから――過去は所詮、物語られた物語に過ぎませんもの」
「では、お嬢様の従者となる前の話も――」
「今の私は十六夜咲夜。この名を頂く以前のことには、最早意味はありませんわ。それは私ではない、別の誰かの物語に過ぎませんから」

 思えば、咲夜さんはそのとき、この館の真実を語っていたのかもしれない。
 そして相棒は、そのことに気付いていたのかもしれない。
 だが、全てにおいて傍観者の私には、やはりどちらも、後付けでしか知りようのないことだ。

 お嬢様の真紅の光弾が。巫女さんの放つお札が、火花を散らして弾け、舞う。
 死闘の中にあって、しかしふたりはどこか愉しげに宙を舞っていた。
 手を取り合い、ワルツを踊るように。紅の月の下、光と光のデュエット。
 何よりも、その姿こそが、その場で最も美しく気高いものだったかもしれない。

 ――そうして、繰り広げられた弾幕の応酬の果て。
 お嬢様は、その背に巨大な十字架を顕現した。
 巫女さんは、そのお祓い棒から巨大な結界を展開した。
 紅の十字架と、青い結界がぶつかり合い――光が、弾ける。
 時計台からその戦いを見守っていた、私、蓮子、咲夜さん、美鈴さん、パチュリーさん、小悪魔さん――皆が息を飲んで、光が消え去るのを待った。

 最後に、月の下に立っていたのは――言うまでもなく、紅白の巫女だった。
 かくして、名高き〝紅霧異変〟は、巫女によって解決されたのである。力ずくで。

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

この小説へのコメント

  1. まるで力が正義と言わんばかりの決戦でした。このあとどうなるのかとても楽しみです。

  2. 1作品の伝記話に二人同時に出てきた辺りから薄々予感はしてたけどやっぱりこういうポジかぁ…
    相方に全く信頼されてない以上に大抵のスペルをかき消してくれる一強時代のボムさえこの有様では今後も活躍は期待できそうにないな

一覧へ戻る