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オリジナル小説逆運の神子第一章 神の子   神の子 第1話 

所属カテゴリー: 逆運の神子第一章 神の子

公開日:2016年12月21日 / 最終更新日:2017年03月22日

神の子 第1話 
序章 神の子



 人には「分」というものがある。生まれ落ちる際に天より賦される、「身の程」というものが。
 天命や宿命とも言われるが、その分を弁えず、自分の心の赴くままに願望を成就させようとすると、どうなるか。
 大抵はこうなる。
「ど、どうし、て……」
 私の目の前にいる、私と同じくらいの歳の娘が、目を見開いて口から黒ずんだ血を吐いた。疑念のこもる声とともに。
 彼女が疑問に思うのも無理はない。何の脈絡も警告もなく、いきなり心臓を一刺しにされたのだから。見ず知らずの、それも特異な髪の色をした女子に。驚きや疑いが先んずるのが当然だろう。
 でも、彼女にはあるはずだ。自分が殺されるに相応しい心当たりが。そしてこう思っているはずだ。どうして露呈したのか、と。
 処理をする側の私からしたら、どうして正体が見破られないと踏んだのか、そちらの方が疑問でならないが。
 何か暴かれずに済む秘策でもあったとか? あったところで、私には何の意味も成さないだろうけれど。
 それに、いくら人のよさそうなおぼこ娘の見た目で外面は誤魔化せても、こんな風に、刀で貫かれた胸から滴り落ちる血の色までは誤魔化せない。瘴気の混じった、どす黒い血の色までは。
 もし、いまこの瞬間のように、血が流れるような事故があったとき、彼女はどう言い繕うつもりだったのだろう。まさかこれより後の生涯を、一滴の血も流さずに済むと見積もっていたのだろうか。もしそうなのだとしたら、能天気というか、かなりおめでたい頭のつくりをしていたということになるが。
 ……いや。だからこそかと思い直してみる。
 考えなしだったからこそ、身の程なんてお構いなしに人間の男と恋仲になったのだろうから。手を出した相手を見ても、そうだろうとしか思えない。
 お相手は、ある村の長の一人息子である。名を加賀一輝という。
 実際に私が見えた彼は、いかにも純情そうなのっぽだった。小さいくせに居丈高な父親には似ず、高身長で温和な性格をしていて、顔も悪くない。身分もそれなりにある。地位もお金もない大半の一般女性から見たら、充分に高嶺の花だ(容姿と中身だけでも充分に)。
対する女の方は、出自すら怪しい天涯孤独の身上ときている。
 彼女には真奈という名前があるが、逆に言えばそれだけしかなかった。他には何もない。本当に何もない。定住もなければ財産も名誉もない。血縁者もいなければ友人なんかもいない。もちろん、故郷と呼べる場所なんかも。
 こんな境遇であれば、たとえ殿方に強く迫られたとしても、進んで身を退くのが常道だ。人並みの常識があるのなら。そして、少しでも想像力を働かせられる子女であれば、退かなかったときに起きる不都合にも考えが及ぶだろう。
 ……そうしなかったから、こんなことになっている。私が手を下さなくてはならないようなことに。
「い、つき、さん」
しっかりとした握力で私にしがみつき、真奈は、私の背後に控えているはずの男を呼んだ。
 だが、彼は返事をしなかった。駆け寄ろうともしなかった。見初めた女が死にかけているというのに、名前を囁くことさえしない。
 裏切られたという想いが、彼の心身をきつく縛っているのではないか。とは思う。
 そもそも私がここに仕事をしに来たのは、我が家にその手の依頼が舞い込んできたからだ。
 依頼主は加賀一輝のお父上。つまり村長その人。
 年の瀬も間近だというのに、うちの跡取りを誑かしている妖怪を退治してくれと、直に私の家にまで乗り込んできたのである。曰く、このままじゃ家が滅びてしまう!
 どんな伝を頼ったのか、村長は仔細に真奈の身元を調べ上げていた。彼女の生まれから、辿ってきた生活の場から、妖怪であるという点まで余さず。根掘り葉掘り。
 彼女が妖怪であることをどうやって突き止めたのかは、最後まで教えてもらえなかった。だから同席していた一輝も不快感をあらわにし、温厚そうな顔を憎々しげに歪めて、なんならお父上を怒鳴りつけてもいた。どうせ父さんは自分が気に入らないだけでしょう、僕が選んだ真奈が気に入らないんだ――と子供のように吐き捨てていたのが、やたらと印象に残っている。
 しかし、うちは妖怪退治を担う家だ。そんな素人の調べや直感を鵜呑みになんてしない。
 というわけで、こうして私が出張る羽目になった。
 百聞は一見に如かず。事情を逐一聞かされるより、見た方がよっぽど早い。
 そう、見ればわかる。妖怪かどうかの判別なんて、妖力や妖気を知覚することのできる私にとっては朝飯前のことだ。
 薄らと煙る、僅かばかりの妖力。隠す術を知らないのか、黒々としたそれが、常に彼女の身体にまとわりついている。誰の目にも映る瘴気とは違い、常人には決して視認のかなわない、妖力のもやが。
 この目と五感で確かめた彼女は、人ではなかった。人らしき姿をした妖怪だった。正確には「半妖」と呼ばれる人間と妖怪の混血なのだろうが、だからと言って、人間だということにはならない。妖怪ではないという証にはならない。
 だから手にかけた。何の罪もないであろう、一匹の妖怪を。ただ、人のように振る舞って生きていただけの、少しばかり世間からずれた幸薄き女の妖怪を。それが私の天命だから。黒髪家の長女として生まれついた私の。妖怪を狩る道具として生まれついた私の。黒髪こころの。
「い、いつ、」
 真奈が手を伸ばす。どろりとした、粘っこくて生温かい血が、止めどなく腕や袴に垂れてくる。お願い一輝さん、わたしの手を取って頂戴。
でも、一輝は手を取らない。
 どうせ彼は、ぼうっと突っ立っているだけだろう。好いた女が今際の刻を迎えているとしても、彼は子供だ。手を取るだけの甲斐性はない。私にはわかる。いくども妖怪殺しの現場に立ち会ってきた私には。
「い、――」
いつき。たったそれだけのことも声にできないまま、半分だけ妖怪だった若女は力尽きた。
 崩れ落ちる彼女の身体。それにあわせて愛刀を引き抜くと、血よりも多くの瘴気が漏れ出した。おそらく死ぬ間際まで必死に押しとどめていたのだろう。人々が「呪いの蒸気」と口々に罵る瘴気を、恋人には見せたくなくて。
「ほら」
つい、声が強くなった。「全部終わりましたよ」
振り返ると、のっぽは予想したとおりに茫然自失としている。近づいていっても、私に気がつきもしない。
 これは好機だと思って、ぶん殴ってやった。せめてもの情けで、使ったのは左拳だ。
 身長差はそれなりにあったけれど、顎には届いた。直後、彼はどすんと音を立てて尻餅をついた。
「な、なにをする!」
 これも予想通りの反応だった。自分がなんで殴られたのか、考えようともせず怒るだけ。脳みその発育が幼児で止まっている。
「いえね、呼んでも返事がなかったので」
「だからって殴ることは、」
「そんなことより」これ以上、私を怒らせないでくれ。「早くお墓を作ってあげないと」
「墓?」
 何を言っているんだこいつは、という視線が刺さってきた。
 前言撤回。純情そうに見えたのは、私の目が腐っていたせいだ。
「なら、ここに捨て置くとでも?」
「当然だろ。俺を騙した妖怪に墓なんて、」
 蛙の子は蛙、ということらしい。
 凄む一輝に、私は切っ先を向けた。妖怪の血を被って、刀身から柄までを真っ黒に汚した刀の先を。
彼は尻餅をついた格好のまま、ずりりと後ずさった。
「なな、なにを」
「別に何もしませんよ。ただ――」
 峰を首筋に這わせてやる。「妖怪の血に触れると、妖怪化してしまうそうですよ」
 言い終える前に、一輝は青ざめてしまっていた。自分の首に当てられている峰に、その血が付着していると気がついたのだろう。もちろん口から出任せなのだけれど、すっかり信じてしまったようだった。今にも泡を吹いて倒れそうな表情をしている。
 ……本当、疲れる。
 これだから、この手の妖怪退治は嫌なんだ。まだ暴力と対峙していた方が、いくらか気楽にやれる。
「それじゃあ加賀さん。お代は後ほど」
 どうせ聞いていないだろうと、返事は待たなかった。代わりに髪の毛を一本抜いて、最期まで人間・真奈として生き抜き、死んでいった妖怪の骸に手向けた。

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この小説へのコメント

  1. 拝見しました。ロング・ノヴェルさん初めてのオリジナル小説という事もあり、興味を持っていたのですがとても面白かったです!次回以降の更新も楽しみにしております。

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