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楽園の確率~Paradiseshift.第1章 火の国のヤマノメ   火の国のヤマノメ 第9話

所属カテゴリー: 楽園の確率~Paradiseshift.第1章 火の国のヤマノメ

公開日:2017年01月23日 / 最終更新日:2017年01月23日

楽園の確率 ~ Paradise Shift. 第1章
火の国のヤマノメ 第9話



「そうか、万寿御前はとうとう逝かれたか」
 万寿の死を知ったひょうずの長、田道間の反応は、余りにも素っ気ないものであった。
「田道間様。オレは万寿の遺言を果たさねばなりません。あいつの最期の望み、断らず、終いまで聞いてしまったから」
 為朝の軍はほぼ確実にこちらへ指向する。そうなれば太宰府の手前でひょうずは戦い、当然互いに死者も出る。そんな戦いの中で為朝を生かして撃退するなど出来るものか。それよりも、同胞を失うであろうひょうず達がそれを許容するものか。
 ヤマノメの至極当然の懸念に、田道間は意外な答えを返す。
「為朝の生存があの方の最期の望みとあれば、我らが聞き届けぬ訳にはいかんな」
 ほとんど無条件の是認にも安堵せず、ヤマノメは続いて申し出る。
「無論、オレも戦には加勢する」
「それには及ばぬ、と言いたいところだが、それではお主が納得せぬか」
 その通りだと、ヤマノメは深く頷く。
「田道間様、無理を聞き届けて下さったのには感謝の言葉も無い。それと、ついでとは言わないが、聞きたい事があるんだ」
「ワシに答えられるものならば。して、何かな?」
「万寿の遺言を果たすために、あいつが何をしたかったのか知りたいのです」
 より具体的には、それを解く鍵であろう源義親なる人物と万寿の関係を。そこまで言葉に出して問うまでも無く、田道間は答える。
「それには、為朝の祖父源義親様について……いや、ワシが知る限りの万寿御前自身の由緒も語らねばなるまい」
 それら二つを同時に聞けるとは。彼の望外の答えに、ヤマノメは努めて落ち着きながらも、己の抱く思いを先に述べる。
「ああ、万寿が何を思って生きて来たのか、それも知りたかったんだ。オレは、オレ自身がどこから来たのかなんて知りたいとも思わない。彦山の天狗などはオレが万寿によって作られた慰みものだなどとも言っていたが、別にそんなものでも構わない。しかし」
 万寿が何者か、義親が何を為そうとしたのか。
 答えとなる田道間の語りは、その始めからヤマノメを驚かせた。
「万寿御前――いやワシが知るあの方の名は『ヤマノメ』だ。あの方こそ、最も旧い土蜘蛛の一人であった」
「万寿が、ヤマノメ?」
「そうだ。お主が初めてここに訪れ、そう名乗った時、実を言えば心底驚いた」
 かつてそう名乗った人物が、同じ名を持つ人物を連れてきたのだ。万寿と田道間の間にどんな因縁が横たわっているのかを知らぬヤマノメにも、彼の驚きは察せられた。それは今のヤマノメにとっても同じであるからだ。
 名と言えるものなど持たない己の通り名と、同じ名。それをあの万寿が名乗っていた。
 それは衝撃以上に、今ここに在る『ヤマノメ』に、万寿と己の身体が重なる錯覚を与える。彼女のように雅を解する頭も、それを身につける心も己には無い。己にあるのは山を掘り進め、掘り出した鉄を溶かし打つ程度の知恵。己はそうして来ただけの妖。だのに。
 なおも続く田道間の話が、ヤマノメの思考の中で具体的な形を為してゆく。
「今の朝廷が治める前、かつてこの地には多くの王が立っていた」
 名を挙げれば、五馬媛(いつまひめ)、海松橿媛(みるかしひめ)、大耳、垂耳(たりみみ)、浮孔媛、他にも多くの王や女王が在った。その内でもひときわ多くの勢力を、この鎮西に誇っていた国があった。
「あの方は百人力を以て大剣を振るい、今の肥前に君臨していた耶蘇女なる女王を、鉄と鉄の火花と共に散らし、平らげた巫女王だ」
 振るう刃は反りも無く真っ直ぐで、柄から先に伸びるその刃長は、構える自身の頭頂をも越える。そんな大剣を舞うが如く易々と取り回し、飛び来る矢を切り落としては矛を真っ向から裂く、巫女。ヤマノメの脳裏には、被服は異なれど、万寿の姿があった。
「それが万寿、いや『ヤマノメ』か。しかし女王様なんて偉い奴なのに、なんて安直な名乗りなんだ。今それを名乗るオレが言えた事じゃ無いが」
 ヤマノメは口元に笑みを浮かべる。巫女王『ヤマノメ』の姿は今、心の中でありありと像を結ぶのに、己の確かな記憶にあるのはどこまで行っても反りの合わない、一見すれば軽佻浮薄なだけの土蜘蛛の姿。
 田道間はヤマノメの笑みを認めつつ応える。
「今更あの方を『ヤマノメ』などと呼んでも、お主が困るか」
「別にいいさ。オレには元から名なんて無い、ただの山の女というだけです」
「いやいや、すまなんだ。あの方は万寿御前、今のヤマノメはお主だ。そうよな、安直と言えば安直だが、本拠とする地名を己が名とするのは人間もよくやっている。それこそ、その地を治めた証なのだ。ヤマノメとは鎮西の多くの山々を平定した女王に相応しい名だった。……そしてワシらはその女王と争い、やがては、報いきれぬほどの恩を受けた」
 争った。今のように住処を別にして暮らすより以前、ひょうずと土蜘蛛はその様な関係であったのか。やはりヤマノメ自身の記憶には無いが、彼らの来歴は万寿が語っていた。
「あいつから聞きました。田道間様は某かの神と共に、大陸から渡って来たのでしたな」
「うむ、故あって我らは、この筑紫洲に辿り着いた。そこで我らを待っていたのが、先の王達の争いであった。当然そこで安らかに暮らすなど、叶わなかった」
「そこで万寿達と戦って、和解したのか。だが田道間様、それは今に至るまで恩に着る事では無かったと思います」
 土蜘蛛とて水を求める。鉄を良い物に仕上げるのに、金銀を上手く取り出し、磨くために。鉄と水を同時に扱う彼らひょうずは、万寿達にとって非常に都合が良かったであろう。
「お主は正直者だな。ワシ等が万寿御前に恩義を感じたままにしておけば、先の遺言を果たすのも易くなるだろうに」
 ヤマノメは「言われればその通りだ」と、頭をかいて腕を組む。
「互いに損得の勘定があったのだ。それに万寿御前から受けた、恩はそれだけではない」
 ひょうずと巫女王が結託し、平定したのちの、在来の多くの民との和解。それを取り持ち、この鎮西に一時の安寧をもたらしたのも彼女であった。
「しかしある時、またワシ等の様な異邦の民が訪れた。それからしばらくして今の朝廷が、瑞穂の民が台頭し――万寿御前達は、土蜘蛛となりなさった」
「ちょっと待ってくれ。万寿は最も旧い土蜘蛛ではなかったのか?」
 田道間はうなずく。それはいずれの言葉にも矛盾が無いという肯定。
「万寿御前は、土蜘蛛ではなかった。目を見張るほどの隆盛を見せた瑞穂の民と、かつての我らと同じく異邦の神を戴いた者達の訪れまではな」
 その言葉に、ヤマノメの認識はまた別の場所に没入する。

 ヤマノメが振るう剣より遙かに柔い鉄を振るうのは、異邦の民と結託した在来の民達。その行い自体はヤマノメが田道間達を匿ったのと、さほど違いは無かったであろう。
 敵する彼ら一人一人の武装はヤマノメ達より脆いが、数はずっと多い。それを養い、担保するのが、彼らの拠り所でもある瑞穂から得られる糧。
 如何にヤマノメ達が勇猛であろうとも多勢に無勢。正面からの圧倒的多数の攻撃に加え、様々な権謀術数を以て、やがては追い詰められた。
 それに加え、凄まじい弓勢を誇る猛者が、次々と同胞を討ち果たしてゆく。
(為朝……!)
 違う。あれは神々の一柱――あれが阿蘇の明神か。
「いやいや、それも違うぞ」
 戦場に立ち尽くすヤマノメの側に、見慣れた姿の万寿が腰をかける。
「なら何だと言うんだ」
「あれは異邦の大王が一族の、ただの一人に過ぎぬ。あの通り当初は我らの敵であったが、何者かの舌禍に踊らされた末に我らに与し……結局は討たれた」
 その果てに多くの味方も討たれ、万寿達は本拠地の肥後、阿蘇に追い込まれてゆく。
「お前達は、ここで屈したのか」
「わらわがそうすると思うかえ?」
「いや。お前に限ってそれは無いか」
 言われた彼女は、見慣れた風にコロコロと笑ってから、寂しげな眼差しで戦場となった平野を睥睨する。
「我らは敗れ、散り散りになり潜んだ。いつかは覇権を取り戻さんとな。決して彼奴等の軍門に下りはせなんだ。しかし瑞穂の民と異邦の者達の恐ろしさは、ここからであった」
 彼らは言霊を操った。
 大地を言祝げば穣り豊かと為し、より良い糧を得る。龍蛇の如く荒れ狂う河川には、鎮まられよと奏上し、祀る。敵する者達には、容赦の無い呪詛(ずそ)を投げかけ――
「我らを示す語はいつの間にか妖を指す言葉となり、我らはその通りのモノとなった」
「それが『ヤマノメ』が土蜘蛛になった理由か。しかし、ならばオレは、お前よりもっと新しいという土蜘蛛達は、一体どうやって生まれたと言うんだ?」
「おや、己がの由緒に興味は無いのではなかったかえ?」
 意地悪そうな笑みを浮かべる彼女に言い返す言葉を探すうちに、やはりそれは元通り、どうでもよくなってしまう。
「いや、オレが知りたいのはお前の由来だった。オレは誰でもない、何者でも無い。始めから土蜘蛛としての暮らししか無かった。お前の様に、別の何かに替えられるなど……」
 隠れ潜むヤマノメ達は、人と交わるのも憚られる穢れを内包した勿怪となってゆく。彼女らの身の内や心中に暴れる憤怒や憎悪はいつしか、瑞穂の民達が奉る神々へ向いていた。かの者達がそうならしめたのだと、その形骸をすげ替えられて気付いたからであった。
 哀れな。彼女らの成り行きを見ては、鬼とて憐憫の情を抱かずにいられないであろう。
「哀れむな……!」
 これは我らの誇りだ。最後まで屈しなかった巫女王の一族の。
 己が形骸を勝手にすり替えた者達への怒りは叫べども、それを嘆く心など無い。
「――などと言っても無理か。お許は、自分で思うよりずぅっと優しいからのぉ」
 一瞬だけ険しくなった貌は、またニヤニヤとした嫌な笑みに戻っている。
「お前こそ馬鹿にするな!」
「おやおや、悲しんだり怒ったりと忙しいの。しかしな、わらわ達はこの姿すらも誇りに変えて生き、戦った。お許も己が身と心を誇れ」
「これより、お前がオレを乗っ取るのにか?」
「唐突に何をのたまう」
「オレを旅の共としたのは、かつてのお前と同じ名を持つオレの身体をお前の物にするためではないのか? 今ここで、こうして一つの認識の中で立っているように」
 彼女は目をしばたかせ、非道く虚ろな笑みを浮かべる。
「あの天狗がさえずったであろ? わらわはもう、どこにも居ないのだと」
「だからこそだ」
 死の前に取り憑き、機をうかがっていたのではないか。だからこそ、六(りく)道(どう)のみならず三(さん)界(がい)よりも消え失せた今になって、己の前に現れた。そう考えた。
「生憎と、わらわにはそんな器用な真似は出来ぬのでな」
「では今のお前はなんなんだ」
「お許と小さな旅をした土蜘蛛、万寿だ」
 ふと辺りを見渡せば、旧い時代の情景は消え去り、この鎮西を西へ東へと行き来した道のりが目の前に映し出されている。
「ヤマノメ、旅せよ。為朝をどうこうしろなどとは、わらわの末期の戯れ言だ。田道間殿らが太宰府に安住の地を得たように、いつしか――」

 今更それを言うのか。いや、為朝を生かして追い返すという万寿の最期の望みは、決して戯れ言などではない。今し方脳裏に浮かんだ彼女の言葉は、己が困難を前に逃げる理由を探しているだけの、己の妄想だ。
 ヤマノメはその認識と共に、一つの出来事を語り終えた田道間の目の奥を見つめる。
「万寿が始めから土蜘蛛でなかったのなら、田道間様達もかつてはひょうず――河童ではなかったのですか?」
「さて、な」
 彼は明かさぬが、それは確かであろう。
 瑞穂の民が別の異邦の民と結託したように、万寿達も田道間達と組んだのだ。田道間達はしかし、万寿と組んだことを後悔していない。彼らにとっても、刀折れ矢尽きるまで戦ったのは誇りだったのであろう。
「さて、万寿御前の事は先の通りだ。次は義親公についてだな」
「ああ。その男と万寿の間に、一体何があったのですかな?」
 その問いを皮切りに田道間が語るのは、かの人物の来歴。
 武家の棟梁たる源氏の名を確固たるものとした八幡太郎義家が嫡男、源義親。家督と共に父祖からの本拠となっていた陸奥守(むつのかみ)を継げると思っていた所、かの方が任じられたのは、坂東からも遙かに遠い対馬の国司、対馬守(つしまのかみ)。
「これは源氏の勢力を削がんとする院の陰謀であったという向きもあるが、実情はワシ等が知る由も無い。だが坂東武者を防人として外夷に備える対馬こそ、あの方には相応しかったのかも知れなかった。あの方が、万寿御前と出会うまでは」
 万寿はその時も旅をしていた。そして義親と出会ったのだ。
 二人の出会いは当初、実に打算的なものであった。かたや優れた鉄や金銀を取り出す術を持つ者、かたやそれに等価以上の恩賞を与えられる者。
 もとより対馬は、壱岐と共に大陸と摩する地。刀伊の入寇(といのにゅうこう)(※)以来の海賊の横行に、防人の坂東武者も疲れ果ててすさび、民はいよいよと困窮していった。それを治め、率いる義親に、朝廷からの救援は決まり切った補充のみ。万寿のような人材を欲して然りと言える。
「かつて俘囚の長と親しみ、いつしか相争うに至った父祖らと同じく、あの方も苦難を強いられていたのだ」
 その中で時を経るにつれ、二人の仲は深まってゆく。
「男と女であったのだ、そうなっても不思議はあるまい」
「オレには分かりませんな」
 田道間は鷹揚に首を振り、彼女が義親に心を寄せた理由の一つを述べる。
「それに義親公は並々ならぬ武の持ち主であった。ワシの記憶にある限り、為朝をも凌ぐ程のな。故に万寿御前は惹かれたのであろう。と言っても、これはワシの推測だが」
 確たることは本人にしか分からない。ヤマノメは、今も己の身の内に巣くっているのかも知れない万寿に問いかけるが、応えは無い。先ほどの認識はまぼろしてあったのだろう。
「では、万寿は義親に、己の身の上を明かしたのですかな?」
「そうだ。そして義親公は事を起こしなすった」
 妖と人間という以上に、男と女であった。そこへ朝廷への憤懣が一体となったのだ。
「万寿御前は我らひょうずに、義親公に与せよと仰った。今の朝廷を覆し、かつての恩讐を清算すべしとな。だが我らは、御前に従わなかった」
 今度は田道間が、ヤマノメの目を見つめる。どれほどの怒りを催すのかと、覚悟しての告白であったのだ。だがヤマノメの鳶色の目は輝きを保ったまま、次の言葉を待っている。
「その時我らは既に、菅原道真というお方に、人間に、安住の地を賜っていたのだ」
 太宰府周辺に住まうことを許され、その存在は秘されながら守られた。
「故に、太宰府に攻め寄せるのを決めていた義親公を、万寿御前を、我らは裏切った」
 彼は一族の長、決して己の一存で動くことが叶わぬのを知っている。
 その心痛は如何ばかりか、好きに生きてきた己には想像もつかないと、ヤマノメは彼の無念を推し量る。
「田道間様は、二人と一緒に行きたかったのですな」
「……うむ」
 その心は、今やひょうずの総意となっているのであろう。義親と万寿へ抱く負い目は。
 しかし彼らと万寿が抱き続けた悔恨は、ここからが始まりであった。
「全ては尋常な人間同士の戦に収まり、如何に優れた武勇を誇る義親公も、国衙の繰り出した大軍の前に敗れなさった」
 かつての『ヤマノメ』が瑞穂の民に敗れた様に。
「義親公は出雲に流され……そこであの方は“鬼”に成りなさった」
「人が、鬼に!? そんな事が……」
「生成(なまな)り、という事象がある。ワシら大陸より渡った者にとって鬼とは死者を指す言葉。しかし怒りや恨みが募り、生きながら鬼と成る者もある。それが生成りだ。だがよりにもよって義親公がそうなりなさるとは、我らの誰も思わなかった。お側に在った万寿御前もそうであったそうな」
 朝廷に敗れた後、勿怪となった。何という符合であろうか。
「万寿や、田道間様達のように?」
 そして未だ知り得ぬが、己の様に。
「いやしかし、それならば義親は今も生きて――」
「義親公は、万寿御前が討ちなさった」
 ヤマノメは愕然とする。好き合ったというのに、同じ存在となったかの人物を斃したというのか。だがその驚きは一拍を置いて、それが至極当然であったという感情に取って代わり、心の中に染み渡って行った。
「そうか。なんだろうな、今ならあいつが何を思っていたのか分かる気がする……」
 先ほど重なった認識故であろうか。いや、ほんの僅かな旅の中で、彼女は必要な思いを様々な形で己に伝えていたのかも知れない。
「せめてもの救いは、義親公の剛勇を誰もが認めていた事だ」
 出雲に退いた義親には、朝廷からも追捕の手が放たれていた。それは時の伊勢平氏の惣領、平正盛(まさもり)なる人物であったが、公家然とした正盛が義親に敵うものかと、公家も市井の者も皆が思っていたという。
 それは後に、義親を名乗る者達が畿内から東は陸奥まで、津々浦々に現れるという事態をも引き起こしたのだ。
「正盛が持ち帰ったという首級は、赤の他人の物であろう。あの方の首、万寿御前のみが行方を知っておったらしい」
 それほどまでに彼を愛したのであろう。
 田道間の知る義親にまつわる話は、これを以て全てであった。
「田道間様、よく分かりました。そして万寿がオレに何を託したのか、全部ではないが、少なくとも為朝を生かして帰したいというあいつの思いは分かった気がします」
 もはや迷うまい。
 これより戦に至り、その中でどれだけ犠牲を払っても為朝を殴り飛ばす。しかし――
「為朝は今や阿蘇の平忠国の兵を味方に付け、原田、菊池と平らげて攻め寄せるでしょう。如何に地の利があるとはいえ、勝つ見込みはあるのですかな?」
 この言葉は侮っているのではない、確認であった。
「ふむ、お主らの助けもあって、思っていた以上の物が仕上がった」
 田道間は立ち上がり、ヤマノメを外へいざなう。

 しとしとと長雨の鳴る山中、ぽっかりと洞穴が口を開けていた。
 ヤマノメは促されるままにそこに立ち入り、明かりの無いそこを苦も無く歩む。もとより褐鉄の山を自在に掘り進むヤマノメにとって、闇などはさしたる障害では無い。
 その奥でヤマノメは、巨大な物体を認める。
「これだ」
 そう言って田道間が示したのは、青銅と鉄に鎧われた、蛇の頭を持つ機巧の龍であった。



第9話注釈

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※ 刀伊の入寇:満州民族から成る海賊が、壱岐・対馬から筑前までを襲った事件

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