東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第14章 深秘録編   深秘録編 9話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第14章 深秘録編

公開日:2021年04月17日 / 最終更新日:2021年04月22日

深秘録編 9話
―25―

 片翼の女性の姿に、兎たちがざざざっと立ち上がって一列に直立不動になる。どうやら月の都の偉い人が出てきたらしい。
「サグメ様、こいつらです」
 シャッカさんが私たちを指して言う。サグメ、と呼ばれたその女性は、口元に手を当てたまま、無表情に私たちを見つめた。兎たちが緊張した面持ちでそれを見守る。
「…………」
 と、サグメさんはポケットから何かメモ帳のようなものを取りだして、そこに何かをさらさらと書き付けた。それを見せられたシャッカさんは、眼鏡の奥の目をしばたたかせ、やや釈然としないという顔をしながら頷き、そのメモをサキムニさんに手渡す。
「えっと……みんな、ここを離れて森で待機だって!」
「ええー?」
「いいから早く。サグメ様の指示よ!」
 サキムニさんが指示を飛ばし、兎たちは顔を見合わせながらも、ぞろぞろと桃の木の森の方へと引っ込んでいく。その姿が茂みの向こうに消えるのを見送って、それからサグメさんは再び私たちに向き直った。
 無感情な瞳が私たちをじっと見つめる。無言。ただ黙って見つめられると、こちらとしてもどうしたらいいのかわからない。相棒も話を切り出すタイミングを掴みかねているようだった。せめて何か喋ってもらいたいところだが――。
「……はいはい、呼ばれて飛び出て参りましたとも」
 と、サグメさんが口を開い――てはいない。その場に割り込んだのは、別の聞き覚えのある声だった。この声は、確か。
「いやいやおふたりとも、お久しぶりですね。その節はご苦労様でした」
 飄々とそう言いながら、どこからともなく、サグメさんの傍らに姿を現したのは――。
「……ドレミーさん?」
「おや、夢の中の出会いを覚えておいていただけるとは。そうです、ドレミー・スイートです。ご無沙汰しておりました、地上の探偵さん」
 白と黒のモコモコした服を纏い、ナイトキャップを被ったその姿は、いつぞや夢の中から私たちに異変解決を依頼してきた貘の妖怪、ドレミー・スイートさんである。
 ――待て。彼女がいるということは、つまり。
「あら、お久しぶりですわ。夢の世界の管理者さんがいらっしゃるということは――つまり、この月の都はやっぱり夢の中の世界ということなのですかしら?」
 帽子の庇を弄りながら、蓮子が興味深げにそう尋ねる。ドレミーさんは肩を竦め、隣のサグメさんと何やら視線を交わす。
 そして、ドレミーさんは不意に目を眇め、表情を消して私たちを見つめた。
「これだけ明確な現実感のある空間にいて、それでもここが夢の中だと考えられる――それは人間としては、いささか問題のある精神だと思いますがね。いやまあ、元々貴方たちは人間としてはおそろしく特殊な夢の在り方をしていましたが――」
「あら、どういうことです?」
「おっと、あまり口を滑らせるものではありませんね。ただ――」
 ドレミーさんはわざとらしく口元を押さえ、それから目を眇めて私たちを見つめた。
「あまり、夢を夢だと思わない方がいいですよ、宇佐見蓮子さん。たとえそれが本当に夢だったとしても、夢の中でそれを夢と確信してしまうのは、現実を夢だと確信してしまうのと同じこと。夢を夢として現実と区別しようとすると、逆に夢と現実の区別がつかなくなりますよ。夢の中では、夢を現実だと認識して、目が覚めたときにようやく夢だったと気付く――それが健全な人間の精神というものです」
「――――」
「貴方は自分こそが夢と現実を区別している側だと思っているようですが、貴方が思っているほど、人間の現実認識というものは強固なものではないのですから」
「……やっぱり、夢の住人の言うことはメリーみたいねえ」
 低いドレミーさんの声に、わずかに気圧されたようにたじろいだ蓮子は、帽子を目深に被り直し、その庇を弄りながら吐き出すように言う。私は肩を竦めるしかない。
 夢を現実と区別しようとすると、夢と現実の区別がつかなくなる――逆説的な言い回しだが、しかしそれはどうしようもなく真理なのだ。人間が主観的にしか世界を認識できない以上、現実と明晰夢との間に大した差はないのである。
 かつて私たちが科学世紀の京都にいた頃、私の目の力で蓮子と衛星トリフネに潜入し、キマイラに襲われ、私だけが怪我をするという出来事があった。あれは私の目を通して結界を超えて潜入したトリフネを、蓮子は夢だと思っていて、私は現実と認識していた結果なのだが――。
 夢は夢なのだから、夢の中なら何がどうなっても目が覚めればリセットされる――という確信は、古典的な現実崩壊もののSFのように、現実の世界を夢だと思い込んだ瞬間にその意味を逆転してしまう。夢は本来、見ている間は現実としか思えないもののはずなのだから。
「まあ、そんな相対性精神学的議論はさておき。事実としてドレミーさんがここにいる以上、この月の地は夢の中なんですよね? 私たちが突然幻想郷から三十八万キロの彼方にワープしたと言われるよりは、ここが夢の世界だと言われた方がよほど納得できますもの」
「そうやって、夢の中で理詰めで夢を解析している時点で不健全なんですがね。……まあ、正解です。ここは夢の世界の月の都。――しかし、幻想郷の貴方たちがここに来たことは、夢の管理者の私としても驚きの事案なんですが。月の都を知らない地上の民の夢が、この夢の月の都と接続されるはずがないんですが――」
 眉を寄せて、ドレミーさんは私と蓮子を見比べ、そして私をじっと見つめた。
「……まあ、その原因に関しては、ここでは置いておきましょう。現実問題として貴方たちはここにいるわけですから。全く、ただでさえ忙しいのに、これ以上厄介ごとを持ち込まないで欲しいです」
「あら、夢の世界ではまた何かトラブルでも?」
「ノーコメントです。貴方たちには早く目を覚まして現実にお戻りいただきたい。そして夢のように、この月の都のことは綺麗さっぱり忘れていただきたいのですが――」
 と、ドレミーさんが言いかけたところで、サグメさんがくいくいとドレミーさんの袖を引く。振り向いたドレミーさんは「解ってます」と肩を竦め――そして、私に向き直った。
「その前に、マエリベリー・ハーンさん」
「は、はい」
「……妙なものを持っていますね?」
 ドレミーさんが目を剣呑に眇め、サグメさんも無表情にじっと私を見つめる。
 その視線に圧迫されるようにして、私は握りしめていた手を開いた。
 ――あの琥珀はまだ、私の手の中にちゃんと存在して、微かに光を帯びていた。
「これは……」
 ドレミーさんが息を呑み、サグメさんも目を見開く。
 そしてドレミーさんは、思い切り眉を寄せて、私を強く睨んだ。
「マエリベリー・ハーンさん。――いくら貴方のやることとはいえ、こんなものを夢の世界に持ち込まれては困ります」
「――――」
「……それとも、これがどういうものかも知らずに持っているのですか?」
 私は答えられない。その問いへの答えなど持ち合わせているはずもない。
 この琥珀が何なのか――それは、私たちにとって積年の謎以外の何物でもないのだから。
「ドレミーさん、この琥珀をご存じなんですか?」
 蓮子がその顔を引き締め、帽子の庇を弄りながらドレミーさんに身を乗り出す。
 ドレミーさんはゆるゆると首を横に振り、ひどく大げさに溜息をついた。
「それは、少なくとも私たちにとっては、とんでもない危険物ですよ」
「――というと?」
「こちらとしては今すぐ目を覚まして、それを現に持ち帰っていただきたいのですが――」
 サグメさんと視線を交わして、ドレミーさんは嘆息する。
「好奇心の強すぎる貴方たちにその琥珀の危険性を教えないのも問題がありそうなので、伝えておきましょう」
 そして、彼女はひどくあっけなく、ひとつの真実を私たちへと告げる。
「それは、外の世界の霊力を宿したパワーストーン。そして、博麗神社のご神体です」




―26―

 呆気にとられて、私は蓮子とただ顔を見合わせた。
 ――博麗神社の、ご神体?
 言われてみれば、博麗神社は何の神様を祀っているのかも不明確だし、霊夢さんはそのときどきで勝手なご神体を祀り上げたりしているが――。
 戸惑う私たちに、ドレミーさんは大げさに溜息をついてみせる。
「それは本来、博麗神社の本殿に祀られているべきものです。なぜ貴方がそれを持っているんですか?」
「……そう、言われても」
 違う。私はこれを、博麗神社から持ってきたのではない。
 私がこれを手に入れたのは――外の世界の? いや、あれは……いったい、どこだ?
「ちょっと待ってください、ドレミーさん。外の世界の霊力を宿したパワーストーン、と言いましたよね? それが博麗神社のご神体というのは――いったいどういう」
「私も細かい事情までは知りませんよ。ですが、私の知る限りにおいて、それは博麗神社のご神体です。そしてそれは、博麗大結界の内と外を繋ぐ鍵のひとつです」
「――――」
 思い出すまでもない。私たちはこの琥珀に導かれるようにして、幻想郷にやってきたのだ。
「博麗大結界を超える具体的な方法はご存じですか?」
 ドレミーさんの問いに、私たちは視線を交わして、首を横に振る。言われてみれば、霊夢さんに頼めば外来人は外の世界に戻してもらえる、と聞いているだけで、その具体的な方法までは聞いたことがない。私たちが外の世界に出ても、私たちは外の世界に存在しない人間だからすぐに幻想郷に戻される、とは聞いたけれど……。
「大結界を超える方法は大きく分けてふたつあります。ひとつは正式な手段で結界に穴を開けて出入りする方法。貴方たちのお友達の神様や、お寺の狸が幻想郷に来た方法です。もうひとつは結界のゆらぎの隙間を通って出入りする方法。こちらはいわゆる《神隠し》のことを指します」
「……幻想郷に随分と詳しいですね、ドレミーさん」
「幻想郷の住民の夢は私の管轄ですから。――さて、前者と後者の最大の違いは、その者の存在の基盤がどちらにあるか、にあります。正式に結界に穴を開けて通れば、その者は存在の基盤ごと幻想郷と外の世界を行き来できますが、《神隠し》では存在の基盤は元々いた世界の方に残ります。そのため、《神隠し》に遭った者は時間経過で元々いた世界に戻されますし、行った先の世界への干渉や物品の持ち込みにも制限があります。しかし、正式な手段での結界超えならば、半永久的にその世界に留まることができます。――貴方たちのように」
「……つまり、この琥珀は、博麗大結界に正式な穴を開けるための道具?」
「はい、端的に言えばそういうことになります。もちろん、その琥珀が唯一の手段ではなく、様々にある手段のひとつということですが」
 ちょっと待ってほしい。ドレミーさんの言葉を私は必死に頭の中で整理する。つまり私たちは、あの菫子さんの部屋でこの琥珀を見つけたことで、博麗大結界に正式に穴を開け、存在の基盤ごと幻想郷に移動してしまった――だから私たちはずっと幻想郷に留まり続けている、ということになるのか?
「ドレミーさん。整理すると、正式な穴を開けての結界超えは物理的な移動、《神隠し》は身体は元の世界に残したまま向こう側を夢に見ているようなもの――と理解しても?」
「まあ、大雑把な理解としてはそれでも構いませんよ。あくまで残っているのは存在の基盤なので、《神隠し》に遭っている間は実体としてもその世界から消えてはいますが」
「では、正式に穴を開けて存在の基盤ごと移動する、というのは――それはつまり、外の世界から正式な手段で幻想郷に来れば、外の世界ではその存在の基盤が失われ、もともと居なかったことになる――ということなんですか?」
 蓮子のその問いの意味を考え、私は慄然とする。
 そうだ、私たちが存在の基盤ごと幻想郷に来たのだとすれば――。
 私たちの存在は、私たちがいた科学世紀の京都から、既に消えてしまっている……?
「ああ、ご心配の種は理解しますよ。――結論から申しますと、それは経過時間によります。貴方たちの知る狸さんは、ときどき結界を通って外の世界に出ていますが、その間、彼女が存在したという痕跡自体が幻想郷から消えているわけではありません。ひとつの命が存在した痕跡というのはそう簡単に消えるものではないです。――長い時間が経過すれば別ですがね」
「――――」
 目を半眼に眇めて言うドレミーさんに、私たちは息を呑む。
 私たちが幻想郷に来てから、いったいどれだけの時間が過ぎただろう?
 だとすれば、私たちの存在はとっくに――いや、待て。
 この幻想郷は、外の世界にいた頃の私たちから見れば、ずっと過去の時代のことだ。
 それならば――外の世界の私たちは、まだ幻想郷に行くどころか生まれてすらいないわけである。……ああ、頭が混乱してきた。つまり、私たちが菫子さんの部屋で結界を超えた先の時間は、この世界に存在するのか――。相対性精神学的には、私たちが過去にいる以上、あれ以降の未来はまだ訪れていないと考えるべきなのか……?
 考え込む私の横で、蓮子もしきりに帽子の庇を弄り回していた。
「そうか……私たちのいた科学世紀の京都にも博麗神社があったのは、つまりそこが幻想郷と外の世界を繋ぐ入口だから……? じゃあ、もしかして――」
 蓮子はぶつぶつとそう呟き、顔を上げる。
「――なるほど、つまり、琥珀は複数あるんですね?」
 蓮子のその言葉に、ドレミーさんは目を見開く。
「……おやおや、これはまた、なかなかどうして。なぜそう考えたのです?」
「そう考えた方が平仄が合うからですよ。幻想郷の側から外の世界の霊力を利用して結界に穴を開けるなら、逆のこともできるはずです。つまり、外の世界の側から幻想郷の霊力を利用して結界に穴を開けるための――幻想郷の霊力を宿した琥珀もまた、外の世界にある」

 蓮子のその言葉に、私の頭の中で、あのときの記憶が蘇った。
 妖怪の賢者、八雲紫から手渡された琥珀。私はそれを、幼い宇佐見菫子さんに渡した。
 ――つまりあれが、幻想郷の霊力を宿したもうひとつの琥珀……?

 だとしたら、私は。
 あの時点で既に、宇佐見菫子さんが幻想郷に来る未来を確定させていたのか……?

「相変わらず興味深い人間ですね、宇佐見蓮子さん」
 ドレミーさんはどこか意地の悪い笑みを浮かべて、蓮子を見つめた。
「まあ、そういったディテールは、今はどうでもいいのです。要は、その琥珀が結界を揺るがすアイテムであるということだけご理解ください。そして、それを不用意に持ち歩くということがどういうことか、もうおわかりでしょう?」
「――月の都の結界も、これで揺らいでしまう危険性があると」
「そういうことです。こちらとしても無用な危険は避けねばなりません。さっさと現に持ち帰ってあるべきところに戻してください、マエリベリー・ハーンさん」
「…………」

 ドレミーさんは知っているのだ。
 私が、夢の中からエントロピーを無視して物質を持ち帰ってしまう人間であることを。
 ……夢の世界の管理者である彼女は、私をいったい何だと見なしているのだろう?

「………………」くいくい。
「ん? どうしました、サグメさん」
 と、それまでじっと黙っていたサグメさんが、ドレミーさんの袖を引いた。そして何か、彼女へと向かって耳打ちをする。その言葉を聞いた瞬間、ドレミーさんの顔色が変わった。
「…………本気ですか?」
 こくこく。
「確かに、この状況を長続きさせるのは大いに問題がありますが……。月の住人である貴方がどうしてそんなことを」
「…………」再び耳打ち。
「ああ、確かにそうですね、彼女たちは隔離しないといけない……。かといって戻すわけにもいきませんし。え、まさかそのために? ……有効活用? はあ、まあいいですけど。しかしそんな無茶な計画、たとえ貴方の力で実現できるとしても、じゃあ今からはいやりましょうとは言えないでしょう。いくら貴方の発案でも。……そこはなんとかする? 本気ですか?」
「…………」耳打ち。
「いやまあ、理屈としてはそうですけど……。確かに、それはひとつアドバンテージというか、いやでもなあ……。ああ、ていうかよく考えたらそれはもう完全に私の管轄外です! 私は今のこの月の都の維持に努めますから、それ以上のことは貴方が勝手にやってください!」
 と、ふたりは何やら私たちには理解できない話をして、それからサグメさんは踵を返した。そのまま私たちには目もくれず、森の方へと引き返していく。後にはドレミーさんが疲れた顔で残され、ゆるゆると首を振って私たちに向き直った。
「……本当に貴方たちは厄介ごとを引き起こしてくれますね」
「いや、そう言われましても何のことやらさっぱり」
「こっちの話ですから気にしないでください。何にしても、貴方たちはさっさと目を覚まして現に戻ってください。ここは貴方たちのいる場所ではない。夢の世界の貴方たちはただでさえ特殊な存在なんですから」
「――どういう意味です?」
「自分たちの異常性に気付けていないのが、貴方たちの幸福であり不幸なんですよ、宇佐見蓮子さん、マエリベリー・ハーンさん。――いや、本当はとっくに気づいているんじゃないですか? 夢の世界が人間にとってもうひとつの現実であることなんて、常識のはずですよ。そこから物質を持ち帰るなんてことが不可能であることも――」
「――――」
「さあ、目覚めてください。もう人間の夢は終わりです。長すぎる夢は、精神を蝕みますからね――」

 ドレミーさんのその言葉に誘われるように――闇が、私たちを覆い尽くした。
 ――暗転。




―27―

 目を覚ますと、もう朝で、目に入るのは見慣れた自宅の天井でしかなかった。
 布団の上で天井を見上げながら、私は目をしばたたかせる。ひどく長い夢を見ていたわりに、目覚めはすっきりとしていた。――ドレミーさんの御利益なのだろうか?
 それから、自分がまた右手を握りしめていることに気付いて、私は手を開く。
 ――琥珀は、当たり前のように、私の手の中に存在していた。
「あ、おはようメリー。……んん、ふぁぁ……なんか、長い夢見てたような……」
 と、隣の布団からもぞもぞと起き出した蓮子が、寝癖の立った髪のまま、ぼんやりと私の方を見やり――手の中の琥珀を見た瞬間、眠気が吹き飛んだようにその目が見開かれた。
「メリー! ちょ、ちょっとそれ、それって――ってことは、やっぱりさっきの夢、メリーの夢だったのね!」
 すごい勢いで身を乗り出してくる蓮子に、私はたじろぎつつも溜息をつく。
「夢のことをなんでも私のせいにされても困るわよ」
「メリーがそれ言っても説得力ないわよ。で、月の都の夢だったんでしょう?」
「……まあ、そうね」
「ほらやっぱり!」
 というわけで、ふたりで見た夢の答え合わせが行われ、私と蓮子が全く同じ夢を見ていたことが確かめられた。相対性精神学的に言えば共同幻想が確認されたということだが、ともあれ。
「OK、月の都の夢はメリーが私に見せた夢ってことみたいね。……じゃあ夢の中で確認できなかったこと聞くわよ。メリー、その琥珀、いったいどこから持ってきたの?」
 じっと蓮子の黒い瞳に見つめられ、私はゆるゆると首を振るしかない。
 どこからと言われても――あれがどこだったのか、私にもわからないのだから。
「……たぶん、私たちが知っているのとは別の、蓮子のお祖母さんの家」
「はい? 私のお祖母ちゃんの家はあの門前仲町の家だけよ? 母方のお祖母ちゃんは私が小学校のときに亡くなってるし――ていうかメリーはそっちは知らないでしょ」
「だから、あの宇佐見家だけど、あの宇佐見家じゃないところよ」
「……どういう意味? メリー、まさかパラレルワールドとか言い出すんじゃないわよね」
「いや、たぶんその類いだと思うんだけど」
 私の答えに、蓮子は目元を手で覆って天井を仰いだ。
「いやいや待ってメリー、いくら相対性精神学が多世界解釈を採るからって、そんなベタな展開――いやまあ、それを言ったら過去の世界に来てる私たち自身がベタな時間SFか……。ちょっと待ってよ、メリーの夢はマルチバース宇宙を観測できるっていうの? 多世界解釈は観測のしようがないから思考実験に過ぎないのよ、本来」
「知らないわよ。私に言えるのはただ――私の知っている宇佐見家にそっくりだけど、何か違う宇佐見家に――誰かが、これを置いていったの」
「誰かって、誰?」
「さあ……わからないわ」
「曖昧な話ねえ」
 むすっと頬を膨らませる蓮子。そんなこと言われても、私だってわけがわからないんだから仕方ないではないか。
「でも、とにかくそれは、外の世界だったんでしょう?」
「……まあ、たぶん」
「それなら、この琥珀が外の世界の霊力を宿しているっていうのも納得だけど……。ねえメリー、いつだったかメリー、妖怪の賢者に頼まれて、大叔母さんに琥珀を渡したのよね?」
「……うん、春雪異変のとき」
「てことは、メリーが渡した、幻想郷の霊力を宿した琥珀が大叔母さんのところにある……」
「菫子さんがそのままちゃんと保存してくれていれば、ね」
「じゃあ、私たちがこれを持ってれば、大叔母さんは私たちのところに来るのかしら?」
「逆に、私たちが菫子さんの方へ飛ばされるかもしれないわよ。幻想郷に来たときみたいに、問答無用で」
「それはそれで困るわねえ。――どうしたものかしら」
 蓮子は帽子の庇を弄るように手を持ち上げ、もちろん寝起きで帽子を被っているはずもないのでその手は空を切り、階段で足を踏み外したようにつんのめった。
「蓮子。私としてはこれ、ドレミーさんの言う通り、博麗神社に預ける方がいいと思うわ」
「……まあ、結界絡みなら霊夢ちゃんが専門家よね。これが博麗神社のご神体だっていうなら、下手したら私たち、ご神体泥棒扱いになっちゃうし」
「そうねえ。霊夢さんがいないうちにこっそり神社に戻しておく?」
「――それがいいのかしらねえ。ううん、釈然としないわ」
 腕を組んで蓮子は唸る。確かに、何か大きく真実に向かって前進したようで、しかし何も前進していないような気もする。
 この琥珀が外の世界と幻想郷を繋ぐ鍵だということが裏付けられたのは事実だが、しかしそれは私たちが実体験で既に知っている事実でしかないわけであるからして。もちろん、当たり前のことを検証して裏付けることは大切ではあるが……。
 ――それに、この琥珀が外の世界と幻想郷を繋ぐ鍵だったとしても、私たちが過去に来ていることの説明にはならないのだ。
 どうして私たちは、何十年も昔の幻想郷に飛ばされてしまったのか――。
 結局、肝心なその謎は、何も解決していないのだ。
 私たちが、科学世紀の未来に戻れるのか否かも――。

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この小説へのコメント

  1. 更新お疲れ様です!
    深秘録であったオカルトボールの正体が博麗神社の御神体だったってことなのかな?
    もしかしたらサグメが夢から現実に戻る際に御神体を月の都のパワーストーンにすり替えていた可能性があるのか…?

  2. 月の都のオカルトボールがその琥珀なのかな?しかしサグメから渡されないなら、何故二人は月の都に?
    ただの運び役なら態々ドレミーに説明させるはずないし…もしや紺珠伝の異変を意図的に二人に巻き込ませるためなのかな?

  3. 月の都のオカルトボールに込められているのはサグメ自身の霊力でそれで都市伝説の具現化を行っていたはず…
    もしその琥珀がパラレルワールドからもたらされたものなら今この世界には琥珀(幻想郷)が菫子の元にひとつと幻想郷側に琥珀(外の世界)がふたつ存在することに?
    時間を超えた物体の持ち越しはメリーがもともとやっていたことではあるので多少の複製は矛盾なくできるのか

  4. お疲れ様です!
    まさかの琥珀が御神体とは。
    夢の住人・・・既に完全憑依異変の片鱗がでてきつつあったんでしょうか?
    菫子が三人いたのも。その影響なのか。
    しかし、ホントにサグメ様、一言の「ひ」の字も喋りませんでしたね。いや、能力上仕方ないですけど。

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