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オリジナル小説逆運の神子第一章 神の子   神の子 第2話 

所属カテゴリー: 逆運の神子第一章 神の子

公開日:2017年01月11日 / 最終更新日:2017年03月22日

神の子 第2話 
序章 神の子



 私の家は小高い丘の上にある。人里からいくばくか離れ、ぐるりを背の高い木々に囲まれた、古きよき平屋敷がそれだ。
 住人が十にも満たないのに広さだけは国一番で、いかにも「有力者の家」という雰囲気をまとったこの家が、私はあまり好きではない。時代に取り残されていながら、長い年月を耐えているがために威厳だけは保っている。そういう風にしか見えないから。
そんな我が家に帰り着くなり、薫の凄まじい怒声が飛んできた。
「お嬢さま、なんで真っ黒くろの血塗れなんですか!」
 びりびりと震える大気。
 一体この小さな身体のどこから出てくるのか、大の大人でもちょっと出せないような暴力的な声量である。――腹の中に、何か仕込んでいない限りは。
 薫は、上がり框の縁で目一杯つま先立ちして、肩をいからせていた。おかげで、こしの強い栗色の長髪が逆立って見える。広い額も、茹でたこみたく真っ赤っかだ。
 これ、私への心配が昂じて怒鳴ってくれているなら素直に怒られてやろうかという気にもなるのだけれど、間違いなくそうじゃないとわかっているから、やっぱり素直に反発したくなるのよね。
「うるさいわよ薫。黒髪家の梳き子たるあなたがそんなんじゃ、家格を疑われるわ」
「ま、またそういうことを言って逃げようとするんですから」
「逃げようとしているのはあなたでしょうに」
梳き子というのは、名前のとおり髪を櫛で梳くのを主な仕事とする、特殊な女中のこと。
 名に髪の字を戴いている点からもわかるように、我が家は、いたく髪を神聖視している。
 なにせ、世にも珍しい「烏髪」を代々継承している一族だ。髪に対する矜持は半端なものではないし、だからこそ、梳き子という専門職まで用意していたりする。
 烏髪――
 烏の羽のような艶やかな黒をしているから、烏髪。名前としては単純。
 が、ただ黒いというだけではない。
 もちろん、全国民の大半が薄茶色の髪だという点を踏まえれば、ほんの一握りしかいない黒髪は、それだけでも希少価値が高いと言えるだろう。
 しかし私の黒髪・烏髪はよくよく気の類を通し、武器にもなる特別製だ。肉を裂き、骨を断ち、妖気さえも祓う、万能とさえ思える武器に。だからこそ、手入れも入念に行っているのである。
 それが梳き子という黒髪家お抱えの職人であり、薫の主たるお仕事なのだ。 
「まったく、いつになったらお淑やかさが身につくのかしら」
 この愚痴は、嘘偽りのない私の本心である。
 十一歳とはいえ、来年には大人の仲間入りをするし、もう二年もここで働いているのだから、そろそろ身分相応の分別くらいはつけてもらいたかった。
 そんな薫さん、何やら思案顔になって、けれど結局は頭を垂らし、
「もう。お嬢さまには何を言っても無駄なんですから」
 溜め息を織り交ぜた。
「それはお互い様でしょう。『鈴っ子』の薫さん」
「またそういうことを……!」
 鈴っ子というのは、誰がつけたか薫のあだ名だ。ちりちりと鳴り続ける鈴みたくずっとうるさいので、という理由をどこからか聞き及んだが、非常に的を射た名付けだなあと感心した覚えがある。
 私としては、彼女の口癖である「またそういうことを」から取って、『またっ子』なんかもいいんじゃないかと思っていたり。
「文句はあとで聞くわ。それより、湯浴みがしたいのだけれど」
「……わかりました」
 でも、と薫は一段と高い声で、
「次から、お召し物は自分で洗って下さい!」
 それはあなたの仕事でしょ―と、言い返す暇すら与えてはくれず、大股で廊下を引き返して行ってしまった。
 まだ幼子としても通用しそうな小ぶりな背中が見えなくなると、いっぺんに玄関口が静まり返った。私たちだけしかいないのか、屋敷全体が妙にしんとしている。お松さんはおろか、犬飼さんも顔を出してこない。
 ふむ。これはこれで、歓迎すべき状況ではある。騒がしいのは苦手だし、なるたけ父上とは顔を合わせたくない。妖怪退治を終えたあとは、特に。
 帰路の途中に寄った小川で清めた白刀を掛台にかけて、草鞋を脱ぐ。床に足をつけると、足袋越しだというのにたちまち足裏が冷えてきた。十二月でこの寒さ。今年は厳冬かもしれない。
 自室に続く、冷たい廊下を渡る。
 合間に髪留めの紐を外した。後ろで総髪にしていた重い髪がばさりとほどけて、気ままに広がり散っていく。心までほどけて軽くなったようだった。
 屋敷の東端にある自室の襖を開けると、真向かいの奥、障子の前に佇む文机に、自然と目がいった。漆塗りの黒天板に、淡い白をした紙が載っている。それも測ったようにきっちりと中央に。
 ――見なかったことにしよう。
 襖を閉めなおして、回れ右をする。
 先にお風呂を済ませてしまおう。そうしよう。書き置きらしきものを読むのはそれからだ。読んだら、湯浴みする気が失せるに決まってる。
 風呂場は、私の部屋とは正反対の位置にある。
 私が生まれたこの屋敷は、上から見るとほとんど真四角い形をしているのだけれど、なぜか風呂場だけは、切り離された格好となっている。渡しの廊下には申し訳程度の壁しかなく、吹き曝しも同然で、寒かろうが暑かろうがここを通って行かなければならないという不毛な仕様だった。
 風呂場を含めた本殿を建てたのは初代だそうだが、きっと実用性なんて端から頭にもなかったんだろう。住めればいい、くらいだったのではないか。そうじゃなきゃ、いくらなんでもこんな不親切な造りにはならないはずだ。
 疑問なのは、歴代の当主たちはなぜこの惨状を放置してきたのか、ということ。
 貧しい家ならまだしも、お金は充分にある。なのにどうして、壁のひとつやふたつ、付けてはくれなかったのか。私が当主なら、まず放っておかないのに。
 身が縮こまるほど寒くても、今日は風がない。渡しを進み、木扉を開け閉てして中に入ってしまえば、暖気すら感じられた。
 さすがにまだ準備はできていないだろうと期待せずに浴室の引き戸を開けてみれば、室内一面に湯気が立ちこめていた。総檜の浴槽に、なみなみとお湯が張られている。
「んん?」
 いくらなんでも沸かすの早すぎない?
 首を捻っていたら、何の気配もなしに背後から声をかけられた。
「お帰りなさいませ、お嬢」
 独特な嗄声。犬飼さん?
 振り返ってみれば、やっぱり犬飼さんだった。薄くなった白髪の下、引き締まった彫りの深い顔いっぱいに、老人特有の人懐っこい笑いじわが浮かんでいる。
「ありがとう。ついさきほど戻りました」
「そろそろ戻られると思って準備していたところです」
 入っていくでしょうと細い目で訊ねられたので、軽くうなずいた。
 もう六十をすぎているのに、犬飼さんはよく働く。現役の働き手である薫よりも遙かに。
 十八からこの家に奉公し続けてくれているらしく、五十をすぎた辺りで「相談役」という名誉職を与えて働かなくてもよくしたのに、ちっとも休もうとしない。それどころか、若者でも嫌がる風呂焚きのような重労働まで進んで――しかも平然と――やってのけるのだから、頭が下がる。どこの国に行っても、六十といえば長老扱いなのに。我が家の奉公人たちは、薫を除いてみんな働き過ぎだ。
「よかった。無駄にならなくて」
 しかして、と目をしばたたかせて、
「どうしてお召し物がそんなことに?」
 百合色をしていた着物が、墨でもかけられたかのように黒ずんでいるのを指しているに違いなかった。
 事情を説明すると、目尻にしわが深く寄った。
「なるほど。しかし、いくらお嬢が『神の子』だからといって、妖怪の血を不用意に浴びるのはよくないですな」
「わかっています」
 犬飼さんの言はもっともだ。
 妖怪の血には瘴気が混じっている。
 瘴気は、人体にとって毒だ。「猛」がつくほどの。濃さにもよるが、浴びるほど触れてしまえば、肺が腐ったり、血が負けたりして、常人であればまず助からない。それを、耐性があるからと避けないのは、ちょっと侮りすぎではないか。そう、犬飼さんは諫めてくれているのだ。
「次はちゃんと触れないようにします」
「それがいいでしょう。お召し物も可哀想ですからな。――おっと、そうだ。部屋にはお戻りになられましたか」
 はい、と言うつもりで動かした口が、「いいえ」と答えていた。
「そうですか。ご当主が書き置きを残していくと仰っていましたが」
「そ、そう」
 やっぱり父上の書き置きだったか。
「急ぎではなかったようですが、またお戻りになったら確認してみてください。さて、長話がすぎましたな。爺はこのあたりで退散するとしましょう」
 ごゆるりと。そう一礼して、きびきびと風呂場から出て行く犬飼さん。贅肉の一切ない角張った背中が、けれど歳におされて気持ち前へと屈している。
入れ違いでやってきた薫は、準備に間に合わず残念だと言いながらも、安堵した表情を繕うともせず逃げていった。

 お湯が肌に染みる。じっくりと身体の芯まで温まってくる。次第に気分がほぐれてきて、自然と伸びがでた。
「あー……」
 でも、お風呂はあんまり好きではない。仕事のあとはきちんと入るようにしているけれど、普段は軽く身体を拭く程度で済ませている。湯浴みをして髪が濡れると無駄に重たくなるし、そのせいで肩まで凝るから、どうしても好きにはなれなかった。
 何より、風呂に入っていると余計なことばかり考えてしまうのがいけない。
 今だって、散漫な頭で、殺めた真奈のことを思考している。右腕を見遣りながら。
 腕。女らしくない、筋肉質な腕。年相応の白い肌。妖怪の血を多量に浴びても、何ひとつ変化の起きない『神の子』の腕。そこに、真奈の血がまとわり付くのを幻視する。
 私が神の子なんて呼ばれているのは、妖怪の瘴気にも冒されない特別な身体と、妖怪さえも害せるだけの異能、この二物を天から与えられているからだ。
 神の子は、公の場では『神子』と称されている。
 妖怪という不浄を払うために神が遣わした寵児、という意味らしい。
 血統は関係ないと言われているけれど(まさしく神からの授かり物だという意味で)、黒髪家には不思議と代々神子が生まれていて、どれだけ兄弟がいようと家督は神子が第一優先で継いできた。父上が六代目。順調にいけば、私が七代目を担う。
 神子。それは、妖怪を狩るための、妖怪を狩るためだけの武器。人ではなく武器。意志を持った武器。命はあれど、その使い道は妖怪の抹殺に限られている。父上だってそう。先代も、先々代も。黒髪家の嫡子はみんな、そういう宿命を背負って妖怪と闘ってきた。人類の安全と安寧のために。瘴気の煙霧を掻き分けながら。
 おかげで、ますます考えずにはいられなくなってくる。
「妖怪は、人の肉を喰らい、人の魂を呑み、瘴気を蒔いてあらゆるものを死に至らしめる、まこと危険な生き物である。だから見つけ次第、殺さねばならぬ。除かなければならぬ。そのために、神は天から神子を遣わしているのだ」
 この考え方は世間に広く知れ渡っており、五つに満たない幼子でも知っている「常識」だ。私の独り善がりな考え方ではなく。学の有り無しでもなく。
 にも関わらず、どうして真奈のような者が絶えず出てくるのか。
 妖怪なら妖怪らしく、人目を避けて暮らしていればいいものを。結果のわかりきっている愚昧な夢は持たず、静かに隠れ潜んでいれば命だって失わずに済むだろうに。どうして死に急ぎたがる? 私には理解ができない。殺す側の私には。
 父上は言う。妖怪に情けなど無用だと。
 私もそう思う。妖怪にとって私たち人間は食料だ。捕食の対象だ。情けなんてかけたら、こちらが喰われてしまう。やられる前にやるのは理に適っている。
 適っているはずだ。この世は、そういう風にできているのだから。喰うか喰われるかで成り立っているのだから。
 妖怪は――真奈は、どう思っていただろう。今際の際には、きっと私のことを呪っていただろうけれど。
「……っと」
 こんな感じで考えふけってしまう癖があるから、入浴は敬遠したくなる。勝手に頭が働き出してくれる割には、答えのひとつも満足に出てこないし。
 どれくらいお湯に浸かっていたのか。身体は芯まで温まっていた。
 もういいだろうと、一度湯船の中に潜り、旋毛まで浸ったのを確かめてから、浴槽を出た。

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