東方二次小説

幽玄なるマリオネット幽玄なるマリオネット  前編   マリオネット前編 第8話

所属カテゴリー: 幽玄なるマリオネット幽玄なるマリオネット  前編

公開日:2015年10月14日 / 最終更新日:2015年10月14日

アリスの章

          1

 天井から吊るされた赤提灯一つが、この部屋の光源のすべてだった。地上とは違い、ここは閉ざされた地下世界である。間違っても太陽光は射し込まない。
 そんな薄暗い部屋の中で、アリスは丸一日、見張り付きの監禁という憂えるべき事態に遭っていた。
 理由は定かではない。ここ、地下世界に足を踏み入れた時から目を付けられていたのは確かだと言えるのだが、目の前にいる監視人が何も語ってくれないせいで、何がどうなっているのかさっぱりである。
「ねえ」
「――――」
 土壁に背をつけ、腕組をして沈黙を決め込む監視人は、額に一つの大きな角を持つ星熊勇儀だった。
 紅に染まった一角が示すとおり、彼女は「鬼」だ。幻想郷では絶対数が少ないとされている希少種の妖怪で、鬼の名に恥じぬ怪力を備えている。この怪力を使い、アリスをここまで軽々と運んできたというわけだ。暴れるアリスを、腕一本で軽々と。
 普段の勇儀は勝気な性格で、しかし勝負事に際しては常に正々堂々と戦う鬼だった。少なくとも昨日の時点まで、彼女が拉致や監禁をするような人柄ではないと認識していたのだが――それがどうだ、この有様は。ばっちり監禁されてしまったではないか。
 しかも勇儀は石像のように動かないし、口もきかない。普段の快活さはどこへ消えてしまったというのか。
 もしかしたら、地霊殿に何かあったのかもしれない。でなければ、部外者がここまでされるはずがない。もう何度もこの考えが湧いては消え、消えては湧いてを繰り返している。
「ねえってば」
「――――」
 木製の机の上で拳を握り、語気を強めてみても、勇儀はぴくりともしなかった。完全なる無視である。
「もう、なんなのよ」
 この台詞を、アリスはどれだけ言ったか覚えていない。
 光源が赤提灯のせいか、薄暗い部屋は独特な不気味さを伴っていた。何かしら意味があってこの色を採用しているのかもしれないが、光に関しては「雀の涙」よろしく程度の知識しかない。ただ、普通の白紙でできた提灯とは違い、気味悪さが増幅されているようだった。
 それにしても、とアリスは椅子の背もたれにもたれかかり、赤提灯を見つめながら考えた。
 ここに来たのはナズーリンを探すためだったのだが、それがいけなかったのだろうか。ナズーリンの名前を出した瞬間、勇儀は苦虫を噛み潰したかのような渋面になったのを、一日経った今でもよく覚えている。そこから流れるように捕縛されたことも。
 会話の前後を思い返してみても、どこに落ち度があったのかまったくわからなかった。会うのは久しぶりだ、程度のことしか話していないのだから、それも当たり前なのだが。
 となると、やはりナズーリンが要ということになる。
 彼女は一週間近く戻ってきていない、と白蓮たちが話していた。優秀なダウザーであるネズミ妖怪が一週間を過ぎても帰って来ないというのは、あからさまにおかしい。何かあったに違いなく、だからこそここまで足を運んだ。
 嫌な予感ほど的中すると言われるが、今回の場合、まさしくど真ん中だった。少なくとも、監禁される程度には。
「んー……」
 勇儀に倣うわけではなかったが、アリスも腕を組んだ。そして瞳を閉じると、低く唸った。
 がちゃ、という音がしたのは、その時だった。
 丸一日、一度も開かなかった部屋の扉が、向こう側から開かれた。ぎぎぎ、と古めかしい木の軋む音と共に、誰かが部屋に入ってくる。薄暗い部屋の中、アリスはその誰かを見極めようと目を凝らした。だが視覚で明らかにするより早く、聴覚が解答を拾った。今までどれだけ語りかけても、一言も発しなかった勇儀が名前を口にしたために。
「さとり」
 アリスは、はっと息を呑んだ。
 さとりと言えば、地霊殿の主であり、あの「サトリ」である古明地さとりに違いない。
「ご苦労様」
 勇儀を一瞥し、そう声をかけると、さとりはこちらの目の前にやってきた。
 小柄な少女、といった風貌のさとりは、セミショートの跳ね気味な紫髪をしている。目が細く、感情があまり面に出てこないせいで、容姿よりも格段に大人びた雰囲気を醸し出していた。
 何より特徴的なのが、左胸部にくっついている目玉の存在だ。ワッペンのようにも見えるが、これもちゃんとした身体の一部なのである。
 彼女はサトリと呼ばれる、人の心の中を読むことができるという能力を有した妖怪だ。そのせいで人間や他の妖怪からは忌み嫌われており、こうして地中深い地霊殿に隠れるように棲んでいるのだった。
「さて」さとりは向かいにある椅子に座った。「ちょっとお話をしましょうか」
 勇儀は話の邪魔になると踏んでか、出て行ってしまった。
「私も聞きたいことがあったし、良いわよ」
 監禁しておいて謝らない気か、という言葉は呑み込んで言った。
 するとさっそくサトリの能力が活かされたようで、
「謝罪については、必要があればその時に」
「必要があれば?」アリスは鼻で笑った。「この状況は、その必要がないと?」
「ご存じのとおり、ここは特別な場所ですから」
 彼女の言っている意味を、アリスは瞬時に読み取った。
 地霊殿は、さとりのように忌み嫌われた者どもがひっそりと暮らすために用意された空間だ。ここの住人たちは、地上へ出ることは許されない。代わりに、地上の妖怪たちはここへは侵入することが許されない――という取り決めが、つい最近まであった。
 お空という鴉妖怪が間欠泉騒ぎを起こしてから後、若干はその縛りが緩くなったものの、まだその思想は根深い。
 つまり今のさとりの台詞は、現在のアリスは侵入者も同然であり、監禁されても文句は言えない立場だ、と暗に示しているのだった。
「おわかりいただけたようで」
「……そうね。すっかり忘れていたけれど」
「これで話もしやすくなるというものです」
 さとりはテーブルに指を組んで置いた。「まず、ここに来た目的を教えてもらいましょうか」
「まるで尋問ね。まぁいいけれど。ここに来た目的は一つ、ナズーリンを探しに来たからよ」
「ナズーリン? またどうしてここに」
「ここの誰かさんが、彼女を呼びつけたらしいのだけれど、それについてはご存じでない?」
「さぁ」
 表情の乏しい彼女の顔から心情を汲み取るのは難しそうだった。が、どうせ心が読めるわけでもないからと、アリスは構わず続けた。
「ここ一週間ほど、ナズーリンが帰ってきていないのよ。で、行き先は地霊殿だと」
「来ているのなら、報告が私のところまで入っているはずですが、パルスィからは何も聞かされていませんね」
 パルスィは嫉妬の権化ともいえる妖怪で、地上から地霊殿に行く途中にある縦穴の中央辺りにいる。その彼女から連絡がないということは、地霊殿には来ていないということになる。地霊殿への入り口は、この一ヶ所のみだからだ。
「こちらとしては、手がかりがそれだけしかないから、できればここを探していきたいのだけれど」
「気持ちはわかりますが、それは容赦願いたい。ただでさえみんなの心が荒れているときに」
「心が荒れている?」
「そう。貴方を監禁したのも、それが理由。地上で変死事件が起きたでしょう? それであらぬ疑いをかけられるるのではと、みんな憔悴しています。元来が臆病な子ばかりですから」
 忌み嫌われ、迫害を受けてきた歴史を持つ者の集まり。それが地霊殿だ。ここの住人は、手に入れた平穏な暮らしが壊れるのではないか、と怯えているのかもしれない。
 それに、忌避されているからこそ、地上で暮らす者が「地霊殿に住む輩に仕業に違いない」という偏見を抱いているのではないかと勘繰ってしまっていても、不思議ではない。
「そうなると、私は黙ってここから立ち去れと?」
「できればそうして欲しいですが。無理なお願いでしょうか?」
「そのお願い、聞いてあげたいのだけれど、こちらも何かと切羽詰っていてね。ナズーリンがいないと事件の解決もままならない状態なの」
 自分の失敗で逃がしたゴーレムを探すためだとは言えず、また、サトリの読心を回避するため、アリスは必死に違うことを思い浮かべながら話した。
「このままだと、また被害者が出るかも」
「つまり交渉は無理、ということですね」
「お互い譲れないんじゃ、そうなるわね」
「それでは」さとりが起立した。「上の騒動が解決するまで、ここにいてもらうしかありませんね」
「それはそれで困るんだけど」
 時間的に逼迫しているのはこちらだ。
「……そうですか。では決闘で決める他になさそうですね」
 幼顔が歪み、細い目が更に細まった。
 どうやら本気で対決しようとしているらしい。こちらは上海人形すら取り上げられているというのに。
「対等な対戦など、本来なら有り得ないことです」
 心が読めると、声に出さなくても通じてしまうのがいいところだ。建前を言う必要がなくなる。
「ま、私はこれくらいのハンデがあるくらいがちょうどいいけれどね。それに人形遣いの前に、一魔法使いだから道具に頼る必要もないし」
 自前の魔力と、大気に満ちる魔力さえあれば、どうとでも戦える。剣士が剣に頼らず、己の肉体のみで戦うのと同じ理屈だ。
「貴方が魔力のみで戦っているところを見たことがないですが――」さとりはにやりと嗤って、「私の精神攻撃に耐えられるとは思えませんね」
「凄い自信だこと」
 ふっと鼻息を漏らし、アリスは席を立った。
 お互い、距離は触れ合えるほどに近い。よもやここから戦闘開始というわけにも行くまい。
「外に出ましょう」
 そう、さとりが促してきたのと同じくして、
「さとり」
 扉を頭一つ分開いて、先程退室した勇儀が顔を覗かせた。「ちょっと」
「何でしょう?」
 決闘を邪魔されたからか、声調が一段と低い。「取り組み中なのですが」
「来客だよ」
 ごき、と勇儀の首の骨が鳴る。
「パチュリーだ」
「パチュリー?」
 素っ頓狂なさとりの声が、室内に木霊した。

          2

「やっぱりね。こんなことだろうと思ったわよ」
 やってきたパチュリーは呆れ返っているようだった。腕を組み、うんざりした表情を露わにしている。
「一人でわかってないで、説明が欲しいのだけれど」
 アリスにしてみれば、パチュリーがここに来たこと自体が青天の霹靂だ。もちろんそれは、隣にいる地霊殿メンバーも同じであろうが。
「説明ねぇ。じゃあ簡単に。霊夢が血眼になって貴方を探してて、うちにまで乗り込んできたのよ。で、貴方がナズーリン云々言っていたのを思い出して命蓮寺まで足を運んだのだけれど、帰って来てないって言われて。ナズーリンは地霊殿に行ったきりだと教えられたんで、ここに来てみた、ってわけ」
 わかったかしら、と言うパチュリーの態度は、どこか不遜だ。しかし地霊殿の二人は特に関心がなさそうだった。
「わかったと言えばわかったけれど、そうなると二対二になってちょうどいいかも」
 決闘は、まだ始まってもいない。パチュリーが加わるなら、チーム同士で戦うことができる。地霊殿メンバー対魔法使いメンバー、即席のチームではあるけれど。
 しかし肝心のさとりが、なぜか戦意を失ってしまったようだった。
「……わかりました。特別に帰して差し上げます。ですから、可及的速やかに帰って下さい」
「さっきはやけに好戦的だったのに、急にどうしたのよ」
 呆気にとられていると、さとりは苦々しく弁明した。
「貴方たちに付き合っていると、こちらにまで火の粉が降りかかってくるからです。博麗の巫女は人の話を聞きませんから」
「あー……」
 もっともな意見だった。
 霊夢は人の話を聞かない。それどころか、勝手に自己解釈して暴走する癖がある。その被害をアリスは現在直接的に受けており、骨身に染みていた。
 しかし、帰れるというだけでは問題の解決にならない。ここに来たのはナズーリンを探すためなのだから。
「それなら」またも心を読んだらしいさとりが、「地霊殿の中だけでしたら探して頂いても結構です。もちろん監視させていただきますが」と言った。
「旧都の方は?」とパチュリー。
「流石にそちらまでは。貴方たちが霊夢を説得させられるだけの自信があるのなら交渉の余地がありますが。それに、アリスさんにはお話しましたが、ここの者たちは猜疑心が強いので、できる限り穏便に済ませたいのです」
 どうやらここらが話の落としどころのようだった。
 本当ならこの地下全域を調べたいところではあるが、こちらもある程度は譲歩しなければ、まとまるものもまとまらなくなる。
 アリスは首を縦に振った。
「これ以上とやかく言っても埒が明かなさそうだし、それでいいわ。いいわよね」
 パチュリーに問いかけると、彼女は黙したまま頷いた。
「それでは参りましょう」
 さとりが一歩を踏み出す。その姿が、やけに積極的に見えた。

 部屋から出てすぐ、自分が監禁されていた建物がどんなものかを知った。監禁場所までは目隠しをされていたこともあり、どこにいるのかもわからなかったのだ。
 ここは旧都や地獄跡の方ではなく、まさに地霊殿の真横だった。
 地霊殿を明細に把握しているわけではないが、どうやら離れの納屋らしい。造りがどう見ても住居向きではない。思い返してみると、部屋の隅の方には樽なども積んであったような気がする。テーブルがあったのは、おそらく使わなくなったものをあそこに置いていたからだろう。不気味さや、埃っぽい空気も、納屋ならではと思えば納得がいく。
 その納屋を出てすぐに、厳かな鉄扉が目に入ってきた。どうやらこれが本殿への入り口らしい。
「入り口と言っても、通用門のようなものですが」
 さとりは鉄扉に付いている取っ手を掴み、ぐっと手前に引っ張った。
 ごり、と何かが削れるような嫌な音がしたが、彼女は気にした様子もない。
 扉が完全に開放されると、一面に地霊殿の景観が広がった。
「少し暗いかもしれませんが、我慢して下さい」
 さとりの言う通り、内部は納屋と同じくらい薄暗かった。しかも明かりが滲んだ赤色をしており、重苦しい雰囲気が漂っている。天井を見上げ、光源を確認すると、やはり納屋と同じ赤提灯が使われていた。
 どうして白いものではないのかと疑問に思ったが、さとりはそれには答えてくれなかった。心は常に読んでいるはずなのだが、先導するばかりで一言も発しない。
 仕方なく、灯りについて考えるのはやめにした。代わりに、ナズーリン探しに力を入れようと目を凝らしてみる。建物の隅は影が濃く、一瞥した程度では見落としてしまうおそれがあった。
 地霊殿の中は誰もいないのか、無音が広がっていた。おかげで一歩床を踏むごとに靴底が鳴り、それが辺りに反響して耳障りだった。浮遊した方がいいのではないかと思うほどに。
 しかしアリスを除く三名は、いずれも平然とした顔をして歩いている。パチュリーも同じように革靴を履いており、その底が硬質な音を立てているというのに、まるで気にもならないらしい。自分だけが神経質なのだろうかと気に病んだが、それでも首と目は休まず動かし続けた。左右交互に首を回し、絶やすことなく目配りを続ける。
 十分ほど歩き回ったが、猫一匹さえ見つけられなかった。ここには数多の動物が寄り付いていると聞いていたが、一匹たりとも見つからない。
「彼女らの大半は」さとりは振り向きざまに答えた。「私の部屋で小さくなっています」
「動物たちが?」
「はい。むしろ私が外に出ないようにと言いつけたのです」
 妖怪よりも更に鋭敏な神経を持つ動物たちを保護するためだったという。
「その部屋、見せてもらえないかしら」
 パチュリーが交渉すると、さとりは一瞬露骨に不快な面を見せたが、すぐに感情を引っ込めた。
「……仕方ありませんね。身の潔白を証明するためですから。案内しましょう」
 さとりの部屋は、廊下をひたすら前に前に進んだ先にあった。
 廊下の長さはかなりのもので、紅魔館のものと比べると倍近くはありそうだった。敷物が一切なく、石のような素材で出来た灰色の床のせいで感覚的に長く感じるのかもしれないが。
 ドアノブを捻り、さとりが部屋の中へと入っていく。アリスもそれに続いた。後ろから順繰りパチュリーたちも入ってくる。
 室内は、それだけでも我が家の敷地よりも広く見えた。天井もかなりの高さで、まるで城の一室のようだ。
 その広々とした空間を埋め尽くしていたのは動物たちだった。イタチや鹿など、大小様々な種類がいる。部屋には彼らの臭いが――つまり獣の臭いが――充満していた。
「みんな、私を慕ってくれている動物たちです」
 さとりが手をかざすと、一羽の鳥が飛んできて、彼女の掌に乗った。黄色い、見たこともない鳥だった。
「これはインコという鳥ですよ」
「インコ?」
 聞いたことのない名前に首を捻りながら、よくよく観察してみると、インコという鳥は黄色一色というわけではなく、喉の辺りや羽根先などが緑色を帯びているのに気付く。一体どんな意味があるのだろう、この微妙は配色には。
「別に意味があって色が付いているわけではないと思いますよ。中には真っ黒なインコもいますし」
「へえ。ここの鳥は鴉だけしかいないと思っていたわ」
 ある一羽の鴉の姿が思い浮かんできた。お空という名の鴉だった。
「お空は……」
 なぜか逡巡するさとりに、アリスは再び首を捻った。
「お空がどうかした?」
「――いえ、特には。ただ仕事が大変ではないかと案じただけです」
 お空は地獄で生まれ育った妖怪だ。妖怪化する前は地上にいる鴉となんら変わりがなかったが、長い年月を生き抜いて変化を遂げると、限りなく人間に近しい姿となった。
 霊烏路空――それが彼女の正式な名前だ。お空は愛称である。
 もともと彼女はここの灼熱地獄跡という場所の管理をしていたが、今は間欠泉地下センターなる施設で何らかの仕事をしているらしい。詳しいことは把握していないが、核融合に関係のあることだということは聞き及んでいる。
 ある事件がきっかけで、彼女には核融合を操る能力が付与された。その能力を活かした仕事をしているとみて間違いないだろう。さとりが大変だと案じた仕事は、おそらくそのことだ。
「この中に例のネズミはいなさそうね」
 あまり興味なさそうにパチュリーが呟く。
 アリスは相槌を打って同調の意を示した。視線の先には、鼻をひくつかせた拳大のネズミが一匹いる。むろんナズーリンではない。
「これで満足していただけましたか? もちろん他にも散っている動物たちはいますが」
 寄ってきた鹿の頭を撫でながら、さとりが訊いてくる。アリスとしては、首を縦に振るしかなかった。横に振りたくとも、相応の口実をすぐに用意するのは難しそうだった。
「不本意なのはわかりますが、今回は退いて頂きたいですね」
「ここの動物たちだけど」パチュリーは顎をしゃくった。「全然怯えているようには見えないわね」
 見渡してみると、子犬が一匹震えているだけで、その他の動物たちは平常に見えた。パチュリーの言う通りだ。
 この問いに、さとりは「この子たちはまだマシなのですよ」と応じた。
「マシというのは?」
「そのままの意味です。見ていただければわかると思うのですが、この子たちはまだ、未熟な子供なのです。ですから疑うということを知りません」
 大人はほとんどが隠れたままだ、とさとりは溜め息混じりに言った。
 道中、一匹たりとも見つけられなかったが、あれは単に隠れるのがうまかったということなのだろうか。
「隠れるのは上手いですよ。何せ毎日のように隠れていますから」
「臆病なのね」
 パチュリーはそれきり、追及しようとはしなかった。
 アリスは動物たちの顔をじっと見つめた。その顔はさとりの言う通り、確かにあどけなさが残っているようだ。子供ばかりというのは正しいようだった。
 ただ、鹿だけは、いくら凝視してみても子供には見えない。
「他にはなさそうですね」
 ではお帰りを、と後方の勇儀に目配りをし、さとりは部屋の扉を開けた。

          3

 赤と黒の世界(つまり地獄)から帰還したアリスは、とりあえず話し合おうと、パチュリーを家に招いた。紅魔館で優雅な気分に浸りながら会話をする方が遥かによかったのだが、わざわざ地霊殿まで駆けつけてくれた彼女に、コーヒーの一杯もふるわないというのは少し礼儀知らずな気がした。
「散々な目に遭ったわね」
 キッチンでコーヒーを用意していると、リビングの方からパチュリーが声をかけてきた。
「本当よ。まさか閉じ込められるとは夢にも思わなかったわ」
 こうして帰って来た今、監禁が一日で済んだのは僥倖だったと思った。あの納屋に閉じ込められたとき、そう簡単には出られないと覚悟したくらいだ。
「そうでしょうね」
 くすっとパチュリーが笑った。
 アリスは淹れたてのコーヒーをカップに注いで、パチュリーの前に差し出した。いつも飲んでいる即席のコーヒーではなく、豆を挽いて作ったものだ。
「ありがとう」
「どうぞ。一流を飲み慣れている貴方にとっては、あまり美味しくないかもしれないけれど」
 紅魔館の主は貴族階級で、使用人はその道のスペシャリストだ。そんな場所に住んでいて二流のコーヒーなど出てくるはずがないだろう、という嫌味を込めた。
 自分の分はマグカップに注いだ。今は雰囲気を楽しむより、がぶ飲みしたい気分だった。
 いそいそとソファーへ寄りかかり、腰を落ち着かせると、さっそくコーヒーを口に含む。やはり即席のものとは香りも味も違う。プロではないが、それくらいの違いはわかるつもりだ。
 美味しいコーヒーを飲んだからか、自然と肩から力が抜けていった。ようやく緊張の糸が緩んできたのかもしれない。
 対面の席で、パチュリーはなぜかカップに視線を落としたまま硬直していた。カップに触れようともせず、じっと見ているだけだ。
 疑問に思い聞いてみると、「猫舌だから」という可愛らしい返事が返ってきた。
「そういえば、そんなことも言っていたような」
「言っていたのよ。まったく、呪わしい身体だわ」
 呪わしい身体、というのは喘息のことも含めているに違いなかった。生まれつきなのか、彼女は酷い喘息を患っている。他に持病を持っているとは聞いていないが、喘息だけでも十分に不幸である。
「でも、病気がちなのと猫舌なのは関係がないと思うのだけれど」
「永琳に聞いてみればわかるかも」
 パチュリーはカップめがけてふーっと息をかけた。少しでも早くコーヒーを冷まそうとしているらしい。その仕草がおかしく、アリスは小さく吹き出してしまった。
「……何?」
 上目使いでこちらを睨んでくる。今のは無礼だったかもしれない。
「ごめんなさい。レアなものを見たものだから」
「館では普通よ」
 照れ隠しなのか、パチュリーはぶっきらぼうに言うと、息を吹きかける作業を再開した。
 彼女がコーヒーを啜ったのは、それから五分後のことだった。
「全然美味しいわ」
「全然ってどういうことよ」
「だから。貴方が卑屈になる必要のないくらい美味しいってこと」
「別に卑屈になんてなってないけれど」
 皮肉は言ったが。
「とにかく、館のものと同じくらい美味しいコーヒーよ、これ」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
 和やかな会話はここまでだった。
 パチュリーはもう二口ほどコーヒーを啜った後、話を切り出してきた。
「美味しいコーヒーも飲めたし、そろそろ本題に入りましょうか」
「そうね」
 アリスもマグカップをテーブルに置いた。
「今回の件だけれど、色々なものが絡み合っているような感じね」
 パチュリーは腕を組んだ。「起きた事件は単純なものだったはずなのに、複雑に見えてくる」
 彼女の意見はもっともに聞こえた。
「そうなのよね。私も監禁されてる間、あれこれ考えていたのだけれど」
「たとえば?」
「真っ先に考えたのは監禁理由ね。地霊殿側の人間が、どうして私みたいな人形師ごときを警戒しているのかって」
「それで、貴方の考えは?」
「もちろんナズーリン絡みでしょう。きっと彼女を見つけられるとまずいのよ。何か隠してるモノでもあるんじゃない?」
 だから地獄に繋がる穴の途中で掴まったのではないか。そう説明すると、パチュリーは腕に力を込め、唸り声をあげた。
「隠してるもの、か……」
 それが何なのかわかるのなら、謎は解明されたも同然なんだけど、と心の中でぼやいてみる。その何かがわからないために、ずっと頭を悩ませているのだ。
 さすがにパチュリーにもわからないようで、悔しそうに天井を見上げた。
「そもそも情報がなさ過ぎるのよ」
「そうね。地霊殿なんて、騒動が起きてから一度も行ってないし」
「地霊殿だけじゃない。事件だって、あまりにも情報がないものだから、行き当たりばったりになるのよ」
「それはそうかもしれないけれど、文みたいに情報網を持っているわけでもないから、これが限界じゃないかしら」
 痛いところをつかれた、というようにパチュリーがしかめ面になる。アリスも、歯痒さが胸の中で燻っていた。
「わからないものをいつまででも考えるのは建設的じゃないわね」仕切り直しとばかりにパチュリーが訊ねてきた。「他には何かある? 事件に関しての考察」
 ある、とアリスは首肯した。
「霊夢のことよ。あの娘、私を疑っているようだけれど、どうしても納得いかなくて」
「納得がいかない?」
 パチュリーが前屈みになる。興味を惹かれたようだ。
「そうよ。大体のことは貴方から聞いたけれど、どうにも腑に落ちないことがあって」
「何かしら」
「どうして霊夢と文がつるんでいるか、ってこと」
 何を言われたのか理解できなかったらしく、パチュリーは目をぱちぱちさせるだけだった。
「だって考えてもみてよ。あの人一倍やる気のない霊夢よ? それがあんなに張り切っちゃって。文も文で、どうして霊夢に協力してるのか、まるでわからないわ」
「それは……」パチュリーの瞳が、思案に揺れた。「霊夢が文を脅したから、とか」
「あの頭の回転が速い鴉天狗が、回転の遅い霊夢の言葉を聞くと思う?」
「うーん……」自信のなさそうな返事だった。
「文って、記事のためなら火の中まで突っ込んでいくタイプだけど、それってあくまで自分の記事のためであって、誰かに指図されたものを書くためじゃないでしょ。霊夢に脅されたのなら、もっとやる気なさそうに動くはずよ。でも文は積極的に動いてた」
 アリスは、一旦唾を飲み込んでから続けた。
「つまり、私の考えでは、文はわざと霊夢に情報を渡しているんじゃないかと思うの」
「でも、それなら下手に出る必要はないんじゃないかしら」
「わかってないわね。霊夢の性格を考慮しているのよ。霊夢も文と似たところがあって、自分のためならいくらでも動き回るけれど、他人のためには一切動かないじゃない。だから文はわざと下手に出て、霊夢のが上位にいるんですよ、貴方でないと解決できないことなんですよ、と暗に印象付けているのよ。そうすれば、霊夢は『しょうがないから自分が事件を解決してやろう』って気になる。これは、誰かのために事件を早期に収集しようっていう動機じゃなくて、あくまで『私が頑張ったおかげで事件が解決できた』と後々に誇示したいがためだと思うわ」
「なるほどね。文からしてみれば、霊夢にくっついていればその解決を間近で見られるから、誰よりも早く、しかもいい記事が書ける、と」
「そ。もしかしたら霊夢は、ただ暇つぶしがしたかっただけなのかもしれないけれど」
 異変騒動が起きる度に、霊夢は嬉々として暴れまわっていた。うわべは異変の解決だが、中身は妖怪を徹底的に叩きのめすことによるストレス発散だと、彼女の口から聞いたことがある。アリスはそのことを思い出していた。
「でも、それならそれで、別段不可解な点はないように感じられるけれど。筋は通っているんじゃないかしら」
「だから、そこが気になるところなんだって」
「はあ」
「なんで文は、わざわざ霊夢を通して事件を解決しようとしているのか、ってこと」
 パチュリーの目が大きく見開かれる。その動きに連動するように、口もぽっかり開いた。心の底から驚いているようだ。
 アリスは続けた。
「彼女ほどの情報網と明晰さがあれば、単独でも十分事件を解決して記事も書けるはずじゃない。それなのにどうして霊夢に頼ったりしたのか、さっぱりわからないのよ。話がややこしくなるだけなのは、文だって十二分にわかっているはずだろうし」
「ん、確かに」
 我に返ったパチュリーが眉根を寄せて頷く。そして摘むように、顎先に親指と人差し指を添えた。どうやら考え込み始めたらしい。アリスは彼女の熟考を見守ることにした。
 やがてパチュリーは顔をあげた。だがその表情は冴えないものだった。
「全然駄目。さっぱりわからない。霊夢に事件を解決させるっていう意図が見えてこない」
「……やっぱりそうよね」
 丸一日考えても結論が出なかったくらいなのだから、ここですぐに答えが出てくるとは正直思っていなかった。
 ただ、パチュリーなら何かしら糸口を手繰り寄せることができるのではないかという淡い期待があったのも確かだ。
「謎が謎を呼ぶっていうのは、まさしく今のことを言うのでしょうね」
「さあ。私たちが謎だと思っているだけで、案外大したことないのかもしれない」
 霊夢が暇つぶしをしていたのではないかと考えるならば、文が暇つぶしに霊夢で遊んでいるのではないか、という考え方もできる。
 単純に面白そうだったから、という軽い気持ちで文が動いている可能性は、決して低くはない。地霊殿にいるさとりのように、心が読めない限りは五分五分と見ておくのが最善だろう。
「みんながみんな怪しく感じてくるわ」
「それは考えすぎよ。もうちょっと肩の力抜いて考えた方がいいんじゃないかしら」
「監禁されていたとはいえ、丸一日煮詰めていた貴方に言われたらお終い――」
 パチュリーが、言いかけた言葉を飲み込んだ。
 どうしたのかと声をかけると、彼女は返事もせずに立ち上がった。目は斜向かいのソファーに向かっている。そこには、三体の上海人形が放ってあるだけだ。他にはクッションすら置いていない。目を引くようなものなどないはずだが――。
 と、パチュリーは唐突に、しかも許可を求めることなく、一番左側の上海人形の両脇を掴んで持ち上げた。一連の動きは、まるで餌を見つけたハイエナのような俊敏さだった。
 何をし出したのかと訝っていると、
「この人形、最近使った?」とこちらを向くことなく訊いてきた。
「その子? さあ、最近はずっとそこにいたはずだけれど」
 外出時に連れ立った人形は現在、玄関先にいる。整備も一連のごたごたがあり、行っていない。このソファーでずっと、動くことなく眠っていたはずだ。
「そう」
 パチュリーはそれだけ言って、人形を元の位置に戻した。
 何が気になったんだろう――疑問には思ったが、パチュリーの何でもなさそうな表情を見て、気に留めることでもないかと思った。
 それから一時間近く、地霊殿や霊夢、事件について話し合ったが、特にこれといった論も展開できないままパチュリーのタイムリミットが来てしまった。
「今日はこぁに早く帰って来いと言われているから」
「貴方も大変ね」
 一つ二つ冗談を言い合うと、パチュリーは帰っていった。
 彼女が帰宅した後、アリスはカップの片付けにとりかかった。コーヒーは早めに洗い流さないと、カップが黒ずんできてしまう。別に黒ずんだところで漂白剤を使えば綺麗になるのだが、清潔さを保ちたい欲求がうまいこと作用してくれる性格のおかげで、飲んだらすぐに洗う癖がついていた。
 ついでだからと、溜まっていた食器もすべて洗うことにした。それでも、三十分とかからなかった。
 食器が綺麗になると、今度は部屋の掃除もしたくなってきた。こうなってくるとキリがなくなってくるので、日頃から「綺麗好きな自分」には十分注意を払ってきたのだが、一週間も掃除をしていないという負い目がとどめとなって、結局はリビングだけでも掃除をしようという結論に辿り着いてしまった。
 上海人形について思い返したのは、掃除にとりかかろうとした矢先のことだった。
「そういえば……」
 パチュリーが人形を手にしたときのことが脳裏に浮かんできた。あの時、彼女は何をまじまじと見ていたのだろう。
 気にするほどでもないと一度は放置したが、やはり気になってきた。魔女である彼女が気にかけたことなのだから、確認くらいはとった方がいいのではないか。確認して、何もなければそれでいいのだし。
 あったとしたら――漠然とした不安に駆られながら、アリスは例の上海人形に手を伸ばした。パチュリーがしたように、人形を脇からすくい上げ、目線に高さを合わせる。
 見慣れた顔が、目が、こちらを捉えてきた。
 幼さが強調された造りの上海人形には、アリスの面影がある。実はこの人形、幼少期のアリスの姿をベースにしている。だからこうして見つめ合う形になると、昔の自分を見ているような錯覚に囚われることもままあった。
 今日はその錯覚はやって来なかった。人形はいつも通りであり、破損も見当たらない。
 やはりパチュリーは何気なく人形を見ただけだったのだ。
 安堵から長い息が漏れた。どれだけ緊張していたのかと、つい失笑してしまいそうになる。
 しかし次の瞬間、温和になりかけた自己が、跡形もなく吹き飛んだ。突然やってきた爆風によって。
「――なに、これ」
 人形の蒼い服についている、紅い染み。それに、薄らとついた白い粉のようなもの。
 どちらもまったく見覚えのないものだった。

          4

 里で起きた二つの事件に劇的な変化があったのは、上海人形の服に付着した染みと粉について悩み抜く羽目になった、翌日のことだった。
 強い疑問と気味の悪さからあまり眠ることができず、ふらつく頭で朝刊を取りに行くと、ポストに号外が挟まっていた。抜き取ったそれには、事件が起きたときと同程度の大きな文字が並んでいた。
『第二の事件、解決へ』
 一瞬、見間違いかと我が目を疑ったが、読み直しても同じことが書かれていた。
 目の錯覚ではないとわかると、今度は強い疑問が浮いてきた。一体どこの誰が事件を解決したのか。犯人は誰だったのか。
 記事の中身を読んでいくと、それらの疑問はすぐに氷塊した。実に味気のない内容だった。
 犯人は、妖怪のルーミアだという。
 頭が弱く、自由気ままに生きているような小妖怪だ。闇を操る能力があるため、人攫いするにはうってつけの能力ではあるのだが、彼女はその能力を使いきれていない。頭を使ってまで人を襲うのは面倒だと、真面目に吹聴して回るくらい頭を使うのが苦手なのである。
 そんなルーミアが犯人? 意外すぎて現実味がない。
 しかし彼女が本当に犯人なのだとしたら、パチュリーから聞いていた、金髪が犯人だという老人の証言は正しかったことになる。その点については霊夢に一本とられた感じだ。強引に捜査を進めるのが彼女のスタイルと思っていただけに、ちゃんと地道な聞き込みもしていたのかといい意味で裏切られた。
 その霊夢がルーミアを捕まえたらしい。自白もとっており、後の判断は里の人間と幻想郷の調停者役を担っている八雲紫とで行う、とある。
 動機は単純で、人間を食べたかったから。幻想郷内で人を喰らえなくなってからというもの、いつかはまた狩って食べたいと密かに思っていたらしく、今回の事件に繋がったらしい。
 では、考えるのが面倒だと言っていたのは嘘だったのか。
 いいや、そうではない。彼女は実際、殆ど自分では考えていなかったようだ。
 自白によると、一件目の事件があったとき、これを真似すれば自分は疑われることなく人を襲える、と考えたのだとか。つまり、先に考えていた手口のひとつである「模倣犯」だ。これなら自分で考えなくても犯行は可能である。ただ前例に沿えばいいだけなのだから。
 そして掴まり方だが、これは霊夢の吹聴作戦が功を奏した、と書かれている。
 老人の証言を信じきり、金髪の者たちに片っ端から脅しをかけた結果、ルーミアが自首をしたのだという。アリスが地霊殿で監禁を受けている間の出来事だった。
「なるほどね……」
 お粗末な展開に、疲労が一気に押し寄せてきた。戻る足が、幾分重たくなったような気がする。
 おそらくルーミアが岸崎玲奈を狙ったのは、彼女が声を出せないことを知っていたからだろう。闇を操る術があったところで、騒ぎ立てられてしまってはどうしようもなくなる。彼女なりに頭を使ったのだろうが、あまりにも短絡的な考え方だ。
 辟易としたのはそれだけではない。
 犯行を決意したのにも関わらず、恫喝されたからと自首してきたルーミアの精神的な弱さが、たまらなく嫌になった。それに霊夢の手法も相変わらずのようで、輪をかけて気を滅入らせてくれた。
 ソファーへ腰を下ろすと、自然と溜め息が漏れた。少しでも鬱憤を晴らそうと、力任せに記事を丸めてテーブルに放り投げる。
 ボールとなった記事は一度だけ跳ねると、そのままテーブル上を転がっていき、向かい側のソファーの前に落ちた。
 一部始終を目で追っていたその最中、例の三体が視界の隅に入った。汚れの付いた上海人形と、その仲間たちだ。紅い染みと白い粉の謎は、たった一晩では綻びの一つすら見つけられなかった。
 パチュリーが帰った後から、上海人形を見るたびに苛立ちが湧き上がってくるようになった。今もそうだ。思わず髪を鷲掴みにしてしまうほどに苛ついている。
 何もかもが気に障ってくる。霊夢に犯人だと決め付けられ、地霊殿に行けば監禁され、その果てがお粗末な結末と来た。今まで小間使いのように奔走していた自分が道化のように感じられ、馬鹿らしくなった。
「あーあ……」
 天井に向けて顔を上げる。
 まだ第一の事件は解決こそしていないが、どうでもよくなってきた。放っておいても、霊夢が強引な手段を敢行してでも犯人を捕まえるだろう。自分が頑張るより、遥かに労力も心労も少なくて済む。それに、下手に動いてあらぬ嫌疑をかけられるよりよっぽどいい。
 アリスは重い腰を上げると、まっすぐ寝室へ向かった。号外を見て気が抜けたせいか眠くなってきた。昨晩は眠れず苦しい思いをしたが、どうやらそれも解決しそうだ。
 ベッドに潜り込む一歩手前で、特大の欠伸が出た。

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