東方二次小説

こちら秘封探偵事務所第14章 深秘録編   深秘録編 4話

所属カテゴリー: こちら秘封探偵事務所第14章 深秘録編

公開日:2021年02月20日 / 最終更新日:2021年02月20日

―10―

 翌日――寺子屋の離れの事務所。
「所長! やっぱり天の邪鬼探すのにメリーさん貸してください!」
 あっけらかんと私を物扱いしながら事務所にやってきた早苗さんは、事務所の中に私と蓮子以外の見知らぬ第三者がいることに気付いて、事務所の玄関でぴたりと足を止めた。
「え? あ、えーと……依頼人ですか! ようこそ秘封探偵事務所へ! 非常勤助手の東風谷早苗です! 本業は守矢神社の風祝です! 守矢神社をどうぞよろしく!」
 ハイテンションにそう名乗る早苗さんを、その第三者――易者さん(相変わらず本人が名乗らないので本名不詳)は、胡乱げに振り向いて眉を寄せた。
「あー、早苗ちゃん、実はこの人は依頼人じゃなくてね……」
 蓮子が言い、早苗さんは「え?」と首を傾げる。
「え? じゃあなんですか? その勘のいいガキが嫌いっぽい方は」
 早苗さんも彼の容姿に思うことは一緒らしい。私たちの読んだ『鋼の錬金術師』は守矢神社の蔵書だから当たり前である。
「だから何なんだお前らは、俺を誰と……」
「そうねえ、この人は……秘封探偵事務所の非常勤助手見習い志望の面接に来た就活生?」
「はい?」
 蓮子の言葉に、早苗さんはきょとんと目をしばたたかせ――そして。
「いけません蓮子さん! それは絶対いけません! 退治します!」
 いきなり大幣を振り上げた。易者さんが目を見開き、蓮子が両手を挙げて止めに入る。
「どうどう早苗ちゃん、どうしたのいきなり、そんなスカーみたいな」
「ダメですよ蓮子さん! 女所帯にそんなホイホイ若い男性を連れ込んだら! 殊に蓮子さんとメリーさんの場合は問題です! 大問題です! 血みどろの戦争が起こりますよ! 同一作品内でのNL派とGL派・BL派の仲が悪いのはこれはもう世界の悲しむべき真理です! 私はネットでそんな悲しい諍いをたくさん見てきました! 人類は解り合えないのです! せめて検索避けするとかして棲み分けてください!」
 何の話だ。早苗さんとの付き合いももう長く、大抵のネタは守矢神社で読んで知ったけれど、未だに早苗さんの言うことはときどきよくわからない。
「はっ、それともあれなんですか? やっぱり子供が作れないから……」
「早苗さん!」
 話はわからないが、早苗さんがたいへん不埒な想像をしていることは察しがついた。
「な、なんなんだ、いったい」
「いやあ、ごめんなさいね。うちの早苗ちゃんは明後日の方向に全力疾走するのが得意で」
 うー、と唸る早苗さんを私と蓮子の二人がかりでなだめて座らせる。むすー、と頬を膨らませながら座布団に腰を下ろした早苗さんは、半眼で易者さんを睨む。
「うーん、まあ、あずまんがの木村先生みたいな変態じゃないなら……いや、そっちの方がギャグで済むぶんマシなんでしょうか? いやでもやっぱりダメですよ、宇宙のステルヴィアだって突然のしーぽんへのキスで大炎上したじゃないですか!」
「早苗ちゃん、はいはいそろそろ落ち着いて。何を想像してるんだかはだいたいわかるけど、そういうんじゃないから。SOS団にだってキョンと古泉くんがいるでしょ?」
「いやいや、あれはそもそもがハルヒとキョンの出会いから始まったボーイ・ミーツ・ガールだからいいんですよ! 女の子の集団の中に突然男性が紛れ込むのが炎上の元なんです!」
「炎上って、何が燃えるの?」
「少なくとも私が燃えます! 非常勤助手になって以来、蓮子さんとメリーさんの強すぎる絆と近すぎる距離感と無自覚なイチャイチャを延々見てきたこの私が! この場合はもちろん草かんむりではなくバーニングの方です! 今さらおふたりの間にポッと出の男性が挟まるなんて、この東風谷早苗が許しません! 私ですら入りこめないのに!」
「だーからー、そういうんじゃないってば。ねえメリー」
「私に振らないでよ。どんな反応すればいいのよ」
「早苗ちゃんに今ここで、私が一生メリーに首ったけだって証明すればいいんじゃない? とりあえず誓いのキスする? んー」
「しないわよ!」
「ああっ、いつも通りのおふたりですね! よかった、もっとイチャイチャしてください! 私もそっちの方が安心します!」
「あらメリー、お許しが出たわよ。今後はもっと公然とイチャイチャしましょ」
「しないってば。ああもう、呆れられてるわ」
 しなだれかかってくる蓮子を押しのけつつ、私は嘆息して易者さんを振り返る。
 易者さんは奇異なものを見るような目で、私たちを見返していた。
「……お前ら、そういうアレなのか?」
「いやあ、ご想像にお任せしますわ」
 飄々と答える蓮子に、易者さんはどう反応したらいいのかというように首を振る。そりゃまあそうであろう。変に理解を示されてもそれはそれで困る。
「というか早苗ちゃん、私たちの間に挟まりたかったの?」
「あ、いえ、別に全くそういうつもりは! 私はおふたりがイチャイチャしてる部屋の壁で構いません! どうぞお気になさらず!」
「早苗さんもいい加減にして、もう」
 馬鹿話はここまで、と私は手を鳴らす。「失礼しました!」と早苗さんは座布団に腰を下ろして居住まいを正すと、改めて易者さんに向き直った。
「で、このアニメ版で顔が逆さまなキメラになりそうな人はどちら様なんです?」
「え、タッカーさんってあそこで死んだんじゃないの?」
「鋼のアニメは後半完全オリジナルでしたから……。あれはあれで面白かったですけど。原作はどうなったんですかねえ」
 守矢神社にあるのは十七巻までである。残念ながら私も蓮子も未来で読んだことはなかったのでその後の展開は知らない。って、だからそれはどうでもいいのだ。
「えーと、この人は易者さん。本名は本人が名乗ってくれないので不詳。早苗ちゃん、里の易者の大先生は知ってる? そこのお弟子さんなんだけど」
「ああ、知ってます知ってます。長屋で営業してる占い屋ですよね。一度偵察に行きました!」
「……昨日付けで正式に破門されたけどな」
 易者さんがぼそりと口を挟む。
「え? じゃあもう易者でもないじゃないですか。元易者さん? というか本名不詳ってなんですか。黄昏の賢者ですか。今日も君の話相手になりたいんですか?」
「わけのわからんことばかり言うな。なんなんだお前は」
「だから守矢神社の風祝です!」
「……ああ、山の神社か。その巫女がなんでこんなところにいる」
「ですから、私はここの非常勤助手です! 非常勤助手の枠は私で埋まってます! 男性はお呼びでありません!」
「はいはい早苗ちゃん、だからそう喧嘩腰にならない。詳しい事情は今から話すから」
 蓮子がそう言って早苗さんをなだめ、易者さんに視線を送る。易者さんはむっつりと黙りこんだ。彼もまた、早苗さん同様に、この状況に戸惑っているのだろう。
 ともかく、蓮子が手短に、妖怪の賢者からの依頼と、私たちが易者さんを捕獲した経緯を早苗さんに語る。思い切り眉を寄せて話を聞いていた早苗さんは、蓮子の話が終わると「はい所長!」と寺子屋の生徒のように手を挙げた。
「はい、早苗ちゃん」
「おおむねさっぱり意味がわかりません! この元易者さんが、外の世界にいる蓮子さんの大叔母さんと繋がりがあるのはわかりましたけど、それでなんで八雲紫がこの人を助けろっておふたりに依頼するなんて話になるんですか?」
「それがわかれば私たちだって苦労しないわよ。メリーのそっくりさんが何を考えてるんだかなんて。ただ、私たちが幻想郷に来ることになった理由の一端はそのへんにありそうって話」
「いや、それも意味がわかりませんよ。八雲紫が未来からおふたりを幻想郷に送りこんだのがそのためだったなら、おふたりが幻想郷に来るのは私のずっと後で良かったじゃないですか」
「全くもってそうなのよねえ」
 腕を組んで唸る蓮子。早苗さんはまた易者さんを睨むように見つめる。
「というか、八雲紫が助けようとするなんて、この元易者さん、どんな大物なんです?」
「そうそう。易者さん、何か心当たりないです? って話をしようとしてたところなのよ、早苗ちゃんが来るまで。彼から詳しい話を聞こうとしてたの」
 蓮子も易者さんに向き直る。易者さんは溜息のようにひとつ息を吐き出した。
「……そんなことを言われてもな。この幻想郷を創ったとかいう妖怪の賢者が、俺みたいな里のちっぽけな人間風情を助けようとする心当たりなんざ、俺にだってない。……助けられなきゃいけない覚えもない」
「本当ですか?」
 蓮子がその顔を覗きこむ。易者さんは眼鏡の奥の目を眇めた。
「……妖怪に助けられる心当たりはな」
「貴方になくても、貴方と大叔母さん――宇佐見菫子さんとの繋がりの間に、妖怪の賢者の心当たりがあるかもしれませんよ。ですから、最初から話してくださいな」
 蓮子のその言葉に、易者さんは頭を掻きながら、座布団の上であぐらをかき直した。
「――――最初は、ただの偶然だったんだ」




―11―

 元を質せば、俺が易者になったのは、外の世界に興味があったからだ。
 十年一日、何も変わらないこの停滞した人間の里の、外側にある世界を見てみたかった。貸本屋の外来本や、古道具屋の外来の道具を眺めるだけじゃ、満足できなかったんだ。
 だが、幻想郷の人間が外の世界に出ることはできない。せめて幻想郷から外の世界を直接見る手段はないかと調べて、占術に行き着いた。と言っても、手相やら骨相やら、亀の甲羅のひび割れなんかに意味を見出すようなしょうもない占術じゃない。どっちかと言えば降霊術や神託の類いだが、幻想郷の内側にいる幽霊や神の声なんぞもお呼びじゃない。
 この幻想郷の外側の声を聞くことができる占術を求めて、俺はそのカモフラージュとして大先生に弟子入りした。表向きは大先生の下で易経を学びながら、外の世界からの声を聞く手段をずっと研究し続けてきたんだ。
 だが、あるときふっと気付いた。俺はなんて馬鹿馬鹿しいことをしてるんだと。だってそうだろう? 幻想郷にいる俺が、外の世界からの呼びかけをいくら求めたところで、誰かが外の世界から幻想郷に向かって呼びかけていなければ意味がない。いくら耳を済ましたところで、誰もこっちへ声を発していないなら、そんな声なんざ聞こえるはずがないじゃないか。
 そして、俺が向こうへ呼びかけたとしたって、向こうがこっちへ耳を済ましていなければ届くはずがない。俺が耳を済ませたところへ、向こうから偶然こちらへ呼びかけた声が飛んでくる――そんな可能性なんて、ゼロに等しいだろう。そう思った。
 何もかも馬鹿馬鹿しくなって、このまま里のつまらない易者になって、くだらない里の連中の悩み事を聞いて一生を終えるのかと、そう腐りかけていた。
 それでも、今までの研究を無駄にしたくなくて、空いた時間に惰性で外の世界へ呼びかけを続けていた。……そんな時だ。

 あり得ないと思っていた、偶然が起きた。
 声が聞こえたんだよ。俺に呼びかける、外の世界の声が。
 ――コックリさん、コックリさん、おいでください――とな。

 そいつは、宇佐見菫子、外の世界の超能力者と名乗った。
 そして、俺に、幻想郷のことを教えろと、そう言ってきた。
 だから俺は、そっちも外の世界のことを教えろと、あいつに持ちかけた。
 双方で時間を示し合わせて、互いに呼びかければ、接触が持てることが確かめられた。
 ……そうして、俺とあいつは、世界に飽いた者同士、共犯者になったんだ。
 世界の裏側へのスパイ同士にな。

 そう言ったって、別に大した話をしたわけじゃない。
 俺は、俺にとっては当たり前の、俺の知る限りの幻想郷の知識を語っただけだ。ここが妖怪の賢者とやらが作って管理している、結界に閉ざされた隠れ里であること、妖怪や妖精や八百万の神があちこちうろうろしていること、その中で人間はひとつの里に囲われて、妖怪に怯えながら暮らしていること。何も変わらない里の暮らしに倦んでも人間にはどこにも行き場がない、ただ妖怪どもに管理されて生きていくしかない、どうしようもない世界だって。
 でも、そんなこのクソみたいな世界の話を、あいつは楽しそうに聞いてくれたよ。あいつがいったいどこで幻想郷のことを知ったのかは知らないが、ときどき妙なことを言ってたな。幻想郷に探してる相手でもいるみたいに人や妖怪の名前を挙げたり……。
 ああ、訊かれても困る、あいつがどんな名前を挙げたかなんていちいち覚えちゃいない。ただ、あいつが俺とコンタクトする前から幻想郷について何か知っていたのは確かだ。でもあいつの知識はひどく不正確な伝聞みたいなものだったようだな。俺の語る幻想郷の姿を、いつも興味深そうに興奮した様子で聞いていた。……と言っても、俺には声しか聞こえなかったが。
 そして、俺もあいつから、外の世界の話をいろいろと聞いた。妖怪も妖精も八百万の神も存在しない、科学技術とやらが支配する広い世界の話を。数えきれないほどの人間がいて、巨大な建物が建ち並び、機械で動く車が走り回り、世界中が魔法みたいなもので繋がって無限の情報が行き交うとかいう、摩訶不思議で奇妙奇天烈な世界の話を。
 俺からすれば、そんな不可思議な世界に生きているあいつが、どうしてこんなつまらない世界に興味を示すのか不思議だったが……。あいつは、向こうの世界の普通の人間とは違ったらしいからな。あいつはこっちの方が、性に合うのかもしれない。俺がこの世界に馴染めないのと同じように。

 ――俺が破門された理由か?
 ふん、大先生いわく、「占術が魔力を帯びてきたから」だとさ。
 占術は魔術ではない。魔法が使いたいなら里を出て魔法使いにでもなればいい。どこかの道具屋の娘のように。魔術と占術の区別もつかんような奴には、儂の門人でいる資格はない、だとさ。――要するに気味悪がられただけだろう。俺が、大先生の教える占術とは違う種類の占術で、外の世界とコンタクトしてることを、あっちも薄々勘づいてたんだろうな。それで厄介ごとを呼び込む前に体よく追い払ったってわけだ。
 ……別に俺は魔法使いじゃない。あいつは自分のことを「超能力者」と称していたが、要は向こうの魔法使いみたいなものだろう。本当に俺の占術が魔術を帯びていたとすれば、それはあいつの力の影響なんじゃないのか。

 ……あいつとの会話か? もう辞めたよ。
 だって、空しいだけだろう? いくらあいつから外の世界の話を聞いても、結局俺は外の世界に出ることはできないんだ。それなら、貸本屋の外来本を読んでいるのと変わらない。ただ、向こうにも俺みたいなはみ出し者がいるってことが、ほんの少しの慰みになった――それだけの話だよ。
 だからもう、あいつとは連絡を取らないことに決めた。あいつとの連絡に使っていた占術の道具も処分した。あいつももう、俺に呼びかけてはこないだろう。だから、俺を脅そうが何をしようが、あいつとの連絡はもうつけられない。

 あいつがこの幻想郷に来ようとしてるかどうかなんて、あいつ自身にしか解らない。
 ……もし来るんだとしたら、それは俺がそそのかしたからなんかじゃない。
 あいつは、自分の力で来る。それだけのことだよ。
 あいつには、それだけの力がある。……俺みたいなのとは違ってな。





―12―

 易者さんは語り終え、沈黙する。私は蓮子と顔を見合わせた。
 ――おそらく彼は、まだ何かを隠している。それがどの適度重要なことなのかはわからないが、少なくとも、菫子さんとの会話の何もかもを語ってはいないだろう。
 さて、そうすると、どうするか――。私たちは彼に、どう対応すべきだろう? この幻想郷に絶望した、この占い師の青年に、私たちはどんな言葉をかけられるだろう――。

 そう考えていた私たちは、だから、この場にいるもうひとりのことを忘れていた。
 こういうとき、率先して話をややこしくするタイプの、非常勤助手のことを。

「だったら、守矢神社にお越しください!」
 立ち上がってそう言ったのは、我らが東風谷早苗さんである。
 訝しげに見上げた易者さんに、早苗さんは慈愛の笑みを浮かべて、手を差し伸べた。
「私たち守矢神社は、外の世界から来た神社です!」
「……だからなんだ。いくら外の世界のものを見せられても、俺が外の世界に出られないことには変わりは――」
「お連れします!」
 あっけらかんと。至極当たり前のように、早苗さんはそう言った。
「神奈子様と諏訪子様に頼んでみます! ちょっと外の世界に遊びに行くぐらい、おふたりの力をもってすればきっとなんとかなります! うちの神様はすごいですよ! 神社と湖ごと外の世界からこっちへ運んできたんですから! 人間ひとりぐらいなんとでもなりますって!」
 その、何物をも疑わないような、あっけらかんとした笑みに。
 私と蓮子まで、ぽかんとして、彼女の顔を見上げてしまった。
「…………冗談だろう?」
 易者さんが、あんぐり口を開けて、早苗さんに問いかける。
「冗談なものですか! ねえ神奈子様、いけますよね?」
「――――あんまり無茶を言うんじゃないよ」
 と、早苗さんの呼びかけに応えて、その背後に神奈子さんが現れた。私たちはもう慣れたものだけれど、突然その場に出現した、注連縄を背負った神様の姿に、易者さんがのけぞる。
「なっ――」
「やれやれ、話は聞いてたけれどね。――お前さん、諦めが早すぎるよ。人間のくせにね」
 易者さんを見下ろして、神奈子さんは威厳たっぷりに腕を組む。
「この閉ざされた幻想郷に閉塞感を覚えて、外の世界に憧れるってのは、若者の心理としちゃあ至極健全だ。旧態依然とした社会に迎合したくないという、その意気や良し。若者がそうでなくちゃあ、世界に変化なんて生まれない。この人間の里で、いい歳までそんな気概を保っておきながら、なんでそんなにあっさり諦めるんだい? もうちょっと抗ってみたらどうだい。人間として。世界をつまらなくしてるのは、お前さん自身だよ」
「…………な、なんなんだ、お前は」
「おっと失礼、名乗るのを忘れていた。守矢神社の祭神、八坂神奈子だ。ま、この早苗の保護者だね。――そんなことよりお前さん、自暴自棄はよろしくないよ。努力の方向性を間違えちゃあいけない。お前さんを縛っているのはお前さん自身だ。そのことに気付かない限り、お前さんはどうしようと、どうなろうと失敗するよ。自分で自分の足を踏んで転ぶだけさ」
「――――――」
「神様の説教は聞きたくないかい? まあ、確かにお前さんみたいなタイプには、口で言い聞かせるよりかは、問答無用でこうしてやった方がいいかもね――」
 と、神奈子さんは突然、易者さんの襟首をむんずと掴む。そして、呆気にとられた彼が抵抗する間もなく、ずるずるとその身体を事務所の外へと引きずって行った。
「神奈子様!」
 早苗さんが後を追い、私たちも顔を見合わせて続く。神奈子さんはいったい何を――と思いながら外に出ると、猫でも捕まえたかのように易者さんをぶら下げた神奈子さんは、
「まあちょっと――頭を冷やしておいでよ!」
 そう言って、易者さんを――思い切り、上空へ放り投げた。
 私たちはぽかんとそれを見上げる。易者さんは空へ向かって落ちていくかのように、呆然とした顔のままどんどん小さくなっていく。そして、神奈子さんはそれを追いかけるように飛び上がった。早苗さんも慌ててそれを追って浮き上がり、私たちはその両手に飛びつく。
 悲鳴をあげて上空へ飛んで行く易者さんと、それを追って飛ぶ神奈子さん、そして早苗さんとその手にしがみついた私たち。早苗さんが風を操って、私たちは下から吹き上げてくる風に乗るようにして上空高く、ようやく易者さんに追いついた。易者さんは呆然としたまま、神奈子さんに再び襟首を掴まれている。
「ほれ、下を見てみなよ」
 神奈子さんがそう言い――私たちも、早苗さんにしがみついたまま、足下を見下ろす。

 そこには、幻想郷のほぼ全景が広がっていた。
 北に妖怪の山。東に博麗神社。西に魔法の森。南に迷いの竹林と太陽の畑。
 霧の湖と、その畔に建つ紅魔館が小さく見える。博麗神社の鳥居が東の森の中に見え隠れし、南と西の鬱蒼とした竹林と魔法の森との間に、広く開けた太陽の畑。それらの中心にある広い人間の里も、この高さだとミニチュアのようだ。人の姿は豆粒にしか見えない。
 私たちにとっては、それは早苗さんや玄爺とともに空を飛ぶときに、何度も見てきた光景であるのだけれど――。易者さんは、ただ呆然と、眼下の光景に見入っていた。
 ああ、そうだ。外の世界では、観光地でタワーにでも上れば街並みを一望するなんて小銭で楽しめる娯楽だけれど、この幻想郷では、空を飛べる人妖にだけ許された特権なのだ。

「どうだい? 空から見た幻想郷は」
「…………」
「ちっぽけだと思ったかい? それならそれでよし、お前さんの本当の器はでかいってことだ。それとも、思ったより広い世界だと思ったかい? それもまたよし、お前さんにはまだまだ知らない幻想郷の姿があるってことだ。どっちでも構いやしない。お前さんの自由だ。もちろん、これを見ても何にも心が動かない人間だっているだろうが――お前さんがそこまで自分を閉ざしちまってるっていうなら、まあ、そうさね」
 にっ、と笑って、神奈子さんは、次の瞬間。

「いっぺん、死んでみるかい?」
 易者さんの襟首を掴んでいた手を、ぱっと離した。

「――――――ッ!?」
 易者さんの身体が、落ちていく。地面へと向かって、真っ逆さまに。
「ちょっ、神奈子様!?」
「慌てるんじゃないよ。ま、ちょっとしたショック療法ってやつだ」
 慌てる早苗さんに、神奈子さんは鷹揚に笑い返して、「お前さんたちはちょっと目を瞑ってな」と言って私たちを抱えた。言われるがまま目を瞑ると、次の瞬間すごい勢いで下に落ちていく感覚。自由落下以上のスピードに、神奈子さんに抱えられていなかったら間違いなく悲鳴をあげていたところだ。
 そうして、ひどいフリーフォールで私たちは、自由落下する易者さんより先に地面へとたどり着き――そして神奈子さんは、風を巻き起こして、落ちてくる易者さんを、地面すれすれのところで浮かび上がらせ、ふわりと着地させた。
「どうだい? 一度死んでみた気分は」
「………………」
 易者さんは、ぺたりと地面の上に座り込んで、声も出ない様子で神奈子さんを見上げていた。
 ただ、その表情からは――彼の顔に染みついていた、昏い翳りが消えている。
 ただただ、わけのわからないものに翻弄されて、呆然としている子供のような顔だった。
 その顔を見て、神奈子さんはにっと笑う。
「いい顔だ」
 そして腕組みをして、易者さんを見下ろして。
 神様は、ちっぽけな人間ひとりなど、容易く弄べるのだといわんばかりに。
 人間の論理とは隔絶された存在として、そこに在る。

「――なあ、人間。死ぬのは、怖いだろう?」

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この小説へのコメント

  1. 【おしらせ】
    作者です。3月の例大祭に向けた作業のため、来週(2/27)の更新はお休みします。
    5話の更新は3/6(土)の予定です。引き続き、秘封探偵最終章をよろしくお願いします。

  2. ボン・ソワール。
    まさかここでサンホラを聞けるとは。。。

    早苗さんにとって蓮子とメリーは友人であると同時に「推し」のカップルなんでしょうね。だから他人が入り込むのが許せない、と(笑)
    そして神奈子様は今回もカリスマたっぷりだなぁ。どこかの吸血鬼も見習ってください(暴言)。

  3. 作者さんお疲れ様です!

    早苗さんは蓮メリを夜を壁越しに楽しむに人間ですか。なんて、ゲフンゲフン!
    というか、易者の弟子の顔がタッ●ーにしか想像できなくなった(笑)

  4. お疲れ様です!最終章の連載開始を期に読み始めましたが、多角的な視点によるシナリオ構成、卓越した文章力から成るキャラクターの一挙一動に引き込まれてページを繰る手が止まりませんでした!公式書籍を読み返し、人里に秘封探偵事務所の姿が無いことに一抹の寂しさを覚える程に多大な感銘を受けたので、連載に追い付けた喜びと、完結に近づく悲しみのアンビバレンスに揺られています……

  5. 神奈子様の最後のセリフ、易者の弟子が何を考えている・隠しているか、お見通しなんでしょうね…

  6. 外に出ようとするなら、もしかして秘封倶楽部、霊夢と一時的に敵対ルートかな

  7. 紫の言ってた人間は易者で確定なのかな、そういえば。

  8. 世界をつまらなく思う似た者同士で偶然繋がったのだろうか?あるいは誰かが繋げたのかな?
    にしても神奈子様の荒療治スケールがでかすぎる。

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