東方二次小説

楽園の確率~Paradiseshift.第1章 火の国のヤマノメ   火の国のヤマノメ 第8話

所属カテゴリー: 楽園の確率~Paradiseshift.第1章 火の国のヤマノメ

公開日:2017年01月16日 / 最終更新日:2017年01月16日

楽園の確率 ~ Paradise Shift. 第1章
火の国のヤマノメ 第8話



 事が起きるまで残された時間は少ない。そもそも何が起こるのかすら分からない。
 そんな中で何の準備が出来るかと言えば、身の回りを整え、心構えを確かにするだけ。ただ少なくとも、白縫姫の身に何かが起きようとしているのはヤマノメも理解していた。
 それより何より、だからと言ってどうするべきなのか。彼女に何かが起こり、助けたところで得るものはあるのか。
(恩を売ってから、オレ達の存在を伝えて……いや)
 彼女の父平忠国と共に、為朝に敵せよと望むか。無理だろう。
 ヤマノメのその様な逡巡は、朝や夕の食事を断っても、夜半に至り山城のかがり火にけぶる夜空を見上げながらもなお続く。
(お前なら、どうした)
 虚空への問いかけに、かがり火にも煙にも負けず、星が煌めいて答える。
 特に明るい星の内の一つが、尾を引いて落ちてくるのが見えた。ヤマノメはすぐに、それが自然の空の事象ではないと気付く。
「火矢、だと?!」
 どこから放たれた物かは分からない。それは相当な高みから落下し、山頂の山城の建屋の屋根に刺さると、チラチラと燃え続ける。雨がちな時季、火は屋根に燃え移らなかった。何者かからの攻撃は、それに留まらなかった。微かに燃える火矢を目印にしたのであろう、今度は多数の火矢が飛来し、同時に甲高い鏑矢の音も鳴り響く。
 二・三本程度の火矢では燃えなかった山城も、そこかしこで火の手を上げ始める。それは山の中腹の館に在するヤマノメからも見えた。
 山城では敵襲を知らせる怒号と鐘の音、続いて平野の市街では馬のいななき声。夜陰に沈んでいた阿蘇の一角は、瞬く間に恐慌の渦に投げ込まれていた。
 山頂から詰めていた兵達が駆け下りてくる。避難と共に主の警護に当たるためであろう。しかし混乱ぶりは収まっておらず、兵達は館をうろうろと探し回っている。
 ヤマノメは身を潜めて安全の確保を図りつつ、考えていた。
 為朝達が姫をかどわかし、人質にでもするつもりなら、騒動を起こす必要などあるのか。いくら為朝の武が確かとは言え手勢はたかだか十騎程度、忠国の兵相手には多勢に無勢。
 だが、狙いはそちらに違いあるまい。
 ヤマノメは姫の身を守ろうと駆け出す。まずは何が起こっているのかを知りたかった。

 土足のまま姫の寝所まで辿り着くと、そこは既に悲劇のあった後。
「若葉、気を確かに持て! うぬら、よくも若葉を!」
 寝間着のまま片膝を着きながら毅然と短刀を構える姫の足下には、胸から血を流す侍女の姿がある。彼女らの正面には、月明かりも飲み込む黒衣を纏った、狼藉者と思しき一団。
「姫、お助けします!」
 以前彼女に言われた事も、己らの損得も関係ない。ヤマノメの身体は姫を救おうと動き、黒衣の集団と彼女の間に割り込もうとする。
 死角からこれを阻む影が一つ。同じく黒衣に覆面で、体格から察するに男。
 男は声も発さぬまま手に持った六角の棍で横薙ぎに殴りかかり、ヤマノメはとっさに挙げた前腕でこれを凌ぐ。みしり、と不穏な音が二人の間から漏れると、棍は男の手元で、はぜるようにへし折れる。
 打ち付けて来た棍は石突き以外の金物を取り払ったそれであると見破り、同時にその持ち主の素性にも結びついた。
「彦山の衆か。錫杖程度にやられるか!」
 受けた左腕をそのまま伸ばして男の襟を掴むと、引き寄せつつ殴りつける。
 男は宙を舞い、五・六間向こうの木の枝に叩き付けられてから地面に落ちた。これが尋常な相手であれば、この膂力に驚き竦むはずである。
「ヤマノメ。今のは、なんだ?」
 構えを崩さぬまま狼狽する、この姫のように。
 問題は黒衣の男達。ヤマノメは彼らが尋常な相手でないのを、ただの法力僧の枠にすら収まらない相手であるのを察した。
 まず殴り飛ばした時の手応えがおかしかった。全力で殴ったのだ。並の人間なら首がへし折れるか頭蓋ごとひしゃげるかするのに、そんな手応えは一切無かった。思えば先の棍による打撃も、並の人間を遙かに凌ぐものであった。
 互いに尋常ではない。となれば、今の状況は思うより危うい。
 咄嗟、ヤマノメは姫に向かって糸を投げかけるが、それは気付いた男の一人が手にした刀子に切り裂かれる。しかしもう片方の腕からも糸は伸びていた。
「おうりゃぁ!」
 その男に糸を括ると、彼を錐のように振り回して黒衣の一団に投げつける。彼らが糸に絡め取られもがいている間に、ヤマノメは姫の側に駆け寄った。
「姫、私が抱えます。安全な所まで逃げたらお父上の兵達に合流しましょう!」
「ヤマノメ、違う、違うのだ」
「何が違うと――」
 馬蹄が地面を鳴らし、館の敷地に駆け込む。
「姫はいずこか! 麓で賊が暴れております、俺と共に安全な場所へ!」
 そう叫ぶのは為朝。彼の他の幾人かも同じく姫を呼ぶ。
「若葉。私には、どうしたらいいか分からぬ……」
 足下の亡骸に語りかけながら、姫は涙する。ヤマノメはそれを認めつつも彼女の腰を抱き、なんとか避難させようと試みる。
「さあ、姫!」
 黒衣の一団を警戒し、周囲に視線を走らせる。彼らは先ほどと逆に距離を取っていた。
「ヤマノメ、すまぬ……」
 姫がそう言って、短刀を取り落とすのと同時であった。
「姫、無事か! そこな狼藉者を――」
 為朝が現れ、太刀を構えながら絶句する。次いで現れた夜叉丸も同じく言葉を失った風に口を開閉していたが、彼の方はすぐに、何やら身振り手振りをしながらわめく。
「わ、我らが大将が来たからにはもう安心でござる。そこな女、賊の仲間であったか!」
 松明の向こうの彼の顔はあからさまに困惑している。だがそれはヤマノメも同じ。
「何を言っている。オレは姫を助けに来たんだ!」
「えい黙れ。ならば、そこな下女を手にかけたは姫だとでも言う気か!」
 よくよく周囲を見渡せば、黒衣の男達はいつの間にか姿を消していた。
 為朝達に続いて、忠国の兵達も集結しつつある。ヤマノメはようやく理解した。
(はめられた、か)
 恐らくは衆目の中で黒衣の一団に姫を襲わせ、その後に為朝らが彼女を取り戻す。そういう算段であったのだ。そして姫もそれを承知していた。はめられたと言うよりは、己が首を突っ込んだ事で、彼らは場面に沿う形に己を陥れざるを得なくなったのだろう。
 恨むべくは姫ではない。彼女は放っておけと言ったのに、己が勝手に動いただけなのだから。それに彼女にとっても、侍女を失うのは想定外の悲劇であった。
 いずれにせよ、哀れだ。
 ヤマノメは頭を振って飛び出し、壁を越えて館の外に逃げ出した。

 夜の山を駆け下り、街を走るヤマノメは、早速行く手を阻まれる。暗夜に紛れ騒乱を催していた賊達は、やはり為朝の手下であったのだ。既に彦山の衆がヤマノメの包囲をと下知していたのであろう。十分に調練された賊もどきの騎馬達が、先回りしてヤマノメの逃げ道を塞ぎにかかって来たのだ。
 これだけの数を相手にして生き延びるのは難しい。だが一人一人なら――
「邪魔だ、どけっ!」
 路地に入り、その先に居た徒武者と馬の面を殴り、倒すと、馬上の武者の斬撃をかわしてから馬の背を踏み台にし、長屋の屋根に飛び上がる。
 屋根から屋根へと飛び移り、走る。そこを踏み抜かないように慎重に道を選びながらであるが、往来も無視して縦横に駆けるヤマノメには、騎馬も追いつけない。
 逃げ延びたか。そう僅かに気を緩ませたところへ、棍による打撃が加えられる。
「またお前等か!」
 黒衣の男が数人、屋根の上を併走している。往来の向こうの家々の上からも、また何人かが追いすがっている。
 予定を違えさせた事と敵対した事、それに口封じ。理由はその辺りであろう。
「目的を果たしたなら放っておけ!」
 一旦足を止めて至近の男を殴り飛ばし、足を取られた後続が後れを取っている間にまた距離を取る。そうしている内に、今度は数人が往来を飛び越えて躍りかかって来た。
 尋常な跳躍では無い。ヤマノメ自身の跳躍力から見ても、これは驚異的であった。
(そうか、こいつらは……!)
 彼ら黒衣の、彦山の衆の正体に気付いた。しかし何の故があって彼らが為朝に味方するのか。だがそれを考えている暇は無い、逃げ道が尽きつつある。
 一か八か。ヤマノメは周囲にある中で一番高い建物を探し、手をそちらにかざす。
「届けぇ!」
 この地には不釣り合いなほど荘厳な伽藍。その脇にそびえる五重塔へ糸を絡ませ、手繰りつつ塔に飛び移る。さしもの彦山の衆も、突然暗闇に身を躍らせたヤマノメを追う事は叶わず、追っ手の姿は消えていた。足音を抑えつつ塔の最上段に至り、辺りを見回す。視界を遮る物は無く、足下では騎馬武者や彦山の衆が四方へ走るのが見える。
 一時身を潜め、周辺から人気が消え次第逃げ延びるつもり――であったが、
「うがっ!?」
 そのヤマノメの額を、目に見えぬ何かが殴りつけた。

      ∴

 軽く頬を叩かれ、目を覚ますヤマノメ。目の前の人物を見上げて状況を理解すると共に、心底嫌そうに顔をしかめる。
「なぜオレを殺さん」
「待て待て落ち着け。拙僧はお前を殺す気など毛頭無い、むしろ逆だ」
「よくもいけしゃあしゃあと……」
 言葉の通り、言葉の通り、目の前の人物――夜叉丸から殺気はまったく感じない。そのつもりなら気を失っている間にそうしたであろう。五重塔から撃ち落としてくれたのは彼に違いないが。
「八町礫の名は、伊達ではないか」
「すまぬな。せめて無事に捕らえようとした故なのだ」
 恐らく彼は、為朝と共に館に留まったのであろう。あちらからこの伽藍まで、優に五町を越えている。闇の中でヤマノメを捉えたのは彼自慢の『礫』であった。
「確かに、為朝の雁股矢で射られたら、オレの首が飛んでいただろう」
「そう、そうだ。なっ、俺とて手加減したんだぞ」
「横柄になったり馴れ馴れしくなったり、忙しい奴だな。それにお前はオレ達を、土蜘蛛を嫌っているのではなかったのか」
 万寿に対しての態度を思い出し、問う。
「いや、いや違う、あれは違うのだ。奴が余りにも恐ろしかった故、ああでもせねば己を保てなくてな」
 万寿が恐ろしく、己はそうではない。ヤマノメは半ば納得しながらも問い詰める。
「オレも同じ土蜘蛛なのに?」
「……気付いたのは本当についさっき、白縫姫を拐かそうとした時だ。それまでお主が異人の娘であると本当に思っていたんだ。あの女は、万寿はその、な。恐ろしかったんだ」
 言葉を選び、しどろもどろではある。だが嘘を言っている様子も無い。それはもういいだろうと、今度は彼自身の正体の確認にかかる。
「ああ、万寿の事は承知している。あいつが勝手に先走ったんだ。それよりなぜ天狗が侍に、それもあの為朝なぞに味方しているんだ」
「何!? ばれていたのか!」
「あの追っ手の動き、尋常では無かった。それにオレ自身の気を静めてみて、ようようとそれが分かったんだ」
 彼は「しまった」と呟くと雲脂を散らしながら頭をかきむしり、まだ明けぬ夜空を仰ぐ。
「俺が言いたいのはそれだ。ヤマノメよ、阿蘇山の周りにはお主の仲間がおるだろう? 出来るなら一族総出で若大将をお助けしろ」
「その故が無い」
「あるのだ! あのお方は義親公の大業を継いで下さる。この後、白縫姫は若大将の嫁になるであろう。予定は狂ったが、若大将が姫を救った体(てい)なのだ」
「ああ。自作自演で忠国に恩を売って輿入れさせ、連合が叶ってまず原田の勢を、次に菊池を平らげる。残るは太宰府。それぐらいは頭の悪いオレでも分かる。して、その義親なる奴の何を、為朝が継ごうというのだ」
 その知恵の大半は万寿が授けてくれた物。問題は最期まで彼女から授けてもらえなかった、義親にまつわる縁。そしてかの人物の大業とやら。
「この世を、ひっくり返してくれる。みやこから離れ辺縁に至れば至るほど、日々の暮らしもままならなくなる、これは人も妖も同じだ。お主らもそうだろう?」
「考えた事も無いな。オレは、今の暮らしがオレ達に与えられた当然の物だと思ってる」
「それが天より、いや、朝廷(みかど)より押し付けられた罰だとしても、そう言うのか?」
「罰だと?」
「ああ、罰だ。お前達はこれと異なるだろうが、天や王法に障り、仏法の下で使役を強いられるなどな。我らの山の者にもそういった者は少なくない。この度はせ参じたのも、そういった者達だ。しかし義親公の大業に我が山は味方せず、結果あの方は討たれた。それを悔いた者達が集ったんだ」
「何を言ってるのかさっぱり分からん……」
「分からなくていい、察するのだ。若大将はこの天下をひっくり返してくれる」
 ヤマノメは不意に気付き、「ああ」と息を漏らす。万寿がなぜあの様な真似をしでかしたのか、その半ばまでを解した。
「万寿は失望したのか。そして、試したのか」
「あの女が何を知っていたのだ」
「あいつは義親を知っていた、恐らくお前よりも深くな。だから失望したんだ」
「何をか!」
「それと今回の企みもだ。姫は既に今回の件を知っていた。しかし迷ってもいた。これを若葉に語るのは無理だったろう、ならば物をよく知り、しがらみの無い万寿に相談したかもな。義親というのは、こんな姑息な手立てを採る人物であったのか?」
「ひ、姫が知っているのは当然だ。須藤九郎殿が既に姫に伝えた策なのであるからな」
 為朝が当地に婿入りするなどは考えられず、さりとて一人娘の姫を、忠国が諸手を挙げて手放すはずが無い。これをどうにかするために恩を売った、いや作ったのだ。
「では為朝の策では無かったのか?」
「若大将も一度は突っぱねた。だが九郎殿の死が、結局これを後押しした」
 ならば万寿の行いは裏目であったのか。否、彼女にこの程度の予測が出来なかったはずが無い。これも見越した上での行動であったのであろう。それもヤマノメを頼りにして。
「万寿は最期、奴をみやこへ追い返すようオレに言い残した。同族のオレでも見た試しの無い大蜘蛛とやらを斃すような武者だ。まだ次があると、期待したんだろう」
「否だ否! 鎮西八郎為朝の大業は鎮西平定から始まる。今みやこの召還に応じるわけには――」
「みやこからの召還?」
 夜叉丸は口を塞ぐがもう遅い。為朝には帰京の求めが訪れている、だからこそ彼は焦っていたのだ。
「太宰府を落として鎮西を真に遠の朝廷とするか、これも叶わず大人しく戻り、朝廷の下、地下侍として過ごすか。みやこにあるお父上の立場を考えれば、いずれかを早急に進めねばならなかった」
 そこで為朝が後者を選ぶものか、我らがそれを望むものか。夜叉丸はほとんど絶叫に近い声で激高しながら言い募る。
「もう時間は残されていない。だからお前達一族も若大将に味方してくれ!」
 為朝が鎮西を平定してのち、在京の源氏一党をこちらに迎えて新たな朝廷を起こす。まるでかつて坂東に起こった事をそっくりそのまま西へ移した風な話。そこに彦山の天狗である夜叉丸とその与党、それに土蜘蛛も組み込もうというのだ。
「無理だ。オレ達は既に、太宰府のひょうずと組んでいる」
「くそっ、河原者どもか」
「そもそも為朝は、お前が天狗だと知っているのか?」
「……我らの勢力が欠かせない物となった時点で明かす。その算段だ」
 余りにも余りな、己ですら呆れる楽観論ではないか。ヤマノメは既に痛みの晴れた頭を振り、呆れながら言い返す。
「そんな不確かな話について行けるか、オレは里に戻る。その後は多分、ひょうずに味方するために動くだろう」
 だから殺すなら今のうちだ。そう堂々と向けられたヤマノメの背に、夜叉丸は呟く。
「うぬぬ。俺達には、図らずも侍女を殺した負い目がある。万寿とやらを殺したのもだ。今のお前を手に掛けられるものか」
「ならば、次に会うのは太宰府になるな」
 そう言って今度こそ立ち去ろうとするヤマノメに、彼はもう一つだけと投げかける。
「お前が異人だと疑わなかったのは、今までお前の様な見目の土蜘蛛に会った事が無かったからだ。本当にお前は土蜘蛛なのか? そう思い込まされているだけではないのか?」
「……気付いた時には穴蔵に居た、それすらいつ頃なんかなんて覚えてない。だが、オレは間違いなく土蜘蛛だ。オレと同じ様な見た目の奴なんて、わんさと居るぞ」
 これ以上くだらぬ問答をする気は無い。今度こそヤマノメ、明るくなりつつある空の光を頼りに歩み出した。

      ∴

 里に帰り着いたヤマノメは、まず集まった古老達に為朝の動向を伝え、次いで万寿の最期をつまびらかに語った。それを聞いた彼らは一様に驚き、あるいはそれを通り越して呆然としている。彼らにそれをもたらしたのは為朝の動向ではない、万寿の死であった。
 皆異口同音に「あの万寿が」「信じられない」と漏らしている。
 これが旅に出る前のヤマノメであれば「何を馬鹿な、当然ではないか」と、冷めた心持ちで見るだけであったろう。しかし今は、彼らの反応に納得していた。
「して、どうする。万寿の仇を討つために打って出るのか? オレ達は」
 ヤマノメの投げかけた言葉は、彼らの間に波紋すら起こさず、決まっていた答えが返る。
「あくまでも此度はひょうずの戦。我らは、奴らが敗れた後に戦うのだ」
「さっき言った通り、彦山の天狗には住処が割れてるんだ。そんな悠長な事を言っていられるか?」
 場は一瞬静まるが、やはり「否」との決が下される。
「先にこちらに寄せるなら、それは願ったり叶ったりだ」
 ヂリと、狭い小屋の大気が沸き上がるのをヤマノメは感じる。彼らも腹の底から怒っている、しかしそれを抑えているのだ。
「何より我らが共に戦うのは、ひょうずが承知せん。奴らには奴らの意地がある」
「分かった。なら今回のねぎらい代わりと言ってはなんだが、一つだけ聞きたい」
「何をだ」
「為朝の祖父、源義親という奴の事だ。万寿は為朝と、そいつについて語り合っていた。ひょうずの長の田道間殿ともだ。オレも思い出してみれば、朧気だが、そんな奴が今の為朝みたいに駆け回っていたのを聞いた覚えがある。しかしあの時、里は動かなかった」
「うむ、あの時は万寿が一人で動いた。しかし義親との間に何があったかは……」
「分からん、か?」
「いや、何か重大な事があったのは確かだ。これは間違いない」
 それ以上、何かを知っている者はこの里には居ない。この言葉は同時に、別の場所には居る事を示唆するもの。
「やはり田道間殿か」
「あの男なら、恐らくは」
 結局は行くしかないのだ。しかし目的は、事の始めより大きく変わっている。
「なら、ひょうずの戦の見分は止め、オレ自身が奴らに与するのを許してはくれまいか」
 古老達はやや驚いた風にするが、決はすぐに返る。
「許す。が、それをひょうずが受け入れるとは限らんぞ。田道間殿とて、そんな見返りは求めまい」
 彼がそれを話すか否かは別として。そう別の者から注釈が入るが、ヤマノメは首を振って応じる。
「これはオレのけじめだ。オレは万寿の、今際の言葉を聞いてしまった」
 そしてそれを断れなかった。ならば己はそれを叶えるために動くのみ。
「だからその前に、あいつらにまつわる男について聞きたかった。それだけだ」
 事情は知りたい。しかしそれが無くとも、今は成す事に変わりはない。
 もう用件が無ければ今すぐにでも出発したいと立ち上がったヤマノメに、それ以上、古老達がかける言葉は無かった。

感想をツイートする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

一覧へ戻る