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オリジナル小説逆運の神子第一章 神の子   神の子 第8話

所属カテゴリー: 逆運の神子第一章 神の子

公開日:2019年01月28日 / 最終更新日:2019年01月27日



この世には「鍼(はり)治療」と呼ばれる療法がある、とは聞いていた。聞いていただけで目にしたことはなかったし、施療されることも当然なかった。
 まさかその、耳にするだけでも痛々しそうな療法を、我が身を以て知る羽目になる日が来ようとは。それも天下の大国、高間国で。大金を注ぎ込んでまで。
「怖い? そうよね、怖いわよねえ。針って言ったら、ふつうは服を縫うものだし。でも、もう少しの辛抱だから。動かないでちょうだいね」
――動いたら身体上の安全は保証できない。
 これ、施療のはじめに、男のくせに女っぽい喋り方をする此奴に言われた言葉だ。のっぽで坊主で半裸(結構筋肉がついている)、耳朶には親指大の重たそうな金属製の耳飾りをぶら下げた、鍼師とは到底認められなさそうな男女に。
 なんでこんなやつが野放しに……じゃなくて、鍼師なんてやってるのか。
「本当に痛くないんですか?」
凄く痛そう、と覗き込んでくる薫。想像力豊かな彼女らしく、本当に痛そうな顔をしている。
「ぜぇんぜん。ほらこの鍼、とぉっても細いでしょう? しかも痛みを感じない箇所に打ってるから。血点(けつてん)っていうんだけど」
 彼の言う通りだ。すでに三鍼目を入れられているけれど、痛みは一切ない。
 ただ、背筋に貼り付いた怖気が剥げず、なかなかに不快である。
「わたし、針仕事で何度も痛い目に遭ってるんですけど」
「あはっ。そんな生地もかるーく貫くような太針と比べられちゃかなわないわよ」
 それにねえ、と続ける声がさらに甲高くなる。「人間の身体ってやつは、端っこに行けば行くほど敏感になるのよ。指先に針がちょこっと刺さっただけでも痛いのは、まったくそのせい」
「うーんと。あ、柱の角に足の指をぶつけると、もの凄く痛いあれです?」
「そうそう! でもあなた、それがすぐに出てくるってことは、何度もやらかしちゃってるのねえ」
「ち、違いますよっ」
 薫と楽しそうに話をしつつも、鍼師はきっちりと仕事をこなしていく。鍼の尖端を睨んでは一本、また一本と私の顔に突き立てていく。もしかしたら彼には、私の顔が針山にでも見えているのかもしれない。
 そうして迎えた十鍼目は、眉間だった。十一鍼目はまさかの人中で、十二鍼目は顎の裏。会話に花を咲かせながら施していい部位じゃないだろうと内心で抗議するも、念は通じず、彼は最後まで薫の相手をしながら手を動かした。
「はぁい完成、っと。あたしがいいって言うまで、動かないでね。もちろん喋るのも厳禁よ」
 は? 刺して終わりじゃないの?
 嘘でしょう、という抗議の表情を作って差し向けたかった。が、急所に立てられた鍼を思うとできなかった。
 二人の声が遠ざかっていく。軽やかな足音とともに。
 今し方のやかましさが嘘のようにひいて、静かになった。
 この家宅、小屋よりは広くても邸ほどは広さがないはずなのに、静けさは邸宅そのものだ。誰もいない、空の邸宅の。独りぼっちのときの、私の家と同じで。
 天井は乳白色をしている。目だけで視界の隅を見ると、そこも白かった。どんな素材を使っているのか、木の継ぎ目も見られない。陰月国では目にしたことがない造りだが、高間国では一般的なのだろうか。
 初見という意味では、ここに運び込まれてからずっと背を預けているこの寝台も、見たことがないものだった。茣蓙や筵が敷いてあるわけでも、布団が敷いてあるわけでもない。私の胴回より分厚い謎の柔らか敷物が木枠に載せられていて、私はそこに横になっている。おかげで、もの凄く「異国に来た」と感じる。
 それからどれくらい経ったか。
 特に身動きもできないからと天井をぼうっと眺めていたら、
「失礼します」
 出入り口の方向から、凜とした女性の声が聞こえてきた。
「ああ、動かないで。そのままで結構です」
 近寄ってくる。ひたひたと、けれど無遠慮な感じで。
 視界に入ってきたのは、細目を開けて私を見下ろす、三十路ほどの女の人だった。薄茶色の短髪に、贅肉の一切ない長身。いかにも口うるさそうな印象だ。
「糸久(しく)は打たれていない……なら、私の姿も見えていますね」
 私はこの家の長です、と彼女は言った。
「金成(かなり)家の当代をつとめております、登貴美(ときみ)と申します。まずは頭礼を」
 両の手甲を額に付け、深々とお辞儀をする。
 頭礼――自分より上席にある者に対してとる、礼の一種である。単に歳が勝るだけの相手に使うのではなく、あくまで地位や家格を讃える意味で使われる礼だ。長者が長者に頭礼を捧げるならば、それは即ち、家中のことごとくが礼儀を尽くし、すべからく上席の意に従うという意思表示になる。
 まさに面食らうとはこのこと。金成なんて家柄、聞いた覚えもない。向こうは我が家を知っているのかしら。
 頭礼が済むと、登貴美と名乗った女は再び私の目を覗くように見下ろして、
「おおよその話は弟より聞きました。とんだ災難に巻き込まれたようですね」
 弟?
 疑問に思った直後、顎の裏に激痛がはしった。ちょっと尋常じゃない痛みのせいで、発作みたく身体が跳ね上がってしまった。引き付けを起こした子どもみたいに。動くなと命じられていたのに。
「失礼。口がきけないのでは不都合かと思いまして」
 片目を瞑って尖端を睨むと、静かな動作で傍らの机に鍼を置く。
 一本だけ抜いてくれたようだ。どうやら喋れるようにしてくれたらしいので、あ、あ、と声に出してみる。すると普段通りに出たので、驚いてしまった。さすが央都。とんでもない術者がいたものだ。
「これで会話をするに支障はないでしょう」
どうせなら、残りの鍼も全部抜いてもらいたかったが。
 話すだけなら支障はない。もうまったく。
「さて。我が金成家は、鍼術(しんじゅつ)をふるうだけが能の旧き家です。国には十の施術所と、三つの邸を構えておりますが、それでも貴方様のような貴人を診るのはお家始まって以来、初めてのこと。故にお聞かせ願いたい」
 ――来訪の真意と、本物の神子であるという口証を。
 鍼に向けるときと同じ厳しい目が、私を睨んでいる。疑心を隠しもしない。只今の頭礼も飾りだと言わんばかりの態度だった。
 これだけあからさまだと、下手に取り繕われるより好感が持てる。親近感も湧く。
 お返しに、迂遠なやり取りをしてやろうと決めた。
「来訪の真意というのは、どちらについてでしょう。この家に来た意図ですか。それとも、この国に来た意図ですか」
「どちらもです。私は氏上として判断せねばなりませんから」
「どのような心配をされているのかは存じませんが。前者については、語るも恥ずかしい失態がためですよ」
 道中、薫が浮遊霊に憑かれてしまったこと。それを祓ったせいで、烏髪を用いて運ばねばならなくなったこと。おかげで神氣を使い果たし、こうしてここの世話になる羽目になったこと。
 以上の三点を要約して聞かせたら、納得してくれるどころか、しかめっ面を披露された。
「変ですね。私が読んだ『四家史略』によれば、神子様たちは三日三晩戦い続けたそうですが」
 全力を振り絞っても、三日は持つはずだと言いたいらしい。
 これだから神話は困るんだ。ちょっと頭をひねれば誇張だとわかりそうなものでも、真受ける者が多すぎる。
「三日三晩というのは物の譬えでしょう。我が家の伝書書には、封じの儀を含め一日で済んだと記されたものもあります」
「そうなのですか。では貴方様が持つ神の力も、よくて一日しか続かないと」
「三日も続けて力を奮えるのなら、世の妖怪たちの数も、今よりずっと少なくなっていると思いますよ」
 放っておけるものは放っておく。これが妖怪狩りの共通の方針だが、神子の場合は厄介な案件が多く、しかも神氣祓いが必要なものは労力も比較的に大きいので、やっぱり手際は悪くなる。このことからも『四家史略』のような神話を基礎とした書物がいかにいい加減であるか、よくわかるだろう。
 ……まあ、常人には神氣放出の疲労感を知る由はないから、鵜呑みにしてしまうのも然もありなんなん、ではある。不統一な記録を山ほどこしらえてくれたのも、止む無しだ(簡単には割り切れないにせよ)。
 そこで、はたと疑問が浮いた。父上ならどのくらいの間、神氣を奮えるのだろう?聞いたことがなかった。自分の限界は本件で試せたが。
 登貴美さんは、言われてみればそうかと呟いて、「後者は?」と問うてきた。
「高間国に来たのは、嫌疑を晴らしにきたがためです」
「嫌疑?」
 聞き捨てならない、と細眉が吊り上がる。
 その表情に向けて、私は意識的に作った笑みをくれてやった。
「来年に催される大祭に関わることです」
「何かしでかしたのですか」
「私は何もしていませんが、この国の小国宰様に疑いをかけられまして」
 どこの国、どこの家も、長子といえば男でしょう――
 女が神司を務めるのはどうなのか――
 先日、父上たちに言われたことをそっくりそのまま口にすると、金成家の長者は思ったとおりの反応を示した。
 子どものようにふてくされた面で、
「なんですか、それ」
「言葉の通りの意味ですよ。女が一族を率いるなんて信じられない。ましてや神司を務めるだなんて前代未聞だ。本当に女で、神子で、正式なお家の跡継ぎなのか、と。こう疑われてしまいましてね。一連の話は真実であると、証明するためだけに上ってきたのです」
「……なるほど」
 ふうっと息を吐いて、腰に手を当てる。
 彼女も、私と同じ女である。この家を継ぐ際には、様々な障害があったに違いない。不機嫌に歪んだ口元に、それと表れている。
「ならば、ここへ運ばれてきたのはまったくの偶然だと」
「好き好んでこんな目に遭いたがる人なんて、そうはいないのでは? 宿代すら吹き飛ぶくらいの高額を支払ってまで」
「それもそうですね」
 苦笑交じりに私の顔から鍼を一本抜く。大事な部位ではないのか、よく見もせず。
「どうやら余計な詮索となってしまったようですね。数々の御無礼、お許し下さい。我が家業はご覧のとおり、生身に鍼を立てるもの。諍いも起きやすく、どうしても施術には慎重になるのです」
 どんな相手であれ、まずは疑ってかかる。自分たちの首を絞めないよう人柄等々を見極めて、よほど問題なさそうだと確信が得られた場合にのみ、施術を引き受けるのだそうだ。
 ではどうして、私はこんな風に寝台に転がされているのか。
 彼女の弟君のおかげである。関門をこえたところで力尽き、倒れた私を薫の代わりに自店まで担ぎ込んでくれた彼のおかげなのだ。
「嵐士(あらし)と申します。あんな形恰好をしてはいますが、腕は確かなんですよ」
「弟様でしたか」姉弟には毫も見えない。
「もっと慎重になれ、と言い聞かせ続けたのが失敗だったようで。一時期、家を出て南方国に下っておりましてね。その間に、あんなはしたない身のこなしを覚えてきてしまい、以来ずっとあのままなのです」
 性格も開放的で、施術は軽々しくするなと言ってもきかない。姉の目を盗んでは、勝手に客を店に招き入れ、鍼を打ってしまう。
「今のところ間違いは起きていませんが、そのうち我が家の破滅になるのではないかと肝を冷やしているんですよ。今日だって……」
 口にしてもらわなくても、その先は想像に易かった。
 神子といえば、政治的、経済的権威はなくとも旧家以上の貴人扱いを――どちらかいえば稀少種扱いだが――受ける。いくら天下一の鍼師であろうと、糾弾は免れまい。そうなったら一家ごと取り潰し。一族郎党離散へまっしぐらだ。
「とんでもない。私は助けられた側ですから。でも、これで合点がいきました。だから施術料がこんなにも高いんですね」
「医者が大金をとるのと同じです」
 技術料という側面もあるのだろうが、最大の理由は補償のためだった。
 もし施術中に何か起きたら、物と違って弁償なんてできない。人体に替えなどきかないのだから。そうなると、最後は金銭での解決となるわけで。料金は、その膨大な補償金の支払いを見越して設定されているのだ。
「おかげで素寒貧になってしまいました」
「心配ありませんよ。お支払い戴いた分は、後ほどすべてお返ししますから」
「えっ」うかと、起き上がってしまいそうになった。
「そも、嵐士が勝手に運び、碌な説明もせずに施術をはじめてしまったのでしょう?むしろ無礼極まる振る舞いを詫びなければならぬ立場です」
「いやしかし、」
もとをただせば、浮遊霊なんかにうっかり憑かれた不用意な使用人と、練度不足な未熟神子のせいに他ならない。嵐士殿は通りすがりでありながら、私たちを救ってくれた恩人である。本来なら、施術への対価だけでなく礼金も積むべき事案だ。
 と思いつつも、ここで路銀が帰ってくるという僥倖は手放せなかった。宿はとれなくとも旅はできるが、食事が摂れないとなると旅は続けられない。稼ごうとしたら、それなりの時間もとられてしまう。
「……では、お言葉に甘えて。無賃とは心苦しい限りですが」
「何を仰います。我ら金成家、神子様の御体に触れられるだけでもこの上ない幸福ですのに。拙術まで施させて戴けて、言葉もありません。最高の誉れです。よい宣伝にもなりましょう」
「そ、そうですか」
 どこまでも褒め殺してくる。金策に心砕いている自分が惨めに思えてきた。
「代わりにというわけではありませんが、もしよろしければ、神子様の御業を開いて戴けないでしょうか。その、少しだけでいいので」
 まるで奥手な少女のように、恥じ入った頼み方をしてくる。入室してきた当初は、冷たくて堅い氷岩みたいな印象しかなかったのに。案外、精神面は幼いのかも。
「お安い御用ではありますが。この鍼は、いつ抜けますか」
 この状態では髪の毛一本動かせない。いや動かしてはならない、と戒められただけではあるけれど。医者の言うことは聞くものだ。流して確かめなくともわかるほど、気も乱れに乱れている。
「そうですねえ。筋硬直がおきていたそうですから、まだしばらくは」
「では、この治療が終わってからお見せするということで」
 やっぱり少女のようにはにかんで、登貴美さんは言った。
「嵐士には見せなくて結構ですからね」
 姉弟仲はあまりよくなさそうだった。

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